IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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閉幕

 

 

 

周囲一帯を爆発による砂埃が舞い上がる。お陰様でこの眼を持っていたとしても、視界が遮られている以上は周囲の状況を把握することは出来なかった。

 

ただ何が起きたか理解出来ている辺り、自身が爆発に飲み込まれるという最悪の事態は避けられたらしい。目を開けたら目の前に川が流れていて、木彫りの船が漂っていましたなんて正直笑えない。

 

爆発に気付いて咄嗟の判断の元、後ろへ勢いよく飛んだことが功を奏したようで、幸いなことに身体のどこかが痛いということも無かった。どうやら五体満足の状態にはある。大きなダメージもない。

 

一つ迂闊だったのは機体の胴体部分に括り付けられた爆弾を見抜くことが出来なかったことだが、地面側は俺の視線からだと完全な死角になっている。わざわざ脱ぎ捨てられた機体の死角部分を真っ先に確認するようなことはしない。

 

無論見える位置にあれば見逃すことはないんだが、音が鳴ってくれていたために、仮に死角だったとしても寸前で気付くことに成功した。

もし気付かずに滞在していたらどうなったいたのかなど想像もしたくない。

 

周囲は相変わらず砂埃に覆われているようだが、下には固い感触がある。俺は地面に仰向けに寝そべっているように倒れているのだろう。近くに何があるのか確認するために、上に向かって手を伸ばす。

 

 

ふにっ。

 

 

「ん?」

 

 

伸ばした先に触れたものは何とも形容し難い柔らかく弾力がある物体だった。どことなく生暖かいような感じがするのは気のせい……ではない、ほんのりと暖かい感触が手のひら越しに伝わってくる。

 

一体自分は何を掴んで。

 

 

ふにふにっ。

 

 

「んんっ」

 

 

どこからともなく溢れる声、どこか見覚えのある柔らかな感触。何かが目の前にあるのは事実、感触をものに例えるのならマシャマロだろうか。いや、これは肉まんやあんまんのような感触にも似ている気が。

 

感触に頭を悩ましている内に時間が経過し、ほんの少し自分の視界が開ける。

 

先に飛び込んできたのはほんのりと顔を赤らめながら俺を覗き込む楯無の姿だった。俺がさっきから右手で鷲掴みしている柔らかく、弾力のある生暖かい物体の正体は。

 

つまり、楯無の。

 

 

「なっ、たっ、楯無? お前一体何を!」

 

「こらこら、あまり喋らないの。こんなところで声を出したら皆に聞かれて正体がバレちゃうでしょ? それにちゃーんと私は大和を助けに来たんだから……だからそろそろ私の胸から手を離してくれないかしら?」

 

「え……あ、悪い」

 

 

俺の上に爆発から守るかのように覆い被さっていた楯無はくすくすと笑う。もちろん周囲に聞こえないくらいの声量で話しているため、聞こえることは万に一つも無いはず。楯無がからかうためにあえて大袈裟に言っているのかもしれない。

 

守るため、言われてみると俺と楯無の周囲を水のヴェールが囲い込んでいる。これで爆破の衝撃を吸収してくれていたのだろう。ヴェールの周囲は相変わらず砂埃で一面覆われたままで、周囲の視界は見えないまま。

 

故に外からの視界は完全に遮られている。ここには俺と楯無の二人しかいない。

 

それからぐにゃりと潰れるほど大きく存在感のあるソレ。少し恥じらいを見せながら指摘をする楯無の言葉で我に帰ると、慌てて右手を引っ込める。大きさだけで言ったら中々なもの、千尋姉には及ばなくとも……じゃなくて。

 

 

「もし大和がずっと掴んでいたいっていうなら好きにすれば良いけど」

 

「な、何言ってる。今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」

 

 

緊張しているつもりはないのに声は裏返る。

 

こんな時に言うのも何だが楯無との距離が余りにも近すぎるのも要因の一つだった。俺と楯無の顔と顔と感覚は十数センチ、互いの吐息が触れ合うほどに逼迫した距離感にある。すぐに飛び退かずに小悪魔的な笑みを浮かべながらじっと俺を見つめてくる楯無を見ていると、仮面越しとはいえ直視することが難しい。

