IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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生き写し

 

 

「あっ、いたいた! 大和くーん!」

 

「ナターシャさん!」

 

 

時は流れていよいよ任務当日。

 

目的の集合場所に向かうと、そこには既に軍服に着替えたナターシャさんが居た。俺の存在を見つけるや否や、ブンブンと手を振り、満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。

 

後ろには雇ったであろうボディーガードが二人。ナターシャさんの後を追うようにこちらに近付いてくる。どちらもスーツを着ているが、スーツ越しにも鍛え上げられた屈強な肉体がハッキリと分かった。

 

中々の手練になるのだろう。

 

とはいえ昨日のタイミングでは俺たち以外にボディーガードがつくなんて話は聞いていなかった。別のルートで手配した人間になるのか、少なくともナターシャさんが後ろにいるにも関わらず警戒心を抱かないのだから、少なくとも現段階では得体の知れない人間たちではないというところまでは分かる。

 

 

「Lady reckless behavior is dangerous...(お嬢様、迂闊な行動は危険です)」

 

「The other party is not necessarily the person himself.In addition I don't know if that is something I can trust or not(相手が本人だとは限りません。それに信用出来るかどうかもわからないでしょう)」

 

 

二人のボディーガードはナターシャさんに向けて英語で会話をする。内容から察するに護衛とは言えど、どこの骨かも分からない人間をホイホイ信用するな、とでも言いたいみたいだ。

 

ま、ボディーガードなら初対面の人間を疑って掛かるのは当然だろう。別に今のやり取りに対して不満もなければ憤りもない。俺も同じ立場だったとしたら言葉には出さないまでも、疑って掛かるのは間違いない。

ただ二人が態々言葉に出したのは俺が英語をヒアリング出来ないと思ってのことなのか、だとしたらこちらの力量を些か見くびりすぎな気もする。

 

どう言い返そうか考えていると、俺の元へ駆け寄って来るまではニコニコとして笑顔を崩さなかったナターシャさんが、少しムッとしながら二人に向かって言い返した。

 

 

「Unfortunately, he is my benefactor.Don't be rude(生憎だけど、彼は私の恩人なの。失礼なことは言わないで頂戴)」

 

 

どうやら二人の言葉が癇に障ったらしい。非礼を詫びるかのように頭を下げると彼女から一歩下がる。彼女を守る立場、つまりクライアントはナターシャさんであるため、必然的に彼らの方が立場は下になる。

 

臨海学校の銀の福音戦、確かに落下する彼女を受け止めたけど、実際に福音を止めたのは一夏だ。あくまで俺はプライドと矛を交えていたため、正直な話をすると福音との戦いには絡んでいない。何をもって恩人と捉えるかは人次第だが、明確に俺が助けたって実感が少ないのは事実だった。

 

二人が下がるのを見届けると、改めてナターシャさんは俺の方へと向き直る。

 

 

「ごめんなさい。気に障ったわよね? 彼らも決して悪気があるわけじゃないと思うんだけど……」

 

「いえ、全然大丈夫です。守る立場だとしたらこれくらいは当然ですから」

 

「そう、それなら安心。パパには大丈夫だって言ったんだけどね、娘になにかあったら私はまた後悔する! なんて頑として聞かなくて。待ち合わせるまでの時間だからそこまで強固にしなくても良いのにねー」

 

 

話を聞く限り、俺との待ち合わせの際に発生する僅かな時間にもボディーガードをつけたようだ。

 

万が一があってはならないと把握しているのは、自分だけではなく父親であるレオンさんも同じなんだと思う。父親として娘を守るというのは当然のことだが、圧倒的な力の前では無力。

 

だからこそ、外部の人間に頼み込んでいるんだと思う。後悔するっていうのは、銀の福音の事件のことを気にしているのだろう。銀の福音の暴走が収まるまで、気が気でなかったに違いない。

 

