IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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◯思い出のデートコース

 

 

 

「何か、このシチュエーション既視感がある気が……」

 

 

週末の土曜日。

 

明日はいよいよキャノンボール・ファスト当日を迎える訳だが、俺は私服姿でとある場所に来ていた。待ち合わせの場所に約束の時間よりも早く着き、近くの時計台に背を持たれながら待ち合わせ時間まで待つ。

 

ピークは過ぎたとはいってもまだまだ残暑は続いている。少しでも暑さを和らげるために上には半袖の白Tシャツに下はオーソドックスなスキニー気味のデニム。Tシャツの下にはタンクトップを着て汗で透けないようにした。

 

さて、冒頭も言ったようにこのシチュエーションは既視感がある。

 

それは何故か。

 

この時計台、実は以前初めてのデートの時に待ち合わせた場所と全く同じだからだ。

 

今回は俺もナギも寮にいるため、てっきり一緒にモノレールに乗って現地へと向かうものだと思っていたが、今日に関してはお互いバラバラに行こうというナギの一声により、急遽現地集合する運びとなった。

 

前日にナギからは『大和くん明日どんな服装で行くの?』なんて聞かれたけど、アレはなんだったんだろう。あえての俺のファッションセンスを試したのだろうか。

 

普段何処かに出掛ける時にはお互いの服装を確認し合うことも無いし、ナギから服装について聞かれることもない。だから前日の質問が少し気になって理由を尋ねたわけだが、特に無いとのことでそれ以上は何も無かった。

 

ナギが何の意味も無くそんな質問をしてくるとは思えないし、何か理由があったとは思っているんだが理由を特定するまでは至らず。

 

内容が内容なだけに深刻な問題にはならないだろうし気にするのはやめにしよう。

 

さぁ、そろそろ待ち合わせの時間になる。腕にはめた時計を確認して時間に誤りがないことを確認した。

 

確か前回はこんな感じで待っている時に、タイミングよく来てくれたんだよな。

 

 

「お、お待たせっ!」

 

「お?」

 

 

こちらも何処かで聞いたことがあるような流れ、落とした視線を上げながら声の出所へと顔を向ける。

 

ギリギリになってしまったのだろうか、少し息を弾ませながら俺の前に佇む恋人の姿がそこにはあった。

 

 

「ご、ごめんね? ちょっと準備に時間が掛かってギリギリになっちゃった」

 

「あぁ、いや全然大丈夫。まだ集合時間になって無いし、俺もさっき来たばかりだからさ」

 

「はぁはぁ、ふふっ♪ 大和くんは優しいね」

 

 

息を整えながらニコリと微笑む我が恋人、鏡ナギ。

 

こうして二人だけで出掛けるのはいつぶりだろう。ここ最近は本当に誰かしらが付き添い、もしくは途中から乱入されて結局二人だけじゃなくなるなんてオチばかりだったけど、ようやく今日は二人きりで街を回ることが出来る。

 

そう思うと勝手に心は弾んでいた。

 

それにしても、だ。

 

 

今日着ているナギの服装はちょっといつもと趣向を変えてきている。普段二人で何処かに出掛ける時はスカートやワンピース基調の服装を着てくることがほとんどだったのに、今日彼女が着用しているのは俺と同じ白の無印のTシャツ、サイズ感としてはゆったりではなく身体にフィットしたデザインになっている。

 

そのため均一の取れた身体のラインがハッキリと浮き出ていた。

 

中にはタンクトップやキャミソールを着用しているため、汗や水で中の下着が透けるなんてことは無いだろうけどスタイルの良さが際立つチョイスになっている。

 

下もこれまた俺と同じオーソドックスなデニム。ナギは上半身のスタイルが抜群だが、比例して下半身のスタイルも抜群だ。

 

出るところはしっかり出ていて、ウエストからヒップに掛けてのラインとかは本当に肉体美そのもの。痩せすぎている訳でもなく、逆に垂れているわけでもなく、しっかりと鍛えられて引き上がったヒップは主張の大きい上半身と共に男性の視線を釘付けにする。

 

って、あれ?

