IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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新しい門出

「皆さん、先日の学園祭ではお疲れ様でした。それではこれより投票結果の発表を開始いたします」

 

 

学園の翌日。

 

生徒たちは全校集会のために体育館に集められていた。今日は待ちに待った一夏争奪戦の結果発表だ。会場に集められた段階で、周囲の生徒たちはそわそわと落ち着きを隠さずにいた。今回の結果で一夏がどの部活に所属するかが決まるのだ、それも当然と言えよう。

 

既にステージの上には楯無が立ち、今回の学園祭での集計結果を取りまとめた紙を手に持っている。あの紙に結果が書いてある、水を打ったように静まり返る体育館ではあるが静寂の中にもどこか異様な雰囲気を漂わせていた。

 

各部活はこぞって一夏を引き入れようと奮闘。テンションの低い生徒はおそらく今回の催し物の結果があまり芳しくなかったのかもしれない。お祭り好きの生徒たちが一様に沈黙している。

 

嵐の前の静かさとでも言うのか、結果如何によってはリアルに暴動でも起きるんじゃないかと思うほどだった。

 

幸いなことに俺はこれからも生徒会に協力するという名目で争奪戦には含まれていない。だからどれだけ優れた成績を残そうとも、俺自身がどこかの部活に所属するということは無いが、一般の生徒たちにはこの情報は伝えられていない。

 

 

「さて、皆はどんな反応をするのかね」

 

 

ちなみにここだけの話、既に投票結果を知っている俺としては何とも言えない気持ちになっている。何なら開票も楯無に手伝わされ、全ての集計も俺がまとめていた。本来であれば全て生徒会の仕事のはずなのに、一般生徒の俺が開票の手伝いをしている、明らかに不自然な光景だ。

 

全校生徒の投票から有効投票と無効投票を切り分け、有効票だけを各クラブごとに取りまとめて一覧化。表を作って投票数の多いクラブを順位付けして上位から昇順で並べた。無効票は所謂無記名、指定された数以上の投票、一人で複数の投票を行った場合、またそれが目視で確認出来た場合、全て無効票としてカウントしている。ズルをしたところで誤魔化せないために、無効票の数は全体を見てもそこまで多くはなかった。

 

そもそも生徒会所属でもない俺が開票を手伝うことになった理由。

 

純粋に生徒会のメンバーの数が少なく、普段の業務と並行して開票結果を取りまとめなければならなかったからだ。一人一人の業務量が増えすぎてしまい、回らなくなってしまったことで俺に白羽の矢が立った。

 

 

「全く、開票を人に手伝わせるのならもっとメンバーを募集すればいいのに」

 

 

根気のある作業を手伝ったことで思わずため息が溢れる。俺が認知している範囲で生徒会の主要メンバーは会長の楯無、うちのクラスにいる布仏と彼女のお姉さんの三人だけだ。

 

むしろ今までどうやって業務を回してきたのか気になるところ。布仏とかほとんど寝ているかお菓子を食べているだけって自分で言ってるし、実務としては楯無と布仏のお姉さん……いや、何だかんだ楯無も色々なところに出回っているから、現実は布仏のお姉さんが一人で業務を回している姿が想像出来た。

 

逆に今までの業務をミスなく回していた布仏のお姉さんを讃えるべきか、素直に凄い以外の言葉が見当たらない。

 

昨日の夕食後、部屋に戻った俺に楯無は開口早々「開票手伝って〜」と泣きついてくるものだから断るに断れず渋々手伝ったわけだが、最終的に報酬は私とかふざけたことを言い出したので、とりあえずデコピンを食らわせといた。

 

頭を押さえながら半泣きで睨む楯無も中々に可愛かったとだけつたえておく。

 

 

と、そんな背景が今日を迎えるまでにあったわけだが、今は目の前の投票結果を聞くとしよう。

 

楯無が手元の紙を開くとじっと一点を見つめたまま、しばらく間を取る。結果待ちをしている生徒たちからすればこの時間がとてつもなく長く感じるに違いない。

 

ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえるような気がした。

 

 

「一位は生徒会主催の観客参加型劇『シンデレラ』!」

 

「「えっ……」」

 

 

まさかの投票結果に体育館にいる生徒たちの声がハモる。考えていることは皆同じのようで、全く予想だにしない結果を聞かされたことで頭の中がフリーズしてしまっている。

 

水面から餌を求める魚のようにポカンと口を開ける生徒たち。ある意味この反応も想定内のために驚くことはなかった。普通に考えれば一夏争奪戦の企画元である生徒会の出し物が一位になるだなんて思いもしないだろう。

