IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第十五章-Cinderellas Festival-
おいでよご奉仕喫茶!


 

時は流れて翌日。

 

IS学園は学園祭当日を迎えていた。

 

何気なく窓の外を見ると既に入り口付近には大勢の来場客を確認する事ができる。一般の学校の学園祭は原則的に外部の人間の入場に特段制限を設けることはしないが、IS学園に関しては学園の生徒から配布される入場券を持つ人物のみ。

 

つまり普通の人間は参加することすら許されない。現に入り口付近には幾多もの警備員が配置されて徹底的に入場チェックを行なっていた。確認項目は持ち込んでいる荷物の目視確認のみにとどまらず、空港にあるような金属探知機を使い、何処かに隠して危険物を持ち込もうとしていないかなど、厳重に厳重を重ねた入場管理を実施している。

 

やり過ぎてはないかと思う意見が上がるかもしれないが、冷静に考えて見ると別段厳し過ぎる訳ではなく、むしろ当たり前の対応である事が出来る。

 

IS学園はアラスカ条約に基づいて日本に設置された、IS操縦者育成用の特殊国立校になる。保管されている機密情報だけではなく、量産機である打鉄やラファール、それに各国の専用機が集結しているいわば宝の島のような状態なわけだ。併せてそのISや専用機を操縦するエリート、国家の代表や代表候補生も多数所属している。

 

どこの人間が悪事を働き侵入してくるかなど分かったもんじゃない。最近は幾分減ったが、夏休み前は簡単に敷地内への侵入を許すケースが多発しており、俺や楯無が対応に追われることも決して少なく無かった。また侵入が多発するということは同時にIS学園のセキュリティ、および警備がザルだと証明しているようなもの。

 

限定的とはいえどもIS学園に所属している以外の人間が出入りする学園祭は格好の的となる。

 

あまり笑えたもんじゃない。

 

取り返しのつかなくなる事態を引き起こさないためにも、しつこいくらいの警備がちょうど良いのは当然の判断だと思う。

 

 

「霧夜くーん! 一番のテーブルのお客様対応行ってもらっていい? 織斑くんもちょっと別の対応で捕まっててさー」

 

「ん、了解。一番なら今作っているこの料理を持っていくから、お客様には少しだけ待つように言ってもらえるか?」

 

「分かった! バタバタしちゃってごめんねー!」

 

 

フロア内で接客に携わっているクラスメートの一人が俺のことを呼びにくる。さて、作っているパスタも完成したことだし行くとするか。

 

 

「大変お待たせいたしました。ずわい蟹の和風パスタになります」

 

 

作ったパスタを片手に持ちながら客先へと運び、そして机の上に優しく置く。別のクラスから駆けつけて来たであろう一組の生徒ににこやかに微笑み掛けながら『ごゆっくり』と声を掛けると堪らず歓声が上がった。

 

 

「あ、あの! 霧夜くん! 折角だから写真撮ってもらってもいいかな?」

 

「はい。なんなりとお申し付け下さい」

 

「やったあ! イケメンとのツーショット! これはみんなに自慢できるわ!」

 

 

机の側に立つと俺を挟むように二人の生徒が立ち、生徒が構える携帯のインカメラに向かってポーズを取る。するとカシャリという音と共にシャッターが切られる。

 

正直あまり撮り慣れていないせいかこんなポーズで大丈夫なのかと思うだけではなく、ぎこちなく写ってないか果てしなく不安になる。

 

 

「こんなんで良いですか?」

 

「バッチリ! ありがとう霧夜くん!」

 

 

喜んでいる様子を見るとことなきを得たらしい。とりあえず無事に対応が完了してほっと胸を撫で下ろす。こんな感じのやりとりがここ小一時間ずっと続いていた。

 

大勢の人間で賑わう学園祭は各クラスが様々な出し物を実施。物によっては長蛇の列が出来るほどの賑わいを見せるものもあるわけだが、このクラスの出し物も例外ではなかった。廊下側の窓ガラスの先には、切れ目が全く見えないほどに繋がった長蛇の列。常にウェイトが掛かった状態の『ご奉仕喫茶』は大盛況を迎えていた。

 

長居するお客様が増えて回転率が下がらないように適宜フロア担当のクラスメートが声を掛けてくれているようだが、今の様子を見る限り当分この列が途切れることはないだろう。

 