 

何かこうしてみると今日着ている組み合わせ、俺と全く同じな気がするんだが……。

 

 

「あの、大和くん。きょ、今日はちょっと大和くんとお揃いのコーデで歩きたいなって合わせてみたんだけど……ど、どうかな?」

 

 

俺の予想通り、やはり俺と全く同じ組み合わせで合わせてくれたようだ。てことは昨日わざわざ服の組み合わせを聞いた理由がこれだと言うことにようやく納得出来、自分の中のモヤモヤが取り去られる。

 

むしろ昨日ナギに言った言葉と全然違う服を着てこなくて良かった。もしこれで全く違う服を着ていたら、ナギを裏切ることになってしまっていた。

 

と、ナギも俺の服装に合わせていたは良いが似合っているかは分からず、何処か不安そうな上目遣いで俺の評価を聞いてくる。

 

そんなもの既に決まっている。

 

 

「めちゃくちゃ似合ってる。俺と合わせてきてくれて本当に嬉しいよ」

 

「ほ、ホントに?」

 

「あぁ、もちろん。それに薄っすらと化粧もしているのかな、いつもよりももっと大人びた雰囲気が出ていて凄くキレイだ」

 

「―――っ! あ、ありがとう。わ、私も大和くんがそう言ってくれて、喜んでくれて凄く嬉しい♪」

 

 

【挿絵表示】

 

両手を口元に添えながらパッと満面の笑みを俺に向けてくれた。

 

そんなナギの一面を見て思わず俺も顔を赤らめてしまう。こちらとしては正直な感想を述べただけなのに、こんなに喜んでくれなんて。

 

まさに天使の微笑み。これを見て落ちない男がいるのだろうか、いや、いないわけがない。少なくとも俺はナギが浮かべる笑顔で、一発で心を打ち抜かれていた。

いつもは完全なスッピンでそれでも十分すぎるくらいに可愛いのだが、ほんの少し化粧を乗せることで普段とちょっと違った大人の色気というものを感じることが出来る。

 

それにしても女の子の服のバリエーションには目を見張るものがある。一体どれだけの服を持ち合わせているのだろうか。

 

「それにしても……ナギって色んな服持ってるのな。俺なんか服のバリエーションが多いわけじゃないから、毎回どの服着て行こうかって悩むんだよ。前も同じ服じゃなかったかって」

 

「あはは、そうなんだね。でも大和くんは私と出掛ける時いつも違う服を着てくれるし、今日の大和くんもカッコいいよ?」

 

「お、おう。ありがとう」

 

 

相手建てることが出来るナギが眩しく見える。

 

何て良い子なんだ。

 

 

「よし、じゃあ無事に集まれたことだし行きますか。今日は秋から冬に掛けての服を見に行くんだったよな」

 

「うん。それでも服だけじゃ流石に時間が余っちゃうだろうし、行ったこと無い場所に行くのもありだよね」

 

「確かに。二人で行ったこと無い場所ってまだまだ結構あるもんなぁ。テナントの看板も色々出ているし、色々と見てみようぜ」

 

「うん、そうだね!」

 

 

今日一日のスケジュールだがこれからのシーズンの新モデルが出始める時期であるため、秋冬モデルの服を見に行くというところだけは確定している。

 

先日の段階で他にもどうしようかと二人で考えてはみたものの、流れるままにデートするのも良いんじゃないかということで以降の予定は特に決めていない。

 

まずは服を見に行こうと、ナギに向かって自然と手が出る。

 

 

「ね、大和くん。二人で初めてここに来た時のこと、覚えてる?」

 

「もちろん、ゴールデンウィークの時だろ? あの時も最初は服を見に行ったんだったな」

 

 

ふと、ナギが初めて二人で出掛けた時のことを口に出す。

 

当然忘れるわけがない、クラス代表戦の後すぐに訪れた長期休暇、ゴールデンウィークに二人で服を買いに出掛けたことを。

 

その時は仮面を被った剣士の正体が俺だとバレたり、ナギに無理をして欲しくないと泣き付かれたり、これまでのプレゼントとしてネックレスを送ったりと話題に尽きない一日だった。

