IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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因縁の組織、八本脚の悪魔

「着きましたよ。ここなら誰にも見つかりませんから」

 

「はぁ、はぁ……ど、どうも」

 

 

誘導されるがまま、セットの下をくぐり抜けて行き着いた先は更衣室だった。

 

息を整えながら現状を把握しようとする。暗がりを駆け抜けて来たために、そばにいる人間が誰なのかは分からなかった。自分の知り合いなのだろうか、聞く限り聞いた覚えのない声質だ。

 

改めて前方にいる人物の顔を見ると、案の定一夏の知らない人物だった。どこかで会ったことがあるか、過去の記憶を遡ろうとするも同一人物を探り当てることは出来なかった。

 

では何故自分を助けようとしたのか、それより気になるのが学園の関係者でしか入れないような場所にどうしてこの女性は入り込めているのかだ。

 

自分の知らない学園の教員だろうか。

 

学園の教員全員を把握しているわけではないため、教員の一人だと言われればそれまでだ。

 

ただ、物腰の柔らかい落ち着いた口調の裏にどことなく暗い闇の部分が垣間見えるような気がする。この目の前の女性に心を許してはいけないと、一夏の第六感が警鐘を鳴らしていた。

 

 

「あの……あなたは?」

 

 

息を整えた一夏が真っ先に確認したのは、目の前の女性の正体について。

 

結局相手が誰なのか分からない以上、こちらの腹を割るようなことは出来ない。最も、仮に信用出来る相手だったとしても初対面で自分の胸の内を曝け出すようなことなど出来るはずもないが。

 

ともかく大前提として、相手が誰なのかを把握しておく必要はある。

 

一夏の問い掛けに対し、女性は静かな口調のまま口を開いた。

 

 

「私はIS装備開発企業みつるぎ……渉外担当の巻紙礼子と申します」

 

「IS装備開発企業みつるぎ?」

 

「はい」

 

 

女性が口にした企業名を繰り返すように一夏は口に出す。聞いたことないような企業名に思わず首を傾げるが、どこの企業も専用機持ちにたちには自社の製品を使ってもらおうと必死になってアプローチを掛けている事実は良く知っている。

 

現に自身の専用機、白式にも追加装備を搭載しないかと言った話が後をたたない。加えて世界に二人しかいない男性操縦者の片割れともなれば、何としても自社の製品を使って貰おうと躍起になる。使ってくれればそれだけで広告塔になるからだ。

 

目の前の女性、渉外担当と言ったか。

 

渉外担当の役割といえば自社の追加装備を専用機持ちに営業を掛けて使ってもらい、自社を宣伝してもらうように誘導する役割を生業としている。

 

この更衣室には自分しかいない。

 

もし営業活動だとすれば最悪なタイミングで厄介な相手に捕まってしまったことになる。

 

 

(追手から逃げ切れたかと思ったら、今度はIS関連企業の営業か。よりによってこのタイミングで捕まるなんて……。結果助けてくれたことはありがたいけど、追加装備を使う気なんてないしどうするか)

 

 

これから話される内容については一夏も何となく想像がついていた。

 

ISの追加装備に関する話は何も今回に限った話ではなく、今まで嫌になる程営業をされている。

商談の際には千冬が近くにいることも多く、いくら魅力的な提案であったとしても全て断ってきていた。そもそも自身の白式のバススロットは全て埋め尽くされていて追加装備を搭載出来ないからだ。

 

それに仮に搭載出来たとしても勝手の分かりきっていないISに対して自分だけの判断でイエスの回答を出すことは出来ない。基本的に千冬を通すことになる、そうなれば自ずと返ってくる答えは想像が付く。

 

全てノー、だ。

 

 

営業目的なら、まずは使う気が無いことをハッキリと相手に明示する必要がある。逆に営業目的ではないのなら何故こんなところにいるのか。どちらにしても詳細を確認しなければならないことに、はぁと心の中で大きなため息をついた。

 

 

「あの、ところで巻紙さんはどうしてここに?」

 

「はい、実は……」

 

 

一夏の問いかけに対して含みを持たせるかのように口籠る巻紙礼子と呼ばれる女性。

 

