「普段からよく見ている顔だろう」
確かによく見ている顔だ。小さい頃からずっとその顔を見て育ってきたのだから見間違える訳がない。義姉である霧夜千尋と全く同じ顔立ちをしていた。
厳密には今の千尋姉、ではなく少し過去の千尋姉と瓜二つと言ったほうが正しいかもしれない。双子だとか姉妹だから似ているとかのレベルではない。全く同じ遺伝子を持つ人間がそっくりそのままコピーされたとしか思えないレベルだ。
「……あぁ、確かによく見ている顔だな。好きな顔に違いないけど、こうも似ていると逆に嫌になる」
性格や生い立ち、置かれた立場は違えど見た目は全く同じ人間だ。本人と言っても差し支えはなかった。若い頃の千尋姉に話しかけているようで話しにくいったらありゃしない。
とはいえ、だ。
これまで相対して来た亡国機業の人間に比べると随分とマイルドというか、はっきり言えば俺に対しての明確な殺意や敵意というもの感じられない。
プライドに始まりオータム、そしてサイレント・ゼフィルスの操縦者。
いずれも気性が荒い、もしくは殺意や敵意を持っている人物ばかりだったが、目の前の人物はそのいずれにも該当していなかった。
ISを纏っていない人間なんて恐怖の対象ではない。襲おうと思えばいつでも襲うことができるはず。あえて油断を誘おうとしているのかもしれないが、それを差し引いたとしても落ち着きすぎている。
戦う意志は無いのだろうか。そうは言っても態々IS使って乗り込んで来ているくらいだ、何かしら用があって乗り込んできたのは間違いない。
昨日のティオ電話内容から考えると、奴から情報を仕入れてここに来たと考えることも出来る。取り急ぎ確認できる範囲で来た理由を尋ねるとしよう。もしこちらの隙を見計らって仕掛けてくるのであればその時は仕方ない、容赦なく叩き潰させてもらう。
警戒を解かないまま、彼女に質問を投げ掛けていく。
「んで、お前の目的は何だ。どうせ福音を奪うことが目的なんだろうけど、念のため聞いておこうか。それに、何でそんなそっくりな顔をしているのかもな」
「……
「何?」
ますます訳が分からなくなってくる。エムと呼ばれた人物は侵入者の片割れのコードネームを意味するのだろう。それぞれで目的が違う……エムの目的は福音を奪うことだとして、彼女は一体何の目的でこんなところに乗り込んできたのか。
それに亡国機業の人間ではなく雇われの身という発言。何処に雇われているのかも分からない以上、やはり警戒を解くことはできなかった。
どの道、現段階では情報があまりにも少なすぎる。
どこまで話してくれるのかは分からないが、ちょっとずつ情報を引き出していくとしよう。
「雇われ者? じゃあお前の雇い主は誰なんだ」
「残念ながらそれはトップシークレットだ」
答えることは出来ない、冷静に考えなくても当たり前の話だ。雇い主の名前を出すなど絶対にするはずは無いがない。ただ、口ぶりからすると亡国機業から雇われている訳では無さそうだ。
あくまで口ぶりから、であって実際はどうなのかまでは分からない。
「……聞き方を変えよう。お前はティオやプライドと同じ組織に所属する人間なのか?」
「半分正解で半分間違い、とだけ言っておこう。」
一時的に所属をしている、ということなのか。彼女の話す内容から判断するには情報が少なかった。
仮定の話とするのであれば、現在ティオやプライドの組織に力を貸しているが、自分の本籍地はここでもなければ亡国機業でもない。
雇われものだと彼女は言っている。
どこまでが本当なのかを裏付ける根拠もないし、全て鵜呑みにするのならお金で雇われている、もしくは半強制的に協力させられていると判断することも出来た。
俺と彼女の会話が一方的に続いている。
そんな様子を背後に居るナターシャさんは困惑しながら話し掛けてきた。
「大和くん。これってどういう状況なの? 彼女は敵なのかしら……?」
ナターシャさんのような反応になるのも無理はないだろう。前提を知らない人間がこの話を聞いたところで、何を話しているのか分かるわけがない。
「さぁ、どうでしょう。少なからず今は矛を交えるつもりは無さそうですが、どう見ても味方には見えないですよね」
現在の様子からは敵意を感じることは出来ない。そうは言っても味方と判断出来る要素は皆無に等しかった。現段階でこちらに危害を加えるわけではない、意味合いとしてはそっちの方が適切だろう。
さて、いくつか質問をしている訳だが回答を得られていない質問がある。話したくないのか話せないのか、いずれにしても確認する必要がある。
