IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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使命

 

 

 

 

「ん……ん?」

 

 

窓から差し込む朝日が顔を照らす。

 

太陽の眩しさで眠りの中にあった意識が徐々に覚醒していく。昨日は……あぁ、そうだ。ナターシャさんを一日護衛して、その後にホテルに戻らずにファイルス邸に泊めてもらったんだっけか。

 

朝日が差し込むということであれば既に時間は朝、ということになる。寝てから朝起きるまで隣の部屋からのヘルプもなく、またこの家に誰かが侵入して来た形跡は一切無かった。

 

ようは何事もなく夜が明けたらしい。

 

今後永遠に敵が現れないという保証は無いが、何事もなく夜を明かすことが出来たことは、ナターシャさんから脅威が去ったことを意味している。

 

……ふぅ。昨日の時点でほぼ大丈夫だとは思っていたとはいえ、改めてほぼ全てが解決したことを確信すると少しホッとする。

 

それに仕事中にまさかこんな良い布団に寝ることが出来るとは思わなかった。クッション性も抜群で寝転がるとしっかりと自分の身体を受け止めてくれる。ホテルも悪いわけじゃ無いけどその違いは一目瞭然だった。

贅沢を言うわけではないけど、やっぱりちゃんとしたベッドで眠れたのはありがたい。

 

ところで、妙に身動きが取りにくいし暑いんだが……何だ?

 

顔を横に向けて俺の左腕にある重みの正体を探る。空いている右手を使って被っている布団を捲った。

 

 

「すぅ、すぅ……」

 

 

あぁ、そうだった。

 

昨日は一緒に寝たんだった。

 

布団を捲って視界に飛び込んできたのは、スヤスヤと寝息を立てながら眠る千尋姉の姿だった。左腕を離さないようにぎゅっと抱きしめたまま、可愛らしい寝息を立てている。

 

何回か寝返りをうったのだろう。

 

着ていたワイシャツはよれ、止まっていた胸元のボタンが外れているせいで自己主張の激しい二つの果実が潰れ……いや、考えるのをやめよう非常に危険だ。

 

胸元がはだけているならまだしも、ワイシャツから覗く生足が俺の足元に絡まり、女性特有の太ももの柔らかさがダイレクトに伝わって色々とヤバい。視覚的にも感覚的にも危ない状態となっている。

 

そして千尋姉がくっついているにしては、やたら身体の自由が利かない。左腕が動かないのは仕方ないにしても、腹筋から足元あたりにも何かが絡まっているような。

 

 

「……」

 

 

絡まっているような、ではなくて絡まっている。

 

俺の足に絡まっているのは千尋姉の足だけではない。

 

それ以外にももう一人分の足が絡まっている。顔を横に向けた時には気にしなかったけど、冷静に考えてこの腹部の不自然な盛り上がりに真っ先に気付くべきだった。

 

腹部を覆う布団に手をかけてその正体を確認する。布団を捲った先に視界に飛び込んできたのはブロンズの髪だった。もちろん髪単体が腹の上に乗っているわけではない。ブロンズの美しい髪を纏う顔が俺の腹の上にあった。

 

その顔に俺は見覚えがある。というか見覚えしかない。

 

 

「な、ナターシャさん……」

 

 

そこには俺の腹に顔を埋めながら幸せそうな表情で眠りにつくナターシャさんの姿があった。

 

いつの間に潜り込んだのか。

 

……言われてみれば朝方にモゾモゾと布団の中で何かが動いていたから、てっきり千尋姉が動いているもんだと思っていたけど、現実はナターシャさんが潜り込んでいたかもしれない。

 

しかしまぁ、良くこの体勢で寝れるものだ。仰向けで寝ている俺の腹部に手を添えながらセミのように張り付いている。うつ伏せの状態で寝ると安心するなんて人もいるけど、俺は逆に少し苦手意識がある。なんで苦手意識があるのかは分からない。

 

 

「んっ……んんっ」

 

 

寝言を漏らしたかと思うと、モゾモゾとお腹を這うようにして俺の方へと近付いて来た。

 

先ほどまで布団を被っていたことで隠れていた四肢があらわになる。なるほど、ナターシャさんは寝る時何も着ないのか……うん?

