けたたましい轟音と共に、入口から大きな金属製の物体が部屋に飛び込んで来る。先の侵入者で入口の扉を破壊されているため、飛び散る破片はそこまで多くなかった。
とはいえどれだけの範囲に破片が拡散するか分かったものではないため、ナターシャが絶対に怪我をしないように大和自身が盾となり、入口側に背を向けるような形で背後にある段差の上まで飛び上がる。
驚いているが傷どころか汚れ一つない。
「大丈夫でした?」
「えぇ、特に問題ないわ。庇ってくれてありがとう、やっぱり優しいのね」
「これも仕事ですから。ナターシャさんも福音も何が何でも守り切るので安心して下さい」
ナターシャの身に問題ないことを確認して、大和は金属製の物体が飛び込んで来た入口の方を見た。こんなところでドンパチをやる人間なんて限られている。
施設内の至る所に兵士が配置されているのは間違いないだろうが、大和と侵入者が話していても一向に駆けつける様子は無かったことを考えると、もう一人の侵入者に無力化されていたに違いない。
そうなると考えられる人間は一人。
「ぐっ……そんな、馬鹿な」
飛び込んで来た金属製の物質から声が聞こえてくる。金属製の物質じゃなく、その正体はIS。声の主は搭乗者であるエムのものとなる。ハイパーバイザー越しで顔は隠れており、間近で見た千尋以外に素顔を確認することは出来ないが、響き渡る声色が正常なものではない。
かなりテンパっている様子が伺えた。それもそうだろう、装甲を見ると至る所にぶつけられて出来たであろう擦り傷や汚れが散見される。普通の人であったとしても機体の状態を見ればハッキリ分かるくらいだ。
機体にも相当なダメージが通っていることが伺える。何より機体へのダメージよりも操縦者の精神的なダメージの方が大きいに違いない。
何故か?
理由は簡単だ。
ISに遅れるように入口から鳴り響く足音。暗闇の中にほんのり影が映ったかと思うと、その影は徐々に変化して人型になる。やがて人影は一人の人間へと変貌し、室内へと足を踏み入れた。
「……さぁ、残りのシールドエネルギーはいくつだ。答えてみろ」
「き、貴様……」
部屋に入ってきたのは他でもない千尋だった。
先ほどまで使っていたであろう刀は既に鞘に納刀され、手ぶらの状態で倒れている侵入者を見つめる。侵入者が施設に入り込んでからこれまで十分と少し経つくらいか。状況を見るに戦況は一方的で、太刀打ちする術すら無かったことが見て取れる。
本来ISと生身で戦おうとするのなら無傷で済むことはない。それどころか大怪我で済めばいいところだろう。下手すれば死さえあり得る。
だが目の前に広がった光景はどうだ。
一方的にやられていたのはISの操縦者のエムであって、生身の千尋には傷一つ無かった。当然戦ったことによって着ている服には汚れが見えるものの、相手の攻撃で発生した傷やスレはほとんど無いということになる。
つまりエムの攻撃を千尋はほぼ完封したという紛れもない事実が残っていた。
「はぁ、はぁ……」
それどころか疲労も両極端であり、一切息を切らしていない千尋に対して、何度も外の空気を吸おうと呼吸を荒げるエム。ISの操縦も膨大な集中力を要するし、派手な動きを続ければ疲れも出てくる。
だとしてもそのハンデは比べられるものではない。生身の人間よりもIS操縦者の方が疲労している圧倒されているなんて事実は、世界のパワーバランスの常識を覆してしまっていた。
目の前の事実が如何に浮世離れしているかが分かるナターシャは背後から大和に声を掛ける。
「大和くんのお姉さん、本当に何者なの……? 強いっていうのは聞いてたけど、あんなの強いなんてレベルじゃないわ、あれはまるでブリュンヒルデ……いや、それ以上よ」
「どのレベルかって言われても分からないですけど、少なくとも姉より強い人間を見たことはないです」
「えっ!!」
信じられないといった表情で驚く。決して間違っていることを言っているわけではなく、あくまで大和の知る限りでは千尋よりも強い一般人は存在しないと思っていた。
同時に大和自身も仮に本気で挑んだとしても恐らく負けると。二次元の世界でどんなものにも太刀打ちできるキャラをバグキャラ、チートキャラと呼ばれるキャラが存在するが、リアルに存在する人間がいるとしたら千尋がそれに該当するに違いない。
