ウェルカム・トゥ・スクールデイズ
「おはよーっす」
日本に帰還後初の登校。
馴れ親しんだ教室の扉を開けると、既に登校していたクラスメイトたちの視線が一斉に入口へと集中する。
「あっ、おはよー霧夜くん!」
「霧夜くん、おひさ〜!」
「なんか久しぶりだね! 元気だった?」
一週間丸々休んでいたにも関わらず、いつもと変わらない様子で笑顔で挨拶を交わす。
大人で言うと会社、学生で言うと学校、これらは俗に言う行きたくない場所であり、特に週初めの朝など憂鬱でしかない。
不思議かな、今日に至ってはそんな感じは一切なく、久しぶりに清々しい朝を迎えることが出来た。入口付近にたクラスメイトたちと一通り挨拶を交わした後、自分の机へと向かう。
「おぉ大和! 帰ってきたか! 急に一週間休みになるって聞いたからてっきり何かあったのかと思ったぜ!」
「おう、一夏。特に大きな問題じゃないんだが、ちょっとばかし家の事情でな。そっちも落ち着いたし今日から完全復帰だ。今日からまたよろしく頼むわ」
自分の席に座ると同時に前の席に座っていた一夏が声を掛けてくる。
一週間じゃ変わることの方が少ないけど一夏も元気そうで安心した。カバンの中から教科書や参考書を取り出して机の中に入れた後、机の袖にカバンを引っ掛ける。
「あら、大和さんおはようございます。ようやく戻られたんですね。急なお休みでどうしたのかと思ってましたの」
「お、セシリア。おはよう。悪い悪い、特に体調を崩したとかではないんだが色々あってな。今日からは問題なく登校できるから一週間の遅れを取り戻さないと」
「ふふっ、ですわね。一週間でそこまで授業自体は進んでいる訳ではありませんが、もし分からないところがあったらいつでも聞いてくださいな」
「ありがとう、そう言ってくれると助かる」
俺の登校に気付いたセシリアが後ろの席から歩み寄ってくる。相変わらずの優雅な立ち姿が様になっているが、何だろう? ちょっといつものセシリアに比べると元気が無いようにも見えた。
顔色が悪いとか、あからさまにふらついているとか身体に直接影響が出ているわけではないものの、少し声に力が無いような気がする。
体調が悪いのを我慢しているとかでは無さそうだけど、俺がいない間に何かあったのだろうか。
「? 大和さん、どうしましたの? わたくしの顔をそんなじーっと見て」
「え? あぁ、いや。何でもない。もし分からないことあったら聞くからその時は頼むよ」
「えぇ、お任せくださいな」
そう言うと踵を返して自分の席へと戻る。
うーん……やっぱり一週間空けると情報が止まってしまうから、何があったかを悟るのが非常に難しい。本人に聞いたところで何でもないと切り替えされるだろうし、ちょっと周囲の人間からそれとなく情報を集めるとしよう。
俺の勘違い、杞憂だとしたら特に気にする必要もないし。
「大和、おはよう」
「おぉ、箒か。おはよう」
入れ違い立ち代わり俺の席に人が集まってくる。
今度は箒だった。
「随分と長い間休みを取っていたが身体の方は大丈夫なのか?」
「ああ、今回は別に体調を崩して休んだわけじゃなくて家の事情で休んでただけだから特に身体は問題ないぞ」
何回か聞いたような質問に対して再度答える。そもそもな話、クラスではナギとラウラ以外には明確に何処へ行くとは伝えていない。
千冬さんから生徒たちには諸事情で休みを取ることになった、とは伝えているためズル休みではないことは伝わっているものの、細かい理由までは知る由もなかった。
「うむ、それならいい。普段身体を壊さないような男が休んでたのでな、ちょっとばかし気になっていたんだ」
「おいおい、俺だって人間だぞ? 確かにここ最近は身体を壊すことなんて無いけど、疲労が溜まれば身体は壊すさ」
「ははっ、違いない。それが確認できて安心した。では、私も授業の準備があるので失礼する」
元気な姿を見れて安心したと言いながら、箒も自分の席へと戻っていく。
なんかあれだな、休み前に理由を話さなかった親近者の来訪が多いような気がする。一夏は前の席だとしてセシリアに箒と続けざまに来ている。
残っている人間は何人かいるけど、おそらく次に来そうな人間としたら……。
「相変わらず人気だね、大和」
「そう見えるか、シャルロット。まぁ、こうして来てくれるのは本当にありがたい限りだけどな」
クスクスと笑いながら歩み寄ってきたのはシャルロットだった。
そういえばシャルロットとラウラって部屋同じだったよな、俺が不在の期間ラウラはどんな感じだったんだろう。
「大和が一週間も居ないから皆心配になるよ。身体を壊すような人じゃないのは知ってるから、多分家の事情とかそんな感じなのかなって思ってたけど」
「流石シャルロット、察しが良い」
「それはもちろん。何となくは分かるよ」
ダテに一緒にクラスメイトやってないからねと、シャルロットは胸を張る。
「それと昨日ラウラも大和のことを迎えに行ったと思うんだけど……途中で寝ちゃったんだよね?」
「あぁ、途中っていうか帰りのモノレールの中でな。それがどうかしたか?」
「うん、ラウラは後々鏡さんが部屋に連れてきてくれたんだけど……」
苦笑いを浮かべながら後方を指差すシャルロット。釣られるように指し示す先に視線を向ける。
「むぅ……」
そこにはリスのように膨らませてこっちをジト目で見つめるラウラの姿があった。
はて、どうしたんだろう?