とはいえナターシャさんの口ぶりからするに、普段はボディーガードをつけていないことも分かる。

 

 

「……つまり、普段はボディーガードつけてないってことですよね?」

 

「えぇ、今回は特別よ。自分の身くらいは自分で守れるもの」

 

 

相変わらず俺の身の回りの女性は逞しい人が多い。ナターシャさんも見た目は華奢だけど、一般人では到底太刀打ちできないほどに鍛えているに違いない。

 

 

「色々あったのも事実だけど、こんなものが家に送られて来たら笑えなくて。イタズラだとは思うんだけど、こんなもの今まで送られてきたことはないし。だから念には念をってことで大和くんたちも呼んだの」

 

 

そう言いながら一枚の手紙のようなものを俺の前へと差し出してくる。ファイルス邸を訪ねた時にはお目にかかることが出来なかったものだ。差し出された手紙を周囲に見えないように隠しながら開き、上から下まで一読する。

 

当然、ナターシャさんの後にいるボディーガードたちにも、だ。ここから先はボディーガードたちの管轄外で、俺たちの管轄になる。如何なる理由があったとしても、クライアントの機密情報を他の人間には見せる訳にはいかない。まぁそうだな、これくらいの量であれば文面を見れば理解出来る。

 

読み終えた手紙をまた丁寧に折りたたみ、ナターシャさんへと返却した。

 

 

「これはまた……こんなの見たらそりゃ笑えないですね」

 

「でしょ? それもよりによって私が基地に出かける日だなんて、いくら何でもタイミングが良すぎるわ」

 

 

俺の反応にやっぱりかと、苦笑いを浮かべるようなナターシャさんだが、書かれている内容に関しては全く笑えるようなものではない。

 

俺が返却した手紙をポケットにしまうと、辺りをキョロキョロと見回す。

 

 

「あら、大和くんのお姉さん……千尋さんは遅刻かしら?」

 

 

気付いている人がいるかもしれないが、ここに来ている人物は俺一人、本来こなければならないはずの人物が一人居ない。

 

そう、千尋姉だ。

 

ナターシャさんにも一緒に行くことを伝えてあったために混乱するのも無理はない。元々、直前までの予定では俺と一緒に来る予定だったが、急遽千尋姉にお願いすることがあって一旦単独行動をすることになった。

 

そうは言っても千尋姉からすればそこまで時間が掛かるような内容でもないからそろそろ……っと、噂をすれば何とやらってやつだ。

 

 

「いえ、もう来てますよ」

 

「え? 一体どこ……っ!?」

 

 

不意に背後に存在感を感じたナターシャさんは、立っていた場所から瞬時に飛び退く。

まぁその存在感が何なのか知っているからあえて手を出さなかったんだが、いきなりやられたらびっくりするよな。

 

身のこなしを見た存在感、もとい千尋姉はナターシャさんの身のこなしに満足そうな表情を浮かべた。

 

てか護衛対象に何させてんだ。

 

 

「あなた……もう、びっくりしたわ。もっと普通の登場は出来なかったの?」

 

「あぁ、すまない。ちょっと悪ふざけが過ぎた」

 

 

申し訳無さそうに振る舞う千尋姉だけど、あれは絶対に確信犯に違いない。どれだけの実力を持ち合わせているのか試したくなった、っていうのがオチな気がする。

 

 

「が、二人はまだまだだな。もし私が殺し屋だったとしたら揃って三途の川を渡ってただろう。もっと精進することだ」

 

 

皮肉なジョークを二人のボディーガードに飛ばす。気配を察したナターシャさんに対して、二人は千尋姉の接近にすら気付くことが出来なかった。人を守る職業をしている身からすると、屈辱以外の何物でもない。

 

仮に本気だったとしたら二人共やられたことにすら気付かないんじゃないかな。信じられないといった表情を浮かべるがこれが現実だ。

表の世界のみのボディーガードを務めてきた人間と、裏の世界を生き抜いてきたボディーガードの決定的な違い。『人を守る』という広義の意味では同じだが、守るために必要な実力は天と地ほどの差がある。

