IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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二人だけの聖地へ

 

 

 

「大和くん、この服どうかな……?」

 

「あ、あぁ。凄く似合っているというか、ナギらしさが出ていいと思うぞ」

 

「ありがとう♪ 大和くん優しいから全部似合うって言ってくれるとは思ったけど、貰った感想を元にどれにするか決めるね」

 

「お、おう!」

 

 

最後の試着を終えて俺の感想を聞くと満足そうな笑みを浮かべながら更衣室のカーテンを閉める。カシャンとカーテンが閉まり切ると同時に俺はその場にしゃがんで頭を抱えた。

 

やってしまった、と。

 

ナギがチョイスした服の組み合わせは合計して七パターンほどあったのだが、どれもこれも着こなし方がサマになりすぎていてもはやモデルのファッションショーを見ているようだった。

 

スタイルも良いし脚もスラッとしていて全体のバランスがしっかりと取れている。もちろん出るところは自己主張激しく強調しているわけだが、総じてどの服の着こなしも甲乙つけがたいレベルだ。

 

で、問題なのは服を着てくれたナギに対する俺の感想。

 

前回はあっさりというか、誰でも言えるような安っぽい言葉での感想ばかりだったので今回は同じことになるまいと気をつけていたはずなのだが……。

 

結果、感想の内容は大して変わらなかった。

 

前回に比べると多少言葉は増えているとはいえ、伝えている言葉はほとんど同じ。どんな言葉を掛けようか考えれば考えるほど浮かんでくる言葉はチープなものばかり。結局思い浮かんだ言葉を羅列にして伝える形にしたわけだが、言っていることは全くと言っていいほど変わっていない。

 

アドバイスはもちろんのこと感想と言って良いレベルなのかもおこがましい。こんな俺の感想でもうんうんと一切怒ることをせずに笑顔を浮かべ続けたナギが純粋に天使にしか見えなかった。

 

ただ一つ言い訳をするとどれもこれも似合い過ぎていて、それ以上の言葉が思い付かなかったということもある。

どれか一つの着こなしが個人的なツボに刺さると、それに対しては自分の本心というか想いをぶつけることが出来る。今回の場合は全部がどストライク、刺さり過ぎてナギが可愛すぎて綺麗すぎてもう何も言えませんでした。

 

許してください、これでも頑張ったんです。

 

 

「大和くんお待たせ……ってどうしたの、大丈夫?」

 

 

カーテンが開き中から着替え終わったナギが片手に試着した服を持って出てくるが、頭を抱え込んでしゃがみ込む俺の姿を見て思わず驚きの声を上げながら俺の近くへと歩み寄ってくる。

 

驚くのも無理はない。

 

着替え終わって待たせている彼氏に声を掛けたら、先ほどまでの雰囲気とは打って変わってその場でしゃがみ込んでいるのだから。普通なら体調が悪いのを我慢してて、立っていられなくなって思わずしゃがみ込んでしまった。

なんてケースが想定されるが、まさかその原因が大した褒め言葉を言えなかったからです、なんて口が裂けても言えるものではない。

 

ただナギは俺の事情を知っているわけではないため、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

怒ることなんて滅多にないし、相手の様子がいつもと違えば真っ先に身を案じてくれる。彼女特有の優しさに胸が締め付けられる。

 

 

「あ、あぁいや。自分の不甲斐なさに打ちひしがれていただけだからもう大丈夫。変に気を遣わせてごめん」

 

「え? そ、そうなの? 大和くんがそう言うなら……」

 

 

再びその場に立ち上がりながら問題ないと伝える。体調的にはすこぶる問題はない。何なら元気は有り余っているくらいだ。

 

それでもナギは俺の顔を見つめながら身を案じようとする。

 

アカン、俺の彼女が嫁すぎる件について。

 

 

「心配掛けて悪い。でもホントどの服も凄く似合ってて可愛かったよ。ナギのファッションショーを独占出来るなんて、俺は本当に幸せ者だ」

 

「そ、そんなことないよ。私なんかより全然本場のモデルさんの方がキレイだし……でも大和くんが喜んでくれて良かった」

 

「もちろん。録画取って永久保存したいくらいには見入ってたよ」

 

「お、大げさだよ。ただ大和くんのおかげでどれを買うかは決めれたから助かりました。ありがとね?」

 

 

チョイスした中からどれを買うかまで決めることが出来たようだ。助かったとナギにお礼をされたわけだが、あんな感想が役に立ったのなら何より。

 

 

「いえいえ、俺の感想が役立ったのなら嬉しい限りだ。しかしまぁ……偶には俺の意見も役に立つんだな」

 