今日は朝食も一人、登校も一人だったから、失言をした覚えはないんだけど……。
「結局ラウラが起きたのは夜遅くだったんだ。ホントは大和ともっと話したかったみたいなんだけど、夜遅くは失礼だし疲れているだろうからって、朝起きて部屋に行ったらタイミング合わなくて大和に会えなかったみたいでね。それからずーっとあんな感じ」
あっ、そういうことか。
朝食も登校も一緒に出来ず、登校してきたと思ったら続けざまに話し掛けられた相手をしていたことで、ラウラを構う時間が一切なかった。
昨日もモノレールで寝てしまった後は最寄りについても寝たままで、最終的におぶって寮まで連れて帰ってきたわけだが、シャルロットが出掛けているとかで部屋に入ることが出来ず、最終的にナギの部屋に預けたんだった。
つまりモノレールに乗ってから今日に至るまで一切ラウラを構うことが出来ていないために、若干拗ねているのだろう。
「ありゃま……後でフォローしとくわ。ありがとう」
「ううん、全然。それに大和が帰ってきてからのラウラ生き生きしてるような気がするし、何かちょっと安心した」
「そうなのか?」
「うん。如実に落ち込んでるって感じは無かったけど、やっぱりちょっと寂しがってる感じがしたから。大和のこと本当に好きなんだな〜って!」
「しゃ、シャルロット!」
いつの間に駆け寄ってきたのか、ラウラはそれ以上話さないでくれと言わんばかりにシャルロットの口を塞ごうとする。
普段のラウラならもっと身のこなしも軽やかなんだろうけど、焦っているが故に動きが鈍かった。
「あはは、どうしたのラウラ?」
「わ、私は別に寂しがってなんかいない! それはお前の勘違いだ!」
「えぇ〜? ホントかなぁ?」
「ほ、本当だ!」
シャルロットはひらりひらりと軽やかにラウラから逃げていく。
このやり取りも随分と久しぶりに見るような気がする。厳密にはそこまで期間は空いていないんだろうけど、向こうでの一週間が濃すぎて随分と期間が空いたと錯覚してしまう。
「そういうことだから僕は席に戻るね〜!」
「あ! くぅっ!」
取り逃してしまったことに悔しそうな表情をラウラは浮かべながらこちらに振り向く。
「う〜……お兄ちゃんのバカ!」
「へ? な、何故……?」
何故か一方的にバカ扱いされたかと思うと、ラウラはふん! と鼻息荒く自分の席へと戻っていく。
え、俺今何かしたか? 完全にとばっちり食らったようにしか見えないんですがそれは。
「ほら、お前ら席につけ! 朝のホームルームを始めるぞ!」
と、同時に我らがボス千冬さん登場。騒がしかったクラス内の生徒たちがバタバタと慌てて自分の席に戻っていった。
流石に千冬さんの前で堂々とプライベートな会話を続ける度胸がある人間など居ない。数秒もかからずシーンと水を打ったように静かになる教室内。全員が席についたことを確認すると、千冬さんは教壇の上で話を切り出し始める。
「さて、全員着席したな。それではホームルームを始める。
ちらりと俺の方をみたかと思うと、一瞬にやりと微笑んだようにも見えた。まるでよく帰ってきたなと言わんばかりに。
「来週に迫ったキャノンボール・ファストについてだ。こちらはあくまで市の特別イベントとして開催される。一般開放もされているイベントになるからくれぐれも失礼が無いように」
―――キャノンボール・ファスト。
本職の方ですっかり忘れていたが、千冬さんに言われたことで頭の片隅に眠っていた記憶が少しずつ掘り起こされて来る。
ISのスピードを競い合う高速バトルレースで、本来であれば国際大会として取り扱われるそれだが、ここIS学園では少し状況が違った。
IS学園では市の特別イベントとして開催されるらしい。当然、専用機持ちと一般生徒ではあまりにも実力差が離れているため、一般生徒が参加する訓練機部門と、専用機持ちのみで行われる専用機部門とで分かれている。
