IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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怒りの矛先

障害として立ち塞がる鍵付きの扉。

 

どうせ鍵など外から開けられないように内から掛けているに決まっている。

 

マスターキーがあるんだろうがそんなもの待っている暇はない。多少力を入れなければならないが壊せないレベルじゃない。

 

壊したら怒られるだけでは済まされないかもしれないが、彼女を救うためには安い代償だ。力を込めて容赦無く扉を蹴り飛ばした。

 

耐久値を大きく超えた衝撃を与えたことで見るも無残に変形し、レールから足が外れてあらぬ方向へと吹き飛ぶ。扉が無くなり、入口を覆う壁が取り去られて室内がより鮮明に見える。

 

遅かった、遅すぎた。

 

室内に広がる光景を見て真っ先に自分を責めた。

 

 

「ようやく捕まえた……よくも好き放題やってくれたなこの野郎」

 

 

本当に好き放題やってくれた、どれほどこちらが振り回されてたか分からないだろう。そして何よりどれだけ彼女が……ナギが傷付けられたかこいつらは知る由もないに違いない。

 

そこに罪悪感があるのなら決して人を傷つけることはしない。だがこいつらは罪悪感など微塵も感じさせず凶行に及んだ。

 

俺の大切な人をこいつらは……。

 

目線を下に移すと、床一面に幾多もの髪の毛が散らばっている。その髪の毛が誰のものであるかなどすぐに分かった。

 

 

「こ、これは……!」

 

 

俺の後を追うように部屋に入室してきたラウラも言葉を失う。無理もない、一人の人間を複数人で取り囲むようにして虐げていたのだから。昔のラウラなら弱肉強食の世界だと、取り合わなかったかもしれない。

 

だが今は違う。

 

常識では考えられない状況。ましてや自分が『姉』と慕う人物が虐げられていた一人だったなんて思いもよらなかっただろう。

 

一瞬、現状を受け入れられずに硬直するラウラだったが、やがて全てを悟ると表情がみるみる怒りの表情へと変わっていく。全てを引き起こしたのが周囲にいる上級生たちだと理解し、ギュッと拳を握り締めながら今にも飛び掛かりそうな剣幕で啖呵を切っていく。

 

 

「全部お前らがやったのかッ!!」

 

 

俺より前に出て上級生たちに詰め寄っていくラウラ。

 

ラウラの表情を見て場にいた上級生の何人が震え上がった。

 

相手はプロの軍人。もちろんラウラが軍人である事実を知る由など無いだろうが、小柄な体躯から発せられるオーラがただものではないと感じさせるに違いない。普段は軍人のオーラなど微塵も感じさせなくなったラウラだが、スイッチが入れば現役将校そのものだった。

 

ホルスターに手を掛け、中にしまってあるサバイバルナイフを今にも引き抜こうとする。

 

怒る気持ちはよく分かる……が、これ以上止めずにいたらヤバいか。本当に八つ裂きにしかねない。

 

今最優先なのは上級生たちを八つ裂きにすることではなくて、ナギの安否を確保することだ。

 

一歩前に出るとラウラの腕を掴み動きを静止させる。

 

 

「ラウラ、ちょっと待て」

 

「なっ、お兄ちゃん!? 離してくれ! こいつらはお姉ちゃんを!」

 

 

何故止めるんだと抗議してくるが、ラウラの今の気持ちは痛いほどに分かる。もしラウラが怒ってなければ俺が冷静ではいられなかっただろう。

 

 

「お前の気持ちはよく分かる! でも今必要なのはこんな奴らを叩きのめすことじゃなくて、ナギを助けることだ」

 

 

そこまで言ったところで頭が多少冷えたらしい。悔しそうな表情を浮かべながらも歩み寄る歩を止めた。

 

 

「……分かった」

 

「物分かりがよくて助かる。大丈夫、俺だって気持ちはラウラと同じだ。……後悪いが入口を塞いどいて貰えるか、逃げられたら面倒だ」

 

 

大人しくなったラウラの頭をくしゃくしゃと撫でると一つだけラウラにお願いをする。ここまできて取り逃したら苦労が全て水の泡となる。

 

