IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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実力の披露

「はぁ!!」

 

「ちょっ、待った箒!」

 

「せぇい!!」

 

「だぁあ!!」

 

 

IS学園剣道場。作りそのものはどこにでもあるような剣道場と変わらないものの、道場内の広さは他の学校とは比べ物にならないほどに広い。その広い剣道場の一部分で互いに打ち合う男性と女性。織斑一夏と篠ノ之箒だった。

 

乾いた竹刀のぶつかり合う音が幾度となく響き合い、白熱した打ち合いが行われている。

 

しかしながらその打ち合いは完全に一方的なワンサイドゲームになっており、打ち込んでいる音のほとんどは一夏ではなく箒のものだった。

 

鬼気迫る真剣な眼差しで打ち込む箒に対し、何とか有効打を打ちこまれないようにガードするしかない一夏。縦横無尽に襲いかかるその斬撃の数々はいずれも重く、受け止める度に一夏の手には痺れが走る。

 

同じことを十数分を続けているが、二人の表情は完全に対称的なものに変わっていた。

 

数多くの手数を打ち込む箒だが、その表情というものには疲れがさほど感じられない。とはいってもそれは長い年月をかけて鍛練を繰り返してきているからであり、全く疲れていないというわけではない。

 

多少なりとも疲れというものもあるが、表情に出ないだけだ。

 

 

「どうした一夏ッ!!」

 

「くっ、強……」

 

 

踏み込んで、今度は素早い動きから胴を打ち込んでいく箒、これをかろうじて竹刀を出して防ぐ一夏。 

 

一方、一夏の方は全身汗だくになっていて、呼吸もかなり荒い。スタミナが切れかかっており、始めた当初はまだキレのある動きを見せていたものの、今は防戦一方な上に、剣道の型も滅茶苦茶になっている。傍から見れば、初心者がみっともなく致命傷を負わないように、防いでいるようにしか見えない。

 

折り返しざまに、再び箒は面を打ち込んできた。

 

 

「はぁっ!!!」

 

「うわあっ!!」

 

 

 攻撃の重みを緩和できず、身体の疲れがピークに達した一夏はその場に倒れこみ、竹刀を手から離してしまう。完全なスタミナ切れと、幾度の打ち込みを堪えてきたことにより、手の握力というものがなくなったのだ。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

息も絶え絶えに、空気中の酸素を取り込もうと何度も呼吸を繰り返す。ボロボロな一夏の姿に、箒は語気を強めながら反論する。

 

 

「どういうことだ!」

 

「いや、どうって言われても……」

 

「どうしてそこまで弱くなっている! 中学では何部に所属していた!?」

 

 

 一夏と箒はかつて、篠ノ之道場という道場にて共に鍛練した仲だ。箒としてはその時の一夏のイメージが強く、それから数年経った今ではその時以上に強くなっているだろう。そんな期待を抱いていた。

 

だが結果はご覧のあり様。

 

多少抵抗をするわけでもなく今の自分に成すすべなく敗れ、反撃はおろか防御すらやっとの状態になってしまったことに落胆を隠せず、一夏に対して強く言及してしまう。

 

だが決して一夏は進んでこうなってしまったわけではない。

 

千冬に養ってもらっていることを引け目に感じ、中学校に入ると自分の生活費くらいはと部活に入ることをやめて、アルバイト三味の生活を送っていたために剣の腕が鈍ってしまっていた。

 

ただそんな理由を箒は知る由もないし、一夏も話そうとは思わない。

 

 

「帰宅部! 三年連続皆勤賞だ!」

 

「鍛え直す」

 

「げっ……」

 

「IS以前の問題だ! これから毎日放課後三時間、私が稽古をつけてやる!」

 

「ちょっと待て! 俺はISのことを……」

 

 

初めに言っていたことと違うと、一夏は抗議するものの箒の意見は覆らず。

 

 

「だから、それ以前の問題だと言っている!!」

 

 

 納得出来ないと反論する一夏だが、これはごもっともだ。ISのことを教えてくれるはずだった約束が、いつの間にか自分の剣道の腕を鍛えるという約束に変わってしまったのだから。

 

しかしいくら一夏の言い分が正しいとしても、箒にここまで強く押し黙らされてしまうと、何も言い返すことが出来ず従うしかない。

 

IS以前の問題だと言われれば、確かにそうかもしれない。剣道をやめてから三年間、まともに運動というものをせずに過ごしてきたため、自分の身体が鈍ってしまっていることは一夏自身がよく分かっていたことだ。

 

とはいっても、こうも直接的に言われると心境は微妙なもので、腑に落ちないといった表情を箒に向ける一夏。

 

 

(昔は……私なんかよりも強かったというのに!!)