今回は市のイベントということになるため、市のISアリーナを使用してレースを行うみたいだが、そのアリーナのスケールもまた桁違いで二万人以上の観客を収容できるようで人気アーティストのライブさながらの状況になるようだ。
最も俺もイベントを見たこともなければ参加したこともないので、あくまで聞いた限りでの話になるが。んで、専用機持ちということで俺も参加することになると思われる。まだ手元に戻ってきていないけど、大会前には戻って来るだろう。というか戻ってこなかったら俺は訓練機部門で参加することになる。
俺の専用機ィ……。
「それから大会が近いため、訓練機の貸出の予約がかなり混雑している。使用予定の者は早目に予約を行うように」
続けて訓練機を予約する際の注意について説明を続ける。この時期なら想定される内容ではあった。
専用機を持っている生徒の方が少ない。大会の準備をするためには学園の訓練機を使う必要があるわけだが、考えることは皆同じであって大会が近づけば近づくほど予約が集中する。
いくらIS学園とて、訓練機の機体を無尽蔵に持っている訳では無い。予約が殺到すれば貸し出せる機体も少なくなるし、もし使いたいのであれば早目に予約をしておいたほうが良いのは間違い無い。
「山田先生」
「あっ、はい! それでは本日のスケジュールについてですが―――」
千冬さんからの説明が終わり、山田先生から今日一日のスケジュールについての説明が行われた。
しかしホント、俺の専用機戻ってくるんだよな……?
戻ってきて早々、心配事は増えるばかりだった。
「ん、一夏って今月が誕生日だったのか?」
「おう、もうすぐな」
お昼時、学食へと赴いた俺たちは昼食の真っ最中。魚をつつきながら一夏と話をしていると、不意に一夏自身の誕生日の話になる。
ナギは部活の仲間たちからお昼に誘われているとかで、今日は完全に別行動を取っていった。
ちなみに昨日の帰り道、俺の身体から普段つけない柑橘系のコロンが香ってきたために何かやったのかと説明を求められたわけだが……ナギは俺が誰に会ったのかを香りだけで悟っていた。俺が話そうとした時に『ファイルスさんでしょ』って言われた時には心臓が飛び上がると思った。マジで千里眼でも持っているのかと。
どうやら臨海学校のバスの中で、ナターシャさんの柑橘系の香りを覚えていたらしく、俺の身体から微かに匂ってきた香りと合致したらしい。同じ香水を使っている人なんてこの世にごまんといるはずだが、俺が事前に伝えていた行き先で何となく察したとのこと。
結局ナギは話を聞きたかっただけであって、決して怒ってはいなかった。むしろ大和くんらしいねって笑われる羽目に。私が言い出したことだし、大和くんが誰と関係を持ってもちゃんと報告するなら私は何も言わないよと言われた時は、俺は一生ナギには勝てないと悟った。
こんな懐の広い、器の大きい女性が果たしているのかと。
さて、とどのつまり話を総括すると大和くんはちゃんと線引き出来る人だと思ってるし、本当に変な人には近付かないからそこは心配してないとのことだそうだ。
このよく分からない信頼が逆に怖かったりもする。
話を戻そう。
俺の隣にはナギではなくしっかりとラウラが陣取っている。朝の不機嫌は何処へやら、今では真反対の上機嫌ぶりで鼻歌まで歌い始める状態だ。
どちらにしても機嫌は直ってくれてよかった。
一夏の誕生日の話になった途端、隣に座っていたシャルロットが真っ先に反応をする。
「ええっ! 一夏って今月誕生日だったの!?」
「お、おう? どうした?」
そこまで驚かれると思っていなかったようで、一夏も若干引き気味にシャルロットに応える。シャルロットの反応をみる限りでは誕生日を知らされていなかったようだ。
