―――当日を迎えたキャノンボール・ファスト。
純粋にISの速さだけを決める高速機動レース、具体的な例を挙げるとしたら一般の人々が見るであろうレーシングゲームやスピードレースをイメージすると分かりやすいだろう。
が、一般のスピードレースはあくまで速さ、スピードを出すためのいかに自身のテクニックを活かすかを競い合うものであるのに対して本大会はISを用いて進行相手の妨害ありの大会だった。
一般のレース……どれに対しても言えることだが、妨害をすることで人命に関わる可能性だって考えられる。絶対防御やシールドエネルギー、生態維持機能が搭載されているISだから行える情け無用のガチンコ勝負。
その迫力は見る者全てを圧倒する。
速度やパワー、どれをとっても一般の乗り物や兵器では及ばないそれを眼前に拝むことが出来た。
貴重なIS同士のバトルを生身で見ることができる機会など早々に無い。モンド・グロッソなどの世界大会に関しては国際イベントとしてリアルタイムでのテレビ放映が行われるが、実際に現地での観戦となると観戦チケットを取得するために凄まじい倍率を掻い潜らなければならない。
現在IS関連の世界大会を現地で観戦する方法は、正攻法でチケットを入手するか大会に参加する人間から観戦チケットを貰うか。ただし各国の官僚やIS研究開発法人に属しているのならその例外ではない。
もし先着順でチケットを販売するとしたら十秒と掛からずにチケットは完売することだろう。購入用サイトにアクセスしようとした多くの人間はサイトそのものにアクセスすることすら出来ず、下手をしたらアクセス不可が原因でサーバーが落ちる可能性もある。
先着順にしてしまうとそのような広範囲での影響が大きいため完全に抽選にしているわけだがその倍率たるや。今世界中で行われているイベントの中でも最も活発なイベントとも呼べるISの世界大会のチケットともなれば、誰もが欲しがるチケットになる。
大半は抽選から弾き出される訳だが、ネットオークションに転売目的でかなりの高額な金額で出品されることもあり、こちらのチケットも出品したらあっという間に無くなるらしい。
ある意味世も末と言えよう。
キャノンボール・ファストはクラス代表戦やタッグマッチトーナメントなどの学園内のみで行われるイベントとは違い、一般公開される貴重なイベントの一つになるため学園外のアリーナにて行われる。
ISの大会を見れるという目的はもちろんのこと、IS学園内は基本関係者以外は立ち入ることができなくなっているため、関わりを持っていない人間たちがIS学園にいる美少女たちをお目にかかろうとしてチケットを買う人間もいるそうだ。容姿も入学の要素に入っているんじゃないかと思うほどに、IS学園の生徒たちの容姿レベルは高いものがある。
ちょっと値段の高いファッションショーを見るためと考えればチケット代も決して高いとは思わないのかもしれない。チケットをどう使うかはその人次第になる。
「おー、よく晴れたなぁ」
アリーナを訪れている一夏は秋晴れの空を見上げながら右手を空に突き出して日差しを遮る。天候は快晴、雲一つなき空は雨が降る雰囲気を微塵も感じさせることは無かった。
キャノンボール・ファスト当日、噂には聞いていたが競技場から実際にアリーナ見ると圧倒される。視線の先には溢れかえった人集り、客席は全て埋まっている状態でゲストたちの視線はアリーナのトラックへと向けられていた。
上空にはいくつもの花火がポンポンと打ち上がり、周囲はお祭り一色。ISを用いたイベントにこれほどの人が押しかけるとは思っていなかったに違いない。
「さて、俺たちはもうちょっと後か……とはいえそろそろ準備を進めないとなぁ」
今日のスケジュールは最初に二年生のレースがあり、その後に一年生の専用機持ち、それから一年生の訓練機組のレース、最後に三年生によるエキシビション・レースが行われる運びとなる。
本来、キャノンボール・ファストは整備科が登場する二年生からのイベントになるのだが、一年生の専用機持ちが溢れんばかりに多いことから今大会に限り一年生の枠を設けたという背景があった。
