IS‐護るべきモノ-   作:たつな

140 / 162
戻って来た相棒

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

昼食を終えた俺は職員室を訪れていた。

 

お昼の時間帯ということもあって普段は室内で仕事をする教師陣も多い中、比較的空席が目立つ状態になっている。職員室は入ると変に緊張するんだよな。教室と違って少し堅苦しい雰囲気というか視線が集中するというか。

 

特にIS学園だから尚更気になるのかもしれない。

 

職員机の一角に座る千冬さんが俺の入室に気付くと、自分から席を立ちこちらに来いと手招きをする。手招きを確認し、俺は千冬さんの元へと歩み寄った。

 

 

「すみません、お待たせしました」

 

「いや、こちらこそ昼中にすまん。諸々話すことがあるからちょっとついて来い」

 

「はい、分かりました」

 

 

ここでは他の教師陣もいるからだろう。ということは他言できないような重要な話が紛れ込んでいることが容易に想像がついた。

 

自分の席から立ち上がると、職員室に連結するような形で会議室のような小部屋へと向かう。

 

今回のような生徒の呼び出しや、職員たちの個別会議で使われることが多い小部屋だが、生徒が呼び出されると大抵はマイナスのイメージを持たれる。

俺も最初のうちは呼び出されると何かやったのかと好奇の目を向けられることが多かったものの、ちょこちょこ呼び出されているうちに慣れられた感があった。

 

もうここ最近じゃ『はいはい、いつもの呼び出しね』くらいにしか思われていないのだろう。何なら笑顔で挨拶を交わしてくれる教員も居るくらいだ。

 

 

部屋に通され大机の上座側に座らせられると、その反対側に千冬さんが座る。

 

 

「急な呼び出しですまないな。現時点でいくつかお前に話しておかないといけない事があるが、どこから話したものか」

 

「いえ、大丈夫ですよ。教室じゃ話せる内容なんて限られてきますし、こうやって密閉空間でも作らなければ誰が聞いてるかも分からないですから」

 

「そう受け取ってもらえると助かる。まずは……これを」

 

 

千冬さんが取り出したのは見覚えのある黒のネックレス。俺が普段身に付けている専用機不死鳥の待機状態だった。

 

 

「やっと返ってきたんですね。だいぶ待ちくたびれましたよ」

 

「お前の専用機を解析したが大したデータは得ることが出来なかった。採取したデータは上に提示したしこれ以上とやかく言われることは無いだろう」

 

 

篠ノ之博士お手製の専用機ともなれば戦闘データは喉から手が出るほど欲しいに違いない。そのデータを採取しようとしたものの、大したデータは得られなかったとのこと。

 

まぁ戦闘そのものは一回だけしかやってないしな、そんな状態で得られるデータなんてそんなに多くは無い。とはいってもデータはデータであり、これ以上何かを言われることは無いはずというのが千冬さんの見解だ。

 

どちらにしてもこんな特殊な機体と同じ仕様の機体を作ろうとする開発元がいくつあるか、そこについては興味はある。使いこなせるかどうかは操縦者次第、仮に使うのが千冬さんや千尋姉みたいな人だったら、きっと最大限に機体の性能を活かすことが出来るに違いない。

 

 

「そして機体そのものにも特に異常はない。ただ備わっている機能……リミットブレイクは極力使わないようにしろ。解放したとしても二段階までにとどめておけ。それ以上は身体への負担が想定できん」

 

「二段階ですか」

 

「これまで使ったのは一回、それも一段階までしか開放していないだろう。あの時のお前は病み上がりで万全な状態では無かった部分を勘案してもあれだけの負担が掛かるんだ。使用後の副作用と身体が万全だと仮定しても許容出来るのは二段階まで、三段階以降は使おうとするな。使ったら最悪、再起不能も考えられる」

 

 

またとんでもない機能を実装してくれたものだ。

 

だがリミットブレイクについて話す千冬さんの眼差しは決して笑っていなかった。それだけこの機能を使うのにはリスクがあるんだろう。俺が使ったのは臨海学校の時、プライドと対峙した時の一回だけ。

 

