IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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王子(一夏)は逃げる

「お、おい! 何だよこの衣装は!」

 

「俺に言われてもな、そーいうのは全部楯無に言ってくれ。後衣装似合ってるぞ」

 

 

楯無に手渡された衣装へと着替えた一夏は不満を隠すことなく垂れ流していた。青と赤を貴重とした服に四肢にピッタリとフィットした白いタイツのようなパンツ。小学生の劇で仮装するなら違和感はない。とはいえ王子様王子様した服装を高校生にもなってするのは恥ずかしいものがあった。

 

ニヤリと笑いながら一夏に賞賛の言葉を送る大和もどこか顔が引き攣っている。そんな大和に一夏も気付いたようで。

 

 

「とってつけたような褒め言葉かよ……ぐぐっ、これは貸しだからな大和!」

 

 

と、最大限の抗議をする。当然だ、もし可能なら変わって欲しいとさえ思っているのだから。

 

 

「待て、今回のどこの要素に貸しを作る要素があった!?」

 

「全部だ全部! ちくしょう……こうなったらヤケだ! 大和も道連れにしてやる!」

 

 

やめてくれと頭を抱える大和だが、それは一夏も同じ気持ちだった。いきなり劇を手伝ってくれと言われて承諾はしたものの、一夏のポジションは主役。加えて決まった台詞はなく、一夏が主体となって劇をアドリブで構成していくというもの。起承転結を自分が決めてこの劇を成功に導かなければならない。

 

楯無に何とかなるとは言われているものの、不安要素しか無かった。自分の進行が成功するかどうかの鍵を握っているともなれば無理はない。せめて見苦しくないように無難にこなそうと思う一夏ではあったが、俺も裏方作業に徹したかったと、裏方作業を任されている大和に対して羨望の視線を向ける。

 

 

「でも大和は裏方かよ……良いよなぁ」

 

「いやいや良くはねーよ。こっちは慣れてもいない裏方やらされるんだから」

 

 

大変なのは何も一夏だけでは無いと言う大和の反応に対して、むむっと気難しい顔を一夏は浮かべた。タスクの比率だけで言うなら覚えることが多いのは自分の方では無いかと。

 

淡い期待を込めながら冗談混じりで自分とのポジションを変わらないかと提案を持ちかける。

 

 

「なら変わるか?」

 

「だが断る!」

 

「結局断るんじゃねーか!」

 

 

即答で返されてノリツッコミを一夏は返した。

 

流石に主演をいきなりアドリブで演じきる自信は大和にも無いのだろう。そもそも行き着く先も分からない劇の主役を任されて、素直に受けるなんて出来るわけもない。一夏はがっくりと肩を落として落胆の気持ちを隠せなかった。

 

 

「そういえば箒たちも可愛い衣装着れるからって、楯無さんに劇の参加を持ちかけられてたんだよな」

 

「そうそう。そのせいで防波堤が誰も居なくなるって一夏も大概な巻き込まれ体質じゃね?」

 

「言わないでくれ……」

 

 

楯無の提案に一夏ラバーズの何人かは反対の意を見せたにもかかわらず、楯無何かを耳打ちをすると同時に叛旗を翻して全員一夏の劇への参加を認めることに。

 

 

(しっかし楯無は皆に何を言ったんだ? メンツ的に可愛い衣装を一夏に見せられるって理由だけじゃ参加に持ち込むには弱い気がするし……)

 

 

建前としての理由は可愛い衣装が着られるからとのことだったが、そんなことでコロリと意見が変わるはずもない。となると別途何か付随の条件を与えられたと考えるのが普通だ。

 

大和も建前の理由は聞いてはいるものの、楯無が耳打ちした時に何を言ったかまでは聞き出すことが出来なかった。

 

 

(生徒会長権限はこんなことに使わないだろうから、何か決定的な一言があるはずなんだが……俺の考えすぎか?)

 

 

結局内容が分からない以上何が参加の決定打になったかなど分からない。

 

うーむと大和が考えていると。

 

 

「はいはい一夏くん、準備は良いかしら?」

 

「た、楯無さん。更衣室に勝手に入って来ないでください! 着替えてたらどうするんですか!」

 

 

楯無はノックもせずにいきなり扉を開けて更衣室の中に入って来た。男性更衣室だから勝手に入室されることはないと決めつけていたらしい。両手を身体を隠すようにしながら一夏は抗議の声を上げる。

 

今着ている衣装はやはり誰かに見られるのは恥ずかしいようで、大和の後ろに隠れるようにポジションを陣取ろうとする。

 

 

「やん、そんな隠れなくても良いじゃない。凄く似合ってるわよその衣装」

 

「は、はぁ……」

 

 

褒められているというのに一夏の表情は優れない。同じようなことを先に大和から言われているからだろう、本人からすれば恥ずかしいことこの上ない服装になる。

 

 

「忘れないうちにはい、これ。王子様と言ったらやっぱり王冠よね!」

 

 

手渡されたキラキラと光り輝く王冠を自らの頭の上にのせる。

 

今自分のシルエットはどうなっているんだろう……見てみたい気持ちはあるが、もし見たら本気で凹みそうだし辞めておこうと思うのだった。

 

 

「一夏くん。安心して、困りそうなところは私と大和でサポートするから」

 

「そーいうことだ。一夏は大船に乗ったつもりで盛大に盛り上げてくれれば良い」

 