基本的には普通の町中にあるような喫茶店とやっていることは同じ。ただ、そこに付帯サービスがついて来ている。付帯サービスとはいっても変な場所のおさわりとか抱きつきなどと過激な行為は禁止、あくまで完全な内容のみに限る。が、この学園の生徒にとっては普段中々話せない男子に接客してもらえる貴重な機会らしく、それでも全然構わないと押し寄せる生徒が急増した。

 

今やったように写真を撮ったり、後は出した料理を食べさせてあげたり、後は握手くらいなら問題はない。

 

 

「あ、霧夜くん! 私と握手して!」

 

「ちょっと私が先よ! 何であんたが言ったみたいなことになってるのよ!」

 

「へへーん! そんなの言ったもんがちだもーん!」

 

「キィイイ!!」

 

 

再度厨房に戻ろうとした矢先に声を掛けられた。

 

こうして料理を出したり別の対応に行った際にもひっきりなしに声が掛かる。声を掛けてくれるのは嬉しいが、この中で俺を取り合うのだけは控えて欲しい。この生徒たち以外にもお客様はいるし、中には学園の生徒の知り合いの子だっているのだから。

 

 

「まぁまぁ。お二人ともちゃんと対応しますので、どうかご安心下さい。それで……握手でよろしかったですか?」

 

「へ……う、うん! 喜んで!」

 

 

ちょうど二人いることだし、俺が両手を差し出せば済む話だろうと察し、二人の目の前に両手を出すとその手を其々が力強く握った。

 

ふむ……こんな感じで大丈夫なんだろうか。とは言ってもこれ以上のサービスはしようがないし、これくらいのことで喜んでくれるのなら全然良い。

 

料理提供と臨時の対応を終えて厨房に戻ってきた俺に一人のクラスメートが声を掛けてくる。

 

 

 

 

「はい、霧夜くんお水。ずっと対応してて水分取れてないでしょ?」

 

「あー助かるよ鷹月。丁度喉乾いてたんだ」

 

 

差し出されたキンキンに冷えた水入りのコップを受け取ると、口をつけて渇いた喉を潤す。バタバタとしていたこともあって飲み物を飲む暇すら作れなかったから、些細ながらも嬉しい気遣いだ。

 

 

「ふぅ……しかしまぁ本当に切れ目なくくるよな」

 

「そうだね。予想はしていたとはいえ、予想以上の混み具合だから私もちょっとびっくりしてるかなぁ」

 

 

あまりの混み具合に苦笑いを浮かべながらもテキパキと作業をこなし、フロアを上手く纏めてくれているのは鷹月だった。的確な指示出しをしながら、フロアと厨房等行ったり来たりして良い感じの橋渡しみたいな役割をこなしてくれている。

 

しっかり者っぷりはもはや周知の事実。賑やかな生徒が多いウチのクラスでは最も頼れる人物だろう。

 

そんな彼女もまたメイド服を纏っていた。ヘッドドレスがよく似合う。

 

 

「それにしても織斑くんの執事姿もそうだけど、霧夜くんの執事姿もやっぱり映えるよね〜。今日来る生徒の殆どが二人目的じゃない?」

 

「ははは、俺の執事姿で喜んで貰えるなら嬉しい限りだ。中々に忙しいのがたまにキズだけどな」

 

 

鷹月を始めクラスメートが着ているメイド服、どこかで見たことあるようなメイド服だと思ったらそれもそのはず、以前ラウラとシャルロットが臨時で手伝っていた喫茶店で使用している正装着と全く同じ物だったからだ。同様に俺や一夏が着ている執事服も同じ物になる。

 

どうやらラウラが言っていたツテというのはこのことだったらしい。ラウラが確認を取ったところ、二つ返事で了承をしてくれたそうだ。ちなみに当時は執事服を纏っていたシャルロットだが、今回に関してはメイド服を着ると譲らず。

 

元々男装していたくらいだから執事服も着こなせるとは思ったんだが、シャルロット本人としてはやはり女性らしくメイド服を着てみたかったらしい。男性用の服を着ても違和感がないのは彼女の顔立ちや仕草が中性的な立場にあるからなのかもしれない。

 

 

「でも本当に良かった。一時は大丈夫かなってずっと思ってたんだけど……」

 

「あー……それを言われるともう笑うしかないよ」

 

 

鷹月はクラスの出し物が決まる前のことを言っているのだろう。意見を出てくるが、いずれも色物目的のような出し物として成り立たないものばかり。だというのにそれもクラスの大多数が賛成していたのだから末恐ろしい。