 

 

箒は一夏に厳しい表情を浮かべる反面、心は悲しかった。一緒にやってた頃は一夏の方が圧倒的に強く、箒はいつか一夏に勝つという目標を持っていた。年月が経ち、剣道を辞めてしまった一夏は力を落としてしまい、結果は箒の圧勝。

 

竹刀を持つ左手を力強く握り締める。ただただ悲しい、それ以外に表現方法は思い付かなかった。

 

二人の組み手の一部始終はクラスメイトや、剣道部員たちに目視されており、剣道場の隅からは口々に一夏に対する評価が聞こえてきた。

 

 

「織斑くんってさ……」

 

「もしかして、結構……弱い?」

 

「IS本当に動かせるのかなぁ?」

 

 

 と散々な言われようである。ISが動かせる動かせないについては、肉弾戦の強さというものは比例しない。しかし、少なくとも一方的に箒に打ちのめされたことに関しては、一夏の肉弾戦の弱さというものを見せてしまったことにはなる。

 

ただ箒は中学の剣道の全国大会で優勝しているほどの腕前であり、そこら辺の一般人と比べることはおかしいというのが事実。

 

箒の実力が高かったとはいえ、一方的に負けたという事実は変わらない。彼女たちが意外そうな顔で見つめているのは、まだ一夏の事を『特別な力』を持っていると認識している人間がいるからだ。

 

一夏はちらりとその声の発信源に振り向くが、苦笑いを浮かべるだけ。

 

 

「おー、やってるやってる」

 

 

ふと、いつもとは違う雰囲気の剣道場に一人の来訪者が現れた。

 

 

「ボロボロだな、一夏」

 

「大和!」

 

 

 もう一人のIS操縦者である、霧夜大和だった。軽く笑みを浮かべ、鞄を両手に持ちながら二人の元へと歩み寄ってくる。今までは一夏の打ち合いに釘付けだった女生徒達が、今度は大和が歩く道を綺麗に作り上げる。

 

真ん中を開け、大和を両サイドから囲むような感じで道を作り上げた。自分が通る場所を開けてくれたことに大和は軽く感謝し、二人の前に立った。

 

 

「悪い、お待たせ」

 

「どこに行ってたんだ? やけに時間がかかったみたいだが……」

 

「ちょいと人助けしててな。で、ホラ。お前の鞄」

 

 

 箒が遅れてきた理由を聞くと、大和は箒の方に顔を向けて、人助けをしたという理由を話す。誰を助けたとは具体的には言っていないが、実際に人助けをしたというのは事実。階段から落ちた鏡ナギを、身を挺して助けたわけだから。

 

理由に答えた大和は、再び一夏の方に振り向くと、教室から回収した一夏の鞄を放り投げる。放り投げられた鞄は綺麗な放物線を描き、そのまま一夏の胸元へダイレクトで収まった。

 

 

「あ、悪いな。わざわざ持って来てくれて」

 

「大体教室に鞄を忘れていくやつが……あぁ、ここにいたか」

 

「現れていきなりからかい!?」

 

「冗談だ。……二割くらいな」

 

「残りの八割は本気かよ!?」

 

 

さっきまで息も絶え絶えだったというのに、一夏はこれでもかという大きな声でツッコミを続ける。もちろん大和としてはからかう気満々だったわけだが、予想以上にいい反応をしてくれたことに満足そうな笑みを浮かべていた。

 

少し一夏をからかったところで、本題に入る。

 

 

「二人で剣道の試合なんかやっててどうしたんだ? 何となくは察しがつくけど」

 

「ああ、はじめは一夏の基本的な戦闘力を知っておこうと思ったんだが……」

 

「あまりの体たらくに篠ノ之もつい熱が入ってしまったと?」

 

「……」

 

 

 何とも言いにくそうな表情を、箒は浮かべる。そして無言を貫いたってことは、大和の問いに対して肯定をしているということになる。

 

