IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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ぶつかり合うプライド!! 大和対セシリア

 

 

 

「俺、何で負けちゃったんだ?」

 

 

 一夏とオルコットのIS戦が終わり、俺達が待機するピットに一夏が戻ってきた。一夏はどうして自分が負けたのか未だに分からないまま首をかしげている。負けたってことは一夏のシールドエネルギーが切れたってことだよな。でも別にオルコットの攻撃を受けたわけじゃないし、どこかに機体をぶつけたわけでもない。

 

だから俺にも一夏がどうして負けたのか分からなかった。負けた原因が分からずにいる一夏、及び俺と篠ノ之に、その場に居合わせている千冬さんがその原因を伝える。

 

 

「バリア無効化攻撃を使ったからだ。武器の特性を考えずに戦うからこんなことになる」

 

「バリア無効化?」

 

「相手のシールドバリアを切り裂いて、本体に直接ダメージを与える。雪片の特殊能力だ」

 

 

特殊能力ってことは一夏の機体のみの能力ってことか?

 

その名を単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、機体との相性が最高になったときに発動する期待独自の特殊能力。確かそれって第二形態からしか発現しないんじゃ……。

 

一次移行しかしていない白式がなぜ、単一仕様能力を使えるのか分からずにいる俺をよそに、千冬さんは一夏に説明を続ける。

 

 

「これは、自分のシールドエネルギーを攻撃力に変える機能だ。私が第一回モンド・グロッソで優勝できたのも、この能力によるところが大きい」

 

「そうか。だからあの時、攻撃を受けたわけでもないのに、白式のエネルギー残量がゼロに……」

 

 

結論から言えば、一夏の能力は諸刃の剣ってことだ。当たったら一撃で相手を倒せる代わりに、シールドエネルギーを削るというデメリットがある。外したらおしまい、当たってこそ本来の凄さを発揮する能力らしい。

 

しかしよく考えてみるとえげつない能力だ、当たったら一撃で終わりってどんな能力だよ。

これでこの能力を一夏が使いこなせるようになった時のことを考えると、正直身震いがとまらない。順調にいけば、本当に千冬さんのようなIS操縦者になるかもしれない。

 

 

「ISはシールドエネルギーがゼロになった時点で負けになります。バリア無効化攻撃は、自分のシールドエネルギーを引き換えに相手にダメージを負わせる……いわば、諸刃の剣ですね」

 

 

やっぱりそういうことか。結局のところ強力な能力であることに変わりはないけど、使いこなせないままでは……

 

 

「つまり、お前の機体は欠陥機だ」

 

「欠陥機!?」

 

 

 欠陥機だと迷いも無くストレートに言われたことに、戸惑いの表情を浮かべる一夏。自分に与えられた専用機が欠陥機呼ばわりされたら誰でもこうなる。与えられた方の身としては、普通に考えたらたまったもんじゃない。

 

欠陥機かどうかは分からないけど、大幅にシールドエネルギーを使う攻撃って考えれば当たらなければ意味がない。かといって攻撃を外してエネルギーが戻るかと言われれば戻るわけでもない。欠陥機……と認識されてもおかしくはないか。

 

 

「言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから、欠陥も何も無い。お前の機体は、他の機体よりもちょっと攻撃特化になっているということだ」

 

「……はぁ」

 

 

 一夏は話の全貌を理解し、大きくため息をはきながら落ち込んだ表情を浮かべる。もう少し考えて闘っていればだとか、絶対勝つって言ったのに負けただとか、色々な思想がごちゃ混ぜになって、落胆の色を隠せない。

 

 

「元気出せよ、一夏。絶対勝つって言って負け方があれだったのはまぁ……」

 

「元気付かせるつもり無いだろお前!?」

 

「無いな」

 

「ヒデぇ!?」

 

「冗談だ。そんなこの世の終わりみたいな顔するなよ。代表候補生を後一歩まで追いつめたんだ、大金星だろ?」

 

 

落ち込む一夏を元気付かせることに、多少からかいの意味を込めて励ます。

俺の励ましに、一夏は絶望したとでもいうかのように、その場で立膝をつく。千冬さんに山田先生、それに篠ノ之もいる前でよくそんな恥ずかしいポーズ取れるな……って言っても仕方ないか。ただ代表候補生を追い詰めたのは素直に褒めれるところだ。負けたとはいえ、大方の見解を覆したことに変わりない。

 

『男は決して弱い生き物ではない』

 

間違いなくそれを証明出来たはずだ。

 

一夏がこうして健闘したわけだし、トリを飾る俺も無様な姿を見せるわけにはいかない。一夏の闘っている間に、俺が使う訓練機の打鉄も届いたことだし、残されているのは俺だけ。

 

やってやろうじゃないか。

 

 

「大金星か……?」

 

「俺から見れば……な。でも正直悔しいだろ?」

 

「ああ、勝たなきゃ意味がない。どんなに善戦しても負けは負けだ」

 

 

一夏の表情は、善戦したことに喜ぶものではなく、今回の結果には納得がいかない不満げなものだった。モニター越しに聞こえてきた一夏の「千冬姉の名前は守ってみせる」という一言。あれは自分の姉の名に泥を塗らないという意味だけではなく、自分も織斑千冬という存在を守るっていう決心の現れだったと思う。

 

そこまで言ったのに結果は負け。いくら雪片の特性を知らなかったとはいえ、それは一夏自身にとって言い訳に過ぎないと思ったようだ。

悔しい……その思いが拳の震えとして現れている。悔しかったら強くなればいい、次は絶対に勝つと一生懸命になればいい。

 

 

「なら、その敗戦を糧にすればいいさ」

 