訓練機組もその影響でということになるのだが、こちらは全員参加ではなく選抜されたメンバーのみが参加する形になる。先日の実習にてメンバーの選抜は既に行っており、参加しない生徒は一般席での見学、もしくは参加者のフォローという形で各々バラけている。
今後の進路として整備科としての道を考えている生徒たちは率先してフォローに回っているが、全員が全員そういう訳では無い。中には純粋にIS大会を間近で見たいということで客席にいる生徒もいる。そこは人それぞれの考え方であって強制力があるわけではない、各自したい様にすれば良い部分だった。
今はちょうど二年生の部が行われている最中であり、自分たちの出番はもう少し後になる。とはいえそろそろ準備を始めた方が良いだろうしそろそろピットに戻ろうかも踵を返そうとした時だった。
「一夏、こんなところにいたのか。そろそろ出番が近付いてるしピットに戻ろう」
「おう、箒。それもそうだな。いや、すげー客入りだなって思って見てたんだ」
「あぁ、例によってIS産業関係者や各政府関係者も来ているようだしな。それにそれを守るための警備の人間だけでも相当な人数になる」
各国のお偉い様が来ているとなると、それ相応の人数のボディガードや警備の人間があちらこちらに入り乱れている。
実際に客席の通路にかなりの多くのスーツ姿の屈強な男たちが目を光らせているのもあり、警護の体制はかなりガチガチに固められていた。
(そういえば……蘭は無事に来れたのかな。まぁチケットに客席は書いてあるしそこまで気にする必要もないか。流石に迷子になるとは考えづらいし)
一夏に蘭と呼ばれる人物は、彼の中学時代の同級生である五反田弾の妹になる。先日、シャルロットと街へ繰り出した一夏はそこで蘭と出会い、キャノンボール・ファスの招待チケットを渡していたのだ。
一般では絶対に手に入らないであろう特等席のチケットになる。
渡した時に凄く喜んでいたことからきっと観に来てくれると思いながら、ISのズーム機能で確認しようとするが既のところで確認をやめた。
流石にそこまで過保護になる必要もないだろうし、客席には案内係も居るわけだから聞けば決して迷うことはない。
「一夏?」
「あぁ、悪い。今戻るよ。そろそろ準備はしておこうと思ってたからな」
すでにISスーツへと着替えた箒に釣られるまま後をついていく。時間があるとはいっても悠長にのんびりと寛いでいる時間があるわけではない。
本番直前になってバタバタとするくらいならある程度時間に余裕を持たせて準備をしておいた方がいい。それに万が一集合時間に間に合わないものなら大目玉を食らうのは間違いない。
遅刻というくだらないことで出席簿アタックを食らうことだけは避けたいところだ。
「箒、もう皆は集まっているのか?」
「あらかたな。そもそも大半の専用機持ちは一組に集まっていて、残りは二組の鈴だけだ。四組にも一人いるが今回の大会は不参加のようだし実質一年生の専用機持ちは身内しかいない」
一組に専用機持ちが六人いるのも変な話だがと箒は苦笑いを浮かべる。確かに全学年を見てもここまで専用機持ちが固まっていることも珍しい。
故に一年生の枠が設けられたっていう背景もある。
「あらかた……ってことは俺が行けば全員揃うってことか?」
「いや、違う。実は大和がまだ来ていないんだ」
「大和が? 珍しいこともあるんだな」
箒があらかたという言い回しをしたため、てっきり自分が合流すれば全員揃う……というわけでも無かった。
他のメンバーについては既に全員揃い各々自分の機体の整備に勤しんでいる中、たった一人大和だけは姿が見えない状態だった。彼の性格上、時間ギリギリに飛び込んで来るようなことはあまり無いし、何事にもある程度の余裕を持って取り組むような性格だ。
その大和が来ていないというのは箒や一夏にとっても意外だったらしい。
「こういうこともあるんだろう。大和だって人の子だ、偶にはゆっくりとマイペースに動きたい時だってあるに違いない」
「それもそうか。大和に限って遅刻するなんてのは考えづらいし待っていればひょっこりと現れるだろ。気長にってわけじゃないけど、待つとしようぜ」
大和のイメージとは少し違うがそういう一面だってあっても良い。大和はクラスの中で優等生キャラの位置付けで通っている。