 

 

「ちょ―――っ!!」

 

 

目の前の光景に思わず大きな声を上げそうになるが寸前のところで飲み込む。

 

声を出しそうになるのも無理はない、あらわになった上半身を纏うものは何一つ無かったのだから。白く光り輝く肌が寝間着越しに密着している。

 

昨日とは違い、素肌同士ではない分ダイレクトに伝わってくる感覚は無いが、それでも人肌特有の温もりがハッキリと分かる。少し動くたびに彼女の豊満な武器が……いやいやいやいや考えたらダメだ!

 

左を見たら千尋姉、少し顔を上げたらナターシャさんとガッチリと固められてしまっていて全く身動きが取れない状態だった。唯一右側には何も無いが、身体が少し左側に傾いているため右側に顔を向けようとすると窮屈になって痛い。

 

というか何故素っ裸? アメリカの女性は皆裸で寝るのが決まりみたいになっているのだろうか。

 

 

「ん〜……うん?」

 

 

少し寝づらそうに身を捩ったかと思うと、ナターシャさんは薄っすらと閉じた瞳を開ける。その視線の先は俺を捉えているようで、薄目を開けたまま微笑んで来た。

 

 

「おはよう、大和くん。昨日は良く眠れた?」

 

「えぇ、まぁ……ってそんなことより、ナターシャさん素っ裸ですよ! 何で服着てないんですか!?」

 

「何でって……色仕掛け?」

 

 

ふふんと意地悪そうな笑みを浮かべると、確信犯的に女性特有の武器をギュウギュウと押し付けてくる。

 

もちろん何も着ていない素肌の状態でだ。

 

恥じらいが無いのか、それとも俺だけにやっていることなのか、それを今確認するだけの余裕は無かった。

 

 

「あぁ、色仕掛けですか……じゃなくて!」

 

「んふふ。大好きな男の子に触れて貰いたいって思うのなんて当然じゃないかしら?」

 

 

あっけらかんとするナターシャさん。どうやら誰にでもやる訳ではなく、好きな男の人には全力でアプローチするタイプのようだ。

 

ある程度の一般常識を備えた大人になったラウラ、という表現が近しいのかもしれない。

 

ラウラの場合は兄妹は仲睦まじく、夜は一緒に寝るものという二次元の世界のイレギュラーな常識を自分の部隊の副官に刷り込まれていたが故に、だいぶ一般常識とかけ離れた考え方をしていたが、ここ最近ようやく極端な考え方は薄れてきている。

 

それでもたまに布団に潜り込もうとする時はあるけど。

 

ナターシャさんの場合はこちらの反応を見て楽しんでいるだけでなく、自分の想いを率直にぶつけて来ている分、反応に困ってしまうことがある。

下手に遠回しに言われるよりは全然分かりやすいものの、想いがどストレート過ぎて人前じゃなくてもこっちが赤面必至だ。

 

 

「そ、それは嬉しいですけど……でも素っ裸っていうのは……」

 

 

流石に俺の理性が持たない。

 

理性が完全に吹っ飛ぶってことは無いにしても、生理現象的な部分はどうしようも無いわけで。

 

 

「大和くんは私の裸、嫌い?」

 

「あぁ、いや! き、嫌いという訳でもなくて! この場合好きとか嫌いとかそういう判別を付けるんじゃなくて!」

 

 

ウルウルと上目遣いで見つめてくる。

 

その破壊力は抜群で何も言えなくなってしまう。これが本気の人誑しとでも言うのか、こう……男の人を虜にする方法というのを熟知しているように見えた。

 

 

「もう……二人とも朝から何やってるのよ」

 

「きゃん!」

 

 

どうしたもんかと悩んでいると、不意にナターシャさんが俺の身体から半ば強制的に退かされる。隣に寝ていたはずの千尋姉が身体を起こしながら、俺の上に陣取っていたナターシャさんをベッドのすぐ横のスペースに移動させる。

 