一人残らず閉じ込めるように入口へと立たせ、四方八方塞がりの状況を作り上げた。逃げられるのは窓だけだが、ここから飛び降りるなど自殺行為に等しい。フック付きのロープのようなものを持ち合わせている様子もないようだし、万が一の用意は一切してこなかったらしい。

 

物事に絶対はない。

 

リスクを想定出来なければ、自分を追い詰める事態にならかもしれない。

 

が……仮に何か対策をしてきたとしても関係ない。全て力づくでへし折ってやる。

 

 

「……」

 

 

ラウラが入口に立ったことを確認すると、ゆっくりと窓際に向かって歩き始める。事の全てを見られたせいか、上級生たちも反抗する気はないようだ。

 

場所に相当な自信があったのだろう。絶対にバレないと思っていたことが簡単に覆されてぐぅの音も出ないようにも見える。

 

コツ、コツと一歩ずつ確実に間合いを詰めていく。やり返してこようとするのであれば、その時はこちらも実力行使に出るだけだ。この人数ならラウラ一人でも十分に食い止めることが出来るだろうし、最悪の場合は俺が助太刀することも出来る。

 

既に楯無にも全てを連絡していることからやがて部屋には来る。

 

多少なりとも時間を稼げればいい。このくだらなくつまらないお遊びはこれで打ち止め、ゲームセットだ。

 

長く感じた道のりもここまでだ。

 

しっかりとナギの姿を捉えると腰を落とし、肩を掴んでしっかりと彼女の瞳を見つめる。くりっとした大きな瞳、いつもは眩いまでの光を灯った輝きを見せているが、今回ばかりは肉体的にも精神的にもかなり参っていたのだろう。

 

どんのりと暗く弱々しいものだった。

 

当然だ。

 

ここ数日間に渡って繰り返される嫌がらせを誰にも相談することなく自分の中だけで解決しようと必死にもがき、耐えてきたのだ。常人であれば既に潰れているような仕打ちを我慢し、トレードマークでもあった美しい黒の長髪を失ったのだから明るく振る舞う方が無理に決まっている。

 

もう少し早く駆けつけていれば、気付けていれば彼女の髪だけは守ることが出来たかもしれない。

 

頭を撫でながら頬に手をやり、俺はそのまま首を垂れた。

 

 

「ごめん……俺が遅くなったばかりにこんなことになって」

 

 

一言目に出て来たのは謝罪の言葉だった。

 

ナギと二人きりで話した時に無理にでも聞き出しておけば、全てを未然に防ぐことが出来ただろう。もちろん守れたことも無いわけじゃないが、少なくとも長髪を失うことにはならなかったに違いない。

 

 

「ううん、大丈夫。私は大丈夫だから……私が何も話さなかったから、私が相談していればこんなことにはならなかったの。大和くんのせいじゃないよ……」

 

 

誰よりもショックを受けているのはナギのはず。

 

俺の謝罪に対して出来る限り優しくそして温かみのある言葉を選んで、決して俺は悪くないとフォローをして来た。

 

弱々しくもはにかむナギの姿に俺は何も言えなくなってしまう。座り込むナギの身体を引き寄せると、膝の裏に左手を入れ、同時に空いている右手を背中に回すと、そのままお姫様だっこの要領で持ち上げる。

 

 

「あ……」

 

 

いつもなら人前でこんなことをすれば赤面させて恥ずかしがるだろうが、もう恥ずかしがる余力すらナギには残されてなかった。悩み苦しみ抜いた数日間。

 

まともに寝られる日などほとんど無かったのは想像にた易い。抱きかかえたまま踵を返すと、再度入口に向かって歩き始めた。背後はガラ空きで無防備になるが、入口にいるラウラが見張ってくれている。俺一人なら襲われる可能性もあったが、誰かに見られてるともなれば手出しは出来ない。

 

入口まで運んだところでラウラが真っ先に駆け寄ってくる。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

「ラウラさん……ごめんなさい。あの時冷たく突き放しちゃって」

 

 

ラウラに向けて発せられた言葉もまた謝罪だった。

 

数日前、挙動不審な反応をするナギに気が付いたラウラは何かあったのかを聞き出そうとするも放っておいて欲しいと突き放されてしまった。

 