 

裏世界には表世界では到底考えられないレベルでの実力を保有した人間が何人もいる、力に屈することは死を意味する。それらに太刀打ちできる実力を備えた人間が、俺たち霧夜家の人間たちだ。

 

 

「Oh my god.She's Japanese Ninja!?(信じられない。彼女は忍者の末裔かなんかか!?)」

 

「Crazy...(ありえない……)」

 

 

自分たちより遥かに華奢な女性に遅れをとる。

 

それもISを使っていない、生身の女性に。

 

よほどショックだったのか、呆然としながら口々にそう発することしか出来なかった。

 

 

「こんな状態で言いづらいんだけど……二人共ありがとう、短い時間だったけど助かったわ」

 

 

ナターシャさんは二人のボディーガードに御礼を告げると、二人は個人的感情を押し殺して一礼。

 

この場を去っていく後ろ姿は体に反して小さく見えた。

 

 

「大和、この近辺はオールクリア。特に異常なし」

 

「ん、ありがとう」

 

 

二人の姿が見えなくなったところで、ここ近辺の状況を簡潔に報告される。初っ端から問題が起きても困るけど、今のところ特に近辺の異常は見受けられないらしい。

 

他の人間だと多少疑いの目を向けるけど、確認したのが千尋姉であれば心配は無用だ。さて、実は何気ない連絡でも俺の中では多少の緊張感と戦っていたりする。

 

理由は何故か。

 

 

「ただ気は抜くな、万が一はいつでも起こりうる。常に警戒した状態で行動しろ」

 

「あぁ、分かった」

 

 

千尋姉だ。

 

俺に対しての言葉遣いから誰ですかと首を傾げる人間もいることだろう。何なら眼の前にいるナターシャさんも昨日会った時の雰囲気と間逆な雰囲気を醸し出す千尋姉の迫力に気圧されているのだから。

 

最初は気のせいかなくらいで流そうと思っていたが、やはり気のせいではないことを理解し、あまりの変わりように俺に『何があったの?』と困惑の表情を向けてくるあたり、本気で驚いているに違いない。

 

千尋姉の纏う雰囲気はまさに戦場の最前線に立つ戦士そのもの。

 

触れた者全てを切り裂きそうなクールな雰囲気に、いつもは穏やかな目付きも鋭く釣り上がっていた。長い髪の毛を後ろで束ねてポニーテールのようにしている。束ねている理由はもちろん、動いている最中に髪がバラけるの防ぐためだ。

 

またスカートでは動きづらいからと、帯刀する時はパンツスーツを着て行動している。普段は存在感のある上半身の双丘に視線が釘付けになりがちだが、有事の際はそれすらも邪魔になる。

 

より動きやすさを追求するために、サラシを巻いて押さえつけているあたり、仕事に対する並々ならぬプロ意識を垣間見ることが出来た。

 

 

「凄いわね、家で会った時の穏やかな雰囲気とは大違いよ。いつも仕事の時はこんな感じなのかしら?」

 

「まぁ、そうですね。とはいってもだいぶ丸くなったと思いますけど」

 

「……これで?」

 

「はい」

 

「全盛期が末恐ろしいわ」

 

 

ごもっともで。

 

もし格闘術を本気で教える、なんて話になったらずっとこの状態になるからなぁ。

 

あぁ、過去の訓練を思い出しただけで鳥肌がたってくる。反面、仕事以外の時は間逆な性格をしているから、ギャップ萌え的な部分はあるのかもしれない。

 

 

「大和、そろそろ」

 

「おっと、そうだった。ナターシャさん、もうすぐ現地に向かう時間ですよね?」

 

 

予定の時間になる。

 

今日はこのままとある目的地へと向かうことになっていた。一般人はもちろんのこと軍事関係者の一部分しか知ることができない場所。

 