千冬も千尋と同じで今は表立って戦うことはないが、括りとしてはバグキャラに分類される。その千冬が自分をもってしても敵わないと敬意を払っているのだから、壁を越えた計り知れない実力を持っているのは確実。
既に前線から退いている身にも関わらずこれだけ戦えるのだから、普通の人間なら現実を受け止めることが出来ないのも無理はない。
千尋が対峙している機体はBT二号機であるサイレント・ゼフィルス。元々はイギリスで開発中だったであろう実験機体だったが盗まれ、今は亡国機業のエムが操縦者として使っている。
この機体は大和が実際に学園祭で対峙したが、BT兵器の高稼働時に可能な偏光制御射撃を繰り出すなど、他の代表候補生たちを圧倒。特にセシリアは現在の操縦者では最高値のBT適正を誇っていたにも関わらず、目の前で圧倒的な力を見せつけられて消沈していた。
そんな操縦者も、絶対的な力の前では平伏すしかない。
(久しぶりに見るけど変わらずえげつないな。仮にも相手は代表候補生、専用機持ちたちを軽くあしらうくらいの実力は持っているというのにこれか。前線退いているのにこれはだいぶふざけてる)
「く、くそ……こいつ、一体何者……」
見たこともない相手に圧倒されて困惑しかないどころか、若干心が折れかけているに違いない。
攻撃が当たらないだけならまだしも、自身が一方的にやられている。うちの専用機持ちたちを複数人相手にあしらっているのだから、それ相応に自身の実力に自信を持っていただろう。
ただ蓋を開けてみれば惨敗の状態、プライドはズタズタなハズだ。それでもここまで来て退くわけには行かないと、再度エムは立ち上がる。
「それでいい。さぁ、来いっ!」
どこか満足そうな笑みを浮かべると刀を鞘から抜刀し、両手で構えながら矛先を機体へと向ける。
バトル再開、第二のゴングが鳴らされる瞬間、意外な人物からの一声が掛かった。
「―――エム、退くぞ。残念だがお前の力ではこの二人には太刀打ち出来ない」
それは先ほどまで大和と相まみえた侵入者の声であり、千尋とエムがこの部屋に入って来てからというもの、一切手を出さずに宙にラファールを浮かせたまま状況を見つめていた。立ち位置的に大和からは彼女顔をうっすらと確認出来るが、下にいる千尋やエムからは顔まで確認することが出来ない。
大和はナターシャを守りながら、一方の侵入者の状況をずっと監視していた訳だが、本人が言うように戦う意志を感じ取ることは出来ず。挙句の果てに出てきた言葉は撤退命令だった。
「なっ、何だと! 一体どういうことだ!」
「どういうことも何も言葉通りの意味だ。福音の奪取は失敗。この場所に留まったところで窮地に追い詰められるのは明白であって、これ以上残る必要もない」
賢明な判断だろう。
既にサイレント・ゼフィルスの至る部分に損傷が確認出来るだけでなく、操縦者であるエムの精神状態も大きく摩耗している。
この状態で戦闘を続けたところで勝てる見込みもなければ、シールドエネルギーがゼロになってIS稼働が止まった瞬間に拘束され、折角手に入れたはずの機体まで取り返されてしまう。
こちらが優勢であればこのまま戦いを続けても良いのかもしれないが、状況は明らかに劣勢であり戦いを続ける理由もない。
二人の会話の様子を千尋と大和は黙って見続ける。二人の任務の最重要事項は『ナターシャを無事に守り切ること』であって、サイレント・ゼフィルスを奪還すること、もといエムを含めた侵入者を捕縛することでは無い。もちろん危険因子である存在を野放しにしておくリスクはあるが、それ以上に大切なのは他でもない護衛対象の命である。
大和は侵入者の一人であるラファールの操縦者を捉えようとしたが、それはあくまでエムがいなかったからであり、学園祭時の状況からエムが容赦なく攻撃を行う可能性がある人物であることは確認している。
今の状況で無理に捉えようとは思っておらず、ナターシャを守り切ることに意識を集中させていた。だがみすみす逃すつもりもないのも事実、隙を見て捕獲できるようにいつでも準備をしている。
舐めきっていた相手に完膚無きまでに叩きのめされた、エムにとってこれほどの屈辱を味わったことは無いだろう。何より高すぎるプライドが負けたなどと認めるわけにはいかなかった。
まだ私は負けていない。戦いを再開させようと口を開く。
「くっ、私はまだ戦え「ほざけ小娘」……!?」
口を開いたと同時にラファールの操縦者の声が遮った。
女性とは思えないほど冷徹な声と同時に、周囲を一気に凍りつかせるような絶対零度の雰囲気が包み込む。