今の反応を見るにキツく伝わってしまったことをナギ自身も認識しているようだ。もちろんナギにも突き放そうとする気は毛頭無かったのだが、気持ちにも余裕が無かったせいか、思った以上にキツく伝わってしまったのだろう。

 

唐突な謝罪にラウラは今にも泣き出しそうな顔を浮かべながら、違うと必死に否定する。

 

 

「謝る必要なんてない! お姉ちゃんは全然悪くないんだ!」

 

 

そう、悪いのはナギでもラウラでもない。

 

事の発端を起こした張本人たちが一番悪いに決まってる。

 

ナギを抱えたまま顔だけを後ろに向け、固まっている上級生たちに向けて言葉を投げ掛けた。

 

 

「そうさ、ナギもラウラも悪くない。悪いのは誰が見たって明らかだろうよ、お前たちは人の弱みにつけ込んだんだ!」

 

 

はっきりとそう断定出来る。

 

誰がどう考えたっていじめる奴が悪いに決まってる。

 

それ以上にかける言葉などなかった。

 

 

「や、大和くん……」

 

「ん? どうした?」

 

「これを……」

 

 

続け様に何かを言おうとしたところで、ナギが制服のポケットから何かを取り出し、それを俺のワイシャツのポケットへとしまう。今は両手が塞がってしまって何を渡されたのかは分からないが、重量や形状から想定するに携帯電話のように見えた。

 

自分の携帯電話をわざわざ俺に渡したってことは、この中に何か重要な手掛かりとなる何かが入っているのかもしれない。

 

 

「この中に全部入ってるから、良かったら使って」

 

「あぁ、分かったよ。ありがとうな、後のことは俺に任せて少し休め「大和っ!」っと、タイミングが良いことで」

 

 

時を同じくして室内に駆け込んでから楯無と遭遇した。

 

今ある仕事を全て放ってダッシュで駆けつけてくれたに違いない。額には薄らと汗を浮かべ、呼吸は荒く息も絶え絶えの状態だ。

 

 

「せ、生徒会長まで……」

 

 

ぼそりと背後から声が聞こえる。

 

まさか生徒会長まで駆けつけてくるとは思わなかったのだろう。また俺のことを名前で呼んだところをみて、俺と楯無の関係値が高いことをようやく認識したようだ。

 

 

「……なんなのこれは」

 

 

俺が抱きかかえるナギの姿を見て楯無の表情が曇る。楯無の想像以上に事大きくなったことで、理解が追いついていないようにも見えた。が、髪を無残にも切り裂かれ、衰弱したナギの姿を見れば自ずと結論は見える。

 

楯無の鋭い視線が背後にいる上級生……もとい同学年の生徒へと向く。ネクタイの色は黄色、俺やナギ、ラウラからすれば年上にあたるが楯無からすればタメだ。

 

 

「あなたたちが……っ!」

 

 

楯無の表情が怒りに染まっていく。

 

ここまでの事態にまで発展しているとは予想だにしなかったのか、ラウラと同じように今にも飛び掛かりそうな様相で睨み付けている。が、幸いなことに自分自身の感情を何とか制御しているようで、八つ裂きにしてしまうような雰囲気は無い。

 

ケリをつけるのならこのタイミングだろう。

 

 

「楯無、一つお願いがある。ラウラと一緒にナギのこと見てもらっていいか?」

 

「え、えぇ……大和はどうするの?」

 

「俺が全部終わらせる。お遊びはここまでだ」

 

 

壁際に立てかけるように座らせたナギのことを楯無とラウラに見てもらうように依頼する。

 

ここから取り逃がすなど万に一つもさせないつもりだが、絶対にありえないとは言い切れない。弱っているナギを人質に取られたら面倒なことになる。

 

念には念を。

 

最悪のケースを想定して二人を配置させ俺は再度上級生たちの方へと向き直る。

 

 

「さて、お前たちの将棋はもう詰んでいるわけだが……ここ数日間のやり取りで何かあるなら聞いておこうか」

 

 

極めて冷静を装いながら淡々とした口調で弁明があったら聞こうと声を掛けた。弁明をしたところで動かぬ証拠がいくつもあるのは事実。何を言ったところで言い逃れを出来ないように後ろは固めてある。