それでも効果が切れた後に全身を襲う痛みはしっかりと覚えている。動き出せないほどにズキズキとくる痛み。あの状態で動こうとしたら、傷口が再び開いていたかもしれない。

 

病み上がりとはいえあれだけ身体に負担が掛かる事が分かった以上、おいそれとギアを解放することは許されなかった。一段階、本来であればあそこまでの副作用が出ることは無かったと想定して、二段階。おそらく二段階が一段階と同等か少しキツいレベルになるのだろう。

 

そして第三段階以降は本当に千冬さんの言うように身体そのものが異常を来たし、身体を正常に動かせなくなる可能性も考えられる。

 

第四段階まで開放したら恐らくは……。

 

 

「全く使うな、とは言わん。相手が強力な場合は使わざるを得ない事も出てくるだろう。だが使う時は考えて使え。どちらにしても私が許可出来るのは二段階までだ。それ以降は許可出来ん」

 

 

使ってくれるな、暗にそう伝えているように見えた。

 

教師として一個人として使って欲しくないのだろう。俺としても身体にリスクがある以上、よほどのことがない限り第三段階以降を解放するつもりはない。

 

だが、誰もが太刀打ちできないような強敵が現れて命懸けで守らなければならないケースが発生した時。

 

その時はもしかしたら。

 

 

「分かりました。十分に注意して扱うようにします」

 

「お前のことだ、誰かの命が掛かればきっと無理をするだろう。使うのだとしたら……覚悟を決めろ」

 

「……はい!」

 

 

使うことがあるのかもしれない。

 

もし使うことがあるとしたら、俺自身も覚悟を決めなければならない。

 

 

「専用機に関しては以上だ。後はそうだな、お前と千尋さんがやりあったっていうアメリカでの件についてだが……」

 

「もうそっちに情報が行っているんですね」

 

「あぁ、ISが絡んでいる問題だからな。お前が居る居ないに関わらず、情報としてはすぐに入ってくる。事前に聞いていた内容と照らし合わせて判断しただけさ」

 

 

専用機についての説明を終えると、今度は俺と千尋姉で担当したアメリカでの護衛任務についての話に切り替わる。

ISが密接に関わっていることから、既に千冬さんの耳には入っているようだった。

 

既に一週間近く経っている。早いとまでは思わなかったが、事が起きたタイミングで即座に情報の伝達が行われたのだろう。国家機密情報の一つである専用機、それも凍結機の福音を奪おうものなら尚更か。

 

手元に用意してある複数枚の紙を取り出し眺めながら、まるで面接のような雰囲気で俺に話し掛けてくる。端から見たら尋問のようにも見える状態だが、そこにトゲというものは一切無いため、特に緊張することはなかった。

 

 

「イギリス開発の専用機、サイレント・ゼフィルスにラファール・リヴァイヴはどちらも奪われた機体になる。それがまさか福音にもアプローチを掛けてくるとはな」

 

「ええ、まぁあの組織が絡んでいるともなれば、福音を奪いに来る可能性はゼロでは無かったでしょう。まぁ、タイミングが良すぎた感は否めませんが」

 

 

ホント狙っているのか、というくらいにドンピシャりのタイミングだった。だからこそ事前にこちらで防ぐことが出来たという部分も大きい。

 

加えて今回の任務に千尋姉も同行していた、というところがポイントになる。IS学園のジョーカーが千冬さんとするなら霧夜家は千尋姉。

 

ISに生身で太刀打ちが出来る数少ない人間の一人で、持ち合わせている武はまさに一騎当千。敵とはいえあの絶望感は同情する部分がある。

 

 

「幸いにも福音は無事。施設の人間に重症者は出てしまったとはいえ死者はゼロ。相手には精神的なダメージを与えられた……か。本当に、あの人の規格外ぶりには驚かされるばかりだ」

 

「……俺からしたら織斑先生も大概だと思いますけど」

 

 

規格外といえば規格外だが、それを言ったら千冬さんとて例外ではない。初代世界王者の称号に相応しく、IS操縦者としてはもちろんのこと、身体能力を活かした肉弾戦も凄まじいものがあるそうな。

