こ、ここは?
前準備としてムービーを見ていたわけだがムービーが終わってアナウンスが流れたかと思うと、座っていたソファが急に傾いて足元の床が空いて俺とナギは暗闇へと吸い込まれることに。
幸い垂直に落下していくのではなくすべり台のように比較的緩やかな傾斜だったため怪我をする心配は無かった。
それでも怪我をしない保証はない。
滑っている途中でナギを優しく抱き締めると俺の身体の上にナギの身体が来るように持ち上げて自身がクッションになるように調整し、そのまま十数秒ほど一緒に滑り落ちた。
どうやら滑り落ちた瞬間にクッションのようなものに落下したようで、背中には柔らかく身体全身を包み込む弾力を感じる事が出来る。勢い余って飛び出して床に受け身も取れずに落下するという危険性は配慮してくれているようだ。
……いきなり落下したのは心臓に悪いけど。
周囲は真っ暗で辺りには何も見えない。先ほどまでは俺の上に抱き着いていたはずのナギも、着地と同時にクッションで何処かに跳ね飛ばされてしまってしまったのだろうか。
ナギの姿が見えないどころか、自分の視界を
「や、大和くん……」
ナギの声が目と鼻の先から聞こえてくる。その声は何処か恥じらいを含んでいるようにも聞こえた。完全に離れ離れになってしまったわけでなく少し離れたところに着地しただけらしい。
ただこの状態では俺も話すことが出来ない、何故なら口周り全てが覆われてしまっているからだ。しかしなんだろうか自分の顔を覆う何かから凄く良い香りがする。とにかく一旦目の前を覆う何かを退かそうと両手でその物体を掴んだ。
「……ひあっ!」
ん、どうしてナギが声を上げるのだろう。
両手で握ったソレは表面は少し硬いものの奥は独特な柔らかさがあった。
「いやっ、ちょっ……やまと、くん……っ!」
手を動かすたびにナギは声を上げる。
聞こえてくる声は通常の声ではなく確実に色っぽさを含んだ艶やかなものだった。艶やかな声に俺の顔を覆う部分的に固くも柔らかいこの重量感ある物体。
あ、あれ? こ、これってまさかナギの……。
「あんっ!」
「んぐぐっ!!?」
くすぐったいからか身を捩ったことで位置がズレてしまい、重量感あるソレの割れ目部分で俺の口元が盛大に塞がれてしまう。
「ふあんっ!!? も、もう! 大和くんの……スケベッ!」
「ふぐあっ!!?」
俺の吐息がダイレクトに伝わってしまったようで、色っぽい声を出したかと思うと少し怒気を含んだ声で俺の頬を張った。
暗闇だというのにピンポイントで俺の頬を捉えるあたり、ナギも随分と随分と成長したようだ。というかこの眼を持ってして見切れないビンタってどんな速度なんだろう。
ナギが飛び起きたところに上体を起こしたものだから、再びクッションマットの上に大の字で倒れ込んだ。
「ほ、本当に……せ、節操無いんだから……っ!」
「い、いやこれは不可抗力で……」
「言い訳しないっ!」
「は、はい!」
え、何この図。
めちゃくちゃ俺怒られているんですけど。怒気を含んだ声に身体が勝手に反射してその場に正座をしてしまう。正直怖い……っていうより逆らえない、不思議なオーラを感じる。
この反応を見る限り、俺はナギに逆らうことが出来ないのだろう。尻を触ったらものの見事に尻に敷かれたでござるの巻き。ってそんな冗談を言っている状態じゃ無かった。
「ちゃんとした状況なら……その、触っても良いって言ったじゃない……」
「……へ?」
「な、何でもない!」
暗闇に慣れてきて薄っすらとナギの顔が見える。その場に立ちながら俺の顔を覗き込んでいるようだが、聞き取れないくらいの小さな声で何かをボソボソと話したかと思うとぷいとそっぽを向いてしまった。
と、いつまでもこんなことをしている場合じゃない。ムービー後に本番スタートってことを言われていたから、既に始まっているのだろう。本当に薄っすらとナギの姿を確認出来るとはいえ、周囲にある他の何かを細かく確認することまでは出来なかった。
このまま行動しろと言われても無理がある。このアトラクションは暗闇の中で脱出を目指すほどの難易度が高いものだったのか。むしろリタイア者続出でアトラクションにならないような気もする。
『―――それでは戦慄からの脱出、開始となります。これから懐中電灯の電源を入れますので、それを持ってゴールまで向かって下さい。途中でのリタイアは通路の途中にある非常口からお願いいたします』
