IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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制圧

 

 

「ここだ、降りろ」

 

 

目的地に到着し、車から降ろされる。同時に覆い被せられていたビニールも取り払われ、暗い闇だった視界からようやく解放された。

 

 

「ここは……」

 

 

周囲を見渡しても木々に覆われていて建物らしいものは一切見当たらないどころか車も人も通る気配は無い。

 

どこかの山中になるのか、実家からそう離れていない場所にいくつか小さな山や雑木林は存在するが、目隠しをされて周囲の風景を全く確認することが出来なかったため、土地勘があるナターシャといえどもここがどこなのか特定することは出来なかった。

 

周囲に鳴り響くのは木々の間を通り抜ける風の音だけであり、車のヘッドライトがなければ文字通り漆黒の闇が広がるだけだ。

 

 

「アナタはここにいてもらいます。あぁ、くれぐれも変なことを起こそうとは思わないで下さいね? 私たちはいつでも手を下せるということを忘れないでください。まぁ、もしかしたら他の男たちに触れられたり弄られるかもしれませんが……死ぬよりはマシでしょう」

 

「っ!」

 

 

本来であればもっと長引くはずの酔いも道中のやり取りのせいで完全に覚めており、今はシラフの状態で正常な判断をすることが出来る。視界がクリアになったとはいっても両手両足には手錠が掛けられており、動きが大きく制限されているのは変わらない。

 

そもそも自身は人質の立場であり、手枷を外せば逃げることも出来れば隙を見てねじ伏せることも出来る。軍属の人間を解放するなど、自らドツボにハマるようなことをするはずが無かった。

 

下手な抵抗をしなければ殺されることはない。だがここにいる人間、主に男たちからの行為に対して耐えなければならないということを意味している。肉体が死ぬのが先か、それとも心が死ぬのが先か、形はどうであれ抵抗しようが無抵抗だろうがロクな未来は待っていなかった。

 

 

「おおっ! これが噂の人質か!」

 

「随分な上玉じゃねぇか! アイツに一泡吹かせられるだけじゃなくて、こんなスタイル抜群な美人と出来るとかたまんね〜!!」

 

 

不意に暗闇からゾロゾロと現れ始める人影の数々、数だけでざっと十人はいるだろうか。言葉遣いは勿論のことその風貌もとても人相の良いものではない。

 

加えて全員の視線が一斉にナターシャの足元へと向けられる。我慢はしているが今のナターシャは地べたに座らされている状態で、角度を変えればドレスの中まで丸見えの状態だ。

 

下心を持つ男からすればさぞかし魅力的な風景になっていることだろう。ジュルリと舌なめずりながら誰もが羨むであろう美貌を持つナターシャを見つめる。

 

 

(これはちょっとキツイわね……分かっているとは言え、好きでもない男に大事な部分を見られるというのは)

 

 

見せたくて見せている訳では無い。自分が好きでもない男に見られるというのは彼女にとって屈辱以外の何物でもなかった。

 

そんな中でもあまり表情に出さず、いつもと同じ冷静な表情を貫くのは彼女のこれまでの経験から培われた精神力があってこそだ。普通の人間なら既に心が折れているに違いない。

 

 

「確かにこうしてみるとむちゃくちゃいい女だな。おい! お前俺の女になれよ。そうしたら特に乱暴に扱わないでいてやる」

 

 

顔を覗き込んでくるのは先程自身のこめかみに銃口を押し付け、手錠をかける時に乱暴に扱った男だった。ナターシャの容姿が気に入ったのだろう、整った顔立ちに抜群のプロポーション、世の男性が放って置くわけがない。

 

だが、ナターシャがそんな野蛮な人間を好むわけもない。じっと男の顔を見つめたかと思うと、薄ら笑いを浮かべながら本音をぶつける。

 

 

「残念だけど、貴方みたいな男好みじゃないのよ。特に人に平気で暴力を振るうような人はね!」

 

「なっ……この女!」

 

 

図星を突かれたことでカッとなり、反射的にナターシャの頬をパチンと張る。張られたところは腫れるまではいかないまでも赤くなっていた。

大柄な男の一撃ともなれば相応に痛みもあるにも関わらず、ナターシャの目は決して死んではいない。

 

キッと鋭い目つきで男の顔を睨みつけながら、更に言葉を続ける。

 

 

「ほんとつまらない男。図星を突かれたら暴力って、絵に描いたようなろくでもない人間ね。悪いけど貴方が改心したところで私の心が靡くことは誓ってないわ」

 

「ぐっ……テンメェ……!」

 

 

自身のプライドを傷つけられた怒りに震えながら腰に差しだ拳銃を引き抜こうとする。

 

 

「よせ! さっきも言っただろう! ここでやったら全ての計画が水の泡になると。お前自身の感情で動くんじゃない!」

 

「うるせぇ! さっきから黙ってればガタガタと減らず口を利きやがってこの女!! 今すぐにでも黙らせてやる!」

 

「いい加減にしろっ!!」

 

 

タクシーの運転手は怒号とともに銃を引き抜いたかと思うと、男の足元に向けて一発銃弾を撃ち込んだ。

 

暴れる人間を瞬時に無力化するのであれば、肉体に直接撃ち込んだ方が手っ取り早い。それをしなかった、ということはあくまで牽制のための一発だったようだ。

 