 

何かを感じ取ったのか、俺から逃げるように窓際へと逃げていく上級生たち。俺も逃すまいと窓際へと追い詰めていく。

 

 

「言うことが無いのならコレで終わりだ。あぁ、変なことしようと考えるなよ? もし考えているのならこっちは実力行使に出てでも止めるぞ」

 

「な、何だよ……やられた腹いせに私たちに何かをしようって魂胆か? そんなことしたらお前の立場が危うくなるんじゃないのか!」

 

 

ここでようやくリーダー格の生徒が口を開いた。

 

この世の中は女尊男卑思考が強い。

 

女性優位に物事は進むだろうし、彼女が多少権力を持っている人間なのであれば事実を捏造して逆転無罪を勝ち取れる可能性だってなくもない。

 

同時に俺がやった事実を捻じ曲げて垂れ込まれれば、世界中に俺の悪評を伝えることも出来る。

 

この時代のSNSの普及は著しい。

 

もし男性操縦者の片割れが問題を起こしたともなれば黙っていない団体も多数いるに違いない。そうなれば俺を危険因子として学園から排除させるようや動きも出てくる可能性もあった。

 

 

 

が、だからどうしたって言うんだ。

 

 

「くだらない脅しで俺が退くとでも思ったか? だとしたらお前の頭の中にはさぞかしお花畑なんだろうな。ここまで来て退くわけないだろ」

 

「何っ!?」

 

「常識をよく考えろ、それにお前たちがこの数日間にやっていたことの裏付けは既に取れている」

 

「何のことか分からないね。今日のことは確かに私たちがやったさ! 気に入らないからなぁ! でも以前のことについて私たちがやった証拠がどこにあるって言うんだい!」

 

 

この状況では先ほどまで及んでいた凶行を否定することは出来ないと悟ったか、全く悪びれる様子もなく開き直ったかのように認め始める。

 

頭を下げるわけでもなければ、謝罪の一つも入れるわけでもない。リーダー格の生徒は勿論のこと、周囲の生徒たちもどこか開き直ったかのようにケタケタと薄ら笑みを浮かべている。

 

その人を見下した態度。

 

罪悪感のかけらも無い腐り切った性根が俺の堪忍袋の緒をゆっくりとだが着実に引きちぎろうとしていた。

 

 

「はぁ……」

 

 

思わずため息が出る。

 

こんな奴らをまともな神経で相手する方が間違っていたと。

 

同じ人間として見る方が他の人間に失礼だったと。

 

 

「今日な、ナギがどっかの誰かに水入りのバケツでもぶつけられたんじゃないかってくらいずぶ濡れになって戻ってきたんだよ」

 

「え?」

 

 

俺の後方で誰かが小さく声を漏らす。

 

声の質からしてラウラか、何を思って声をあげたかなど今は気にしている暇はない。

 

 

「はぁ? そんなこと私らが知った話じゃない! 大体ソイツの朝の行動なんて把握出来るはずもないだろ」

 

「ほう……そうか」

 

 

そこまで聞いたところで疑念は確信に変わった。

 

今日の朝、ナギに水入りのバケツをぶちまけたのはコイツらだったことが。

 

 

「ふぅ……もしかして自爆するんじゃ無いかと思ってたけど、ここまで台本通りにやらかしてくれるだなんてこっちとしては願ったり叶ったりだ。ホントお前たちの考え方があまりにも浅はかで助かったわ」

 

「何だと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺が言ったことよーく思い返してみろ。今の会話の出来事が『朝』起きたことだなんて一言も言ってねーぞ」

 

 

俺の確信めいた一言に言葉を失う。

 

ナギが水を被ったかのように濡れている事実は伝えたものの、明確な時間帯までは伝えていない。

 

本来であればいつ起きたかなんてのはクラスメートならまだしも、他クラスの……ましてや別の学年の人間が知っているのはおかしな話。いつ何処で仕入れた情報なのかと更に問い詰めていく。

 

 

「確かにナギがずぶ濡れになったとは言ったが……何故朝起きたことだって知っている? 明確な時間を言ったつもりは無いんだが?」

 