地図上にも表記されない隠された陸の孤島。

 

北アメリカ大陸北西部、第十六国防戦略拠点。

 

 

「えぇ、行きましょう地図にない基地(イレイズド)へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人共、ついたわよ」

 

 

目的の場所に到着した俺たちは建物の入口へと案内される。

 

本来であれば俺たちみたいな一般人が侵入することは固く禁止されており、今回もナターシャさんの専属の護衛という申請を通してもらい特別に入ることを許されていた。

 

建物自体は外からのあらゆる攻撃に耐えうる強固な作りとなっており、入り口には屈強な軍人たちが外部からの侵入を許さぬよう常時見張っている厳戒態勢。

 

何もここまでする必要があるのかと言われるかもしれないが、地図に記されていないような軍事基地だ。基地の中に眠っている情報は国家機密レベルのもの、と考えてみれば強固な守りにするのも理解出来る。

 

そんな場所に申請の一つで通してしまって大丈夫かと少し疑問に思う部分もあるが、そこを気にして何かが変わるわけでもないと、考えることを辞めた。

 

 

ナターシャさんの後を追うように、俺と千尋姉も続く。入口を見張る軍人に鋭い視線を向けられるも、こんなものは気にしたところでどうしようもない。

 

国家機密を扱っているような場所なら監視の目線も厳しくなって当然だろう。軍人からすれば万が一、俺がナターシャさんを裏切ることがないとも言い切れないのだから。

 

 

「へぇ、やっぱり軍事施設だけあって警備は強固ですね」

 

「まぁね。ここ最近世界的にも物騒な騒ぎが多いから、特に気を張ってるんだと思うわ。仕方ないといえば仕方ないけど、もう少し平和な世の中になって欲しいものね」

 

「間違いないです」

 

 

コツコツと足音が響くだけな無機質な廊下を歩きながら会話を交わす俺とナターシャさんだが、俺のすぐ横にいる千尋姉は一切喋ろうとしない。

 

俺は多少なりとも親交がある故に近しい距離感で接することが出来るが、千尋姉は今回完全な初対面の相手となる。前日に家を訪問しているとはいえ、あれは普段のプライベートとしての姿ではない。

 

距離感を掴みきれていない自分が話すのであれば、以前会ったことがある俺にやり取りは任せればいいと考えているのかもしれない。

 

 

「ところで、()()の保管場所は?」

 

「この廊下を真っ直ぐ行った突き当りの部屋よ。ホラここ。ちょっと天井が高くなっているでしょ?」

 

 

しばらく歩いていると一際開けた少し広い空間へと出た。天井の高さはメートルくらいはあるかもしれない。一歩ずつゆっくりと、その空間を進んでいくと今度は大きな扉が現れる。

 

セキュリティーロックが掛けられているため、扉の前に立ったところで開くわけでもない。すぐ近くにある電子制御の生体認証があることから、許可された人間以外は入れないような仕組みになっていた。

 

ナターシャさんは認証機の前に立つと手をかざす。数秒後、認証が完了したかのような効果音とともに目の前の扉の鍵が開き始めた。

 

 

「大和くん、こっちよ」

 

 

部屋の中へと誘導される。

 

本来ならこのまま入る予定だが念には念を入れる必要がある。俺はこのまま入るが入口には一人、監視役を置いておく方が良いだろう。

 

 

「大和、私はここにいる。中は任せたぞ」

 

「了解。外は()()に任せる」

 

「あぁ」

 

 

外を千尋姉に任せて、改めて俺は部屋の中へと入る。大きな扉の割には部屋自体の面積はそこまで大きなものではなかった。

 

ちなみに仕事中は愛称で呼ぶことは極力控えるようにしている。近しい関係であったとしても仕事中であって、愛称で呼ぶと緊張感も薄れて良くない。

 