「おう! 絶対次は負けねぇ! 箒もありがとうな!」

 

「は……こ、こんなところで何を言ってるんだお前は!?」

 

「え? いや。剣道を押していくれた事に、ただ感謝しただけだぞ」

 

「なっ!? う、うむ……そうか。感謝しているのか……」

 

 

 一夏のいきなりの感謝の言葉に、篠ノ之はみるみる顔を赤らめていく。一夏がこうして善戦出来たのも篠ノ之が一週間、みっちりと稽古をつけてくれたこともある。

 

しかしこの場でラブコメとは良い度胸してるな二人とも。二人が眩し過ぎて、俺には何も見えない。

 

場違いすぎるラブコメに怒っているわけじゃないぞ? あぁ、そうですとも。怒っているわけじゃないから安心してくれ。ふふふふふ……

 

握りこぶしをゴキゴキとならしながら、オルコットとどう戦おうか考えている。一夏と篠ノ之の顔がひきつっているが気にしない。

 

 

「えーっと……大和さん?」

 

「どうしたんだ一夏?」

 

「いや、それはこっちのセリフでだな。何を怒って……?」

 

「ははっ♪ 気のせいじゃないかな、面白いこと言うね一夏は?」

 

「お前そんなキャラだったっけか!?」

 

 

モテる男は馬に蹴られればいい。モテるって羨ましいな一夏。俺今猛烈にスイカ割りがしたいんだけどやらないか、釘バットで。もちろんスイカ役が一夏で、俺が振り下ろす役だけど。

 

などといくら願望を唱えたところで、そんなに世の中うまくいくようには出来ていない。泣けるぜ……。

 

一夏に対する愚痴はこの位にして、俺は俺で次の戦いに備えることにしよう。山田先生が一夏に白式のISの教則本を渡し、そのあまりの厚さに顔を真っ青にするのを無視しながら、腕を組みながらその様子を見つめている千冬さんに声をかけた。

 

 

「織斑先生。俺とオルコットの開始時間はいつですか?」

 

「今オルコットがエネルギー充電を含めたメンテナンスをしている。それが終わり次第、すぐに行ってもらう。予定では十五分後だ」

 

「了解です」

 

「打鉄に乗って雰囲気に慣れておくのもいいだろう。どうする?」

 

「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらいます」

 

 

 残っている時間を有効に使わない手はない。搭乗許可も下りたことだし、打鉄の乗り心地を再確認しておくとしよう。千冬さんに促されるままに到着した打鉄の前に立つ。

 

俺の専用機は、残念ながらしばらく時間がかかるとの事でまだ届いていない。いつ届くのかはまだ未定のため、気長に待つことにする。元々訓練機で戦う気だったから、届いていないのも想定内だ。

 

 この打鉄に触れるのも、二週間ぶりぐらいか。代表戦が決まってから一週間、ずっとISに乗るどころか触ることすらなかった。条件は一夏と同じくぶっつけ本番、一夏と違うところは専用機か訓練機かの違いだ。

一夏も一度も乗ったことのない専用機で戦ったわけだし、俺も一回乗ったことのある訓練機で根を上げるわけにはいかない。

 

オルコットの機体が遠距離射撃型に対し、打鉄の性能は一夏の白式と同じように近距離格闘型。

遠距離からではこちらの攻撃は当たらない上に、向こうからは攻撃され放題。さっきの戦いで一夏が接近戦で活路を見出したように、勝つ糸口は接近戦にある。後はあのややこしいビットの攻撃をどうするかだけど……これも深く考えたところでどうしようもない。

 

来たらかわす、それに尽きる。攻撃を完全に把握するなら死角をなくせばいいけど、複数の目がない限り死角をなくすことなんて出来ない。ようは不可能、対処法はハイパーセンサーを活用することぐらいだ。

 

つっても確実性があるとは言えないんだよなこれも。いくらセンサーがあるのはいえ、時間が長引けばこちらの集中力も散漫になるわけだし、すべての状況に置いて正しい判断が出来るとは限らない。

 

あまり考えずに行くこと、やっぱこれが俺に一番合うみたいだ。

 

 

「……まっ、やるとしますか!」

 

 

 意を決し、待機状態にある打鉄に手をかざす。初めに起動したときと同じように、ピットがまばゆい光に包まれた。あの時と決定的に違うのは、これが何なのか分かるということ。武器の出し方も、何もかも。触れた途端に頭に入り込んでくる機体データ、膨大な情報も苦しいことも無くすんなりと受け入れることが出来る。

 

一通り確認すると一夏と同じように座席に座りこむ。ISが起動し、フォーマットとフィッティングを身体に施していく。

 

――PIC正常動作確認――

 

――ハイパーセンサー正常動作確認――

 

――シールドバリアーエネルギー充填完了――

 

機体に異常がないことを示すモニターが次々と表示され、最後に追加装備の画面が映し出されるが、追加装備は打鉄に存在しない。使えるのは基本装備である近接用の刀一本のみ。すべての行程が終わり、俺は一旦自身を無にし、居合の構えを取りながら武器のイメージを思い浮かべる。量子変換されているブレードを取り出すためだ。

 

初めて千冬さんと実戦をやった時には、武器を取り出すことに苦労した。そこで教えてもらったのが、武器をどうイメージするかだった。俺たちにとって刀は必ず鞘から取り出すもの。だったらそれを応用し、刀を鞘から取り出すイメージで具現化してやればいい。

 

卓越したIS乗り……代表候補生や国家代表レベルになると武器を展開するのに時間が一秒とかからないという。

 

ともかくそのイメージが染みついているか、反復練習のために一度武器を取り出してみる。剣を鞘で走らせるように出す動作をすると、量子変換されていたブレードが展開された。

 

 

「よし……」

 

 

一回取り出したブレードを消失させ、今度はノーモーションでの展開が出来るように、一度軽く息を吐いて目をつむる。

 

大切なのはイメージだ。あくまでモーションがないというだけで、考えることは変わらない。刀を居合のように引き抜くイメージを忘れないように。

 

……行ける!!