 

初っ端楯無の胸を盛大に揉みしだいてしまったこともそうだが、それ以上に近くで見る楯無の顔がいつも以上に大人びて見えた。果たしてこんなに色っぽかったかと。距離が近いこともあって、香水や柔軟剤やシャンプーでも無い女性ならではの香りが鼻腔を刺激する。

 

 

「やん、えっち」

 

「あのなぁ」

 

 

胸元を隠す仕草に思わずため息をつくしかないが、不可抗力とはいえセクハラ紛いの行為をしてしまったことは事実。

楯無自身はさほど気にしていないように見えるものの、やっている行為を訴えられたら真っ先に監獄に入ることが出来る内容だ。

 

 

「で、どうだったの?」

 

「どう、とは?」

 

「ISスーツ越しの胸の感触は」

 

「っ!」

 

 

ド直球に質問を投げかけてくる楯無。俺がここで正直に答えたり、言葉のチョイスをミスったりしたらからかう気満々なんだろう。表情から見ても、俺が困惑する顔を見て楽しんでいるようにしか見えない。

 

顔は見えないから雰囲気か、どちらにしても何を答えたところで同じような未来しか見えない俺は既に終わっている。

 

何も言わないで沈黙を貫くのも一つの答えなんだろうけど、逆にそれはそれで気まずい雰囲気になる。多分楯無ならどの回答をしても笑ってくれそうな気はするけど果たして。

 

ほんの少し考えて俺が出した回答は。

 

 

「まぁ……助かった。ありがとう、楯無」

 

 

楯無の話の内容を強引に捻じ曲げることだった。どちらにしても俺は楯無に助けてもらったことになる。彼女が水のヴェールを展開してくれて居なかったらどうなっていたことか。

 

爆心地からの距離と爆発の威力から大事には至らなさそうな距離は取れていたものの、少なくとも無傷では済まなかった。それに一歩間違えていれば楯無も危なかったはず。命を賭して俺のことを守ってくれたことに関してはひたすらに感謝以外の感情は見当たらなかった。

 

 

「あっ、逃げたわね」

 

 

俺の曖昧すぎる、というか完全に話題転換した回答に対して楯無は逃げたとケラケラと笑う。想定通りの回答だったんだろう、やっぱりと言いたげな顔だ。

 

 

「仕方ないだろう。どう答えようがからかう気満々なのはすぐに分かるし、年頃女性の胸の感触なんて口に出して言えるものでもないんだから」

 

 

感触を聞かれたところで回答に困る、というのが率直な感想になる。そりゃ言おうと思えばどんな感じだったのかと答えることは出来る。当然、内容に関してはセンシティブな部分の話にもなってくるし、相手は付き合っているわけではない女性。

 

楯無が仮にちゃんとした回答を望もうとも、俺としては答えることは出来なかった。

 

 

「でも、悔しいなぁ。もっと慌てふためく姿が見たかったのに。何だが思った以上に冷静だったし……私だってそんなにスタイル悪くないと思うけど」

 

 

やっぱり俺の慌てふためく姿を見たかったらしい、そうは言ってもこれでも中々にドキドキしてるけどな。あくまで平静を装っているだけで、心の裏側を覗く能力があればすぐにバレる。

 

ムニムニと自分の胸を触る楯無だが、割と何気なくやっている行動自体が男にとっては直視出来ないような危険な行動だったりすることに気付いていないのか、それともわざとやっているのか。両手に収まりきらない二つの双丘はISスーツ越しでもぐにゃりと形を変える様子がハッキリと確認出来る。

 

……デカイな。

 

後半は何かをゴニョゴニョと呟いているみたいだけど、声が小さすぎて何を言っているのか聞こえなかった。

 

 

「あ、肝心なこと聞いてなかったわね。怪我はない?」

 

 

ふと本題を思い出したかのように楯無は俺の安否を再確認してくる。爆風を多少浴びたことで少し靴やズボンに汚れはついているものの、身体は至って健康体。

 