「まだ現実が分からないのか。もう一度言うぞ、
「ぐっ……」
正論以外の何物でもない内容に、エムはぐぅの音も反論することが出来なかった。苦虫を噛み潰したように歯を食いしばるが、自身が人間に圧倒された事実は変わらない。頭では分かっていても絶対に認めたくは無かった、私が負けたなど。
「これ以上無様な姿を見せるというのなら、私がお前を潰してでも止める。自分の立場をよく考えて判断するんだな」
「……くそっ!」
ラファール操縦者の方が立場としては上だということが分かる。エムは悔しさを押し殺すように下を向いた。
「と、言うわけだが……まぁお前らに限ってこのままはいそうですか、と帰してくれるわけではなさそうだ」
「当たり前だろう」
誰が逃すかと、千尋は納刀しているもう一本の刀を鞘から抜く。
「悪いけど先にも言ったようにお前たちを簡単に逃がすわけにはいかないんだわ。こっちはお前たちのせいで色々と割りを食ってるんでね。それに危険因子をミスミス逃すつもりはない、何をするか分からない連中を放っておくわけ無いだろう」
そういう大和も既に腰から二本の刀を抜いている。臨戦態勢をとり、いつでも飛び出せるようにぐっと地面を踏み込み、体勢を低くした。
「ふう、やれやれだ……無駄な争いは好まないんだがな」
大和と千尋がこのまま逃すわけがないことを理解したラファールの操縦者は、一つため息を吐くと地上へと降りてくる。話し合いでどうにかなる問題ではないため、自分たちがここから脱出するには二人を完全に無力化するしかないということを悟ったようだ。
やがて地上へと降り立ちエムの側に近付くと口元がほのかに動く。小さな声でエムだけに作戦を伝えるように何かを指示しているのか。プライベート・チャネルを使えば相手に会話内容を聞かれないように、個別で連絡を送ることも出来る。
これからの作戦を簡潔に伝えたのは間違いない。
「―――霧夜千尋」
ラファールの操縦者は声を出して千尋の名前を呼ぶ。千尋は二人に自身の名前を名乗っていない。どうして知っているのかと一瞬疑念にかられるも、ここでそんなことを気にしても仕方がないと表情を変えずに、相手の動きを観察する。
だが、空中にいる時も地上にいる時もどういうわけかラファール操縦者の顔を見ることが出来ない。空中にいる時は極端なアオリ視点になってしまうため、顔そのものを確認することが出来ないのは分かるが、地上に降りてきても俯いたまま素顔を千尋に見せようとはしなかった。
素顔が知られたくないのか理由は分からないが、捕らえてしまえば自ずと顔を見ることになる。
(一体何者? まぁ近付いて見れば……)
至近距離まで近付けば顔を確認することくらい簡単だ。そう思い、地面を蹴って一気に踏み込もうとした瞬間。
「―――私のことをもう忘れたのか?」
「ッ!!?」
顔を上げたことで千尋の視界に操縦者の表情が飛び込む。素顔を見た瞬間ほんの一瞬、千尋の動きが鈍った。端から見ればほんの僅かな隙だろう、だがその隙は戦場では命取りになる。
発生した隙の硬直をついて懐から金属の塊を千尋の足元目掛けて投げると、落下と同時に二つの機体はスラスターを吹かして一気に入口に向けて移動。金属の塊が地面に触れると同時に周囲一帯を眩いまでの光が包み込んだ。
「閃光手榴弾! しまっ―――」
気付いた時には遅かった。
仮面と眼帯をつけている大和とは違い、何もつけていない千尋は落下の瞬間に視界を外して直撃を防ぐことには成功するも、爆心地に近いせいで光の影響をより強く受けてしまい視界が光で遮られる。
音で相手の場所自体は何となく把握することが出来るが、この状態ではいくら千尋といえどもどこに攻撃が来るかまでは正確に把握することは出来なかった。
「千尋!!」
大和は地面を蹴り急いで千尋の元に駆け寄る。だが千尋の元に駆け寄るということはイコール相手を逃がすということと同義であり。
「私の名前は
「なにっ!? それはどういう……クソッ!!」
ラファールの操縦者、霧夜千春はほのかに笑いながら
幸いなことにナターシャも福音も無傷。護衛にあたった千尋も大和も怪我はなしという状態で、敵ISを追い払うことは出来たが、それ以上にいくつもの疑念を抱くことになった。
二人の襲撃者が過ぎ去った後、すぐにアメリカ軍の増援部隊が到着。エムと戦った兵士たちは重傷ではあるものの、全員致命傷は避けている状態で命に別状は無かったらしい。