IS関連の実技はもちろんのことそれ以外の一般授業の成績も良くてクラスどころか学年の中でも数えられるくらいの順位に位置付けている。通信簿を十段階で付けるとするなら大半の教科は『九』か『十』が付くほどだ。
個性の強いクラスの中では比較的良識のある人間だし、授業態度も至って真面目で授業や登校で遅刻をすることなんかは一度たりとも無かった。
そんな人間が国際大会に遅刻をするとは到底考えられない、きっと何か用事があって到着が遅れているのだろう。
そうこうしている内にピットに辿り着く。既に大和を除いた専用機持ちたちは集まっており、各自各々の機体の最終確認に入っていた。
一夏の登場に一番近くにいたセシリアが気付き、作業の手を止めて歩み寄ってくる。
「一夏さん、随分とゆっくりの到着ですわね。機体の最終確認はしなくてもいいんですの?」
「よっ、セシリア。前日にある程度問題ないかの確認はしたからな。それに皆と違ってこの白式にはパッケージも追加出来ないし、そんなに確認することが無いというか」
「そうでしたわね。ふふっ、本番は一夏さんとは言え容赦はしませんわよ?」
「あぁ、望むところだ」
ここ最近模擬戦で芳しい成果を上がられていないセシリアにとって、今回の大会に掛ける思いは大きいものがある。
日々の修練も去ることながら代表候補生として結果を残すこと。セシリアにとって求められる一つの結論でもあった。
セシリアはすうっと目を閉じると同時にイヤリングが発光し、一瞬にして全身を機体が包み込む。通常のブルー・ティアーズに追加搭載された高速機動パッケージ、『ストライク・ガンナー』も展開されていた。
と同時にアリーナ側から盛大な歓声がピットの仲間で響き渡る。時間帯的に今は二年生のレースが行われている最中であり、抜きつ抜かれつつのデットヒートに次ぐデットヒートを何度も繰り返しており、最後の最後まで勝者の行方が分からない大混戦となっていた。
室内に展開されているモニターの映像を見ながらレースの様子を見る一同。そこで繰り広げられているのはただのレースではない、IS機体を存分に活かした妨害ありの泥臭い戦い。
機体同士がぶつかり合ってこすれあった部分からは火花が散る様子が映像で映し出される。それが如何に激しいぶつかり合いかを物語っていた。トラックを走る数機の機体が近距離の団子状態でぶつかり合う様子は圧倒的な迫力がある。
一般的なレースとはかけ離れた非現実的な様子に心は自然と高ぶっていた。と、レースに参加するメンバーを見て一夏は気付いたようで、ISを展開したセシリアに声を掛ける。
「あれ? この二年生のサラ・ウェルキンってイギリスの代表候補生なのか」
「えぇ、そうですわ。専用機はありませんけど、非常に優秀な方ですわ。タイミングが違えば専用機が与えられるのは私ではなかったかもしれません。なにせ私も操縦技術をならいましたもの、尊敬できる先輩ですわ」
「そうなのか、セシリアが絶賛する人ってことは凄い人なんだろうなぁ」
それに専用機が無かったとしても十分すぎるくらいの実力を持ち合わせている、とセシリアは付け加えま。セシリアに操縦を教えられる人、なんて人数は限られてくる。
タイミングさえ合えば専用機が与えられたのは私ではなかったかもしれないと言うあたり、相当の実力の高さを伺うことが出来た。
「一夏、訓練機でもあれだけのことが出来るんだ。戦いは武器で決まるものではないということを証明してやるさ」
と、一夏の隣にいる箒が紅椿を展開しながらかっこいいセリフを呟く。実際にモニターに映し出されているレースは訓練機でのレースであり、訓練機だったとしてもあれだけの起動と戦いが出来るのだ。
専用機やパッケージというものはあくまで飾りであって各々の技能、戦術、駆け引き全てを活用して戦うことで誰でも活路を見出だせると言って見せる。
「かつての千冬さんもそうだっただろう?」
「あぁ! そうだな!」
一番のモデルが身近にいる。
織斑千冬だ。
当時、千冬が乗りこなしていたのは近接武器「雪片」のみを備えた第一世代型ISの『暮桜』であり、単一仕様能力の『零落白夜』を使って数々の相手を薙ぎ倒してきた。