その驚きぶりたるや、席から立ち上がっている。立ち上がったことで周囲からの目線が集中したのか、少し気まずくなって再び自分の椅子に座る。
「い、いつ!?」
「く、九月の二十七日だ……って! ち、近いよ! ちょっと落ち着けって!」
立ち上がるまでは行かないものの、二人の距離は近い。パーソナルスペースなんてあったもんじゃない。
「一夏さん、そのような大事な話はもっと早く伝えて貰わないと困りますわ」
一夏を挟んで反対側に座っているセシリアがカトラリーをそっと机に置き、あくまで冷静に話し掛ける。
「え、あ、ああっ、すまん」
セシリアの指摘に対して何で謝るのかよく分からないって顔を浮かべつつも、とりあえず謝らないと後々大変なことになると悟ったようで一夏も平謝りする。
「とにかく、二十七日……ってことは日曜日ですわね?」
一夏に間違いが無いことを確認すると、純白の白の革手帳を取り出してスケジュールを書き込んでいく。
しかしセシリアもマメだな、中々今の時代高校生でスケジュール帳を活用する人間ってそう居ないぞ。
「偉いなセシリアは、スケジュール帳なんて中々付けれるもんじゃない」
「そ、そうですか? わたくしの立場的にも色々ありまして、自分で管理しないとスケジュールを立てるのが大変で……でもありがとうございます。大和さん」
まさか褒められるとは思っていなかったようで目を丸くするも、素直にありがとうとセシリアは返してくれる。本人として無自覚でやっていることなんだろうが、スケジュールをしっかりと管理出来ている証拠だ。
代表候補生という立場上、国家とのやり取りも多いだろうし暇なことは無いはずだ。
すると俺の隣にいるラウラが腕を組みながら入れ違いざまに口を開く。
「一夏、私が言えた試しではないがそういう大事なことは親近者たちには伝えておいた方が良かったのではないか?」
「え? あーそれもそうかな。いや、悪い。実はそんな大したことじゃ無いかなーって思ってたんだ」
「そう言うところはお前らしい。まぁ、中には知っていてあえて黙っていた人間もいそうだが……」
ちらりととある二人を見る。
「「うっ!」」
ラウラの視線の先には箸を持ったまま固まる箒と鈴だった。二人は一夏の幼馴染であり、誕生日を知らないわけがない。声がきれいにハモったかと思うと、明後日の方向を見つめ始めた。そんな二人にシャルロットやセシリアの『やっぱり出し抜こうと思っていたのか』的な視線が向けられる。
ラウラは一夏のことを気になる異性の対象として見ているわけではないため余裕の振る舞いだ。食べている昼食のサラダうどんに乗っているさくらんぼを手に取り、口に含む。
「べ、別に黙っていたわけではない。聞かれなかっただけだ」
「そ、そうよ! 聞かれてもないのに答えるとただのKYになるじゃない!」
苦し紛れの言い訳のように聞こえるわけだが、少しでもリードをするのなら、確かに黙っていたほうが良かったのだろう。
最も一夏が自分から誕生日の話を切り出してしまったことで、その作戦は水の泡となったわけだが。
「どちらにしても九月二十七日! 一夏さん! 予定はしっかりと空けておいて下さいな!」
「あ、あぁ。一応中学の時の友達が祝ってくれるから俺の家に集まる予定なんだがみんなも来るか?」
と、誕生日当日のスケジュールが一夏の口から伝えられる。
「もっ、もちろん! 何時から!?」
「えーっと、十六時くらいからかな。ほら、当日ってあれがあるだろう?」
一夏が言う『あれ』とはまさに今朝のホームルームで千冬さんが周知してくれた内容だった。
キャノンボールファスト、ISを使って誰よりも速く駆け抜けることが目的の大会だ。場にいる一同もそう言えばそうだったなといった顔をしている。