大和自身も場所が剣道場という時点で、何をするかは想像できたものの、まさか本気で打ち合っているとは思わなかったみたいだ。苦笑いを浮かべながら二人の顔を交互に見る。

 

 

「てかISを使った練習は出来ないのか? このままじゃ全く実戦を積めないまま俺達戦うことになるぞ」

 

「使えるなら使いたいけど、さっき職員室に顔を出した時に改めて確認してきた。後一週間じゃISを貸し出すのは無理だとさ」

 

「何でだ? 学園に訓練機って何台かあるんじゃないのか?」

 

「予約制なんだよ。さっきも言ったけどISは世界に四百六十七機しかない。IS学園といえどそう何台も完備している訳じゃないし、俺達以外の生徒だって借りる」

 

「た、確かに」

 

「腹くくるしかないってことだ、ここまで来たら」

 

 

 ISを使った特訓をすることが出来ないと分かると、一夏の顔色が目に見えて青ざめていく。心のどこかでは何回かISを動かせれば、何とかなるかもしれないという慢心があったのか。

 

だが大和の本番までISは使えないという言葉により、その何とかなるという考え方は全面否定された。

 

 

「何か俺、とんでもないことに巻き込まれちまったな」

 

「巻き込まれたのは俺もだけどな。とにかくお前は篠ノ之に剣道を見てもらうのが良いと思う。何もしないよりは多少実戦感覚を掴んだ方がいいだろ?」

 

「そ、そうだな。じゃあ箒、改めて頼む」

 

「ああ。ところで、お前は何もしなくていいのか、霧夜?」

 

「俺?」

 

「そうだ」

 

 

 箒の何もしなくてもいいのかという言葉に、少し顎に手をかけて考える。ここで自分の本当の正体をばらせば論破できるかもしれないが、なるべく隠密に仕事をするように言われている身だ。

 

そもそも自分は護衛をやっていますなんて暴露する護衛はいない。いたとしたら相当なマヌケだ。

 

当然本当の理由は言えない。仮に「自分は何もやってないけど多分大丈夫だ」などとつぶやいても、だったら私が鍛えてやると言われるのがオチだ。

 

しばし考え込んだ後、何かを思いついたのか、大和は箒の方へと向き直る。名案なのか、その表情は少し勝ち気な表情だった。

 

 

「一応剣術を嗜んでいるから大丈夫だとは思う。今さら無茶苦茶にあがいても、すぐに実戦に反映するものでもないし、俺なりにやるさ」

 

 

―――自分は鍛えて貰わなくても、自分独自の剣術があるから大丈夫だ。

 

大和が即席で考えた理由としては、割とまともな部類には入るかもしれない。自分独自の流派を極めているのならば、外部からの介入されにくい。そもそも流派というものがそれぞれ型が違う。

 

仮にここで剣道の型というものを教えてしまえば、自分の修めてきた流派とは全く別物で、訓練自体が合わずに無意味になる。

 

同じく剣を使う者としては、自分の言った意図をきっと理解してくれる。大和の考えは比較的安易なものだった。

 

 

だがそんな幻想は一瞬にしてぶち壊された。

 

 

「なら是非、私と手合わせしてもらいたい」

 

「へ?」

 

 

 大和の何気ない剣術嗜んでます発言が、箒の何かに火をつけてしまったようだ。大和は、ハトが豆鉄砲を食らった表情で、何とも気の抜けた返事をしながら箒を見つめる。

 

すると二人の会話が周りにも聞こえていたようで、再び周囲は騒がしくなる。

 

 

「え? 今度は霧夜くんと篠ノ之さんが手合わせするの?」

 

「今霧夜くん、剣術やってるって言ってたよね? もしかして強いのかな?」

 

「でも篠ノ之さんって、確か全国大会優勝者だよね? いくら何でも少しかじった位じゃ相手にならないんじゃ……」

 

 

やり取りの一部始終を聞いている剣道部員が、口々に話を立てる。箒は中学時代、剣道の全国大会で優勝している。決勝も圧倒的な試合運びで相手を寄せ付けず、剣道において敵はほとんどいなかった。

 

箒が多少剣術を嗜んでいる程度の相手に戦ったらどうなるか、彼女達から見れば箒の圧勝という結論にしか至らなかった。

 