だが牽制とはいっても男のすぐ近くに着弾している。瞬間的に血が頭に上った人間を落ち着かせるには効果的だったのかもしれない。

 

 

「……ちっ」

 

 

納得のいかない表情を浮かべながら、渋々銃をしまう。二人の立ち位置から見ても分かるように、立場的にはタクシー運転手の方が上であることは間違いない。恐らくこの計画の首謀者的な立場になるのだろう。

 

ただこの短気な男が『大概な人間』と言っているように、これまでに何人もの人間を手に掛けているということは事実。これまでの感じでは多少物分りが良い人間だという印象に見えるとしても、それはあくまで表向きの表情であって、実態は自身に仇なす敵と判断した人間、または利用価値が無いと判断した人間は容赦なく葬ってきている。

 

 

(……ダメね。まがい物ならまだなんとかなったかもしれないけど、とても普通の力で外せるものじゃないわ)

 

 

男たちのやり取りが行われている中、ナターシャは自身を束縛している手錠を何とか外せないかと試行錯誤を続けていた。

 

手を後ろで交差させられているせいで動かし辛いが、ガチャガチャと擦り合わせながら何とか外す手立てを見つけられないかと粘っているものの、流石に金属の束縛を人力で解除することは難しい。

 

もし外せる手立てがあるとしたら、この手錠の鎖の部分に銃弾を命中させて物理的に切り離すくらいか。だが方法としてはいささかリスクが伴う。そもそもが銃弾を発射して貰う必要があり、銃弾を発射されるということは自身に狙いが定まっていて、かつ命を狙われていることになる。

 

目視で追えないほどの速度の弾丸に反応し、ピンポイントで的の小さい鎖部分に命中させるのは至難の業だ。拳銃を奪えば自力で外すことも出来るとはいえ、これだけの人数の中でそれをやろうとするには当たる可能性の極端に低いギャンブルを行うようなもの。

 

失敗すれば即ち、死を意味する。

 

 

(はぁ、こんな時に福音(あの子)がいれば個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)が使えたのだけど……あんな暴走がなければね)

 

 

加えて自身が搭乗していた福音も現在は凍結処理がなされてしまっていて手元にはない。もう自身が二度と搭乗することが出来ないとはいえ、手元にあれば……と嘆くしか無かった。

 

 

「俺たちの目的はあくまでレオン・ファイルスに天誅を下すことであって、その過程の邪魔は排除する必要があるが、無用な殺生をする必要はない。小さな因子を作れば、また足を掬われる可能性だってある」

 

「まぁ、あの時も小さいミスで会社にはバレちまったわけだしな。あの野郎……ちょっと会社の金をパクっただけなのに告発しやがって。おかげで家族とは絶縁、次の仕事を探しても悪評のせいで見つかりやしない。俺たちの生活を無茶苦茶にしたアイツを絶対に許してなるものか」

 

 

ぶつぶつと文句を呟く男の口から、今回の作戦の真意とも取れる内容が明らかにされる。ナターシャもニュースを見たり父であるレオンの口から情報を聞いたりしていることから、ここ最近何が起こったかまでは知っていた。

 

 

(会社のお金って……もしかしてこの人たち)

 

 

直近で父が代表を務める会社で集団での横領事件があったことを思い出す。

 

たった一人の個人的な犯行ではなく、複数人が結託をした組織ぐるみの犯行だったために、社内でデータを上手く隠蔽され、会社としても発見が遅れてしまい、世間を巻き込む大問題へと発展してしまった。

 

レオンも多方面への謝罪に奔走し、代表の座を降りる寸前まで追い詰められてしまったが、他の従業員からの引き止めもあってそこは踏みとどまったらしい。当然横領事件に絡んだ人間は全員即日懲戒免職。刑事事件として訴えなかったことはレオンなりの温情措置だった。

 

 

(元従業員ってことよね。じゃあ私を誘拐した理由って……そんな下らない理由で? 高々それだけのために無関係な人たちを手に掛けたというの?)

 

 

ただ彼らはその温情をいとも簡単に裏切ったことになる。会社を解雇されたことを恨み、父への仕返しを企て、ナターシャ自身の誘拐、そして会社経営に絡んだ人間を平然と手を掛けた。

 

もはや逆恨み以外の何ものでもない。

 

彼らは父の優しさを仇で返しただけでなく、人以下の何かに成り下がった。その事実がナターシャの怒りを増幅させた。あまりにも身勝手で独り善がりな考え方、目的の遂行のために関係のない人間を何人手に掛けてきたのか。

 

 

「……らない」

 

「あ?」

 

「……ないって言っているのよ」

 

「良く聞こえねーよ。ちゃんと話せや」

 

「くだらないわね、本当にくだらない。誘拐した理由もだけど、貴方たち全員の考え方に反吐が出るわ」

 

「……何だと?」

 

 

彼らの考え方に愚か過ぎる選択と行動に心底軽蔑したナターシャは容赦なく吐き捨てる。そんな言葉が聞き捨てならなかったようで、男のこめかみにぴきりと血管が浮き出た。

 

目は充血して血走っている、ナターシャの発した一言が癪に障ったのは間違いない。一度は逸らした視線を再び彼女に向けて睨み付ける。

 

 

「何度でも言ってあげるわ。貴方たち全員の考え方に反吐が出るって言っているのよ!」

 