数秒の間が空き、やがて重たい口を開いた。

 

 

「―――実は、この機会に是非白式を頂きいただきたいと思いまして」

 

 

言葉が発せられた瞬間、二人を包み込む雰囲気が一変する。

 

 

「え……ッ!?」

 

 

作られた笑みをそのままに話しかけてくる姿に一夏は警戒を強める。一歩後ろに下がると、そっと右手のガントレットからいつでも白式を呼び出せるようにイメージを固めた。

 

学園内での無断なIS展開は禁止されているものの状況が状況だ。相手が何をしてくるか分からない緊急事態である以上、校則がどうとか言っている場合ではない。

 

やらなきゃ、やられる。

 

 

少しのやり取りで一つ分かったことがある。

 

目の前にいる巻紙礼子と呼ばれた女性は学園の教員でも無ければどこかの開発企業に所属している人間でもない。

 

 

「あんた、何言ってんだ?」

 

「あーあー、ガタガタうるせーな、くだらねー自己紹介何かどうだっていいんだ……とっととよこしやがれクソガキ!!」

 

「ちいっ……ぐあっ!?」

 

 

穏やかな口調が一転攻撃的で粗暴な口調へ、そして表情までもが凶悪なものに変わる。ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら一夏を睨み付ける姿を見て、味方だと判断するには些か不可能なものだった。

 

間違いない、コイツは……敵だ。

 

そう一夏が判断するとほぼ時を同じくして右足が正面へと現れる。とっさに両腕を身体の正面でクロスして構えることで、自身への直撃を回避することに成功したが蹴りの威力は相当なものであり、百七十センチを超える一夏の体躯をいとも簡単にロッカーまで吹き飛ばした。

 

ガシャンという音と共に背中がロッカーへとぶつかるとロッカーの扉は衝撃で拉げてしまい、同時に一夏の背中に大きな衝撃が加えられて肺の中の酸素が一気に外へと放出される。

 

 

「くっ、ゴホゴホッ!」

 

 

呼吸が出来なくなり、外の空気を求めようとせき込んだ。

 

 

典型的な口より先に手が出るタイプ。瞬間湯沸かし器を更にひどくしたような短気で傍若無人な立ち居振る舞い。

編入してきたばかりのラウラよりもひどいのではないか、今まで会ったことの無いタイプの人間且ついきなり蹴り飛ばされたことに対して苛立ちを隠せないのか、呼吸を整えながらギロリと相手のことを睨み付ける。

 

 

「アンタ一体……?」

 

「私か? 企業の人間に成りすました、謎の美女だよ!! おら、嬉しいか?」

 

 

ぐっと前傾姿勢になったかと思うと女性の背中が大きく膨らみ、やがて幾多もの鋭い刃物のような爪が服を突き破って出現した。

 

人間の背中から金属が突き破って出てくるわけがない。

 

見たことの無いものではあるが、これは間違いなくISを利用した部分展開だった。ISを展開されたともなればこちらも生身の丸腰状態で戦う訳にはいかない。待機状態だった右手のガントレットを空中に掲げる。

 

 

「来い! 白式!」

 

 

遅れる様に右手のガントレットを掲げると、緊急展開によってISスーツごと呼び出した。

 

パーソナライズされた専用機では量子変換された状態でISのデータ領域に格納されている。本来はスーツを着用してからISを展開するのが常だが今回は緊急事態であり、スーツに着替える時間猶予はない。相手が着替えを待ってくれるような優しさを持ち合わせているのなら話は別だが、誰がどう見たところでそんな淡い期待が叶うはずも無かった。

 

少しでも隙を見せようものなら一気に襲い掛かられるに違いない。スーツごとの呼び出しはスーツ着用後の展開に比べて大きくエネルギーを大きく消耗してしまう。

 

戦況は最悪、ただエネルギーの消費を気にしている暇などなかった。

 

 

「待ってたぜぇ……そいつを使うのをよぉ!!!」

 

 

待っていましたと言わんばかりの嬉々とした表情があまりに現実をかけ離れた歪んだものであり、はっきりと視界に捉えた一夏は思わず背筋に悪寒が走るのを感じた。

 

 

(この感じ……確か前どこかで)

 

 

目の前の女が醸し出す独特の狂気に満ちた雰囲気を以前一夏も味わったことがある。何年も前のことではない、それこそつい最近、何ならここ数カ月以内で。

 

 

(思い出した! プライド! アイツと雰囲気がまるでそっくりなんだ!)