「ぐぐっ……自分が参加しないからって……」

 

 

後で覚えておけよと言わんばかりに一夏は顔を顰める。とはいえ今更文句を垂れたところで何かが変わるわけでもない。二人に誘導されるままに更衣室を出ると、そのまま劇のメイン会場になる舞台へと案内された。

 

 

 

 

 

既に会場は満員御礼。

 

人が立つ隙間すら無いほどに埋め尽くされている。

 

舞台袖から会場の様子をチラチラと確認する一夏の目には、劇の開始を今か今かと待つ生徒たちが映っていた。ザワザワとした喧騒は収まらず、かつて無いほどの賑わいを見せている。

 

今からここで自分が主体となった劇が行われるのかと考えると、無性に胃がキリキリと痛くなってくる。劇の開始はもうすぐ、ごくりと唾を飲み込みながら緊張を紛らわす一夏の背後からトントンと大和は肩を叩く。

 

 

「おい、一夏」

 

「な、なんだ? 今少しでも緊張を紛らわそうとしてるんだが……」

 

「……何があってもお前は護り抜くから安心してくれ」

 

「は、はい?」

 

 

大和の言っている意味が全く分からずポカンとしたまま首を傾げる。あっけに取られた表情を浮かべていると、大和はニカッと笑いながら一夏の背中をバシッと叩いた。

 

 

「変な心配すんなってことだよ! さぁ、行ってこい! お前の本気をみんなに見せてやれ!」

 

「お、おう! 任せとけ!」

 

 

その瞬間、ステージ含めた会場全体が真っ暗になる。

 

ステージが暗くなると同時に近くにいた大和の気配もすぅっと消えた。劇に備えて裏の方へと引っ込んだのだろう、後は劇の開始を待つだけだ。

 

 

(何か乗せられたような感じだけど……大和にあそこまで言われて、燃えないわけにはいかないよな!)

 

 

緊張しているにもかかわらず一夏の表情は晴れやかなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず人をおだてるのが上手いわね。そっちの道でも食っていけるんじゃ無いの?」

 

「そっちの道ってどの道だよ。それに一夏が分かりやすい性格をしているだけで、俺が何か特別なことをしたわけじゃ無いさ」

 

「そうかしら?」

 

 

ステージが暗くなると同時に、大和と楯無は音響や照明などを管理するブースへと来ていた。上手く言いくるめたじゃないと微笑む楯無に大したことはしていないとうすら笑みを浮かべる大和。その笑みが意味するのは何か、これから先何が起こるのかを想定しているようにも見える。

 

 

「っと……俺は裏方に専念するか。メインで一夏が頑張ってくれてるんだから、これくらいはちゃんとやらないとな」

 

「ふふっ、助かるわ。大和も一夏くんと一緒に劇に出てくれてもいいのよ?」

 

「俺がか? ははっ、俺はメインで動くようなキャラじゃないし、今回は一夏に全部を託すとするよ。少なくとも一夏が出演していることで劇は満員御礼。十分すぎるくらい大盛況じゃないか」

 

「そうね。それでも私の性格上もうひとスパイス加えたら面白そうなんだけど」

 

 

含みのある笑いを優雅に浮かべる楯無。言葉の節々から大和にも劇に参加して欲しいという気持ちが強く感じ取れた。楯無の言わんとしていることを汲み取ったのか、大和も嫌な顔をすらことなく淡々と言葉を続けていく。

 

 

「つまりは俺に劇に出て欲しいと。俺が出たシナリオなんて考えて……いや、お前のことだ。有事の時に備えて二手三手先を考えているだろうし、俺が参加したシナリオも考えてるんだろう」

 

 

大和の言っていることは当たっていた。

 

本来は一夏を主役とした劇を進行する予定だったが、万が一大和が参加することになった場合も楯無は既に考えていた。

 

が、問題なのは何故大和を参加させるようなケースを先に想定していたのかだ。楯無から提案を持ちかけられない限り、大和に劇へ参加する可能性は皆無。

 

それがこの場で急に参加して欲しいと暗に伝えてくる辺り、楯無に思惑があるようにしか思えない。

 

 

「俺が参加した方が面白いし盛り上がるから参加して欲しいって言うより、参加した方が万が一の時に対応出来るからって理由が強いように思うんだが合ってるか?」

 

 

思ったことを率直に楯無へとぶつける。

 

素朴に疑問に思ったことを楯無に聞く大和の表情は至って普通のものだった。

 

 

「察しがいいわね、大体合っているわ」

 

 

大和の言い分に楯無は大きく頷く。そしてわざわざこのタイミングで大和に伝えたということは、ある脅威が間近に迫っていることを意味しているのと同義。

 

話の流れと細かい内容を整理すべく、先ほどよりも引き締まった表情で大和は楯無の話を確認していく。

 

 

「大和に少し前に亡国機業の件で話したことは覚えているかしら?」

 

「もちろん。つい先日のことだししっかりと覚えているぞ」

 

「なら話は早いわね。結論から言うとその組員が一人、この会場に紛れ込んでるって情報が入ったのよ」

 

 

亡国機業。

 

ここ最近の話題としてはホットなものとなる。

 

つい先日、大和が接触した青年が亡国機業に属したとの話を楯無からされたが、今回は亡国機業に所属している組員の一人がIS学園へと潜り込んでいるというのだ。

 

構成員は不明。

 

