IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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傲慢、虚空に散る

 

 

―――…

 

 

「っ! ナギ! 俺から離れろっ!!!」

 

「キャッ!?」

 

 

男の口元にキラリと光る何かが見えると同時に、俺は反射的にナギを自分から遠ざけようと両手を広げて後退するように伝えた。

 

彼女を俺から少し遠ざけて、向かってくる相手を捉えると動きに合わせて右手を差し出した。

 

 

「はっ!」

 

 

伸ばした右手にズシンと掛かる突進力のの重み、押し切られないように両足に力を込め相手の勢いを封じ込めに掛かる。突撃してくる相手の頭を右手に力を込めて抑え込んではいるが相手の突進力も相当なもので、少しでも力を抜けば押し切られてしまう。

 

相手の口元にはキラリと光る大きなサバイバルナイフが咥えられている。普段から手入れされているかのように不自然なほどに磨かれた刀身。力の加え方に一切の容赦を感じられないことから本気で俺を殺そうとしてきているのが良く分かった。仕事柄恨みは買いやすいし、実際に俺のことを恨んでいる人間だっている。

 

命を狙われるのは慣れっこだ。

 

とはいってもまさか誰かと一緒にいるタイミングを狙われるのは想定外だった。メインターゲットは自分であるため、ナギのことまで狙っているのかは分からないが、少なくともこの現場は見られている。万が一俺が倒された場合は生かしておく理由もない、口封じのために殺される可能性は高かった。

 

そんなこと絶対させてなるものか。右手に更に力を込めて相手を力づくで押し込んで行く。

 

 

「随分と物騒じゃねぇか。こんな夜遅くにデート帰りのカップルを襲うなんてよ。常識の一つや二つ考え直したらどうだ?」

 

「……殺すっ!」

 

「ちいっ!! このっ……面倒だ!」

 

 

皮肉を伝えるも聞く耳を持たず、再度こちらに向かって押し切ろうと力を込めてくる。俺に対する殺意のみで動いているのだろう、力加減に一切の容赦は無かった。

 

このままやってても埒が明かない。頭を握った右手に力を込めながら、相手を横に向かって力任せに投げ飛ばした。

 

突進力も相まって、自分の横に相手は勢い良く倒れ込む。すぐに立て直してナギに向かわれたら不味いとバックステップを踏んでナギのすぐ横に駆け寄った。

 

 

「や、大和くん。大丈夫?」

 

「あぁ、俺は全然平気だ。そっちは?」

 

「わ、私も大丈夫。大和くんが守ってくれたから怪我一つ無いよ」

 

 

正面にいる相手の動きを観察しつつ、横目でナギの様子を確認する。直接的に彼女が襲われたわけではないため外傷は一切見られない。

 

それよりも内心、精神的なダメージの方が気になるところになる。こんな血生臭い戦いを大切な人の目の前で長い時間見せるわけにもいかなかった。

 

 

「良かった。ちょっと相手を無力化するまで戦いが続きそうだし、ナギに危害を及ぼしたくないから物陰に隠れていて欲しい。良いか?」

 

「……分かった。 大和くん」

 

「ん?」

 

「気を付けて」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

俺からそっと離れるナギを見送りながら再び視線を襲って来た男へと戻す。男も最初からナギを標的にしていないのか追いかける素振りはない。

 

ゆっくりと倒れた身体を起こすと、再び俺の方へと視線を向け……。

 

 

「っ!? お前は!」

 

「はっ! ようやく気付いたか、霧夜家当主さんよ」

 

 

向けられる視線……いや、厳密には顔そのものと言ったほうが適切か。向けられた視線、倒れたことで頭を覆っていたフードが外れて顔がむき出しの状態のまま男は立ち上がる。

 

忘れもしないその顔。

 

これまで何人もの人間を手に掛け、俺を瀕死の状態にまで追い込み仲間を傷付けた諸悪の根源。前に聞いた限りでは処罰されたなんて話をされたが目の前の人物を見る限り生きている。

 

俺にとっては因縁であり、最も恨むべき一人の名を口にこぼした。

 

 

「てめぇ、何しに来やがった……()()()()

 

 

この名前を聞いて何をやった人間かは想像するに容易い。心の奥底にしまい込んでいた過去がフラッシュバックし、行いに対する怒りがふつふつと沸き上がってくる。

 

その目つきや口調は相変わらずだった。

 

が、奴の身体を見ると至る部分に変化があり、初めて会った時は鍛えられた身体でかなり大柄の印象を受けたプライドだが、目の前にいるソレは当時から一回りも二回りも小さくなっていた。

 

一言で言うなら痩せた、いや栄養もまともに取れずに窶れたと言ったほうが正しいか。目付きや大元の輪郭は変わらないためすぐにプライド本人であることは気付いたが、その顔は痩せこけている。

 

ソレだけならまだしもガッチリとした大柄な肉体も筋肉が落ちてしまったようで迫力が無くなっている。パツパツのタンクトップにジャケットを羽織っていた時と違って着ているパーカーはかなり余裕があるように見えた。

 

そして気になるのは奴の両腕。

 

痩せた、と言われたらそれまでだが服の腕部分がダラリと力無く地面に向かって垂れている。服からは手の部分すら見えない。

というより痩せているどころの騒ぎではない、誰がどう見たところで奴の両腕は()()()()()()()()()()()見えなかった。

 

ティオが言っていた内容が命を奪うことではなく、奴から両腕を奪うことなのであれば全ての辻褄が合う。

 