 

実際に戦っている様子を見たことがあるわけではないのでどのレベルなのかは分からないが、見たことがある千尋姉曰く、『壁を越えているレベル』らしい。

 

しかし世の中には、というより身近には凄い人が沢山いるものだ。一体何処で鍛え続けてきたのだろう。

織斑家は両親がいないって言うし、千冬さんが一人で一夏を育て上げたって聞いてるけど、時間がない中でそのレベルに達するということは、天賦の才があったのかもしれない。

 

そんな俺の冗談にもどこかニヤリと笑みを浮かべながら切り返してきた。

 

 

「ふん、私がいくら頑張ったところであの人には敵わないさ。私が相対した中で唯一、私が勝てないと思った人間なのだからな……さて、話を戻すがどちらにしても亡国機業に対して、大きな牽制になったのは間違いない。奴らも自分たちの周囲にこんな人間がいるなんて思わなかっただろう」

 

 

改めて、亡国機業について。

 

亡国機業と書いて『ファントム・タスク』と呼ばれる組織は、古くは五十年以上前から活動しているようで、一説には第二次世界大戦中に生み出されたとも言われている。

 

国家によらず、思想を持たず、信仰はなく、民族にも還らない。

 

目的も不明で存在理由も不確か。具体的な規模も分からず……と、まさに亡霊と呼ぶに相応しい組織だった。分かっているのは組織は運営方針を決める幹部会と、スペシャリスト揃いの実働部隊の二つに分断されるということ。

 

この区分けで言うならIS学園の襲撃や、アメリカ軍基地の襲撃に絡んでいるのは実働部隊ということになる。

恐らく全員……というわけではないのだろうが、専用機を持っていることから組織の中でも上位の役職、または高い実力を持ち合わせているのだろう。

 

 

 

「学園祭でも一夏の専用機を奪おうとしてましたし、これで少しは襲撃をためらってくれれば良いんですが……そう上手くいくかは何とも言えない、って思ってます」

 

「そこに関してはお前の認識の通りだ、敵は常に変化している。亡国機業を牽制出来たからと言っても、他の勢力が現れないとも限らん」

 

「……」

 

「……言い忘れていたが、サイレント・ゼフィルスの操縦者は亡国機業所属、コードネームはエムと呼ばれている」

 

 

千尋姉と対峙した操縦者の名前を千冬さんは明かす。その表情は何とも言えない複雑なものだった。

 

……?

 

何だろう凛々しい雰囲気の中にあるこのもやもやとした感じは。

 

俺自身エムと戦ったことはほんの僅かな時間、学園祭の時に一度だけあるもののフルフェイスの装甲で顔まで確認することはできなかった。書類を一通り上から下まで確認すると、書類の位置を下げて俺の顔をじっと見つめる。

 

 

「そして、もう一人は」

 

 

当日は二人の人間に侵入されている。

 

千冬さんの口からその名前が発せられる前に。

 

 

「……霧夜千春、ですよね?」

 

 

俺の方で遮るように伝えた。

 

名前を知っていることに特に驚きの表情を見せることなく、淡々とした口ぶりで話しかけてくる。

 

 

「知っていたのか」

 

「えぇ、逃げられた時に自分から名乗ってましたから。あの姿を見たら、ウチの血筋に無関係だなんて到底言えませんでした」

 

 

もう一人の操縦者、霧夜千春。

 

顔は完全に千尋姉の若い頃そのものであり、多少の違いがあるとすれば目がタレ気味か完全につり上がっているかの違いだけで、大した違いにはならない。

 

亡国機業に所属をしているのかと思いきやそうでもなく、別組織に所属しているというわけでもない。自由気ままとでも言うのか、だとしたらわざわざ奴らに手を貸す理由が分からない。

 

本人もそれはトップシークレットと言っているように、人には話せない秘密があるようだった。どちらにしても千春が主体となって何かを起こすというつもりはないようには見えたが……果たして。

 

 

「ふむ……」

 

「……? どうしました?」

 