何人いるのか、どこまで大きな組織なのか全てが謎に包まれている裏組織になる。

 

 

「警備は敷いてるんだけどね。一般人の細かい所属までは聞き出せないし、それこそIS関連企業の一員として入られたら警備網は掻い潜ることが出来る」

 

 

いくら強固な警備網を敷いているとはいえ、指名手配されている人間でもなければ事前に止めることは難しい。入館の際に問題がないと判断されれば、易々とIS学園へと侵入されてしまう。

 

 

「今どこに居るか探ってるんだけどまだ見つけられていなくてね。もし目的が一夏くんや大和だったとしたら、ある程度大多数の生徒が参加するこのタイミングを相手が逃すとも思えない」

 

 

事情を知っている大和なら上手く対応出来ると思うけれどね、と楯無は付け加える。

 

 

「今回の生徒会演目は観客参加型の劇になるから、多数の生徒たちが参加することになる。その混雑に紛れ込めば一夏くんを狙って接近することも難しくは無いはずよ」

 

 

参加するのが身内であるIS学園の生徒とはいえ、膨大な人数の全校生徒の顔と名前を覚えているわけではない。ただし、大人数がひしめき合う中で生徒に紛れて一夏に接近することは決して難しく無い。相手が手練れであれば容易に接近するに違いない。

 

 

「まぁ、そうだろう。俺がもし一夏を狙っている人間だったら同じように考えるさ。ただ周囲をガチガチの守りで固めても相手は出て来ない……となるとあえて無防備な状況を作り出して炙り出すってところか」

 

 

だからこそそこを逆手に取る。

 

楯無や大和が完全に近くをガチガチで固めてしまうと、警戒されることは必至。確実に相手を炙り出すには適度な距離感を保ちつつ、接近を許したタイミングで確保に向かう。一度は成功させたと油断をさせて、その隙を突く作戦となるため、相手も不意な接近には対応が出来ない可能性が高い。

 

 

「……」

 

 

言い終えたところで、大和の表情はどことなく気難しいものへと変わった。

この方法では一夏を一時的に囮のように使うことになる。作戦の中の一つかつ限定的とはいえ、自分の護衛対象を、仲間を危険に晒すことになる可能性に何とも言い表せない複雑な感情があるのだろう。

 

 

「相手を捉えるために一夏を囮のように使うのは気が引けるが……致し方ない、現状有効な作戦が他に見つかるわけでもないしな」

 

 

そうは言っても他に何かいい作戦が思いつくわけでもない。万が一の時に備えるためと言っても、思いつく作戦には限界がある。

 

 

「後もう一つ懸念があるとするとあなたよ、大和」

 

「俺?」

 

「そう。あなた、先日織斑先生に自分の専用機をメンテナンスのために渡したそうじゃない。いくら私がいるとは言っても、IS無しで対処するの?」

 

 

今度は楯無が苦い顔を浮かべる。

 

話の内容を聞けば一目瞭然だが、今大和は専用機を持っていない。つい先日、千冬にメンテナンスのために預けてしまっているのだ。メンテナンス期間は学園祭が終わった翌日まで。つまりこの学園祭期間、大和は自身のISを用いた戦闘が出来ないことを意味する。

 

 

「あぁ、そういえばそうだったっけ」

 

 

あっけらかんとしながら、どこか他人事のように答えて見せる大和。まるでそんなことは既に想定済みで、今更どうということは無いと言わんばかりに。

 

IS学園で問題に巻き込まれる以上、常にISを使用した戦闘に遭遇する可能性がないとは言えない。むしろこれだけ警備が固い中で問題を起こそうとするのなら、自ずとIS戦闘が絡むと容易に想像出来る。

 

IS一機で国を落とすことも出来ると言われている以上、生身の人間が圧倒的な力を誇るISに生身で立ち向かえるはずがない。世界中のどの人間に聞いたところで同様の答えが返ってくる。

 

……あくまでそれが通常の人間であれば。

 

 

「ま、何とかするしかないだろ。何、IS乗りこなすよりこっちの方が俺も慣れているからむしろ安心だ」

 

 

楯無も大和が何を考えているのかなんて分かっている。元々大和の主戦場はISを乗りこなすことではない。自身の身体一つで相対するモノと戦うこと、それが本当の大和のスタイルなのだ。

 

常識では考えられないことを実行する。ISに生身で立ち向かうなんて常識で考えれば無謀で有り得ない話だ。自ら進んで命を落としにいっているようなもの。

 

だが、楯無は実際にクラス対抗戦の無人機襲撃の時に自らの両目で一部始終を見ている。両手に剣を握りしめて、侵入して来た無人機と互角以上に戦う大和の姿を。

彼の生身での身体能力や戦闘能力が常人とは比べ物にならないベクトルに位置することを彼女自身がよく分かっている。

 

故に変な無茶をしないか。

 

それだけが不安なのだ。

 

 

「……あなたのことだから止めても無理だとは思っているわ。まずいことにならないように私もしっかりサポートするから無茶苦茶なことはしないように」

 

 

「了解。どちらにしても事が起きたら動く、それだけさ。それに……」

 

 

ステージの方へと歩みを進めると背中越しに楯無に一言伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迷い込んだネズミは一匹。容易いもんだ」

 

 

言葉を続けた大和の瞳はいつにも増して獰猛さを兼ね備えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆様、大変お待たいたしました。これより生徒会による観客参加型演劇、シンデレラを開演いたします」