 

楯無の口から告げられる結果に大体の生徒が驚きを隠さないでいる中で、何人かは結果は分かっていたと言わんばかりの反応を見せる。

 

まずはラウラ。

 

結果に対して大きくため息を吐くと、やっぱりかと言わんばかりの呆れた表情を浮かべている。頭の回転の速さと洞察力は流石と言ったところか、この企画自体に裏があると最初から気付いていた節さえ感じられた。

 

次にナギ。

 

苦笑いを浮かべながら、これまたラウラと同じようにそうだよねと言いたげな表情を浮かべており、楯無の企画したことだから何かがあると最初から感じていたようだ。

 

数秒の沈黙の後、体育館は大ブーイングに包まれた。

 

 

「卑怯よ! ずるい! イカサマ!」

 

「なんで生徒会なのよ! おかしいわよ!」

 

「私たちがんばったのに!」

 

 

次々に飛び交うクレームの数々。

 

そりゃそうだ、今回のメイン企画のためにどれだけ準備を重ねていたのかを考えれば、この開票結果に納得が行くわけもない。加えて一夏争奪戦を企画した生徒会が何故か優勝している。生徒会の権力を使ってイカサマをしたのではないかと思われても仕方が無かった。

 

体育館の至るところで上がる不満の声やクレームを壇上に立つ楯無は分かっていると言わんばかりの表情で一望すると、まぁまぁと手で制しながら話を続ける。

 

 

「劇の参加条件は『生徒会に投票すること』よ。でも私たちは決して劇への参加を強制したわけではないのだから、立派な民意と言えるわね」

 

 

そう、この話の落とし所は楯無の言うようにそこにある。これが参加を強制したのであれば大問題となるが、あくまで劇への参加は任意であり、参加したい生徒だけが参加をして欲しいと事前にアナウンスしていた。

 

そして参加を決意したのは他でもない生徒たち各々の自己判断だ。ただ参加をする代わりに、生徒会への投票を義務付ける。立派な等価交換であり、筋はしっかりと通っていた。

 

一夏の王冠を手に入れた生徒には一夏、もしくは俺と同室に住む権利が与えられるといった景品をだしに生徒たちの参加を促す。クラスメートならまだしも、他のクラスや他学年にもなれば俺や一夏との接点は少なくなる。少しでも男子生徒と距離をつめておきたい、と考えている生徒たちは想像以上に大多数を占めるようだ。

 

そうなればこれはチャンスと見て勝手に数多くの参加者たちが集まってくる。参加者が増えれば増えるほど、生徒会への投票数も自ずと増える。まとめて集計したところ、全校生徒の過半数以上が生徒会に投票していたことが分かった。

 

過半数を超えてしまった以上、何をしたところで他のクラブ活動に勝ち目がない事は明白。よく言えば生徒たちの心理を上手く利用した作戦、悪く言えば出来レースだった。つまりほとんどの生徒は楯無の手のひらの上で踊らされていたことになる。

 

楯無の言葉に対して一瞬黙り込む生徒たちだったが、やはり腹の虫が収まらないのか、未だに至る所で不満の声が吹き出している。

 

 

納得しないことも想定内だと、落ち着いた雰囲気のまま更に言葉を続けた。

 

 

「はい、皆ちょっと落ち着いて。()()()()()()()になった織斑一夏くんは適宜各部活動に派遣します。男子なので大会参加は出来ませんが、それ以外であれば普通の部員のように扱ってくれて構いません。それらの申請書は、生徒会に提出するようお願いします」

 

 

一夏を固定の部活に所属をさせる事はできないが、あくまで生徒会から派遣する一時入部のような形であれば認めると楯無は宣言する。するとどうだろう、先ほどまで各所から上がっていたブーイングは一斉に止まったではないか。

 

一方で生徒会に所属するなんて話は聞いていないのだろう、近くにいる一夏は唖然とした表情のままステージを見つめていた。見方を変えれば生徒会も学園内に存在する部活動の一環とも捉えられる。優勝が生徒会となれば、一夏は強制的に生徒会に入ることになる。

 

当然、そんな中一夏の生徒会への入部を快く思わない一夏ラバーズたちがいる。

 

 

「ぐぬぬっ……」

 

 

箒が。

 

 

「むむむっ!」

 

 

セシリアが。

 

 

「あは、あはははっ! 嘘だ!」

 

 

鈴が。

 

 

「……」

 

 

シャルロットが。

 

 