 

 

思い出したくもない苦い思い出。

 

一歩間違えていれば作戦に参加した全員が命の危機に瀕する可能性があった臨海学校での出来事。忘れるわけがない、ISに搭乗して本気で命を懸けてぶつかり合ったあの一日を。

 

自分の暴力を正当化し、大和に瀕死の重傷を負わせただけでなく、既に戦う術を持ち合わせていないラウラを徹底的に痛め付けた。人を傷つける行為に対して何ら申し訳なさを持ち合わせておらず、最後まで二人への狼藉を一切詫びることが無かった男性操縦者―――その名を、プライド。

 

容姿や性別は違えど狂気に満ちた性格は似て非なるものがあった。

 

右手の拳をギュッと一夏は握り締める、臨海学校のことを思い出して何とも言えない気持ちになっているのだろう。

 

最終的にプライドは大和が徹底的に叩きのめし、敵側に回収される形で追い払うことに成功した。以後姿を現すことはないが、どうしても目の前の女を見ているとあの日のことを思い返してしまう。

 

人の血を嬉しそうに舌舐めずりするあのプライド(悪魔)のことを。

 

 

「本来の予定とだいぶ違うが仕方ねぇ。正面から近づいたらもう一人の方にはサラリとかわされてなぁ! 回りくどいのは性に合わねぇや! やっぱこっちの方が私っぽいよなぁ!!」

 

(もう一人……なるほど、大和か。確かに大和ならこの女の下手な罠に惑わされるようなことにはならないだろうし、きっと上手くかわしたんだろう。大和の専用機を奪うことに失敗したから、先に俺の専用機を奪おうって魂胆かよ)

 

 

ペラペラと話す内容を瞬時に整理する一夏。

 

様々な可能性がある中で、自分と同じ環境に置かれている人物は一人しかいない、大和だ。この女は自分に会う前に初の人物、もう一人の男性操縦者である大和にも接触していることが分かった。

 

回りくどく……ということは、正攻法で大和に接近したんだろう。だが何の策略もなく近づいたところで大和が見知らぬ人間を自分の懐に招き入れるわけが無い。それがたとえ絶世の美少女だったとしてもだ。

 

現に、話は一度学園に通してくれと見向きもされず。渉外担当としての仮面を被っていたにも関わらず説明を聞くことはなく、一切取り合うことはなかった。

元々学園祭ということで不特定多数の人間が出入りすることは周知の事実であり、当然中には各開発企業からの人間が自社製品の営業を目的にアポ無しで飛び込み営業を掛けてくる可能性があることも事前に教えられている。

 

専用機持ちかつ男性操縦者ともなれば広告塔としての効果は絶大。故に今年の学園祭に関しては一夏や大和に接近してくる人間が特に増えるから気を付けろと、クギを刺されていた。

 

大和としてもテンプレ通りの接近に対処がしやすかったのかもしれない。かと言って個別で呼び出そうとすればかえって怪しまれてしまい、対象に近づくことが難しくなる。故に多少手間だったとしても正面から極力怪しまれないように接近し、大和との関係をアイスブレイクしていく必要があった。

 

が、結果はご覧の通り。

 

既にフィルターを張っていた大和は押しの強い営業をものともせずに遮断し、それ以上の接近を突っぱねた。一夏と違い周囲に人が居る状況では実力行使することも出来ず、やむを得ず一度撤退することに。二人きりになれるシチュエーションを狙い、虎視眈々と機会を伺っていたところ一夏が劇の主役を張ることが耳に入り、一旦ターゲットを切り替えたってところだろう。

 

加えて大和が想像以上に食えない男だったということもある。仮に二人きりの状況に持ち込んだとしても、上手く躱されるのが関の山だったに違いない。

 

 