「悪いが肝心な質問に答えてもらっていない。何でそんなそっくりな顔をしている?」
どうしてそんなに千尋姉と似た顔立ちをしているのか。
前回の銀髪の試験体が俺とそっくりな顔立ちだったように、今目の前にいる少女は若い頃の千尋姉そのもの。偶々似ていただけなのだろうか? いや、そんなわけがない。
偶然似ている人間にそんな高頻度で会えるわけがない。それも意図して俺が赴く場所に現れているところを考えると、ある意味外部からの手が加えられている、どこか意図的なものを感じることが出来た。
「似ている、似ているか。確かにそうだ、本人と同一人物、過去の自分がタイムスリップしてきた、いくらでも推察することが出来るだろう」
「……」
「理由なんて簡単さ、お前と同じだ」
「っ!」
彼女の回答が全てを物語っていた。
『俺と同じ』
つまり俺と同じように試験管ベイビーとして作られ、世に生み出された存在であるということ。詳しいことは俺もよく分からないし、その手の専門家でも研究者でも無いから、実態がどうなっているかは知らない。
ただ、顔がそっくりということは彼女の遺伝子に千尋姉の遺伝子が何らかの形で組み込まれているというところまでは想像出来る。
千尋姉の性格上、命を軽視するような実験に進んで協力するようなことは考えられなかった。だから遺伝子の含まれた身体の一部を千尋姉から提供した、という可能性はゼロに等しい。
だが、遺伝子が含まれている身体の一部を入手することは決して造作もない。
肉体はもちろんのこと、例えば髪にも遺伝子は含まれる。自分で髪の毛を引き抜かなくても、見ず知らずのうちに髪は何度も抜けて生え変わるのだからその髪から遺伝子を採取出来れば、採取した遺伝子を元に試験体を作ることも出来るのかもしれない。
どちらにしても、判明した事実は一つ。
彼女は俺と同じで作り出された存在なのは間違いなかった。
「……そうかよ」
実験の被験者である本人がいうのだから間違いはないとはいえ現実で受け入れたい事実ではない。
どれだけの被験者たちが、生み出された実験体たちがいるのだろう。想像もできないほど大きい実験の闇に、思わず心の奥底に眠らせていた怒りが沸々と沸き上がってくる。
受け入れるしかないとはいえ生命を何とも思っていない考え方を見ると、苛立ちを隠すことは出来なかった。
「……先ほども言ったが、今日はあくまで挨拶回りに来ただけだ。同じ境遇の人間がどんな状況かを確認するためにな。故にお前と矛を交わそうとも、そこにある福音を奪おうとする気も更々ない。要件が済んだら私はさっさとお暇することにしよう」
彼女の態度が全てを物語っている。
こちらに向けてくる殺意や敵意は微塵も感じられない。本気で戦うことに対して興味がないようだ。
この感じからして本当に挨拶をしに来ただけで、危害を加えたり福音を盗むつもりは毛頭ないということのようだ。
ただ彼女が完全に潔白であることを証明できた訳では無い。形はどうであれプライドを助けたことは事実であって組織に手を貸している、雇われているのは間違いなかった。
そんな人間を野放しにしておくほど、こちらとしては優しい人間ではない。
「分かりました、どうぞお帰り下さいなんて帰すと思うか? そっちにその気が無くても、残念ながらこっちには被害を受けている人間が何人もいるんでね。悪いが捉えさせてもらうぞ」
再び彼女に向けて矛を向ける。
「エムはまだしも私は戦うつもりは無いし出来れば穏便にここからは出させて貰いたいところなんだが」
「禁止区域の場所に許可なく土足で踏み込んできた人間が何を言っている、逃がすわけ無いだろう」
「やれやれ、やっぱりこうなるのか。まぁ、こちらがこれまでやって来たことを考えれば仕方ないと言えば仕方ないな」
「……?」
最後に呟いた声が小さくて聞こえなかったが、いずれにしても放置しておいていい問題ではない。捕らえれば亡国機業の目的や真意にも近づくことが出来るかもしれない。
わざわざ向こうから出向いてくれているのに、このチャンスを逃す必要はなかった。
「ところで、私とこんな話し込んでいて大丈夫なのか?」
不意に話が長くなっていることを指摘される。
ナターシャさんは俺の後ろにいる。
ほんの一瞬視線を背後に向けたが特段問題は起きていない。変わらず話の展開について行けず不安そうな表情をしている。聞いたこともないようなことばかりで混乱を招くのも無理はない。