皆様々な反応を見せてくれる。キャラがぶっ壊れているのが一人いるけど、そこは気にしてはならない。

 

理由は一緒にいる時間が減るからだろう。ただでさえ、楯無が一夏の特訓を担当することになって以前よりも話す時間や共にいる時間が減っているというのに、まだ減らすのかとでも言いたげだ。

 

しかし他の生徒たちからしてみれば、楯無の提案は非常に魅力的なものとなっていた。特に今回全く勝ち目がなかったクラブや部活動からしてみれば、楯無の提案はタナボタ同然。

 

特に苦労をせずとも、一夏の派遣の権利を申請書一つで得ることが出来る。こんな僥倖は願ってもいなかったに違いない。

 

 

「ま、まぁそれならいいわ……」

 

「し、仕方ないわね。納得してあげましょう」

 

「うちの部活勝ち目なんて到底なかったし、これはタナボタね! ラッキー!」

 

 

各所から納得する声が上がり始める。

 

一夏の意志は完全無視な状態だが、これは大丈夫なんだろうか。一旦は落ち着きを見せる体育館だが、もちろんこれで終わりなわけがない。

 

解決したのは一夏の身の振り先であって、ここまで一切触れられていない存在がある。

 

 

「ねぇ待って! 霧夜くんってどうなるの?」

 

 

誰かの一声で話題が俺へと向く。

 

一夏争奪戦を発表した全体朝礼でも俺の名前が出ることはなかった。中には何故俺の名前が呼ばれなかったのだろうと疑問に思う生徒たちがいるのも事実。

 

俺の立ち位置はどうなっているのか、少なくともどこの部活にも所属していないフリーな状態にある。

 

 

「そうよ! 霧夜くんは? 派遣してくれないの!」

 

「生徒会長! どうなってるんですか!」

 

「まさか生徒会で抱え込んでいるとか!? それこそ横暴よー!」

 

 

話題転換されたことで体育館内は再び喧騒に包まれる。あぁ、結局こうなるのかと考えると頭が痛くなってきた。

 

でも楯無のことだ、こんなイレギュラーにも対応出来る回答はきっと用意してきているはず。

 

 

「はいはい、静かに。霧夜大和くんに関しては既に生徒会に所属している身です。彼に任せている業務も多く、部活動への派遣まで任せたら身体に負荷が掛かってしまいます。ですので、派遣することは出来ません」

 

 

ん、あれ? ちょっと待て。

 

俺はいつから生徒会に入ったことになったんだ?

 

楯無の返しが斜め上のものだったため一瞬思考が停止するも、よくよく考えたらおかしくないかと疑問が浮かび上がる。この楯無の回答にはラウラやナギも予想外だったようで、驚いた表情を浮かべながら俺の方を振り向いた。

 

ラウラに関しては泣きそうな顔になってる。体感的に兄を生徒会に取られたとでも思っているのか、一夏ラバーズと同様に一緒にいる時間が減ってしまったからといった理由ではないことを切に願うばかり。

 

当たり前だが俺が知らないうちに生徒会に取り込まれていた事実など、全校生徒の誰もが知る由はない。俺にとっても衝撃の事実に会場は再び喧騒に包まれた。

 

 

「そんなぁ!」

 

「い、いつの間に生徒会が……」

 

「ていうかその業務って何! 私で良かったら変わるから部活に来てよぉ!」

 

 

本来であれば静かに行うはずの朝礼も、楯無の爆弾投下により騒がしいものへと変化する。わーわーと騒ぎ立てる様子をどこか楽しそうに楯無は見つめていた。

 

やがて俺と視線が合うとイタズラっぽくウィンクを飛ばしてくるが、まるでゴメンねとでも言いたげな表情に見える。

 

こうして知らぬところで生徒会への入会が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェ! 一体どういうことだよ!? あんなまがいもん渡しやがって!」

 

 

とある高層マンションの最上階。

 

豪華絢爛の言葉が相応しい室内で、雰囲気としては相応しくない怒号が響き渡った。室内着に着替えたオータムが怒りの形相のまま、一人の少女へと詰め寄っている。

 

年齢にして十五、十六歳くらいだろうか。明らかに中学生程の年齢に見えるにも関わらず、彼女の周囲を纏う雰囲気は冷徹そのものだった。オータムから向けられる怒りに対して表情一つ崩さず、むしろ余裕さえ感じられる。

 

その生意気な態度がオータムの怒りを増幅させる。任務遂行のために渡された剥離剤が欠陥品だった上に、当初の目的である白式を奪うことも出来ず、専用機であるアラクネを大破させられて自分は敗走。相性や機体の特性を把握しきれていなかったとはいえ、負けた事は事実。