箒が勝つであろうという予想、それは一夏もすぐに推測できた。箒とまともにやったら、大和は勝つことが出来ないと。

 

ただ勝ち負け云々に、大和が剣術を嗜んでいると知れば、同じように剣を修める者として血が騒ぐというもの。大和のミスは、強者特有の闘争心というものを計算していなかったことだった。

 

 

「マジ?」

 

「マジだ」

 

「マジのマジで?」

 

「マジのマジだ」

 

「……」

 

 

言いくるめることが出来たと思っていた発言が、逆に相手に火をつけることとなってしまい、うなだれる大和。

大和としては全くと言っていいほど乗り気ではない。しかし何となく逃げれないということは悟ったのか、観念して荷物を置く。

 

(これは完全に俺のミスだな……はぁ)

 

今の発言が失言だとようやく気が付き、しょんぼりと肩を落とす。ある意味手合わせをするというのは必然だったのかもしれない。

 

観念したかのように、一夏の傍に落ちている竹刀に手を伸ばす。

 

 

「一夏、その竹刀借りていいか?」

 

「ああ。防具はどうする? 俺の使うか?」

 

「いや、いい」

 

「そうか、流石に人が使ったのを使いたくはないよな」

 

「というより、あれだ。防具自体必要ない」

 

「……え?」

 

「何?」

 

 

大和の一言に一夏は驚き、箒は表情を強張らせている。

 

一夏の場合は信じられないという感情によるもの。全国大会優勝者である箒に対し、大和は防具なしで戦おうと言っているのだから。

 

ある程度の熟練者になれば、あてる時に衝撃を和らげることは出来るかもしれない、だが和らいだとはいっても当たり何処が悪ければ怪我をする。

 

そして箒の場合は、自分が舐められていると感じたから。自分の実力を過大評価しているわけではないが、ただの一般人や武道をかじった程度の人間には負けない自信を持っている。

 

しかも相手は自分が最も得意とする分野に、生身で挑もうと言っているわけだ。当然、舐められていると感じてもおかしくはない。

 

 

「私を馬鹿にしているのか?」

 

「違う。俺の型は防具がないから、無い方が動きやすいだけさ。別に舐めている訳じゃない」

 

「……」

 

 

 大和の一言に箒の表情がより一層厳しいものになる。型が防具を使わないとはいえ、こっちは竹刀を手に持っている。本気で振り下ろせば、相手を気絶させることも出来る。竹刀とて、生身で受ければ危険な凶器には変わりなかった。

 

毅然とした目付きで、大和を見つめる箒の表情を横目で確認しつつ、一夏から竹刀を受け取る。

 

大和自身も当然、箒のことを舐めているつもりはない。確かに行動だけを見てしまえば、相手から舐められていると思われても仕方ないだろう。

 

大和は剣を振るう時には防具なんてものをつけない、剣で攻撃そのものを完全にいなすか、相手の動きを見切って回避するか、それが大和のスタイルだ。だから大和にとって、防具というものは動きを阻害してしまうおもりになる。

 

何もつけていない身軽な状態、それが大和の一番動ける状態だった。

 

 

「……分かった。お前がそこまで言うなら何も言わない。だが怪我をしても私のせいにするなよ」

 

「了解」

 

 

後ろを振り返り、箒は自分の準備を始める。その表情には闘志というものが漲っていた。戦場に立つ戦士、そう評するには十分なまでの迫力がある。

 

小手をはめ直し、面をつけて準備が完了した。再びゆっくりと立ち上がり、両手で持つ竹刀を大和の顔へ向ける。

 

箒の臨戦態勢を確認したのか、大和も一夏から受け取った竹刀を利き手である右手に持ち直し、腕を上にあげて上段の構えを取る。

 

上段に構えたところで一度深呼吸をし、再び目を見開いてその視線が箒を射ぬく。

 

 

「じゃあ……始めようか」

 

 

 大和の一声、たかが一声だが周囲の雰囲気を一変させるには十分なものだった。先ほどまで見学に来たクラスメイトや部員達で騒がしかった剣道場が、まるで水を打ったようにシーンと静まり返る。

 

誰かに静かにするように促されたわけでもなく、何か得体のしれない恐怖を見たわけでもない。

 