「いや、何でもない。こちらでも常に情報は収集させてもらう。また何かあれば個別で伝えるようにするが、引き続き頼んだぞ。くれぐれも無茶はしてくれるなよ?」

 

 

千冬さんは少し何かを考え込むような素振りを見せるが何でもないと切り返してくる。今の俺の報告に何か思うところがあったのだろうか。

 

反応からみると知ってることがあるような気もするが……本当に重要なことであれば千冬さんから話しかけて来るだろうし、黙っているはぐらかすということは今は話せない内容、もしくは話したところで大して意味のない内容のどちらかになる。

 

どちらにしても千冬さんの性格を考えると追求しても口を開くことは無いだろう、なら下手な詮索は不要だ。

 

 

「はい、善処いたします」

 

「おう。私からは以上だが、お前からは何かあるか?」

 

 

千冬さんからの話は一旦終わりらしい。

 

もう少し何かを聞かれるかもと思ったが、そこはこちらに対して全幅の信頼を置いてくれているのかもしれない。

 

こちらから報告しておくことが何かあったか。仕事上の大切な報告はこれまでの話である程度出てきたし、俺から特に報告することと言えば。

 

 

「あっ、実はですね。仕事とかとは全く関係ないんですけど、多分今週中に織斑先生宛に荷物が届くと思います」

 

「私にか?」

 

 

何の話だ? と言いたそうな表情に変わる。

 

気持ちはわからないでもない。だって仕事と全く関係ない話だしISに関わる話でもない。ただ一応は伝えておいた方が良いだろうということで、会話に出した次第だ。

 

 

「はい。ちひ……姉がお土産にってことで色々見繕っていたみたいで。空輸なので陸路よりも時間は掛かるとは思うんですけど、順調に行けば今週末までには届くかと」

 

「なるほどそう言うことか。ふむ、そこまで気を遣わんでも……いや、ここはお言葉に甘えていただくとしよう。気を遣わせてすまないな」

 

「いえ、姉は気にしないでと言っておりました」

 

「ふっ、何から何までお見通しか。私からも個別に連絡は入れておくとしよう。霧夜からもありがとうと言ってたと、伝えておいてくれ」

 

「わかりました」

 

 

表情はそこまで大きく変わらないものの、雰囲気は幾分か柔らかいものへと変化する。よほど変なものを渡されない限り、お土産をもらって悪い気分にはならないだろう。

 

千尋姉に聞いても変なものは選んでないし、ふざけたものも入れてないと言ってたからそこは大丈夫だと思われる。

 

さて、俺からの報告もこれくらいだ。後は特に話すことはないし、時間を見るともう少しで昼休みの時間も終了する。午後の授業に遅刻をするわけにもいかないし、会話の流れからしてもこの辺りで一旦打ち止めになるはず。

 

 

「あぁ、一つだけ聞き忘れていた。これをお前に聞いても仕方がないと思うが……ウチの求人について誰かに説明した覚えはあるか?」

 

「……はい?」

 

 

これで終わりだと思って席を立とうと思った矢先に、想像の斜め上どころか考えたこともないような質問を投げ掛けられてフリーズしながら何とも間の抜けた言葉を返してしまう。

 

求人? ナニソレ?

 

いや、俺IS学園の求人なんて見たことないんだが……。

 

一般企業なら良く求人サイトや求人票を使って人員を募集しているけど、IS学園の求人って一般に公開するようなものなのか。もっと形式を重んじて試験を受けて狭き門を通過した人間が〜的な感じで思ってたんだけど違うんだろうか。

 

それに現在進行系で募集しているなんて初めて聞いたぞ。

 

 

「あの、どういう……?」

 

 

質問の意図が理解できずに思わず質問に対して質問で返してしまう。俺の反応を悟ってか少し困ったような雰囲気を醸し出しながらも、問題はないと言わんばかりに話を切り出した。

 

 

「いや、大丈夫だ。その反応を見る限り本当に何も知らないようだな。確かにうちも()()()()()()()()は必要だし話が進むのも分かるんだが、一体何処から嗅ぎ付けてきたのかと。知らないなら知らないでいい。変なことを聞いて悪かった」

 

「は、はぁ……?」

 