当たれば終わりの『零落白夜』があるとしても乱発できるようなものでもなく、シールドエネルギーを引き換えに発動する当該能力はここぞの切り札として使われている。
つまりそれ以外の戦いは雪片のみ。刀一本であらゆる攻撃を無効化して勝ち上がるスタイルで世界一の座を取った。
箒の紅椿にも『絢爛舞踏』というチート地味た能力が搭載されているが、発動に条件があり現段階ではおいそれと発動出来るものでもない。
武装として備わっているのは雨月と空裂は近・中距離の戦いには適しているため、混戦状態には役立つかもしれないが使える武器はそれくらいで、武器に恵まれているかと言われたらそれもまた違っている。
理想の動きが千冬になるのは誰もが思う部分だろう。
「それにしても普段見慣れない装備が多い。鈴のパッケージはかなりゴツいし」
「ふふん。良いでしょ? コイツの最高速度はセシリアにも引けを取らないわよ」
増設スラスターを四基積んでいる状態の高速起動パッケージ『
見るからにパワー系と悟れるフォルムで、このフォルムで最高速度で突っ込まれたらひとたまりもないだろう。それに加えて本来は正面を向いている衝撃砲も向きが調整されて真横を向いている。
これは横に並んだ相手を妨害するための措置だろう。レースにおいて機体を相手の正面に向けるリスクを考えると、砲身そのものを真横に向けてしまった方が実戦的だ。
ある意味キャンノンボール・ファスト仕様という観点だけを見れば一番適したフォルムになるのかもしれない。セシリアのパッケージも強襲離脱用の付け焼き刃のようなものであり、ある意味間に合わせという形で用意したものに過ぎない。
そういう観点で言うと最も今回の大会に相応しいフォルムとしてカスタマイズされているのは、鈴の甲龍と言っても過言ではない。
「ふん、戦いとは慣れだ。その場の雰囲気を支配した者が勝つ。装備だけで一概に優劣は決めれん」
と、ラウラも話に割り込んできた
背中には三基の増設スラスターを装備している。
スラスターそのものはシュヴァルツェア・レーゲンの専用装備ではないものの、性能だけで見れば十分すぎる程のスペックなようでレースそのものには自信をのぞかせていた。
「慣れか……そうは言っても実戦の場が早々にあるわけじゃないし、こればかりはやっていくしか無さそうだ」
「まぁ、そうだな。経験は積み重ねていく必要がある。そういう意味ではこのキャノンボール・ファストは観客にも見られるわけだしいい経験になるだろう」
ラウラの言うこともごもっともであり、もちろん良い戦績を上げられるならそれに越したことはないが、学園の生徒として大会を経てスキルアップをして欲しいという思いもある。
一年生はまだまだ実戦経験が浅い生徒たちも多い。
それ故に全世界で放映するキャノンボール・ファストは誰かに見られるという意味で緊張感ある大舞台を味わえるという意味でも、大会に競技者として出られる生徒は貴重な経験を積むことが出来る。
「確かに経験を積むって中々出来ることじゃないし、説明するにも難しいよね。でもこの大会は色んな意味で一夏や皆のステップアップにもなると思うよ」
「そうだな。俺はチャレンジャーのつもりで全力で皆にぶつからせてもらうぜ!」
「ふふっ。みんな、全力で戦おうね」
最後にシャルロットが笑顔で締める。
そのシャルロットが纏うラファールにも両肩と背中にそれぞれ一基ずつ、合計三基のスラスターが増設されていた。
全力で戦うし負けるつもりもないと強い覚悟がシャルロットからも感じることが出来る。
二年生のレースが終わった。次はいよいよ一年生の専用機持ちたちによるレースの部へと移行する。既に大方の参加者は準備を終えて後はトラックのスターターに移動するだけとなったが、一人まだ到着していない生徒がいた。
「……なぁ、やっぱり変じゃないか? こんな時間まで大和が来ないだなんて。もういつ呼ばれてもおかしくないぞ?」
と、開口早々に疑問をぶつける一夏。
いくら何でもこんなギリギリになっても来ないのはおかしいと周囲にいる参加者に尋ねる。すると薄々周囲も異変には気付いていたようで、まず口を開いたのはラウラだった。