(とりあえず大和には接近したけど失敗したのは分かったし、そこに関しては一安心か。後はこの現状をどうくぐり抜ける? 相手の実力が未知数な以上下手に突っ込むことは出来ない)

 

 

さて、問題はこの現状をどう打破するか。

 

相手の手の内は一切分からない以上、闇雲に動いたところで窮地に立たされてしまうだけ。

 

ひとまずは上手く相手の攻撃を躱しながら、様子を見る方が良いかもしれない。

 

 

「多少強引にでも奪えば良かったな。どうやら大切にしている彼女がいるみたいだし、あの女を人質に取った方が良かったか……」

 

「おい、お前っ!!」

 

 

多少の犠牲は厭わない。否、目的のためなら手段を選ばない下劣な態度に、思わず一夏の感情が高ぶってしまい声を荒らげる。女の一言から大和とナギが一緒に居る光景をこの女に見られていることが分かった。

 

女は一夏の反応を面白そうに口元を歪めながら言葉を続けて煽っていく。

 

 

「おっとどうした。怒ったのか? さっきの奴と違っててめえは随分と短気な奴なんだな」

 

(いや待て、このまま相手の挑発に乗ったら相手の思う壷だ! 別に鏡さんがコイツに何かをされた訳じゃない、ここは落ち着いて……)

 

 

一度上昇した脳内温度を自分に言い聞かせるかのように鎮めて行く。怒りに身を任せて動けば正常な判断を出来なくなる、冷静になれ、冷静になれと繰り返し念じる。

 

決してナギが被害に遭った訳ではない。

所詮はでまかせであり、まだどこにも被害は出ていない。分かっていることとはいえ、いざ面と向かって悪気もなく言われると苛立ちは自ずと積もってしまう。

 

やがて落ち着いたところで再度、正面に立つ女を双眼に捉える。

 

大丈夫だ、もう落ち着いた。

 

 

「ふぅ……あぶねー所だった。お生憎さま、アンタの下らない茶番に付き合っている暇は俺も無いんでね」

 

「言ってくれるじゃねぇか。どうなっても文句を言うんじゃねぇぞ!」

 

 

女がISを完全展開し、背後の装甲から伸びた足が見えたかと思うと、爪先の銃口がしっかりと一夏に向けて狙いを定めていた。最後まで言い終えると同時に、一斉に銃弾を乱射する。

 

 

「うおっ!?」

 

 

突然の強襲に対して驚く一夏だが、正面からの攻撃なら決して躱すことが出来ないものではなかった。

 

白式の背後のスラスターを吹かして機体を動かすと、左右にスライドしながら乱射された銃弾を一つ、二つと確実にかわしていく。場外フィールドと違って天井という枷がある以上、率先した空中戦を広げることは不可能。かつ更衣室内である為に面積もさほど広い訳ではなく、前後左右の行動範囲も限られてくる。

 

故に本来であれば回避出来る攻撃も回避困難になってくることが想定されるため、正面からの攻撃に関しては確実に躱していく必要があった。無駄な攻撃を一発も貰うことは出来ない、この状況下でのエネルギー切れは致命的なものになる。

 

 

「ははははっ! よく避けるじゃねぇかクソガキ! 少しだけ認識を改めてやるよ!」

 

「このっ……所構わず撃ち込みやがって!」

 

 

悪態をつきながらも砲火の嵐をひたすらに躱し続ける。更衣室内は面積が狭いだけではなく、椅子やロッカーなどの細かい器具も置いてあるせいで精密な操縦技術が必要となってくる。狭い部屋内で弾幕の嵐から逃げ続ける行為に関しては、少なくともISを稼働して僅かの生徒では到底真似出来る芸当ではない。

 

一夏は専用機こそ持っているとはいえ、代表候補生と比べると稼働時間は決して長くはない。実際の任務での稼働も少ない、実戦での経験や場数も圧倒的に少なく、専用機を与えられた時に出来ることはほとんど無かった。

 

が、放課後の候補生たちと手合わせや、ここ最近の楯無とのマンツーマンによる特訓を繰り返し行うことで操縦技術はメキメキと上達。師事した相手も良かったが、何より一夏自身が努力を重ねた結果に他ならない。