随分とゆっくりの時間だなとは思っていたけど、それよりも優先度が高いイベントが行われるのだから、誕生日回の時間が後ろ倒しになるのも無理はない。
「あれ? そう言えば明日からキャノンボール・ファストのための高機動調整を始めるんだったよな。あれって具体的に何をするんだ?」
キャノンボール・ファストの話題を出したところで、事前に行う調整対応についての疑問を一夏は投げ掛ける。
高機動調整、確かISそのものに専用のパッケージをインストールするとかそんなイメージだ。一夏の白式はそもそもインストールが出来なんじゃなかったか、俺の不死鳥も同様で特にやることは無いような気がする。
「ふむ、基本的には高機動パッケージのインストール作業になる。ただお前の白式にはないだろう」
「その場合は駆動エネルギーの分配調整とか、各クラスターの出力調整とかかなぁ?」
シャルロットの言うようにインストール作業を行わないISについては各機能の調整、ということになりそうだ。アリーナの状況とか立て付けもあるし、速さを競うレースとはいっても移動中の妨害はありだ。
つまり相手の順位を落とすために容赦ない攻防が繰り広げられる。普段のトーナメントにレーシング要素が加わったと考えればより分かりやすいかもしれない。
とはいえ大会としては俺自身も参加することになるわけだ。準備出来るところは準備しておこう。
「ふうん。あれ、そういえば大和も専用機持ってたよな? 確か待機状態ネックレスだったと思ったんだけど何処かに保管してるのか?」
「いや、今はメンテナンスってことで織斑先生に預けているんだわ。だから俺の手元には無いし、いつ戻ってくるのかも正直分からん」
「あー……各国の研究機関はISの情報も欲しいだろうし。それも篠ノ之博士お手製ともなればどこもデータは欲しがりそうな気がする」
と、不意に俺の専用機についての話題に切り替わる。
ご存知のように俺自身は専用機を保有しているものの、学園祭前からメンテナンスという名目で手元にはない。
シャルロットは何となく事情を察したようで、メンテナンスの裏に隠された本当の目的を悟る。そもそもな話、ISのコアはブラックボックス化されていて、IS開発者である篠ノ之博士以外は中身をみることすら出来ない。
それに操縦者の身体能力に応じて真の力を発揮するという、扱いづらい機体を調べたところで有益な情報に繋がるかと言われたら俺としてはなんとも言えない。
身体能力以上の動きを可能にするのがISの役目であるにも関わらず、自分の身体能力に準じた動きしか出来ないのであれば誰がそんな機体に乗るだろうか。
「でもそうなると大和は訓練機部門で参加するってこと? それはそれで何か不公平ってか不満出そうじゃない?」
鈴としては稼働時間が多い人間が訓練機部門で参加するのはどうなのか、という意見らしい。
とはいえ鈴の言うこともごもっともであり、一般生徒よりも稼働時間が圧倒的に長い俺が訓練機部門なんかで出場したらそれこそ不満が出る可能性がある。
「鈴の言うこともごもっともなんだが、まだ手元に戻ってきてないんだよな。専用機持っているのにメンテナンス中で手元に無いから訓練機部門で参加するのもどうかって思うし、一番いいのは戻ってくることなんだが……まぁ恐らく大会には間に合うだろうし大丈夫だろ」
俺が日本を発つ前に聞いた限りだが、俺が戻って来るくらいには返すことが出来るとのこと。千冬さんがソースだし間違いはないだろう。
「ふむ、お兄ちゃんが居ない大会で勝っても意味がない。一刻も早く専用機が戻って来て欲しいものだ」
「ラウラ、あたしたちも居るってこと忘れないでね? 悪いけど参加する以上は容赦しないわよ?」
「ふん、望むところだ。返り討ちにしてやる」