 

最終的に喫茶店にすることで何とか纏まったが……本当ラウラに感謝するしかない。

 

コップに残った僅かな水を口の中へと含む。

 

 

「……あ、ほら霧夜くん。可愛いお嫁さんがオーダー取ってきてくれたみたいだよ?」

 

「ゴホッ、ゴホッ!? ……ちょっ、いきなり何言ってんだ!」

 

 

口に手を当ててニヤニヤとしながら俺をからかう鷹月と、飲み込みかけた水を吹き出しそうになる俺。吹き出したら大惨事だったが、寸前のところで耐えて何とか飲み込んだ。

 

お嫁さん? 一体何のことを……。

 

 

「じゃあ私はフロアに戻るから後はちゃんとお願いね〜♪」

 

 

颯爽とフロアに戻ってしまう鷹月を追う術は今の俺にはなかった。そして彼女と入れ違うように、厨房に一人の生徒が入ってくる。

 

 

「大和くん! オーダー入ったんだけど行けるかな?」

 

 

満面の笑みでオーダー表を手渡ししてくる俺のお嫁さん……もといナギの姿がそこにあった。自分のために尽くしてくれるメイドの奥さんか、まぁそんな未来も悪くないかもしれない。

 

 

「……大和くん、どうしたの?」

 

「は! あ、い、いや。何でもない。少しぼーっとしてた」

 

「?」

 

 

オーダーを渡したのにずっとぼけっとしている俺に再度声を掛けてくる。自分で言うのも変な話だが、危うく妄想の世界にダイブするところだった。

 

何を考えているのか分からず、オーダー表を持ったままナギはキョトンとするしかない。そしてそのキョトンとした顔もまた俺好みだということを忘れてはならない。

 

 

おかげさまでナギはいつも通りの様子に戻った。

 

昨日の内にクラスメートたちにはここ数日間の出来事を説明。何故急に切ることになったのか、その間にナギがどれほど我慢し耐えていたのか。元々ナギの異変には大半のクラスメートが気付いていたために混乱することは無かったが、クラスの全員が蛮行に対して憤りを覚え、同時にナギに同情した。

 

よく耐え切ったと。

 

 

「本当に大丈夫? もしかして疲れてるんじゃ……」

 

「大丈夫、疲れてないよ。ちょっと考え事をしてただけだ」

 

「そう?」

 

 

全く疲れていない訳ではないが、彼女の顔を見るだけで疲れなど吹っ飛んで消えてしまう。

 

渡されたオーダー表をざっと確認して厨房へと入る。オーダーが集中しているようで、外がてんやわんやなら中も中々にてんやわんやしている状態だった。

 

 

「また後で声を掛けるから、フロアのことは任せた。忙しくてやばかったり指名が入ったらすぐに呼んでくれ」

 

「分かった。私もフォロー入れるところは入るから」

 

「助かるよ」

 

 

また後でと、ナギはフロアへと戻って行った。

 

フロア専任と厨房専任が居るが、俺と一夏は状況に応じて両方に対応している。加えて鷹月やナギなんかも両方のポジションをこなすことが出来るため、基本的にはフロア担当だが厨房がどうにも回らなくなった際のヘルプ要員として、万が一の時はフォローに入ってもらうようになっている。

 

決して厨房の動きが悪い訳ではないが、キャパを超えたオーダーが入ってしまっていていくら作っても伝票が減っていかない。とは言っても一度教室内に設置した席は満席の状態になった。つまり主食系の大きめなオーダーは席が空いた分しか入ってこない。ここからは一気にオーダーの数は減っていくはず。

 

大手ファミレスチェーンのように長時間ゆっくり出来る訳でもないし、追加オーダーが入ってくる可能性も低い。だから一度今入っているオーダーを片付けてしまえば一旦は落ち着くはずだ。

 

 

「霧夜くんごめん! ちょっと入ってもらっていい?」

 

「了解! 三番卓のオーダー、時間が掛かるハンバーグを先に焼いて、待ってる間にサイドを系を完成させよう。後ハンバーグの付け合わせは今のうちに多目に作って、後々手間かけないように準備を頼む!」

 

「分かった!」

 

「パスタは茹で上がったものから俺に渡してくれ、こっちでトッピングは纏めて行うから分業してやろう。茹で時間だけ間違えないように!」

 

「う、うん! 分かったよ!」

 

 