「お?」
「あっ」
考え込んでいると部屋内に響くアナウンスが終わった瞬間、部屋内が急に明るくなる。壁に備え付けられていた懐中電灯の電源が入り、発せられる光が室内を照らした。
これを使えということなのだろう、懐中電灯の一番近くにいたナギがパタパタとそれを取りに行く。懐中電灯は一組につき一つ、これを使って出口を目指さなければならないようだ。
「大和くん、これ」
クッションマットから立ち上がって差し出された懐中電灯を受け取る。
懐中電灯で周囲一帯を照らすと、今いる場所はどうやら小さな部屋らしい。壁にはススやホコリがこびり付いていて古ぼけた建物である印象が強く伝わってくる。
これはこれで演出としてテーマパーク側が設計しているんだろうけど、あの映像を見た上でのこの雰囲気はかなりホラー感が強い。
それ以外に特筆すべき点は無い。あるのは部屋にただ一つ設置された扉だけでデカデカと『スタート』と書かれている。この扉を開ければいよいよアトラクションスタート、というわけだ。
「あぁ、ありがとう。さて、リタイアしますなんて言っている暇なくスタートしちまったな。どうする?」
「どうする……って言われても行くしかないよね。ちょ、ちょっと怖いけど……」
「怖いけど?」
「……大和くんがいるから。いざとなったら助けてくれるんでしょ?」
ナギはキュッと俺の手を握る。
助ける……ほどの問題は起きないと想定しているが、今回の場合は怖くなった時に縋っても良いよねと言っているようにも見えた。
「そりゃもちろん」
「ふふっ。頼りにしてるね、
「あ、あのなぁ……」
姫を守る騎士ってところだろうか、まざまざ言われると少しばかり小っ恥ずかしいものがある。
ナギもこの雰囲気を楽しんでいる反面、やはりホラーという未知の領域に対して怖がっている部分も大きいようで、握っている彼女の手はほのかに震えていた。
俺と一緒にいるからある程度の平静を保っていれているが、もし一人で同じ状況に遭遇していたとしたらきっと楽しさなんかは微塵も感じていなかったに違いない。
ホラー要素強すぎてコアな人は好きなんだろうが、ホラーがちょっとでも苦手な人からするとちょっときついものがある。
さぁ、いつまでもこんな小部屋にいても先は見えない。アナウンスに従い部屋の外へと出るとしよう。入口の扉に手をかけて横にスライドするとそこに映ったのは長い廊下だった。
廊下が暗いことも相まって進むものを皆飲み込みそうな雰囲気が漂っている。
「この廊下ってさっきの映像で流れていたところだよね?」
「みたいだな、随分と精巧に作られている。映像と同じことが起きるのかどうかは分からないけど、出口へと向かうにはこの廊下を先に進むしかないらしい」
「が、頑張ろうね!」
口では頑張ろうと言いつつもしがみついてくる彼女が可愛いです。まる。
二人一緒に部屋から出て廊下に足を踏み入れる。二、三歩歩いたところで開いたままだった小部屋の扉が勝手に勢い良く閉まった。
「ひうっ!」
「お……っと」
バタンという音と共に俺に飛び付いてくる。
俺からすると役得だけど、ナギからすればそんなことは一切気にせず本気でびびっているようだった。
「ご、ごめんね?」
「大丈夫、いきなり大きな音が鳴ったらびっくりするよな」
急に飛び付いたことに謝罪の言葉を述べるナギだが、普通に考えて開いたままの扉が何の前兆もなくいきなり閉まればビビらない方がおかしい。
そこも含めて運営側からすればアトラクションだし、こちらを如何に怖がらせて驚かせるか、そこに全力を掛けてくるのは戦略の一つになる。大丈夫だと伝えながらも脱出するまでにどれくらい引っ付かれるか楽しみにしている自分がいた。
コツコツと廊下を歩いて行く俺たち。廊下に面した部屋の扉をゴンゴンと叩く音や、ガタガタと扉を揺らす音が飛び交う。
部屋の奥に誰がいるようだし、廊下に出てくるかどうかは完全にランダムで時と場合によって誰が出るかはお楽しみってところか。
静寂から喧騒に包まれる廊下を歩くが、やはりいつ飛び出てくるか分からない恐怖感から俺の手、どころか腕をしっかりと掴んだまま離す素振りがない。音が鳴り響くたびにキョロキョロと視線を彷徨わせながら、じーっと扉を見つめる。
廊下の半分くらいまで歩いてきたけど変わらず扉を叩いたり揺らしたりする音が鳴り響くだけであり、扉そのものが開かれることは無かった。