「うん。だって大和くん似たようなことしか言わなかったけど、その、表情や雰囲気で好みは何となく分かったから……」

 

「ぐはぁっ!!?」

 

 

トドメを刺されて再び断末魔を上げながら場に崩れ落ちる。

 

結局のところ俺が似たようなことしか分からないのは勘付いていたようだ。その上で俺の表情や雰囲気、声のトーンで試着した服への関心や興味を図っていたと。

 

ふ、ふふふ……なんか自分がとてつもなく惨めに見えてきた。

 

 

「あ、あの……でも女の人の服の感想ってやっぱり普段着てる訳じゃないから難しいと思うし。そ、それに大和くんの反応である程度判断できたから全然大丈夫だよ」

 

「ふ、フォローありがとう。俺ももっとしっかり感想言えるように練習するよ」

 

「ふふっ、大和くんは大和くんらしく自然体で良いと思うな。それに大和くんみたいに何かしら言葉に出してくれる人の方が私は好きだから」

 

「っ! そ、そっか。分かった」

 

 

あまりにも良い子すぎてフォローに思わず涙が出てきそうだ。ナギの励まし、フォローのおかげで立ち直った俺は再度立ち上がる。

 

さて、ナギの服も服自体のチョイスも終わったようなので一旦かごに入っている商品を会計してしまうとしよう。

 

 

「ナギ、買う服ってどれにしたんだ?」

 

「えっと、この二セットにしようかなって。デザインも良いし、その……大和くんの反応も特に良かったから」

 

 

購入予定のない服を一旦自身の籠の中に仕舞い、購入予定の服をおずおずと俺の前に差し出してくる。

 

ナギの言うように試着した服の中でもこの二セットは俺の中でも特に良さそうな組み合わせだった。表情に出したつもりはないのに僅かな雰囲気の変化をナギは気付いたというのか。

 

ちなみにセットの内訳として、一つは白いオフショルダータイプの縦ニットに黒のショートスカート。今回は素肌の状態だったが、本来は中に黒レギンスやストッキングを履くらしい。

 

うん、そそるよね。如何にも大人の女性と言えるような服装だ。スタイルがしっかりと整っているからこそ出来るチョイスのようにも見える。

 

普通にボディラインしっかり出るし多分あの時の俺はナギの胸部装甲や下半身に実る果実に視線が釘付けだったに違いない。

 

で、もう一つがシンプルにラウンドネックの茶色の長袖トップスにやや濃い紺色のデニム。こちらもこちらで上下ともにばっちりとラインが出るチョイス……故に、俺を仕留めに掛かっている服ばかりだ。

 

どちらにしても俺基準で良いのかは疑問が残る部分にはなるが、どの服も十分すぎるくらいにナギは着こなしているし、どの服を選んだとしても正直問題は無いと思っていた。

 

じゃ、これも買うとしよう。

 

 

「そっか、じゃあその服もカゴにいれるぞ」

 

「へ……え、えぇっ!?」

 

 

差し出してきた服を受け取ると自然を装ったまま自分の買い物かごへとボッシュート。

 

流れるような一連のやり取りに現状を把握出来ず一瞬ポカンとするナギだが、慌てて自分の服を取り戻そうとする。

 

 

「や、大和くん! プルオーバーまで買ってもらうのに、これまで買ってもらうのは……!」

 

「今日は特別デーだ。さっきも言ったけどホントに感謝している。俺自身もナギと平等でありたいとは思っているけど、それ以上に俺自身の感謝の気持ちして返させて欲しい」

 

「大和くん……」

 

 

本当に大丈夫なの? と言いたげな顔を俺に向けてきた。

 

もしこれが図々しい女性なら男が払って当たり前、女性はデートの準備を何時間も掛けてうんたらかんたら……なんて反応をするかもしれない。

 

お互い頑固なところは頑固だし、大和くんがそこまで言うならもう引かないだろうということはナギも分かっている。

 

とはいえ自分の服全部を奢ってもらうという話になると、それはそれで罪悪感までは行かなくとも申し訳無さが残る。だからこそ彼女の罪悪感を軽減させるべく、俺はある提案をした。

 

 

「ただもちろんこれ全部を俺が払ったらナギが申し訳ないって思うのも分かる。そこで、だ。その見返りっちゃなんだけど、俺から一つナギにお願いがある」

 

「お、お願い?」

 

「この服を着て……また俺と何処かに一緒にデートして欲しい」

 

「え……っ!」

 

 