 

彼女は顔に泥を塗られただけではなく、プライドすらも傷付けられ、その上に自らを実験的に使われたことに対する怒りを鎮めることが出来なかった。

 

許すことなど出来るはずもない。少女に詰め寄ると肩を握り、後方にある壁へと勢い良く叩き付ける。

 

 

「なんとかいえよ、ガキ! あぁ!?」

 

「……」

 

「このくそガキ! その顔切り刻んでやる!」

 

 

ふっと嘲笑を浮かべる少女。下に見られた、馬鹿にされたと判断したオータムの堪忍袋の尾が切れた。

 

足に備え付けられているホルスターからアーマーナイフを取り出すと、矛先を躊躇なく少女へと向ける。

 

 

「やめなさいオータム。うるさいわよ」

 

 

ナイフを振り上げた刹那、オータムの背後からバスローブに身を包んだ妙齢の女性が現れる。

 

浮世離れした美貌。まさにそう表現できるほどの抜群なスタイルと、キラキラと金色に輝く髪にバスローブから覗くスラリと伸びた両脚。少女やオータムに比べると、幾分落ち着いた大人の雰囲気を纏い、極めて冷静に諭していく。

 

声の元を振り向くと、オータムは悔しそうな表情を浮かべながらその女性の名を呼んだ。

 

 

「スコール……!」

 

「怒ってばかりいると皺が増えるわよ。少し落ち着きなさい」

 

 

スコールと呼ばれた女性はそのまま近くにあるソファへと腰掛ける。腰掛けることを確認すると、オータムは更に言葉を続けた。

 

 

「お前は……知っていたのか? こうなることを」

 

「えぇ。なんとなくはね」

 

「だったらどうして私に言わない! 私は……私はお前の!」

 

「分かっている、ちゃんと分かっているわ。あなたは私の大切な恋人だもの。忘れるわけがないわ」

 

 

目を見ながらスコールは自身の声を伝えると、オータムは顔を赤らめて振り上げたナイフを地面に落とす。

 

 

「わ、分かっているなら良い……」

 

 

先ほどまでの怒りは何処へやら。とても目の前の少女に怒り狂っていた人物と同一人物とは思えなかった。

顔を赤らめる様は初恋に緊張する年頃の女の子のよう。あまりにも正反対の態度に少女は呆れた表情を浮かべるも、その様子すら今のオータムには見えていない。

 

もう彼女の目にはスコールしか見えていなかった。

 

 

「おいでなさいオータム。今日は疲れたでしょう、髪を洗ってあげるわ」

 

「あ、あぁ……」

 

「ふふっ、素直な良い子ね。先にシャワーに入っていて頂戴。私もすぐに向かうわ」

 

 

スコールの言葉にこくりと頷くと、オータムは背後にあるシャワールームへと向かう。シャワールームに入り、扉が閉まったことを確認すると、スコールは別の人物の名を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ティオ、いるんでしょ。隠れていないで出て来なさい」

 

「おや、気付いてましたか。少しばかり上手く隠れられていたと思ったのですが、流石スコールですね」

 

「あんなに存在感を漂わせておいて隠れる気があるのかしら。騙せられる人間なんて、今のオータムくらいよ。ところで何か話があるんじゃなくて? いくら好きに任せているとは言っても、今日の報告くらいはして欲しいものだわ」

 

「これは手厳しい。元よりそのつもりでここに来たんです、ご安心を」

 

 

入り口近くの柱から姿を現したのはティオと呼ばれた男性だった。

 

他でもないIS学園で大和と邂逅した正体不明の人物であり、相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま室内へと入室してくる。

 

 

「最近はジメジメとした室内ばかりで仕事をしていたからね。やはり外の空気はいい。年甲斐もなく感動してしまったよ」

 

 

ティオは嬉々とした様子で語り始める。今日の報告をしてほしいとスコールには言われているにも関わらず、彼の口から出て来たのは世間話だった。

 

彼としては前置きを入れたんだろうが、スコールはまた始まったわとため息をつく。くだらない世間話を入れてくる理由は何なんだろうか、こちらとしてはさっさと今日の報告をして欲しいだけなのに。

 

反応としては苛立つ、というより呆れるといった表現が正しいかもしれない。

 

 

「ティオ、それが今日の報告なの?」

 

「まぁまぁそう言わずに、前提は重要だからね。本題は今から話そうとしていたところさ」

 

「そう。それであなたのお目当ての人物には会えたのかしら」

 