大和と箒、二人の間を……いや、この剣道場全体がまるで別次元にいるような異様な雰囲気が包み込む。誰も話すことなく、二人の対峙し合う姿を刮目して見ていた。

 

対峙している二人、特に箒は大和を目の当たりにして、いつもとはまるで雰囲気の違う大和に驚きを隠せないでいる。

 

威圧されているわけでもないのに、一歩が踏み出せない。大和は只者ではないと自分の本能が無意識に悟っていた。

 

 

(何だこの感じは……? いや、大丈夫だ。いつも通りやれば)

 

 

 自分に強く言い聞かせ、竹刀を握る力を強める。ジリジリと大和との間合いを詰め、そして一気に床を蹴って接近していく。

 

ダンッという床を蹴る音と共に、素早い動きで一足一刀の間合いに入った。勢いそのままに上段に振り上げた竹刀を一気に振り下ろす。全国大会優勝者の太刀筋はだてではなく、無駄な動きが一切ない素早く鋭い一撃。

 

空気を切り裂く一撃が、大和の頭付近を捉えようとする。

 

大和は箒の動きに対して、全く反応出来ていない。やはり自分が過大評価しすぎだった、そう思いながら無情にも竹刀は振り下ろされた。

 

 

(取った!!)

 

 

自分の振り下ろした竹刀が当たることを確信した箒。いや、この状況では箒以外の誰でも大和に勝ち目はないと判断することが出来る。

 

所詮大口をたたいてこの程度か、箒がそう思った時だった。

 

 

剣道場にパシィンという竹刀が打ち込まれる音が鳴り響く。

 

面を打ち込んだ箒と、そして上段の構えを解いて外に竹刀を振り下ろしている大和がいた。乾いた音がしたことから攻撃が当たったことを意味している。その音が直に当たった音なのか、それとも竹刀と竹刀がぶつかり合った音なのか。

 

この場合、二人の状況を見る限り竹刀と竹刀がぶつかり合ったと考えるのは、不自然だ。だからあるとしたら前者なのだが……。

 

 

「……」

 

「……!!!」

 

 

 対峙した二人の表情は全く異なるものだった。大和はさほど変わらず、竹刀を振りおろしている他は特に何かが変わっている節は見当たらない。

 

箒の竹刀が当たっているとするなら、どこかしらを痛めていても不思議ではない。しかし痛がる仕草もしなければ、表情一つ変わらない。

 

対称的なのは箒だった。面に隠れて周りの人間にその表情は見ることは出来ないものの、明らかに動揺していた。今度は正真正銘、自分が何をされたのか分かっているのに何も出来なかったからだ。

 

 

(あの間合いから、面と胴に当てるだと!? そんなバカな!?)

 

 

本当に一瞬の出来事だった。完全に取ったと思ったのに、その一撃をかわされ、その上に剣道では有効打となる箇所に二発。

 

信じたくなくなるのは無理もなかった、普通に考えてありえなかった。あの回避は自分の太刀筋を完全に見切れなければ出来ない。

 

振り下ろされることで加速した竹刀をギリギリまで引きつけてかわし、そして自分に攻撃を加える。その動きが出来るということは大和にそれだけの余裕があるということ。

 

なおかつ、面と胴に当てられたと分かったのは竹刀による衝撃があったからだ。自分が攻撃した後の大和の行動の何一つに反応することが出来ていない。太刀筋に至っては目で追うことすらままならなかった。

 

ありえない、今まで相手にしたことのない別次元の光景にただ驚くしかない。

 

 

「な、何があったんだ……?」

 

 

何が起こったのか理解が出来ずに、一夏はただオロオロし、周りのギャラリーも「何があったの?」と口々に言い合う。箒以外は誰も何が起こったのか分らずに呆然とするだけ。

 

驚愕していた箒も一度気持ちを落ち着かせ、大和の方へと向き直る。

 

 

「も、もう一回だ!」

 

「……」

 

 

箒の再戦要求に大和は何も答えず、顔を縦に振り頷くだけ。

 

 

「はぁ!!」

 

 

再び突進、そして今度はフェイント気味に面狙いから胴へ打ち込もうと踏み込む。先ほどと同じように、またしても大和は動かない。今度はあろうことか目を瞑り、竹刀を振り下ろした状態のままだ。

 

目を瞑っているのだから、相手との距離感も振り下ろされる竹刀も確認出来るはずがない。どこまで自分をコケにすれば

気がすむのか、ギリッと歯ぎしりをたて竹刀を振りかぶる。初めはきっと自分が油断しすぎただけだ、そう自分に自己暗示をかけて胴へと打ち込んでいった。

 

 

(今度こそ!!)