 

 

「―――っ!!」

 

 

 自然体を取っていた俺の右手には再び具現化されたブレードが握られていた。ノンモーションで展開をすることは出来るようになっている。千冬さんに教えられたことは無駄じゃなかったようだ。確実に俺の力になっている。

 

一連の行動を見ていた千冬さんが、俺の近くへと寄ってくる。表情は変わらないまま、下から上へ視線を移動させると、少し満足したかのような表情を浮かべながら話しかけてきた。

 

 

「……久しぶりのIS稼働にも関わらず、前回より武器の展開が進歩している。そこはいいだろう」

 

「ありがとうございます」

 

「だが、まだ遅いな。もっと早く出せるようになれ」

 

 

 ノンモーションからの展開が出来るようになったのは良かった。ただイメージしてから展開までにかかった時間は、一秒弱。これではまだまだ遅すぎるし、本当の実戦では使い物にならない。コンマ何秒の差が勝敗を分ける世界だ、まだまだ精進する必要がある。ノンモーション展開が出来るようになったのは収穫、ただまだ早さが足りない。これからは展開までの早さを意識して行こう。

 

 

「複数対人でも無類の強さを誇るお前も、ISとなるとまだやりにくいか」

 

「ですね……正直まだ分からないことだらけですし、何よりもISに関する知識がまだまだ足りないです」

 

「しかし戦闘で負けるつもりはないのだろう?」

 

「はい。これでも一応プライドはあるんで」

 

「ふっ、そうか」

 

 

 千冬さんは口元をニヤリとさせて、笑みを浮かべる。その視線は「ISでも私を凌駕することを期待している」とでも言いた気だ。世界最強の名、ブリュンヒルデ……絶対に近い将来超えてみせる、必ず。

 

 

「おーい大和!」

 

 

 ラブコメが終わったのか、一夏と篠ノ之が俺の元へと近づいてくる。こっちはすでに準備は万端、いつでも戦える状態にあった。近寄ってきた一夏の手には分厚いISの教則本が握られている。専用機を与えられた人間は皆これを読んでいるのかと思うと、正直もらいたくなくなってくる。

 

具現化していた近接ブレードをしまい、改めて一夏の方へと向き直る。

 

 

「おう、大変そうだな一夏」

 

「ああ。見ろよこれ……授業も全く分からないのに、マジで頭パンクするかも」

 

「安心しろ、そう簡単に人間の頭はパンクしないから」

 

「だといいんだけどな……」

 

 

 専用機を受け取ったことでさらに覚えることが山積みとなり、これから先の苦労を想像して肩を落とす。IS教則本って英語辞書か何かかこれ、これを毎回持ち歩くと考えると鞄の中が恐ろしいことになりそうだ。よく見ると右端の方に『Vol.1』って書いてあるし、もしかしなくても一冊じゃないってことだよな教則本って。

 

多分一夏も一冊じゃないことをを想像したんだろう。果たしてこれから授業と並行してついて行けるのか、心配だな。

 

一夏の落ち込む表情に苦笑いを浮かべていると、その隣にいた篠ノ之が一歩前に出てきた。

 

 

「ところで霧夜。お前の方はどうなんだ?」

 

「ん、何がだ?」

 

「コンディション的なところを聞きたくてな、オルコットに勝つ見込みがあるのかどうか……」

 

 

 ここまで黙っていた篠ノ之が口を開いた。見込みか……普段俺が生身でやっていることをISでも再現出来れば行けるはずだ。

 

慢心というものはないし、戦いにおいて手加減する気も全くない。やるなら全力で完膚なきまでに叩き潰す、オルコットのプライドをへし折るくらいに。

 

プライドをへし折ることが、あの時の恨みかと言われればそうかもしれない。確かにあの時は腹が立ったさ、大切な家族をロクデナシとバカにされ、お前に何が分かるのかと。

今でも思い返せば苛立ちはあるが、別に何かをしてやろうという気は毛頭ない。仕返しをしたところで、単なる俺のうっ憤を晴らす以外何にもならないからだ。

 

オルコットがたとえ一週間前のような行動を起こさなかったとしても、戦闘においての考え方は変わらない。今の状況はオルコットが相手、倒すべき敵であり、情けをかける必要はない。

 

篠ノ之の勝つ見込みがあるかとの問いに、俺は自信を持って答える。

 

 

「……あるさ。絶対に勝ってみせる」

 

「そうか。……お前は私を剣道で圧倒してみせたんだ、その戦いぶりしっかりと見させてもらうぞ」

 

「ああ、見ておけ。本当の戦いってやつをな」

 

 

見せてやるさ、俺の戦い方ってやつを。

 

今一度目を閉じ再度全神経を集中させる、自分のスイッチを切り替えるためだ。もう十分以上経っているし、そろそろオルコットの準備も整うことだろう。

 

頭の中から多くの思考が消え、戦う姿勢のみが残る。まっすぐ見つめるはピットの先、アリーナの空中だ。まだオルコットも現れていない、だからガラス張りの透明天井からのぞく青空が見えるだけだ。

 

 

―――自分の世界に入り浸っていると、千冬さん宛てに通信が届いた。

 

 