 

このままでは話が長くなると判断したスコールは、当初の目的であったとある人物との接触に成功したのかどうかを確認する。

 

彼女の声掛けに自然と回答は弾んでいた。

 

 

「いやはや想像以上の人物だったよ。あのままIS学園で燻らせているには惜しいくらいにね」

 

 

彼の会いたい人物とは他でもない、大和だ。

 

IS学園に保管されている専用機を盗むためでも、国家代表候補生への接触でもない、大和を一目見るためだけにわざわざIS学園に足を運んだ。彼の身のこなしさえ見れば顔なんか見なくても分かる。一般人では到底到達出来ないレベルにある異次元染みた身体能力を見ればすぐに。

 

 

「生き残りは全滅したかと思っていたが……まさかこんなところにいるとは思わなかったよ」

 

 

幾多もの失敗と何人もの犠牲者を出した上で生み出された究極の遺伝子強化試験体。成功した個体はほんのごく僅か、だが成功体の全ては持ちうる強大な力を恐れた研究者たちが、各個体たちに物心がつく前に廃棄処分した。

 

破棄した理由は実にシンプルで、自国で生み出した個体が他国に寝返りって大損害を被ることを防ぐためだ。いくら最強の戦闘力を持ちうるとしても結局は一人の人間であり、知識や仕草は普通の人間と何ら変わらない。

 

故に幼いままに外へと放り出されてしまえば、生活力のない試験体は生きていくことが出来ない。まともな食事にありつけずにみるみるうちに痩せ細り、風呂に入ることも出来ずに着ている服や皮膚は汚れて行く姿は想像以上にキツいものがあるだろう。そうなると誰一人、路上を彷徨う試験体に手を差し伸べることは無くなる。

 

放っておけば後は勝手に栄養不足で終わりだ。

 

が、大和は生き残った。

 

地獄のような生活を耐えて霧夜家へと引き取られ、生まれつき持ち合わせている身体能力そのままに成長。身体は健康そのものであり、特にこれといった障害も抱えていない。こちら側に引き込めれば確実に大きな戦力になるのは間違いなかった。

 

 

(あの()()()()()()()()()()()と並び立つ……いや、それ以上か。これを上手く使わない手はない)

 

 

聞き慣れぬ単語を出しながらどう活用しようかを考えるが、少しずつ話が脱線していく様子を変に思ったスコールによって止められる。

 

 

「ちょっと、話が脱線しているように見えるんだけど。長い話を割愛すると目的の人物はあなたのお眼鏡に叶ったと言って良いのかしら」

 

「あぁ、すまない。ちょっと嬉しくなってしまった。その認識で問題はない。何せ生身の状態でオータムと戦えるくらいだ、一個人としての戦闘能力は言うまでもないように思えるよ」

 

 

ティオの一言に沈黙を貫いている少女がほんの僅かにピクリと背筋を震わせて反応する。オータムと戦うと言ってはいるものの、厳密にはこの少女も大和と戦っている。

 

そしてダメージらしいダメージは与えられなかった。各国の専用機持ちたちを容易に蹴散らしたというのに、大和にはしてやられた。生身の人間だから本気を出すまでもないと、格下に見て慢心していたのは間違いない。

 

容易に接近を許し、手痛い一撃を食らいそうになったあの一部始終を忘れることはなかった。

 

 

「そう。まぁあなたが何をしようとも誰に目を付けようと勝手だけど、くれぐれもプライドの二の舞だけは起こさないようにね」

 

「もちろん。あの男を引き入れたのは私の唯一の失態だよ。暴力に身を任せるだけで、鉄砲玉にもならなかった。ただ、そうは言っても資源は有限だ。あの男にはまたどこかで働いてもらうとしよう。そのためにわざわざ手元に残してあるのだから」

 

 

ふっとスコールは微笑むと、ソファから立ち上がってオータムの後を追いかけようとするが、そうだったと更に言葉を付け加えた。

 

 

()()、ISを整備に回しておいて頂戴。『サイレント・ゼフィルス』はまだ奪って間もない機体だから、再度調整が必要になるわ」

 

「分かった」

 

 

エムと呼ばれた少女が小さく返事をしたことを確認すると、今度こそシャワールームの中へと入っていく。スコールの後ろ姿が完全に見えなくなったことを確認すると、エムはティオに向けて視線を送る。

 

 

「……お前は知っていたのか? あの仮面の剣士が()()()I()S()()()()()()()()()()だということを」

 

 

気になっていたことを率直に聞く。

 