ナターシャさんに危害が及ばないようにこっちも配慮して立ち回っているし、周囲に別の脅威が無いかも確認している。ナターシャさんが実は敵対勢力の一員でした、ってことであれば話は変わってくるが、その可能性は限りなく低い。
何故なら自分が大切に思っている福音を自らの手で凍結処理、いわば廃棄処理に追い込むようなことをするとは考えづらいからだ。
「急になんだ?」
「もう一人がエムと鉢合わせて時間が経つだろう。問題はないのか、ってことを聞いている」
質問は俺の想定通りの内容だった。
どのルートを辿ってこの部屋に辿り着いたのかは分からないが、侵入者の内一人がこの部屋に辿り着けたということは、エムと呼ばれるもう一人は外の警護にあたっていた千尋姉に遭遇して足止めされている可能性がある。
ISと生身の人間。
どちらが戦闘力が高いかなんて比べる必要もない。比較すること自体がおかしいからだ。
ただの人間が世界最高の究極兵器に勝てるはずがない。
「……問題が無いかと言われたらあるか」
一般論、当たり前の考え方であって何一つ違和感はない。
ISと生身の人間が衝突したらどうなるか、そんなことは一桁の計算問題を解くよりも遥かに簡単な常識的な考え方だ。
つまり、身を案じなければならない。
「―――搭乗者が無事かどうかってところは気にしないとな」
相手のことを。
本来なら生身の人間である千尋姉のことを心配するべきところであって、IS搭乗者の身を案じる必要なんて微塵も無い。
ただそれはあくまで千尋姉が『ただの』人間だったのなら。
「……分かった」
同時に内臓スピーカーから小さな声で指示が飛んできた。指示内容に対して微かに返答をすると、後ろにいるナターシャさんの方へ振り返る。
「ごめんなさい。ちょっと抱えます!」
「……へ? えっ、ええっ!?」
状況を把握できずうろたえるナターシャさんを尻目に、半ば強引にお姫様抱っこの要領で抱きかかえる。自身を盾にして決して怪我をすることがないように。
抱きかかえたままそのまま後ろに高く飛び上がる。地面から足が離れた瞬間の出来事だった。
ガッシャアアアアアアアアアアアアン!!!!
けたたましい轟音と共に、入口から大きな金属製の物体が部屋に飛び込んで来たのは。
「侵入者確認! 六ーDエリアに至急応援求む! 繰り返す! 六ーDエリアに至急応援求む!」
繰り返される館内放送と共に鳴り響く、幾多もの銃声音。アサルトライフルをひたすらに侵入者に向けて乱射する。
「こちら一名の侵入者を確認! もう一人は別ルートから例の部屋へと向かった模様!!」
「……展開」
一言呟くと同時に全身に光の輪が集まり出した。それらはすぐに物質構成を始め、数秒と経たず侵入者である少女の全身を鮮やかなブルーの装甲で覆い尽くす。
覆い尽くされた姿を見て兵士たちは見覚えのある機体であることに気付いた。
「IS!?」
「こ、こいつまさか報告書にあった組織の者か!?」
専用機である『サイレント・ゼフィルス』を纏った少女、エムは右腕だけで長大なライフルを構える。BTエネルギーと物理弾の両方を使用可能な銃ではあるがその性能を知るものは誰一人としていない。
「も、目的はなんだ! 米軍にこれだけのことをしておいて、ただで済むと思うなよ!!」
許可なく入ることすら出来ない国家施設に、盗まれたIS展開をした状態で侵入してきているのだから、その処分は相当重たいものになるのだろう。
兵士としてはあくまで牽制のために投げ掛けた言葉であって、特に返事を期待したものでは無かったが、エムはバイザー型ハイパーセンサーに顔が覆われると、意外なことに言葉を紡いだ。
「この基地に封印されているIS、『銀の福音』をいただく」
「な、なに……ぐあっ!?」
「ギャッ!?」
宣言と同時に発射される物理弾に、兵士たちは次々と倒れていく。
「弱きものは去れ」
ただ不思議なもので、エムの放った弾丸は容易に人を殺めることができる殺傷力を持っているにも関わらず、ギリギリ致命傷を回避していた。
精巧なまでの射撃技術、どこをどう打てば殺めずに済むかを計算して調整出来るということは、彼女自身の腕前以外の何物でもない。身体を貫く弾丸で地べたに蹲る兵士たち。
相手が相手だけに反撃をする術もなく、ただ地べたに倒れ込みことしか出来なかった。
「殺さずに立ち回るのは難しい……全く面倒な条件だ」
忌々しげに舌打ちをしながら周囲に転がる無力化した兵士たちを見下す。任務のため一般人では決して立ち入ることのできない禁止区域、通称