「……分かった。霧夜、オルコットの準備がもう終わる。お前も準備を整えろ」

 

「はい」

 

 

 通信でオルコットのメンテナンスが終わったことを確認した千冬さんは、打鉄を身にまとい、準備が完了している俺に声をかけてきた。

 

覚悟は出来た。視覚補助のハイパーセンサーが起動し、遠く離れた粒子レベルのホコリまでも正確にとらえることが出来る。

 

 

「大和!」

 

「何だ?」

 

 

出撃しようとした矢先、一夏から声が掛けられる。

 

 

「……絶対勝ってこい!」

 

 

 かけられた言葉は激励だった。俺が一夏を見送った時に拳と拳をつき合わせたように、今度は一夏が俺に向かって素手を突き出してくる。一瞬どうすればいいか分らなかったものの、一夏の意図をすぐに理解すると笑みを浮かべながら、一夏の拳に打鉄装着状態の拳をつき合わせた。

 

勝利の儀式も終えたことだし、本気で勝ってくるとしよう。

 

 

「ああ! 行ってくる」

 

 

一気に打鉄を加速させ、勢いそのままに空中に飛び立った。

 

 

 

スピードをつけたまま、アリーナの中心付近に移動し静止する。アリーナの中心に立つのは二度目、でもこうして空中に待機するのは初めてだった。リラックスした自然体で、反対側のピットからオルコットが出てくるのを待つ。さっきの一夏との戦いで六つのビットは全て破壊されているわけだし、予備の部品を装着するのにも相応の時間がかかっているんだろう。

 

こうして一人先に来て空中待機するのも、なかなかシュールで気分のいいものだ。まだオルコットも来ていないことだし、空中からみたアリーナを見てみるとしよう。

 

 

「ほぼ全方位見渡せるなんて便利だよな、ハイパーセンサーって」

 

 

 ISに乗る乗れない以前に、こういう全方位を見渡せる装置を是非一家に一台欲しい。車とかに装着されるようになったら結構便利ではないかと思う。人間の目が付いている位置が前だから、どんなに目が良くても後方を見ることは出来ないし。

……まぁISを一機製作するのに、国家予算レベルの資金が必要になるから実装するのは無理だろうけど。

 

さて、そんな便利なハイパーセンサーを使ってアリーナを見渡す。観客席にはクラスメイト達が押し寄せて、俺の方へと視線を送っているのが良く分かる。あそこの袖がダボダボな制服を着ているのは……あぁ、布仏か。

 

 

俺の方に向けて手をヒラヒラと振っていることに気が付き、こちらからも布仏側に向けて手を振り返してやる。すると自分の行動に気が付いてくれたことがうれしいのか、満面の笑みを浮かべながら両手で手を振ってくる。袖に隠れているせいで、手自体を見ることは出来ないけど。

 

で、その布仏の両隣にいるのは……谷本と相川だな。こちらも布仏と同じように手を振ってくれている。いや、嬉しいことで。

 

あれ? 布仏は何やっているんだろう。急に手を振るのをやめたかと思えば、今度は屋根の陰に隠れて見えない位置に移動してしまった。同じように谷本と相川も布仏につられるように、陰に隠れてしまう。

 

良く分らないけど、騒ぎすぎだと注意でもされたのか。でも手を振っていたくらいだろ?

それくらいじゃ注意されないよな普通。そんなんで注意されるんじゃ、カラオケ行ってうるさいって注意されるのと同じこと。

騒いでいい場所で騒いで注意を受ける、ようは理不尽だ。

 

まぁでも、注意されたのなら仕方ないか。ってこれじゃ俺が女の子に鼻の下伸ばしている奴みたいだ、いかんいかん。

 

 

「……お?」

 

 

 三人が引っ込んだ後代わりに出てきたのは、相川と同じように夕食の時に知り合った鷹月だった。三人と同じようにこちらに笑顔で手を振ってくる。手を振り終えると後ろ側を振り向き、何やら手招きしているようにも見えた。

 

その手招きをしてすぐ、先ほど居なくなった谷本と相川の姿が映る。あれ、やっぱり注意されたわけじゃなかったのか。そして二人の顔の向きも鷹月と同じように、後ろを向いている。それどころか意地悪そうな笑みを浮かべて、両手で何かを掴んでいるように見えた。というよりあれは絶対何か掴んでいるよな?

 

二人に引っ張られるように、引っ張られている人物が露わになってくる。引っ張られている中心を目を凝らし、ジッと見つめているとやがてその姿が完全にガラス越しに出てきた。ワタワタと慌てながら、戸惑い気味な表情を浮かべる女の子。何をしたのか、顔が若干赤らんでいた。赤らんだ顔に見覚えがあった、あっけにとられながら本人の名を呟く。

 

 

「……鏡か?」

 

 

間違いなく二人が引っ張ってきた人物は鏡ナギだった。鏡の後ろには布仏がいて、鏡の背中を笑顔で押している。もしかして三人が一回下がったのは、鏡を連れてくるため……?