怪我らしい怪我は一つもない状態だった。

 

 

「そこは楯無がしっかりと守ってくれたからな。本当に助かった。俺が言えた義理じゃないけど、楯無もあまり無茶はしないように」

 

 

何か出来ることは無いかと右手を伸ばして楯無の頭を撫でる。現状ではこれくらいしかやれることがないけど、せめてもの俺の気持ちだ。

 

 

「んぅ。私子供じゃないけど……これはこれで癖になるわ」

 

 

楯無も満更ではなさそうだった。

 

何だろう学園に入学する前にも、飲みすぎて泣き上戸状態になった千尋姉をあやしたことがあったけど、その時も頭を撫でているんだよな。本人はクセになりそうとか言ってたけど、楯無と言っていることが全く同じだった。

 

年上年下関わらず頭を撫でられる行為が嫌じゃ無いんだろうかと考えてみるも、千冬さんの頭を撫でている自分の姿を想像してみたところでギブアップ。何一つイメージが湧かなかった。

 

それどころか頭に触れた瞬間にボコボコにされて終わる未来しか見えない。

 

別のことを考えていると不意に楯無が顔を覗き込んでくる。

 

 

「ねぇ。今別の女の人のこと考えてたでしょ?」

 

「……そんなことは無い」

 

 

どうしてこうも鋭いのだろうか。

 

顔を隠しているから表情の変化なんて分かるはずもないのに、考えていることを的確に当ててくる。纏う雰囲気から察しているのだとしても、ちょっと鋭すぎるものがあった。

 

 

「嘘、絶対考えてた。ダメよ〜? 可愛い女の子の前で別の女の子のこと考えてたりなんかしたら」

 

「……」

 

 

自分で自分のことを可愛い女の子っていうのもどうかとは思うが、そこに関しては一切否定は出来ない。間違いなく楯無は美少女に分類される。

 

人当たりの良さはもちろんのこと、場の空気をしっかりと読むことが出来るし、容姿端麗な上に文武両道。どこにそんな完璧超人がいるのかと思うレベルで多彩な才能を兼ね備えている。

 

唯一このをからかうような性格が無ければ本当の意味で完璧なんだろうけど、それでも俺はこの楯無の性格が嫌いじゃない。むしろ普段の完璧な楯無を見ているからこそのギャップのようなものを感じられた。楯無の普段見られない一面に、心の中ではクスリと笑ってしまう。

 

さて話を元に戻そう。

 

もうここでやることは終えたわけだ。これ以上ここに止まる理由はないし、残っていれば俺の正体が皆にバレる可能性もある。一刻も早くここから離脱せねば。

 

 

「悪いな楯無。本当はもっとゆっくり話していたいんだが、そろそろ砂埃も晴れる。夜、改めて時間とってもらってもいいか?」

 

「えぇ、もちろん。ならあなたの部屋に行けばいいかしら?」

 

「それでいい。じゃあ後のことは頼んだぞ……それから」

 

「?」

 

 

ゆっくりと身体を起こすと楯無の耳元に顔を近付けて、小さな声ではっきりと感謝の声を伝えた。

 

 

「―――ありがとな」

 

「っ!? あ、あなた急に何を! べ、別にそんな感謝されるようなことはしてないんだから」

 

 

耳元でそっと囁くと同時に楯無の顔が真っ赤に染まる。いつもの余裕はどこへやら、どこぞのツンデレお嬢様のようなセリフを発したと同時に俺からパッと飛び退くと、オロオロとしながら距離を取った。

 

何かあれだ、やっぱり慌てふためく楯無も悪くない。仮面の中でニヤリと笑うと楯無に背を向けた。と、同時に楯無は周囲を覆う水のヴェールを解除する。

 

 

「……また後で」

 

 

それだけ伝えると地面を蹴り、俺は会場を後にした。

 

不幸中の幸いで怪我人はゼロ、そして俺自身の正体がバレることもなく、現場から走り去る時にもうまく逃げおおせたようで追跡してくる人間は誰一人居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、いや。そうなんだけど実は色々あって……」