鈴とラウラが目に見えない火花をバチバチと散らす。
これが俗に言う場外乱闘ってやつか。リアルファイトまで発展するとこちらとしても止めざるを得ないが、大会に向けての牽制の仕合いであれば良識的な範囲内で好きにすれば良い。
「……」
本来ならここで一番乗ってきそうなセシリアが黙りを決め込んでいる。顔色は決して悪くないが何かを考え込んでいるように見える。
「セシリア? さっきから何か考え込んでいるけど大丈夫か?」
「え? あぁ、いや。だ、大丈夫ですわ。望むところです!」
声を掛けると大丈夫だと言うセシリアは、即座に鈴に乗っかるようにラウラへと強気の言葉を掛ける。気持ちとしては持ち直しているようには見えるけど……やっぱり何か抱えているな。
思い当たる節があるとすれば、先日の学園祭での襲撃事件か。
侵入者……オータムを追い詰めるまではいったものの、途中割り込んできたサイレント・ゼフィルスの操縦者に偏光制御射撃を披露されて攻撃を完封された。
現在の操縦者ではセシリアがBT適正の最高値だったはず、にも関わらずそのあまりのレベルの高さに自信を失ってしまったように見える。
それだけではない。
俺自身は参加していないがラウラが言うには専用機持ちたちの模擬戦でセシリアの戦績が思わしくない、とのこと。
ブルー・ティアーズに備わっている武装のほとんどがレーザー等のエネルギー系射撃武器のため、『エネルギーを完全に打ち消す』ことに特化したISである一夏の白式第二形態『雪羅』とは致命的に相性が悪く、模擬戦で一夏に勝てなくなってしまったらしい。
努力家であるセシリアのことだし人知れず訓練は続けているんだろうが、結果として上手く結び付けられていないのはもどかしいに違いない。
俺自身はISの稼働実績だけで言うと、専用機持ちの中ではかなり少ない部類になる。それにセシリアとは戦闘スタイルが真逆であり遠距離射撃型の戦闘スタイルであるセシリアに対して、俺は完全に近接格闘型の戦闘スタイルになる。
もちろん近接格闘型のスタイルだからこそ伝えられることもあるんだろうが、セシリアに何かを具体的にアドバイス出来るような立場ではなかった。
何処かで個別でセシリアにも声を掛けてみようか。
……これには下心も何も無い。友達として力になりたい、それだけだ。
「っていうか一夏、あんたの白式のスペックも燃費は確かに良くはないけど、機動力だけをみるなら高機動型にも十分引けを取らないわよ。後箒の紅椿もね。大和の機体はちょっとよく分かんないけど」
流石、詳しいな鈴。
普段は感覚で説明するクセが付いてしまっているため、人に教えることは苦手としているものの、染み付いたIS知識は確かなもの。
一夏の機体特性をしっかりと把握し、瞬時に説明している。感じさせないようでかなり勉強をしているものと推察できる。
そして俺の機体はよく分からん、ごもっともすぎる指摘だ。
「へぇ詳しいんだな鈴。燃費が悪いとばかり思っていたけど、そういうわけでもないんだな」
「当たり前でしょ! 一夏、あんたは知らなさすぎなのよ!」
「一夏の機体も大概クセがある機体だからな。確かに機動力だけなら間違いなく高機動型に匹敵するよ。それに加えて一撃必殺の零落白夜にエネルギーを完全に打ち消すことが出来る雪羅、どんなチート機体だ」
「本当よ。それにしてもうちの国は何やってるんだか……」
高機動用のパッケージ届かないみたいだし……と自国に対して鈴は文句を言う。どうやら国によってもそれぞれいろんな事情があるらしい。
何処もかしこも大変だ。
「あ、いたいた! 霧夜くん!」
「ん、鷹月? どうした?」
話で盛り上がっていると、近くを通りかかった鷹月が声を掛けてくる。いや、この場合近くを通りかかったというよりかは、わざわざ探しに来てくれたのか?