真剣にナギの顔を見つめながら改めて俺のお願いを伝える。可愛い彼女のためともなれば俺自身も出費は惜しまない。当然無駄金を使う気もなければ何でもかんでも買い与えようとも思っていない。

 

が、この買い物でこれから二人で出掛けた時のデートがより実りあるものになるのであればその程度の出費は全く惜しくない。

 

いくら人が今は少ないとはいえこんな場所で何を真剣に言ってくるのかと、顔を赤らめながら俺をチラチラと見つめる。

 

あれ、でもこの俺の発言て客観的に見たら戦地に行く軍人みたいなこと言ってるか? ほらいつかこれをしようって誓い合ったのに結局その願いが叶うことは無かった的な。

 

げっ、そしたら完全に俺失言してるじゃん!

変に勘違いさせてしまったのなら訂正しないと。

 

 

「あっ、そのなんだ、別にフラグを立てたわけじゃなくてだな。その……これからナギとは色んなところに出掛ける訳で! 出掛ける時に色んな服を着た姿を見たいなって思ってだな!」

 

「う、うん。それは凄く嬉しいけど……ちょ、ちょっとびっくりしただけ」

 

「そ、そうなのか?」

 

 

ナギの一言で勘違いをさせてしまったわけではないことが分かりホッと胸を撫で下ろす。

 

しかし別の意味で伝わってしまうような言い回しは注意しなければならない。

 

 

「じゃあ……大和くんの気持ちに今日は甘えるね? 今度必ずこの埋め合わせはするから、ありがとう」

 

「ん、分かった」

 

 

気を遣わなくて良いと言ってしまうと、かえって気を遣わせてしまう。返してきた一言に最低限の返事をするとナギのカゴを抱えた。

 

試着をした分の服が入っているカゴはナギが抱えると、試着ルームの近くにある棚へと戻す。試着した服は一旦店員が整えて再度売り場に並べてくれるらしい。

変に素人の俺たちが服を戻すよりも、店員がちゃんと手入れをしてから戻した方が見た目も綺麗な状態で戻すことが出来るのは間違いない。

 

俺たちは売り場担当員じゃないし服が並んでいる売り場にも、お店にもこだわりがあるんだろう。甘えられる部分は甘えることにしよう。

 

 

「大和くん」

 

「お、どうした? まだ他に買いたいものあればそっち見に行くけど」

 

「あっ、ううん。私のお買い物はもう終わったし、ある程度見たいものも見れたから大丈夫だよ」

 

 

買い物かごをレジに持っていこうとしたところでナギに呼び止められる。もしかしてまだ見たいものがあったり、買い忘れたりしたものがあるのかと聞くも、話を聞く限りはそうではないらしい。

 

じゃあ俺のことを気に掛けてくれているのだろうか。言われてみれば俺自身が今回買ったのはTシャツ一枚だけで、ナギの購入量と比べると如何せん少なく見える。

それは俺が男だからと言われればそれまでだが、今回はある程度新モデルの情報が仕入れれば良かった部分も大きいし、今度まとめて買おうかなくらいに思っていた。

 

まだお昼前だし時間はあるからもしナギが気を遣ってくれるのであれば今日買うことにしよう。

 

 

「その、午後からの予定なんだけど―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここって……」

 

「思い出した? 大和くんったら途中まで全然気付かないんだもん。でもあの時は夕方だったしちょっと雰囲気も違うから仕方ないのかな」

 

「い、いや悪い。めちゃくちゃ大切な場所なのは覚えてるんだけど、あの時はまだ……いや、何を言っても言い訳になる。ごめん、普通に忘れてた」

 

 

 

午後一。

 

昼食を近場のレストランで済ませ、俺とナギが向かった先はかつて夕方に訪れたテーマパークだった。前回は夕暮れで既に楽しみ終えた観光客たちが変えるタイミングと入れ違うように入場をしていったわけだが、今回は昼食後すぐ。

 

幸いなことに早目に昼食を取ったことでピーク帯ほどの人口密度はないものの、それでもかなり多くの人で場は賑わっていた。

 

ガヤガヤと喧騒の中二人でテーマパークに入場していく。が、俺はここに来る前に大チョンボをやらかしていた。

服を買い終えた後に行きたい場所があると言われて、場所までは知らされずにナギと二人隣合わせで現地まで来たわけだが……前回と雰囲気が違っていたということもあって、直前まで何処に向かっているか全く気づかず。

 

場内の入口を見てやっと気付いたというオチになる。何というか、ナギとの思い出は忘れないとか言いながら一番大事な場所の周囲の風景を忘れるという間抜け過ぎる一面を披露してしまった。

 