一糸纏わぬ全身が俺に見えないように、掛け布団を被せて防護するオプション付き。流れるような鮮やかな手つきに思わず感心せざるを得ない。身体を起こしてベッドの縁に腰掛けながら挨拶を交わす。

 

 

「あ、千尋姉。おはよう。起きちゃったか」

 

「はい、おはよう。流石に起きるわよ、隣であんなに乳繰り合っていたら寝ている方が無理だと思うけど。朝からお熱いようで」

 

 

乳繰り合ったって……いや、端から見たらそう見えるのも無理はないか。裸の女の人に抱き着かれて言い寄られる男、この状況を見れば十中八九、誰しもがそう思うだろう。

 

 

「残念。千尋さんが起きちゃったからまた今度ね♪」

 

「ははは……」

 

 

また今度ってことは同じことを何処かでするつもりなのだろう。上機嫌なナターシャさんに対して、乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

そのやり取りを見て自身が少し除け者にされているんじゃないかとムスッとした顔を浮かべながら、千尋姉が俺の左腕をチョンチョンと軽く引っ張る。

 

 

「……ちょっと、大和。あなたナターシャちゃんに鼻の下伸ばし過ぎじゃない?」

 

「へ? あぁ、いや。そんなつもりは無いんだけど……」

 

 

自分の顔を見れるわけではないので、今の俺がどんな顔をしているのかは分からないけど、鼻の下を伸ばしているような顔をした覚えはない。

 

素っ裸で布団潜り込まれた時は少し焦ったのは事実だが、そんな顔はしてないはず。と、千尋姉の言葉を聞いていたナターシャさんが反対側から近寄って来る。

 

 

「ふふっ♪ 大和くんはやっぱり若い方がいいのかな?」

 

 

俺の右腕を取ったかと思うと、そのまま自身の身体をギュッと密着させながら肩に顎を乗せて来た。

 

 

「え……ってちょっと!」

 

 

何度も繰り返し言うけどナターシャさんは掛け布団を被ってはいるものの、布団の下は何も着ていない。

 

これ見よがしにわがままボディを密着して来ている訳だが、千尋姉の前で『若いほうがいいのかな?』は中々に宣戦布告な気が……。

 

 

「あーらぁ、ナターシャちゃん。それってどういう意味かしらぁ? 私もまだ全然ナターシャちゃんと同じ二十代なんだけど〜?」

 

 

今度は左腕に柔らかい感触が伝わってきたかと思うと、千尋姉が()()()()()()()()()()()()()で抱き着いてきた。人の腕を全て飲み込まんばかりに。

 

パサリと何かが落ちた音が聞こえたため、服か何かかと思ってはいたもののまさかの胸部装甲。つまりワイシャツを着ているか着ていないかという違いだけで、他はナターシャさんと全く同じ状態。その破壊力は圧倒的、まさに悩殺ボディと言うに相応しかった。

 

てか何この構図? 端から見たら桃源郷に見えるかもしれないけど、当事者からしたら恐怖しかないんですが。

口調からも分かるようにナターシャさんの宣戦布告をしかと受け取り、簡単には渡さないわよと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。

 

というか純粋にめちゃくちゃ怖え。笑っているのに雰囲気は全然笑っていない。そして俺は凄く恥ずかしいし理性が……。

 

 

「むっ……大きい……」

 

「ふふん♪」

 

 

ナターシャさんは抱きつく千尋姉のある部分をじっと見つめた後、自身の同じ部分を見てボソリと呟く。それに対してどこか勝ち誇ったようにドヤ顔を浮かべる千尋姉。

 

いや、だから何の勝負してるんだ二人は。

 

 

「ねぇ、大和くんはどっちが良い?」

 

「……はい?」

 

 

最初言われた時は何のことを言っているのか分からなかったが、冷静に考えなくても自分たちのスタイルについてのことだと理解するのにそう時間は掛からなかった。

 

 

「どっち?」

 

「大和〜どっちなのよ〜?」

 

 

二人の顔がどんどんと近付いて来る。

 

