IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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忍び寄る影

「ふぅ、間一髪だったな」

 

 

寸前のところで間に割り込んだ俺は、一夏の王冠にラウラのナイフが接触する直前で右手の人差し指と中指で挟み込むように止める。後一歩遅ければラウラに王冠を奪われていたかもしれない。

 

半ば強引だったとは思うが、天井裏からステージ目掛けて飛び降りて正解だった。

 

 

「や、大和! お前なんでここに!? 裏方の仕事があるんじゃ……!」

 

「色々とこっちも事情があるんだよ。言ってみればこれも裏方の仕事の一つ……だっ!」

 

 

言葉を言い切ると同時に掴んだナイフを勢いよく振り上げると、柄の部分を握っていたラウラの身体が勢いよく宙に浮いた。相当強く握り締めていたらしく、小さな身体は俺とは反対側に飛んでいく。

 

そんなラウラに対して、掴んでいたナイフを投げ付けた。当然刃の部分ではなく柄の部分を向けて。いくらレプリカとはいっても力を込めて投げると当たりどころが悪ければ大怪我になりかねない。流石に劇で怪我人を出す事態には大事にしたくはないし、折角の一興なんだから少しでも皆が楽しめるように演出をしたい。

 

それに仮にもプロ軍人のラウラのことだ、掴みやすい場所にナイフを投擲しているし難なく対応できるだろう。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

案の定、空中で不安定な体勢ながらもしっかりとナイフを掴むと、クルクルと美しいくらいの月面宙返りを披露しながら地面へと着地をした。五輪の演目なら最高得点を叩き出せるに違いない。

 

さすがドイツ人、見せ所をよく分かっていらっしゃる。本人とすれば無意識にやったことだろうけど。

 

そんなラウラに対して会場の至る所から歓声と拍手が沸き起こった。身体能力に任せた演劇は中々にお目にかかれるようなものではない。身軽かつ身体能力の高いラウラだからこそ出来る芸当になる。

 

 

「よう、ナイス着地だラウラ」

 

 

そうは言っても俺が劇に乱入してくるとは思っていなかったに違いない。ラウラはもちろんのこと、すぐ近くにいる箒も目をパチパチとさせている。

 

 

「てか大和、こんな劇になるなんて聞いてないぞ! 鈴には襲い掛かられるわ、セシリアには遠距離から狙撃されるわ散々だ。大和もこうなること知ってたんだろう!」

 

 

一旦劇の流れが落ち着いたところで予想通り、一夏が俺に対して抗議をしてくる。一夏の立場に自分が居たと置き換えると似たようなリアクションをすることが容易に想像が出来、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

「まぁまぁ、そう言うなって一夏。残念ながら劇の詳細内容を知らされたのは俺もついさっきなんだわ。だからこそ俺みたいな立ち位置の人間がいるんだろうし」

 

 

観客参加型の劇なのは先に聞かされていたから知っていたが、決して全容全てを楯無から聞かされていた訳ではない。ましてや一夏の王冠の秘密に関しては聞かされたのはつい先ほど、男子にオフレコでなんつーことを企画してくれてるんだと、()()()()()を忘れるところだった。

 

王冠を奪った生徒は一夏か俺かのどちらかと同室になる権利が与えられるなんて斜め上を行くようなことを想像出来る訳がない。一夏ラバーズたちがあんなにコロっと楯無の要望を聞くなんて珍しいとは思っていたけど、王冠の秘密を知ったら納得出来た。

 

ラウラは……どうなんだろう?

 

一夏や俺と一緒の部屋になって嬉しいのだろうか。それともまた別途ラウラはラウラなりの目的があるのかもしれない。

 

 

「そ、そうなのか? それに俺みたいな立ち位置って……?」

 

 

俺の返しに対して率直な疑問を一夏は投げかけてくる。

 

そもそも俺の立ち位置に関しては一切知らされて無いのだから無理もない。そして俺の役割に関しては企画者である楯無から直々に依頼されているもののため、俺が余程変な立ち回りをしなければ特に何かを言われることもない。

 

王冠を奪われた時のダメージは計り知れないが、一夏自身が易々と王冠を奪われるタマではないだろうし、俺もそう簡単に奪わせる気もない。これまでの流れで一夏から明確に王冠を奪おうとしに来ているのは、セシリア、鈴、ラウラの三人。うちラウラ以外は一夏との同室権利を本気で狙いに来ている。