ティオはとある人物と会うためにIS学園に侵入したと聞いている。それもISを使わずに正攻法で、セキュリティ面が強固であるIS学園に正面からの侵入を易々と成功させている辺り、既に彼自身が相当な実力者であることがよく分かる。

 

目的の人物に会えたと嬉々として話してはいるが、それは自分が相対したあの仮面の剣士だったのか。加えてあの剣士がISと互角の力を持ち合わせている人間だったのかと。

 

 

「さぁ、どうだろう。だが、彼の力がどれほどのものだったのか。それはエム、手を合わせた君自身がよく分かっているだろう?」

 

(……この男の考えていることが分からない。口ぶりからしてお目当ての人間だったのは間違い無いだろうが、あの剣士は一体……)

 

 

素性を全て理解出来ている訳ではないが、未だかつて戦ったことが無いタイプだった。

 

かつ、強い。

 

計り知れない強さを身をもって感じることは早々無い。戦ったところで勝負は見えている、何故なら自分よりも劣る操縦者が大半であるからだ。

 

だが仮面の剣士、こと大和は自分の想像を絶するレベルの力を持っていた。少なくとも生身の状態で戦いを挑んだところで返り討ちにされることは必須、ISを展開していたとしても勝てる見込みがあるかと言われたら分からない。

 

 

他に気になることがあるとしたら何故この男は亡国機業に所属しているのか。スコールは手段が違えど目的が同じ人間だとして引き入れたらしいが、特に彼の行動に対しての縛りや制限もなく、自由に行動を許される状態にある。

 

エム自身は亡国機業に所属してはいるものの組織に対する忠誠心は皆無。好き勝手な行動が出来ないように、体内に監視用のナノマシンを注入されている。

 

彼女のお気に入りでもあるのか、それとも何か弱みでも握られているのか。はたまた相応の実力を持ち合わせているのか、誰よりも強い忠誠心を持っているのか。

 

特別待遇のような状況に、エムの頭の中には浮かぶのは疑問符だった。

 

 

「……」

 

 

考えたところで分かる問題でも無い。エムは深く考え込んだまま部屋を後にする。

 

誰もいなくなった室内、ティオは壁に背中を預けた。

 

 

(生み出された()()()()と矛を交えるのはいつになるか、楽しみで堪らないよ)

 

 

その顔には不気味なまでの笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではこれより織斑一夏くんの生徒会副会長就任のパーティーを始めます! おめでとう!」

 

「わー、おりむ〜おめでとー! これから頑張ろうね〜」

 

「おめでとう。これからよろしく」

 

 

放課後、生徒会室に呼び出された俺と一夏を出迎えたのは盛大なクラッカーの嵐だった。

 

 

「はい?」

 

「ほら、二人ともこっちよ!」

 

 

一夏は突然の告知にポカンと口を開けたまま立ち尽くし、俺はクラッカーから飛び出た装飾を頭上についたために取り去ろうとする。

 

だが、髪の毛についた装飾を取り去ろうとするよりも早く楯無に手を引かれたかと思うと、室内中央にあるテーブルの前まで移動させられる。楯無の他にいる生徒は二人、クラスメートの布仏と恐らく布仏のお姉さん。生徒会室に入ることはあったが、タイミングが合わずに挨拶はまだだった。

 

こうして見ると姉妹の面影があるような感じはするが、布仏のお姉さんの方がしっかり者で真面目な雰囲気がある。実際言葉遣いもはっきりとしているし、天真爛漫な布仏に比べると知的でクール、年齢は相応に落ち着いているように見えた。

 

確か名前は。

 

 

「お二人とも初めまして、布仏虚です。いつも妹がお世話になっています」

 

「いえいえ、こちらこそいつも世話になってばかりで。それとご挨拶が遅れてしまって申し訳ないです。既に知っているかもしれませんが、俺は霧夜大和って言います」

 

「あっ、お、織斑一夏です。よ、よろしくお願いします」

 

 

そうそう虚さんだ。

 

ペコリとお辞儀をしながら自己紹介をする。礼節を重んじているのか、動作の一つ一つが凛々しく美しいものだった。同じ動作を何度も繰り返し練習したことがよく分かる。

 

 

虚さんに遅れるように俺と一夏は自己紹介を交わす。

 

 

「霧夜くんの話はお嬢様から良くお伺いしてます。色々とサポートをいただいているようで」

 

「ちょ、ちょっと虚ちゃん!?」

 

 

顔を赤らめてそれは言わない約束では! と話を止めに入ろうとする楯無だが時既に遅し。虚さんに被せるように俺は話を切り出す。

 