「……出て来ない?」
「で、出て来たらそれはそれで困る「ウワァァアアアアアアアア!!!!!!」きゃあああああああっ!!!?」
それはフラグというやつだろう。
まるでタイミングを見計らったのではないかと言わんばかりにドンピシャで扉が開いたかと思うと、中から顔面が崩れた生きた死体……ようはゾンビ姿の患者が部屋から飛び出て来た。
この世のものとは思えない見た目と独特の唸り声を上げて両手を正面に突き出しながらこっちに、というよりもナギに向かって近付いてくる。
キャストも誰が怖がりで誰が平気なのかは把握した上で演出を施しているようで、俺に近寄ってくる素振りは殆どなかった。
まぁこの組み合わせなら驚きそうにない男よりも、不安がる女の子の方に近付いてくるよな。案の定、ナギは分かりやすいくらいの可愛い悲鳴を上げたかと思うと、俺の胸元に顔を埋めてきた。
怖い怖いとリアクションしながらも『もう無理だからリタイアしたい』と言わないのは、怖い中でも楽しめる要素があるからのように見える。
……ふと想像してしまったが、もしここにラウラがいたらリアルファイトになりそうな気がしないでもない。見た目は年齢よりも幼く見える女の子だし、真っ先に脅かしのターゲットにされるはずだ。
一定時間の脅かしを終えるとゾンビはすごすごと部屋の中へと戻って行く。一組の客にだけ時間を掛けることも出来ないのだろうし、脅かした後はどこまでも業務的にも見えた。
「ふぇえええ……び、びっくりしたぁああああ」
「ははっ、今のは強烈だったな。タイミングがドンピシャ過ぎてびっくりしたわ」
部屋の内部から廊下の様子は監視カメラなどで把握されているようだ。
だからキャスト側で一番いいタイミングを見計らって驚かすことが出来ると、中々に良い趣味をしている。
「ううう……夢に出てきそう」
これだけハッキリとした反応をしてくれると、テーマパークとしても嬉しいはず。
うーうー唸りながら夢に出てきませんようにとお願いするナギだが、こういう時に限って夢に出てくるもの。
「ナギこの部屋なんだけど、あの映像に映っていた部屋じゃないか?」
「ふぇ……映像の部屋?」
「あぁ、ほらコレ」
廊下の途中にある部屋の一つが空いており、その中を覗いてみると映像に映っていたような状態となっていた。床は薬品が散乱し、至るところに赤い血溜まりのような痕が残っている。
極めつけは入口付近にある二つの血溜まり。映像にあった光景と寸分の狂いもなく状況が合致する。
本当によく出来た作りだ、実際に床を触ってみるとそれが作り物であることは分かるが、映像越しでは本物そのもので判別が出来ないほどに精巧な作りになっていることがよく分かる。
「や、大和くん……ここもう何も無いみたいだから、先にいかない?」
「ん? あぁ、悪い悪い。この部屋はあくまで演出的な部屋で攻略に必要なファクターでもないし、先に進もうか」
ナギはクイクイと俺の服の袖を引っ張った。
こんな不気味なところに長く居たいと思う物好きなど居ない。作られた空間とはいえ空気は淀んでいるし、誰かに見られているような変な感覚もある。
脱出するためのキーアイテムを探す必要があるのなら、それぞれの部屋を探索する必要はあるが、今回のアトラクションはあくまで一本道。順路を進んでいけば時間は掛かれども出口に行き着くことは可能だ。
映像の部屋を後にして俺たちは次のフロアへと向かうのだった。
「結構長いアトラクションじゃね。もう数十分以上歩いているけど終わりが見えないって相当じゃないか」
「ほ、ホントだね。そ、それに凄く怖いし……わ、私何回か途中リタイアしようと思っちゃったもん」
その後館内を歩き続けること数十分分以上。かなりの時間歩いているにも関わらず、出口が見える気配は一向にない。
もしかして神隠しにでもあっているんじゃないかと思うほどに通路は続き、様々な死角からキャストが全力で驚かしに来る。
標的は俺ではなく主にナギの方に。その度に可愛らしい悲鳴を上げて飛び付いてくるわけだが、幸いなことに心が折れるようなことは無いため、リタイアすることなくここまで来た。ここまで来たって言っても何処がゴールかも分からない以上、若干精神的にも疲れてくる部分がある。