 

「ん、観客参加型演劇? なんだそりゃ?」

 

 

ところ変わってステージ付近にスタンバイする一夏。劇の開始を合図する場内アナウンスで引っかかる点があったようで、思わず頭の上に疑問符を浮かべながら首を傾げる。

 

アドリブで劇が進むということは聞いているが、観客参加型演劇なんて話は寝耳に水。忘れているわけでもなければ聞いた覚えもない。

 

はて、と考えてているとブザー音と共にステージから暗転した。一夏は楯無からの指示通り、暗くなっている間に足音を立てないようコソコソとステージの上へと移動する。

 

楯無の指示は「場内が暗くなってからステージに移動すること」だけであり、それ以外の指示は一切聞かされていない。故にここから先が完全にアドリブである事が容易に想像出来た。

 

演目名はシンデレラ。

 

シンデレラの話なら昔読んだこともあるし、実際の劇団が行う演劇を見たこともある。だから話が全く分からないわけではない。進行のナレーションに合わせて、矛盾が生じないように話を進めていこう。

 

そう心に決めた。

 

 

「むかしむかしあるところに、シンデレラという少女がいました」

 

 

楯無の声でナレーションが始まる。聞いた事があるようなスタートにどこかホッと胸を撫で下ろした。

 

良かった、これなら自分の知っている始まり方だ、何だかんだアドリブだと言っても急拵えの劇に、そんな無茶苦茶な内容を仕込んでくる訳が。

 

「……否、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会を抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえいとわぬ地上最強の兵士たち。彼女らを呼ぶにふさわしい称号……それが『灰被り姫シンデレラ』!」

 

「へ?」

 

 

などという常識は一瞬のうちにぶち壊された。聞いたことがあるプロローグが一転、戦場に立つ兵士の物語のようなナレーションが流れ始める。話の展開について行けずに口あんぐりな一夏をよそにナレーションは進んでいく。

 

演劇はシンデレラだったはずだ、今流れているナレーションだけで判断をすると、少なくとも自分が知っているシンデレラの内容とはかけ離れたものである事が簡単に推測出来た。

 

 

「今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜が始まる。王子の冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女たちが舞い踊る!」

 

「はあっ!?」

 

 

場内からどっと歓声が上がる。

 

意味が分からず、ステージに一人取り残された一夏はキョロキョロと左右を見渡しうろたえることしか出来ないでいると、ふと上空から殺気を感じる。

 

このまま待機していたらまずい、そう本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 

「もらったぁああああっ!」

 

 

ステージに映し出された丸い影が少しづつ大きくなってきたかと思うと、気合の入った掛け声と共に短剣を振り下ろす少女の姿が一夏の目に入る。

 

 

「は……うわぁ!?」

 

 

反射的に後ろにステップを踏んで自身がいた場所から飛び退くと、甲高い音と共に今までいた場所に大きな陥没が出来ていた。一夏の頬を冷や汗が伝う、あと少し反応が遅れていたらヤバかったかもしれないと。

 

 

「ちっ! 外したっ!」

 

「おい、鈴! 何なんだよその靴は! あと少し反応遅かったらヤバかった……うわぁ!」

 

 

攻撃を加えてきたシンデレラ……もとい鈴に対して抗議をするが、有無を言わさないうちに一夏に飛び蹴りで突っ込んできた。白銀のドレスにカチューシャといかにもシンデレラを形容する美しいシルエットであるにも関わらず、やっていることはどこぞのチンピラそのもの。

 

この攻撃も当たる寸前のところでひらりと一夏は躱すが、明らかに急所を狙った一撃に悪態をつかずにはいられなかった。

 

 

「こ、殺す気かっ!」

 

「大丈夫。このくらいじゃ死にはしないわ……よっ!!」

 

 

非難の言葉を述べる一夏目掛けて、鈴は中国の手裏剣、飛刀を一才迷うことなく投擲した。高速の速度で目標に向かって飛来すると、一夏の数センチ横を掠めてすぐ横にある柱に突き刺さった。

 

青ざめた表情で柱を見ると、そこには根本から突き刺さる手裏剣の姿が。

 

柱を貫通する威力の手裏剣とは如何に。

 

 

「し、死ぬわっ!」

 

 

続け様に投擲されてくる手裏剣の数々をサイドステップで交わしながら、鈴との距離を離していく。鈴の強襲を素早い身のこなしで避けていく一夏、ここで普段の特訓が活かされるなどとは微塵も思わなかったに違いない。

 

 

「一夏くん。一応刀剣類の刃は全部潰してあるから当たっても痛いだけよ。安心して頂戴」

 

「全然大丈夫じゃないっ!」

 

 

会場のアナウンスで一夏に向けて楯無が安全性の保証を伝えるが、やられている本人としてはたまったものではなかった。使っている武具に関しては刃を潰してあるので安全……という楯無の主張を俄に信じられるはずもない。

 

痛みに対して快感を感じるタイプではない一夏からすると、一撃を加えられるのは勘弁願いたいことだった。手加減など微塵も感じられない鈴の攻撃を見ると当たったらただでは済まないことくらい容易に想像出来る。

 

そうこうしているうちにも容赦なく鈴は一夏を追撃していく。

 

 

「あーもう! ちょこまかと避けんなっ!」

 

「避けるわ! アホか!? 死ぬだろうがっ!」

 

「死なない程度に殺すから安心しなさい!」

 

「意味が分から……どわぁっ!?」

 

 

鈴の理不尽なまでの弁論を退けようとするも、テンションが昂ってしまっているようで一夏の言うことに一切聞く耳を持たない。

 

 

「このっ! いい加減に……しろっ!!」

 

 

咄嗟に近くにある机を掴むと、それをちゃぶ台返しの要領でひっくり返して手裏剣を防ぐ。攻撃が怯んだタイミングを見計らって、鈴から距離を取り物陰に姿を隠した。

 

 

(そもそも何で鈴はあんな必死に俺を襲ってくるんだ? 俺、もしかして無意識のうちに何かやらかしたのか?)