 

 

既に学園祭の全体プログラムは終了。

 

クラスの片付けも終わり生徒たちは皆帰路についていた。俺も自室に戻り、とある人物と電話にてやりとりをしている最中だ。

 

亡国機業の連中との戦いがひと段落して会場から離れた後、人目につかない場所で制服に着替えてクラスへと合流。今回の劇に参加しなかった生徒たちが片付けを始めていたため、そこに混ざり片付けを手伝うことに。生徒会の劇を手伝うことは事前に伝えていたため、特に怪しまれることもなかった。

 

俺がクラスに戻ってから数十分後、一夏を始めとした専用機持ちや劇に参加したクラスメートたちが戻ってくる。その中でも何人かの表情は浮かないものだった。箒とシャルロットは特に変わらず。一方でセシリアとラウラは疲労困憊で、何かに対して歯痒さすら感じる表情をしていた。

 

歯痒さを感じるのも無理はない。

 

突然現れたISに良いように牛耳られて何一つ対抗することが出来なかった上に、侵入者であるオータムを逃す羽目になったのだから。決して二人だけのせいではないとはいえ、其々に感じる責任は大きいものがある。

 

だが少なくとも今回の件でオータムのISである『アラクネ』は大破、コアこそ残っているものの、元通り修復しようとするには時間が掛かるはず。そう考えると近いうちにオータムが襲ってくる可能性は限りなく低い。

 

今回の戦いの全てが無意味なものであるかと言われればそうではない、確実に亡国機業に対しての牽制の役割は果たしていた。

 

 

「そうそう。裏で動いてる勢力が多くて気を緩められないってのが本音かな」

 

 

加えてオータムの救援で現れた襲撃者。二人は同じ組織に所属しているものと見て間違いはなさそうだ。

 

彼女の実力もまた抜きん出ているものがある。正面からまともに当たれば、大損害は免れない。今回に関しては相手がこっちを見下していたからこそ、こちら側にも付け入る隙があった。だから生身の俺でもあそこまで戦うことが出来たが、認識を改めた次回からはそう簡単に行かないはず。

 

また次回に関しては俺のISのメンテナンスも終わっているだろうし、少なくとも生身で戦うようなことにはならない。今回に関してはメンテナンスが被ってしまったことに対するイレギュラーであって、生身でISに立ち向かうことが常ではない。

 

武装もしない状態で戦うということは、攻撃が当たれば大ダメージは免れないということ。ISの全力の攻撃が万が一直撃しようものなら、俺の身体など一瞬ではじけ飛ぶ。

 

 

「さぁ、どうだろう。この近くにはもう居ないみたいだし、後追いしても無駄な気もするけど」

 

 

尚、俺がどこで何をしていたのかは特に言及されることは無かった。

 

実際、劇を運営する上での裏方作業こそ手伝っているものの、表向きには俺は今回の作戦に参加しないということになっている。厳密には参加させられなかったというのが正しいか。専用機の不死鳥は臨時のメンテナンスで千冬さんに預けている。

 

もし今回の作戦に参加するということであれば、訓練機用のISを借りるか、もしくは生身の状態で戦わなければならない。一般常識で考えて後者は問題外、となると前者が現実的ではあるが緊急時における打鉄の貸出は原則行なっていない。

 

つまり戦う術を持ち合わせていないことになる。

 

この学校に所属する生徒が刀両手にISへ立ち向かうなんて考える人間はいない。現に誰かがISと生身で交戦している風景は作戦に参加している専用機持ちたちの何人かは見ているだろうが、俺が戦っていると確信を持って断言されることはない。

 

状況証拠もなければ物的証拠も無い以上、俺がやったと断定出来るものは何もないのだから。精々学園側が雇っている誰かが助太刀に来てくれたのか、くらいで終わるはずだ。

 

俺の正体がバレないように楯無や千冬さんも協力してくれているし、自分なら口を割らない以上、基本的にはバレる心配は無い。付近で俺の正体を怪しんでいる人間も何人かいるが、断定できないように証拠は消している。

 

が、油断は禁物。

 