 

 

「オラアッ! これならどうだっ!!」

 

「何のこれしき。楯無さんの地獄の特訓に比べりゃ甘いんだよ!」

 

 

弾丸の雨を左右移動によってくぐり抜け、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って一気に相手との距離を縮めて行く。一足一刀の間合いへと踏み込むと、右手に展開した雪片弐型を素早く振りかざして切り込む。

 

 

「かかったなぁ!」

 

「ちっ、この……面倒だっ!」

 

 

振りかざすと同時に待ってましたと言わんばかりに、装甲脚で一夏の一撃をいなすとカウンター気味に一夏の懐に向けて銃口を構えた。

 

誘われた……このままでは直撃を食らってしまうと判断した一夏は、死角となっている女の背後むけて左足を蹴り上げると、無防備な後頭部目掛けて全力で蹴りをたたきこんだ。

 

 

「ぐっ!?  コイツ!」

 

 

エネルギーを大きく削ることは出来なかったが、今の蹴りで大きくバランスを崩して発射された弾丸は明後日の方向へと飛んでいった。忌々しげに舌打ちをする女から再び距離を取る。

 

 

「喰らいやがれぇっ!!」

 

 

一夏に照準を向けるとトリガーを引いて銃を乱射する。無造作に発射させられた弾丸のせいで更衣室はぐちゃぐちゃに、綺麗な形を保っていたロッカーはひしゃげ、ベンチは見るも無惨に真っ二つに粉砕させられていた。

 

この現状を見て誰が更衣室だと信じるだろう。

 

 

「アンタ、一体何なんだ!」

 

 

攻撃を躱しながら一夏は問い掛ける。

 

結局これまで分かったことは相手が敵であるという事実のみ。素性に関しては一切判明していない。

 

 

「ああん? 知らねーのかよ。悪の組織の一人だっつーの!」

 

「ふざけてんのか、俺はアンタの名前を「ふざけてねーっつうのガキが! 秘密結社亡国機業(ファントム・タスク)()()()()()って言えば分かるかぁ!?」

 

 

ついに自身の名を明かした女、オータム。

 

話しながらも的確な攻撃を加えてくるあたり、かなり的確な操縦技術を持ち合わせていた。異常なまでのテンションの高さ、気性の荒さに反して攻撃は隙がなく狙いは正確。

 

躱し切れなかったいくつかの弾丸が一夏のシールドエネルギーを少しずつ削っていった。一発一発のダメージは決して高くはないが、繰り返しくらい続けていれば蓄積されたダメージは時間経過で着実に増えていく。

 

更に弾丸の衝撃が身体に伝わってくるせいで相応に痛みは走る。絶対防御のお陰で肉体自体は守られているものの、痛みや衝撃までを吸収してくれるわけではない。

 

 

「ちっ、ちょこまかと! この『アラクネ』相手に良くやるじゃねえか!」

 

(くそっ、厄介だな。あの八本の脚はそれぞれ独立した意識でも持ってるのか?)

 

 

一夏にとって何より障害となっていたのはオータムの機体である『アラクネ』の背中から伸びる装甲脚で、一本一本がまるで独立した意識を持っているように動いていた。現にそれぞれが独立したPICで動いているのだろう。

故に正面から切り込んでも装甲脚でガードされ、迂闊に近付けば捕縛される。

 

距離を取れば銃弾が飛んでくるといったどの距離にいたとしても対応に困る相手だった。しなやかに動き回る様はまるで生き物の蜘蛛を見ているようだ。

 

厄介なことこの上ない。

 

 

「そうそう、折角だし冥土の土産に教えてやるよ。第二回モンド・グロッソでお前を拉致したのはウチの組織だ。感動のご対面だなぁ!!」

 

「っ!!?」

 

 

唐突に言葉を続けたかと思うと、オータムの口から衝撃の新事実が話される。

 

一夏にとってもどかしく、これ以上ないほどに自身の力のなさを実感した出来事は無い。忘れるわけがない数年前の出来事、一夏を救うために千冬はモンド・グロッソ決勝戦を棄権、結果的に連覇を逃すことになり、かつ最前線から退くことになった。