「私もおかしいと思う。ただ、朝ご飯を食べようと思って部屋に迎えに行ったのだが部屋にも居なかった。てっきり大会当日だから準備のために早起きしてどこかに行ったのではないかと思っていた」
「え……そうなのか?」
「あぁ。それに私が最後にお兄ちゃんをみたのは金曜日だ。昨日は一日お姉ちゃんと出掛けていたから、丸一日お兄ちゃんを見ていない」
「お姉ちゃん……ってことは鏡さん?」
「そうだ。そしてそのお姉ちゃんも朝から見ていない」
「なっ……!?」
ラウラの口から発せられる言葉に場にいる全員が言葉を失う。
昨日は土曜日でIS学園そのものは休みになる。その上で大和とナギは二人で外出した。外出しているのだからその間は二人についてでもいかない限り、二人の姿は見ることは出来ない。
だが土曜日に出かけた事実がある以上、次の日に二人揃って姿が見えないということになると出掛けた日に何かがあったのではと勘ぐることも出来る。
「ねえラウラ、大和とナギが土曜日に出掛けたっていう話は確かなのよね? 出掛けるって言ってたけど実は出掛けてなかったってオチはない?」
ラウラの話を聞き、鈴が率直に思っている疑問を投げ掛ける。本当に大和とナギが土曜日に二人で出掛けたのかと。
当初は出かける予定だったが直前で無くなった可能性は無いかと確認をしていく。
「当日の行動まで確認はしていないが二人が外出したのは間違いないと思っている。直前になって急に予定を変えるなんて二人の性格上しないだろう」
「あの二人なら自分たちが立てた予定なら急にキャンセルするなんてことは無さそうだけど……となると二人は何処に行ったのよ。昨日から今日にかけてこの近辺で何かあったなんて報告、入ってないわよね?」
「私は特には」
「私も聞いてませんわね。今週は至って静かな一週間だったと思ってますが」
「僕も特には……あっ!」
箒、セシリアと特に何かあった報告は聞いていないと続く中でシャルロットが何か気付いたように声を上げた。
「何よシャルロット、あんた何か知ってるの?」
「あ、ううん。これ二人が関係しているか分からないんだけど……朝、楯無さんに会ったんだ。その時妙にバタバタしてるというか、凄く忙しなくて。何かありました? って聞いたんだけど特に何も無いの一点張りだったからそこまで気にすることじゃないのかもしれないんだけど」
ある意味なんてこと無い日常の一コマ。
人間なのだから忙しかったり慌てたりすることくらいあるだろう。
だが彼女たちのイメージする楯無のイメージ像とシャルロットが報告してきた楯無の状況に若干の乖離があることに気付く。
「関係ない……かもしれないけど、でもあの楯無さんが慌てるなんて姿見たことある? 少なくともあたしは見たこと無いわ。他の生徒たちには飄々として余裕たっぷりで接してくるのに。シャルロットが見た楯無さんは慌ててたってことは、もしかして私たちに通達が来てないだけで何かあった可能性もあるんじゃない?」
「ふむ……特定出来る証拠が少ないが可能性がないとも言えんな。とはいえ万が一があるとすると二人の身が心配だ」
鈴と箒が自身の考察を伝える。
あくまで万が一の想定だが、もし杞憂が当たってしまっていたとするとかなりの大問題に発展していることも考えられる。
ただこの現状で二人を探しに行くことは無理に等しい。これからレースだと言うのに、何が起きたかも分からない状態での探索を到底許してくれるとは思えなかった。
となると今手っ取り早く確認できる手段があるとすれば……。
「……仕方ない。かなりグレーゾーンにはなるが
プライベート・チャネルだ。
大和は専用機を持っているため、身に付けているなら通信を取ることができる。
ラウラが大和と通信を取ろうとした瞬間。
「き、急にごめんなさい! や、大和くんここに来てますか!!?」
ピットに一人の生徒が駆け込んで来た。
全員の視線がピットの入口に集中すると、その生徒の姿を見てハッとした表情を浮かべてラウラは一目散に駆け寄る。
「お姉ちゃん!」
駆け込んで来た生徒は他でもない渦中の人物の一人である鏡ナギだった。よほど急いで走ってきたのだろう、ハァハァと荒くなる呼吸を整えている。