 

あの時プレゼントしたネックレスは紐の部分がちぎれてしまったために、既にネックレスとしての利用価値はない。

 

ただ紐の部分に通されていた指輪は指の大きさに合わせて作った特注品で、今もナギの左手でしっかりと光り輝いている。

 

 

「良かった、覚えててくれたんだ」

 

「そりゃもちろん。ナギと何処かに出掛けた思い出は一つたりとも忘れてないよ」

 

「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいなぁ」

 

 

思えばあの時はまだ付き合っていないから、お互いの距離感がよく分かっておらず探り探りだったけど、今は当時以上にナギのことを理解できている……はず。

 

二人で出掛けた思い出を忘れることなんてない。何処で何をしたか、全て完璧に覚えている。覚えていると答えた俺に対してふふっと微笑む。

 

俺だけに見せてくれるこの屈託のない笑顔。俺だけしか知らない彼女の表情。それだけを見ているだけで幸せで満たされるのが分かった。

 

毎日が濃くて困惑するが初めてのデートからまだ半年も経っていない。付き合い始めた時からカウントすれば更に短い期間になる。

 

どれだけ期間が経っても、俺がナギに向ける想いの大きさは決して変わっていない。

 

 

「ここ最近は大和くんも忙しくて二人でいる時間は中々確保出来なかったけど……今日はやっと二人だけでいれるね」

 

 

俺の差し出した手を両腕で握り締め、そっと肩に頭を預けてくる。

 

二人だけでいる時間は本当に久しぶりだ。

 

 

「大和くんは誰かひとりものでは無いけど……私と二人きりの時は、私のことを見て欲しいな」

 

 

私だけを見て欲しいとはにかみながらギュッと腕を抱きしめてくるナギ。

 

……ちょっとこれは、ズルすぎる。

 

そんな顔でお願いされたら一切合切断れない。

 

ナギのお願いやちょっとしたワガママなら断る必要もないと思っているけど、これをされたら善悪の区別無しに断ることが出来ない。

 

 

「……うん、もちろん」

 

「♪」

 

 

俺の言葉に対して嬉しそうに抱き締める力を強める。二人きりでいる時間を確保するのはそう難しくないなんて思ってたけど、ある程度の長時間を確保するのはかなり難しい。

 

だからこそ今日丸一日ナギと共に時間を過ごせる、時間を共有出来るというのは本当に久しぶりのことだった。

 

 

「じゃあまずは服を見に行こうか。いい服が見つかると良いけど」

 

「大丈夫、見つかるよ。仮に見つからなかったとしても、大和くんと一緒にお店回れるんだもん。私はそれだけで満足だよ」

 

「……っ! そ、そうか」

 

 

男心を燻ることを言うナギに翻弄されながら目的地へと向かう。

 

前回と同じシチュエーションであれど、二人の関係は前回よりも遥かに近しく親密なものになっている。お揃いの服を着て歩く、すぐ隣には愛しの存在がいる。

 

それは前回との大きな違いとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーむ。やっぱりこっちが良いか。いや、やっぱりこっちの方が……」

 

 

服売り場に並ぶ多種多様なシーズンモデルを眺めながらどれが良いかと考え込む。いくら暑いとはいってもシーズン的には秋に突入しようとしている。夏の服とはガラリとデザインを変えたものが売り場全体に並んでいた。

 

よく見ているとどれもかしこも悪くないデザインに見えて来てしまい、どれを買うか凄く悩んでいる。今俺が手に持っているのは白基調の長袖Tシャツと、水色柄の襟立てのシャツ。襟立てのシャツは上から羽織ることも出来るだろう。

 

売り場の端から順々に見ているが中々決まらない。並んでいる服を手にとって比べながら選んではいるものの、ようやく売り場の半分まで来た。残りあと半分、同じ作業をまた繰り返すのかと思うと骨が折れる。

 

一年毎に服は買い揃えるようにしているが、何でも買えば良いってものでもない。選んだもの全てを衝動買いしていたら自分の収納スペースがあっという間にいっぱいになってしまう。