どの道、ここから出るには途中にある非常口から出るかゴールに辿り着く以外選択肢がないため歩き続けるしか無いわけだが。ナギも怖がることはあってもやはり心は強いのか、意地でも最後までクリアしてやろうと俺の横に引っ付いたまま着いてきていた。
ここに入る前に脱出までにどれくらい時間が掛かるのか、パンフレットの一つでも見ておけばよかったと今更ながら後悔している。事前の説明ではゴールに辿り着くまでの時間は伝えられて無いため、後どれくらい掛かるのかまでは全く読めなかった。
念の為疲れていないかどうかナギにも確認をする。
「ナギは大丈夫か?」
「うん大丈夫だよ、ありがとう。確かに怖いけど別に疲れているわけじゃないし、それに大和くんもそばにいるから私は全然平気」
「そうか、それなら良かった。でも俺、何もやってないと思うけど」
返ってきた言葉は力のこもったハッキリした言葉だった。彼女の表情を見る限りは疲れている様子は感じられない。
それに俺がいるから大丈夫と言ってくれる辺り優しさを感じることが出来る。怖がって飛び付いてきた時に転ばないように受け止めることはしているけど、それ以外は特に何かした覚えもない。
こんなフォローで大丈夫なんだろうか。
「ううん、そんなことないよ。私の隣に居てくれるだけで十分、大和くんと一緒にいるだけで怖いものだって耐えられるから。私にとって大和くんの存在ってそれくらい大きいの……って、ちょっと依存した言い方になっちゃったかな?」
「あ、いや、そんなことはない。むしろ俺としてもそう言ってくれると嬉しいっていうか、その……あ、ありがとう」
そばにいてくれるだけで十分、か。
性格上あまり自分の要望を出すタイプではない。誰かがそばにいればその人のことを優先してしまうような子だ。ナギが唯一自分を出せる時が俺と二人きりの時だというのなら、せめて二人きりの時は彼女のことだけを考えよう。
二人で順路を歩き続けて行くと今度は大きく開けた部屋に出る。
「何かまた変なところに出たね」
「あぁ、これまでの部屋とはちょっとばかし違う気がする。今までは順路通りに進んで行けば良かったけど、この部屋は扉が九つある。どれかが正規ルートだとは思うんだが……選択肢多すぎだろ!」
思わず突っ込んでしまう。
進んだ先に辿り着いた大きな部屋で、俺の視線の先には合計九つの扉が並んでいた。純粋に順路を辿れば出口にたどり着けるなんて思っていたけど、目の前に広がる光景を見る限りはそんな甘いことはないらしい。
そうは問屋が卸さないよとでも言わんばかりに並ぶ扉。大きさも形も色も何もかも同じであってそれぞれの扉に違いはない。唯一の違いがあるとすると扉に刻まれている番号が違って一番左は『1』、一番右には『9』と刻まれている。
要は『1』から『9』までの間のどの扉が正解かを当てろってことだと思われる。
「手当たり次第に……っていきたいところだけど、それじゃ意味ないし少し考えるとするか。部屋に何か手があるだし、手分けして探してみるか」
「そうだね。ノーヒントってことは無いはずだから、何かしら手掛かりはありそうだけど」
こういう時は大体部屋に手掛かりがあることが多い。流石に家族連れも来るテーマパークでノーヒントってことはないはずだ。部屋の何処かに正解へと導く手掛かりが残されているはず。
手分けをしながら部屋の探索に当たる。すると程なくしてナギが何かを見つけた。
「大和くん、部屋の中央に並んでいる担架に数字が刻まれているんだけど見てもらって良い? ちょっと私が見る限りだと規則性は無いように見えるんだけど……」
「担架に数字? どれどれ……あ、ホントだな。なんだろうこれ」
大きな部屋の中央に並んでいる救急車用の担架。かなりの数が並んでいたため部屋に入った時からだいぶインパクトはあったが、その一つ一つに番号が振られている。
ここに来るまでにも担架はあったが、廃墟の病院がモチーフになっているため、状態としては非常に悪い状態で置かれていたのに、この部屋に置いてある担架はどれも規則的にかつ丁寧に並べられていた。
並んでいる担架の数は合計で十三台。そこ刻まれている数字は全て漢数字であり、こちらも特に規則性を感じさせるものではない。扉に記載されているのは算用数字、担架に記載されているのは漢数字でこの違いがよく分からない。
特に意図しないのであれば数字を統一すればいいのに。
……もしかしてあえて統一していない?