うっかりバレてしまいました、だけは防がなければならない。くれぐれも用心するようにしよう。

 

 

「そういうことだからこっちは大丈夫。多少無茶はしたけど特に怪我はないし、大きな被害も出てないから」

 

『ホント? 大和がそう言うのなら大丈夫なんでしょうけど……いや、逆に大和だから安心出来ないわ。大丈夫じゃないのに大丈夫って言うくらいだもの』

 

 

電話口から聞こえてくるのは俺の義姉である千尋姉の声だった。どこに行っても俺が言われることは同じなようで、あなたが大丈夫と言うことに関しては大体大丈夫じゃないと言い張る。

 

信頼はされているけど信用はされてないっていうのはまさにこのことか。電話越しでもジト目をしている千尋姉の表情が容易に想像することが出来た。

 

 

「こ、今回に関してはマジで大丈夫だって。本当に怪我はしてないし、俺は至って元気だから」

 

『どうかしら。前も大丈夫とか言っておいて帰ってきたら左眼を怪我してるんですもの。信用しろって言われてもねー』

 

 

千尋姉の言うこともごもっとも。

 

以前俺が左眼を怪我した時も、電話では大したことないから大丈夫だと伝えて帰宅したら、眼帯姿の俺に会った瞬間ギャン泣き。

泣き止んだと思ったら今度は凄まじいまでのドス黒い感情を微塵も隠さずに、俺の怪我の要因となった人物に日本刀片手にカチコミを掛けようとしていたくらいだ。

 

その迫力がまた半端なかった。

 

普段ニコニコと笑っている人ほど怒らせたら怖いなんて言うけど、まさにそれを体現するレベル。一国を本気で潰しかねないレベルで怒りに満ちた姉を止めるのには相当な苦労をしたとだけ伝えておこう。

 

可愛らしい見た目とは裏腹に持っている能力は桁違いなものがあるし、本気になれば国一つくらいだったら簡単に潰してみせそうだ。

 

 

「ははは……これに関しては何も言えねぇわ」

 

『当たり前でしょ。本当に大和ってちっちゃい時から無茶するところは変わらないわよねー。事が起きるたびに毎回毎回冷や冷やものよ』

 

 

今回に関しては本当の本当に怪我をしていないにも関わらず、日頃やらかしまくっていることから信用は全く無いも同然。もはや笑って誤魔化す事しか出来なかった。

 

話が右往左往して脱線しているが、電話の内容は今回の報告について。

 

学園の機密情報を含んでいるために全てを報告することは出来ないが、簡単な事後報告だけを伝えていく。前線を退いているとはいえまだまだ護衛としての仕事はしているし、俺にとっては紛れもない尊敬出来る当主としての先輩になる。

 

分からないことがあればアドバイスを聞くこともあるし、切っても切れないような関係になっているのは事実だった。

 

と、もう一つ別で聞きたいことがあったんだ、このままだと肝心なことを聞けずに終わってしまう。

 

 

「そうだ。話題変わって申し訳ないんだけど、一つ聞きたいことがあったんだ。俺の生い立ちに関して知っている人間って千尋姉が思いつく範囲で誰が思いつく?」

 

『どうしたの急に、あなたがそんなことを気にするなんて珍しいわね。何かあったの?』

 

「あぁ、実は今日矛を交えた相手が俺の名前を知っててさ。それに俺の左眼をこんなことにした相手とも同じ組織に所属しているみたい『何ですって……』ちょっ、ちょっと千尋姉落ち着けって!」

 

 

俺の左眼を潰したのはプライドだ。そのプライドが所属している組織が今日遭遇したティオと名乗る男と同じだったと伝えた瞬間に、電話越しに千尋姉の声のトーンと優しい温度が一気に下がるのを感じた俺は慌てて千尋姉を止める。

 

電話越しに伝わってくる冷静ながらも絶対零度のような冷たい声質と明らかな怒り。はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。もし顔を合わせていたとしたら一般人なら腰を抜かして立ち上がれなくなるほどだろう、心の底からの怒りが確かに伝わってきた。このまま放っておいたら地の果てまで追いかけかねないと察し、大炎上する前に何とか落ち着かせようとする。