穴があるなら入りたい。

 

 

「ふふっ、大丈夫だよ。何もかも忘れちゃってたらホントに心配してたけど行き方を忘れていただけで、二人でここに立ち寄った事実はちゃんと覚えていてくれたから」

 

「面目ない……でもそっか、もうあの日から二ヶ月以上経つんだな」

 

 

ふと、過去を回想して物思いにふける。

 

そうだ、あの日は俺にとってナギに自分の想いを告白した大切な日。その日から二人の関係は友達から恋人へと変化し、そこからもう二ヶ月以上の期間が経過していた。まだ二ヶ月と考えるのかもう二ヶ月と捉えるのかはそれぞれの考え方一つだろう。

 

個人的にはこの二ヶ月で発生した出来事があまりにも濃すぎてもう二ヶ月という言い方をしたけど、期間としてはまだそこまで経っているわけではない。現に初秋の香りこそあれどまだ残暑含めた夏の香りも微かに残っている。

 

故に本来ならまだ付き合い始めてから二ヶ月しか経っていない、という表現が正しいのかもしれない。

 

 

「そうだね。たった二ヶ月ちょっとだけど、その間にも本当に色々なことがあった。大和くんの隣にいれて嬉しいこともあれば悲しいことだって。それにお互い言いたいことが言えずに喧嘩したことだってあったよね」

 

「そうだったな。アレは俺が何一つ説明してなかったし、ナギじゃなくても怒ると思う」

 

「ううん、あれは私も良くなかったよ。大和くんのこと何も理解しようとせずに頭ごなしに怒っちゃったから」

 

 

ナギが言っているのは俺が静止を聞かずに無理をして大怪我をしたことだ。

 

その時は俺が護衛業をしているなんて説明もしていないし、何も前提を知らない本人からしてみれば『無理をするなって言っているのに何で生死を彷徨うような無理をするのか』と憤って当然だ。

 

わざわざ前日に医者に行けと言っているにも関わらず、無理をして大怪我はもはや自業自得でしかない。

 

あの一件が俺の全てをナギに説明するキッカケになったのは間違いない。その後は俺の全てを打ち明け、彼女からは大号泣の元謝られたわけだが、また泣かせてしまったと罪悪感に苛まれたのは言うまでもなかった。

 

だからこそこうしてより心が近くなったお互いを信頼し合う親密な関係になれたとも言えるわけだが、これからもずっと共にいる関係でありたいのであればある程度のことは話さないと取り返しがつかなくなることもあるも感じた瞬間だった。

 

人によっては俺のことを拒絶していたかもしれない。それでも俺の全てを理解して受け入れてくれた器の大きさには感謝してもし切れない。

 

 

「じゃあ、お互い様ってことでいいか?」

 

「うんっ」

 

「「あははは」」

 

 

じゃあお互い様だということで顔を見合わせて笑う。もう過ぎた話ではあるが、今となっては過去の苦い思い出くらいの感じで話せている。

 

過去犯した失敗を取り戻すことは出来ないが、これからを、未来を切り拓いていくことは出来る。今後も沢山の失敗を起こすかもしれないがそれをしっかりと乗り越えていきたい。

 

テーマパークの中へと入った俺たちだが、やはり休日ならではの人混みには慣れない。どちらかといえば若い人たちが多いのだろう、それぞれが目をキラキラと輝かせながら楽しんでいる姿が目に入った。

 

さぁ俺たちも楽しむとしよう。

 

 

「えっと……ナギは苦手な乗り物とか無理なものってあるか?」

 

「絶叫系は特に無いかな? でもお化け屋敷とかは結構周りの子が苦手だったこともあって入った覚えがないかも」

 

 

前回乗ったアトラクションは観覧車オンリー。

 

今日は時間もあるし楽しめる範囲で楽しんでいこうと思っているわけだが、全部のアトラクションを回るのは厳しいから、ある程度を絞っていこうと思っている。

 

ちなみに俺は絶叫系もホラー系もどちらも大丈夫であるため、アトラクションに苦手なものはない。というかこの仕事をしていて高いところが怖いとか暗闇が怖いとか言ってられん。

 

アトラクションとしての楽しさは別として、怖がる要素というものは安全性が保証されている以上皆無だった。

 

ナギに関してはどうやら絶叫系に関しては苦手は無いようだがお化け屋敷に限っては経験はないらしい。とはいえ反応から見るに興味はある模様。それなら折角だしまずはお化け屋敷にチャレンジしてみようか。

 

 

「じゃあ折角だしお化け屋敷に行ってみるか?」

 