両隣をガチガチに固められしまっているせいで、身動きなど取れるわけもない。両腕を身体で挟まれているため、動こうとすると二人の生肌を直接触れてしまうために動けない、というのが正しいか。

 

 

「ちょっ、そんなの……き、決めれるかーーーーー!!!!!」

 

 

決めれるわけがない。

 

俺は半ば強引に引き剥がし、束縛から逃げ出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、大和くん。あーん」

 

「ちょっと大和、こっちのスクランブルエッグも食べてよ」

 

 

ドタバタな起床を終えて、各々に身だしなみを整えた後は食堂に集まっての朝食だった。気分を切り替えてお腹を満たそうと思っていたのだが、俺の両隣には変わらず千尋姉とナターシャさんがいる。

椅子同士をくっつけ合い、そこまで密着する必要があるのかと思うほどの近い距離でやり取りをしているので少し暑苦しかった。

 

二人が交互に口元にフォークやスプーンを運んでくるものだから、俺はまるで生まれたばかりの乳幼児のようにひたすら口を開けて飲み込むを繰り返していた。全然記憶が無いんだが離乳食を食べるってこんな気持ちになるのか。

 

目の前に並んでいるのは立派な朝洋食。

 

トーストにスクランブルエッグにサラダといったスタンダードな朝食でも、使われている食材はファイルスさん曰くそこそこ値が張るものだそうだ。

 

本当は多分めちゃくちゃ美味しいんだろうけど、二人からの無理矢理食べさせられているせいで本来の旨味を感じられていないような気がしてならない。

 

 

「はっはっはっ。流石だな大和くんは」

 

 

そんな混沌とした状況を対岸から豪快に笑ってみせるファイルスさん。一人の男を自分の娘と姉が取り合っている。見ている方としては面白いのだろう。

 

 

「ファイルスさん……助けて下さい」

 

「君なら大丈夫さ! 二人とも幸せにすることくらいどうってことないだろう?」

 

「いやいやいや、そういう意味じゃ「やーまーとーくん♪」……もががっ」

 

 

ファイルスさんに助けを求めるも助けを求める相手が間違っていたか、二人とも幸せにしてみせたまえと言うだけだった。

 

そうこうしている間にもナターシャさんがフォークに乗せたサラダを俺の口の中へと押し込んで来る。

 

 

「やーまーと! こっちもあーん」

 

「んぐぐぐっ」

 

 

続けざまに千尋姉も口にサラダを運んでくる。

 

えっと……ナニコレ?

 

小屋で育てられている牛とか豚ってこんな気持ちなんだろうか。

 

 

「いやぁ、しかし驚きだ。漫画やアニメだけの世界だと思っていた男のロマンを大和くんが叶えようとしているなんてね。私ももう少し若ければなぁ」

 

「もう、何言ってるのパパ。パパはママ一筋でしょ?」

 

「もちろんさ。ただまぁ、男のロマンと言うか……やはり憧れる部分はあるんだよ」

 

 

男のロマン、つまり多くの女性から求愛されるようなシチュエーションってことを言いたいんだろう。俺だってこんなことになるなんて思っていなかったし、正直なところ驚きの方が大きい。

 

羨ましいとは言いつつもファイルスさんは奥さん一筋のようだ。そんな一途に思われている奥さんだが仕事柄、今月家には帰って来て来れていないらしい。決して亡くなっているとかでは無く、全世界を飛び回るような仕事になるため、ここ最近はほんのたまにしか家に帰ってくる事が出来ないようだった。

 

今回の件に巻き込まれる可能性もゼロでは無かったし、外出中なのは不幸中の幸いだったかもしれない。ナターシャさんのお母さん、どんな人なんだろう。

 

父親であるファイルスさんはイケメンだし、ナターシャさんは言わずもがな。だからお母さんも相当に綺麗な人であることが想像出来る。

 

 

「へぇ〜パパも憧れはあったんだ」

 

「ほとんどが夢物語で終わるけど、私だけじゃなくてこの世の男性なら一度は想像するんじゃないかな」

 

 