理由が分からないでいる俺に、ガラス越しに手を振ってきた。控え目に恥ずかしがりながらおずおずと手を振る光景に、思わずこっちも顔を赤らめてしまう。

 

ピットから飛び立つ際の気合はどこへやら、オルコットを待っている間にその気合もどこかに消え去ってしまった。

 

 

「……」

 

 

 相変わらず恥ずかしがりながら手を振ってくる鏡に、四人にしたのと同様に手を振り返す。気合こそ薄れてしまったものの、女の子にここまで応援されたら絶対に負けられないという気持ちが身体の底からわき上がってきた。勝利の女神が見守ってくれているんだ、絶対に負けるわけにはいかない。

 

さて、そろそろオルコットも来る頃だろう。今一度気分を戦闘モードへと切り替え、オルコットのピットを見つめる。すると見つめてから数秒もたたないうちに、ピットから青基調の機体が現れた。その機体は間違いなくオルコットのもので、アリーナに飛び出てから一直線に移動し、俺の目の前に立つ。

 

 

「……お待たせしました」

 

「あぁ、待ちくたびれたぜ。専用機って整備にも時間がかかるんだな?」

 

「……」

 

「ん?」

 

 

 ようやく出てきたかと思えば、先ほどまでの元気は今のオルコットにはなかった。オルコットの状態を見てそういえばと気がつく、一週間前に俺はオルコットに対してブチ切れたということを。

オルコットからすれば、いけしゃあしゃあと会話を交わすことなんて出来るはずもない。こっちはこっちで倍返しで返すなんて言っちまったし、どうしたもんか。

 

ただ無言で俯かれたままっていうのも気まずいな。せめてさっきの一夏に対しての態度だったら、気まずさなんてものも無いし、すんなりと戦闘に入れただろう。今俺の目の前にいるオルコットは、少なくとも俺の想像と一致する人物ではなかった。

 

 

『―――両者、戦闘準備をしてください』

 

 

スピーカーから戦闘準備を促す放送が入る。アナウンスを確認すると、俺は先ほどのイメージ通りにノーモーションで近接ブレードを展開した。

 

特に問題もなく展開出来たことに胸をなでおろし、ブレードに向けていた視線をこんどはオルコットの方へと向ける。

 

 

「……?」

 

 

こちらはもうすでに準備は万端だというのに、アナウンスが入ってもなおオルコットは武装を展開していなかった。放送が聞こえなかったなんてことはないだろうし、本当にさっきからどうしたのか。少し不安になった俺は、オルコットに対して声をかける。

 

 

「おい、オルコット。アナウンスが入ったぜ?」

 

「わ、分かってますわ」

 

 

 返す言葉もどこかぎこちない。これって怯えているたけではなく、惚けている感じがするんだが……。俺の言葉でようやく、先ほどの一夏戦で使っていたレーザーライフルを展開する。

しかしライフルを展開した後もオルコットの表情は晴れないままだった。とりあえずオルコットの心配は後でも出来るし、今は俺も自分の方に集中することにしよう。

 

俺が今持っているのはIS専用のブレードということもあり、少々普段のものよりも使いずらい。いつものような戦い方が出来ないのにはやりずらさも感じるかもしれないが、同じ長い獲物を使っていると考えれば大丈夫。

あくまでこれはISを用いた戦闘であり、命をかけた仕事ではない。そう考えるだけで幾らか気分が楽になっていった。

 

ISブレードを片手に持ち直し、剣先を地面の方へと向ける。体を前傾姿勢に倒して、臨戦態勢をとった。

 

 

「じゃあ、始めようか」

 

「っ!! 行きますわ!」

 

 

俺の一言が戦闘開始の合図となった。

 

俺の声に真っ先に反応して、先に動いたのはオルコットだった。

声と同時にライフルを構え、そして俺に向けて撃つ。発射音とともにレーザーが俺に向かって飛んできた。

メイン武器ということもあり、一発一発の攻撃力は高く、クリーンヒットすれば大きなダメージを負う。しかし当たればってだけで、当たらなければどうということはない。

 

飛んでくるレーザーの軌道を変えることは出来ない。直線に飛んでくるレーザーから身体の軸をずらし、初撃をかわした。かわした俺の右側をレーザーが通過していく。

 

 

「!!」

 

 

 レーザーをかわされたことに多少驚いたオルコットだったが、その表情には慢心というものが一切なかった。相手を舐めていたら自分もやられる、一夏との戦闘で学んだのだろう。

すぐにスコープを覗きながら二発、三発と撃ち込んでくる。エネルギーが許す限り、オルコットの様子を観察してみよう。もしかしたら一夏の時には使わなかった技を持っているかもしれない。

 

今度は軸をずらさないように後ろに後退し、大きく旋回しながらレーザーが被弾しないようにかわしていく。

ある程度距離をとることで、レーザー兵器は当たるまでの射程は長くなる。よってこちら側から目視できる時間が長くなり、回避することは容易になる。

 

となると、間違いなくビット兵器を使ってくるはずだ。オルコットの真骨頂はビット兵器を使って相手を撹乱し、相手がかわせない状態にまで追い込んでライフルを撃ち込むというもの。

ビットを操作中は他の行動が一切とれなくなるが、相手を追い込んでしまえばビットを制御する必要もなくなる。逆にこちらとしては、その状態にいかに追い込まれないように行動するかがミソになってくる。

 

 

「相変わらず狙いは正確……やっぱりブレねぇな」

 

 

 たとえ俺に攻撃をかわされたとしても、その射撃能力に狂いが生じることはなかった。追い込まれないように行動するのは、実際にやってみるとかなり難しい。今の状態では接近すること自体が困難な上に、少しでもこっちの回避が遅れればたちまち餌食になる。

 

何度も攻撃をかわしていくことで、徐々にではあるが、オルコットとの間合いが離れていった。

 

 

「お行きなさい! ティアーズ!」

 

 

 俺との距離が一定以上離れ、ライフルを連射しても確実に当てることが難しくなったオルコットは、非固定ユニットからブルー・ティアーズ本体を展開させて攻撃を仕掛けてきた。