「お前……本当に死にたいようだな」

 

 

睨まれたとしてもナターシャは止まることはなかった。今にも飛びかかりそうな男にも一切物怖じすることなく、彼女の中に溜まった鬱憤を容赦なく吐き出していく。

 

 

「貴方たちは全員、父に救われたのよ。自分たちが何をしたのか分かっているかしら? 私利私欲のため行動で会社の信用と経営を傾かせてる時点で本来なら刑事罰は免れないの。クビだけで済ませてくれている時点で寛大な措置をしてくれたって、どうして分からないの?」

 

 

会社の金を横領するなどあって良いことではない。自身の過ちに対しての報いは受けるべきである。その報いに対して一方的に父を逆恨みしていること自体が大きな間違いであり、そこにどうして気付かなかったのか。

 

 

「温情という形でクビにするだけで許した父を逆恨みして、あまつさえ関係のない人にまで手を掛けて……心底人として軽蔑するわ」

 

 

彼らのやっていることは到底許される行為ではない。同じ人間であるにも関わらず、どうして歯止めをきかすことが出来なかったのか。

 

そんな彼らを見逃すことは出来ない。

 

だが現時点で圧倒的に分が悪い。こちらは両手両足を縛られている状態で、満足に身体を動かすことすらままならない。対して相手は十人以上の人数だ。

 

一対一ならナターシャも決して引けを取らないだろうが、ハンデがあまりにも大きすぎる。相手からすればボーナスステージで、赤子の手をひねるようなもの。

 

場にいた全員を一気に敵を回してしまった。先ほどまで静観していた男たちも目の色を変えてこちらへと近寄ってくる。

 

 

「おい、もう我慢しなくていいよな? 生きてれば使用用途があるんだから好きにしていいだろ?」

 

「威勢の良いことばかり言いやがって、覚悟は出来てるんだろうな……その減らず口黙らせてやるよ!!」

 

「後悔するなよ! 先にふっかけて来たのはそっちだからな!!」

 

(さて……啖呵は切っちゃったけどどうしようかしら)

 

 

絶体絶命の大ピンチ。

 

こんな時でも彼女は冷静だった。次の手をどうするか考ようとした……その時だった。

 

 

「は、お前誰……アガッ!?」

 

 

集団にいた一人が何とも間抜けな声を出したかと思うと、まるでトラックにでも正面衝突されたかのような勢いで宙を舞う。

 

何が起きたか分からず一同はポカンと宙を舞う男性を目で追った。やがて重力に従って地面へ背中から落下すると白目をむいたまま動かなくなる。よく見ると顎の辺りに赤い跡があることから、相当な衝撃で顎を撃ち抜かれて気を失ったことが分かる。

 

では、一体誰に顎を撃ち抜かれたのか。

 

ここにいるのは復讐をするために集まった同志たちと、復讐相手の娘であるナターシャしかいないはず。まさか同志たちの中に裏切り者が混じっていたとでも言うのか。

 

いや、そんなことはない。

 

合流した時にそれぞれの顔が本人であることは確認したし、全員が同じ会社の人間なのだから見間違える訳が無い。

 

となると考えられる可能性としては。

 

 

「―――こんな山奥に女性一人連れ込んで大の大人が寄って集って恥ずかしくないのか? いや、その恥ずかしさがあるならこんなことはしてないか」

 

 

暗がりから人影が現れる。声が聞こえている段階で人であることは確定している、そしてその人影の正体は。

 

 

「まぁでも警戒していて正解だったな。これでようやく()()()()()()()に巡り会えたし、探す手間は省けた」

 

 

霧夜大和、その人だった。

 

余裕さえ感じさせる表情で自身の周囲をじっと見つめる。おおよその敵の人数と、所持武器、加えてここの戦闘力を確認しているのだろう。

 

 

「誰だてめぇは!?」

 

「こんなところにノコノコ来やがって、よほど死にたいらしいな!」

 

 

大和のことを知らない男たちは踵を返して大和の方へと向かい、周囲を取り囲む。だが彼のことを知らない人間もいれば、知っている人間もいた。

 

 

「てめぇは今朝の護衛! 何でここが分かった!」

 

 

そう、ナターシャの頬を張った大柄な男と後ろにいる運転手の男は大和に会っている。多少変装していた自分たちと違って、外にいる時の大和は仮面も被っていない故に直ぐに本人だと特定が出来た。

 

 

「ん? あぁ、お前は朝会ったボディーガードの片割れだな。んで、後ろにいるのがもう一人……車の光でうまく顔が見えないけど特徴的にクロだろ。別に分かったわけじゃない。偶々散歩してたらここに行き着いて、護衛した人間が男たちに囲まれてるからまさか、って思って近付いたら案の定だったってだけだが?」

 

 

大和自身も今朝ボディーガードでナターシャについていた二人だと気付く。多少の変装をしたところで彼の目を誤魔化すことは出来ない。

 

彼は見た目はもちろんのこと、それ以外の部分もしっかりと見たうえで判別をしている。冗談すら言ってみせる口調には随分と余裕を感じられるが、男にとってはその態度が気に食わなかった。

 

 

「こんなところに散歩をしに来るやつなんているわけねぇだろ! あまりふざけたこと抜かしてると殺すぞ!!」

 