 

 

目を瞑っていては反応なんか出来るはずがない。今度こそ捉えたと信じて、竹刀を振り切った。

 

 

「え……?」

 

 

 文字通り振り切っただけだった。何かに当たったという感触はなく、ただ空気を切り裂いただけ。

箒には捉えたという手応えが来るはずだった。大会で何度も強者と対戦してきた箒は、自分の一撃が決まったという瞬間を多々味わっている。野球で言うなら、打った瞬間にホームランを確信するようなものだ。

 

今の一撃は確実に相手を捉えたはず、なのに感触がない。それどころか目の前にいた大和の姿が消えている。自分は目をそらしたつもりはなかった、しかし目の前から大和が姿を消したというのは事実。

 

もう何が何だか分からない。頭の中がぐちゃぐちゃになりつつある箒に、今度は下から声がかけられた。

 

 

「視点をもう少し下に向けろ。消えたわけじゃないぞ?」

 

「なっ!?」

 

 

慌てて視線を下に向けると、低空姿勢をとって竹刀を振りかぶる大和だった。実際に消えたわけではなく、消えたように見せかけたのだ。

床スレスレに素早くしゃがみこむことで相手の視点の最も遠いところに入り込む。ゆっくりであるなら相手は目で追うことが出来るが、動きが素早ければ素早いほど、相手に消えたと思い込ませることが出来る。現に箒は動きを追いきれずに、消えたと錯覚してしまった。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

振り切った竹刀が箒の胴に当たる。これで大和の二連勝。表情一つ崩さない大和だが、箒はただ呆然と立ち尽くす。これのどこがかじった程度なのかと。

 

剣術を嗜んでいると聞いた時、是非どんなものか見てみたいというのが箒の率直な感想だった。誇っているわけではないが、一応自分も剣道の全国大会で優勝している。だから剣術を多少嗜んでいる程度の人間には負けないだろうと。ただ素直に見てみたい、初めは本当にそれだけだった。

 

大和から発せられた、防具はいらないという一言。大和としては本来の型が何も装着しないものだから、悪気があって言ったものではないということも分かる。

しかしその一言は、箒にとって自分を侮っていると取れてしまった。私は防具すら必要のないほどに見下されているのかと。

 

見下されているのなら、私の力を見せてやろうと持てるもの全てを出して戦った。でも結果はご覧の有り様、たった二回手合わせしただけなのに、はっきりと分かってしまった実力差。一回目は相手の太刀筋に反応することが出来ず、二回目には目を瞑ってこちらの攻撃が見えない大和に一撃をかわされ、挙句の果てには箒自身が大和の姿を見失った。そしてまたもや胴に有効打を浴びる。

 

本気で立ち向かったにも関わらず、まるで大和の相手になっていなかったのだ。

 

人生の半分以上を費やしてきた剣道だというのに、目の前の相手には全く通用しない。二回手合わせをした時点で、篠ノ之にも大和の持っている実力がとれほどの物かは理解できた。

 

少なくとも、自分とは違った別次元にいる存在だと。

 

 

勝てる勝てないの問題ではなく、何も出来ないという結果が悔しい、ただひたすらに悔しい。その思いがずっと脳裏をめぐっていた。

 

 

「どうした、まだやるか?」

 

「……ああ!」

 

 

竹刀を握りしめて立ち上がる。悔しいならどうすればいいのか、その答えを見つけるために再び、箒は大和に打ち込んでいった。

 

 

 

―――…

 

 

その後、十数分にわたって二人の打ち合いが続いた。だがそれだけ長い間打ち合っていても、箒は一撃を当てることも出来ないでいる。

 

まるで自分の動きが読まれているかのごとく全てかわされ、かわすごとにカウンターをもらってしまう。

今まで自分をこれほどまでに苦しめた人間、いや自分をここまで圧倒出来た人間はほぼいないに等しかった。だからこそ、簡単に自分が負けを認めるわけにはいかなかった。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

「す、すげえ!」

 

 