ファイルスさんの言う通り、大体の男性は一度は夢に見るだろう。二次元の世界だけでの理想郷、それを体現してみたいと。

 

ただいずれにしてもその殆どは叶うことはない。仮に叶えたとしても不貞行為になり、周囲からは白い目で見られること間違いなしだ。

 

 

「ホント、大和ったら女たらしよね〜。こんなきれいなお姉さん二人に、将来を誓い合ったパートナーまでいるなんて世の男の人が聞いたら卒倒するわ」

 

 

二人の話に乗っかるような形で千尋姉が話し掛けてくる。

 

初対面の時の謙虚さとお淑やかさは何処へやら。先日はあくまで自分たちのお客様という立場で接していたことから、かなりかしこまった雰囲気で接していたものの今となってはだいぶ砕けた話し方で俺に話しかけてきていた。

 

この二人なら本来の自分を見られても良いという思いなのだろう。人の家である手前多少の遠慮はあれど、下手に取り繕った遠慮はそこには無かった。

 

 

「でも何だろう。大和くんは他に女の子が居ても嫌な感じがしないと言うか。ナギちゃんや千尋さんが居ても大和くんの側にいたいって想いが変わることは無かったかな」

 

「それは私も同じよ。ナギちゃんがいたとしても、大和に対する想いは変わらないわ。だって世の中のどの男性よりも大和がカッコいいんだもの♪」

 

「ふふっ♪ 同じ気持ちね。世の中に素敵な男の人は沢山居るけど、大和くんほど素敵な男の人はいないって思ってるわ」

 

 

改めて、それもファイルスさんのいる目の前で言われるとだいぶ小っ恥ずかしいものがある。本人は『見せ付けてくれるね〜』と言わんばかりの笑みを浮かべながら、目の前に並んでいる空いた皿を纏め始める。

 

こっちが色々とやっている間に、食事自体は済ませてしまったらしい。自身の使った皿を一通り纏めると皿を持ったまま席を立ち上がった。

 

ん、立ち上がる?

 

 

「じゃあ僕はこれから仕事があるから、先に行かせてもらうよ。大和くん、後はごゆっくり!」

 

 

グッドラッグ! と言わんばかりに親指を突き出すポーズをすると颯爽と食堂から出て行ってしまう。残っているのは俺と千尋姉、ナターシャさんの三人で他には誰も居ない。

 

あれ、またこの状態って俺詰んだのでは……?

 

パタンと扉が閉まると千尋姉が声をあげる。

 

 

「気を遣ってくれたのかしら?」

 

「どうかしら。でも二人がアメリカにいられる時間ももうそんな無いだろうし。折角だからって三人だけの時間を作ってくれたのかもしれない。そもそもの話、パパが客人を家に泊めるなんて早々無いから、二人のことを相当気に入ったんだと思う」

 

 

ナターシャさんが疑問に対して答える。昨日ファイルスさんが言っていたように、日頃客人を泊めること自体ほとんど無いようだ。どちらにしても俺や千尋姉のことを本気で信頼してくれているというのは間違い無い。

 

それと俺たちはずっとアメリカにいるわけではない。

 

既にアメリカでの仕事は終えた。福音を奪おうとする亡国機業の人間は追い払い、ナターシャさんを狙っていた組織は壊滅させたことで脅威は無くなり、これ以上アメリカに留まる理由は無い。

 

平日と休日合わせて一週間、時差も考えると明日にはアメリカを旅立つことになる。そこからここに滞在出来る時間を算出すると、俺たちに残されている時間は決して多くはない。

 

日本に戻ってしまえばこうしてナターシャさんと気軽に交流出来る機会も少なくなるだろう。ファイルスさんなりに気を遣ってくれた、というのはあながち間違いではな気がする。

 

 

「あら、だとしたら嬉しい限りね。お客様の依頼を遂行することは私たちにとって当たり前だけど、大体はその一回限りってことがほとんどだから、こうして認めてくれるっていうのは素直に嬉しいわ」

 

 

どちらにせよ、俺たちのことを認めてくれたこと。

 

それは一個人としても、仕事の立場からみても嬉しい部分ではあった。

 