 

去年以前に買ったものは少しずつ整理はしているといっても、処分した量以上買ってしまえば収納量が追い付かなくなる。故にある程度の選別が必要になる。

 

ナギは先に買うものがあるってことで一瞬俺の元を離れている。どうやら決め打ちしているもののようで、大して時間は掛からないからということで先にそれだけ買いに行ったようだ。

 

さて、本当にどうしようか。

 

以前ここで服を選んでいたらよく分からない女の人に絡まれてこれ買ってこいって言われたんだよな。挙句の果てに警備員呼ばれるってどんな状況だって話。

 

今回は同じことが起きないように祈るばかりとはいえ、不特定多数の人間が行き交うモール内じゃどんな人間がいるのかも分からない。

 

つまり理不尽は防ぎようの無いケースもあるということ。ナギが近くにいたとしてもその類いの人間からすれば関係ないだろうし、男を駒としてしか見ていない人間からすれば自分が最優先であって、他の人間など至極どうでもいいといったところだろう。

 

 

「大和くん、お待たせ! 思った以上に早く買えたからすぐに戻ってこれたよ」

 

「ナギ、ナイスタイミングだ! ちょうどどっち買おうか悩んでたんだけど……どっちが良いと思う?」

 

 

そうこうしている内に自分の買い物を済ませたナギが戻って来た。

 

まさにグッドタイミング、前回はあーでもないこーでもないと悩んでいる間に知らない女の人に声を掛けられてトラブルに巻き込まれた訳だが、今回はそれよりも早くナギが戻ってきてくれた。

 

 

「えっ、うーん。どちらも似合いそうな気がするけど……大和くんはどちらかと言えば薄めの色を好む印象があるよね」

 

「あー言われてみればそうかも。それに夏ってのもあったから、ここ最近は黒とか濃紺って意図的に避けてたところもあるんだよな」

 

 

俺が二つ差し出す服を見つめながら素朴な疑問をぶつけてくる。暑い時期ということもあって濃い目の色の服は個人的に避けていた傾向はある。

 

濃い目の色が嫌いってわけではないため、上下の組み合わせとして悪くなければ普通に買う。

 

 

「大和くんの持っている服も凄くいいと思うんだけど、これなんかどうかな? これから涼しくなって行くし、これまでとは逆の路線を攻めてもいいのかなぁって」

 

「なるほど、そういう色もこれからの季節はありか」

 

 

そう言いながらナギが売り場に並んでいる少し厚手の黒のTシャツを見せてくる。この色合いは夏だったらノンチョイスだが、秋冬をこれから迎えると考えたらありかもしれない。

 

黒を着ると下は単色で合わせるのがバランス良さそうだけど、ここは上手く組み合わせを考えてみるか。

 

 

「最終的には大和くんの判断になると思うけど、参考にしてくれると嬉し「よし、じゃあこれにしよう」……ふぇ?」

 

 

悩む理由もないとナギが選んでくれたTシャツを受け取り、買い物かごの中にいれる。即断即決されるとは思っていなかったようで、驚いたように固まっている。

 

 

「ほ、本当に良いの? 大和くん、私がいない間ずっと選んでいたんでしょ?」

 

「あぁ、ただ正直なところ決めかねていたし、似たようなデザインばかりのチョイスになったからかなり悩んでたんだわ。でもナギが俺の考えていないチョイスをアドバイスしてくれて、この服を着ている自分がある程度想像できたしこれは買おうと思う。選んでくれてありがとな」

 

「えっ、う、うん。どういたしまして」

 

 

そんな自分の意見で即決してしまっていいのかと少し困惑するナギだが、実際に普段から着ている服にマンネリを感じていたのは事実だ。

 

普段着ない服がアクセントとなって服のレパートリーの幅が増えるなら嬉しいところ。

 

 

「そういえば随分と早かったけど、ナギは何買ったんだ?」

 

「え? あ、うん。買ったのはちょっと前から目星つけていたアクセサリーなんだ。人気だから中々在庫が確保出来なかったみたいなんだけど、再入荷したから今買うしかないなって思って買っちゃった」

