「この……ちくしょうがぁっ!!」
残った装甲脚でターゲットを狙い乱射する。まるでその攻撃を見透かしているかのように、軽やかな動きで弾丸の雨を左右に移動しながら避け続ける。
あり得ない、あり得るはずがない!
ISの攻撃を
一般常識で考えても、人間の身体能力から考えても常識を逸している。当たり前のことながら生身の人間がどう足掻いたところで、国すらも潰すことが出来るISに立ち向かうことが出来るはずがないからだ。それどころか通常の物理兵器にすら敵わない人間が、どうして
(バカな! そんなバカなことがあってたまるか! ただの人間だぞ!? どうしてISと互角に立ち向かえる!?)
目の前で起きている非現実的な光景がオータムには信じられなかった。
この目の前の剣士には、通常の人間努力したところで到底到達出来ないほどの人外染みたスピードやパワー、秒速数百キロをゆうに超えるスピードの弾丸を目視で判断出来る異常なまでに発達した動体視力といった身体能力に纏わる全てがISと対抗出来るレベルで備わっていることになる。
普通に生まれた人間が突然変異を起こす訳がない。常人を遥かに上回る身体能力を持つ人間が出現したともなれば、各メディアが放っておかないだろう。加えてメディアが取り上げているとすれば、そんな情報が一般世間に浸透していないのもおかしい。
(……いや、待てよ。確かどこかで聞いたことがある。あれは……)
オータムの頭の中に引っかかっていることが一つあった。それは今から少し前の出来事になる。
今の世では知らぬ者はいないであろう究極兵器、通称IS。
各国が血眼になって探している開発者である篠ノ之束。あらゆるツール、メディアを駆使しても発見できず、噂では地球内にはもう存在しないのではないかと言われている人間。
だがオータムの所属する組織である亡国機業は独自の調査によって彼女の居場所を突き止めることに成功し、入手した座標に対して数人の部隊を送り込んだことがあった。
いくら稀代の天才と呼ばれる篠ノ之束とはいえ、ISを相手にことを構えることは出来ないだろうと見られていたが、数日後に届いた知らせは篠ノ之束の捕獲に失敗したという信じられない報告だった。
一体何があったのか、運良く逃げおおせた部隊員の一人に状況を確認したところ、俄には信じがたい報告が飛び込んで来ることになる。
篠ノ之束を見つけることには成功したが、自分たちは良いように誘導されていて、一人のISも持たない人間になす術なく返り討ちにあったと。任務用に渡したISはほんの二人分の量産機のみだったが、渡した全ての量産機が修復不能レベルにまで破壊され大きな損害を被ることとなった。
あの時こそ、そんなことを出来る人間などいるはずがないと笑っていたオータムだが、いざ現実として見せつけられると認めるしか無かった。
(それがコイツだったってのか!? 何でこんな化け物がIS学園なんかにいるんだ!)
仮に話が事実だったとしても、同じ人物がどうしてIS学園にいるのだろうか。偶然にしては話が出来すぎているような気がする。そうこうしている間にも攻撃をことごとく躱して一気に接近してくる。
狙いを定めて弾を乱射をしても、腕を鞭のようにしならせて攻撃を仕掛けようとも、オータムの攻撃は一度も剣士に届く事はなかった。まるで何事もなかったかのように躱し続ける様はとても同じ人間だとは思えない。
(くっ……近寄られたらやべぇ!)