「だ、だからそれは……お前たちのクラスメートから!」

 

「クラスメート? 俺が誰にも言わないように口止めをしていたんだが、お前はウチのクラスのどいつにその話を聞いたんだ?」

 

「知らねーよ! 偶々誰かが話しているのを聞いたんだ!」

 

「偶々……ねぇ」

 

 

偶々聞いていた、か。

 

なるほど、そう言われると誰が話していたかは特定出来なくなる。偶然通りかかった際に聞いたのなら、ウチのクラスの誰が話していたかなんて分かるはずもない。

 

同じ部活にでも所属していない限り、クラスの人間と関わりを持つことはそうそう無いだろう。

 

本当に誰が口を漏らしていたとしたら話の辻褄も合わなくはない。

 

誰かが話しているのを聞いた可能性も十分に考えられた。

 

 

 

……もし今の話が本当だったとしたら、の話だがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だとしたらソイツはますますおかしいな。そもそも起きてもいない、知りもしない情報をどうやって話すのか説明して欲しい」

 

「なっ、何だと!?」

 

「悪いが今の話は半分以上でっち上げだからクラスメートがそんな話をするハズがないんだ」

 

 

俺が教室で見たナギはあくまで靴底が湿っているだけで、全身がずぶ濡れになっているわけではなかった。

 

当然、気付いたのは俺だけで他のクラスメートたちがその事実を知るわけがない。加えて俺はこのことを誰にも話してはいない、もちろんラウラにもだ。

 

だから他のクラスメートから聞いた、なんて話はありえるハズがない。俺が逃れられないように吹いた大袈裟なホラにまんまと引っかかり、まんまとやった張本人でしか分からない情報を暴露した。

 

 

「さて、お前たちは誰から何を聞いたんだろうな」

 

「……」

 

 

顔を真っ青にさせながらついには何も言い返せなくなる。言い返させる気など毛頭ない。言い逃れが出来ないように外堀を着実に埋めたのだから。

 

もっとも、これで認めないなら確固たる証拠を提示しようと思っていた。

 

 

一つ目は俺が放課後に職員室付近の吹き抜け廊下で録音した音声データ。死角になっていたせいで表情を撮ることは叶わなかったが、声だけはしっかりと録音することに成功した。

 

話の内容は午前中にトイレで誰かに水入りのバケツを投げ付けたというもの。

 

今のやり取りで言質は取れたし、合わせて声聞鑑定にでも出せば即座にこの中にいる誰かと一致するだろう。

 

 

二つ目、ナギから手渡された携帯電話に入っているデータ。

 

わざわざあのタイミングで俺に渡してきたのだから、何らかの情報が携帯電話の中に入っていると想定される。音声なのか映像なのか画像なのか何のデータが入っているかは分からないが、蓋を開けて中身を確認すれば全て明らかになる。

 

自分で解決しようとナギも頑張ったに違いない。だがそのデータを提示する前に、今回の事態に巻き込まれた……そう考えるとふつふつと湧き上がってくるのは怒りのみだった。

 

 

 

 

 

そして三つ目。

 

俺たちはナギに危害を加える人物を特定するために証拠をどうしても押さえたかった。

 

実はナギの挙動がおかしくなった日の夜、俺は楯無から相談を受けていた。ナギが特定の人間から虐めを受けている可能性があると。楯無も現場を見たとはいうものの、楯無の存在に気付いた一同は即座に去ってしまったという。

 

これでは状況証拠が掴めない。

 

ナギの性格上簡単に口を割らないのは分かっていたから、こちらで証拠を探し出す必要があった。ナギに対して危害を加え続けているという逃れられない証拠が。

 

その機会は思わぬ形で巡ってくることになる。

 

 

「俺はナギに誰かが危害を加えていると踏んで、情報を引き出すために屋上に呼び出したんだ。おかしいと思わなかったか? 虐められている可能性のある人間を態々一人で教室に帰すだなんて」

 

「っ!?」

 

上級生たちには心当たりがあるようだ。

 

屋上でナギの安否の確認をした際に入口付近に点在するいくつかの気配を察知した。授業の前に屋上に来るような物好きな人間など早々いるもんじゃない。

 