ラウラはナギの元に駆け寄るとその身に何も無いかを確認していく。いつも通りIS学園の制服を纏っていることから昨日は無事に寮には戻っていることが見て取れる。制服から覗く四肢にも傷はなく、どこか痛がる素振りを見せることもないため、目視する範囲では怪我をしている様子は無かった。
「無事で良かった! 何処にも怪我はしてないのだな?」
「えっ……あっ、う、うん。私は特に怪我はしてないよ」
怪我はしてないという発言でラウラはホッと胸を撫で下ろす。どうやら二人揃って何かあったという最悪の状況にだけはならなかったらしい。
無事で良かったと安堵するラウラの横に鈴が近付いていく。
「ねぇナギ、今の口ぶりだと大和を探しているように聞こえるんだけど……ラウラから昨日は大和と一緒に出掛けたって聞いたんだけど、その後何もなかった?」
「……」
鈴からの質問に対して答えづらそうにナギは視線を背けると沈黙を紡ぐ。答えづらいってことは自分は大丈夫でも大和に何かあったという風にも捉えることが出来た。
そんな様子に再びラウラがフォローを入れる。
「鈴、その聞き方ではお姉ちゃんが答えづらいだろう」
「あーゴメン、ちょっと突っ込み過ぎたわね。えっと……まず大和はここに来てないわ。あたしたちも探そうと思ってたんだけど、ナギも大和を探しているってことで良い?」
「う、うん。朝起きて大和くんと朝ご飯を食べようと思って部屋に行ったんだけど……部屋の鍵は空いているし中に大和くんの姿がなくて。ただ制服だけは持ち出された形跡があったから多分会場に先に行ったのかと思ったんだけど……」
控室やここにも何処にもいなくて、と続ける。
制服が持ち出されていることから土曜日の夜の段階で大和が部屋に戻ってきていることは分かった。ただ大事な国際行事当日だというのに、集合時間を守らず一体何処で何をしていると言うのか。
『皆さーん! そろそろ一年生の専用機持ちのレース時間になるのでスタート位置に集まってくださーい!』
ピット内のスピーカーから真耶の間延びした声のアナウンスが入る。アナウンスが入ったということはいよいよスタートの時間が間際まで迫っているということになる。
このままピットに留まることは出来ない。アナウンスの感じから察するに真耶は大和がいないことを察していない。スタート位置に着いた段階で異変に気付くとそれはそれで大きな混乱を与えてしまうことになる。
「仕方ない、ダメ元で開始時間を入れ替えられないか相談「―――いや、その必要はない」……大和!!?」
出来るか分からないがレースの時間を別のレースと入れ替えることは出来ないか交渉してみようと言う一夏を遮るように、全員の背後から聞き覚えのある声が響き渡る。
ナギも驚きの表情を浮かべながら背後を見ると、そこにはISスーツを纏った大和の姿がそこにはあった。
「悪いな皆、心配掛けた。俺なら大丈夫だ」
「心配掛けたって……お前そりゃ心配するだろ! このタイミングで一体何処に行ってたんだよ?」
一体何処に行っていたんだと強い口調で大和に問い掛ける一夏。理由もなく大和が遅刻するなんて考えられないため、その理由を聞こうとする。
「……大和くん」
「大丈夫、ありがとう」
ナギは両手をきゅっと握り締めながら心配そうな眼差しで大和の身を案じる。彼女に少しでも心配をかけまいと優しい口調で感謝の言葉を掛けた。
「何、ちょっとゴミ掃除をしていただけだ」
「は、はぁ? ゴミ掃除?」
このタイミングでゴミ掃除をするやつがいるかと一夏は内心突っ込みそうになる。というより一夏が突っ込まなくても場にいる全員がそんなわけあるかと突っ込むだろう。
「お兄ちゃん、流石にそれは理由としては無理があると思うぞ……」
「ゴミ掃除ってあんた何処を掃除してたのよ? しかもこんなレース前に。理由としてはちょっと納得出来るものじゃないわよ」
「うん……ちょっと言い訳にしては苦しい気がする」
「お前がそんな理由で遅れるわけ無かろう。他に何か理由があったのではないか?」
「大和さん、一体何があったのです?」
案の定、一夏以外の五人が大和の述べる理由に納得が行かずに口々に意見をぶつけてきた。
このタイミングでゴミ掃除をしていた、は言い訳にしては苦しすぎるものがある。やっていれば褒められることではあるものの優先順位が違う。