名字で呼ぶことも考えたが、二人いる時に同じ名字だとどっちがどっちか分からなくなるため、二人の時は名前を呼び捨てるようにしている。

 

千尋姉と別れた部屋に入ると、明かりが灯ってないこともあり、部屋全体が真っ暗な状態だった。ただ暗い部屋の一番奥、そこに一際目立つ白い物体が佇んでいるのが見える。

 

その白い物体に見覚えがあった。ナターシャさんは入口付近のスイッチを押して部屋全体に明かりを灯す。

 

 

「大和くんも会ったことあるわよね」

 

「はい。臨海学校の時に」

 

 

眼の前に佇む白い物体の正体。それはいつぞやの臨海学校の時に矛を交えた機体。

 

名を銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)

 

海上で見た時とは違い現状は待機状態のまま保管されており、機体の周囲には決して取り外すことが出来ないよう、幾多ものワイヤーが張り巡らされている。

 

ナターシャさんはこの機体のテストパイロットだったはず。佇む機体を見つめる表情はどこか苦虫を噛み潰したように歪んでいた。ふるふると身体を震わせて両握りこぶしに力を込める。

 

 

「大和くんたちが守ってくれたから私は今こうして何一つ不自由なく生活出来ている。下手をすれば、私自身が再起不能になっていた可能性もあったわけだし、ホントに感謝してるわ。私を他のISの攻撃から守ってくれた銀の福音(あの子)にもね。でもその代償はあまりにも大きすぎた」

 

「ナターシャさん……」

 

 

現状の銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の保存状態が全てを物語っていた。通常、稼働状態にあるISはこのような保存状態にはならない。二度と稼働しないように封印されている……つまりゴミ同然の扱いをされているのと変わらなかった。

 

ISは機械だが、搭乗者と共に戦場を駆ける良きパートナーでもある。そのパートナーをこのような扱いで保管されていれば、搭乗者として当然許せるようなものではなかった。

 

 

「あの事故の後すぐに凍結処理が決まったの。銀の福音(あの子)はもう二度と、空を飛ぶことは許されない」

 

 

それがあの子に下された処分よ、と続ける。何とか出来るのなら何とかしている。だが、個人の力など高々しれている。あくまでナターシャさんの立場は、専用機の操縦者でしかない。

 

暴走によって引き起こされた事件を国家はみすみす見過ごすようなことはしない。あまりにも処分が重すぎると食い下がったったのだろう、それでも処分が覆ることはなかった。

 

 

銀の福音(あの子)は私を守るために望まぬ戦いへと身を投じた。強引な第二形態移行(セカンド・シフト)、それにコア・ネットワークの切断。私のために自分の世界を捨てた。だから……」

 

 

ナターシャさんを取り巻く陽気な雰囲気は完全に消失し、やるせない怒りと明確なまでの敵意が宿る。

 

 

「だから私は絶対に許さない、許してなるものですか。銀の福音(あの子)の判断能力を奪い、全てのISを敵に見せかけた元凶を、必ず追って報いは受けさせる」

 

 

たかが機械のために、そういう人間がいるかもしれない。

 

だが何度も言うように操縦者からすればたかが機械、ではなくかけがえのないパートナーを失ったのだ。悲しみや怒りを覚えるのは至極当然の話だった。

 

 

「ごめんね。こんな話聞きたくないわよね「いえ、そんなことないです。良かった、やっぱりナターシャさんは俺の想像通りの凄く優しい人でした」……え?」

 

 

個人的な恨みを俺の前で出してしまった事に対し、謝罪の言葉を述べるナターシャさんだが遮るように言葉を挟んだ。

 

 

「それだけ憤れるのも、福音に対して愛情持って接して来たからだと思います。大切なパートナーを失ったらそりゃ毒の一つくらい吐きたくなるものですよ」

 

「大和くん……」

 