息を潜めてこちらの様子を伺っている……少なからず好意的な気配では無いと即座に断定した。

 

多少なりとも危険な賭けだったのは間違いない。

 

俺はあえてナギを一人で教室に帰す選択をした。

 

 

「想像通りお前たちは引っかかってくれた。まさか教室に戻っている最中に本人と入れ替わっているだなんて思いも寄らなかっただろう」

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「言葉通りの意味だ。お前たちが追い掛けたのはナギであってナギじゃ無い。別人だったんだよ」

 

 

ナギが屋上を去った瞬間に俺は楯無へと電話を掛けた。周囲に気付かれないようにナギを匿ってくれと。教室へと戻る道中、曲がり角の死角を利用してナギを捕まえた。何事かとナギも一瞬驚くも、声を出さないようにと念を押されて何も分からず楯無の指示に従って近くの教室に匿われる。

 

ナギを一時的に匿うと同時に、楯無の専用機であるミステリアス・レイディの能力を使ってナギそっくりに見立てた分身体を作り上げ、分身体をトイレへと向かわせた。

 

 

「お前たちに一生分かることはないだろう。そして今日を最後にお前らはこの学園に足を踏み入れることはない。お前たちの場合はそこに加えて暴行に恐喝……いくつ罪状がつくか楽しみだ」

 

 

後は想像通り。

 

トイレの個室で分身体を解除し、そこに後をつけていた生徒が水を掛ける。

 

生徒たちが去った頃合いを見計らいって楯無はナギを解放。

 

ナギの靴が湿っていたのは、実際にトイレに寄って水浸しの床を踏んだから。水が入ったバケツを掛けたともなれば、相当な量の水を使うことになる。天井近くから落ちた水は床タイルに落ちた衝撃で四方八方に飛び散り、あっという間に水浸しを作り上げる。

 

そこをナギが踏んでしまった。

 

それだけのことだ。

 

 

さらりと言ってしまったが許可のないIS展開は禁じられている。

 

今回の行為はバッチリと禁止事項に接触しているが、こんな時こそこの言葉が相応しいのかもしれない。

 

 

「悪さするんなら誰にもバレないようにうまくやれってな……まぁ、お前たちが証跡を残さずに事を運ぶ頭があるのであれば、こんな馬鹿げたことをしてすらいないんだろうが。結局のところ、全員揃ってその程度の人間だったんだろう」

 

 

まともな思考を持ってさえいれば大人数で一人を虐めるなんてことはしない。常識的な判断が出来ない以上、人として大切な何かを失ってしまった。

 

哀れな人間であるといった見解しか俺には出来なかった。

 

項垂れ、これからの未来を想像して膝をつき絶望する。

 

 

「……いいか、これからまともな生活が送れると思うなよ。俺の大切な人間を手にかけたこと、心の奥底から後悔させてやる。せいぜい楽しみにしておけ」

 

 

今更後悔したところで遅い。

 

もう取り返しのないレベルまで堕ちた人間を救う術はない、救いたくもない、救おうとも思わない。

 

軽蔑を含む視線で全員を睨み付ける。

 

 

「謝ったところでナギの負った心の傷は治らない。一生掛けて償って行くんだな」

 

 

これ以上相手をしていたら反吐が出てくる。

 

もう顔も見たくない。

 

俺の堪忍袋の尾が切れる前に強引に話を終わらせ背を向ける。

 

 

「ふん……選ばれた人間だからってエリート気取りか」

 

 

背後から何かが聞こえる。

 

上級生の誰かが話したいるのだろう、今となってはどうでもいいことだった。

 

 

「こんなことならもっと痛い目見せて後悔させてやれば良かったな……」

 

 

相手にするだけ無駄だ。

 

相手にすればつけ上がるだけだ。調子づかせたところで、こちらには何のメリットもない。

 

当たり前の話にはなるんだろうが、こいつらは人の神経を逆撫ですることが大好きなようだ。

 

 

「もう良いや、どうせこの学園に居られなくなるんだ」

 

 

人にとって絶対に言われたくない、言ってはならないことはある。特にセンシティブな内容であれば尚更そう思うことだろう。

 