進入禁止区域ということもあって、建物自体は外からのあらゆる攻撃に耐えうる強固な作りで建築されており、入り口を含めて至る場所に屈強な兵士たちが外部からの侵入を許さぬよう常時見張っている。ISを纏う少女、エムは大して難しくもない任務を淡々と完遂しようとしているところだった。
任された仕事は施設に格納されている銀の福音を手に入れること。決して簡単ではない内容であるにも関わらず、彼女は淡々と目的地に向かって進んでいく。
進行方向には、凶弾に倒れた兵士たちがいる。
正規の手続きを踏まずに侵入した自分を追い出そうと何人もの兵士たちが自分に立ち向かって来たが尽く返り討ちにした。
どれだけの武装を整えたところでIS搭乗者である自分を止めることなど出来るわけがない。それが仮に軍に所属する人間だったとしても。
「こんな厄介なモノが注入されてなければ、加減なんてする必要がないものを。くだらない制約はホトホト疲れる」
彼女はISを稼働させるためにとある制約が施されている。本来であれば相手を無力化するために急所を外すなんて面倒なことをせずとも、急所を打ち抜いてしまった方が楽に決まっている。
理由は急所を撃ち抜かないのではなく、撃ち抜けないからだ。エムの体内には命令違反を起こさないように監視用ナノマシンが注入されており、もし命令に従わなかった場合は数秒で脳中枢を焼き切られる仕様になっている。
彼女に下された命令は『ISを使って人を殺めないこと』であり、その条件を忠実に守っているかどうかは常時監視されている。破った瞬間に自分の命が絶たれることを知っていて、命令違反を犯すほど彼女は馬鹿ではなかった。
「居たぞ! こっちだ!」
「ちっ、次から次へと面倒だ」
そうこうしている間にも味方の無線を聞きつけた増援部隊が駆け付け、こちらに向かって銃弾をばら撒いてくる。シールドと絶対防御がある以上、相手の物理兵器がそう簡単に突き抜けてくることはない。
増援がこようが関係ないとばかりにライフルの引き金を引いた。
「ぐあっ!」
「ぎゃあっ!」
「くそっ! 本部! 本部! 至急増援を! 繰り返す! 至急増援を―――があっ!」
「ちいっ、面倒だ」
倒せども倒せども増え続ける増援にしびれを切らし、狙いを定めるのが面倒になって来たエムは、ふわりと宙に機体を浮かせると、そのまま突進して敵を強引に薙ぎ倒すといった強行突破に切り替える。一見簡単に狙いを定めているようにも見えるが、急所を外すような精密射撃は集中力を要するため、その分自身に掛かる負担が大きい。
人数が何人いるかは分からないが、同じことをずっと続けていれば増援が増えれば増えるほどこちらの神経だけをすり減らすことになる。狙撃をしなくても相手を無力化する手段があるのであれば、狙撃にこだわる必要はない。
追加の増援もあっという間に蹴散らし、ようやく静かになった通路の中でエムは一つ息を吐いた。
(ISはこの先。ルートが二手に分かれていたが……こっちがババを引いてしまったということか)
視界に広がるマップを確認しながら目的地までの道順を確認する。侵入した場所から目的地までは通路が二手に分かれており、どちらも距離はほぼ同じ。それであればと、二手に分かれて行動したわけだがどういう訳か自分はババを引いてしまったらしい。もう一方の通路から侵攻した片割れの反応は既に自身よりも先に進んでいた。
恐らく自身のルートに増援が集中したことで片方のルートの増援が減り、苦労することなく先に進むことが出来たのではないかと想像する。
(まぁいい、どちらにしてもやる事は変わらない)
結局のところこなす仕事は変わらない。この施設に封印された銀の封印を奪うこと、それが彼女に与えられたミッションだ。
幸いなことに先程の増援で最後の増援だったのだろう。通路に倒れている兵士だけで、追加で増援が現れる気配は無かった。仮に増援が来たとしてもISの前では無力であって、大した障害にはならない。殺めないように注意する必要はあるものの、それ以外は特に困る部分は無い。
一通り目的地までのルートを確認し、ISを展開したまま暗い通路を進んでいく。
「?」
二、三歩歩き出したタイミングで不意に歩を止める。先ほどで増援は全て排除したものと思っていたが、自身の進行方向、暗闇の方からコツコツと足音が聞こえてきた。
(足音……複数人? いや、増援にしては少なすぎる)
足音はハッキリと聞こえるものの、規則的にコツコツと聞こえる音だけで、とても複数人が自分に対して近寄って来ている音ではない。数からして少数人……いや、規則的な音と考えると少数人でも無い、これは。
(単騎……か?)