 

 

極めて冷静に、一夏は事態の把握に努める。

 

ここ数日間の自身の言動で鈴を怒らせるようなことをしただろうかと。自分の学園生活から私生活まで全てを一瞬のうちに振り返ってみせるも、今週に関しては怒らせるようなことをした原因は見当たらなかった。

 

一夏からすればここまで本気で襲い掛かられる原因に心当たりはない。なのにどうして鬼のような形相で鈴は襲って来るのだろうか、いくらアドリブで進行する劇とはいえ、度がすぎているような気もする。そもそも鈴の性格を考えたら自ら進んでこんな劇に参加するようにも思えない。

 

楯無に強要されたのか。

 

いや、それも違う。

 

楯無はそんなことをする人でないし、仮に強要されたとしても鈴は理由がない限り断るはず。普通に誘われたとして二つ返事で了承するようなことは無いと考えると、もしかして劇に参加することによるメリットがあるのではないか……とも仮定出来る。

 

とはいえ、これだけでは弱い。

 

仮にそうだとして根幹の部分を突き止めない限り意味はなかった。

 

 

(ん……何だ?)

 

 

考え込む一夏の視界に突然赤い光が当たる。

 

目の前を飛ぶハエのような煩わしさから、何かが自分を照らしていることを察知した一夏はその場から離れようとするも、自分の動きに合わせて赤い光が追尾していることに気付く。それも都合よく自分の顔を……更に詳しく言うならこめかみ付近とでも言えばいいか。

 

チラチラと一夏の顔に断続的に照らされる光、授業を説明する時なんかに要点を伝えるべく使うためのツールがある。

 

そう、レーザーポインターだ。

 

そしてレーザーポインターについては授業以外の別の用途で使われることもある。不規則に顔の表面を右往左往していた赤いポインターはやがて一夏のこめかみでピタリと動きを止めた。

 

 

(……ッ! 狙撃か!)

 

 

悪戯なんかに使われるはずがない。

 

スナイパーライフルによる狙撃であると判断した一夏は、瞬時に身を屈めると自分の頭部があった場所に何かがガツンと音を立てて当たった。自分の知り合いの中で、かつ劇に参加する可能性のある人物の中で狙撃に秀でている人間がいるとすればそれは一人しか見当たらない。

 

該当の人物の名前を、一夏は思わず口に出して叫ぶ。

 

 

「これは……セシリア!」

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏の予想通り狙撃したのはセシリアだった。

 

スコープ越しに一夏を見つめると、絶好のチャンスを逃してしまったことに対し思わず悔しそうな表情を浮かべる。

 

 

「外しましたか……次は外しませんわよ!」

 

 

再度ライフルのスコープを覗き込むとレンズに映る一夏の顔を焦点に合わせた。一方で一夏の眉間に現れるレーザーポインター、諦めず狙われて続けているのだと判断し、素早く身体を動かすとセシリアとも距離を取るべく反対方向に向けて走り出す。

 

セシリアも場所を変えながら一夏のあとを追尾する。幸いなことにサイレンサー付きのスナイパーライフルを使えているおかげで発射音も聞こえず、かつ遠距離から狙撃をすれば自身の居場所も簡単にバレることはない。

 

しかし同じ場所にいたら自分の狙撃が当たらない場所へと身を隠されてしまう。『ショット・アンド・ムーブ』と呼ばれる撃ったら動く、狙撃手の基本動作を忠実に守りながら、彼女は次の狙撃ポイントへと向かった。

 

 

(今回ばかりは負けられませんわ。必ず勝たせていただきます!)

 

 

と、秘めた闘志を燃やすセシリアだが、彼女や鈴をそこまで掻き立てるものは何なのか。先程同じような疑念を一夏は持っていたが、生徒会の企画とはいえ何の見返りも無いアドリブの劇に二つ返事で参加するとは思えない。

 

一夏の読み通り、この劇には一夏に知らされていない女子限定の景品が存在していた。

 

一夏の被っている王冠をゲットした女子には同室同居の権利を与えるというもの。対象者は男子生徒、つまり王冠を持っている一夏だけではなく、裏方で見守っている大和までもが対象となっていた。当然、自分たちの知らないところでそのような取り決めがなされているなんてことは二人とも知る由もない。

 

一夏も大和も何か裏があるんじゃないかという部分までは気付いていたが、まさか景品が自分たちとの同室の権利だなんて思いも寄らないに違いない。

 

 

「じょっ、冗談じゃない! こんなんシンデレラであってたまるか!」

 

 

思わず悪態をつく一夏だが、側から見ても致し方がない状況であることは間違いない。まさに四面楚歌、周囲に味方はおらず完全に孤立していた。

 