 

ラウラに関しては先にも言ったように自分のためにやってるのか、それとも別の第三者のために動いているのかは不明だが、結果一夏の王冠を力づくで奪いに来ている事実は変わらない。

 

シャルロットは奪う……というよりも譲り受けるって考え方だろう、だから正面から強引に奪いにくるようには見えない。

 

行動が読めないとすれば箒か。多分以前の箒なら力任せに強引にでも正面から挑みに来ていただろうが、今回に関してはどうやら出方がいつもと違う。楯無から別の条件を個別で与えられているとすれば話は別だが、さっき楯無から聞いた話では個別に条件を与えているようなことは言ってなかった。

 

おそらく全員が同じ条件でやっているものと想像が出来る。

 

 

「あぁ。一応俺が王子様の専属護衛ってことになる」

 

「護衛? ちょ、ちょっと待った! どういうことだ? 話が全く見えないんだが……」

 

 

返答に対してますます頭がこんがらがったようで、一夏は更に考え込んでしまった。元々裏方に徹すると聞かされていたのに、いきなり護衛だと言われてもピンとこないようだ。

 

 

「……さっきも言ったようにこっちにも色々と事情があるんだって。とにかく今の俺はお前のことを専属で守るような役割。所謂お助けキャラみたいなもんだ」

 

 

簡潔に纏めるなら一夏のお助けキャラ的なポジションになる。

 

ま、王冠を暴れないようにしっかりと務めは果たさせてもらうさ。

 

 

「むぅ、後ちょっとだったのに……お兄ちゃんめ!」

 

 

俺の乱入があることを想定していなかったラウラは、むっと頬を膨らませる。実際が間に入らなかったら、王冠を手に入れられた可能性が極めて高い。怒っている感じではないものの、少し残念がっているかのように思えた。

 

 

「そう簡単にやらせはしないさ。とはいえ、今の攻撃や接近までの一連の流れは完璧、そこは見事としか言いようがない。ただこんなアドリブの劇なわけだからもう少し裏を読んでおくべきだったな」

 

 

実際ラウラの仕掛けは悪くはない、むしろ完璧に近いものがあった。一つ注文をつけるとするのなら、アドリブまみれの劇なのだからいつどこで誰が邪魔を入れてくるかが分からない以上、そこに対して多少対策をするべきだったかもしれない。

 

……こんな劇で細かい注文を言ったところで仕方ないけど。あえて言うのならそこくらいだ。

 

 

「だがまだ終わっていない! 勝負だお兄ちゃん!」

 

 

持っているナイフを再度ラウラは構え直す。今度は隠し持っていたもう一本のナイフを取り出し、二刀流で勝負を挑むようだ。やたら表情がイキイキしているのは気のせいだろうか。

 

否、気のせいではない。

 

IS訓練という名目でISに搭乗して矛を交わすことはあれど、こうして生身の状態で拳を交えることはない。遡るのなら一学期の臨界学校前まで遡る。

 

 

「なるほど。俺と拳を交えようってことか……でもいいのか? 劇とは言っても手加減なんか出来ないぞ?」

 

 

こっちは一夏のことも守らなければならない。

 

もしこれがただの一対一であれば多少の匙加減は出来るかもしれないが、今回は一夏を守る必要がある。目的の遂行のためには下手に手加減をするわけにもいかない。故に初っ端から全力で向かっていく必要があった。

 

それに敵はラウラだけではない。

 

まだここには居ないセシリアや鈴も相手にしなければならなくなるかもしれないと想定すると、呑気に構えている時間など無かった。この場にはラウラの他に箒も居合わせているが、箒に関してはどうやらしばらく静観する予定らしい。

 

刀は納刀したまま、こちらの様子を興味深くじっと見つめている。自分が拳を交えるよりも、俺かラウラの戦い方を見てみたいというのが本音なのかもしれない。

 

 

「そんなことは承知の上! 行くぞ!」

 

 

地面を蹴り一気に俺との間合いをラウラは詰めてきた。

 

まさに光陰矢の如し、悪くないスピードだ。ラウラとは少し前に一度手を合わせているが、以前はナイフ一本。持ち手を変えることが無かったために、利き手の動きだけを凝視していれば良かったが、今回は左右両方の手の動きを凝視する必要がある。