向かってくる人数はおそらく一人。既に無線で情報は伝わっているはず、こちらの情報を分かっていて単騎で向かって来ているのか、無謀にもほどがある。
(ふん、国家機密の軍事施設にも頭のネジが抜けた人間がいるようだな)
エムは鼻で笑う。
時間稼ぎにもならない、ただの自爆行為だ。
徐々に足音が近付いてくる。暗闇の中に人一人分の影がぼんやりと浮かび上がって来た。予想した通り相手はたった一人、単騎で向かって来たようだ。
大きくなる人影を見つめながらどんな人間かを見てやろうと、ハイパーセンサー越しに見つめた。
やがて全身が現れ、エムの十メートルほど前で立ち止まる。
「……何?」
現れたのは兵士ではなくスーツを着た女性、もとい霧夜千尋だった。端正な顔立ちに凛とした眼差し。女性というより侍という雰囲気がぴったりかもしれない。普段の優しい雰囲気はなく、近付いたら斬り殺されそうな独特の雰囲気を醸し出している。
銃を持っている様子はなく、腰付近に刺している刀が二本だけで内一本は引き抜き振り下ろしたまま、身体の横に構えている。
薄暗い中でも磨かれた刀身がキラリと光り、相当な切れ味を誇るものであることが分かった。
これまでの兵士たちと雰囲気が違う。少なくとも実力差だけで言えば圧倒的に上の人間であることは容易に判断が出来た。
が、所詮は生身の人間であってISの敵ではない。エムの中では見下しによる油断と慢心があった。
「残っているのはお前だけか。お前もさっさと片付けて福音をいただくとしよう」
「……残念だがそれは困る」
「困るも何もそれが私の仕事だ。ただの人間が邪魔をするな」
何当たり前のことを言っているのか、呆れた口調でエムは聞き返す。
そんな返しにも表情を崩さずに淡々とした口調で質問を返す。
「お前、歳はいくつだ?」
「は?」
千尋の質問の意図がまるで分からず、エムは間の抜けた返事をする。聞きたいことが分からない、何をしたいのか分からない。
そんな中、エムの様子を全く気にかけずに、勝手に千尋は話を進めていくために、徐々にエムのイライラが募っていった。
「私は今年で二十五歳になる。歳を重ねると思うように動けなくなってな。本来ならこんな前線で仕事なんかしたく無いし、さっさと終わらせて帰りたいところなんだ」
だから何なのか、私には何一つ関係ない。
年齢で身体が動かなくなるのならさっさと前線を退いて引退をすればいい。だったら前線を退けるように私が引導を渡してやろう。
エムの口元がニヤリと不気味に笑った。
「じゃあ引退しなよ、おばさん」
ライフルを構えて十メートルという至近距離から引き金を引いた。銃口から発射される物理弾は空気を切り裂きながら一直線に千尋に向かって飛んでいく。
通常兵器のライフルは秒速千メートルとも言われている。通常兵器でそれだけの速度を有しているのだから、IS武装ともなればまた大きく変わってくる。
どのみち千尋の元に到着するまで一秒と掛からない。コンマ何秒の世界であって、物体を捉えてから回避行動を取るまでの時間を踏まえても、人間では到底間に合うものではない。
これで終わりだ。発射と同時に構えていたライフルを下ろした瞬間だった。
「……何っ」
甲高い音と共に発射された弾が消失する。
確かに弾は撃った、撃ったはずの弾は千尋に命中していない。当たったにも関わらず痩せ我慢をしているのか……いや、違う。当たっていない。
それとも狙いが逸れたのか?