 

 

ナギが買ったのはアクセサリーだったらしい。今の時代純粋なアクセサリーとしてはもちろんのこと、願掛け的に着用する人も増えてきている。

 

アクセサリーなんて服以上に疎い分野であるため、俺自身あまりわかってないのだが流行りのアクセサリーともなれば欲しくなるのは人間の心理だ。

 

 

「そっか。ちなみにナギは服はどうする? ちょうど隣に女性服のコーナーがあるし、折角だしちょっと見ていくか?」

 

「じゃあそうしようかな。大和くんも私の服、一緒に選んでくれる?」

 

 

すぐ隣には女性服の季節モノのコーナーが設置されている。前回来た時はもう少し離れていたような気もするけど近ければ移動の手間は省けるし、気にすることでもない。

 

 

「もちろん、喜んで選ばせてもらうよ。ただ、あくまで俺の感性にはなっちゃうだろうから、あくまで参考にしてくれたら」

 

「ありがとう。嬉しいな、大和くんに服選んでもらえるなんて」

 

「おおぅ、ハードルが上がったぞこれは……」

 

 

参考、ではなくて完全に俺のチョイスでナギは服を買うつもりでいるようだ。そう考えるとだいぶハードルが上がるというかプレッシャーだな。下手なチョイスをしないように頑張ろう。

 

俺に選んでもらうことがよほど嬉しいようでニコニコと笑顔を浮かべる。

 

いや、ホントその笑顔は反則だって。

 

この笑顔を浮かべている本人が、出会った時は人見知り全開で、何事にも自信なさそうにしていた女の子だなんて信じられるか?

 

まだ若干人見知り感は残っているけどほぼ気にならないレベルだし、容姿や性格、家事スキルなどはどれもこれもパーフェクトレベルで、陸上部で短距離をしていることから身体能力も決して低くない。

 

冷静に考えて普通にスペック高すぎる件について。

 

いや冗談抜きで。常識的な観点でこんな女の人他にいる?

 

 

「大和くん、私期待しているからね♪」

 

「お、おう! 任せておけ!」

 

 

クスクスと笑いながら俺にハードルが高いお願いをしてくるあたり、ここ最近はおしとやかさに加えて小悪魔要素もプラスアルファされたようだ。

 

こりゃもう将来は尻に敷かれること確実だな。ナギの尻に敷かれるなら俺はもう本望……。

 

 

「や、大和くん。こ、心の声が漏れてるよ……」

 

「へ?」

 

 

途中まで言いかけたところでクイクイと服袖を引っ張られたかと思うと、そこには顔を赤らめながら恥ずかしそうに上目遣いで訴えるナギの姿が。

 

【挿絵表示】

 

どうやら俺の妄想が声として漏れていたようだ。ナギの尻に敷かれたいって端から見たらただの変◯以外の何物でもない。

 

幸いなことに周囲に人が居なかったことで事なきを得たが、ナギからすればただ辱めを受けるだけになってしまう。

 

申し訳ない気持ちでナギに謝罪の言葉を伝える。もちろん幸せな生活を送るうえで多分逆らえないんだろうなという意味で言ったのであって、悪気は全く無い。

 

 

「わ、悪い……つい」

 

「だ、大丈夫……で、でも私のお尻の話は二人だけの時にして欲しいな?」

 

「え?」

 

 

あの、ナギさん?

 

本女の子のお尻は話に出しちゃダメだよって言われるものだと思ってたんだけど、予想の斜め上の返しに思わず間抜けな声を上げてしまう。

 

胸に隠れているが、ナギはお尻の形も大きさも素晴らしいものがある。今日履いているデニムもお尻の大きさとラインがくっきりと強調されてしまうせいで中々に目のやり場に困るんだ。

 

上に着ているTシャツがいい感じにお尻の部分を隠している時もあれば、少し袖口あたりが上がるとくびれ部分から一気にハリと形の良いヒップが突き出てしまう。ちょこちょこ周囲の男たちの目線が胸だけではなくお尻に向けられている状況のため、上手く俺が影になって隠すようにはしているがそれでも限界があった。