「あはは、いきなりお化け屋敷なんだね。でも大丈夫かなぁ?」

 

 

興味はあるが不安もあるらしい。

 

まぁホラー系は駄目な人は本当に駄目だって言うし、普段ホラードラマや映画を観ない人からするとお化け屋敷は未知の領域にもなる。立ち居振る舞いからあまりホラー関連のテレビは見ていないように見えるし、アトラクションとしても入った経験がない。

 

本当に無理だと言うのであれば途中退出口も用意されているようだしそこから出ることにしよう。

 

幸いなことにお化け屋敷は自分たちの立っている場所からすぐ近くにあった。入場時に貰ったパンフレットを見ながら、目的地まで二人揃って歩いていく。

 

 

「こんにちは〜。お客様は二名様……あっ、カップル様ですね。そうしたら同時にご案内させていただきますね」

 

「ん、ってことは通常の場合は一人ずつの入場になるんですか?」

 

 

入口に立っている案内員の説明に率直な疑問を投げ掛ける。口ぶりからすると同時に案内されないケースもあるって言っているように見えるんだが。

 

 

「はい。ご家族様かもしくはカップル様の場合は一組としてご案内させていただいているのですが、通常のお客様はより臨場感を味わっていただくために、お一人様ずつご案内させていただいております〜」

 

「へぇ〜そうなんですね」

 

 

なるほどここのお化け屋敷はそういうコンセプトでやっているのか、

 

「では簡単に注意事項だけ説明させていただきますね。一番最初にちょっとしたムービーを見てもらってから、お化け屋敷を回って貰います。ちょっと迫力ある映像になっているので、もし厳しそうであればその段階でも途中退室は可能です」

 

 

ふむ、ムービーとな?

 

ここのお化け屋敷は先にムービーを観るスタイルになっているのか。何か日本にある結構有名なテーマパークも同じような方式をとっていたような気がするんだけど。

 

ムービー内容がどんなものかは見てのお楽しみってところだろう。話を聞く限りは中々にホラー要素が強めのようだ。

 

 

「順路を巡回中にあまりに怖くて耐えられなくなった場合は近くにある非常口から外に出て下さいね。このテーマパークのホラーは『近代的』がテーマですから、よくある日本の昔話ではありませんのでご注意を」

 

「近代的……ですか?」

 

 

近代的ってことは日本に古くから伝わる怪談的なものではないってことになる。

となると、そこそこの恐怖感があるのではと個人的に想定している。

 

 

「はい、まぁ細かい内容は実際に中に入ってからのお楽しみということで」

 

 

そこまで説明すると案内員の女性は俺とナギの背中を押してグイグイと建物の中へと押し込んでしまった。言われてみると建物の建て付けがお化け屋敷っていうより廃墟的な感じがする。

 

もしかして並んでいる人が少なかったのはお昼時というよりかはあまりの怖さに参加する人が誰も居ないんじゃ……。

 

 

「や、大和くん! だ、大丈夫だよね?」

 

 

先ほどまでは平静を装っていたナギの顔に焦りの色が浮かぶ。

 

家族連れも多いテーマパークである故にそこまでの恐怖感を味わえるものとは思っていなかったのか、服の袖をキュッと掴むと俺から離れないように後ろを着いて来た。

 

 

「た、多分。もし厳しかったら途中で出よう。さすがに無理は身体にも良くないしな」

 

 

無理だと思ったら即座に出ることにしよう。我慢しすぎて結果それがトラウマになってしまったら元も子もない。

 

案内に促されるまま小さな個室のような場所へと案内される。古ぼけた扉を引くとギギギとこすれ合う音とともに、少し大きめなモニターが正面に設置された古ぼけた部屋が姿を現した。

 

部屋の広さから精々三、四人くらいしか収まることが出来ないような狭い間取り。壁は演出の一つになるのか、シミのようなものが至る場所にこびりつき、古ぼけた建物の雰囲気をより際立たせている。

 

装飾の一つなんだろうけどナチュラルなシミならこの部屋に寄り付こうとは到底思えない。

 

 

「ではこちらのソファにお掛け下さい」

 

 

部屋の中にあるソファへ座るように誘導され、指示に従うままに二人揃って腰掛ける。ソファは意外にもしっかりと弾力があって部屋の建て付けと比べると、負釣り合い感は否めない。

 

ソファに全体重を預けるように座ると、案内員がモニターの電源を入れた。もちろん電源を入れただけであり、テレビには真っ暗な状態のまま何も映っていない。信号出力を受け取っていないのか、純粋に何もまだ流していないのか。

 