「はぁ、そんな態度してるから足を掬われるんだよ。簡単な話だ、お前の臭いだよ。ボディーガードとして会った時にケアはしたんだろうが服にタバコの臭いが付いていたんだ」

 

 

ナターシャがタクシーに乗る時に空いた座席から香るタバコ臭は、今朝のタバコ臭と全く同じものだった。不特定多数の人間を乗せるタクシー故に、同じ銘柄のタバコを吸う人間などごまんといる。

 

僅かな可能性を大和は見逃さなかっただけの話だ。

 

 

「それと全く同じ臭いが彼女をタクシーに乗せた時に香ってきた、だから彼女を一人で帰すフリをしてこっそりと後をつけたら案の定だ。ありがたいことに何の疑いもなく引っ掛かってくれた。これほどに楽な仕事はない。ま、俺からしたらふざけたことしてるのはどっちだって話だけど。タバコが原因で場所を特定されるなんて間抜け以外の何ものでもないと思うんだが?」

 

 

ケラケラと冷笑を浮かべるが決して大和の本心は笑っていない。

 

 

「だからって街から離れているこの場所を正確に特定出来る訳が……」

 

 

取り囲む男の一人が言葉を発する。だがそのあまりにも幼稚すぎる質問は自身の首を絞めるだけだった。

 

 

「この情報機器が発展してるご時世ならいくらでも追跡機器なんてあるだろう? せめて彼女の身体に怪しいものがついていないかくらいは調べるべきだったな、こんなものはボディーガードする上で鉄則だろう。まぁ、無い頭働かせたところで、お前たちが気付くことは永遠に無いだろうけど」

 

「て、てめぇ……」

 

「それに、だ。脅迫状の犯人が特定出来ていない中、ただノコノコと遊びに行くような真似をすると思うか? 彼女を外に連れて行ったのは餌を撒くためだよ。お前らみたいな馬鹿を釣るためのな」

 

「コイツ! 死ねぇ!!」

 

 

コケにされ続けたことで堪忍袋の緒が切れたのか、鉄パイプを持った男二人が大和に飛びかかる。

 

 

「キレたらすぐに暴力……か、そこがお前らの弱さだ」

 

 

鬱陶しげに両足に力を込めたかと思うと、飛び掛かってくる男たちの動きをじっくりと見つめながら両手を正面に突き出した。

 

 

「ふっ! 殺った!」

 

 

遠心力を利用した一撃を素手で止められる訳が無い。仮に一度は止められたとしても直撃した手は使い物にならなくなるだろう。

 

痛みで怯んだところにもう一度振り下ろせば確実に脳天を打ち抜ける。油断するからこんなことになるんだ、と男の顔はニヤケが止まらない。

 

だが、現実は違う。

 

ガツンという音と共に視界に映ったのは振り下ろされてきた鉄パイプを両手で掴む大和の姿だった。

 

「なっ……」

 

「遅いし鈍い。もういい、大体分かったから―――寝てろ」

 

「は……ぐっ!?」

 

「ガハッ!」

 

 

今の一連の動きで完全な素人であると見抜いた大和は

、それぞれの鉄パイプをを両手で掴んだまま、無防備になった鳩尾目掛けて容赦なく蹴りを入れる。

 

達人クラスの蹴りを見切る術など持ち合わせてなどいない。自分が何をされたのかも分からず蹴り飛ばされると一瞬にして気を失った。

 

 

「で、次はどいつだ? 少しくらいは俺を楽しませてくれ」

 

「しねぇええええええ!!!」

 

「調子に乗るなよこのクソガキがっ!!」

 

「ぶっ殺してやる!」

 

 

手応えがないと挑発する大和にまんまと引っ掛かり、今度は三人がかりで飛び込んでいく。いくら武器を持っているとはいっても所詮は素人に毛が生えた程度であり、プロの人間からすれば攻撃そのものが全く怖くなかった。

 

また同じパターンかと頭をポリポリと掻きながら、今度は攻撃を受ける前に大和の方から相手の懐に飛び込む。その踏み込みはまさに達人そのもので、刃物を振り上げる手を掴み上げると、通常では曲がり得ない方向に腕をへし折った。

 

 

「ぎゃああああ!!? う、腕が! 俺の腕が!」

 

 

逆方向に曲がる自身の腕を見て、あまりの痛みから場にのたうち回る。背後から二人が接近していることを確認しながら、地面を掘って砂を手に取ると残る二人に向かって投げ付けた。

 

 

「うわっ!?」

 

「クソッ! 目が!」

 

 

砂が目に直撃したことで痛みが走る。二人は周囲が見えない状態で鉄パイプやナイフを振り回すが、大和がいない見当外れな方向に振り回すだけで当たる気配は皆無。

 

とはいえ見当外れな場所に振り回されてナターシャに当たったら大惨事だ。

 

 

「はい、お疲れ様でした。お前らも寝てろ」

 

 

二人の男の首に素早く手刀を打ち込むと、一気に全身の力が抜けて倒れ込んだ。大和が動き出してからまだ一分と時間が経っていない、にも関わらず彼の周囲には六人の男たちが平伏していた。

 

圧倒的なまでの力の差に人数で勝っている敵勢力にも焦りの色が見え始める。

 

 

「お、おい! コイツ何者だよ!」

 

「き、聞いてねえぞ! こんなやつがいるなんて!」

 

 