 

千冬さんの言っていることが何一つ理解出来ない。

 

俺に聞いてきたってことはもしかしたら絡んでいるのかもしれないって直感したのだろう。つまり俺が何かしらで関わりがある問題であることが想定される。

 

関わりがあるにしても千冬さんが聞きたいことは俺が知らない内容のため、当然何のことか理解することは出来ない。

 

うーん……何だろう。心当たりがあるわけではないが何か忘れているような気もするんだが何だったっけな。

 

 

「もう昼休みも終わる、私以外の授業も遅刻してくれるなよ。話は以上だ」

 

「……わかりました」

 

 

 

納得が行かずモヤモヤとした気持ちのまま職員室を後にする。

 

あの質問は何だったのだろう、結局何も理解できずに悩む俺だったがその答えが分かるのはほんの少し先のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしあの歯切れの悪い感じは何だったんだろうか。千冬さんにしては珍しく言い渋っているというか、言いにくそうな感じだったけど……」

 

 

授業を終えて寮へと戻ってきた俺は自室へと向かっている。午後の授業中もずっと考えていたのは昼の呼び出しの際に千冬さんから聞かれた質問について。

 

午後以降考えても答えを導き出すことが出来なかった時点で諦めるべきなのだろうが、どうにも気になってしまい授業に至っては完全に上の空だった。

 

普段は比較的真面目に授業を聞いているイメージを持たれているからか、担当教員に身体を壊していないか心配されたり、ラウラに至っては心配のあまり早退しよう! と俺を強制的に寮へと戻そうとする始末。

 

自分のやらかしで他の人に迷惑を掛けてしまったのは本当に不覚のいたすところ。それ以降は考えるのを止めて普段通りに過ごすことにした。

 

自室の鍵を開けて部屋の中へと入る。さて、今日はこの後どうしようか。特に予定が入っているわけじゃ無いけど、部屋の中でじっとしているのは性に合わない。周囲の人間は皆部活があるとかで忙しそうだし、散歩にでも出掛けようか。

 

それか専用機も戻って来ている事だし、アリーナで感覚を思い出すために自主練でもしようか。今日これからのことを考えながら顔を上げると。

 

 

「あら、おかえりなさい。お邪魔してるわよ?」

 

「おう、楯無。一週間ぶりだな、元気だったか?」

 

「えぇ、もちろん。大和の方こそ元気そうで何よりよ」

 

 

ベッドに制服姿で寝転びながら持ち込んだ雑誌を読む楯無が居た。案の定……というか、やっぱりかという感覚に特に驚くことなくいつも通りに返事をする。

 

最初の頃は何してるんだとがっくりとすることが多かったけど流石にもう慣れた。鍵をかけて部屋の外に出たとしても、ピッキング技術やマスターキーを持っている楯無からすれば鍵なんてあってないようなもの。

 

ある意味彼女らしいと思えば嫌な気はしない。それに先日の学園祭の生徒会の出し物で楯無は王様である一夏が被っていた王冠を手に入れたことで、男子生徒のどちらかの部屋に同居出来る権利が与えられている。楯無が選んだのは俺だったためしばらくは俺の部屋に自由に出入り出来る権限を有する。

 

そんな権限が無かったとしても楯無のことだから、入り浸りそうな気はするけどな。詳しくは聞いてないが同室権について一応期限付きではあるため永年効果を発揮するようなものではない。むしろ永年とかにしたら全校生徒から大バッシングが来ることは必然である。

 

カバンを机の上に置き、入っている上着をハンガーにかけてシワを伸ばす。自分の服を整理しながら改めて部屋を見渡すと、目立つほどではないが替えの制服とか、普段着といった最低限のものが持ち込まれている。

 

どうやら俺が不在時にも不定期的に俺の部屋に入り浸っていたようだ。

 

 

「……ん、この香り」

 

 

ふと、いつもとは違う香りが漂ってくる。

 

お香を炊いているのか、いつもと少し変わった香りが部屋を包み込んでいるような気がした。

 

 

「あら、もしかして気付いた?」

 

「あぁ、いつもと違う香りがしたからな。これは楯無の私物か?」

 