もはや自分はどこぞのハンターにでも狙われているのかと錯覚するかの様な集中砲火に一夏はひたすら逃げる。目的もなく、続く道をかき分けるように逃げ惑う。ただ逃げてばかりではいつかは袋小路に追い込まれる。

 

分かりきっていることとはいえ、人間追い詰められると正常な思考回路が働かなくなってくる。

 

 

「っ!? し、しまった! 行き止まりか!」

 

 

気付いた時には既に遅く、一夏はセシリアの狙撃を気にしすぎるあまり、まんまと行き止まりに誘導されていた。

 

赤いレーザーポインタが頭上の一点で止まる。つまり照準が定まったことを意味していた。周囲は建物の壁で覆われていて逃げ場は無い、セットを壊そうと思えば壊せる……ような強度なのかどうかも分からない上に、下手に壊してしまえば修繕費用の請求はどこに行くのだろうか。

 

請求は来ないと仮定しても、壊した先に起こりうる自分の未来を垣間見ると、笑えない様な結末が用意されている気がする。

 

ここまでかと半ば諦める一夏に背後から不意に声が掛けられた。

 

 

「一夏伏せて!!」

 

 

声と共に一夏の正面に現れる影。

 

銃口から発せられた弾丸は吸い込まれるように影に……否、シャルロットの持つ対談シールドに直撃し跳弾した。続けざまに襲い来る銃弾を防ぎながら、一夏に場に伏せるように指示する。

 

 

「シャル! 助かったぜ!!」

 

「すぐに追ってくると思うから、先に逃げて!」

 

「あぁ、サンキュー!」

 

 

ここにいたところでじり貧になるだけでなく、追っ手もすぐに追いかけてくる。先にこの場から離れるようにと念を押しながら伝えると、感謝の言葉を並べつつ、一夏は踵を返して場を離れようとした。

 

 

「あ、い、一夏! あの、そのえーっと……ちょっと待って!」

 

「ん? 何だ?」

 

 

身をかがめて銃弾の標的にならないように先へ進もうとする一夏に対して、何かを言い忘れたかのように突然引き留めるシャルロット。

 

 

「その、できれば、王冠を置いていってくれるとうれしいなぁ……」

 

 

一夏の頭上にある王冠を指差し、顔を赤らめながら譲って欲しいと懇願するシャルロットに対して一夏は急に何を言い出すのかと首を傾げる。

 

このタイミングで言うセリフとしてはあまりにも不釣り合いだったからだ。先に説明した様に王冠にそんな裏話があるとは到底知らない一夏からすればいきなり何を言い出すのかといった気持ちになる。

 

ただ幸いなことに先に攻撃を仕掛けてきた敵意剥き出しの鈴やセシリアと違って、一件シャルロットは自分に対して敵意はない様に見受けられた。話している感じはもちろんのこと、もし鈴やセシリアと同じように自分に本気で牙を剥こうとするのであれば、態々二人から助けるような真似をするだろうか。

 

二人の対応をするのに手一杯だった一夏にとって、第三の死角を相手にすることは不可能に近い。その気になれば一夏を捕まえる、もしくは無力化することはシャルロットにとって造作もないことになる。

 

と、なると本気で自分のことを助けに来てくれたのかもしれない。助けた証にこの王冠が必要になるようにとでも言われているのだろう。そう解釈した一夏は言われた通り、王冠に手を掛けて外そうとする。

 

 

「これか? 別にいいけど……こんなの何に使うんだ?」

 

 

結局はそこは分からずしまい。

 

何故シャルロットが王冠を欲しがっているかなど一夏には知る由もなかった。

 

 

(やった! これで王冠ゲット!)

 

 

内心は嬉々としているシャルロット。

 

彼女の性格上、鈴やセシリアのように先陣切って王冠を奪うことは出来ない。となれば別に強引に奪い取るだけが策ではない。シャルロットが選択したのは【奪う】ではなく【譲ってもらう】だった。

 

一夏に王冠の秘密を知られたら最後、秘密を知れば決して渡してはくれないだろう。であれば王冠の秘密を知る前に手中に収める必要がある。相手は一人とはいっても回避に優れる相手から王冠を奪い取るのは至難の技だ。

 

だったら相手の同意があれば無駄に争うこと無く、一夏本人から王冠を譲って貰えばいい。その為には敵意を見せること無く、一夏の近くに接近する必要がある。幸いなことに鈴とセシリアが正面から強行策を仕掛けてくれたことで、シャルロットとしては一夏に近付く口実を作ることが出来た。

 

一夏を二人の攻撃から守る、という口実が。

 

一夏の同意は得られた。

 

後は王冠を貰うだけ、それで全てが終わる。

 

 

 

 

王冠が頭から離れようとする刹那、不意に楯無の放送が入った。

 

 

「王子様にとって国とは全て! その重要機密が隠された王冠を失うと……なんと自責の念で電流が流れまーす!」

 

「……へ?」

 

 

一体何を言っているのかと思いながら王冠は頭から完全に外した一夏、と同時に身体を強烈なまでの電流が駆け回った。

 

 

「あばばばばばばばばっ!!?」

 

 

容赦ない高圧電流に一夏の身体は震え、目の前にいるシャルロットが何重にも分身して見える。身体が電流で震えている証拠だ。当然一夏自身は何が起きたのか一瞬では理解出来ず、外した王冠を慌てて頭上に戻した。

 