オータムの本能が接近を許してはならないと警鐘を鳴らす。
相手が持っているのは近接用の刀のみで、遠距離からの攻撃手段はない。故に接近してからの攻撃にのみ気を付ければ良いが、想像以上のスピードとトリッキーな動きのせいで、先の動きを予測することが非常に難しい。
咄嗟に地面蹴り仮面の剣士から距離を取ろうとするが、お構いなしと言わんばかりに距離を詰めてくると勢いそのままに無防備な腹部に容赦のない蹴りを見舞われる。
「ぐあっ!?」
シールド越しに伝わってくる衝撃に思わずオータムは声を上げた。一夏との戦いによりシールドを破壊されており、直接攻撃が通ってしまう状態になっている。
普通の人間の蹴りの威力ではない、まるでトラックにでもはねられたような感覚だ。あまりの威力にバランスを崩して後方へとよろける。よろける姿に追い討ちをかけるように刀を振りかざして追撃を掛けていく。本来でればあり得ない光景だろう、IS操縦者がたった一人の生身の人間に圧倒されているなど。
「ちっ、くそがぁ……」
残されているエネルギーは僅か。
このまま戦っていたらエネルギーを無駄に消費し続けて、逃げ出すことすらままならなくなってしまう。もし逃げることが出来なければ捕まるのは必至、下手をすればISの無断展開とテロまがいの行為を起こしたという事で監獄行きになる可能性もある。
オータムとしても最悪の結末だけは避ける必要があった。
(想定外だが仕方ねぇ、ここは何としても逃げ切……!?)
目の前にいたはずの剣士の姿が消える。
否、消えたのではない。
目視を超えるスピードでアラクネの懐に潜り込んだのだ。身をかがめなが右足を勢いよく回転させると、遠心力そのままに自身の体重よりも遥かに重たい機体を思い切り蹴り上げた。
「うぐっ! ち、ちくしょう……私が、何で私がこんな!」
ゴツンという鈍い音とともに、アラクネの全身が宙に舞い上がる。勢いのままに天井を突き破ると、そのまま地上へと投げ出されるようにオータムは逃げ出した。
地上に逃げたことを確認すると、剣士も後を追うように身をかがめて飛びあがろうとする。
が。
「な、何だよこれ!?」
遅れる事数分の差で一夏が室内へと入って来たことで、一度行動を停止させる。
室内に入ってきた一夏は、ぐちゃぐちゃになった室内を見せつけられてただ呆然とするしかかった。自分たちが部屋に来るまでの間に一体何が起きたのか、そして肝心のオータムはどこに行ったのかが全く把握が出来ない。
キョロキョロと辺りを見回している内に剣士の存在に気付き、驚きの声を上げる。
「お、お前! 確か無人機事件の時の!」
予想外の人間がいたことに驚く以外のことが出来なかったと言った方が適切だったか。
一夏は剣士とは初対面ではなく、以前に一度クラス対抗戦の時に会っている。とはいえ一度も会話らしい会話をする事はなく、あくまで無人機を追い払うために一時的に協力して戦っただけに過ぎない。
当然、剣士の素性を知る由も無かった。
「一夏くん、どうしたの?」
「あ、た、楯無さん。実は……」
一夏に少し遅れるように楯無が室内へと入ってくる。楯無に事情を説明しようとする一夏だが、上手く説明が出来ず悪戦苦闘していた。
「!」
ふと、楯無と剣士の視線が合う。
モニター越しで見た事は楯無もあるが、こうしていざ戦闘中に対面することは初めてだった。
なるほど、確かに普段の柔らかい雰囲気とは全く別物の雰囲気を纏っている。少なくとも自分が知っている
そう、楯無は剣士の正体を知っている。仮面をかぶって顔を隠してはいるが、普段生活や仕事を共にしているパートナー、大和本人であるということを。
(一緒に仕事をした事はあるけど……やっぱり本気モードの時の雰囲気は別人ね。大和だって言われなかったら全然分からないもの)
ここにオータムが逃げ込んで来たのは間違い無いだろう。
部屋中荒らされている上に本来では開かないような大きな穴が壁に出来ているのが何よりの証拠だ。だが今部屋にいるのは大和のみでオータムの姿は何処にも見えない。
(オータムは居ない……となると撃退されたのかしら。天井に大穴も空いてるし、そこから逃げ出したって考えるのが自然ね。で、ちょうど大和は後を追い掛けようとしたってところみたいね)
楯無の予想はほぼ当たっており、まさに後を追い掛けようと飛びあがろうとする瞬間だった。