 

二刀流に慣れていない人間であればなんてことはないものの、相手は百戦錬磨のラウラ。現役のプロ軍人である以上、二本のナイフを使いこなすことなどお手の物に違いない。

 

 

「一夏、巻き込まれるとヤバいから少し下がれ」

 

「え? あ、おう!」

 

 

一夏に自分から少し離れさせると足を肩幅に開き、左手を前に出してラウラを迎え撃つ。ラウラはダッシュの推進力を生かしながら右手を突き出してきた。推進力がある分後ろに下がるのは危険、となるとサイドに避けるかもしくは正面から受け止めるかのどちらか。

 

サイドに避けて隙を見計らって反撃をするのもいいかもしれない……が、忘れてはならないのがラウラが二刀流であるということ。つまり左手にもナイフが握られている。サイドに避けたとしても追撃されて体勢を崩す可能性があった。

 

多少リスキーだがここは。

 

 

「む!」

 

「正面から受け止めるってのも悪くないだろ」

 

 

ほんのわずかに身体の軸をずらすと、左手の人差し指と中指で刀身を挟み込む様に受け止める。ずしっと推進力の衝撃が伝わってくるが耐えれない衝撃ではない。

 

 

「お兄ちゃんに受け止められるのは予想内! ナイフは一本ではないぞ!」

 

 

馬鹿正直な正面からの攻撃が通用するとはラウラも思っていないに違いない。当然、先の手を読んだ行動であることはよく分かる。

 

案の定、右手での攻撃を止められたことを確認するや否や、素早く左手で俺の死角を狙ってナイフを振りかざした。人間三百六十度の全方向を完璧に認知することは不可能、如何なる視力を持ち合わせたとしても出来ない。

 

だがある程度想定することで、予想外の行動にも対応出来るようになる。あらゆる状況下で対応出来てこそ一流の証だ。

 

 

「予想通りなのはこっちも同じだラウラ!」

 

 

故に考えられる可能性は全て認知している。左手でラウラのナイフを掴んだまま、右手をラウラのナイフではなく左手の手首に回して掴む。ただこれでは両手が塞がってしまい、俺自身も攻撃手段を失う。だからこそ一度、ラウラと距離を引き離す必要があった。

 

 

「よっと」

 

「えっ!?」

 

 

ラウラは予想していなかったようで驚きの声が漏れる。

 

どうして俺がわざわざラウラのナイフを刀身で受け止めたのか、その気になれば手首を掴むことだって可能だったはず。ナイフを掴まざるを得なかったわけではなくラウラの選択肢を狭めるために、あえて刀身を掴むことにした。

 

ラウラのナイフと左手首を掴んだまま俺は後方に向かって倒れ込む。ナイフも手首もガッチリと掴まれているわけだ、当然重力に従ってラウラの身体は宙に浮く。仰向けになる俺の瞳にはラウラの驚いた顔が映った。

 

驚いた顔も中々に可愛らしい……などと言うタイミングを与えずに右足をラウラの腹部に押し当てると、倒れ込んだことによって発生した遠心力を存分に生かして後方へとラウラを投げ飛ばす。

 

同い年の中でも華奢で小柄なラウラだ。あっという間に小さな身体は宙を舞った。

 

単純な話で、投げに入るためには相手をしっかりとホールドしておく必要がある。ナイフを、しかも刀身を掴んだまま相手を投げ飛ばすなどと、そんな不安定な方法を選択することは一般的に考えればあり得ない話だ。

 

が、俺の前に常識は通用しない。

 

どうして自分が宙を舞っているのか理解出来ずにいるラウラだが、既に空中で身を翻して次の攻撃に備えようと体勢を整えていた。

 

体勢を整えようとしても、着地したばかりは攻撃に転ずることは難しい。出来ないわけではないが、無理に動こうとすればバランスを崩すことになる。そこはラウラが良く分かっていること、だからこの後の行動を推測すると自ずと取る行動は絞ることが出来た。

 

 

「少し強く行くぞ」

 

 

今度は俺がラウラとの間合いを一気に詰めると、無防備になっている上半に向かって少し強めに右足で蹴りを入れる。もちろん怪我にならない様に、力加減はしてだ。

 

 

「くっ!?」

 

 