偶には普段からかわれている意趣返しくらいしてもいいよな。

 

 

「いえ、そんな。むしろ俺の方こそ色々助けてもらってますよ。本当に本当に頼りになる先輩です」

 

「大和まで! もう何よ、皆寄ってたかって」

 

 

もう、と顔を赤らめて腕を組みながら顔をプイと背けてしまう。楯無自身は人をからかうことが得意である反面、逆にからかわれることと褒められることへの耐性は高くない。どうやって反応したらいいのか分からないのだろう。

 

やり過ぎると怒られそうだし、程々にからかってあげるのがコツだ。そんな楯無の反応に俺と虚さんはしてやったりの笑みを浮かべる。

 

 

「ただ自分なんかが生徒会に入っちゃって大丈夫なんですか? こう言っちゃなんですけど、大和はまだしも俺が入ったところで何かの役に立つとは思えないんですが……それに肩書きも副会長ですし」

 

 

楯無をからかうことに夢中になっていると、一夏が疑問に思っていたことを尋ねてくる。自分が生徒会に入ったところで何か役に立つのかと。具体的にどんな仕事をしているのかも漠然としているからこそ、不安に感じているようにも見える。

 

一夏がどこまで知っているか分からないが副会長の肩書は、言わば次期生徒会長候補。楯無が生徒会長に就任してからというものの、長らくその椅子は空けたままにしていたようだ。楯無が何の理由もなく自身の右腕に一夏を指名する訳がない。

 

 

「そこまで気負う必要はないんじゃ無いかしら。一夏くんにも出来ることは沢山あるわ。ちなみに元を正すとIS学園に所属する生徒は必ずどこかの部に所属するような校則になっていてね。学園長からも常々どこかに入部させてくれって言われてたのよ。あ、それは大和もね」

 

「は、はぁ」

 

 

一夏は楯無の回答に歯切れの悪い回答を返す。納得が行っていないわけではなく、そんなノリで良いのかと疑問に思っているように見えた。

 

それと俺のついで感が半端ない件について、まぁ理由があるとは思うんだけど。

 

楯無の一言に補足をする様に今度は布仏が説明を始める。

 

 

「おりむーがどこかに入ればー、一部の人は諦めるだろうけど……」

 

「その他大勢の生徒がうちの部活に入れて欲しいと言い出すのは必至でしょう。その為生徒会として今回の措置を取らせていただきました」

 

 

布仏についで虚さんがさらに詳しく事の顛末を説明する。

 

三人は幼馴染だと聞く、細かい部分の連携はお手の物といったところか、間の取り方も絶妙だった。

 

詳細内容を確認した一夏は、これ以上何かを言っても無駄な努力だと悟りがっくりと肩を落とす。

 

 

「うぅ、俺の意思が無視されているような気がする……」

 

「あら、なぁに? こんな美少女三人もいるのに一夏くんはご不満なのかな?」

 

「そうだよ〜。おりむーは美少女はべらかしているんだよー」

 

「美少女かどうかは知りませんが、ここでの経験はあなたに有益な経験を生むことでしょう」

 

 

一夏の一言に三者三様の回答をしてくる三人だが、この中でまともな思考を持ち合わせているのは虚さんだけだと悟る。最初二人の回答があまりにも酷すぎるのもあるから尚更、完璧な回答をしている虚さんが目立つ結果となった。

 

全員の中で虚さんが最年長の三年生だったはず、とはいえ二個しか変わらないことを考えると年不相応に落ち着いたイメージがあるのも事実。

 

いや、そうは言っても間違いなく三人ともスタイル完璧な美少女なのは認める。

 

 

「えーっと……とりあえずこれから俺や大和は毎日放課後集合ですか?」

 

「当面はそうしてもらいますが、織斑くんは派遣先の部活動が決まり次第そちらに行ってください」

 

「わ、分かりました」

 

「ところで一つ、いいですか?」

 

「はい? あ、どうぞ」

 

 

一夏の質問に答えた虚さんが、今度は逆に一夏へ質問を投げ掛ける。何だろう、心なしか言葉の歯切れも悪いし、どことなく顔に赤みが差しているようにも見えた。

 

手をモジモジとさせながら恥じらう様子は乙女そのもの、もしかしてまた知らないところで落としてしまったのだろうか。ここまでくると罪作りにもほどがある。

 

虚さんの様子を不思議そうに見つめる一夏。やがて何かを決心したように表情を引き締めると、周囲にギリギリ聞こえるくらいの小さな声で質問を投げ掛けた。

 

 

「学園祭の時にいたお友達は、何というお名前ですか?」

 

 

友達、友達?