また襲撃によって施設の至る部分に傷が残ってしまったとはいえ、こちらも修復不可能レベルの状態ではなく、時間を掛ければ問題なく修復が可能な状態で、最悪の事態を防ぐことは出来た。
後はこちらの状況について。
俺も千尋姉も多少着ているスーツに汚れがついてしまっただけで怪我は無し。ナターシャさんに至っては怪我どころか服の汚れ一つなく、無事に守り切ることに成功。そしてこれは俺も知らなかったのだが、どうやら不測の事態に備えて専用機を一機、ナターシャさんの指示で呼び出せるように待機をさせていたらしい。結果は呼ぶこともなく事態が収束したため操縦者の人と会ったのは全ての事が片付いた後。
ISスーツを纏ったままこちらに近付いて来たかと思うと『お前やるなぁ!!』っていきなり背中をバシバシと叩かれるといった中々に豪快な性格の人だった。いやまぁサイレント・ゼフィルスを追い払ったのは千尋姉だし、俺はあくまでナターシャさんを守り切ることだけに集中をしていたから、敵を追い払ったって意味なら千尋姉の功績が圧倒的に大きい気がする。
そこはさておいて、豪快な操縦者の名前はイーリス・コーリングさん。
ナターシャさんと同じ軍属で二人の関係も良好、気の合う仲間なんて言ってたけど、戦闘になると周りを配慮しなくなるようで、ナターシャさん曰く『イーリを呼ぶことにならなくてよかった』とのこと。
どうやら戦闘になると自分が戦いやすいように立ち回ってしまうせいで、例えば怪我人がいたとしても雑に扱うことがあるそうだ。ナターシャさんは投げ飛ばされたこともあるらしく、不思議かな俺もラウラに投げ飛ばされたことを思い出してしまった。
過去がフラッシュバックして、若干顔が引きつっていたことから呼んでいたら現場はきっとカオスになっていたことだろう。
イーリスさんからは『こいつならナタルのことを任せてもいいな』なんて言われてナターシャさんからは『そりゃそうよ。だって私の未来の旦那様なんだから』とか言われて気まずくなり、お茶を濁したのはまた別の話。
千尋姉もその場にいたが仕事中ということでいつものダダ甘モードが発動することは無く、表情一つ変えることは無かった。
最低限、ナターシャさんを無事に守り切ることは出来たが、結果として襲撃者たちは取り逃してしまった。
サイレント・ゼフィルスの操縦者、エム。
学園祭で一度会っているため今回は二度目だったが、千尋姉にフルボッコにされた。完全に舐めて掛かってきたことが原因の一つだとは思うが、こちらとしてはいい意味で亡国機業に牽制を入れることが出来ている。
今回はIS学園とは全く関係ない海外での出来事ではあるものの、学園祭でのオータムの件、そして今回のエムの件と、
残念ながらアラクネと違ってサイレント・ゼフィルスは外損度合いはそこまで酷くないため、機体としてはシールドエネルギーさえ回復してしまえば動かせる状態だが、そこは致し方ない部分だ。あのまま戦い続けていれば奪還をすることまで視野に入れることは出来たとはいえ、それは結果論になる。相手に植え付けたイメージを考えると十分すぎるほど貢献したと言えるだろう。
差し当たる問題としてはもう一人、霧夜千春と名乗った人物について。
名字も名前も千尋姉に近しい部分があり、顔立ちに至っては昔の顔と全く同じ。IS装甲のせいで身体つきまでは確認することが、顔立ち的に年齢は俺と同じくらいか。
本当にこちらに攻撃をしてくることは無かったし、何ならエムに撤退させようとしているくらいだから、自ら危害を加えるつもりはないように見えた。ただ所属している組織に問題がありすぎる。
どちらにしても一度捕まえて本心を聞かないことには始まらないのだろう。
それともう一つ、現状としてはこっちの方が重要だ。
―――どうしてそんなに千尋姉に似ているのか。
これは本人にも直接確認する必要がある。
あの時、霧夜千春が顔を上げた瞬間に千尋姉の動きが一瞬止まった。それまではいつも通りだったにも関わらず、顔を見た瞬間に明らかに動揺の色を隠すことが出来なかった。
昔の自分と瓜二つの顔が現れれば誰でも驚くが、あの驚き方はまた別の要因があるような気がしてならない。
自分と全く同じ顔立ちの人間がいたことに対しての驚きではなく、過去何処かで会っていて既にいないはずの存在だったからこその驚きだったのか、それともまた別の理由があるのかは現時点では分からないまま。