(それにしても、改めて大和が仲間で良かったわ。もし敵だったとしたらとても太刀打ちが出来るような相手じゃないもの)
改めて認識する大和の実力。
元々IS操縦者としての実力も高く評価されていたわけだが、臨海学校の際に専用機を与えられてからというものさらに磨きをかけて、一年の中でもメキメキと頭角を現してきていた。既にその実力は代表候補生をも上回ろうとしており、巷では実質一年生ナンバーワンの実力者ではないかと噂されるくらいだ。
更に彼の生身での戦闘能力は言わずもがな。
学園どころか全世界見渡しても彼に太刀打ち出来る人間は指折り数えるほどしかいないだろう。人外染みた動きで確実に相手を仕留めていくスタイルは、誰にも真似する事は叶わない。
「お前一体何者なんだ。俺たちの味方なのか、それとも敵なのか?」
「……」
「いや、どっちだよ! それじゃどっちの意味にも捉えられるぞ!」
剣を持ったまま両腕をクロスさせる剣士……もとい大和だが、一夏には何に対して否定をしているのか分からず頭を抱えていた。これでは『味方である』ことに対して否定をしているようにも『敵である』ことに対して否定しているようにも見える。
当然大和としては敵ではないと伝えるために両腕をクロスさせたわけだが、うまく伝わっておらずどうしたもんかと刀を下ろしてじっと一夏を見つめる。
仮面を外すか声を出せば簡単なんだろうが、目の前にいる相手が知り合いであるが故に仮面を外すことが出来るはずもなく、加えていくら変声機を内蔵しているとはいえども、迂闊に言葉を発することは許されなかった。
「何遊んでるのよもう。ねぇ、あなたは敵ではないのよね?」
「……」
楯無の助け舟を待ってましたと言わんばかりに、即座に頭上に丸を作る。仮面のせいで表情を見る事は出来ないが、きっと嬉しがっているに違いない。
「敵じゃないなら良いけど……というよりその仮面は何なんだ? 仮面外して話せばいいだろう。前も思ったけどジェスチャーで伝えるってかなり大変じゃないか?」
「……」
「……どうやら仮面を外せない深い理由があるみたいね」
一夏の問い掛けに再び両腕をクロスさせて応える大和。仮面を取って話したい気持ちは山々だが、今は一夏の親友としてではなく、一夏の護衛として立ち回っている以上、こちら側の家業の領域に踏み込ませることは出来なかった。
大和姿を見て楯無が心中を察しながら代弁している。
「そうなのか?」
「……」
「そうか。ならもうこれ以上は聞くのは野暮だよな」
楯無の代弁に頭上に丸を作ると、それなら仕方ないと一夏も引き下がる。話したくないことに対して必要以上に詮索しようとしないのは一夏のいいところだろう。
(一夏くんは納得してくれたみたいね。とりあえず大和のお陰で事は円滑に進んでくれている。後はオータムを捕獲するだけね)
一夏も剣士が自分たちの仲間だと納得してくれたところで、一度現状の整理を行う。
この学園祭に亡国機業の関係者が潜り込んでいることを事前に察知していた楯無は、関係者を炙り出すために一夏や大和に近付く人間を逐次観察していた。
来場者の中には一般の外来の客もいれば、IS企業の関係者、研究者、営業担当がいることもある。
受付の警備が強固なものとはいっても簡単な身分確認と手荷物検査を行うだけで、招待状を持っていなかったり、IS関連企業に所属していることが確認出来ていない人間以外は総合的判断によって怪しいと判断されない限り通されてしまう。それこそ国家の指名手配犯でもなければ顔を見ただけでは判断が出来ない。
そして現に亡国機業の関係者がいた。ターゲットは学園に所属する専用機持ちと男性操縦者である一夏と大和。ただ特に今年に限るのであれば、話題性も含めて一夏と大和がターゲットにされる可能性が極めて高い。
専用機持ちに近付く人間を徹底的に洗い出すことにした楯無は、大和に協力を仰ぐことに。
すると案の定大和に近付く人間が一人現れた。表面上はとあるIS企業の渉外担当、名を巻紙礼子と名乗っていたが、些か不自然な行動に目をつけた大和は楯無へと報告。
他の専用機持ちたちに特にこれといってIS企業からの接近が無かったことを踏まえ、周囲を警戒しつつも一人の人間の行動を重点的に監視することにした。