 

しかしジーパンと尻ってどうしてこうも相性がいいのだろうか。男が履いてもそんなに意識することもないのに、女の子……それも自分の好きな女の子が履くとたちまち魅力の的になる。

 

とりあえず、ナギの言っていることがイマイチ分からずにもう一度確認した。

 

 

「あ、あの……ナギ? そ、それってどういう」

 

「だ、だから……」

 

 

顔を赤らめながら俺の耳元にそっと顔を近付けてくる。

 

ほのかに口から溢れるナギの吐息が甘い香りすぎて中々に危険だったりするのは全力で踏み止まることにする。

 

 

「わ、私と二人で部屋の中だったら……その、話しても良いし……じ、状況によっては……さ、触っても良いよ?」

 

 

消え入りそうな声だけど包み隠さずド直球に言ってくれました。

 

俺、なんて言えば良いんだろう。

 

前回の行為……の時は確かに触る機会があまり無かったような気もするし、ナギの尻は形も大きさも良いから触り心地も抜群に違いない。そ、そりゃ俺だって夢が詰まったソレを触りたいって思うことはあるけど……ってそうじゃなくて!

 

 

「大和くん、顔真っ赤」

 

 

再び耳元で囁かれる。その囁きに更に顔の表面温度が紅潮していくのが分かった。

 

 

「なあっ! だ、誰のせいで……!」

 

 

誰のせいでこんな赤らめているのかと抗議をしようとするもその言葉に一切の迫力はない。苦し紛れの言い訳のような、力の無い抵抗をするだけしか出来ない。

 

ナギの言葉でもう彼女のお尻の事ばかり頭の中に浮かんできてしまう。

 

 

「ふふっ、ごめんね。ちょっとからかいが過ぎたかな?」

 

「か、からかうって心臓に悪いわ。ま、全く……」

 

 

クスクスと笑うナギから視線を逸らそうとするも、俺の視線はデニム側に向こうとしてしまう。

 

ええい、男の性がこんなところで発動しなくても良いんだって。そりゃずっと眺めていれるくらいに絶景ではあるけど、周囲な目だってあるしそれはせめて二人きりしか居ない空間でしたいものだ。

 

 

「でも大和くん、お尻好きでしょ?」

 

「へ!?」

 

 

何だろう、俺の知っているナギと違う。

 

雰囲気や見た目は紛うことなき本人なのだが、日に日にからかい上手になっている気がする。しかも人を一切不快にさせないようなからかい方で、俺自身も一切のストレスを感じていない。

 

何処となく恋人同士のからかい方ってこんな感じになるのだろうかと頭の中で考えてみる。こういう時俺としてはどう回答すれば良いのか地味に頭を回転させながらナギに返す言葉を考える。

 

そして出てきた言葉が。

 

 

「……あぁ、大好きだ。ナギのお尻は特にな?」

 

 

我ながらくさいなぁと思いながらも思い浮かんだ言葉をそのまま羅列した。一体俺は服売り場で何を言っているのだろうと思いつつも、ちょっとくらいからかってもバチは当たらないと自分の願望のようなものをぶつける。

 

ただナギに対しても俺の率直な思いを込めた言葉は効果があったようで。

 

 

「えっ!? あ、あの、それって……」

 

 

思いもよらぬ反撃を食らって目を見開いたかと思うと、恥ずかしそうに慌てふためき始めた。

 

想定外の返しだったことだろう、してやったりと言わんばかりに俺はにやりと笑みを浮かべた。

 

 

「ふっ、お返しだ」

 

「も、もう! ……大和くんのエッチ」

 

 

お尻の部分を両手で覆いパッと俺と距離をとってしまう。顔を赤らめながら抗議の目線を向けてくるが俺と同じで全く迫力もないし怖さもない。

 

やられっぱなしはアンフェアだし、少しくらい意趣返ししてもいいよな。

 

っていうか白昼堂々俺たちは何で彼女の尻の話をしているんだろうか。他の人が居て聞かれていたとしたら恥ずかし過ぎて何処かに逃げ出したいレベルだ。

 