 

自分が原因で姉は剣を置いた。

 

そして剣を置いた根本的な原因を作り出した組織の一員が目の前にいる。一夏にとっては因縁のような相手だろう。メラメラと燃え上がる何かを感じると同時に、一夏の頭の中が一瞬真っ白になった。

 

 

「……」

 

「あ、何だって?」

 

「……かよ」

 

「聞こえねぇな。もっとハッキリ話せや」

 

 

ふつふつと湧き上がる怒り。

 

あの時何も出来なかった自分の不甲斐無さはもちろんのこと、何より自分の身内……たった一人の姉を巻き込んだあの一件を一夏は心の底から憎んでいた。

 

これほどにもない、感動の再会だ。

 

 

「そうかよ! だったらあの時の借りを今この場で返してやるっ!!」

 

 

一夏の内に秘めた怒りが爆発した。

 

雪片弐型を握る拳に力を込め、背後のスラスター出力を最大にすると爆発的なスピードでオータムへと迫る。もしこれが相手の隙を突いた攻撃であればものの見事に決まったことだろう、だが今回に関しては相手とタイミングがあまりにも悪過ぎた。

 

今の一夏を言い表すのであれば、標的に対して直線的に進む鉄砲玉のようなものだった。慣れたIS操縦者からすれば、正面、かつくると分かっている直線的な攻撃を対処することなど造作もないこと。

 

目に見えた挑発で我を見失った一夏の攻撃など、オータムからしてみれば全く怖くなかった。むしろ安い挑発にのってくれたと感謝しているくらいだろう。

 

無駄に頭を使って作戦を練る必要が無くなったからだ。

 

 

「あーあー、やっぱりガキはガキだな。ちょっと核心に迫ったことを言ってやったら急に攻撃が荒くなりやがった。多少はやるかと思ったら見込み違いだったか」

 

 

オータムは突進してくる一夏を見ながら鼻で笑う。そして両手を交差させながらあやとりのようなものを編んでいたかと思うと、それを一夏目掛けて投げ付けた。

 

 

「なら、これで終わりだぁ!」

 

 

エネルギーワイヤーのもので構成された塊は一直線に一夏に向かう。大きさはサッカーボールほどの大きさだろうか、高速移動をしていたとしても対処ができないわけじゃない。

 

一夏は右手に握り締めた雪片弐型を上段に振り上げ、タイミングを見計らって振り下ろす。

 

が。

 

 

「!? な、なんだ……このっ!」

 

 

眼前まで迫った塊を斬り落とそうとした刹那、一気に弾けて巨大な網へと変化した。

 

物理兵器ではないエネルギー体であれば、雪羅の装備で切り裂くことが出来るはず。だが甘かった、一夏の予想を遥かに上回るスピードで展開する網は、数秒と掛からずに全身を覆い尽くして一夏の自由を奪い取った。

 

 

「はははっ! 蜘蛛の糸を甘く見るからそうなるんだぜ! 悪いがその後は一度張り付いたら相当時間かけねーと取れねぇからな?」

 

 

もがく一夏を前にニタニタと笑うオータムが近付いてくる。彼女の手には見たこともない四本脚の装置が握られていた。

 

 

「んじゃ、お楽しみと行こうぜ。お別れの挨拶は済んだか? ギャハハ!」

 

「な、何のだよ?」

 

 

装置がガシャガシャと駆動音をたてながら一夏の身体に装着されると、脚を閉じて固定される。

 

 

「はははっ、この期に及んでまだ分からねーのか? てめーのISとだよっ!」

 

「なにっ……がぁあああああ!!?」

 

 

言っている意味がわからない、と言葉を続けようとした一夏の全身を電流が流れて激しい痛みが襲う。身体が焼き尽くされるような痛みに、たまらず絶叫を上げた。

 

痛みにくるしみ、顔を歪める一夏を楽しそうにオータムは見つめるばかり。余裕が嫌に気になる。

どれくらいの時間が過ぎ去っただろうか、ようやく痛みから解放されると、自身を拘束していた糸も解け装置も外れた。

 

不意打ちを狙うなら今しかない。幸いなことにオータムは余裕綽々の表情を崩さず、腕を組んだまま一夏を見ているだけ。突然の攻撃であれば

正面からとはいえ反応は遅れるはず。

 

 

(今だっ!)