こんなやつが近くを彷徨いているなんて聞いていない。いくら護衛のスペシャリストだと言っても同じ人間であって、複数人でかかれば大したことはないと思っていた。

 

僅かな時間でこちらの味方がいとも容易く無力化されていく。自分たちは武術をかじった経験はない、それは既に大和見透かされており、このままでは自分たちが追い詰められていくことは必至だった。

 

 

「ちっ! あまり調子に乗るんじゃねぇぞクソガキぃ!!」

 

 

目の前の光景に痺れを切らした大柄な男は近くにいるナターシャを強引に立たせてそのこめかみに銃口を突き付けて人質に取る。

 

 

「ハッ! お前が強いのは確かに分かった。だがこっちには人質がいるってことを忘れてねぇか!? お前がこれ以上好き放題するのであれば、この女の顔吹き飛ばしても良いんだぜ!!」

 

 

引き金をいつでも引けると脅しながら大和の動きを制限させようとする。強引にその場に立たせられたナターシャは俯いたままだ。

 

ナターシャに怪我をされたら困るのは大和であり、これ以上好き勝手させないための抑止力になると思ったのだろう。残りの人間を片付けようとしていた大和は動きを止め、男の方をジロリと見つめた。

 

 

「やっぱり予想通りだ! コイツに怪我をされたら困るからなぁ!! こっちに人質がいる限りお前は好き勝手出来ねぇ、そうだろ!!? いくら強くても詰めが甘い馬鹿だったなぁ!!」

 

「あー……」

 

 

それは図星である。

 

ナターシャに危害を加えようとする素振りを見せられれば、万が一のことを考えても動くことは出来ない。要求を無視しようものなら、失われるのは対象者の命だからだ。

 

俺は何もしないから彼女だけは助けてやって欲しい、そう言葉が続くだろうと、男はニヤリと口元を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――まぁそれが()()()()()なら困るところだけど、お前が好きにしたいなら好きにすれば良い、好きに出来るものならな」

 

「……あ?」

 

 

返ってきた言葉は自身の想像から大きくかけ離れたものだった。全面降伏を申し出る命乞いではなく、余裕綽々の淡々とした言葉に違和感を覚える。

 

この期に及んで何を言っているのか?

 

人質を抱えているのはこちら側であり、状況的には形勢逆転をしているはず。だというのにどうしてそんなに余裕があるのか。まさか人質をどうされてもいいと思っているのか、いやそんな訳が無い。

 

本当にどうでもいいと思っているのならこんな山中にわざわざ駆けつけたりしない。ここまで駆け付ける時点で、対象者を本気で救出したいという思いがあるのは間違いなかった。

 

困惑する男に向かって大和は更に言葉を続ける。

 

 

「俺が護衛対象者を危険に晒すような真似をすると思うか? 大体命を狙われている可能性のある人間を、狙って下さいと言わんばかりに外に連れて行くなんてリスクを犯す必要なんか無いだろう」

 

「……」

 

 

言われてみればそうだ。

 

対象者を外に出すことで、敵対勢力も狙おうと動くだろう。

 

動いたところを狙って一網打尽にする、ともなれば効率的ではあるが、一方で対象者を人質として出汁にすることになる。

 

常識的に考えれば人の護衛を生業とする護衛一家が、対象者を危害が加わる可能性のある人質として差し出す理由が無かった。

 

だが、今人質にとっているのはナターシャ本人。

 

一体何を……。

 

 

 

 

 

 

 

「―――ブーメランになるようで悪いが、はっきり言って馬鹿はお前たちだ。仮にも一時的にボディーガードを務めた人間が、対象者の特徴すらも覚えていないのか?」

 

 

その言葉は彼らにとってトドメでしか無かった。

 

写真越しにナターシャの姿を見たことはあるが、実際に会って話したのは今朝が初めてになる。だからこそ彼女に関する情報は決して多くはない。

 

もし仮に()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()としたら気付くことは出来ない。ナターシャに近い抜群のプロポーションであり、かつ整った顔立ちを持つ人物。

 

条件に合致した都合のいい人間はこの世の中を探しても何人といる訳ではない。()()()()()()()()()()()()なんて偶然など起きるはずが……。

 

 

「……えっ」

 

 

刹那、パキンという何かが千切れた音が鳴り響いたかと思うと、大柄な男の視界が反転する。間髪入れずに身体中に衝撃が走ったかと思うと、肺から一気に酸素が出ていった。

 

 

「ガアッ!!?」

 

 

背中から地面に叩きつけられると、衝撃のあまり呼吸が一瞬出来なくなり、体を動かすことも出来なくなる。整地された場所ならまだしも、不整地状態の地面は凸凹も激しく、身体に伝わる衝撃は整地された場所の比ではない。

 

ナターシャの身長は女性の中では大きい方だが、それでも男である自分には到底及ばない。大柄、と自負するだけに身長は約二メートル近くあるし、肩幅も常人を上回っている。

 

力では負けた経験が無いほど、絶対的な自信を持っていた。

 

だが結果は完全に逆転し、自分より小柄な女性に投げ飛ばされるという何とも間抜けな始末、まさに屈辱という言葉が似合う。

 

 

「ぐっ……な、何で」

 

 

一つだけ分からないことがある。

 

投げ飛ばされたことが事実だったとしてもあの手錠をどうやって解除したのか。自身がどれだけ力を込めても引き千切ることが出来なかったあの鉄の鎖を、ナターシャはどうやって解除したというのか。