オルコットの声と共に四基のビットが俺の四方を囲い、それぞれに攻撃を撃ってくる。

オルコットの意思で思いのままに攻撃が出来るこの兵器は、近付かなければ攻撃が出来ない身からすれば天敵そのもの。照準を合わされないように、目を凝らして攻撃を避けていく。

 

 

「……こりゃやっかいだな」

 

 

モニターから見ていた時点でかわすことが困難な兵器だとは思ってはいたけど、実際に攻撃を目の当たりにすると想像以上だった。

 

ハイパーセンサー越しでも相手が把握しにくい、一番遠い場所から正確な射撃が飛んでくる。

いくら遠距離射撃型のISとはいえ、相手の把握しにくい場所から確実に相手を狙えるようになるのは、誰もが出来ることではない。オルコット自身、血の滲むような努力をしたんだと思う。

 

 

「くっ……」

 

「そこですわ!」

 

 

 少しでも体勢を崩そうものなら、容赦なくビットからの攻撃が飛んでくる。しかし気のせいか、先ほどまではきっちりと判断していればかわせていた攻撃が、徐々にではあるがギリギリになっている気が……。

 

 

「右ががら空きですわ!」

 

「げっ!?」

 

 

 攻撃を大きく回避しすぎたため、次の行動への第一歩が僅かばかり遅れてしまった。一瞬の判断ミスが命取りとなる、オルコットはその隙をついてライフルを構え、俺に向かって打ち出してきた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

 声に出るよりも先に、身体が動いてくれたことが功を奏した。身体を左側にずらし、辛うじて直撃を免れる。

とはいえ今の攻撃で右腕に攻撃が当たったため、シールドエネルギーを少しばかり持っていかれてしまった。直撃させれなかったことが悔しいのか、オルコットの表情が歪んだいく。

 

だがそれ以上に俺の表情は歪んでいた。

 

 

「……気のせいなんかじゃないってことかい」

 

 

無意識に舌打ちが出てしまうような出来事が起こっている。

 

さっきから感じていた違和感は、俺の間違いでは無かった。モニターで見た時なんかよりも、ビットの射撃精度が確実に上がっている。

漠然と撃ち込んでいた一夏との戦いから一転し、相手のかわす方向を予測し、避けにくい位置に撃ち込んできていた。

 

試合を重ねることに成長するか……大したものだ。でも俺も啖呵を切った手前、負けるわけにはいかない。だからこそ、もう少しこの回避行動を続けさせてもらう。俺の策が上回るか、オルコットの技術が上回るか、賭けに出るとしよう。

 

 

 空中で四方から襲いくるビットの攻撃をかわしつつ、アリーナの天井高くまで飛んで行く。ある程度の高さまで上昇すると、今度は機体を反転させて地面に向かって急降下した。

 

急降下していく俺の後をビットが追ってくる。ビット兵器も射程距離が無限というわけではなく、必ず射程圏に相手がいなければ攻撃を当てることは出来ない。

現にオルコットは追跡の命令は送っているものの攻撃の命令は送っていないようで、ビットが攻撃してくることはなかった。

 

俺を射程圏に捉えきれていないということになる。それを確認すると、ある程度余裕を持たせてその機体を上昇させていく。ブルー・ティアーズの特性はもう大体理解した、後はこっちが攻撃に移るだけだ。

 

 

「逃げてばかりでは勝てませんわよ!」

 

「分かっているさ」

 

 

 いつまでも逃げているつもりはない。上昇させたまま、俺はそのままオルコットに向かって突進していく。ビットから撃ち出されるレーザーが俺の行く手を阻むかのように、前後左右から襲いかかってきた。

左右上下と攻撃を最低限の動きでかわすことで、相手に決定的な隙を与えない。少しでも無駄な動きをすれば、オルコットはそこを狙ってくる。

 

神経を研ぎ澄まし、集中力のすべてを視覚と聴覚に注ぐ。真横から襲ってくるビットに一気に接近し、ブレードを薙ぎ払う。ビットは真っ二つになり、本来の動きを失った。

 

が……。

 

 

「かかりましたわね! 後ろががら空きですわ!」

 

「しまった!?」

 

 

ビットの数を減らす方に意識を集中させすぎたか、残っている三基のうち一基が俺の後方に位置づけた。

このままでは例え避けれたとしても、その後の行動は後手に回ってしまう。オルコットは僅かな隙を見つけて仕留めるタイプ、俺はまさに今その術中にハマろうとしていた。

 

 

「……なんてな」

 

 

この切羽詰まった状況にも関わらず、出てきたのはニヤリとした薄笑いだった。

 

 

俺の後ろにビットを位置付けさせたのも、はめられたと思って焦る表情をしたのも全て予想通り。今の状況でオルコットに背を見せれば、背後にビットを配置すると。

 

仕留められるのなら複数のビットを無理に全部使う必要などないし、攻撃力が高いとはいえ、わざわざスコープを覗くモーションが入るライフルを使う可能性も低い。

その間に俺が気付けば避けられる可能性も高くなるからだ。

 

さっきもビット攻撃で作った隙に、ライフルによる攻撃を撃ち込んできている。オルコットからすれば僅かな隙でも、十分に仕留められると判断したのだろう。だがその予想を俺が覆し、直撃を回避した。

 

これによってオルコットの中では、多少の隙ではかわされてしまうのではないかという思考が生まれる。当然オルコットも、俺が高威力のライフル攻撃を警戒しているのは知っているはず、よって使いづらくなる。

 

今の俺の行動は確かに隙にはなっているが、ライフル攻撃のことは常に頭に残っていた。多少のダメージは免れなくとも、大ダメージを被る直撃を回避することは出来る。

 

 

オルコットの元に一基を残した他のビットは戻り、主力のライフルの構えも解いていた。

 