 

 

渾身の力を振り絞り右手を振りかざすと、オータムの顔面目掛けて殴りかかろうとする。

 

が。

 

 

「甘ぇんだよガキ! ISの無いお前はただの役立たずだ!」

 

「ガアッ!?」

 

 

一夏の拳に合わせるようにカウンター気味で一夏の腹部目掛けてオータムの一撃が吸い寄せられる。トラックにでもはねられたかのように簡単に身体が宙を浮くと、勢いそのまま後方のロッカーに叩きつけられた。背中に伝わる衝撃とともに肺の酸素が一気に押し出され、呼吸がままならなくなる。

 

おかしい。

 

攻撃によっては直接肉体に衝撃が伝わってしまうものもあるものの、今の自分はISを展開しているはずだというのに、まるで()()()()()()()()()()()衝撃の伝わり方だった。

 

そこでオータムの発した一言を思い出す、ISの無いお前はただの役たたずだと。頭が冷えて冷静に物事を判断できるようになり、改めて自身の身体を見ると。

 

 

「どういうことだ……おい! 白式! おいっ!!」

 

 

IS用のスーツだけが残され、周囲を覆っていた白の装甲や握っていたはずの雪片弐型も跡形もなく消え去っていた。何度問い掛けても白式が呼応してくれることはなく、一夏の虚しい叫びだけが更衣室に木霊する。

 

 

「ははははっ!! いくら呼んだところでてめーのISは応えてくれねーよ! そもそも私の手にあるんだからなぁ!」

 

「な、何!?」

 

 

オータムはこれ見よがしに菱形の立体クリスタルを一夏に向かって見せ付ける。直接目視する回数は少ないが紛れもなく白式のコアだった。第二形態移行している証として、通常の球体コアに比べて強い輝きを宿している。

 

 

「さっきの装置はなぁ! 剥離剤(リムーバー)っつーんだよ! ISを強制解除出来るっつー秘密兵器だぜ? 生きているうちに見れて良かったなぁ!」

 

「ぐあっ、ガハッ!? こ、この……返せ」

 

 

無防備な一夏に二度三度、繰り返し蹴りを入れる。立て続けの攻撃によってはダメージが蓄積していた一夏の身体は自由に動かず、ついには顔を踏みつけられて地面にひれ伏してしまう。

 

 

「あぁ? 聞こえねーよ」

 

「返せ! それはお前のもんじゃねえ!!」

 

 

多少なりとも身体を動かさない時間があったからだろうか。痛みが和らぎ、身体を動かせるようになった一夏は踏みつけている脚を払い除けると、握られたコアを取り返そうと必死に手を伸ばした。

 

 

「だから、遅えって言ってんだろ!!」

 

 

とはいえIS対生身の人間ともなれば戦力差は歴然。どう足掻こうとも勝てるわけがない。一体で国を滅ぼせるレベルの戦闘力を誇るISとかたや相手によっては一対一でも勝てないこともあるかも知れない人間。

 

超えられない絶対的な壁が存在する。自然の脅威の前で人間が無力なのと同じで、IS相手に普通の人間は太刀打ち出来ない。

 

蹴り飛ばされてロッカーに激突する一夏。

 

こんな時に何も出来ない己の無力さを恨んだ。これでは数年前のモンド・グロッソの時と何一つ変わっていないではないか。結局誰かに助けてもらわないと、自分は何も出来ないのか……。

 

 

「いや、そんなわけがねぇ」

 

 

そうだ、そんなわけない。

 

確かに自分は何一つ特別な力など持っていない。ISが無ければまともに戦うことすら出来ない弱い弱い人間だ。

 

 

「……頭に上った血が下りてきて、少し冷静に物事を見つめられそうだ。もう少し早く冷静になってたら、戦況は多少なりとも変わってたかもな。こんなくだらない相手に振り回されていたって考えると、自分が情けなく思えて来るぜ」

 

「あ? てめー今何つった?」

 

 

ボソリと呟く一夏にオータムはこめかみをひくつかせながら反応した。余裕綽々の表情から一転して怒りに染まった表情を浮かべる。

 

あぁ、やっぱりそうだ。

 

こんなくだらないことで簡単にキレるようなどうしようもない人間に対してムキになって突っかかっていったのか。挙げ句の果てに良いように誘導されて、あまつさえ自分の専用機まで盗まれて……相手の掌の上で良いように転がされていただけではないか。

 

冷静になって考えてみれば本当どうしようもない。

 

 

(ははっ、わけわかんねぇ。人間キレすぎるとこうなんのか?)