 

両手は背中の後ろで、両足も束縛された状態で抜け出せる訳が無い。

 

 

「あら、備えあれば憂いなしって言うでしょ? 行動を制限するために私を束縛するなんて最初から想定出来たわ。なら、小型の解除器具の一つや二つ事前に用意しておくくらい出来るわよ。袖口にでも隠しておけば、後ろで手を束縛されても解除すること自体はそこまで難しくないもの」

 

 

解除出来た理由を淡々と話すが、普通の人間では到底出来ない芸当になる。

 

男を投げ飛ばした後、ゆっくりその顔を上げると被っていた金髪がズレ落ち、綺麗な黒髪が露わになる。腰まで伸びた長髪を靡かせながら、投げ飛ばした時に男の手から抜け落ちた拳銃を拾い上げた。

 

ナターシャが元々金髪ではなく、黒髪だったという訳では無い。黒髪の人間が金髪のカツラを被っていた。

 

つまりナターシャはナターシャではない別人が変装していたものであり、変装していた張本人というのは。

 

 

「ふう、やっぱりカツラを被ると蒸れるわ。どう? 私の変装も意外に下手じゃなかったでしょ?」

 

「あぁ、十分すぎるくらいだ。流石()()()

 

 

変装した人物の名前を呼ぶ。

 

大和の口から出て来た『千尋姉』という単語。それは紛れもなく、ナターシャではないまた別の人物を指し示すものだった。

 

 

「もう、口調が元に戻ってるわよ……まぁ私も人のことは言えないか、お互い様ね」

 

 

既に大和の方はカタをつけたところで、残党たちも全員が地面にひれ伏している。服についた砂埃の汚れを払いながら千尋の元へと近寄って来る。

 

彼からすれば人質という障害が無ければ、素人同然の人間を複数人相手にしたところで無力化は造作もない。

 

最も、人質を取ったところで相手が素人なのであればいくらでもやりようはあっただろうが、今回は人質も千尋であり、いずれにしても八方塞がりの状態になっていたに違いない。

 

全てのカタをつけて歩み寄る大和に対して口調が戻っていると指摘する千尋だったが、浮かべる表情はどことなく嬉しそうなものだった。

手に持っている小型のチェーンカッターを使用し、両足に括り付けられている鎖を千切って拘束を解く。輪っか部分が両手両足に掛かったままだが、これは事態が落ち着いてから外せば良い。

 

 

「そ、そんなバカな……」

 

「馬鹿も何も無い。お前たちは良いように俺たちの手の平で動かされていたってだけだ。タクシーに乗せた人間が本人かどうかを判別出来なかった時点で、お前たちの将棋はもう詰んでたんだよ」

 

 

最初から良いように使われ、踊らされていた事実が男の心をへし折るには十分だった。

 

彼らの千尋の印象はクールで華奢なイメージになる。彼女は仕事中、動く際に妨げになると上半身の豊かな膨らみをサラシを使って強制的に押さえつけている。

 

故に本来はナイスバディの持ち主である、という認識が彼らの頭の中に無かったことからバレずに済んだ要因の一つかもしれない。

 

加えてナターシャに完全になりすますべく、カツラもほぼナターシャの髪型を再現し、つけている香水も同じものをチョイス。言葉遣いや声のトーンもナターシャ本人に限りなく似せたことで、なりすましの可能性を完全にかき消すことに成功した。

 

間違いなく二人の作戦勝ちであろう。もちろん、ナターシャ本人には一切被害は及んでいない。

 

軍事施設の侵入者を逃してしまった部分は残念だが、ナターシャを守り切り、脅迫状を送りつけた大元を特定したことを考えれば十分に健闘したと言っても差し支えなかった。

 

 

「それと……」

 

 

ふと思い出したように、地面に倒れ込む男へと近付いていく。大和の手には先ほど倒した相手が持っていたであろう鉄パイプが握られていた。カラカラだ地面とパイプの擦れ合う音が何とも不気味さを醸し出す。

 

投げ飛ばされた痛みでまだ立ち上がることが出来ないでいる男は、彼から発せられる異様な殺気に戦慄する。自身の銃については投げ飛ばされた時に取られてしまった。つまり自身を守れる武器を何も持ち合わせて居ないことになる。

 

わざわざ倒れている人間に対して不必要な武器を持って近付いてくる。それが意味することを良く分かっていた。男の眼の前に仁王立ちしたかと思うと空いている左手で胸倉を掴み、腕の力で一気に宙へと持ち上げる。

 

束縛を解こうと抵抗するが、それ以上の力故にビクともしない。宙に浮く男の顔を睨み付けながら淡々とした口調で、ただ怒りを孕んだ感情を込めながら話を続けていく。

 

 

「この際黙っておこうと思ったが、やっぱり我慢できねぇわ……良くも俺の大切な人間を傷付けてくれたな、このクソ野郎が」

 

 

大和が怒る理由は一つで、千尋を乱暴に扱ったからだ。

 

千尋には大和が追跡できるように、あらかじめ発信機付きの小型レシーバーを持っていた。

 

ここまでの道中で行われてきたことは全てレシーバー越しに大和の耳に入っており、タクシー内で力任せに腕を縛ろうとしたこと、ここに連れてこられてからは、自身の思い通りにいかないからと頬を張ったこと。