「えぇ、つい先日買ったばかりのお香よ。身体の芯から疲れが取れていくような感じがするって生徒の間で好評なのよ。気持ち的な部分もあるんでしょうけど、大和も働き詰めだったし少しでもリラックスになればってね」

 

 

読んでいた雑誌をパタンと閉じたかと思うと、ベッドから立ち上がった楯無は、ゆっくりと俺の元へと歩み寄ってきた。

 

俺に気を遣ってくれたのか。確かにいい香りがする、気持ち心も身体も落ち着くような感じだ。

 

 

「気を遣ってくれてありがとう楯無。凄く嬉しいよ」

 

 

気を遣ってくれた楯無に感謝の言葉を伝えると、俺の返事にニコリと笑う。

 

 

「ふふっ、これくらいはお安い御用よ。それじゃあ……」

 

 

俺の目の前まで近づいて来たかと思うと、頭や顔、胸や腕をペタペタと触ってきたかと思うと、吸い寄せられるかのように俺にギュッと抱き着いてきた。

 

 

「……おかえりなさい。ちゃんと、ちゃんと無事に帰ってきてくれたんだね」

 

 

楯無は顔を胸元に埋めながら無事に帰ってきてくれたことを喜ぶ。

 

一週間と言えど、ただの旅行で居ないだけの一週間と、常に生死と隣り合わせの一週間は全く別物になる。今回の場合は後者であり、万が一があれば命を失う可能性だって十分に考えられた。頭の中では大丈夫と思っていたとしてももし何かあったらどうしよう、彼女の本心の中にそのような想いがあったとしたら。

 

不在時の楯無の心配は大きかったに違いない。楯無の顔をしっかりと見てみると普段時に比べると少し疲れているようにも見えた。

 

 

「もちろん。紛うことなき霧夜大和張本人だろ?」

 

「えぇ、そうね。この香りは大和以外にあり得ないわ。私にとってはどんな良いお香があったとしても、一番癒される香りはあなたの香りなんだから」

 

「そ、そう言われると何か恥ずかしいな」

 

 

自分の香りに自覚はないけど、何か似たようなことを数日前にも言われたような気がする。

 

基本女性しかいない場所だし自分の体臭や口臭には最大限配慮はしているものの、自分がいい香りをしているのかどうかなんて正直分からない。

 

 

「恥ずかしいも何も事実なんだから良いんじゃない。もっと言うのなら大和の側に居るだけで私は幸せなの」

 

 

あっけらかんと言う楯無。

 

その言葉にお世辞は微塵も感じられなかった。

 

 

「でも私、本当に心配してたのよ? 多分大和のことだから仕事中は誰にも連絡しないだろうとは思ってたけど、いざ中々連絡が来ないとなるとやっぱり何かあったんじゃないかって……」

 

 

確かに連絡をしなかった。

 

帰宅前に連絡が来たナギに関しては返信する形で連絡を取ったが、こちらから新規でメッセージを作成して誰かに送付するという行為はしていない。

 

楯無自身の配慮があったとはいえ、連絡の一つも無ければ心配に思うのも無理はない。そこは俺の配慮不足だった。

 

 

「ごめん、俺の配慮不足だ。仕事が終わった段階で一本連絡を入れるべきだったな」

 

「大丈夫よ。大和がこうして無事に帰ってきたんだもの。こうしてあなたの元気な顔を見れる、それだけで十分だわ」

 

 

本当ならこのまま襲い倒したいくらいだけどね、と付け加える楯無の反応に思わず笑うしかない。

ある程度抱き着いて元気が出たようで、パッと俺から楯無は離れる。

 

 

「はぁ、大和成分補給完了。一週間触れられなかったからもうガス欠も良いところよ。これで後一日は大丈夫ね」

 

「俺がいなくて一週間耐えられるのに、俺が戻ってきたら一日しか持たなくなる理由は……?」

 

「それはもちろん、大和がいるといつでも補給出来るって安心感からよ。ほら、意識してセーブしなくても良いじゃない?」

 

「ならそのセーブを普段時も「いーや♪」……さいですか」

 