このままであればくだらない戯言を言っているな、くらいの感覚で俺も目を瞑ろうかと考えていた。

 

だがどうやらそうは問屋が下さないみたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここまで来たらもう何をやっても変わらないし、暴れるだけ暴れまわって一人くらい殺してやろうか。全員でかかればあの弱ってるやつなら速攻で片付きそうだし」

 

 

そう呟かれた瞬間、俺の頭の中で何かが弾けるような気がした。

 

気が付けば身体は動いていた。自分でも何を考えているのか分からなくなる。

 

目の前にいるコイツらはなんだ。

 

俺の大切な人を手に掛けようとするコイツらはなんだ。

 

俺にとって邪魔でしかない存在。

 

俺の大切な人の安全を脅かす存在。

 

居たら害になるような人間などいらない。

 

大切なモノを平気で傷つけるような奴は消えて無くなれば良い。

 

でも目の前にいる奴らは自ら消えようとしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーダッタラ、ハイジョスレバイイジャナイカ。

 

自分の心の奥底に仕舞い込み、眠らせていたドス黒い感情があらわになると同時に俺は右手を振り上げ、すぐ隣にあった授業用の机に向かって振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

プレス機が物体を押しつぶす時のような轟音とともに、強固な作りの生徒用の机が破壊される。

 

机の上にぶつけた拳を支点として机が折り曲がり、衝撃に耐え切れなかった貴金属たちは真っ二つに折れ、金属を固定していたボルトたちはあり得ない方向に曲がってしまっていた。

 

何が起きたかなど分からなかっただろう。上級生たちの瞳に飛び込んできたのは、普段使っている机がみるも無残に破壊されたという事実。

 

一体机にどれだけの力がかかったのかなんて計り知れないはず。机が壊れる風景なんて日常で見ることなど出来ないのだから。

 

 

「あっ……あっ……」

 

 

場にいた上級生のうちの何人かはあまりの衝撃と、俺が全力でぶつけた殺気に気絶。

 

残った上級生もガタガタと震えながら腰を抜かすか、涙を流しながら俺のことを見つめる。今の一撃が自分の人体に当たっていたらと想像したのかもしれない。

 

もし仮に当たっていたとしたらとんでもないことになっている。だがそんなことは俺にとってはどうだっていい。コイツらは何も感じちゃいない、自分たちがした愚かな行為を反省、謝罪するどころか開き直りやがった。

 

挙句の果てに殺しとけば良かっただと。

 

冗談じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「……マジで一回死んでみるか、あぁ?」

 

 

自分でも驚くくらいに低く冷たい声だったと思う。

 

人の命はおもちゃじゃない。

 

決して変えのきかない唯一無二のもの。

 

それを気安く殺すだと?

 

……ふざけるなよ。

 

 

「手が滑って狙いが机になっちまったな……本当だったら今の一撃をお前たちのその腐った脳天に叩き込んでやりたいくらいだ」

 

 

自分が今どのような表情をしているのかなんて分からない。だが、腰を抜かす姿を見る限り、さぞかし恐ろしい表情を浮かべているんだろう。

 

こんな奴らに……こんな奴らに散々振り回され、耐えてに耐えて。挙げ句の果てに大切な髪まで失ったナギがあまりに不憫に思えて仕方がなかった。

 

 

一歩踏み込むと、へたり込んでいるリーダー格の女性の肩を掴んで強引に立たせる。

 

恐怖のあまりガタガタと体は震えて顔は歪み、瞳からは涙が溢れてきた。まるで化け物でも見るかのような恐怖に怯えた雰囲気に俺は容赦なく言葉を続けていく。

 

 

「悪いが俺は一夏みたいに寛容で優しい人間なんかじゃない。自分でも嫌になるくらいにドス黒い人間なんだよ」

 

 

黒い感情を押し殺して偽っている自分が嫌になる。

 

本音を曝け出せば俺もこんな残虐な人間だったのかと、自分でそう認識すると吐き気がする。

 

 

「さて……お前が今日までナギにしたこと以上にいたぶってやっても良いんだ。こんなところに来る生徒や教師なんか滅多にいやしないし、証拠もなければバレることはない。この時代証拠がなければ立証なんか出来ないことくらい分かるだろ」