大和はそんな一同の様子にやっぱりかと言わんばかりに一つため息を吐くと再び言葉を続ける。
「悪いが今は細かい話している時間はない。だが俺が遅れた理由についてはいずれお前たちには説明がある。何故なら
「……へ? そうなのか?」
「あぁ。もちろん説明は織斑先生がしてくれるらしい。それに説明をするのにも色々順序ってものがあってな、今回の事柄に俺が一番絡んでいたから大会前に急遽呼び出されただけに過ぎない。だから何も変な理由で遅刻をしたわけじゃないんだ」
「ち、千冬姉が?」
思った以上に時間が掛かってしまったことは想定だったと、大和は話を纏める。
大和の話を総括すると、本当に変な理由で遅刻をしてきたわけではないということ。それから大会前に急遽呼び出されたために現地への到着が遅れてしまったということ。
主にその二点を場にいる全員へと伝える。千冬の名前を出された以上、それ以上の詮索は出来なかった。遅かれ早かれ説明があるのだから、この場で説明を聞く理由もない。
何故なら既に自分たちのレースの開始時間がすぐそこまで迫っていたからだ。
目を閉じて展開をイメージすると大和の周りを光の粒子が纏い、あっという間に不死鳥の装甲が身体を覆う。
『みなさーん! どうしたんですかぁ? もうレースの時間ですよ! 早くスタート位置に集合してくださぁい!!』
中々ピットから出てこない専用機持ちたちに業を煮やして再びアナウンスが流れる。
そのアナウンスに釣られるように、各々は一斉にピットから飛び立っていく。
「……あんたがそこまで言うならそうなんでしょうね。全く、心配掛けないでよね。それに遅れるなら遅れるって言いなさいよ!」
「全くだ。集合時間になっても来なければこちらも心配するだろう!」
鈴と箒が口々に一言行ってピットから離脱する。
「大和さん、前も言いましたけどあまり無理せず。何かあったらすぐに連絡下さいな」
「本当だよ。大和が何も言わずに集合時間破るなんて考えられなかったから、僕本気で心配したんだから」
セシリアにシャルロットも同様に。
「むぅうう。お兄ちゃん! せめて遅れる時くらいは連絡して欲しいぞ!」
「とは言えこうして無事に来てくれたわけだし。ただ後でちゃんと理由を聞かせてもらうからな!」
ラウラと一夏が飛び立っていく。
それぞれに一言、二言大和に言いたいことを言ってスタート位置へと移動していった。
ピット内には大和とナギが残される。
「じゃあ、俺も行くから。ナギは観戦席で見ていてくれよ?」
「うん……でも本当に言わなくて良かったのかな。何か皆モヤモヤしているみたいだし、いくら織斑先生から説明があるからとは言っても大和くんがここまで遅れてくるなんて私も知らなかったから」
「……そうだな」
ナギの言葉を聞いて空を見上げる大和。
その心は何を思うのか、何とも言えない表情を浮かべながら空を見上げていた。
話しづらい理由なのか、それともまた別の理由になるのか。
「どちらにしても今は話すべきことじゃない。内容としてはあまりにもショッキング過ぎる内容だ。正直現実として受け入れられないかもしれない。ある程度コトが終わってしまった以上、大会そのものが終了した後に話した方が良いに決まっている」
「……」
「それよりもナギは大丈夫なのか?」
「うん、大和くんが巻き込まれた時は心臓止まるかと思ったけど、今はもう大丈夫。でも正直まだ信じられないよ。目の前であんなことになるなんて。実際の現場を私は直視したわけではないけどそれでも……」
途中まで話したところでナギもバツの悪そうに視線を外す。
あまり口に出して話せるような内容ではないのと、やはり本問題は二人が関連している問題であることが会話から推測出来た。
「信じられるわけないさ。
大和の口から溢れる衝撃の事実。ギリッと噛みしめるとナギに背を向けてピットの外へと出ようとする彼に、何かを祈るように視線を向ける。
大和はピットを旅立つ前にナギの方へと顔を向けると、ニコリと笑みを浮かべながら一言呟いた。
「……でも、ナギが無事で、怪我一つなくて良かった。行ってきます」
アリーナ会場を見つめると翼を羽ばたかせて飛び立っていくのだった。
この時、まだ誰も気付いていなかった。
―――