すると案の定、楯無や大和の見立て通り裏で行動を起こし始め、一夏を一人きりの状態にして更衣室へと誘い込む。本性は亡国機業に所属するオータムであると明かし一夏に対して牙を剥く。
そこまでは良かった。
楯無の登場により戦況は激変、一度は手中に収めた白式を一夏に奪い返されて窮地に立たされる羽目に。破壊された壁の奥にある部屋に逃げ込むも、前もって動きを先読みしていた大和にまでボコボコにされ、地上へと逃げ出した。
勿論、楯無としてもこれから先のことを考えていなかったわけではない。
既に手は打ってある。
「ねぇ。ここにISに乗った人間が来たはずだけど、どこへ行ったか分かるかしら?」
「……」
天井に空いた穴へと刀を向ける。
穴から逃げたと言いたいのだろう、オータムの投げ込んだ先は分かった。後を追いかけて捕縛すれば全て万事解決だ。
「ありがとう。一夏くん、追い掛けるわよ!」
「は、はい!」
ISを展開すると二人はスラスターを吹かせ、地上に向けて上昇していく。やがて二人の後ろ姿が見えなくなったことを確認すると、付けていた仮面を外しふぅと一息ついた。
普段付けている眼帯は付けていない、付けていたら邪魔になるからだ。
何故専用機を使わずにリスクの高い生身で戦うことを選択したのか。それは大和が使わなかったのではなく、使いたくても物理的に使うことが出来なかったからだ。
学園祭直前で緊急のメンテナンスが入り、専用機そのものを千冬に預けている。故に今手元に専用機はなく、使うことが出来ない状態になる。
IS学園に男性操縦者として入学をしている大和だが、一夏がIS学園に通う三年間の護衛をするという大切な任務が存在する。だからISが無い状況下であったとしても戦う必要があった。
「……楽じゃないね、こうして素性を隠して戦うことは」
ポツリと大和の口から溢れる本音。
決して楽では無い茨の道。
頻度が高く無いとはいえ、生死と隣り合わせとなる状況で戦うことは肉体的にも精神的にもキツいものがあった。更に仮面を被り、自身の正体が公にならないよう細心の注意を払う必要がある。
立場上、おいそれと自身の正体を明かした状態で仕事をするわけにはいかなかった。
「……行くか」
再び外した仮面を被り直す。
事情が事情だ、いつまでもここで立ち止まっている訳にはいかない。地上に戻った一夏や楯無は既に逃げ惑うオータムを追跡している頃だろう。
大穴の下に場所を移すと、両足に力を込めて飛び上がろうとした時だった。
「―――見事、実に見事だよ。霧夜大和くん」
「っ!?」
入り口付近から聞こえてくる満足そうな声に飛び上がるのをやめ、両手の刀を構えながら臨戦態勢に入る。こんなところに人が残っているのも問題だが、何より自分の名前をハッキリと口にした、仮面の中に包み隠している自分の正体を。
少なくともここにいる間は名前を出していないし、呼ばれてさえもいない。
仮面で顔を覆い、声を出さずにいるにも関わらず、声の主は自身の正体を知っている。だが大和はこの声の主を知らない、過去の記憶を遡るもの似たような人間を見つけることは出来なかった。
刀を構えたまま、近づいてくる足音の正体を確認する。
「おいおい勘弁してくれ、今ここで君と刀を交える気は無いよ。私が相手をしたところで、君に勝てないのは目に見えている」
「……」
視界に入ったのはお洒落なスーツを纏う長髪の若い男だった。凛とした落ち着いた物腰やわらな雰囲気を纏い、表面上は殺気を感じることは出来ない。
一般的には礼儀正しいと言われる人間に分類されるタイプか。もしかしたら自分を油断させるためだけに猫をかぶっている可能性もあるかもしれないと判断し、未だに戦闘状態を解く事はなかった。その証拠に男性の左手には日本刀が握り締められており、いつでも抜刀出来る準備は出来ている。この状態で刀を交える気はないと言われたところで、信頼出来る要素は皆無。警戒を解いた瞬間に懐に飛び込んでくる可能性だってあった。
それに勝ち目は無いと言うが、どこまで信憑性があるものなのかも分からない。立ち居振る舞いにも隙は一切無く、相当な実力を隠していることは分かる。
まともに戦ったら少なくとも無傷では済まないと。
(……コイツ、表情が変わらないから分かりづらいけど、ドス黒い何かを感じる。それもさっきのオータムの比じゃないレベルで。一体何を隠してる?)