砂嵐のような画面ではないためビデオモードになっているようだ。つまり何処かでボタンを押せば、内蔵されているディスクか何かが反応してモニターに映像を映し出すと。

 

雰囲気も含めてよく出来ている。

 

 

「それでは私は退室しますが、退室後少ししますと部屋が暗くなってムービーが流れ始めます。ムービーが終わりましたら、いざ本番スタートと言う形になりますのでどうぞお楽しみください。あっ、本番スタート時はちょっとしたドッキリがあるのでくれぐれもご注意を」

 

 

ごゆっくり、と扉を閉じられた。

 

しかし閉じる時の音もやたらリアリティがある。よくあるお化け屋敷くらいの認識しか無かったけど、これまでの状況から判断すると中々のクオリティなのではと推察している。というか普通の人なら怖いと思うレベルだ。

 

隣にいるナギは明確に怖がっている感じはないものの、ソワソワととにかく落ち着かずに俺の服の裾をギュッと握ったまま離そうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『―――これは、実際にあった出来事である』

 

「っ!?」

 

 

扉が閉じられて少し経ったかと思うと、部屋の電気が自動で消灯する。消灯と同時にモニターから聞こえてくる低い男性の声。ホラーチックな無機質な声にナギは身体をピクリと震わせた。

 

 

『お、おい……ここはやべぇって』

 

『ここまで来て何いってんだよ! 置いてくぞ!』

 

 

何も映っていなかったモニターに映し出される映像。二人の男が暗闇の中、山奥を歩く映像が流れ始める。一人はその場の雰囲気を悟ったのだろう、身体を震わせながら行くのを渋り始めた。

 

もう一人はここまでわざわざ来たんだから何を怖気付いているのかと、強引に手を引いて目的地へと連れて行こうとしている。それから二人を映す撮影者は黙って撮影を続けている。

 

生い茂る草木を掛け分けて道なき道を進むあたり、整地されている道ではないのだろう。周囲に人の気配はない、モニターからは生い茂る草木を掛け分けるガサガサという音と、撮影者のほのかな吐息だけが聞こえてきていた。

 

やがて開けた場所に辿り着くと一際大きな建物が一同の前へと現れる。くすんだ壁に付いている窓はことごとく割られ、建物内に明かりらしい明かりは一切点灯していない。

 

一般的に廃墟と呼ばれる建物のそれは、物々しい雰囲気を醸し出しながら場にそびえ立っている。

周囲を照らすのはそれぞれに持った小さな懐中電灯だけ。明かりとしては些か心もとないものだった。雰囲気としては臨場感たっぷりで、如何にも『出そう』な様相が伺える。

 

 

『ここだな中に入った人間が尽く行方不明になっているっていう噂の病院は。周囲に住んでいる人間は怖がって誰も近付きやしない、昼だろうが夜だろうが院内に忍び込んだ人間はその後日の目を見ることは無いらしいしこりゃ中々面白そうな場所だ』

 

『や、やっぱり帰ろうぜ? こんなところに入って祟られたら洒落になんねぇよ』

 

『なんだよ? 怖がっているのか?』

 

『怖がるに決まってんだろ!? 危ない場所に自ら入ろうとするバカが何処にいるんだよ!』

 

『そうか、ならお前は一人で帰れば良い。俺らで中を散策するとするさ。まぁこの暗い夜道の中お前一人で帰れれば、の話だがな?』

 

『なっ!? ぐっ……わ、分かったよ。ただし! 危ないって分かったら絶対に引き返すぞ!』

 

『それで良い。何、俺たちもヤバいと思ったらそれ以上奥には行かねーさ』

 

 

分かりやすいまでのフラグ建築である。

 

その後無惨なまでに割られたガラス破片が飛び散っている入口から病院内へと侵入していく。モニターに映されるのは撮影者のレンズ越しに映る主観視点であり、他の二人からの視点というものは反映されていない。

 

廊下にはカルテなどの書類が散らばり、医療器具が通路に倒れて先に進もうとする人間を阻もうとする。廃墟になってからどれくらいの年月が経っているのだろう、十年か二十年か、はたまたそれ以上か。人の手入れが加えられていなければここまで酷く汚れ散乱するものかと、一般的な病院をイメージするととても見れたものではない。

 

そうこうしている間にもモニターの中にいる男たちはどんどん病院の奥深くへと進んでいく。ナースステーションを通り過ぎ、その先にある一般の病室が並ぶ廊下へと差し掛かった。

 

かなり先に長く続く廊下。長さに応じて相応の個室が並んでいる。扉が壊れている個室もあれば、閉まりっぱなしの個室、逆に中途半端に開いて割られた窓から入り込んでくる風が不気味にカタカタと扉を揺らした。