「だからつらいことがあったら全部吐き出せば良いんです。我慢する必要なんてないんですから。あっ、この場だと聞くのは俺になっちゃいますけど、自分なんかで良かったらいくらでも話聞くんで」

 

「ありがとう。場所が場所じゃなきゃ多分思い切り抱き締めてるわ。いえ、我慢する必要なんて無いって大和くん言ったわよね? それなら今から抱き締めようかしら。何ならそのまま舌まで入れて……」

 

「へ? あっ、いや! 我慢する必要なんて無いって欲望に対して忠実になれってことではなくて!」

 

 

ジリジリと近寄ってくるナターシャさんのオーラがちょっと怖くなってしまい、半歩距離を取ろうとする。そんな俺を見ながらクスクスと笑った。

 

 

「ふふっ、今はしないわ。……今は、ね」

 

 

今はと言う辺り、これから先は覚悟しておけよってことだろう。今更なのは重々承知で言うけど、ナターシャさんってこんなキャラだっけ。

初めて会った時の印象は年齢の割に大人びている落ち着いた女性って印象だったけど、所々でそのキャラが崩れている気がする。

 

人前だからある程度自身を取り繕っているのか、本来の彼女の性格はもう少し子供っぽい感じなのかもしれない。

 

 

「んんっ! 一旦話を戻しましょう。とりあえず現状は分かりました。この凍結状態の福音を奪おうとしている組織がある。奪いに来るって考えると、普通に攻め込んで来るとは考えづらい。かといってこんな強固な守りを生身の状態で突破してくる可能性もない。となると……」

 

 

元々の依頼内容はナターシャさんの護衛。

 

それに付随する仕事内容としてこの機体、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の強奪を未然に食い止めること。ただの商業施設ならまだしも、ここは普通の人間では知り得ない場所だ。

更に国家の重要施設ということもあって、セキュリティレベルは通常の軍事施設とは比べ物にならないレベルのものが掛けられている。

 

なので普通の人間では決して突破できる場所ではない。

 

にも関わらずナターシャさん宛に届いた手紙には「福音を奪う」といった内容が記載されている。何らかの方法を用いて、福音を自分たちの手中に収めようとしているのは事実だった。このセキュリティを掻い潜る何かがあるのか、それとも正々堂々強行突破をしてくるのか。

 

少なくとも普通のやり方では突破できない、つまりは。

 

 

「ISを使って乗り込んでくる可能性もあるってことか」

 

 

そこに行き当たる。

 

セキュリティを掻い潜ったとしても、正々堂々真正面からだったとしても人間の手だけでこの福音を奪い切ることは不可能に等しい。

圧倒的な人数で押し寄せてくるのか、もしくはISを使って押し寄せてくるのか。どちらにしても骨の折れそうな対応になるのは間違いなかった。

 

そして俺の専用機はタイミングを見計らったかのようにメンテナンス中、まともに専用機を乗りこなしたのっていつが最後だ? 臨海学校の後に数回授業で実戦訓練をした時に使ったきりでそれ以降は使っていない。

 

この任務が無事に終わって次回登校の際に手元に戻ってくるみたいだが、それも解析状況次第で返却日が過ぎることだって考えられる。

 

俺の専用機ェ……。

 

 

とどのつまり、仮にISが乗り込んで来ようものならまた生身で対応しなければならない。相手にもよるけど……まぁ、あの男(ティオ)の言うとおりなのであれば、亡国機業に関わってる誰かが来るに違いない。

 

前回の学園祭でアラクネはコアこそ無事であれど、機体そのものはしばらくは使えないレベルで大破させているし、出撃にまで時間が掛かるのは確実。となると無傷に近いサイレント・ゼフィルスか。

 

だが大前提として、亡国機業が機体を何台持っているかも分からない以上、どの機体で来るかどうかを決めつけることは出来ない。

 

それに。

 

 

アイツ(プライド)も亡国機業に所属してるって話だよな」

 

 