いや、そんなことはない。間違いなくピンポイントで狙いをつけて撃ったはず。自分の狙撃ミスとでもいうのか、それともこの使っているライフルが偶々調子が悪かっただけなのか。
いずれも―――違う。
「……どうした。今何かしたか?」
千尋が口を開く。
表情は先ほどと全く変わっていない。だが、エムには何が起きたかはっきりと分かっていた。
人間が出来るはずのない芸当をやってみせた。
「こ、こいつ……」
再びライフルを構えるとスコープを覗くと同時に狙いを定めて引金を引く。致命傷だろうが何だろうが関係無い、命令違反に抵触する可能性はあるがもはや関係なかった。
目の前で起きた現実を飲み込めるはずもない、自身の狙撃がただの人間に
これなら躱し切れるはずがない。私を舐めるな、ISを舐めるな、彼女の本心を曝け出すとしたらそんな言葉が相応しいかもしれない。
―――だが相手が悪かった。
「ふっ!! ハアッ!」
驚異的な反射神経で片方の弾丸を躱すと同時に遠心力を使ってもう一方の弾丸に刃を合わせて叩き斬る。
目視だけでは絶対に対応できるものではない。もちろん超人的な反射神経を持っていることは大前提として、相手の動きを正確に見切る洞察力。全ての要素が合わさって可能となる動きだった。
無論狙撃を全て躱されたエムからしたらたまったものではない。あまり変わることのない表情に動揺が見える。
「生身の人間に良いように弾丸を躱されるか。所詮IS乗りってこんなものなのか、他愛のない」
刀を軽く振り払うと矛先をエムへ向けながら、挑発するような言葉を投げかける。ただの挑発なのであればエムも相手にしなかっただろうが、事前にこちらが放った弾丸を全て良いように躱されている。
それも大したことがないと見下した生身の人間にだ。彼女の心中は穏やかではない、そして投げ掛けた言葉が彼女の怒りを爆発させるには十分だった。
「このっ……! 殺すっ!!」
一気に千尋に接近すると、ライフルの先端に付いている銃剣を容赦なく右から左に振り払う。頭に血が上った状態で振り払う太刀筋ほど見切りやすいものはなく、涼しい顔をしながら軽々と避ける。
「一つ」
「このっ!」
振り払った返し刃で今度は左から右へと返す。想定される攻撃なのか、千尋の顔色に特段変化は見られない。軌道に合わせて身体を屈めながら刃を躱した。
あくまで回避に専念しているのか、右手に持つ刀を使用する様子は見受けられない。相手の動きを見ながら攻撃のタイミングを見計らっているのかもしれない。
「二つ」
「ちょこまかとっ!!」
下から上に振り上げるがそこに千尋の姿はない。
地面を蹴り、身体を宙で反転させながら矛先を避ける。当たりそうで当たらないギリギリで避けるあたり距離感を完璧に掴んでいるようだった。
故にエムからすると当たらないイライラがどんどん募っていく。イライラは自身の行動に現れて斬撃が雑になり、より相手からは回避しやすい悪循環になる。あくまで千尋は当たり前のことを当たり前にやっているだけで、特別なことは何一つしていない。
しかしその
「三つ」
「ただの人間が私を見下すなっ!!!!」
力を込めて上から下へと斬撃を叩き込む。あまりの威力に直撃した衝撃には衝撃音とともに、切れ込みが走る。
―――が、そこにも千尋は居なかった。
地面にめり込んだ刃の上、厳密にはライフルの上に両足で飛び乗ると刀をエムの喉元に向けて構える。
「合計で三つ。これが何を意味するか分かるか?」
「何っ!?」
「私がお前に反撃を出来た回数だ。最も今後はもっと増えることだろう。ISに乗っているからって安心をするなよ?」
「このっ……うるさいっ!!!!」
飛び乗っている千尋を忌々しげに振り払う。宙返りの要領で地面に降り立つとそのまま地面を蹴り、一気に間合いを詰めて一足一刀の間合いに踏み込んだ。
「遅い……ハアッ!」
飛び込んだ時の推進力を活用して両手で刀を勢い良く振り払った。ガードが間に合わず、サイレント・ゼフィルスの機体に直撃し、その衝撃がエムにも伝わる。
「ぐあっ!?」