 

 

『ひっ!?』

 

『おいおいなんだよ、ただ扉が揺れただけだろ? こんなんで驚いているなよ』

 

 

 

今回参加している三人の男の内一人は相当な怖がりのようだ。吹き付ける風によって発生する音と共に身体をビクつかせてなんとも情けない悲鳴をあげる。

 

 

「……っ」

 

「ははは……」

 

 

俺の隣にいるナギもモニターを凝視したまま、視線を逸らすことが出来なくなっている。ここから先の展開は気になるのだろう、ただし相応に恐怖は感じているようでやはり俺の服を離すことは無かった。

 

怖がりながらも見る姿がどうにも可愛らしく見えてしまう。今のところは大丈夫そうだし、とりあえず続きを見ていくとしよう。

 

映像は長い廊下を抜けて一つの病室の中に入っている最中だった。

 

 

『ここは一人用の病室か……うっへ〜きたねぇなぁ。薬品なのか何なのか分からないけど床に散乱してこびりついてやがる』

 

 

床に懐中電灯の灯りを向けると薬品をこぼしたような痕がベッタリとこびり付いている。近くには使っていた点滴の袋と注射針、点滴台が倒れていることから袋に入った薬品が溢れたものと推測するが、点滴の薬品が溢れたにしてはやけにベッタリと赤黒い痕だ。

 

赤黒い痕……薬品ではないとするともしかして。

 

 

『な、なぁ。こ、これ薬品っていうよりむしろ……』

 

『ん? 何……何っ!?』

 

 

怖がりの男性が痕についての違和感を伝えようとし、それに対してもう一人の男性が応えようとした刹那、開いていたはずの病室の入口の扉が勢い良くバタンと閉じた。

 

撮影者含めて三人は全員病室の中にいる。当然、強風が吹き付けようものなら扉が勝手に閉まってしまうことはあれど、病室の扉は引き戸タイプのものが多い。引き戸タイプの扉を吹き付ける風で閉めようとすると相当な風量が必要になる。

 

この病院内、病院外にそこまで強い風が吹き付けるとは到底考えられない。()()()()()()()()()()()が働いたとしか考えられなかった。いやまぁ俺たちから見ればフィクションなわけだから、作り物であることは分かるけど実際の映像の中での設定はそれがリアルとなる。

 

 

『くっそ! 誰だっ、開けろっ!』

 

 

慌てて入口に近付いて扉の取手を掴んで開けようとするが、いくら力を込めてもビクともしない。全体重を掛けて進行方向に力を加えようとも扉が開く気配は一切無かった。

 

 

『おい! お前らも力を貸せっ!』

 

 

声を荒げながら残りの二人にも力を貸すように伝え、三人がかりで扉を開けようとする。

 

大の大人が複数人で扉に力を加えていくと、ビクともしなかった扉がギチギチと軋みながら少しずつ少しずつ隙間が空いてきた。

 

更に力を込めるとその隙間は更に大きくなり人一人が通れるくらいの大きさまで広がる。

 

と。

 

 

『へ……うわぁっ!?』

 

 

何とも間の抜けた声とともに今まで三人がかりで力を込めなければ開かなかった扉が一気に開放された。

その反動で扉を握っていた身体は一斉に尻もちを付いた状態になる。

 

今のは一体何だったのか、今のが俗に言う心霊現象とでも言うのかそれを確かめる術は何一つない。しかし嫌な感じがする、これ以上先に進むのは危険かもしれないから一度撤退しようと考え始めた時だった。

 

 

『な、なぁ……』

 

『あ、なんだよ?』

 

 

ここに来てからずっと怖がり続ける男性は、その身をより一層震わせながら口を開く。何をそんなに怖がっているのだろうか。

 

もちろん急に部屋に閉じ込められたことには驚いたが、大の大人が三人もいる状態で何を必要以上に驚く必要があるのか理解できない様に見えた。

 

 

『ずっと気になってたんだけどよ……さっきからお前『お前ら』って言っているけど、この場には俺とお前の二人しか居ないんだぜ? 一体誰のことを言っているんだ?』

 

『……は?』

 

 

思い掛けない一言にその場の雰囲気が一気に凍りつく。この場には俺とお前の二人しかいない、にも関わらずさっきからもう一人誰かがいるような口ぶりで発言するのは何なのかと。

 

 

その言葉が発せられた瞬間、ナギの身体がピクリと震えて俺を掴む束縛力が強くなる。この後起こり得るであろう展開が予測出来たのか、身体をほのかに震わせながら恐怖に耐えようと俺の身体への密着度が上がる。