 

あぁ、そう言えば学園の生徒には家族や仲の良い知り合いを招くための招待券が渡されていたんだっけ。それを一夏は自分の知り合いに渡したと。となると、どこかのタイミングで一夏の知り合いと虚さんは会ったことになるんだろう。

 

 

「え? あ、弾のことですか? 五反田弾です。市立の高校に通ってますよ」

 

 

何か名前が聞き取りづらいな。

 

 

「ごだごだだ?」

 

「違う違う、五反田弾。そう言えば大和はすれ違いで休憩に行っちゃったから、タイミングが合わなくてまだ紹介出来て無かったんだよな。今度紹介するよ!」

 

 

もはや悪口にしか聞こえないような呼び方になってしまったけど悪意はない。一夏から知り合いが来るって話はそれとなく聞いてはいたものの、いつ来るかまでは聞いていなかった。

 

一度俺とナギが休憩のために席を外した時間帯があったから、おそらくその時間にクラスに来ていたに違いない。

 

そう考えれば合点が行く。

 

 

一夏の話した情報に対して虚さんは口元に手を当てながら考え込む。

 

 

「そ、そう……ですか。ということは歳は織斑くんと同じですね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「年下……ですか、それも二つも」

 

「え?」

 

「な、何でもありません! 貴重な情報ありがとうございました」

 

 

丁寧なお辞儀をして話は終わる。虚さんの顔を赤らめる表情はまさに恋する乙女そのものだった。

 

人の恋路は邪魔するべからず。外野は大人しく様子を見守ることにしよう。しかし一夏の友達もやるな、明らかに初対面の女性のハズなのにこうも簡単に落とすだなんて。

 

虚さんの反応に一夏はキョトンとするだけだけど、逆に変に踏み込まない方が良いのかもしれない。

 

 

「はいはい。後言い忘れていたけど、大和には私と一夏くんのフォローをお願いするわ。肩書き的には生徒会秘書って感じかしらね」

 

「了解。ま、頑張ってみせるさ」

 

 

朝礼での発表こそ驚いたものの、楯無の仕事を手伝ったり、共にいることも多かったりと関わる時間もそこそこ多かったし、割と生徒会入りに違和感は感じていない。俺自身の各部活への派遣は基本的には無いが、俺さえ良ければいつでも部活に顔を出すことは大丈夫とのこと。

 

ただ部活に行く頻度が増えるとハレーションが起きかねないので、頻度は考えて欲しいと言う形でまとまっている。部活自体に参加しても構わないが、丸一日使うようなことは避けるようにってことなんだとは思う。

 

 

「さっ、今日は皆が集まって新しいメンバーも増えたことだし、今日は盛大にパーッといきましょうか!」

 

 

と、話題を一区切りすると楯無は机の上にホールのショートケーキを置いた。クオリティに関しては言わずもがな、プロのパティシエでも呼んだんじゃないかと思えるほどに綺麗なデコレーションが施されている。

 

料理作りが得意なのは知っているけどお菓子作りもプロレベルだったとは脱帽した。あまりのクオリティの高さに目をキラキラとさせながら布仏は感動している。無類の甘いもの付きとして知られるわけだが、食事の時に、パンケーキに常識では考えられないシロップを形が崩れるレベルにまでかけて、更にそこにチョコを……いや、これ以上言うのはやめよう。リアルな光景を想像するだけでこちらが胃もたれしそうになる。

 

 

「うわ〜おいしそうっ!」

 

「では、お茶を淹れましょう。本音、あなたはお皿を用意して下さい」

 

「はーい!」

 

 

嬉々としながら準備を進める布仏。いつもはスローモーというかのんびりとした行動が多く、キビキビと動いている印象はあまりないものの、この時ばかりはそんなイメージを吹き飛ばす勢いでテキパキと準備を進めていく。

 

虚さんも慣れた手つきで給湯器の電源を入れると、ティーセットにお茶っ葉を入れていた。

 

 

「あの、俺たちは何か手伝わなくても?」

 

「一夏くんと大和は歓迎される側だから、ゆっくりしていって頂戴♪」

 

 

手伝おうとする一夏を制止し、作ってきたケーキを一人ずつ等分していく。切り終えたケーキたちはそれぞれの前に並べられた。

 

 

「それでは……乾杯!」

 

 

楯無の合図と共に、温かいお茶が注がれたティーカップを中央に集める。

 

俺たちは様々な思いを胸に、新しい門出を祝うのだった。


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