 

それは個人の身勝手な怒りではなく、俺のことを本気で心配しているからこそなのはすぐに分かる。

 

千尋姉は身勝手な理由で人を傷つけることを何よりも嫌う。当然だが千尋姉も自分勝手な理由で人を騙したり傷つけることは絶対にしない。だからこそ自分自身の勝手な都合で暴力をふるい、自身の大切に想う身内を傷つけられて怒るのは当然の話だった。

 

 

俺が仮に千尋姉と同じ立場にいたとしたら同様の反応をしているかもしれない。

 

 

『……ごめんなさい。続けて』

 

 

俺の言葉に冷静さを取り戻して爆発炎上までは避けることが出来たようだ。とはいえ間違いなく機嫌はよろしくない。言葉を間違えたらそれこそもう取り返しがつかなくなる。

 

一回落ち着けているから大丈夫だとは思うが、あまり刺激するような言葉は控えようと気を遣いながら言葉を続ける。

 

この話題をしたらプライドの話に触れる可能性もあった、少し迂闊だったかもしれない。少し簡潔にして伝えることにしよう。

 

 

「簡潔に纏めると、俺が会ったこともない人間が俺の名前を知っていた。俺自身は仮面をつけていて顔が見えないのに、霧夜大和だと断定しやがった。だからどこかから情報が漏れたんじゃないかと思ったんだけど、千尋姉は何か知らないって話だよ」

 

『なるほど、ね』

 

 

俺が言い終えた後、電話口で少し考え込む。もしかして独自で知っていることが何かあるのだろうか。それが分かれば奴らの組織のことが少し分かるかもしれない。

 

ティオは組織の目的を()()()()()()()()だと言った。当たり前だがこれだけでは抽象的過ぎて何をしたいのか丸っきり分からない。もし俺の情報の発信先を特定できれば、そこから何か組織の情報を得ることが出来ると判断した。

 

 

『正直、どうして相手が大和の名前を知っていたのかと言われたら分からないわ。でも……』

 

 

千尋姉も何故ティオが俺の名前を知っていたのかは分からないと答える。が、問題なのはその後だ。含みを持たせる反応を見る限りこの話には続きがあると暗に匂わせているようにも見えた。

 

続く言葉を待つ。

 

 

『でももし、その相手がかつて大和と同じ環境にいたか、もしくはあの研究に携わっている関係者だったとしたら話は別よ。大和の身元を引き受けるときに私の個人情報は照会しているし、研究の関係者だったとしたらその書類から足取りを辿ることも出来るわ』

 

 

ある程度予想が出来た回答ではあるが、やはりそうかといった回答が千尋姉の口から伝えられる。

 

辿り着くのはあの忌まわしき環境と研究。

 

国力の強化のために生み出された人間兵器。一つ一つの個体が持つ戦闘力は、たった一人で国一つを滅ぼすほど強大なものだ。最終的に研究は頓挫。生み出された成功体は危険因子として捨てられた。成功までに犠牲になったいくつもの試験体のことを考えると複雑な気分になる。

 

俺はこうして生きている。でも成功体全員が俺と同じように恵まれた環境に拾われたかどうかなんて分からない。覚えているのは自分以外にも何体かの成功体がいたことだけで、その後の所存がどうなったかなど足取りを掴むことは出来ていない。

 

仮に成功体、もしくは関係者の中に今の俺を知っている人間がいたとしたら。

 

 

「……」

 

 

ティオだけではない、喫茶店で襲撃があった際に居たあの遺伝子強化試験体。逃走した後の消息は不明で特にニュースでクローズアップされることも無ければ、詳しく語られることは無かった。

 

ただあの試験体も仮に奴らの仲間だったとしたら。

 

そして自分たちのような人間を生み出したことに対する全世界に対する復讐。それに伴う優れた遺伝子を持つ人間が牛耳る世界の創造を画策していると仮定したら。

 

たらればで物事を語ったところで仕方ないけど、十分に考えられる可能性だ。

 