整った顔立ちに平均以上の身長を兼ね備え、入念なまでに手入れがされているであろう背中まで伸びた長髪。一見華奢に見えるが、スタイリッシュなスーツを着ていることからより痩せて見えるのだろう、そう考えれば全体的なスタイルもバランスが取れていた。
綺麗な薔薇には棘がある。
美形男子には間違いないものの、裏にある何かを感じ取った大和はより一層警戒を強める。
この男は『
腹の中にはドス黒い何かを隠している人間の言うことを信用することなど出来るはずもなかった。
「そう構える必要は無い、本当に今回は挨拶をしに来ただけさ。以前からウチのメンバーが世話になってるからね」
「……」
ウチのメンバー?
男の言うウチのメンバーとは誰のことなのか。
オータムのことなのかもしれないが、名前が既に割れている以上はっきりとオータムと言うはず。そして以前から、と言っている辺りが引っ掛かる。IS学園に入学してから今まで大和が戦った相手は限られている。
戦った相手の中から目の前の男が関連してそうな人間を選定していくと。
「特にプライドなんかは随分と思い入れがあるんじゃ無いかな、勿論知っているだろう?」
「……っ!」
名前を出されて思わずぴくりと身体を震わせると同時に自然と刀を構える。プライドも男の仲間の一人だということが判明した以上、尚更気を緩める訳には行かなくなった。
「おっと、勘違いしないで欲しいな。私はあんな野蛮な男と違って、私利私欲のために人を見境なしに傷付けることに対して快楽を覚えたりはしない」
口ではどうとでも言える。あの一連の事件は実行犯こそプライドだが、そのプライドを裏から糸を引いている人間が居たに違いない。同じ組織というのだから、この男が裏から糸を引いていた主犯格である可能性だってあった。
第一あの男を野放しにしているくらいだ、ロクな組織じゃ無いことくらいすぐに分かる。人の大切なものを傷付けておいて、今更善人ぶられたところでこっちが腹を割るとでも思っているのか。
それにあの一件のことは表面上は気にしていないよう振る舞ってはいるものの、決して許すことが出来るものではない。
「まぁそうは言っても、だ。プライドの一件もある以上、私たちを信用することなんか出来ないのは分かる。君みたいな用心深い男なら尚更だろう」
だったら何が言いたい。
話の先が見えない、予測できない。
結局この男は何が言いたいのだろう、真意が分かりかねる。
困惑しつつある大和に対して更に男は言葉を続けていく。
「だから
信用。
信頼。
どんな言葉を並べられたところでチープにしか聞こえなかった。
例え何をされようが信用することも無ければ、信頼をすることもない。
「一つ言い忘れていたんだが、うちの組織は絶賛人手不足でね。喉から手が出るほどに人員が必要なんだ、それも優秀な人間が。どうだ、うちの組織に入らないか? 君ならすぐに出世出来るだろうし、決して悪い話にはならないと思うんだが……」
「……」
こちらの意思などお構いなしに自身の組織への勧誘をしてくる。
いや、むしろ今日の本題はこっちなのかもしれない。この男は今は戦う気は無いと言ったが、目的もなくこんなところに来るとも思えなかった。
自分たちの仲間に引き入れて手駒を増やすことが出来れば、組織の土台も安定する。それも専用機を持った男性操縦者だ、これほどにまで使える駒はない。
「……」
首を横に振り勧誘を拒否する。
当然だ、ここまで話された内容から何を思えば二つ返事で了承すると思ったのか。
自身にメリットが感じられないのはもちろんのこと、人を傷付ける行為をなんとも思わないような奴らだ、残念ながらそんな組織に進んで入りたいと思う人間の程度が知れる。
「そうかい、残念だ。だがいつでも君の席は空けておくから安心してくれたまえ」
残念という割には、納得したような不敵な笑みを浮かべる。
いつか大和のことを手中に収めてやる、そう言わんばかりに。
「あぁ、そうだ。言い忘れていたけどプライドに関してはこっちでしっかりと処罰を与えておいた。もっともこれを君に言ったところで仕方のないことだがね、頭の片隅にでも置いといてくれ。今日はほんの挨拶だ。私はこれにて失礼させてもらうよ」