 

「と、まぁそういうことだから……今日は一日大和くんと一緒にいれるってことね?」

 

「そういうことになるわね。でもホントに私たち、今日一日ここにいても良いのかしら? 元々朝食いただいたらそのままホテルに戻る予定だったんだけど」

 

「パパが良いって言ってるから問題ないわ。家にいてくれてもいいし、三人で車使って外出するのもありよ?」

 

「それもありか、今日くらいはゆっくり羽根を伸ばしたいものね。やりたいことが多くてどうするかちょっと悩みどころだけど……」

 

 

俺をそっちのけで二人で話を進めていく。

 

この調子だと仕事が終わったと言うのに、今日も一日安息が訪れることはなさそうだ。

 

 

「大和、そういうわけだから今日一日は私たちに付き合ってね?」

 

 

話を総括したようで、一日付き合うように笑顔で伝えられる。こうなるともう逃げようがない。逃げようとしたところで確実に捕まる未来しか想像できなかった。

 

ま、アメリカに居るのも残りわずかだ。

 

二度と来ることが出来なくなるわけでは無いが、そう頻繁に来れるような地域ではない。今日一日は二人との時間を大切にすることにしよう。

 

 

「もちろん大和にとってはナギちゃんが一番だろうし、それは今後も変わることはないと思っている」

 

 

千尋姉の言葉を繋げるようにナターシャさんが続けた。

 

 

「それでもこの想いは変わらないわ。だから……」

 

 

二人は顔を見合わせてニヤリと笑ってみせる。そして満面の笑みのまま。

 

 

 

 

「「私たち二人のことも大切にしてね♪」」

 

 

示し合わせたかのように同じことを話したかと思うと、俺の方へと飛びついてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら二人は君の顔をしっかりと把握したようだね」

 

「こっちから名乗ったんだ。把握をしない理由が無いだろう。それにこんなそっくりな顔、一度見たら忘れるわけが無い」

 

 

とあるホテルの一室。

 

部屋に帰ってきたばかりの男性の発言に対して、壁により掛かる女性が反応をする。腕を組みながら表情を一つ変えずに淡々と応対する女性。黒基調のデニムにシンプルな襟立てのポロシャツ、女性らしい服装というよりかはあくまで動きやすさを重視した服装だった。

 

その名を霧夜千春。

 

若かりし頃の霧夜千尋と瓜二つの容姿を持つ。言葉遣いは女性らしいというよりかは、男性に近い喋り方をする。もっと言うなら仕事モードに入っている千尋に近い口調だった。ただし若い頃の千尋とそっくりなだけあって、顔はもちろんのことシャツ越しに浮き出るスタイルの良さは負け劣らずのものがある。

 

もう一つ違いがあるとすれば、目元だろうか。

 

普段時は若干タレ目な千尋に対して、千春の目付きはややつり上がっていた。

 

 

「ところで、お前は本当にあの首謀者を殺したのか? 言ったはずだ。お前たちに協力するかわりに人殺しをしたら手を切ると」

 

「はははっ、まさかそんな大切な約束を破ったりはしないよ。あれはその場のハッタリさ、そうした方が悪役として盛り上がるだろう? 本当の首謀者はとっくに警察のお縄になっているはずさ」

 

「……」

 

 

部屋に戻ってきた男性、ティオに向かって千春は視線を向ける。感情の起伏が少なく、何を考えているのか分からないがあまり本人の言うことを信用は出来なかった。

 

彼女の言う首謀者、というのはナターシャの誘拐及びレオンへの強請りを企てた人物のことになる。首謀者にはティオがなりすまし、大和たちには本人を処分したと伝えた。直訳をするなら殺した、ということになる。

 

だが実態は殺しておらず、既に警察に捕まったときたものだ。

 

ティオが嘘をついているのかどうなのかを証明する手掛かりは何一つ無い。本当のことを言っているかもしれないし、嘘をついているかもしれない。彼の発言だけでどちらなのかを判断することは出来なかった。

 

彼自身がそう言うのなら現時点では話された内容を一旦は信じるしかない。

 

 