「ナギ、ちょっと担架の左端から書かれている数字を確認していって貰っても良いか? 俺は右端から確認して行ってみるから」
「うん、分かった」
書かれている数字に何か意味があるのかもしれない。改めて書かれている数字を確認していく。数が多いとは言っても二人がかりで確認すればそう時間がかかるものではない。
端から順々に並んでいる数字を確認していき、やがてバッタリと鉢合わせる。お互いちょうど半分くらいの数値は確認出来たから数字の並びについて整理していこう。
「私の方は左から『一、一、一、ニ、三、四、五』って並んでいたよ。『一』が三つあるのは気になるけど、それ以外はちゃんと左から昇順で並んでいるみたい」
「なるほど、俺の方は右から『九、九、九、八、七、五』の並びだから『九』が三つで『六』がない。その代わり『五』が一つある。ナギの方から続けると確かに昇順では並んでいるっぽいけど、規則性って観点で言うと左端と右端にある数字がそれぞれ三つずつあるくらいか……うーん、これだけだと何のことかさっぱり分からん」
おそらく扉の数字と担架の数字には何かしらの関連があって、正しい番号の扉を選ぶと先に進むことが出来るというのは間違いないようだが、現段階では正解を手繰り寄せるまでには至らない。
ただこの数字の並び……なんかで見たような気がする。
「どちらにしてももう少し周囲を調べてみるか、情報がまだ足りない気がする」
「そうだね。でも何か漢数字の羅列ばっかり見せられて変な感じがするかも。何か中国に旅行に来たみたい。ほら、普段漢数字の羅列ってあまり見ないでしょ?」
「間違いない。漢字の羅列を見ると本当に中国に来たような……中国?」
「どうしたの大和くん?」
ナギの何気なく発した一言に引っかかりこれまで入手した情報を整理する。日本語にも多くの漢字が使われているが、中国なんかは文章の全てが漢字になる。
その上で十三台並んだ担架に書かれている漢数字、担架の形は長方形、長方形に数字が刻み込まれているもの。十三台の担架を用意したのは何か意味合いがあるのか、頻度は決して高くは無いが日常生活で似たような並びを確実に見たことがある。
頭をフル回転させて何処で見たのかを思い出そうとする。数十秒ほど考えているとぼんやりとしか浮かんでいなかったイメージが徐々に具現化して一つの形となる。
漢数字が刻まれた長方形の箱、その名前を。
「……麻雀牌?」
そっと呟いた。
そうだ、間違いない。並んでいる担架を麻雀牌として見立てると全て辻褄が合う。
「ま、麻雀牌?」
ナギが首を傾げながら聞いてきた。
そりゃそうだ、二人揃って高校生になったばかり。本来は大学生、社会人になってから覚えるようなものであって、やったことが無ければルールすら分からない。ナギが首を傾げるのは至極普通の反応になる。
俺自身も実際にやったことは無いが、テレビで放映される大会を見たことがあって多少の知見は持っていた。細かい役やルールまでは理解してないがどうすればアガることが出来るのかといった、基本中の基本に関しては何となく分かる。
「そう、麻雀牌。麻雀自体は俺自身もあまり詳しく無いけど、手牌を切りながら役を作ったら条件を揃えてアガる。確かそんなルールだったと思う」
「そ、そうなんだ。じゃあこの担架はその麻雀牌をイメージしているってことになるのかな?」
「おそらくは。数は十三台あるから自分の手牌として抱えられる限界数……後は並んでいる漢数字を見ていくと」
"一、一、一、ニ、三、四、五、五、七、八、九、九、九"
「後一手揃えば
「じゃあアガるための数字って言うのが扉にリンクしている数字ってことだね!」
「そういうこと。よってこの状況でアガれる配牌は……」
並んでいる数字から必要な数値を洗い出していく。
俺の推察が正しければアガリ牌の数字が正しい道へと続くはず。
このケースでアガれる配牌、それは。
「……」
「大和くん、どうしたの?」
「違う、これじゃない」
「え?」
「これだと複数の配牌でアガることが出来るんだ。思いつく限りで言うと『五』、『六』、『九』。コレだと三つの扉と該当することになって一意にはならない」