千尋姉にも聞こうにも仕事中はスイッチが入ってしまっているため、最低限のことしか話さない。当然霧夜千春……フルネームは言いづらいな、千春に関することを聞く暇などあるはずも無かった。
どちらにしても俺が霧夜家に来てからこれまで、千尋姉の他に子供がいたなんて話を聞いたことはない。話す必要が無くて話されなかっただけかもしれないが、アルバムに載っている家族写真を見せてもらっても千尋姉以外にも子供がいたという事実は無かった。
千春の言っていることが全て正しいと仮定すると、俺と同じで試験管ベビー、遺伝子強化試験体の一人として生み出された存在であることになる。
破棄された遺伝子強化試験体は何人もいる。その中の一人、生き残りが彼女だというのか。
結局のところ、彼女の口から全てを聞けたわけではない。分かっている部分を総括すると遺伝子強化試験体として生み出された存在であるということ。そして生み出された際に千尋姉の遺伝子が組み込まれた可能性があるという二つだ。
後者に関しては千春の口から明らかにされた事実ではなく、あくまで俺の想像に過ぎないが、想像と合致している可能性は決して低くないはず。
……ますますワケが分からなくなる。間接的に霧夜家はあの実験に関わりを持っていたということか、それとも本当に偶々なのか。
いずれにしても一旦確認が必要な内容だった。
「……」
窓の外から見える街並み。日本では見ることが出来ないような町並みに本来であれば興味をそそられるのかもしれないが、残念ながら今の俺には微塵の興味も湧くことはなかった。
現在の俺たちの状況を整理しよう。
無事に施設内での仕事を終えた俺たちは、既に基地を後にしていた。事後処理で散々時間を費やし気付いたら既に夕刻。ナターシャさんも無事に仕事を終えたということで車を使って自宅まで送り届けている最中だ。
車を運転しているのはファイルス家専属の運転手で、後部座席にナターシャさんをオセロのように挟んで座っている。ファイルス家専属の運転手も念には念を入れて問題ないか、また車に何か仕掛けられていないかも確認の上で車に乗っているから安全面で言えば問題ないし、いざとなれば俺と千尋姉もすぐに動ける状態にある。
……いや、それもちょっと違うかも知れない。
動けるには動けるがやや動きづらいというか。こう、自身の動きに多少の制限が掛かっているというか。
本来護衛対象を座席の間に挟むのは周りから見えづらくするのと、何かあった時に覆い被さって盾になる事が出来るからであって、今の状態は当初の想定から少しズレているような気がする。
「……」
「うふっ、やーまとくん♪」
もう一度言おう、守るために二人でナターシャさんを挟むのは良かった。だがナターシャさんはこの現状を楽しんでいる様子で状況とか関係なく、ニコニコと満足そうな表情を浮かべながら俺の腹部付近に手を回してギュッと抱き着いている。
いや、あなた護衛対象なんですけどね。ちゃんと依頼料って形で報酬も貰う予定なのに、どこの護衛対象が護衛にベタベタとくっつくかって思わずツッコミたくなる。
一切表情を変えずに窓の外を見ている千尋姉が怖い。本来護衛対象との多干渉は控えるべきなんだが、お構い無しと言わんばかりにベタベタとくっついてくる。
こちらとしては明確に禁止をしているわけでもなく、また下手に拒否することは出来ないため良くも悪くもされるがまま。これまでこなした任務でこんなことは一度も無かったため、どう対応したら分からない。
「あのですねナターシャさん。まだ一応任務中なので……その、離れていただ「いーや!」……さいですか」
と、離れるように言ってもずっとこんな感じだ。これが自由の国アメリカか……と感心したところで、やっぱりちょっとズレているような気しかしない。
「大和くんは……私のこと嫌い?」
と、今度は瞳を潤ませながら『ダメ?』と上目遣いで確認してくるナターシャさん。別にダメというわけじゃないが今はまだ護衛中。脅迫状の差出人が亡国機業の人間では無いと仮定した場合に、まだ狙われている可能性もある。
いくら車の窓が外から見づらい作りになっていたとしても、俺が座っているのは窓際であって外から狙撃されようものなら窓際が一番危険なゾーンになる。何度も言うように万が一を起こしてはいけない。
この車は外からの攻撃に耐えられるように通常の素材よりも強固な素材を使っていて、ガラス窓も跳弾性の高い強化ガラスを使っている。耐久度が高いとはいえ何があるかは分からない。