とりあえずこの件の話はここまでにしておこう。折角の休日デートなのに、彼女の尻の話で時間を潰すのもあれだ。

 

 

「ナギ、この服とかどうだ?」

 

「え? ……あっ、ど、どれかな?」

 

「これこれ、こういうタイプの服。あまりナギが着るイメージはないんだけど、組み合わせによっては似合うかなーって」

 

 

話を切り替え再度ナギの服についての話に戻る。

 

俺が売り場で見つけたのはサイドボタン付きのプルオーバーだった。

ピッタリと自身のスタイルに合わせて着るよりかは、少し余裕を持たせて着るタイプになる。

 

どちらかと言うと自分のスタイルに合わせて服を選ぶナギは、比較的身体のラインが出る服を着ていることが多く、あまりオーバーサイズの服を着ているイメージはない。それだけ彼女のスタイルが良いってことなんだろう。

 

自分の周囲でオーバーサイズの服を着ている知り合いといえば布仏が思い浮かぶが、アレはアレでオーバーサイズ過ぎてあまり参考にならない気がしている。着ている服のほとんどがダボダボだし、明らかに自分の着丈には合ってはいない。

 

ただ少しゆとりをもったサイズ感で着こなすことだって十分出来るし、普段見ない斬新なナギを見れると考えれば俺としては役得だったりする。

 

 

「あっ、これちょっと気になってたの。普段あまり着るような服じゃないんだけど、これからの季節のトレンドのにもなってるみたいだし、結構周りでも買ったっていう人も居たから」

 

「へー、そうなのか。でもこういう少し余裕を持った服もナギに似合いそうだよな。スタイル良いから上手く着こなしそうな感じがする」

 

「わ、私ってスタイルいいのかな?」

 

「いや、そりゃもちろん。何をおっしゃいますか」

 

 

何をご謙遜をと伝える。

 

本人は自分のサイズは把握しているようだが、それが如何に魅力的なスタイルなのかはあまり把握が出来ていないらしい。

 

俺の観点から言うとだいぶ凶悪ボディをしていると思ってる。少なくとも通りすがる男性が振り向くくらいには。

 

 

「まぁでもナギが着るとどれもちゃんと着こなしてくれそうだし良いと思ってるよ」

 

「そ、そんなことないよ。私だって似合わない服だってあるし、これはちょっと違うかなって思う服はあるから……」

 

「そっか。っと、ちなみに値段は……うおっ、結構するんだな!」

 

 

手に取った服に付いている値札を確認するとそこに記載されている値段に思わず驚愕する。

 

その金額ざっと一万円なり。

 

服としては決して高くは無いが、普通の高校生がポンポンと出せるような金額レベルではない。

 

 

「そうなんだよね。私も良いなとは思っているんだけど、服の値段がちょっと高いから簡単に手が出せるものじゃなくて」

 

 

と、ナギも値段がネックになっていることを呟く。

 

親からの仕送り諸々があるにしても一万円はかなりの負担になるだろうし、即断即決で買えるようなものではない。

 

表情を見る限りは欲しいけど、ちょっと値段がと言いたげな複雑そうな表情をしている。

 

気に入ってはいるものの、やりくりの中で調整出来るか考えているのだろう。ただしここで無理をして自分の他のことに使うためのお金が無くなってしまったら元も子もない。

 

よし。

 

 

「大和くん、そしたら「分かった、じゃあ俺が買うよ」……え?」

 

 

俺からの返しに驚くナギ。

 

何でもかんでも買い与えるのは違うと思うけど、これくらいなら全然許容範囲だ。それに普段から色々と助けてもらってるし、先の事件では色々と迷惑を掛けてしまった。

 

それに対する贖罪……というとちょっと違うかもしれないが、少しでもナギの喜ぶ顔を見たい。もちろん何でも買うつもりはないし、彼女もそれは望んでいない。

 

あくまで俺自身の感謝の気持ちとして受け取ってもらいたかった。

 

 

「で、でも結構値段張っちゃうし……それに私が普段着る服なのに大和くんにだけ払って貰うなんて悪いよ!」

 