俺が攻撃をせずに回避に専念し、アリーナをフルに使い続けた理由。

それはオルコットを油断させ、俺とビットとオルコットが対角線上に来るように仕向けた俺の罠だった。

俺がわざわざレーザービットの一つを破壊しに行ったのには、位置を調整させるためで元々想定内の行動だったわけだ。

 

そしてその時はやってきた。ビットを戻し、攻撃が手薄になった今がチャンス。振り向きざま、命令が下される前にオルコットめがけて近接用ブレードを投げつける。

 

 

「なっ!?」

 

 

捉えたと思い油断していたオルコットは、予想外の攻撃に驚きの声を上げた。

 

投げたブレードがビットを破壊し、回転しながら勢いそのままにオルコットへ向かっていく。俺の背後を取ったことで少し油断したのだろう。このまま避けなければ俺の攻撃が当たり、追撃を食らう可能性もある。

近接武器の特性は無防備の相手に近付けば、いくらでも攻撃を加えることが出来る。ましてやオルコットの機体は遠距離射撃型、近接戦闘では圧倒的に不利だ。

 

慌てて避けようとするが、遅い。IS本体の動きを眼で追って回避位置を予測することなど、俺にとって難しいことではない。近接ブレードを追うようにオルコットの目前へと接近した。

 

 

「捕まえたぜ!」

 

 

回避地点のオルコットへの接近に成功した俺は、そのまま右腕部分をつかみ、背負い投げの要領で地面に向かって投げ飛ばした。

 

 

「キャッ!?」

 

 

投げ飛ばされたオルコットは悲鳴をあげ、そのまま地面に向かって落ちていく。すぐさま旋回して自分の投げたブレードを手に取り、急降下でオルコットを追っていく。

 

 

「近接ブレードを投げるだなんて、むちゃくちゃしますわね!」

 

「生憎、予想外なことをしないと勝てないと思ったんでね!!」

 

 

とはいえ、今回の作戦はギャンブル要素が非常に強いものだ。次戦う時にオルコットが今回のような油断をするかと言われればノーだし、たまたまうまく行ったに過ぎない。あくまで勝負は駆け引きであり、どっちに転ぶかは最後まで分からない。

 

相手を撹乱して自分のペースに引き込み、どれだけ相手のリズムに乗せられないか。オルコットの戦闘スタイルは確立されていて、相手をビットで攻撃するときには必ず一番遠いギリギリの場所から攻撃してくる。

相手の盲点を突いてくる戦法だが、逆を言えばそこからしか攻撃を加えてこない。だからパターンが違えど、相手の盲点から攻撃するという、基本的な鉄則を守っているために読みやすい。

 

ただあくまでオルコットも成長途上の身、操縦技術が上がっていくにつれていずれ克服してくることだろう。

 

 

「くっ、ティアーズ!!」

 

 

 オルコット自身ももうなりふり構っていられない。ビットから残っているミサイルとビットの四基が展開され、それが俺目掛けて襲ってくる。今のオルコットには、最初の集中力は残されていない。連戦に加えて数々の予想外。インターバルを挟んだとはいえ蓄積した疲れはある。

 

目に見えて分かったのは動揺だった。受けた動揺と疲労が、展開されたミサイルやビットの動きは単調にさせる。特にオルコットの動揺を誘ったのは、先ほどの行動だった。

何度も言うように自分のペースに乗せ、確実に相手を仕留めるのがオルコットの戦闘パターンだ。あの時、彼女は自分の策に完全に相手が引っ掛かった思い込んでいる。しかし蓋を開けてみれば自分が俺の策に乗せられてしまっていた。

 

―――策士策に溺れる。それに気付かされた時の動揺は計り知れない。

現に先の戦いで見せたようなキレも、序盤に見せた正確さも既に無くなった。この動揺を誘い出すことが今回の目的、そして相手を仕留めるための数少ないチャンスだ。このままおいそれと逃すわけにはいかない。

 

……なら!

 

 

「はああぁぁぁ!!!」

 

 

 前進して向かってくる二発のミサイルを両断。そして俺の目の前に現れたビットの一つをブレードの突きで破壊した。

残されたビットが俺の背後をとり、レーザーを発してくる。ハイパーセンサー越しに動きを確認し、すぐに振り向いてこれを左右にかわしながら接近し、最後のビットも叩き伏せた。

 

単調な動きのものほど、攻撃しやすく避けやすいものはない。自分の攻撃が単調になったことに気付いておらず、目の前で起きた事象に驚きの声をあげる。

 

 

「そんな!?」

 

「驚いている時間はないぞ!」

 

 

ビットを全機破壊した勢いそのままに突っ込んでいく。

 

これ以上長々とやるつもりはない、ここで一気に決める。強い思いを胸に突入する俺に、オルコットはライフルを向けた。

 

 

「まだですわ!」

 

 

まだ諦めない、強い意志を見せながらレーザーを放ってくる。直線上にしか撃てず、軌道を変えられないことが最大の弱点のライフルだが、一度スピードに乗った機体が、高速で向かってくるレーザーをかわすのは難しい。

 

おそらく今からかわしたとしても、身体のどこかに直撃するだろう。俺はかわすことなくそのまま突っ込んでいく。

 

 

「わざわざ自分から突っ込んでくるなんて、笑止ですわ!!」

 

「あぁ、普通だったらな」

 

 

一か八か、出来るかどうかは微妙だったが、この際何でも試してみる価値はある。レーザーに向かってまっすぐ直進していき、手にしたブレードを真上に振りかぶると、そのレーザーを強引に切り裂いた。

 

 