若干右往左往してばたつき始めていた厨房の真ん中に立ち、それぞれの担当に指示を出して回転をさせる。とにかく今残っているオーダーは綺麗に片付けようと指示を出しながら、渡される料理に最後の仕上げを施してフロア担当の生徒に渡していく。

 

提供が遅れて完全に冷えてしまった料理を食べようとは思わないし、折角来たのだから美味しいものを食べて幸せになって欲しい。いかに早く出来立ての状態で提供が出来るか。料理の見栄えが崩れないように注意をして盛り付け、飾り付けを施していった。

 

指示が上手く行ったようで、厨房内の動きも良くなり溜まっていたオーダーも少しずつ減り始める。

 

 

「ん、ナイス火加減。このハンバーグは絶対旨いぞ」

 

 

動きも良くなると余裕が出てくると自然と料理自体のクオリティも高くなる。熱々のまま流されてくるハンバーグに熱したデミグラスソースを掛け、その上に程よく半熟になった目玉焼きをのせた。お店で出しても違和感の無い完成度に思わず唸らざるを得ない。

 

 

「霧夜くん! パスタの最後の仕上げお願い!」

 

「よっしゃ、いいタイミングだ! ハンバーグと一緒にパスタも出すから少し待っててな!」

 

 

茹で上がったパスタが渡される。

 

既に作り置きしておいたクリームソースは煮詰まらないようにフライパンで熱しており、頃合いを見計って茹で上がったパスタを少量の茹で汁と共に投入した。

 

パスタ用のトングを使って素早くクリームソースと麺を絡め、沸騰しないギリギリの温度で大皿へと盛り付けた後、中央にイタリアンパセリを添えて完成。

 

ハンバーグと同タイミングで出せたことでお客様を変に待たせることもない。

 

 

「よし、これである程度追いついた!」

 

「大和、そろそろ交代の時間だ! 何人か大和指名の客が入っているんだけど行けるか?」

 

 

タイミングよくフロアでの接客を終えた一夏が戻ってくる。

 

時間的にも俺と一夏のメインポジションが変わる時間だ。加えて溜まっていたオーダーも粗方捌き切ったところだし、残っているオーダーも既に対応を始めており、後は火が通った料理たちを盛り付けて提供するだけの状態にしてある。

 

もしオーダーが溜まっていたら少し残って手伝おうと思っていたが、現状ならチェンジしても大丈夫だろう。

 

 

「分かった。今入ってるオーダーは大体片付けたから、最後の仕上げだけ任せても大丈夫か?」

 

「おう、任せとけ!」

 

 

一夏にバトンタッチをして代わりに俺がフロア対応に入る。

 

そこから小一時間ほどピーク真っ盛りの時間帯に突入するわけだが、幸い皆の連携も良く何とか無事に乗り切ることに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……これでちょっと落ち着いたか」

 

 

相変わらず客足は絶えないものの、いつぞやのピークに比べると少しばかり客の入りが落ち着いてき始めた。ひっちゃかめっちゃかしていた厨房、バタバタとフロア担当が駆け回っている光景も無い。とはいえ朝から働き詰めだったクラスメートたちの顔には若干の疲労の色が見えていた。

 

実際のところクラスにいる何人かは運動部か文化部のどちらかに所属している。そうなると各々の部活の出し物の手伝いなどで出て行ってしまうこともあり、煽りをくらって休憩も取れずにここまでぶっ続けで働いている人がいるのも事実だ。

 

そこは如何にシフトを組もうにもどうしようもないところだった。だからこそ落ち着いてきたこのタイミングで休憩を回し始めても良い頃だろう。

 

 

「あ、霧夜くん。お疲れ様」

 

「鷹月か、お疲れ。朝から鷹月が居てくれて本当に助かったよ。悪いな、ずっと働き詰めになっちゃって」

 

 

少し落ち着き始めたことで会話にも余裕が生まれる。

 

鷹月に関してはピークの時も一人冷静に指示出しをしていたし、フォローも上手かった。何よりアクシデントがあった際の連携も早かった。皆確かに頑張ってくれてはいたが、今日の総合した働きで言うとMVPの一人なのは間違いない。

 

あれだけ冷静な判断や機転の効いた動きが出来ているにも関わらず、本人は接客経験は無いって言っているのだから、人よりも視野が広いんだろう。

 

美人で気配りも出来る、彼女を将来の嫁さんに出来る人は幸せ者だな。

 

 