 

あまりにも衝撃的すぎる発言にもう一人の男も顔を青ざめながら言葉を被せるように続けた。

 

 

『お、お前こそ何言ってんだよ。今回のことを記録に残してくれる知り合いを見つけたからここまで一緒に……』

 

 

そこまで言い掛けたところで男は何かに気付く。真実を悟ったのか、その顔は今までにないほどに顔は青ざめて身体をガタガタと震えさせる。

 

そうだ、いつから自分たちは三人で来ていたつもりになっていたのか。二人で行ってみようとこの場に来たのにいつの間にか()()()()()()()()()が一緒にいると錯覚していた。

 

つまり今このレンズ越しに映っている映像は誰が撮影しているのか。自分の知り合いと呼んでいる存在……であることは間違いないのかもしれないが、現に一人はこの場には二人しかいないと言い切る。

 

つまり、彼には見えてはいけないものが見えてしまっているということになる。

 

全てを察すると今まで固定されていたカメラアングルが変わる。否、それまで手に持っていたであろうカメラが滑り落ちてガチャンという音と共に床へと転がり、モニターには暗闇が映し出された。

 

レンズが床にくっついてしまっているのだろう。周囲で何が起きているのか映像越しでは何一つ確認することが出来ない。

 

 

『た、助けてくれ! お、俺たち悪かった……ぎゃああああああああああああああああああああ!!!?』

 

『く、来るな! 来るんじゃない来るな! 来るな来るな来るな来るな来るなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』

 

 

聞こえてくるのは男二人の断末魔にも近い悲鳴。この部屋で何が起きているのかカメラに映像が映らない以上把握のしようがない。

 

やがてその声も聴こえなくなり、周囲の一切の音が消える。どれくらいの時間が経っただろう。時間にして三十秒ほどだろうか、これまで真っ暗だった映像が再び切り替わりこれまで男たちのいた病室内を映す。

 

だが病室内に既に男たちの姿はない。映るのは薄気味悪く汚れ、薬剤が散乱した床。

 

否、一つだけ変化があった。

 

男たちがいたであろう場所に残る円形の水分の塊。その色は暗闇でハッキリとは見えなくとも、何なのかを理解するのにそう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハハッ、なかマがふエたヨ。やっタネ』

 

 

 

 

誰も居なくなった室内に無機質な声が鳴り響く。

 

そしてカメラが再び暗転したかと思いきや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ツギハオマエノバンダアアアアアアアアアアあああああああ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金切り声にも近い大音量の声と共に、全身血まみれとなった人間としての原型を留めていない女性の顔がモニター一杯に映し出された。

 

 

「うおおっ!?」

 

「キャアアアアアアッ!!!?」

 

 

あまりの迫力と恐怖に思わず全力で俺にナギは抱き着いてくる。よほど怖かったのだろう、力加減を忘れて俺の首元に回してきた腕は俺の首をへし折らんばかりに締め付けている。

 

いや、これは流石にびっくりした。

 

あまりにもリアリティあり過ぎるショッキングな映像に思わず身体の震えを抑えることが出来ない。何ならまだ鼓動が脈を打っている。この世にいない浮世離れした表現ならそこまで怖さを感じることはないものの、あそこまでリアルな人間感を残されると伝わってくる恐怖感は倍増する。

 

というかここって対象年齢は十二歳以上とかって書いてなかったか? このショッキングな映像を小学生に見せるってだいぶやってんなコレ。下手をすればトラウマになるレベルだ。

 

あながちホラーが大好きな人間からすればピンポイントに刺さるのかもしれないけど、ホラーが全くダメな人間にはただのトラウマにしかならない。

 

ホラーに慣れてないナギが怖がるのもよく分かるし、むしろ怖がって然るべき内容だ。こんなのが夢の中に出てこようものならたまったものではないし、お願いだから眠りだけは妨害しないで欲しいところ。

 

そうこうしている間にも十数秒間、その顔が映っていたかと思うとやがてモニターの電源が切れる。電源が切れると同じくして、スピーカーから無機質な女性の声でアナウンスが流れ始めた。

 

 

『その後、男たちの姿を見た者はいなかった―――これより『戦慄からの脱出』、開始いたします。挑戦者の皆様、どうかご武運を』

 

「へ?」

 

「え?」

 

 

アナウンスが終わった途端、間髪入れずに不意に座っていたソファに傾斜が付いたかと思うと、足元の床が開いて俺たちは奈落の底へと吸い込まれるのだった。

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