手痛い一発を貰い思わず後方に仰け反ってしまう。同時に視界に映し出されているシールドエネルギーの残量が減少する。
「なっ、エネルギーが!」
ISからの攻撃を受けたほどエネルギーが減る訳では無いが、それでも確実に先程まで残っていた残量から減っていた。
エネルギーの減少は間違いなく今の一撃によるものであり、自身の攻撃が原因である訳では無い。
「確かにISからの攻撃ほどのダメージは無いが、ダメージが全く通らないという訳では無い。生身の人間の一撃だからといって油断しないことだ」
「くっ、このっ。私を舐めるなぁああああ!!!」
「……やれやれだ」
千尋の一言に激高して再びライフルを振り上げようとするエム。
一足一刀の間合いから素早くステップを踏んで離れると、ライフルの尖端に付いている銃剣目掛けて刀を一閃。目にも止まらぬ速さで振り抜くと、そのまま鞘へと納刀した。
「えっ……」
エムは何が起きたか気付かず、ハイパーセンサー越しに納刀する千尋の姿を呆然と見つめる。刀を振ったところまでは見えた、ただ何に向かって振ったのか、どうして既に納刀しているのか。
分からない。
呆気にとられていると視界の隅に何かが円を描きながら落下し、音を立てて地面に突き刺さった。それが何なのか見分けがつかないほどエムの視界は霞んでいない。
自身が振り払ったであろうライフルの先端を見つめると、近接用に取り付けられた銃剣が無い。否、今の一撃で切り捨てられたが正しい。
全く反応が出来なかった。
もし今の場所に自身の身体があったら、今頃この世にはいなかったことだろう。自分はISに搭乗という圧倒的に優位な立場で戦っているはずだ、にもかかわらずどうして生身の人間の動きに全く付いて行けないのか。何故自分が戦況でも押され始めているというのか。
目に見えない実力の壁に、彼女の中で築き上げてきたプライドが少しずつ綻びを見せ始める。
確かにIS乗りとしては相当な実力を誇っており、国家代表にも太刀打ち出来るレベルの実力を持っていることは間違いない。
だがそれ以上に対戦した相手が悪すぎた。
「この……私がっ! 私がっ……こんな!」
「……」
「なんだ、何なんだ! 何なんだその目は! そんな目で私を見るな!!」
決して千尋は表情を崩してなどいない。だが冷静さを欠いたエムには、まるで自身を憐れむように見ているようにしか見えなかった。
ISに乗っているのに所詮その程度の実力しか発揮出来ないのかと。
「こんな生身の人間に私が
二度も。
生身の人間にやられるのは初めてではない。短時間ではあるが、IS学園の学園祭に侵入した時のことだ。
セシリアやラウラといった専用機持ちの代表候補生を圧倒して退け、数少ない男性操縦者である織斑一夏も難無く対応し、IS学園のレベルの低さに呆れた矢先のことだった。
オータムを救出した際に現れたあの仮面の剣士。
追い詰められるまではしなかったものの、放ったレーザーライフルを初見で見切られ真っ二つにされただけでなく、加えてビッドも破壊されて接近を許し、あわやを招きかねなかった。
偶然だと自分に言い聞かせるエムだったが内心は穏やかなものではない。それがこの短期間で続けざまに起きている。頭では理解をしていても自分の中で納得し、平常心を保つのは簡単ではない。
半ばやけくそ気味に小型レーザー・ガトリングを乱射する。千尋は攻撃と同時に地を蹴りそのまま壁を伝いながら再びエムの元へと接近すると、容赦なくガラ空きの腹部に蹴りを入れた。
特注品の靴を使用しているため、強固な作りであるIS機体を直接攻撃をしても自身への影響はない。それ故に手加減する必要も無い。
華奢な体躯のどこにそんなパワーが存在するのか、まるでトラックにでもはねられたかのような想像を絶する威力に機体はバランスを崩し、対岸の壁に勢い良く叩きつけられた。
「ガッ!?」
叩きつけられた衝撃で腹部の空気が一気に外に漏れて呼吸が出来なくなる。一瞬の隙を見逃さずに一気に納刀していた刀を二つとも抜刀し、サイレント・ゼフィルスの両手に向かって勢いよく突き刺した。