「ううん、私は大丈夫。そんなことより霧夜くんこそそろそろ休憩に入りなよ! 今は落ち着いているし、シフトだと部活動の出し物に行っている子たちも戻って来る時間だから」

 

 

と、さり気ない気遣いを向けてくれる。

 

朝から働き詰めなのは俺だけじゃなくて彼女も同じだろう。それでも周囲を優先してくれるのは彼女の優しさに違いない。

 

いや、本当に良い子だ。

 

 

「……それに一年に一回の企画なんだから、将来のお嫁さんと思い出を作らないとね♪」

 

 

どこかで見たような返しを再び見せてくれる。ウィンクしながら言ってくるあたり十中八九確信犯なんだろうけど、不思議と嫌な感じはしない。

 

 

「ってまたそれか! まだ籍は入れてないし、俺たちまだ高一なんだからちょっと気が早すぎるだろ?」

 

「ふふっ、そうだね。でも霧夜くんは満更でもないんじゃない?」

 

「ははは……」

 

 

鷹月のおっしゃる通り満更でも無い。言ってることが全部当たっていて何も言い返せない自分がいた。

 

将来のお嫁さん、か。

 

数年後の自分がどうなるかなんてあまり考えもしなかったけど、ごく一般な家庭を持って生活するのも悪くは無いかもしれない。いずれ俺も結婚したら家庭を持ち、新しい命も生まれて何もかもが違う生活を送ることになると考えると何とも言えない自分がいる。

 

平穏かつ多少の刺激がある生活。それは一番俺が求めているものなのかもしれない。

 

 

「あれ、大和くんも休憩?」

 

「あぁ。ちょうど落ち着いたみたいだし、そろそろ行こうかと思ってるよ」

 

 

鷹月と話していると使用済みの食器を手に持って厨房に戻ってきたナギと鉢合わせた。大和くんも……ってことはナギも一区切りついたら休憩入るように事前に言われているのだろう。

 

この現状だと入れる時に休憩に入らないと他のクラスメートたちの休憩も回すことが出来なくなってしまう。今は落ち着いてはいるが、またいつ混んで来るかなんて想像は付かない。

 

次の担当時間までは俺もナギも空いているし、今のうちに休憩に入って他のクラスの出し物を見回ってくるのも楽しそうだ。

 

 

「じゃあ着替えて休憩行ってきなよ。それに二人で出かける以外にも用事があるんだよね」

 

 

二人で学園祭を回るという目的は変わらないが寄るところがある。そのうちの一つが茶道部になる。というのも茶道部にはラウラが所属していて、俺たち二人にぜひ来てほしいとのこと。

 

朝にも絶対に来て欲しいと念を押されているため、休憩時間の間に立ち寄ることにしていた。だから今の時間ラウラはクラスにはおらず茶道部の方にいる。

 

 

「まぁな。じゃあお言葉に甘えて先に休憩もらうよ。鷹月もあまり無理しないように、お前の代わりは居ないんだから」

 

「え?」

 

 

執事服の上着を脱ぐ俺に鷹月はどこか意外そうな顔を浮かべる。

 

あれ、俺なんか変なこと言ったか?

 

言葉の文脈を思い返すも特段問題は無いように思うんだが……。

 

 

「あ……う、うん。ありがとう」

 

 

ほんのりと顔を紅潮させながら感謝の言葉を返してくる。何だろうあまり深く気にすると変なことになりそうな気しかしない。

 

 

「ねぇナギ。霧夜くんっていつもこんな感じなの?」

 

「うん。ただあまり大和くん自覚してないみたいだから……」

 

「そうなんだ。でもいつもナギが言ってることがよく分かったよ。これは確かにズルいかも」

 

「あはは……やっぱりそう思うよね」

 

 

ナギと鷹月、二人揃ってボソボソと何かを話している。声が遠すぎて残念ながら何を話しているかまでは聞き取ることが出来なかった。

 

 

「大和くん。私ちょっと着替えに時間がかかると思うから何処かで集合にしない?」

 

「そうだな。なら階段の踊り場の前で一度落ち合おう。今日に関してはどこもかしこも人混みまみれだけど、流石に教室の前じゃ目立つだろうし。そこでも大丈夫か?」

 

「うん、分かった。それじゃまた後で」

 

 

そうと決まれば善は急げ。

 

女性に比べると男性の着替えは幾分早く済む。手短に制服へと着替え直し、俺は階段の踊り場へと一足先に向かうことにした。


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