話は再びプライドの話へと転換する。
処罰をした。
どの程度の処罰をしたのかは知らないが、生やさしいものではないことくらいは容易に想像が付いた。処罰内容に関しては伏せているものの、恐らくターゲットとは関係のない人間に手を掛けたことでは無く、純粋に与えられた任務を遂行出来なかったからだろう。
彼にとっては処罰を与えた理由が、無関係の人間を手を掛けようとしたからだと大和に伝わってくれれば万々歳なのかもしれないが、残念ながらそこまで都合のいい解釈はしていない。
任務内容が銀の福音を奪えなかったことに対するものなのか、それともターゲットを抹消出来なかったことに対するものなのかは分からない。はっきりと言えるのは無防備な人間を傷つけたことに対するお咎めではなかったということ、そこに関してはハッキリと断言することが出来た。
言いたいことを言い尽くしたようで、男は踵を返して入口の扉へと向かっていく。結局何がしたかったのか、これだけでは良いように引っ掻き回されただけのような気がする。
このまま黙っている訳にも行かない、本当の目的が何なのかを聞き出すべく、これまで言葉を発さなかった大和が仮面越しに口を開いた。
「……待てよ」
「ん、どうしたんだ? 君からも何か質問があるのかい?」
「お前らの目的は何だ、何を企んでいる?」
大和質問に対してほんの僅かだが男の表情が曇る。答えづらい内容なのか中々口を開こうとはしない。
「何を、か。また難しい質問をしてくれる」
反応から察するに、やはり本人にとっても答えにくい内容だったようだ。
ハッキリと難しい質問だと言いつつも、手を顎に当てながら少しの時間考え込む。
「そうだな、強いて言うのなら」
続く言葉を待つ。
「新しい世界の創造、そう答えておこう」
あまりにも意味深な答えが返ってきた。
言葉の意味が理解出来ずに、数秒ほど大和思考回路が停止する。
「新しい世界の創造だと? 抽象的過ぎて何が言いたいのかさっぱり分からないな。お前たちの頭の中で思い描いている妄想じゃないのか」
「ははは、真面目も大真面目だよ。まさか私がふざけてこんなことを言っているとでも言いたいのかな?」
「あぁ、そのまさかだ。誰がどう考えたって正常な思考回路で導き出されるものとは思えないに決まっているだろ」
すぅと男は目を細めると周囲を纏う雰囲気が一変する。穏やかな顔と柔らかな口調とは裏腹に、不釣り合いなまでの敵意と殺気がひしひしと伝わってきた。
男は左手の刀の柄に右手を添えるといつでも抜刀出来る状態を取る。やっぱり隠していやがったかとため息をつく大和も再度両手の刀を構え直すと、相手の動きに合わせていつでも対応出来るようにじっと目を凝らした。
身体全身をリラックスさせて力を抜き、いつでも力を爆発させられるように全神経を集中させる。
が、少しの間両者一歩も動かずに睨み合いが続いたかと思うと、不意に男が刀の柄から手を離し、両手を上げて降参ポーズを作った。
「……いや、やめておこう。さっきも言ったように戦うために来たわけでは無い。あくまで今日は挨拶さ、ここでの戦いに意味はない。君にはもっと相応しい相手がいるし、その時まで矛を交えるのはお預けにさせてもらうよ」
繰り返し男の口から呟かれる戦う気はないという言葉。
ここまで念を押して言われるのだから本当に戦う気は無いらしい。
「……そっちに戦う気がなくても、こっちには気があるとしたら?」
当然大和には戦う理由がある。
学園や周囲の大切な人に危害が及ぶ可能性があるのであれば、危険因子を排除するために彼は刀を抜く。このまま野放しにしておけばいずれ自分たちの前に明確な敵として現れるような気がする。
「おいおい、随分と物騒なことを言ってくれるな。だが残念ながら時間もない、私もそこそこ忙しい身でね。悪いけど今日はここまでにさせてもらうよ」
踵を返すと部屋の入口に向かって歩き始める。
「待て! まだこっちの質問は終わってな……」
まだ聞きたいことがあると男を引き止めようと近づこうとした刹那、大和と男との間に金属の塊が落下する。コツンと地面と触れ合った瞬間、金属を起点として周囲一帯を眩いまでの光が包み込んだ。
(っ!? これは閃光手榴弾!)