 

 

何のために戦っているのだろう。

 

自分は何に対して怒っていたのだろう。

 

自分が迷惑を掛けた行為に対して。

 

尊敬する姉のプライドを潰してしまった要因に対して。

 

否、全部だ。

 

エゴだと言われても良い。

 

目の前にいる組織の人間たちが身勝手に引き起こしたあの一件をどう許せというのだろうか。

 

 

(許して良いわけねぇよな。コイツらがやったことを正当化しちまったら、自分の信念を否定することになる)

 

 

「おいてめぇ、何つった? もう一回言ってみろや!」

 

「あぁ、何度だって言ってやるさ! くだらない相手に振り回されてどうしようもねぇって言ったんだ!」

 

 

オータムの面と向かって一夏ははっきりと言い切る。一夏の目に含まれるのはオータムに対する明らかな侮蔑。加えて圧倒的な不利な状況下な一夏が何故ゴミクズを見ているような目付きで見下しているのか。

 

どちらの立場が上から分かっているのか。

 

この期に及んで私のことを侮辱しようというのか。

 

完全に馬鹿にされたと悟ったオータムの沸点は一気に限界を振り切り、目を釣り上げたまま鬼のような形相で近づいて来た。明確なまでの殺意を宿して。

 

 

「このっ……ぶっ殺してやる!」

 

 

殺してやると息巻いて装甲脚を振り上げようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ここでそんなことされるのはおねーさん困るなぁ。一夏くんのこと、こう見えても気に入ってるんだから」

 

 

一夏の背後から声が聞こえる。

 

それも場にそぐわない、どこかこの状況を楽しんでいるかのような声。だだどこか聞き覚えのある声、この声は自分が知っている人間のものだと判断し、入口の扉の前に視線を向けるとそこには楯無が立っていた。

 

 

「てめぇ、どこから入りやがった! 今ここは全システムをロックしてんだぞ!」

 

 

一夏を誘い込むために用意周到に準備を進めていたのだろう。全システムをロックし、一夏を孤立した更衣室に誘導したというのに、全く関係のない第三者に自身の居場所がバレているだけでなく、部屋のロックまで解除されている。

 

一夏の実力を下に見て慢心をしていたことは事実だが、近づかせないように抜かりは無く準備は行ったはず。

 

だが現実は侵入を許している。

 

イライラする、自分の思い描いていたシナリオと違う展開にオータムは思わず舌打ちをした。

 

 

「あら、侵入者だっていう割には随分とお間抜けさんなのね、私が誰とも知らずに。全システムをロックされたことくらい調べればすぐに分かることよ?」

 

「てめぇ……死にてえのか?」

 

 

お前の見立てが甘かった。

 

はっきりとは言い切らないものの、言葉の意味を考えてみればオータムは楯無に盛大に煽られている。

 

元々短気でプライドの高いオータムだ、核心に迫ることを言われたら当然苛立ちは増幅する。

 

 

「残念ながら死にたくは無いのよね。アナタみたいな野蛮すぎる人に殺されるなんてまっぴらごめんだわ」

 

 

追い討ちと言わんばかりに追撃を加えていく楯無。

 

いきなり現れた正体不明の生徒に好き放題に罵倒されて良い気分になる訳がない。一瞬にして沸点が振り切れると、楯無へと一気に接近して容赦無く装甲脚を振り上げた。

 

 

「このっ! 邪魔するんじゃねぇよ!!」

 

「楯無さん!!」

 

 

次の瞬間、その装甲脚は無慈悲にも楯無の身体を貫いていた。


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