「なっ!! レーザーを!?」

 

「甘いぜ、これくらいじゃ俺は止められねぇよ!」

 

 

一足一刀の間合いに飛び込むことに成功し、踏み込んでブレードを横に振りかぶる。この距離だったらミサイルもライフルも撃つことは出来ない。

ミサイルを撃とうものなら、自分まで爆風によるダメージを受けることになる。確実な試合運びをするオルコットが、わざわざ自滅するような行動を取るわけがない。

 

 

「い、インターセプター!!」

 

 

オルコットが叫ぶと右手には接近戦用のショートブレードが展開される。そのブレードで辛うじて、俺の薙ぎ払いを防ぐ。やっぱりまだ隠していたか……でも接近戦じゃ負けない。

 

―――この距離は俺の間合い(テリトリー)だ。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

素早い動きで縦一閃、その返し刀で一閃。ひるんだところにノンモーションで突きを何度も入れる。相手に攻撃を避けられるのなら、相手が反応できないスピードで攻撃を加えればいい。

縦横斜めと縦横無尽に斬撃を繰り返すと、オルコットのガードが崩れる。

 

ガードが崩れた所に再び、斬撃を加えていった。

 

 

「うおぉぉぉおおおおおおおっ!!」

 

「ああっ!?」

 

 

 ハイパーセンサーによる視覚補助が入っているとはいえ、目の前で素早く展開される攻撃をかわしきることは困難だ。攻撃を目視してかわすには、動体視力が必要になってくるからだ。ハイパーセンサーは視覚を広げることが出来ても、動体視力を飛躍的に高めることは出来ない。

オルコットは決定打を与えられないようになんとか距離を取ろうと離れたり、ショートブレードを使って防ごうとするが、一回踏み込んだ間合いをそう易々と離れさせるわけがない。

 

斬撃の途中で、オルコットの手にしていたショートブレードを弾き飛ばす。これでオルコットは自分の視力に頼るほか回避の手段はなくなった。

 

 

「はぁっ!!」

 

「きゃああああああ!?」

 

 

左足でオルコットの機体を思い切り蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた機体は蹴られた勢いそのままに、アリーナの壁に激突し、ガラガラと大きな音をたてて壁が崩れ落ちる。

 

砂埃が一面に舞い上がり、着弾地点一帯を包み込む。上空から見下ろした感じでは姿を確認することは出来ず、オルコットが今どのような状況になっているのか判断することは出来なかった。

 

ハイパーセンサー越しにアリーナ全体の状態が映し出される。いくらなんでも代表候補生に勝つのは無理なんじゃないか、そう思っていた子ばかりだったと思う。アリーナを眺めるクラスメイト達の表情は驚きに包まれていた。

 

ISに数回しか乗ったことのない男性。ましてやISに関する知識も入学してから学んでいるというのに、結果は皆が想像していたものとは違った。敗戦ながらも代表候補生をあと一歩のところまで追いつめた一夏、そして俺は代表候補生を終盤で完全に圧倒した。

 

今回は前もってオルコットの試合を見ていたから対策を練ることが出来ただけで、それがなかったらこうなっていたかも分からない。

オルコットの慢心、疲労、動揺。これらがなければ、ISを稼働して数十分の一夏や俺がここまで出来ていたか、断言することは出来ない。

 

先ほどの作戦も、オルコットが油断をしていなければ通用しない作戦だった。あそこで冷静に物事を考えられて、残ったビットによる集中放火を浴びていればひとたまりもない。俺を仕留めきれなかった理由、それはほんの僅かながらでも彼女が油断をしてしまったから。

 

しかしすでに結果論で、あの時間はもう戻ってこない。オルコットにも、慢心して勝てる相手じゃないと分からせることは出来たと思う。彼女が本当に学習する人間なら、次からは二度と同じ作戦は通用しないだろうから。

 

もちろん二度と使うつもりもないし、次に戦う機会があるのなら小細工なしの戦いで勝ってみせる。

 

 

俺たち男性二人の戦いは、皆の考え方を大きく覆すものだったのかもしれない。よく見れば騒ぎを聞きつけた他のクラス、学年の生徒たちも見に来ている。

 

時間帯は放課後だ。授業も全日程が終了しているし、別に来ることは不思議なことではない。生徒が数多くいる状況だからこそ、この戦いを見た人間には感じてほしい。

 

これだけ女尊男卑の世の中だ。男性を卑下したい人間がいるのも仕方ないと、割り切るしかないのかもしれない。でも男性は皆弱い、その根底だけは覆させて貰う。

 

 

―――確かに男性はISに乗れないかもしれない。

 

 

だが……

 

 

世の中には

 

 

絶対に信念を曲げない強い男もいるってことをな!!

 

 

―――舞いあがった砂埃が晴れて行く。

 

そこにはアリーナの壁に佇む青い機体を確認することが出来た。猛攻と壁への激突によりかなりのシールドエネルギーを消費したんだろう。

 

 

「く……」

 

 

衝撃を全て緩和しきれなかったのか、苦悶の表情を浮かべるオルコット。決めるなら立ち上がることが出来ない今だと判断し、俺は一気に近づいていく。

 

 

「これで……」

 

 

自分が出せる全速力で壁に埋め込まれたオルコットに接近、そして……

 

 

「終わりだああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

絶叫にも似た咆哮と共に、俺は振りかぶったブレードを振り下ろす。アリーナ中を切り裂く俺の絶叫と共に、オルコットのシールドエネルギーがゼロになった。つまりそれは……

 

 

「試合終了。勝者、霧夜大和!」

 

 

俺が試合に勝ったことを意味していた。

 


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