俺の一撃に対して無防備のまま食らったら危険だと判断した様で、両手を上半身の前でクロスさせて蹴りを受け止める。ただ衝撃の全てを静止状態で受け止め切ることは出来ず、撃ち抜かれた衝撃でラウラの身体はトラックにはねられたかのように後方へと吹き飛んだ。

 

一部始終は観客席にもモニター越しに見えている様で、至る所から悲鳴にも似た声が聞こえてくる。いくら手加減出来ないとはいっても、怪我をさせるような力でラウラを蹴り飛ばす訳にはいかないので、多少なりとも加減はしている。

 

現状は劇の最中ということもあり、多少なりともリアリティを出すために大袈裟に打ち込む様にしているが、見た目ほどラウラにダメージはないはずだ。それに加えて着ているドレスの下には衝撃を吸収してくれる防備服を忍ばせていることは蹴った時の感触で分かる。

加えて俺が蹴り飛ばそうとした時に咄嗟に後ろに飛んで更に衝撃を和らげていることは確認済みだ。

 

 

「お、おい大和! お前少しやり過ぎじゃないか?」

 

 

ラウラとの攻防を見ていた一夏が咄嗟に声をかけてくる。側から見たら俺が容赦なく蹴りを入れた様に見えただろうし、何ら不自然のないごくごく自然の反応だ。

 

 

「あぁ、安心しろ一夏。ちゃんと手加減はしているし、それにラウラはこんなことで根を上げるほど柔な性格じゃない。第一「隙ありっ!」……うおっ!?」

 

 

一夏と話している間にも反撃に転じようとラウラが突っ込んでくる。今の一撃で少し自重してくるかと思ってたけど、どうやらそんなことは無いらしい。

 

むしろラウラの戦闘意欲に火をつけてしまったようだ。

 

 

「参ったねこりゃ。学園祭の出し物に過ぎないのに、思った以上に俺も熱くなりそうだ」

 

 

それは俺も同じだった。

 

こうして生身の状態で拳を交えると、内に秘められているバトルマニアの一面が垣間見えてくる。本来なら好き好んで戦いを仕掛けるような性格ではないことは自負しているが、やはり楽しいと感じた戦いに関しては例外もあるみたいだ。

 

血湧き肉躍るとはまさに今の状態を表すに違いない。

 

 

「前回は負けてしまったが、今回はそう簡単には行かないぞ!」

 

 

もはやラウラの発言からは本来の目的など忘れているようにも見受けられる。現に一夏の王冠を手に入れることよりも俺と戦うことの優先順位が上に来てしまっているのは事実のように思える。

 

嬉々と笑うラウラの表情を見る限り、俺との戦いを本気で楽しんでいるみたいだった。

 

ラウラのいう前回の戦いというのは、屋上での一件のことを言っているんだろう。話している内容を理解できるのは俺だけであり、近くで聞いている一夏や箒に関しては何の話をしているのか分からず首を傾げるだけ。

 

ま、それもそのはず。

 

屋上での一件は俺とラウラの中での秘密であり、比較的ラウラのことを知る千冬さんや距離が近しいナギでさえ知らない。

 

故に身内のトークに関してついていけないのは当たり前の話だ。

 

逆に全てを知っていられても困る。

 

 

「前回、前回ね。随分と懐かしい話を持ち出すんだなラウラ」

 

「当然だ! 私はあれがあったからこそ今の自分がある。さぁお兄ちゃん! こいっ!」

 

 

なるほど面白い。

 

 

「そうかい。だったらこっちも手加減なんか出来ないなっ!!」

 

 

接近して再度蹴りを見舞う。

 

俺とラウラの攻防はしばし続けられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大和はラウラの対応で手一杯。くそっ、どこか逃げる場所は……」

 

 

一方、一夏は隙を見て逃げたし、これからどこへ身を潜めようかの算段を立てている最中だった。幸いなことに一番相手をするのに厄介なラウラを大和が抑え込んでくれている。一夏の知りうる中でラウラの戦闘に関する実力は間違いなく五本の指に入る。複数人で相手にしても厄介なラウラを大和が押さえ込んでくれているのは一夏にとってかなりのプラスとなっていた。

 

今のところ箒には戦闘の意思は無いように見受けられる。同時にシャルロットにも戦闘の意思は見られない。後を追って来ているのかどうかまでは分からないが、現状一夏の相手にしなければならない相手はセシリアと鈴の二人に絞られている。