ここ最近は全く音沙汰の無くなってしまったプライド。全ての事象を切り裂ける刀を搭載した特殊な機体の操縦者で、一時は俺を瀕死に追いやった天敵でもある。

 

結局はプライドの動きの大半が機体に依存するものであり、奴自身のスペックがそこまで高くないことを突き止めた後は心の隙もついて叩きのめすことに成功したわけだが、仕留めるには至ってない。

 

仕留めようとした際には突如現れたラファールの操縦者に回収されてしまった。その後の足取りは全くの不明で生きているのかどうかも分からない状態だ。

 

あれだけ人を手に掛けることに対して執着していたのだから、何か問題を起こせば情報として入ってくるはず。情報が入ってこないってことは本当に何も起こしていない、起こすことの出来ない状態にあるかのどちらかになる。

 

 

「大和くん? どうしたの、さっきから一人ぶつぶつ考え込んで」

 

「ちょっと思うところがありまして。ま、やることとしては変わらないので大丈夫です」

 

「???」

 

 

最終的にやることは変わらない。ナターシャさんと福音を守り切る。

 

それだけだ。

 

 

 

「さて、それじゃあ……っ!?」

 

「どうしたの?」

 

 

扉の入口にいる千尋姉にも確認が終わったと伝えに行こうとしたところで足を止めた。急に動きを止めたことに背後にいたナターシャさんは俺の顔を覗き込もうとする。

 

ほんの微かに耳に入った異音。

 

どれくらいだろう、そう遠くは離れていない場所から聞こえてきた。密閉されている室内まではっきりと届く音なのだからよほど大きな音になる。ナターシャさんは聞こえていないようだが、俺の耳にはしっかりと聞こえていた。

 

外で何か起きている。

 

 

「ナターシャさん、今日この施設内か外で訓練が行われるなんて話、あったりしますか?」

 

「え? そんなことは無いはずよ。ここは別に演習を行うための施設ではないし、あるとしたらISのテスト飛行くらいだけど、今日は特にスケジュールでは入っていないわ」

 

「……分かりました。ナターシャさん、俺から絶対に離れないで下さい」

 

 

ナターシャさんに自分の側から決して離れないようにと伝えると、俺は背広の内ポケットに仕舞ってある仮面を取り出す。

 

 

「すみません、ここから会話は最低限になります」

 

「え……えっ?」

 

 

事態がイマイチ飲み込めていないのは仕方ない。聞こえるか聞こえないかの微かな音量だったから。聞こえてきた音の感じからして、何かと何かがぶつかり合う衝撃音のようなものだった。

 

軍事施設のため、訓練が行われたりすれば多少の音が聞こえることはある。それこそ何かがぶつかり合うような衝撃音が聞こえたところで不審には思わない。

 

が、訓練は予定されていないと言った。故にこの密閉空間に何かと何かがぶつかり合う音が聞こえてくるなんてないはず。

 

ぶつかり合う音は施設の何かが破壊される音、だから外では戦闘が起きている可能性があると解釈出来た。俺の杞憂であればそれでいい、それが杞憂ではないのであれば刀を抜く必要が出てくる。

 

仮面を被り、内蔵されているスピーカーを介して千尋姉にコンタクトを取った。

 

 

「千尋、外はどうなってる?」

 

 

声を掛けるとすぐにアクションがあった。

 

 

『敵IS二機、建物に侵入したと報告があった。私は現場に向かう。大和は彼女の元を離れるな』

 

「了解」

 

 

予想通り外で戦闘が行われているどころか、敵IS二機が建物に侵入したとの情報が耳に入る。スピーカー越しに聞こえる限りでは既に部屋の外では侵入者を知らせる警報音のようなものが鳴り響いており、併せてバタバタと人間が駆け回る足音も聞こえてきた。

 