「ところで話は変わるが、君たちの方は大した成果を上げることは出来なかったようだね」

 

 

ふと、話が切り替わったかと思うと、ティオは今日千春たちが行った、軍事施設の襲撃及び福音の強奪未遂について指摘をされる。

 

二人で侵入したにも関わらず、何の成果も得られなかったのかと、どこか嫌味が込められた指摘に対して間髪入れずに言い返す。

 

 

「お前がそれを言うか。私からすれば組織をかき回して、無関係の人間に手を出そうとしたお前の行動こそどう判断したら成果に繋がるのか教えて欲しいものだ。それに、私は別に成果を上げるためにあの場所に侵入したわけではない」

 

 

必要であれば人を簡単に手を掛けようとするお前が何を言うのか、最大限に皮肉を込めて伝えた。

 

 

「これは手厳しい。では何のために?」

 

「……答える義理などない。強いて言うならエムの子守みたいなものだ」

 

 

理由を答える必要など無いと言い切る。

 

決して矛を交えるために行ったのではない、千春が行った理由は純粋に()()()()()()()()()()()()とも呼べる存在の様子を確認するためであり、福音の窃盗には微塵の興味も無かった。

 

 

「ふぅ、秘密主義ですか。話したくないのであればこれ以上聞いたところで仕方がありませんね」

 

 

話すつもりは毛頭ないと悟ったのだろう。諦めたような表情を浮かべながら、ティオもそれ以上深い詮索をしなかった。

 

とはいえ、あの一件で何の成果も上げられなかったことは事実であり、出動したうちのサイレント・ゼフィルスにおいては、大破までは行かなくとも機体の一部に損傷が出来てしまっている。千春か活路を見出さなければ下手をすればサイレント・ゼフィルスを奪還されていた可能性もあった。

 

 

「それと、エムはどうですか? 確か共に出動したと思うのですが」

 

「今は休んでいる。私がいないところで随分とやられたらしい、少し精神的に参っているようだ」

 

 

加えてサイレント・ゼフィルスの操縦者であるエムに至っては、自身のプライドを完膚無きまでに叩き潰されている。まさか自分の前にこれまで対峙したこともない化け物クラスの人間が現れるとは思わなかっただろう。

 

―――霧夜千尋。

 

知る人ぞ知る人間で出会ったら最後、まともに戦ったところで勝ち目は皆無。生身の人間はもちろんのことISだったとしても正攻法で立ち向かうことは不可能と言わしめるほどの一騎当千の武を持つ存在。

 

福音を盗み出すことが目的だったエムは、霧夜千尋の存在を知らずに真っ向から相対。プライドが高く、自分より立場の低い人間を見下すクセのあった彼女は、千尋のこともたかが人間ごときがと舐めて掛かっていた。

 

だがその実態は世界のパワーバランスを変えてしまうほどの武を持つ戦ってはいけない相手であり、戦って初めて分かるその実力差に屈した。IS操縦者という括りで見れば、エムは世界でも通用するだけの実力を持っている。

 

それすらをも簡単に捻じ伏せてしまう千尋の圧倒的な実力。少し前にエムがIS学園へ侵入した時も、専用機持ちを圧倒したというのに、たかだか一人の生身の人間に辛酸を嘗めるハメになって彼女の中でも思うところがあったようだ。

 

そこに引き続き今度は自身の完敗。

 

機体が大きく損傷することは無くても、何一つ相手に傷をつけることが出来なかった事実が、彼女のプライドを容赦無くへし折った。切り替えることも立ち直ることも中々難しい部分にはなる。身体に怪我こそ負ってはいないが、精神的に与えられたダメージは決して小さなものでは無かった。

 

だがエムの様子を聞き、ティオの眉間にシワが寄る。

 

 

「……亡国機業も大したことは無いですね。実力者の一人がこのザマとは。ISを何かのコレクションと勘違いしているのか、自分の実力すら俯瞰して見ることが出来ないとは情けない限り」

 

 

過程がどうであれ、福音を奪うことに失敗して成すすべもなく無様に生身の人間に負けたという事実は変わらない。失態の連続に失望の色を隠すことが出来なかった。

 