 

楽しそうに人差し指を顔の前に出す。どうやら俺が戻ってきて楯無に活力が戻ったというのは本当らしい。

 

表向きは比較的余裕があるというか、飄々としながら周囲を盛大に巻き込んでいくような性格だけど、俺の前で見せる楯無はそこの部分も残しつつも、甘えん坊な気質が非常に強い。

 

例えば一夏の前だと完全に楯無にペースを握られて事が進んでしまうため、楯無が一夏に『甘える』ということは無いらしい。むしろ特訓やら何やらで振り回されまくっているようだ。

 

日々多忙な楯無が俺といるだけで癒されてくれるのであればそれはそれで嬉しいところにはなる。

 

 

「ところで話がまた変わるんだが……」

 

「どうかした?」

 

「この部屋って俺がいない時に清掃が入ったかどうかって分かるか? 何か戻って来る前とベッドのシーツが変わっているような気がして」

 

 

部屋の変化で気になることと言えばもう一つ、俺自身のベッドについてだ。純粋に気になったためとりあえず楯無に確認してみる。

 

昨日寝る時には気づかなかったけど俺がアメリカに旅立つ前と後で俺の布団のシーツが変わっているのだ。衛生面の観点から定期的に入れ替えるようにはしているのだが、元々そこまで長く使ってはいなかったので特に交換も依頼していないし、自分で洗濯して入れ替えた記憶も無いのだが、どういうわけか普段と少し色合いの違うシーツに切り替わっていた。

 

俺の見間違いかもと思ったけど流石に旅立つ前に使っていたシーツの色と今の色が少し違うってことは分かるし、誰かの手で変えられているのは間違いないと思っている。

 

 

「えっ? あ、ベッドのシーツなら私が変えたわよ。大和がいない時にこの部屋に泊まったから」

 

 

楯無に聞くと即座に返答が来る。

 

シーツが変わっているのは事実で、楯無がわざわざ気を利かせて変えてくれたようだった。気になるほど汚れてはないしニオイなんかもまったくなかったと思うけど、いつ交換されたかも分からないシーツで寝るのは流石に抵抗があったことだろう。

 

これが一夏とかなら全く気にしないだろうけど、楯無は女の子で使用感あるシーツを使うのには抵抗があるだろう。

 

変えてくれて正解だ。

 

 

「あ、やっぱりそうなのな。それなら大丈夫。いや、純粋に依頼もしてないのに清掃業者にでも勝手に入られたのかなと思ってさ。楯無がお願いして交換してもらってるなら大丈夫。変に気を遣わせて悪いな、ありがとう」

 

「あっ……う、うん」

 

「ん、どうした? 何か歯切れが悪いような……」

 

「へ? あ、ううん! 何でもないの! 何でもないのよ。あははは」

 

「そ、そうか? まぁ何でもないならそれで良いんだけど……と、とにかくありがとうな?」

 

 

急に歯切れが悪くなるから少し不安に感じたけど、どちらにしても俺のシーツを変えてくれたってことで良いんだよな?

 

ひょっとして俺が変なことを聞いたから、楯無にいらぬ気遣いをさせてしまったのか……だとしたら申し訳ない限りだ。反応から見ても俺の返しにどう反応して良いのか分からずに困惑している感じがするし。

 

 

「お礼を言われることなんて私してないわよ。大和のいない間何だかんだこの部屋に来ることも多かったし、それに何か落ち着くのよね」

 

「落ち着く?」

 

「そう。自分の部屋も虚ちゃんが居るから決して寛げないってわけじゃないんだけど大和の部屋は何ていうのかな、こうマイナスイオンというか、そういう類のものが充満しているの」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 

俺は歩くマイナスイオン発生機かと言いたくなるけど、楯無にとって俺の部屋が居心地が良かったのならそれはそれで良い。

 

部屋には楯無に見られて困るようなものは置いてないし、楯無の性格上……あぁ、人の部屋に勝手に入り込むことはグレーゾーンだが、プライバシー周りには比較的しっかりとしてくれるはずだから、人の持ち物を漁ることも無いだろう。

 