非常事態が起きている何よりの証拠だ。外は千尋姉に任せて俺は二つのターゲットを守り抜くことに専念しよう。千尋姉とはいえ分身することはもちろんのこと、離れている相手を遠隔で対応することも出来ない、もし二手に別れて来られたらどちらかの接近は許してしまうことになる。

 

ISを使って乗り込んでくるのは想定済みだし、そう焦るようなことではない。左右の腰に結わえている鞘から一本ずつ刀を引き抜いて両手に持つとナターシャさんを守るように前に立つ。

 

すると背後に確かな温もりが伝わってきた。

 

 

「頼んだわよ。私の王子様」

 

 

視線を切らすようなことは出来ないため、具体的に何をしたのかまでは分からないが、恐らくもたれ掛かってきたのだろう。それでも俺の動きを制限してはならないと思ったのかすぐに離れたようだった。

 

今は色恋沙汰にうつつを抜かしている暇はない。

 

周囲に変化がないか五感を研ぎ澄まして有事に備える。嵐の前の静けさとでも言うのか、スピーカー越しに聞こえた喧騒とは打って変わって室内は静かなものだった。

 

一瞬でも気を抜くことは許されない、刀を握る手に力を込めた瞬間だった。

 

 

「っ! ナターシャさん下がって!!」

 

 

異変を察知し両手に握っていた刀を納刀すると、両手でナターシャさんを抱えながら立っていた場所から飛び退く。

と同時にけたたましい破壊音が静かな部屋に響き渡った。音に遅れるようにビリビリと地面は振動し、部屋中を砂埃が立ち込める。

強固な作りになっていたはずの入口は外側から見るも無惨に破壊され、原型を留めない状態で吹き飛ばされていた。

 

外からの圧力が如何に強烈なものだったかを物語っている。破壊された入口に立ち込める砂埃の中に一つ、これまではなかったはずの物影がはっきりと確認することが出来た。

 

サイズ、形からして明らかに人間でないことは分かる。

 

元々報告されていた敵ISは二機。物影が一つしかないということは、もう片方の機体は千尋姉の方にいったのだろう。ナターシャさんを安全な場所に下ろすと、再び刀を引き抜いた。

 

 

「……」

 

 

入口を見つめていると徐々に物影が大きくなってくる。こちらに向かって歩いてきているのだろう。室内に立ち込めていた砂埃も少しずつ晴れ、視界がよりクリアになる。

 

クリアになった視界に飛び込んできた機体は。

 

 

「ラファール……」

 

 

背後にいるナターシャさんの口から溢れる名称。俺が知っているどの専用機でもなく、目の前に現れたのは量産機であるラファールだった。

 

シャルロットの専用機であるカスタムⅡとはボディの色が大きく違っているから見分けやすい。

 

 

「……こうして対面するのは久しぶりだな。仮面なんかしていても私にはお前の正体が分かるぞ、()()()()

 

「っ!?」

 

 

俺の名前をはっきりと呼ぶラファールの操縦者。聞き覚えのある声にピクリと身体が反応する。聞き違いかもと思ったが、口調や声質から判断しても間違いない。

 

プライドを救出に来たラファールに搭乗していた操縦者と声質がピッタリと一致する。矛こそ交えることは無かったものの、操縦技術だけから判断するに高い水準での実力を兼ね備えていることは分かった。

 

 

「何で知っているのかとでも言いたげな顔をしてそうだな。だが、私はずっと昔からお前のことを知っているんだ」

 

 

昔からと少女は言う。

 

どういうことだと、俺が言い返す前にその顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……」

 

「そんな、嘘でしょう……!?」

 

 

上げた顔を見て、ナターシャさんから信じられないといった声が上がる。

 

俺だって信じられるわけない、そんなことがあるのかと。

 

顔が似ている人間はいくらでも居る、だが限度がある。

 

()()はあまりにも似過ぎていた。

 

だって目の前にいるその少女の顔が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、何を驚くことがある。普段からよく見ている顔だろう?」

 

 

()()()と瓜二つの顔だったなんて。


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