 

ナギの反応に思わず苦笑いを浮かべてしまうが、普通は悪い気がするに決まっている。いくら恋人とは言っても高いものを買わせてしまったという罪悪感はあるだろうし、ナギの性格なら絶対に遠慮するに違いない。

 

 

「ナギならそう言うと思った。もちろん大前提として何でも買い与えたいってわけじゃない。ただ出張している間の授業の復習とか色々と助けてもらっているし、例の件では迷惑もかけてしまった。日頃の感謝の気持ちとして、プレゼントさせて欲しい」

 

 

そう、あくまで俺の感謝の気持ちとしてだ。

 

俺自身はお金にそこまで困っていないし、この服を買ったところで自分の生活が死活問題に陥るなんてこともない。

散在をするつもりは一切無いが、ナギの彼氏としてちょっとはかっこいいところを見せたいという思いがあった。

 

 

「でも……」

 

「大丈夫。ナギにはホントに色々と助けられてるし支えられてる。ここは彼氏としての面子を守るためにも、俺に出させて欲しい」

 

「大和くん……じゃ、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらうね?」

 

「ありがとう。サイズはこのサイズで大丈夫か?」

 

 

念の為服のタグに書かれているサイズをナギに確認する。買ったところでサイズが違ったら元も子もない。記載されているタグ部分をナギに見せて、問題ないことを確認してもらう。

 

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

 

どうやらサイズ的にも問題はないようだ。売り場を見る限りこれと同じ服の在庫は他の服に比べて幾分減っているように見える。

 

それだけ人気商品で売れているのだろう。最悪サイズが無いことも覚悟はしていたが、無事に合うサイズを手に入れられて良かった。

 

 

「大和くん」

 

「ん?」

 

「ホントにありがとう。大和くんからこんな素敵なプレゼント貰えて嬉しいよ」

 

「っ! あ、あぁ。どういたしまして」

 

 

その服を手に取ると買い物かごの中に入れた。達成感というかやりきった感がある。

 

俺を見るナギの表情は若干の申し訳無さを含みながらも、それ以上に喜んでいるように見えた。感謝の言葉とともに浮かべる笑みが素敵すぎて、思わず照れ隠しで頬をポリポリと掻く。

 

これから涼しい季節に入ってくるし少し厚手の服の着用頻度は増えてくる。買ってくれた服を着てくれると考えるだけで心躍る俺がいた。

 

とりあえずプルオーバーは買うことになったけど、もう少し見たいものもあるだろう。他に何か見たいもの、試着したいものが無いかを確認する。

 

 

「これはオッケー、と。他に何か見たかったり試着したかったりするものってあるか?」

 

「あっ、うん。実は他にも何着か試着してみようと思ってて。その……前の水着みたいに大和くんの感想を教えて欲しいな」

 

「ん、分かった」

 

 

ナギが試着する姿を見るのは水着を選んだ時以来か。

 

試着した姿に感想を述べるって、個人的にはかなり難しい問題だと思っている。

 

この前の水着を選んだ時も『可愛い』とか『キレイだ』とかチープな言葉しか掛けられなかった故に、今日こそはしっかりとした言葉をチョイスしたいところ。

 

プラスに考えればそんなチープな言葉しか掛けられないほどに見惚れてしまっていたってことなのかもしれない。

 

ナギは女性服のコーナーで試着したい服を一つずつ手に取っていく。気のせいか服の枚数がそこそこの量になっているような気がする。上に着る服だけではなく下に着るズボンやスカートも含まれている。枚数がかさばるのは仕方ないんだがこの量は中々だ。

 

ある程度選びきったようで、俺の方へとくるりと向き直ってそっと服を抱えているのとは反対の手を差し伸べてくる。

 

 

「じゃ、大和くん。お願いします」

 

「おう、任せとけ」

 

 

差し出された手を掴み、二人仲良く試着室へと向かう。

 

その後小一時間ほどナギの試着会が行われたわけだが、着る服の全てが似合いすぎてずっと俺が赤面しっ放しだったのは別の話だ。

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