少なくともIS学園の襲撃と、今回の福音を奪うためにはある程度の実力者を派遣している。派遣された人間が揃いも揃って任務に失敗している。これでは相手側を調子付かせてしまうだけであり、こちらへのメリットは一切ない。面目丸つぶれも良いところだ。

 

 

「動くべき時はまだ先です。ピースは一つずつ揃ってきているとは言え、ここまで亡国機業の動きが悪いとなると利用する価値も無くなってくる。さっさと踏み台として使ってしまうのが手っ取り早い、か」

 

 

そちらの方が彼女たちも本望だろう。と吐き捨てる。役に立たぬ駒などいらない。不要なら容赦無く切って捨てる。

 

彼の身体から冷酷無比な殺気が滲み出て来た。

 

 

「そんなことはお前の好きにしろ。私はお前のくだらない計画に興味はない」

 

 

そんなティオの反応にも淡々とした様子で千春は返事をする。ふぅと一息つくと滲み出ていた殺気が一瞬にして消え去る。

 

 

「おや、つれないですねぇ。まぁ、らしいと言えばらしいですが。どちらにしても最低限の協力はして貰いますよ」

 

 

彼なりに千春を認めているのか、それとも利用価値があるから我慢をしているのか分からないが、彼女に殺気を向けるつもりは無いらしい。

 

 

「それはお前たち次第だ。くだらないことをするのであれば一切手を貸す気はない」

 

 

ふんと視線をティオから逸らす。

 

そもそもどうして彼女はティオや亡国機業に手を貸しているのだろう。

 

彼女なりの理由があるのか、この現状をみる限りでは率先してというより、嫌々ながら仕方なく協力をしているようにしか見えなかった。

 

プライドにオータム、それにエムといった敵意をむき出しにして来た三人に比べると、大和たちに対しての敵意はほぼゼロに近い。

 

彼女の所属している組織は解体されるべき組織であることには変わりないが、彼女一人に観点を当てると完全な悪と言い切ることは出来ないようにも見える。

 

何が目的なのか、どうして彼女は亡国機業やティオの組織に手を貸しているのか、その謎は変わらず深まるばかりだった。

 

 

「それから()()()はどうしている。今はお前の管理下にあるはずだが?」

 

「えぇ、そこは心配なく。相変わらずつまらなさそうな毎日を送っておりますよ。何せやり合える人間などほぼ皆無に等しい存在だから、欲というものが満たされないようだ。ただ彼と出会ってからというもの、次に戦う時が楽しみで楽しみで仕方ないらしい」

 

「……そうか」

 

「どちらにしても突然誰かを襲うような不安定な状態では無いのは確かさ。そしてこちら側の切り札、所謂ジョーカーになる。くれぐれも問題がないように丁重に扱うのでご安心を」

 

「……」

 

 

会話が何を意図しているのか、その内容を理解出来る人間は誰一人としていない。千春の知り合い、もしくはそれ以上の親しい人物がいるのだろうか。

 

ティオは切り札、ジョーカーと揶揄する。つまり組織の最高戦力とも言える存在のように見えた。厳重な管理をされていることから、野放しに出来る存在でないことは明らか。

 

それほどまでに影響力のある人物であり、それだけ危険な人物ということになる。

 

ただ『あの子』と呼ばれた人物の会話をしている時だけ、ほんのりと彼女の表情が柔らかいものへと変化する。慈愛に満ちた表情はまるで()()()()()()()()()()ようなものだった。

 

が、それもほんの一瞬。

 

次の瞬間には従来の表情へと切り替わっていた。千春と『あの子』の関係は何なのか、事実を確認する術は何一つ無い。

 

ただ二人を結ぶ関係は親密とまでは行かなくとも、ある程度認知のある関係であることは明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――私がやるべきことは誰かを傷つけることではない、あの子を護ることが私に課された使命……)

 

 

否、認知どころではない。

 

彼女にとって『あの子』は最も大切な存在。

 

霧夜千春は『あの子』を護るために動き出す。

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