ノーモーションでの投擲に大和反応が一瞬遅れる。
仮面越しで視界が多少狭まっているとはいえ、完全に遮断されているわけでは無い。仮面の隙間から強烈なまでの光が入り込んでくると、大和視界が一気に白に染まる。
「くそっ!」
目を開いているはずなのに何も見えない。
気配は感じることからまだ近くにいるのは分かる。ただ視界が完全に遮られている以上、足音だけで相手を追うには限界があった。普段であれば眼帯をしている左眼も、仮面を装着することでより視界が狭められてしまうことから外している。
今回に関しては外すという選択は間違いだったみたいだ。
いくら人類を超越した眼を持ち合わせているとはいえ、光を喰らえば眩しくて目を開けなくなるのは必然。音だけで大体の位置は分かったとしても、先にある障害物までをも完全に把握できるわけでは無い。このまま追いかけようとしたところで、あっという間に撒かれるのがオチだ。
元々逃走計画も入念になっていたに違いない、手口が用意周到だった。
「このっ、待て!!」
「私の名前はティオだ。またの再会を心待ちにしているよ、霧夜大和くん」
名乗る声を最後に男、もといティオの気配が完全に消失する。大和視界が完全に復活した時には既にもぬけの殻状態で、自分以外の存在は何一つ無い状態だった。
「ちっ……逃したか」
逆探知出来ない以上、この広大なIS学園の土地から奴の位置を完全に特定するのは難しい。
ここに奴がいたということは、学園のセキュリティ及び警備網を掻い潜ってきたことになる。つまり逃走もお手の物というわけだ。
今更増援を呼んだところで、まんまと逃げ切られる結末が分かる。
(ティオって言ったか……仮面を被っているにも関わらず、アイツは俺だと特定した)
仮面を被っている上に変声機で声を変えているにも関わらず、自身の正体が筒抜けだったことに引っ掛かる。ISを動かせる男性操縦者の一人だ、その気になればすぐに顔まで特定出来るだろう。
問題なのはどうして顔を完全に隠した状態にもかかわらず、大和だと特定出来たのかだ。
(アイツは俺の家系を……いや、それとも俺の生い立ちも知っているのか?)
可能性としては十分に考えられる。
大和が霧夜家の護衛一家の一員であることと、遺伝子強化試験体として育てられた過去については、そう簡単に外部に漏れるような情報では無い。大和過去を知る人物は決して多いわけでは無く、仮に漏洩したとしても経路は限られてくる。誰が秘密裏に情報を流したのか、それとも偶々流れてしまったのか、真実は誰にも分からない。
(いや、待てよ? 確かプライドも俺が霧夜家の当主だって知っていたな……つまり奴らは最初から俺のことを?)
以前あったプライドも今回のティオにしても大和が霧夜家の当主であることを知っていた。つまりは一定以上の情報を持ち合わせていることになる。
どちらにしても今後厄介な相手になりうる雰囲気は十分に感じることが出来たわけだし、これからは今まで以上に気を張っていく必要が出てくるだろう。
(……今は気にしている場合じゃ無い。それよりやることがある)
気になることばかりだが、今はそちらに気を遣っている時間はない。気持ちを切り替えると、今度こそ天井に向かって高く飛び上がるのだった。