アガれる配牌が複数あることに気付いてしまう。
九つあるうちの三つまで絞ることが出来たと考えれば前進しているが、正解の扉には辿り着いていない。それに一意ではなくなってしまった以上、俺自身の考え方が合っているかどうかの保証も無くなった。
やはりまだ情報が足りないのだろうか、再び考えようとした時に何かが起動する音が部屋に鳴り響く。
「きゃっ、急にテレビが……」
「テレビ?」
ナギのすぐそばにあるテレビの電源が勝手に入ったようだ。急な起動に驚くナギだが、やがてその画面をじっと覗き込む。
「う、うん。私の隣にあるテレビが急に立ち上がって……あれ、何か映ってるよ」
「映ってる? ちょっと俺にも見せてもらっていいか?」
「うん。ほらここ……」
ナギが指差す先には文字が浮かび上がっていた。
どうやって電源が入ったのかはさておき、この文字が何を意味するのか。とはいえ偶然テレビの電源が入るとは思えないし、意味があってこの文字が浮かび上がって来たのは間違いない。
「0.0005%を選び出せ……?」
テレビの映像には『0.0005%を選び出せ』と表示されていた。
言っている意味が分からない、ここに来てそんな僅かな確率の何かを選び抜けと言うことなのだろうか。
この部屋は大きめの部屋とは言っても、九つの扉と部屋中央に並んでいる担架以外は特に目ぼしいものは置かれていない。
つまりこの意味も扉や担架に関連する数字だと思っているが、今のところ何がどう関連しているのかの検討がつかない。
困ったな……俺の元々の推察が当たっていて特定の条件を見落としているのであればまだいいけど、もし見当違いの推察をしているとしたらまた一から考え直さなければならない。
「あっ、何か画面切り替わったよ……えっ! こ、コレって……」
「ん? ……おいおいまじかよ。強制リタイア?」
先ほどまで映し出されていた画面が切り替わり、今度は全く別のメッセージが映し出される。
内容は制限時間内にこの部屋を脱出できなければ強制的にリタイアとなる、というもの。
制限時間は五分、それまでにこの部屋を脱出出来なければ不正解の扉や通ってきた背後の通路から生ける屍たちが押し寄せてゲームオーバーになるらしい。
加えて今回の謎の解明でも間違った扉を選んでしまった場合は一発ゲームオーバーで強制リタイアとなるようだ。
……うん、どんな理不尽だ。
そうこうしている内にもテレビのカウントは刻々と減り始める。五分という僅かな制限時間の中、九つの扉から正解を導き出さなければならないということになる。
五分が長いと感じるか短いと感じるかはプレーヤー次第、すぐに分かる人はすぐ分かってこの部屋から脱出することが出来るんだろうけど、残念ながら俺ではまだ正解まで導けていない。
「ど、どうしよう。折角ここまで来たのに……! と、とにかく謎を解かなきゃっ」
怖がりながらもここまで来たのにという気持ちが強いのはよく分かる。それも数分ならまだしもいつ驚かされるか分からない恐怖と戦いながら数十分歩き続けているわけだ。
ナギの本心としては何もしてもクリアしたいところだろう。再び担架に近寄って手掛かりは無いかと探し始めた。
……何だろう、まだ肝心なことを忘れているような気がする。俺の考え方では上がり手が複数あるのは事実、九つの選択肢から三つまで絞り込むことは出来たが、それでは正解には行き着けない。
まだ俺が試していない絞り方があるはずだ。
テレビに映った『0.0005%を選び出せ』というメッセージを絡めてもう一度考え直してみる。アガリ方は複数あったとしてもメッセージに関連するアガリ方があるかもしれない。
所々曖昧だが大前提の麻雀ルールは特定の形を作ること、これは変わらない。
その上で如何に他の人間よりも持ち点を増やすことが出来るかが重要になって来る。つまりアガったとしても点数が低ければ周りに差をつける事が出来ない。
差をつけるためには点数を上げる。そう、確か役を増やす必要があった。
「……役?」