 

身体に後遺症が残らないように立ち回っていたことで怪我らしい怪我はしていないとはいえ、一方的に千尋を傷つけたという行為は大和にとって決して許せるものではなかった。

 

 

「お、おい! 待て! 俺を殺す気か!」

 

「だったら何だ? 邪魔者は面倒だからさっさとバラす。それはお前のポリシーだろう。お前は何人手を掛けてきた? 俺はあくまでお前のポリシーに従って同じことをしようとしているだけだ、何か文句でも?」

 

 

邪魔者は面倒だからさっさとバラす、という言葉は道中で男が発した言葉であり、その信念に従って大和は行動したに過ぎない。これまで自分が同じことをどれだけの人間に行ってきたか。自分が不利になったからと命乞いをする人間に温情を掛けるほど優しくはない。

 

 

「そ、そんな……」

 

「自分の行動に責任を持てよ。覚悟もないやつが、人の命を狙おうだなんて考えるな。それ以上に人の大切にしているものを傷付けられて黙っていられるほど、俺は大人じゃない。お前みたいな奴がいるから、世の中の犯罪が減らないんだ。だったら事を起こす前にその存在そのものを俺が消し去ってやる」

 

「ま、待て! 頼む! 命だけは助けてくれ!」

 

「じゃあな」

 

 

彼の命乞いなど聞く必要もない。

 

掴んでいた手を離すと、鉄パイプを振り上げて容赦なく男に向かって振り下ろした。

 

 

「あっ……あっ……」

 

「……」

 

 

硬い者同士がぶつかり合う鈍い音と共に、衝撃によって鉄パイプの半ばから先端までが真っ二つに折れる。パイプは男の僅か数ミリ隣に着弾したことで男の身体に怪我は一切なかった。

 

恐怖心から言葉もまともに喋れなくなる様子を見届けると、吐き捨てるように言葉を呟く。

 

 

「お前らなど殺す価値もない、裁きを下すのは俺の仕事じゃないんでね。全員、一生豚箱の中で反省するんだな」

 

 

大きく振りかぶったかと思うと、自身の怒りを発散するために真っ二つになった鉄パイプを思い切り放り投げた。この場で自分の手で制裁を加えることは簡単であり、最も効率的な方法なのかもしれない。

 

それでも実行したところで、千尋や他の皆が喜ぶわけでもない。自分自身にメリットがあるわけでもない。ただの憂さ晴らしをしたところで残るのは完全な無だ。

 

負の感情を一旦飲み込むと、大和は車付近に残っている運転手に向けて声を掛けた。この喧騒の中で大和の登場から完全に気配を消し、助太刀をする素振りも見せずにじっと一連のやり取りを見つめるだけだった運転手。

 

てっきり全員同じ目的のために動いているとばかり思っていたが、運転手の動きを見る限りでは一人だけ目的に反した動きをしているように見えた。

 

同じ目的だったとしたら仲間がピンチの際に助けようとするだろう。微動だにせずに静観している時点で仲間意識は希薄としか言えなかった。

 

 

「残るのはお前だけだぞ、さっきからずっと黙りを決め込みやがって。一体何が目的だ」

 

「……さぁ、特には。アナタたちは脅迫状の出所を突き止めて目論見を未然に防いだ。それだけではないですか?」

 

 

この状態であるにも関わらず、タクシー運転手には余裕があった。

 

いつの間にか形勢逆転し、まともに動けるのは自分一人だけに対して大和と千尋という歴戦のツワモノが二人。ここを切り抜けるには二人を倒さなければならない。状況としては最悪の状況となっていた。

 

どこか他人事のようにも見える言い分に、地べたに倒れている大柄な男が声を荒げる。

 

 

「未然に防いだって……おい! テメェが企てた計画に全員のったんだぞ! 大体こんな穴があるような作戦立てやがって、誰のせいで計画が無駄になったと「あぁ、ゴミがうるさいですね」は……ギャアッ!?」

 

「なっ……」

 

 

突然鬱陶しそうに会話を遮ったかと思うと、タクシーの運転手は容赦なくその引き金を引いた。寸分の狂いもなくコントロールされた銃弾は風を切り裂き、あっという間に男の腹部を貫く。

 

容赦のない行動に思わず絶句する大和と千尋、少なくともこの二人の関係に仲間意識というものは微塵も感じられなかった。

 

 

「彼への()()に君たちのようなゴミが踏み台として貢献出来たんだ。その有難みを少し味わったらどうだ? それにこの作戦を説明して賛同したのはアナタたちでは? それをこの期に及んで人に擦り付けるなんて見苦しいにも程がある。少しは彼らのことを見習ったらどうだ」

 

「っ!」

 

 

運転手の発した言葉に大和は反応する。

 

何処かで聞いたことがある口調、発した言葉に既視感を感じ、過去の記憶を遡って対象の人物と目の前の人物の特徴を合致させる。

 

顔は違うが、この独特な喋り方をする人物は大和の知っている中で一人しかいなかった。

 

 

「……やっぱりお前の差し金だったか()()()

 

 

大和の口から明らかになる運転手の名前、はっきりと『ティオ』と言った。的を得た正解の発言に満足そうな笑みを浮かべた運転手は、自身の顔に手をかけると一気に表面のマスクを剥がしていく。ベリベリと音を立てて接着面が剥がれていくことで、露わになる整った顔立ち。特徴的な長髪は学園祭の時に現れた人物とまんま合致した。