するとどうだろう、先ほどまで自身の身体を駆け巡っていた電流はピタリと収まったではないか。

 

 

「な、な……な……ぬわぁんじゃこりゃあ!!?」

 

 

無駄に凝りすぎた仕掛けに思ったことが率直に声となって発せられる。王冠のどこかにセンサーでも付いているのだろうか、王冠を外して確認したいところだが残念ながら命は惜しい。

 

 

「ああ! なんということでしょう。王子様の国を思う心はそうまでも重いのか。しかし、私たちには見守ることしかできません」

 

「やかましいわっ! くそ……しゃ、シャル、すまん。悪いがこの王冠は渡せない!」

 

どこまでも他人事かつ無駄に迫真に染まったクオリティの高い楯無のナレーションに若干キレかける。楯無の口ぶりから王冠を自ら手放すと高圧電流が流れる仕組みになっているらしい。

 

ぷすぷすと服の至る所から煙を上げ、折角の衣装がやや焦げかけており、電流の強さが見て取れる。つまり王冠を自らの意思で取らなければ電流が流れることはない。

 

一連の状況から判断するとシャルロットに王冠を渡すわけにはいかなくなった。一夏だって人の子であり、進んで痛い思いをしたいわけではない。

 

 

「えっ、そんな! 一夏っ!」

 

 

一夏から伝えられた言葉にショックを隠せないシャルロット。本人からすればまさか、に違いない。

 

手に入れる目前にまで迫った王冠が、仕掛けによって叶わぬ夢となるなど想定外だったに違いない。今までの自分の苦労は何だったのかと考えると凹む。

 

 

「いぃぃいいいいちぃいいいいかぁあああああああ!!!!」

 

「ふふふふふふっ! 逃しませんわよ!」

 

 

そうこうしている間にも巨大な刀を振り回す鈴と、スナイパーライフルを手に突撃兵のように近寄ってくるセシリアの姿が視界に入った。

 

本来であれば遠距離から獲物の隙を突いて確実に仕留めるために使用されるライフルが近接用の武器として使われている。一撃必殺の攻撃力を持つライフルを片手に突撃されるのは恐怖以外の何者でもない。

 

極め付けは二人揃って目が全くと言っていいほど笑っていなかった。

 

シャルロットとのやりとりの一部始終を見ていたのだろう。一夏に想いを寄せる人間としては抜け駆けされる行為を見せつけられることほど面白くないものは無い。

 

 

「鈴にセシリア! じゃあそういうことだから悪いなシャル!」

 

 

自身に向けられる敵意がより増大されていることを悟った一夏は、ここに居たらまずいと判断して慌てて場から立ち去る。

 

 

(くそっ、この劇に安息のタイミングは無いのかっ!)

 

 

悪態をつきながら一目散に逃げる一夏だが、いつまでも逃げ回っていたら自分のスタミナはいずれ尽きてしまう。安息のタイミングがないのなら、せめて自分サイドについてくれるようなお助けキャラは居ないものか。

 

シンデレラの原作にお助けキャラ何かいただろうかと走りながら考えるものの、これといったキャラクターが思い浮かばない。強いて言うのなら王子様がシンデレラの良き理解者となるはずだが、王子様は自分自身。シンデレラに関しては原作が大幅改編された劇になっているせいで、もはや自らを付け狙うアサシンのような立場になってしまっている。

 

今までの状況から推測すると味方とは到底思えなかった。

 

 

(……それに俺、いつまでこの役やってればいいんだ? まさか捕まるまでとか言わないよな?)

 

 

そもそもこの劇はいつまで続くのだろうか。劇が終われば自分が追われることもなくなるんだろうが、どこまでやればいいのか、いつ終わるのかも聞かされていない以上、明確な終了タイミングも分からない。

 

自分が捕まったら終わり、になったとしてもこの現状で捕まろうと思えるはずもない。

 

 

(……考えても仕方ないとりあえず逃げられるだけ逃げてみるか)

 

 

今は逃げるしかない。

 

永遠にこのまま逃げ続けるってことは無いだろうし、いつかはこの劇も終わりがある。それに逃げ続けることで明瞭化する部分もあるかもしれない。

 

歩を進めて行くと大きな塔がある場所へと出る。どこぞの文化遺産を彷彿とさせる巨大な建造物に本来なら感動すら覚えるはずだが、現状感動している暇などは無かった。

 

どうやら塔の作りを見ると上に昇ることも出来るらしい。近くにある梯子に手をかけて上の階へと移動しようとする。

 

 

「待て、一夏」

 

 

時に限って後ろから声を掛けられる。

 

声質から誰が声を掛けてきたのかはすぐに分かった。大体こういう時は貧乏くじを引く、ただ無視して先に進むわけにも行かず渋々一夏は後ろを振り向く。

 

 

「やっぱり箒か」

 

 

振り向いた先には普段の凛とした感じではなく、先の三人と同じように純白のドレスに身を包んだ箒の姿があった。一夏の反応が少し気に入らなかったのだろう、少しだけムスッとした表情を浮かべながら抗議をする。

 

 

「や、やっぱりとは何だ! わざわざ助けに来てやったというのに!!」

 

「え、そうなのか? だったら助かるぜ!」

 

「ふ、ふん! こ、こっちだ。ついてくるがいい……私の衣装への感想は無いのか……」

 

 