 

ならここに下手に長居する必要性もない。滞在が長くなればなるほど足がつきやすくなる。二人のことだ、間違いなく後追いしてくるに違いない。

 

 

「しっかしこのセットどれだけ金掛けてんだ。それにさっき大和盛大に壊してたけど大丈夫かよ」

 

 

改めて凝視してみると細部にわたって作り込まれていることが良く分かる。それこそ外部の業者にでも頼まなければ表現出来ないようなクオリティで、到底学生の力だけでは準備出来るようなものではない。

 

全セット用意するともなれば相応の金額になるはず。

 

悪気は無いんだろうが幾多もの攻撃で、セットの所々が破損しているのも事実。鈴やセシリアはもちろんのこと、大和も高そうな城壁を拳骨や蹴りで破壊するなど中々に暴れ回っていた。身体能力に任せた超次元バトルにはついていけないと場を離れたわけだが、果たしてこれからどうしたものか。

 

 

「あ! 見つけたわよ織斑くん!」

 

「ん?」

 

 

自らの進行方向に一人の生徒が現れる。

 

エキストラか何かだろうかと首を傾げる一夏だったが劇の肝心な内容を失念していた。

 

そもそものコンセプトが()()()()()()()だということに。

 

 

「織斑くん、大人しくしなさい連行されなさい!」

 

「私と幸せになりましょう王子様!」

 

「いっ!? な、なんだ!」

 

 

一人現れ、また一人現れ。

 

チリも積もれば山となる。いつの間にか目の前には数十人の大群が押し寄せていた。何が起きているのか分からず一夏は思わず後退しながら身構える。

 

 

「さぁ盛り上がってきました! これから一般参加枠を開放いたします!」

 

「は、はぁぁあああっ!?」

 

 

目の前の事象を嬉々としながらアナウンスする楯無のアナウンスに、今日イチの叫び声を一夏は上げる。

 

同時に劇が始まる際のアナウンスで楯無が言っていた内容を思い出す。これは普通の劇ではなく、観客参加型の演劇であることを。

 

つまり出演キャストは無尽蔵。簡単な話学園中の生徒全員が参加しても良いことになる。目に見える限りでは数十人の生徒たちだが、もっと大人数が控えている可能性も考えられた。一人一人の戦闘能力は専用機持ちたちに比べると大きく劣るものの、圧倒的な物量で押し寄せられたらひとたまりもない。

 

一人になったこのタイミングを狙っていたのだろうか。いや、今はそんなことを考えている暇はない。何とかこの場から逃げ切ることが先決だ。

 

 

「この時を待っていた……合法的に織斑くんとお近づきになれるチャンスが来ることを!! 観念しなさい!」

 

「ふははははっ!! 神はまだ見捨てていなかった! 織斑くん覚悟ぉおおおおお!」

 

 

目が笑っていない。

 

完全なガチな目をしている。

 

獲物を狙うハンターのような研ぎ澄まされた視線に危険を感じた一夏は咄嗟に空いている道に逃げ込んだ。

 

 

「さぁ王子様! 私と一緒に来て!」

 

「幸せになりましょう織斑くん! 専用機持ちたちに独占なんかさせないわ!」

 

「だぁああ! ここもか!」

 

 

いく先々に既に幾多もの生徒たちが待ち構えている。

 

 

「あ〜待ってよおりむ〜!」

 

「ごめんのほほんさん! また今度な!」

 

 

とにかく誰であろうが構っている暇などない。

 

捕まったら最後、自分がどうなるか分からない。

 

例え聞こえてくる声が自分の顔見知りの声だったとしても、自分を捕まえることで何が起きるか一切聞かされていない一夏としては止まるわけにはいかなかった。

 

セットをかき分けて、誰よりも早く駆け抜ける。

 

 

「くっそー! 何で俺がこんな目に! 明らかに理不尽だろこの配役!」

 

 

この際悪態をついたところで何かが変わるわけでもないが、言葉に出さずにはいられなかった。

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 

着地したはずの足が空回りする。

 

確かに地面に足は接地したはずなのに、地面を掴む感覚がない。

 

 

「こちらへ」

 

「うわぁ!?」

 

 

そして一夏の姿は奈落の底へ引き摺り下ろされるのだった。


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