 

 

助けなんか求めたところで誰も来やしない。

 

楯無もラウラも俺の協力者だ。

 

慈悲など必要ない。

 

視線を足下に向けると裁ちばさみが転がっているのを確認した。

 

取手側を思い切り踏みつけると反動でくるくると回転しながら宙に浮く。刃先を握らないように掴むと先端を首元に押し当てた。

 

 

「ひっ……!」

 

 

声にならない悲鳴を上げる。

 

女生徒の反応から死と隣り合わせになることなど今までなかったことが容易に想像出来た。苦し紛れの冗談半分で呟いたのかもしれないが、どんな状況であったとしても言葉として発言したのは事実。

 

先端が皮膚に食い込まないギリギリの場所まで近付けながら、殺意を全面に出して睨み付けた。あと少しでも力を込めれば皮膚の薄い首元など簡単に貫通する。

 

 

「お前の、お前たちのくだらない行為のせいで俺の大切なパートナーが傷付いた。その報いは受けるべきだ。お望みなら一思いにやってやろうか?」

 

「やめっ……あっ……」

 

 

そこまで言い掛けたところで女生徒の視点がぐるりと暗転する。涙をたらし、鼻や口から液体が溢れ出る様相はとても他の人間に見せられるような光景では無かった。

 

 

「……気絶したか、たあいもない」

 

 

力の抜けた身体が重力に任せて地面へと崩れ落ちるが、咄嗟の判断で身体を支える。このまま倒れれば何処かに頭をぶつけているかもしれない。打ち所が悪ければ大事故に繋がる可能性もあった。

 

自分にとって憎い相手を助ける必要なんてない。

 

どうなろうが知ったことではないと思っていても身体は動いてしまった。

 

復讐は何も生まない。

 

ここで俺が手を加えたところでただの憂さ晴らしにしかならない。そう思うとすぅっと身体の中から負の感情が抜けていくのを感じた。冷静な思考回路が働くようになってようやく正常な判断が出来るようになる。

 

何のためにこんなことをしているのか、同時にただの虚しさしか残らなかった。

 

壁に気絶した女生徒を立てかけるとハッキリと意識のある生徒たちに向かって伝える。

 

「この際だから言っておく。俺の大切なモノを傷付ける奴はどんな奴だろうが許さない。お前たちがどんな処罰になるかなんて知ったこっちゃないが、次ナギに手を出してみろ! 今度は遠慮なくぶっ潰す!!!」

 

 

残れる可能性などゼロに等しい。

 

ここまで大事を起こしておいて学園に残れる選択肢があるのか甚だ疑問だ。

下手をすれば学園を追い出された後も後ろ指を刺される生活を送り続けることになるかもしれない。

 

だが一切の同情はなかった。同情の気持ちすら湧いてこなかった。

 

ピシャリと言い放った言葉に対し、涙を流しながら無言で頷く上級生たち。心の底から後悔しているようにも見えるが、全てが終わった今となっては正直どうでもいい。

 

 

「お兄ちゃん……」

 

「大和、後のことは私たちに任せて。アナタにはナギちゃんを運んで欲しいの」

 

「……分かった」

 

 

ラウラも楯無も俺の気分の沈み様を悟ったらしく、多くを語りかけようとはしなかった。

 

入口付近に座りながら、いつの間にか眠りに落ちていたナギの顔を覗き込んだ。全てが終わり肩の荷が下りたようで、浮かべる表情は安らかそのもの。ここ数日間まともな睡眠など取れるはずもなく、一気に疲れが押し寄せたに違いない。身体を多少揺すっても起きる素振りはなかった。

 

しばらくの間は眠り続けることだろう。

 

……本当、よく頑張ったよな。

 

 

「二人ともすまない。後のことは任せた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナギを抱きかかえて一人室内を後にする。

 

下校中の生徒もまだいるだろうし、あまり人目に見られないように帰るとしよう。腕の中で眠るナギが無意識のうちにそっと俺の首へと手を回す。

 

彼女の安らかな吐息と、安心したかのような寝顔が全ての終わりを告げていた。


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