そういう意味では楯無を信頼しているし、本気で人が嫌がることは絶対にしない人だから、部屋に入っても割と安心できるというか、妙な安心感があったりする。

 

 

「とにかく、大和の部屋は居心地が良いってことよ……ずっと、一緒に生活したいくらいにね♪」

 

「っ! お、おい! くすぐったいだろ!」

 

 

途中まで言い掛けて俺に近寄って来たかと思うと、後半は耳元でボソリと呟き、最後にふうっと生暖かい呼吸を俺の耳に吹き掛ける。

 

当然ゾクゾクとしてしまうわけだが、いきなり何をするのかと抗議をするもにへっと笑われて流されてしまう。

 

 

「あんっ、これくらい良いじゃない。一週間振りに会うんだから、私だって大和に会えなくて寂しかったのよ〜?」

 

「わ、分かったから! い、いちいち人にくっつくな!」

 

 

好きあらばベタベタとくっついて来る楯無。

 

俺の部屋ということもあってか遠慮が無い。今日は来訪者も多分無いだろうし、何処かで区切りを付けなければ今日一日永遠と同じやり取りが繰り返されるに違いない。

 

 

「……とりあえず俺は外に出るけど、楯無はまだ部屋にいるのか?」

 

「あら、折角学校終わって帰ってきたのに? 何処か行く宛でもあるの?」

 

「いや、特には。ただ部屋の中で夕飯の時間まで潰すのも勿体ないし、外の空気を吸いがてら散歩にでも行こうかと思っただけさ。それか専用機も戻ってきたし、アリーナで久しぶりに稼働してみるのもありだな」

 

 

話題を切り替えるというわけでは無いけど、さっきも言ったように夕飯の時間までやることもなく自室で時間を潰すのはナンセンスだ。

 

そうは言っても現状はやることがないとするなら外に散歩にでも出掛ける、もしくはアリーナにでも赴いてISの実戦訓練でも行おうかと思っていた。

 

これは何度も言っているけど他の専用機持ちたちに比べて、専用機の稼働時間が俺は圧倒的に少ない上に臨海学校で起動してからまともな稼働が無くここまで来てしまっている。

 

いきなり実戦で展開するのも怖いし、もし出来ることなら何処かのタイミングで一度試運転くらいはしておきたいと思っている。

 

楯無に伝えると変わらず引っ付いたまま、目線を俺の首元へと移す。そこには今日戻ってきたばかりの専用機、不死鳥の待機状態であるネックレスが掛かっていた。

 

 

「遂に、戻ってきたのね。じゃあちょうどいいわ、私もこの後特に予定があるわけじゃないし、久しぶりに大和のこと見てあげる」

 

「ん、良いのか?」

 

「えぇ、もちろんよ! ……それに大和と少しでも一緒にいれるし」

 

「何か言ったか?」

 

「ううん! 何でもないわよ〜」

 

 

何かをボソボソと呟いたような気もするけど……俺の気のせいか。散歩にしようかどうしようか悩んでいたけど、楯無に見てもらえるのなら話は別だ。

 

実戦経験が豊富な楯無が見てくれるのは本当に助かる。普段は一夏のことを良く見てくれているから、俺に教えることはほぼないけど、今日は一夏は別の専用機持ちたちと訓練に励んでいて担当から外れている。

 

たまたまとはいえこれは嬉しい偶然だ。

 

 

「? そうか。とはいえ楯無に教えてもらえるのは助かる。ISに関しては楯無は師匠みたいなものだからな」

 

「そんな大げさよ。前は偶々私が勝てたけど、今の大和とまともにやり合ったらどうかしらね」

 

「買い被りすぎだって」

 

 

えらく俺を買ってくれるがIS操縦者としての腕はまだまだだと思っているし、これから訓練次第でいくらでも伸ばせると思っている。

 

 

「じゃあ行くか」

 

「それじゃ大和、アリーナまでエスコートよろしくね〜」

 

「はいはい」

 

 

腕に抱きついたまま俺と共に部屋を出る。

 

楯無に教えて貰いながら、久しぶりのIS稼働に精を出すのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。