俺の頭の中にふと過去見た映像が蘇ってくる。
麻雀の役の中でも高得点が与えられる役があったはずだ。担架に刻みつけられている数字を麻雀牌に見立てて想定される役を考える。
この配牌で揃えられる一番高い役……あった。
コレだとすれば合点がいく。細かい確率までは調べたこともないが、この手であれば一意になる。これまで残っていた選択肢を一つに絞り込むことが出来る。
このまま考えていたところで結局同じループを繰り返すだけだし、導き出した扉の先に進むとしよう。
「ナギ、多分分かった。行こう」
「え、えっ? わ、分かったの?」
直ぐに回答まで導き出したつもりでいたけど、テレビに映る残りのタイマーは一分を切っていた。というか五分ってやっぱり短すぎだろ、これだけ考える暇が無いとなると脱落者が続出しそうなアトラクションだ。
ナギの手を掴み、二人揃って扉の前に立つ。
「あぁ、『6』の扉に入るぞ」
「わ、分かった。もう時間もないもんね。大和くんが導き出した答えだし絶対に合ってるよ」
「ははっ、だといいけど」
ニコリと笑うナギの言葉に笑って返す。
とはいえ俺の中ではもう『6』の扉に入る、という結論以外を導き出すことは出来なかった。制限時間も一分を切っているとう状況を考えても、深く考えたところで出せる結論は同じだ。
なら潔く行き着いた答えの扉に入った方が良い。何故『6』の扉を選んだかの理由についてだが……いや。これを今話しても仕方なさそうだ。
「もし間違ったらごめん。後で盛大にからかってくれて良いから」
「いいの? ……なーんて、からかわないよ♪ 大和くんが導き出してくれた答えだもん、私はそれを信じます」
「そうか。分かった」
間違えたら盛大に笑い飛ばしてくれくらいに考えていたけど、そんなことをしないのがやっぱりナギらしかった。
「よし! じゃあ開けるぞ?」
「うん!」
九つの扉の内『6』と書かれた扉のドアノブに手を掛ける。ドアノブをガチャリと右へと回し、ゆっくりと扉を押しながら開いて行く。
開いた先に続いているのは少し長めな廊下だった。廊下の先には長方形の白い光が煌々と照らしている。これが出口の光なのかそうでないのかは分からないが先に進まない理由も見当たらない。
ナギの手を引きながら小走りで廊下を駆けていく。徐々に長方形の白い光は大きくなり、俺たちの身体を包み込んで行く。
そしてその白い光が完全に俺たちの身体を飲み込んだ時。
「はい! お疲れ様でしたー!!」
出口に立つ、スタッフの声が聞こえてくる。
「「脱出成功!!」」
手を握りしめたまま二人揃って全く同じことを口に出しながら、建物の外へと脱出するのだった。
「霧夜、大和……」
漆黒に染まった監獄の中で大和の名前を呟く男。目には一切の光が灯っておらず、無機質な眼差しで虚空を見上げる。
かつてのことを思い出す。
自分は大和に無様に負けた。その代償として両腕だけでなく自分の最も大切なものまでをも失った。
全ての原因は……あの男、霧夜大和。
アイツに負けなければ両腕を失うことはなかった。
アイツが居なければ大切なものも失うことはなかった。
アイツと出会わなければ今までの自分でいれたのに。
アイツとの出会いが自分や周囲を無茶苦茶にした。
自身の両腕はもう無い。残されているのは両足だけ。
もう自分の手元にISは無い。
仮にISを与えられたところで両腕がない以上まともに動かすことすら出来ないだろう。
だが、残った両足だけは自由に動かすことが出来る。
まだ自分にはチャンスがある、自分にとって最も憎むべき存在を消すチャンスが。
「必ず殺す……絶対に殺す、この俺が……」
その目には明確なまでの殺意が宿っていた。ISなんて必要ない、命さえ奪えればそれ以上のことはどうでもいい。周りがどうなろうが傷付こうが死のうが生きようが全てどうでもよかった。
立ち上がると監獄の中から抜け出す。
ユラユラと小刻みに身体を震わせながら歩き始めると、その姿は再び闇の中へと消えるのだった。
「待っていろ。必ず俺がお前をあの世に送ってやる……刺し違えてでもな……」