 

『大和の話を聞く限り、もしも一箇所に遺伝子強化試験体が集まっているとしたら危険ね。正しい力の使い方を理解している子だったら大丈夫だけど、仮に抑えの効かない子たちで、暴動でも起こされたら歯止めが効かなくなる』

 

「うん、俺も今その可能性を想定していた」

 

 

そもそも生き残りが何人いるのかも分からない。

 

あの研究で生み出された試験体が複数人いて、同一箇所に集結していたらかなり危険な勢力になる。今後もあの男の勢力の動向には注意した方が良さそうだ。下手すれば世界のパワーバランスが傾くかもしれない。

 

 

『私の方でも情報収集はしてみる。その話が事実だったとしたら残されている時間は長くない。そして狙われる可能性がある場所といったら……分かるわよね?』

 

「あぁ、ここ(IS学園)だろうな」

 

 

各国の専用機持ちたち、及び複数のISが保管されているIS学園が今後狙われる可能性は十分に考えられる。IS学園を手中に収めれば保管されているISは思いのままだ。

 

そこから先何が起こるかなど想像は容易い。

 

 

『えぇ、その可能性は高いと思うわ。とにかく今出来ることは限られるけど、しっかりと対策はしておきなさい。協定を結んでいる更識家なんかはウチなんかよりかなり情報を持っているはずだしね』

 

 

相手に動きが見えないこちらとしても出来ることは限られる。とはいえ何の対策もしないのとするのでは結果は大きく変わってくるかもしれない。

サラリと更識家のことに触れる千尋姉だが言っていることはもっともで、情報収集能力に関しては裏側の世界でも右に出る組織はそう見当たらない。

 

 

「あぁ、そうするよ」

 

 

頼れる相手がいる内は頼れる部分は頼ろう。一人で闇雲に調べたところで限界がある。

 

霧夜家はどちらかと言えば戦闘力に秀でた一族で、更識家は情報力に秀でた一族だ。これからもそれぞれのいい部分を互いに補っていければいいと心から思うばかり。

 

 

「……ところで、千尋姉は落ち着いた?」

 

 

話が落ち着いたタイミングで一呼吸入れるべく今の様子を伺う。話している限りは時間経過とともに落ち着いていっているようだったけど果たして。

 

 

『おかげさまでね。少し話していたら多少気は紛れたわ。もちろん大和に怪我を負わせた連中を許すことなんて絶対に出来ないけど』

 

「そうか、そりゃそうだよな」

 

『当たり前でしょ。仮に大和が許したとしても私が許しません!』

 

 

さっきの雰囲気に比べると随分柔和な雰囲気に戻り、軽口を叩く余裕が出て来たようだった。ぷんぷんと頬を膨らませるような怒り方が出来るようになっている状況から察するに、一番まずい状態は抜けているらしい。

 

あまり引き摺られても困るけど、千尋姉の前ではこの手の話を出さない方が身のためかもしれない。

 

 

『あなたは私の大切な義弟だもの。そ、それに……』

 

 

と、途中まで言いかけたところで不意に千尋姉は口籠る。何故このタイミングで? と思いつつも続く言葉を促した。

 

 

「それに?」

 

『あ……う、その……大和はた、大切なその……こ、こいびとだから』

 

「……」

 

『う、うぅ〜!』

 

 

電話越しに上擦った声でポツポツと想いを伝えてくる。

 

最終的には恥ずかしさから唸って、顔を赤面させながら悶えている様子が何となく伝わってくる。ただ今の感じを見る限り、勝手に自爆した感は否めない。俺が言えと伝えた訳ではないし、千尋姉の方から言い始めたことだから俺は悪くない。

 

うん、悪くない。

 

あの日以来、何かが変わったかと言われれば特に何かが大きく変わったわけではない。互いに会う機会が増えたわけでも、会話の機会が増えたわけでもない。

 

でもこうして『恋人』という単語を口に出すとたまらなく恥ずかしくなる千尋姉に、そんな彼女を姉としてではなく一人の女性として可愛らしく思ってしまう自分がいる。俺たちの関係は間違いなく変わっていた。