外の様子には気を配るようにしているし、今のところ接近してきたり不可解な動きをするような車は無いが、窓際は安全面から考えると護衛対象が近付いていい場所ではないのだ。恋する乙女状態なのは分かるがもう少し自身が狙われている可能性がある、という部分は認識した方がいいだろう。
「え? あぁ、いやそういう訳では……って今この現状はそう言うことを話している場合ではなくてですね「ンンッ!」あの! とりあえず外から狙われると不味いんで一旦離れてもらってもいいですか? 万が一があって傷つくナターシャさんは見たくないですから!」
と、途中で威圧感のある咳払いが聞こえたところで、俺の本心を伝える。第一にナターシャさんが傷付く姿を見たくない。護衛としての立場でも、霧夜大和個人としても。
「むぅ……分かったわ。大和くんも心配してくれてるし、私も少し軽率だったわね」
「いえ、気持ちは凄く嬉しいので……」
ややむくれ面をしながらも俺から離れてくれた。落ち着いたところでもう一度状況を整理しよう。
千尋姉に確認する内容は二人きりの時にするから一旦置いといて、個人的に引っ掛かっているのが集合時に見せてもらった脅迫状についてだ。
最初に見せて貰った時こそありきたりな内容かと思ったが、そもそも今回の襲撃者たちがあんな脅迫状を送るだろうか。昨日ティオから電話があった際に『君にとっていい刺激になる』なんて言われたものの、あのクラスの人間がこんな脅迫状を刺激になるなんて言わないだろうし、そもそも送る姿をイメージできない。
と、なると襲撃犯と脅迫状の差出人が異なる可能性がある、ということになる。つまりタイミングとして偶々合致してしまったというだけで、脅迫状の差出人は全くの別の人間、もとい組織からのものであり関係性は無くなる。
「……ナターシャさん、一つ聞いていいですか?」
「うん? 何かしら」
「今日朝ナターシャさんに着いてきたボディーガード居たと思うんですけど……あの二人って誰が手配したかって分かります?」
「え? えーっと多分パパだと思うわ。私が家を出る前に、大和くんと合流するまでの間は念の為にボディーガードを付けるって言ってたから」
懸念点は払拭して置く必要がある。先ほどまで窓を見ていた千尋姉も視線を俺の方へと向けてきた。
「その時、ファイルスさんってボディーガードの顔って見ました?」
「……いえ、言われてみれば見てないわね。朝からバタバタしてて、私が出かける時も取引先が! なんて言ってたからトラブルに巻き込まれたんだと思う。ただ大和くんたちと合流するまでの間に、二人から身体を触られたり不審な行動をされたりすることは無かったから大丈夫だとは思うんだけど」
見ていない。
そこの部分が妙に引っ掛かる。
ボディーガードを依頼したからと言って、実際に任務に当たる人間の顔を事前に知らされているかと言われれば何とも言えないところだ。事前に誰が来るかを知らされていれば、本当に依頼を請け負った会社の人間がどうかを照らし合わせる事が出来る。
実際のところ、ナターシャさんは二人に何かをされた訳では無いし危害が及んでないところを見ると特別気にするような部分ではないと思えるが……。
「……」
いや、やっぱりダメだ。
懸念点が多すぎる。ボディーガードたちを完全に白と断定するには証拠があまりにも少な過ぎた。このままナターシャさんを家に帰して一人にするのも良くないかもしれない。俺の杞憂で終わってくれるのならそんな嬉しいことは無いけど、リスクが考えられる以上は対策を練る必要がある。
「杞憂なら良いんですけどね。ただ職業柄見ず知らずの人間は疑わざるを得ないので。車降りたら何ですけどちょっと色々と確認させてもらいたいことがあるので、少しお時間大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。何ならずっと一緒に居てくれても良いわよ?」
さらりと本心をさらけ出してくるナターシャさん。
どちらにしても今後の動きについては直ぐに決めることとしよう。時間は有限だ、今出来ることをやって来たるべき時に備えておく。
今できることとしてはそれくらいだった。
だから。
「―――はい。そうして貰えると俺としては大変助かります」
「……へ?」
俺はその話に乗っかってみようと思う。