「あっ、うん。実はさっき霧夜くんが教室から出てった後に織斑先生から伝言を頼まれて。お昼食べ終わったら職員室に来て欲しいって」
「こりゃまた急な話だ。今日この後ってことだよな?」
「うん。何か色々話したいことがあるみたい」
と、まさかの千冬さん直々の呼び出しだった。話したいことってなんだろう、おおよそ想像は付くけどこのタイミングなのは少し意外だ。
俺自身が午前中の授業終了後にすぐに教室から出ていってしまったために、代わりに鷹月に伝言を伝えたってところだろう。
「分かった、ありがとう鷹月。お昼中なのにごめんな、助かるわ」
「ううん、大丈夫。じゃあ私戻るね?」
「おう」
感謝の言葉を伝えると、トレーを持ったまま別の場所へと行ってしまった。さて、そうとなればさっさと昼食を済まさないと。
口にご飯を運ぼうとした時に、鈴のジト目とシャルロットの苦笑いが視界に入る。
「……あんた帰宅早々何やったのよ?」
「大和って織斑先生に呼び出されること多いねぇ?」
「待て待て待て、人を勝手に問題児扱いするな。別に何もやってねぇよ」
口々に好き勝手言ってくれる二人だが、今回は何か問題を起こした記憶は無い。
純粋にこの休んでいた期間の状況報告とか諸々だと思うけど、誰かに話したり聞かれたりするとまずい内容も絡んでくるから個別で呼び出したんだと思う。
「でも確かに大和って千冬姉と内密な話っていうか、呼び出されることが多いような気もするな」
「そうか?」
実際のところを言うと一夏の推測通り人よりは多い。こっちの仕事柄色々と情報を貰うことも多いし、何より口外禁止の機密情報の話をすることもある。
人前でおいそれと話せるようなものじゃないし、呼び出しは当たり前の話になる。もちろん呼び出しイコール悪いことをした、という先入観もある故に二人の反応も間違いではない。
が、何処となく楽しんでいるようにも見える。
「どちらにしてもお昼休み中に行かないと後々面倒なことになりそうだし、さっさと昼飯は片付けて織斑先生のところに行ってくるよ」
千冬さんを訪ねる目的は変わらない。
ゆっくりとお昼ごはんが食べれなくなったのは残念だが、こんなものは慣れっこだ。残り半分くらい残っているご飯やおかずをペースを上げてかきこんでいく。
「しかし大和も帰宅早々大変だな。生徒会にも入ったのだろう? しっかりと休めるのか?」
「そうでしたわね。常識外の仕事はないとは思いますが、大和さんも色々と大変なようでちょっと心配になります」
おぉ、箒とセシリアが心配してくれている。ここに一夏の護衛任務も加わったり更識家の仕事の一部を手伝ったりと、割とやることは目白押しなわけだが、今のところは何とかなってるし休みもしっかりと取れている。
身体に疲れが残るようなことは無いし異常もない。
「んぐっ……二人ともありがとう。まぁまぁやることは多くて大変だけど、やりがいは感じてるし休みも取れているから今のところは大丈夫だ。もしヤバかったら「あんたのヤバいは普通の人のアウトなのよ」……さいですか」
ヤバくなったらしっかりと休むようにする、と言いかけたところで鈴に突っ込まれる。
相変わらず人のことをよく見ている。あまり表立ってアピールしてくるタイプではないが、本当に観察眼に関しては知り合いの中でもずば抜けているのではないだろうか。
「鈴の言うとおりだよ、大和のヤバいはあまり当てにならないからね。ヤバいと感じる前にしっかりストップを掛けること」
「それは私も同感だ。お兄ちゃんは無理なことでも無理って言わないし、ヤバいこともヤバいって言わない。もっと私たちを頼って欲しい」
「おおう……なんか、ごめん」
ご飯を食べながら言いくるめられて小さくなる俺。あれ、俺なんかやったか? というか日々のおいたの積み重ねを徹底的に突っ込まれているような気がするんだけど。
とはいえ言われていることの全てがぐぅの音も出ない事実であるため、言われたことはしっかり受け止めるしかなかった。
うん、極力無理は無くそう。
「こんな事言ってるけどさ、あたしたちもあんたのことは心配なのよ。あまり弱音も吐かないし、怪我しても痛いって言わないような性格だからさ」
「大和は一回無理して前科があるからね。僕ももうあんな姿見たくないから、何かあったら遠慮なく頼ってほしいな」
「わたくしもあまり人のことは言えませんが、大和さんに大事が無いように。助けられる所があれば遠慮なく言ってくださいな」
「私は返し切れない恩がある。それを返すため……というとあれだが、一人の親友として助けられるところは助けてやりたい」
「お兄ちゃん、私もいるからな!」
「お、お? な、何か良く分からないけど、俺ならいつでも頼ってくれよな!」
「……ありがとう」
思わず感極まるものがある。
普通の昼食がまさかこんな展開になるとは思っていなかった。
何かあったら頼ってくれと言ってくれる信頼出来る友達がいる。皆の目を見る限り、決して出任せで言っているようには見えなかった。
気付かない内に周りにはこれだけの仲間がいる。様々な紆余曲折はあったとはいえ、皆かけがえのない俺の大切な人たちだ。
俺は皆の気持ちを、もう裏切るわけにはいかない。これからは困ったことがあったら遠慮なく頼ることにしよう。
「じゃあそうだな、それならこの後の織斑先生「いや、それは遠慮させていただきます」……なんだし」
「はははっ!」
冗談を交わし合い、その場に笑みがこぼれる。
この時間が少しでも長く続きますように。
そう、俺は願うのだった。