手だけではなく後ろの壁にも突き刺したことで両手の自由を完全に奪い、ハイパーバイザー越しにエムを見下す。
間近で見る千尋の眼力に、エムは得体の知れない恐怖感を覚える。オータムにサバイバルナイフを突き付けられても怖いとも思わないほど肝が据わった人間であるにも関わらず、生身の人間の眼力に恐れおののく自分がいる。
目が離せない、身体が動かせない。でも怖い逃げたい。
まるで金縛りにでもあったかのように身体は硬直し、言葉の一つも発せなくなってしまった。
「私はお前のように専用機を持っているわけでも、ましてやIS適性が高くISに乗ったことがあるわけでもない」
「ッ!!?」
「そんな私がどうして生身のままISに立ち向かうことが出来るか……分かるか?」
この世に生身でISに太刀打ち出来る例外は何人かいる。
まずは織斑千冬。
こちらはもはや言うまでも無いだろう。
世界大会モンド・グロッソの初代王者、圧倒的な強さは操縦技術に留まらず、IS用近接装備を素手で扱うことが出来るレベルで、当然生身の状態だったとしてもISと互角以上に渡り合うことが出来るまさに世界最強の名に相応しい人物だ。
それから霧夜大和。
現霧夜家当主であり、秘密裏に行われていた実験により、遺伝子強化試験体としてこの世に生まれた。通常では考えられない身体能力を持ち合わせており、軽く掴んだだけでも硬化な五百円玉を握り潰すことが出来たり、高いビルから飛び降りてもある程度無傷でいられたり、生身の状態であったとしても同時に二体のISと戦うことが出来るといった、完全に人知を超越した身体能力を持ち合わせている。
―――そして霧夜千尋。
前霧夜家の当主。
彼女は護衛一家の中で産まれたという以外は、他の人と何も変わらないごくごく普通な女性であり、普通に食事もするし風呂やトイレにも行く、ランドセルを背負って小学校にも行くし、制服を着て中学や高校にも行く、好きな人がいればときめくし恋もする。
一般人と何一つ変わらない生活を送っていたが、彼女の生まれつき持ち合わせていた身体能力のスペックは、通常の人間のそれを遥かに超えていた。
彼女の戦う姿を知る者は皆口々に言う。
まさに彼女こそ戦う為に産まれてきた『戦神』そのものであると。
戦闘における彼女のセンスはズバ抜けていた。
人が何十年も掛かって取得する技やスキルを彼女はものの数日で完璧にマスターしてしまう。それどころか持って生まれた身体能力は衰えることを知らず、年々凄みを増していくばかり。
それ相応に鍛錬を積んではいるが、身体能力だけに限って言えば決して鍛錬で取得したものだけではない。元々のベースが異常であるが故に、鍛錬を積めば積むほどに昇華させてしまう。
戦いにおいて彼女に敵う者は誰一人として居なかった。
それは大和をもってしても『勝てない』と言わしめる程に。
当然、公にはなっていないものの究極兵器と呼ばれるISとの戦闘でも負けたことは一度たりともなかった。
人間がISに勝ったという事実が公になれば、女性優位に変わった世界のパワーバランスはまた大きく崩れることになる。だからこそ裏社会だけのブラックボックスとして封じ込め、一般社会に情報が出回ることは無かった。
彼女の存在を裏社会で出せば知らない人間など皆無に等しい。
名前こそ知られていなくとも、その存在は世界のパワーバランスをも大きく変えてしまう存在である。
霧夜家が業界でも恐れられる存在となったのは現当主の大和の功績ではない。先代の霧夜千尋、彼女の存在が最も大きかった。
「―――負けたことが無いんだ。どんな戦いにおいてもな」
そんな人間に対して戦いを挑んだエムに、もはや勝ち目など何一つなかった。千尋はギロリと睨みを利かせた視線のまま、突き刺した刀を引き抜く。
「さぁ、シールドエネルギーの残りはいくつだ。お前はどれだけ粘ることが出来るかな?」
精々あがいて見せてくれ、そう言わんばかりに少しだけ距離を取る。まるでこの戦いを楽しんでいるかのように。
呆然とするエムの様子を見て、千尋は獰猛にニヤリと笑みを浮かべるのだった。