 

漫画の中だけの世界だと思っていたこの関係。鏡ナギという勿体無いくらいに素敵な彼女がいるにも関わらず、自分の姉とも共にこれからを歩んで行くと決意をした。当然バレれば世間からの風当たりは強くなるだろう。最終的に婚姻関係を結べるのは一人だけ、日本という枠組みにいる以上複数人のパートナーを選ぶことは出来ない。

 

それでも千尋姉は俺について来てくれると言ってくれた。

 

そして俺は千尋姉の想いを受け止めることにした。

 

 

うん……あれだ、やっぱり可愛いな千尋姉って。目の前でやられたら人目を憚らず抱きしめたいくらいに。

 

 

『何で私ばっかりこんな恥ずかしい思いしてるのよ! 大和も大和で少しは恥ずかしがりなさいよぉ!』

 

「いや、これでも結構恥ずかしがってるんだよ。電話越しとは言っても、こうしてはっきりと想いを口にしてくれるとさ」

 

『ずるいずるい! 私だけこんな恥ずかしいなんてずるだよ! ぶーぶー!』

 

 

俺の姉がこんなに可愛いはずがない。

 

本人に聞いたら初恋の相手がそもそも俺だったようで、知り合いには見向きもしなかったそうだ。並外れた美貌に抜群のプロポーション、誰とでも分け隔てなく付き合える人当たりのいい性格故に、学年問わず男性ファンも多く、告白なんかは日常茶飯事。

 

一度大量のラブレターを持って帰宅したことがあったが、本人は恋愛に関しては無関心。故に年齢に反して恋愛経験は全くのゼロ。普段の仕事に関してはこれ以上ないほどに頼りになる先輩だが、恋愛に関しては威厳もへったくれもない、年上の余裕はどこへやら。

 

反応が初々しいというか、もうなんか言葉に表現出来ないレベルで可愛い。よくよく想像してみて欲しい、自分より年上の恋愛慣れしていない美人な女性が顔を赤らめている様を。

 

こう、ぐっとくるものがあるはずだ。

 

 

そりゃ俺だって恥ずかしくないわけがない。極めて冷静を装っているものの、顔の表面温度が上昇しているのがよく分かった。

 

自分で言って自分で悶えている姉。所々声が途切れていることから恥ずかしさのあまり自分のベッドでゴロゴロと唸っているに違いない。そんな大切な彼女の様子を想像しながら開き直りの意味も込めてケラケラと笑ってみせる。

 

 

『う〜……も、もう! この話は終わり! このままじゃ私からの話が出来ないからダメ! 閉廷っ!』

 

「えぇ……」

 

 

捲し立てたかと思えば強引に話を終わりにした。混乱する姿を電話越しに想像するのも面白いが、からかいすぎると後々が怖い。とにかく千尋姉から話があるみたいだしそっちをまず聞くことにしよう。

 

 

「それで、話ってのは何?」

 

『昨日だったかな。本家の方から連絡があったことなんだけど……書類はっと』

 

 

ガサガサと近くにある書類を漁っている様子が伝わってきた。本家という単語から何となく総本山……つまりは霧夜家の実家から連絡事項があったものと思われる。

 

俺と千尋姉が住んでいるのは実家から離れた場所に購入した一軒家で、住んでいる家が総本山になるわけではない。携帯へのメールや自宅へのFAXなど、連絡手段は様々だが不定期的に実家から連絡が来ることがある。

 

時々で連絡手段は異なるが、今回は自宅の方にFAXが届いたらしい。自身の携帯にはメールが受信されていないことは電話をする前に確認している。昨日も知り合いからのメール以外は届いていないし、どうやらFAXのみの連絡だったみたいだ。

 

 

『あったあった。えっと、まず大和に結論だけ話すんだけど……』

 

「うん」

 

 

書類を見つけた千尋姉が口を開き、俺は話の内容に耳を傾ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――来週、丸々一週間学校休める?』

 

「うん、うん? ……はい?」

 

 

開口早々、首を傾げるしかなかった。


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