 

引き剥がしたマスクをその場に投げ捨てると、顔に着いた接着剤を手で拭い取る。

 

 

「おやおや、やっぱりと言うことはもしかして気付いていたのでしょうか?」

 

「薄々はな。わざわざ電話口で日時まで指定されたんだ。お前が絡んでいる可能性が高いことくらいは容易に想像が付いたさ……千尋姉、奴の手当を。この場で死なれたら全てが無意味になる。コイツには生きて償う義務がある」

 

「分かったわ」

 

 

大和の言葉に小さく頷くと銃撃を受けた男の近くにしゃがみ込み、着ていた服を千切って銃創部を止血していく。

 

 

「ほう、敵にも関わらず情けをかけるだなんてお優しいんですね。でも安心して下さい、急所は外してあります。適切に処置をすれば死ぬことは無いですし、後遺症が残ることも無いでしょう」

 

「死なれたら困るだけだ。んで、お前のなりすました本当の人物はどうした? 最初からお前が計画に携わっていたわけじゃないだろう」

 

「あぁ、なりすましの本人であればもうこの世に居ませんよ。計画の邪魔になったので処分しました。遺体はそろそろ警察が見つけることでしょう」

 

「……」

 

 

やっぱりか、という表情を大和は浮かべる。

 

急所を外すあたり多少の優しさを垣間見せつつも、やはり計画の邪魔になると判断した人間を容赦なく切り捨てるあたり根っからの悪であると。

 

どれだけこちらに紳士的な対応をされたとしても、決してこの男の言うことに従ってはならないし信用してはならない。

 

 

「まぁ今回は退屈しないようにちょっとした刺激を用意させていただいたわけですが……どうでしょう、満足いただけましたか?」

 

「これが刺激? 人の命を手に掛けておいてか。ふざけるのも大概にしろよティオ」

 

「ふざけてなど居ませんよ。君のためを思って用意したまでです。その反応を見ると満足いただけなかったようですがそれは私の反省点ですね」

 

「……」

 

 

話が通じず取り付く島もないとはこのことか。怒りを通り越して呆れ果てるしかなかった。

 

この男、ティオは想像以上に狂っている人間であると。

 

 

「さて、もう少しすれば私が呼んだ現地警察も来るでしょう。脅迫状を出した集団はこれで全員です。これでファイルス家の娘も安心して外に出ることが出来るでしょう」

 

「……一体、お前は何が目的なんだ」

 

「言ったでしょう? 新しい世界の創造だと。それは今も、これからも変わらないよ。それでは」

 

 

改めてティオ自分たちの目的を大和に伝えたかと思うと、消えるようにいなくなる。

相変わらず逃げ足だけは早い、油断をしていた訳では無いがあっという間に場から逃げられてしまった。

 

遠くからファンファンとサイレンの音が近付いてくる。ティオが私が呼んだと言っていることから自分で警察を呼んだのだろう、こうなることを全て見越して。

 

 

「大和、ここにいたら面倒なことになるわ。私がもう一度彼女(ナターシャ)になりすますから、貴方は何処かに逃げておきなさい」

 

 

警察が来るということは取り調べを受ける可能性があった。被害者であるナターシャ、この場合は千尋が現場にいる分には問題ないが、大和がいくら助けてくれた人間だとは言っても、メディアにその顔を晒される可能性がある。

 

彼の立場上、メディアに顔が掲載されてしまうことは望ましくない。護衛としてはもちろん、数少ない世界でISを動かせる男性操縦者が今回の事件に間接的にでも絡んでいるともなれば事が大きくなる可能性もある。

 

想定される懸念はある程度払拭しておきたい。

 

一度は外したカツラを被り直し、髪型を整えてナターシャ本人へと似せる。顔自体のメイクはさほどくずれてはいないため、髪型を整えるだけで本人に近しい顔立ちにすることが出来た。

 

身長や細かいスタイルなどに多少の違いはあれども、普段からナターシャと会っている人間でなければ、本人だと十分に騙し通すことが出来るレベルになる。

 

 

「分かった、じゃあ後の説明は任せる。色々と手間を掛けて申し訳ない」

 

「そんなことないわ。それにさっきの大和、仕事が大前提とは言っても格好良かったわよ?」

 

「っ! じ、じゃあ後は任せた!」

 

 

照れを隠すように大和はその場を去った。

 

大和が去った数分後に現地警察が到着し、厳戒態勢のまま慎重に現場へと突入してくるも、既に事は終わった後でナターシャを誘拐した犯人たちが揃いも揃って大怪我を負っている惨状に絶句。

 

大怪我をしている原因のほとんどは大和だが、事情聴取の際に千尋はナターシャになりきって『アメリカ軍人を舐めて貰ったら困る』と警察に報告。

 

結果、誘拐はされたものの隙を見て拘束から抜け出して誘拐犯たちをナターシャが倒し、組織を壊滅まで追い込んだという事実に書き換えられることになり、改めてアメリカ軍、もといナターシャの存在がより認知されるようになったようだ。

 

千尋も誘拐された身であることから特にお咎めもなく、すぐに事情聴取から解放されることになる。

 

―――長い長い一日が、ようやく終わろうとしていた。

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