鼻息を鳴らして一夏の横を通り過ぎると、塔の近くにある梯子へと手を掛けながら、聞こえるか聞こえないかの小さな声で本音を呟く箒。その声は一夏には聞こえていたが、詳細な内容までは聞き取れなかったようで。

 

 

「なんか言ったか?」

 

 

一夏に聞き返される。当然消え入るような声で言う内容のため、もう一度面と向かって言えるような内容ではない。

 

 

「な、何でもない! お前はさっさとついて来い!」

 

 

捲し立てるように一夏に自分の後をついてくるように指示する。

 

 

「……はぁ、何怒ってんだよ」

 

 

箒本人としては微塵も怒っておらず、照れ隠しのつもりで言ったつもりが一夏には箒が怒っているように見えたらしい。先に梯子を登る箒の後を追うように一夏も梯子を登り始めた。

 

箒とはほんの少し距離を取りつつ頂上目指して梯子を登って行く。頂上がどこに繋がっているのか、設計に携わっているわけでもないため知る由もない。逆に箒はセットの構造を知っているのだろうか、行き当たりばったりに先導しているとは思えない。

 

ただ行き先だけは気になるところ。

 

ふと顔を上げて一夏は箒に質問を投げ掛けようとする。

 

 

「なぁ箒、これって一体どこに繋がっ「っ!!? ば、バカモノ! 顔を上げるな!」……はい、すみません」

 

 

一夏には見えないが、箒には何をしようとしているのかが分かったのだろう。顔をカァッと赤くさせながら上を見るなと一夏に叫ぶ。

 

そんな箒に一喝されて謝らされる羽目になった一夏。箒が怒る理由も一理あり、今回に関しては未遂で終わったが一夏がそのまま顔を上に向けるとダイレクトに箒のスカートの中が丸見えになる。年頃の女性ともなればいくら好意を持っている異性とはいえ、スカートの中を覗かれる事態だけは避けたい。

 

ふぅとため息をつくと再度梯子を登って行く。

 

やがて梯子を登り切ったところでようやく一夏は一息をついた。冷静になったところで改めて箒の服装を見る。いつもの凛とした雰囲気は変わらないものの、着ている服は紛うことなきドレス。

 

着物やカジュアルな服装などを含めて様々な服装の箒を一夏は見てきたが、方向性の違った神秘的な姿に思わず目を奪われる。視線に気付いた箒が少し困ったような表情を浮かべながら見つめ返してきた。

 

あまりジロジロと見られることに慣れていないのだろう。

 

 

「な、なんだ一夏、そんな私のことをじっと見て。私の顔に何かついているのか?」

 

「あ、いや違うんだ。その、何だ……こんなタイミングで言うのもなんだけど、箒のドレス姿すげー似合ってるなって思って」

 

 

改めて言うことじゃ無いしこのタイミングで言うようなことでは無いけど……と前置きを入れて率直な感想を伝えると、箒は案の定少しテンパりながら顔を赤らめる。

 

 

「に、似合ってる!?」

 

「おう。いつもの落ち着いた凛々しい感じも良いけど、今日の派手目な感じの服装も似合ってるぜ」

 

 

褒めるには何とも言えないロケーションとタイミングだが、自身の着こなしを褒められて嬉しく無いはずがない。

 

 

「そ、そうか。私のこの服は似合っているのか……そうか、そうかぁ……」

 

 

頬は緩み、キリッとした目尻が少し下がる。

 

鈴やセシリア、シャルロットとドレスアップした姿を見てはいるが、こうしてしっかりと見る時間を取れたのは箒が初めてだ。

 

先の二人には有無を言わせず強襲され、シャルロットに関しては強烈な電流のイメージが先行してしまい、ドレスを着こなした姿を見るような余裕が無かった。

 

だが忘れてはいけない。

 

如何にほっこりした雰囲気であったとしてもまだ劇の最中だということを。

 

 

「一夏、隙だらけだぞ!!」

 

「っ! ラウラ!?」

 

 

存在感を完全に消した小さな影が一夏を襲う。

 

どこに隠れていたのか、近くに潜伏していることに気付かなかった。小さな体躯と身軽なフットワークを利用して一気に一夏へと接近する。ラウラの手にはサバイバルナイフが。

 

もちろん劇用に用意されたレプリカであるため刃先は潰してあるものの、当たったら多少の痛みは覚悟しなければならない。

 

対して一夏は武器を何一つ持っていない丸腰状態。近くにいる箒はレプリカの日本刀を持ってはいるものの、ラウラの突然の襲撃に反応が遅れた。少し距離を空けていたのが仇となったか、刀を抜刀して近づこうとしても間に合わない。

 

 

「ちっ……しまっ!」

 

 

後退するスペースはない。

 

下手に逃げ回ったところで追撃される未来が想像できた。

 

一撃喰らうのは致し方ない、両腕を前方にクロスさせるように構えて正面からの攻撃に備える。多少の痛みは我慢して次の行動に移ろう。

 

数メートルの距離は一気に一足一刀までに縮まった。

 

ラウラは手に持っているサバイバルナイフを一夏の王冠に向かって振り払おうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

が、その攻撃が一夏に届くことは無かった。

 

既視感のあるような光景と共に交差させた両腕を下ろす。

 

一夏の視界に映るのはラウラでも箒でもなく、見覚えのあるまた別の背中だった。

 

 

「ふぅ、間一髪だったな」

 

 

執事服を纏う大和の姿がそこにはあった。


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