 ふたを開けてみれば、勝負自体は大和の圧勝。先ほど一夏が汗だくになったように、今度は箒が汗だくになって立つのもやっとの状態になっていた。立っているのも竹刀を杖代わりにしているからで、竹刀がなかったら床にへたり込んでしまうような状況。

 

自分が全く手も足も出なかった箒を圧倒した大和に対し、一夏はただ驚くしかない。

 

疲労困憊の箒とは逆に、ほとんど汗をかかずに涼しい顔で立ち尽くす大和。箒が限界で後ろに座り込んでしまい、立てないことを認識すると、竹刀を下して箒の方へと近づいてくる。

 

 

「篠ノ之、大丈夫か?」

 

「……あ、あぁ」

 

「そうか、あまり無理するなよ」

 

「無理はしていない……お前は強いんだな」

 

「俺にも色々とな。ま、少しはやれるってことで」

 

 

一方的に完膚なきまでにやられたというのに、箒の顔はどこか清々しかった。

 

今まで箒は剣道において敗北というものをほぼ知らない。敗北をするとしても接戦による敗北がほとんどであり、一方的にやられるということはまず無かった。

 

そして力をつけた先に待っていたのは全国大会優勝。相手を圧倒し、ほぼ無傷で頂点に立った。しかし箒からしてみれば、相手は格下になる。歯ごたえのない試合はただの憂さ晴らしにしかならず、彼女にとってはひどく苦痛だったのかもしれない。

 

自分を圧倒出来る相手が出来たことで、箒自身はまた目標が出来た。まだ自分は上に行ける、この一戦でそう感じたのだろうか。

 

 

「一個アドバイスをするとしたら、もう少し精神的な強さを持つことだな。最初に二回当てられて動揺しただろ?」

 

「う、それは……」

 

「実際、あれから動きも悪くなったしな。最初の続けられていたら、俺もどこかで集中力が切れていたかもしれないし」

 

「そう……だな」

 

 

 図星を指摘されて、箒は顔を背けてしまう。ただ、大和が言っていることは初めのことを繰り返されれば不味かったかもしれないということで、箒を責めているわけではないということ。むしろ箒の強さを十分に理解しているからこそ、この言葉が出てきた。

 

 

「さて。俺はそろそろ行くから……」

 

「ん、この後何かあるのか?」

 

「織斑先生からちょっと呼ばれてて……ってこら待て、別に何かやらかしたわけじゃないぞ」

 

 

 織斑先生から呼び出されているという言葉を吐いた瞬間に、一夏も箒もご愁傷さまと言わんばかりの表情を浮かべる。

こんな早々に呼び出されるとなると、何かしら問題を起こしたのではないかと考えるのが妥当であり、二人がこの表情を浮かべてしまうのも、別段おかしなことではなかった。

 

先ほどまでのピリピリとした雰囲気はどこへやら、今では和やかな雰囲気が三人を包んでいる。一方で見に来た女生徒達は取り残されるだけでどこか空気な存在になってしまった。

 

 

「ただ単に話がしたいって言われただけさ。一夏、俺の鞄取ってくれ」

 

「ああ、ほらよ」

 

 

 大和は一夏から自分の鞄を受け取り、軽く制服を整える。手合わせのおかげで時間をいい感じにつぶすことが出来、ちょうど小一時間が経ったところだった。

千冬に呼び出されている理由が話がしたいというものでも、個人的なものであれば緊張はする。

先ほどから何度も時計を見て、時間を確認している。どうにも落ち着かないようだ。

 

 

「さっきから時間ばっかり気にしてるけど、緊張でもしているのか?」

 

「緊張っていうより、落ち着かないほうだな。さすがに直々の呼び出しは想定外だ」

 

「まぁ確かに。とりあえず大和の健闘を祈る」

 

 

 一夏の言い方が、戦場に行く兵士を見送るような言い方でどうにもしっくりこないと苦笑いを浮かべる。

今一度時間を確認すると、背を向けて剣道場の入口に向かって歩き出した。

 

 

「ま、夕飯までには終わると思う。時間が合えば飯行くか」

 

「お、いいぜ。なら時間が見計らって呼びにいくわ!」

 

「了解。じゃあ俺は先に行くから、また後でな」

 

 

二人に別れを告げて、職員室に向かうべく、大和は一足先に剣道場を後にした。


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