 

「何しに? そんなもんお前の命を奪うために決まってるだろ」

 

「俺の命を? ははっ、冗談も休み休み言え。何が原因でそうなったかは知らんが、そんな痩せこけた身体で何が出来る。それにこんなところにわざわざ出て来てご苦労なこった。悪いけどお前はここでふん縛ってでも捉えるぞ」

 

「……」

 

 

両腕を失おうが何だろうがこっちには関係ない。奴がしでかしたことを考えると野放しにしておく理由は無かった。

 

ノコノコと俺を始末するために単身乗り込んできてくれた訳だ、このチャンスを逃す理由はない。逆に取り逃がせば他に被害が拡散する可能性もある、ここにはナギもいるし何が何でもこの場で捕まえる必要があった。

 

俺の言葉に無言のまま何処か苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 

……何だ? 今の雰囲気は俺の知っているプライドと少し様子が違っているような気がするんだが。

 

 

「いつもそうじゃねぇか、正義の味方だけが得をして悪者は損をする。世間はこちらの味方なんてしてくれやしない。一回の失敗でこっちは両腕を失ったというのによ」

 

 

ボソリと呟くプライド。

 

今更何を言っているのか、自分の行いを知ってての言葉なのか。人を平気で手に掛けるような人間を味方する人間などいやしない。

 

両腕を失った、と言っているの俺の推察は当たっていた。だが両腕を失ったのも別に誰かのせいではなく自分せいだ。

 

 

「……お前が何を言いたいのかは分からないけど少なくともお前を味方するやつなんているわけ無いだろ。自分が何を……人の大切なものに何をしたのか本気で理解しているのか?」

 

「知らねぇな、他のやつのことなんて。俺が大切にしているのは一人だけだ」

 

「あ?」

 

「その大切にしている人間ももうこの世にはいないがな……あぁ、そうだよ!!! お前のせいで死んだんだ!!!!」

 

「なっ……うおっ!?」

 

 

ギリッと睨みつけてきたかと思うと再び地面を蹴ってナイフを咥えたまま突進をしてきた。先ほどよりも早く突っ込んでくる姿をステップを踏んで躱すが、振り向きざまに顔を振って俺を切り裂こうとする。

 

上半身を後傾させて目の前を横切っていく斬撃を避ける。筋力が落ちているにも関わらず動きは機敏そのもの。容赦なく急所を突き刺そうと遠慮無く刃を振るってきた。

 

奴が言いたいのは俺に負けたせいで死んだということを言いたいのだろう。初戦こそ機体の特性を把握出来ずに俺が敗れ去ったが二度目の対戦では俺が勝った。プライドの心をへし折り完膚無きまでに叩きのめした。

 

奴はそれが原因で両腕を失うだけでなく自分の大切にしている者をも失ったということなのだろう。

 

……こっちからすれば何言ってんだって話だ。

 

そもそも自分のやっていることを認識しているのか。人の命を奪おうとしているのだから、こちらとしては当然反抗する。そして客観的に見て奴がやっていることと俺たちがやったことのどちらが正しいことなのかは一目瞭然であって、誰が見てもプライドを正当化する人間などいない。

 

もしプライドを正当化する人間がいるとすれば同族の人間だろう。

 

 

「俺のせいで死んだって……何のことだよ。お前に襲撃されたんだからそれに対して防衛するのは至極当たり前だろう。任務に失敗した処罰で何かがあったんだろうけど、それを俺に負けたせいにするのは些か苦しいんじゃないのか?」

 

 

何を人のせいにしているのかと伝える。

 

逆恨みも甚だしい。

 

 

「ああっ!!!? 諸悪の根源が何を言ってやがる! お前が余計なことをしてこなけりゃ! 俺の妹は死ななかったんだ!!!」

 

「……妹、ね」

 

 

そこで初めて今回死んだのが奴の妹、つまり肉親が亡くなったことが分かる。なるほど、自分の大切にしている身内が亡くなったのならいくらプライドとはいえ、傷付き悲しむことは想像出来た。

 

自分の身内を失った悲しみは計り知れない。それは別にプライドに限った話でなく、家族がいる全員に等しく言えることになる。

 

 

「だから俺はお前を許さねぇ! この身滅びようともお前を道連れにしてやる!!!」

 

「……そうか」

 

 

なるほど、理由は分かった。

 

プライドが俺に執着して両腕を失っても尚、始末しようと近づいて来た理由は身内にあった。

 

 

 

 

 

 

……けど、だからどうだって言うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「―――お前の言いたいことは良く分かった。……んで、御託はそれだけか? だったとしたら本当に下らないな」

 

「な、何っ!!!?」

 

「分からないようだからもう一度言ってやる。下らない、本当に下らない。俺のせいで自分の妹が死んだ?  お前の妹がどういう人間なのかは知らないけど、そんなものはお前の免罪符にならない」

 

 

俺自身、奴の妹がどんな人間だったのかは知らない。

 

一般的な観点で言えば気の毒だろう、自分の大切にしていた妹が亡くなったのだから。亡くなってしまった妹、に対しては俺も本当に気の毒だったと思う。志半ばで亡くなって無念だったことだろう。

 

ただ今回の問題はそこではない。

 

 

「亡くなったことは本当に無念だと思う。だが、お前はそれ以前に何人の人間を手に掛けた? それに対しての罪悪感は? 自分のことだけ正当化しようなんて笑わせてくれる。そんな都合のいい理由が通じるわけないだろ!!!」

 

 

そう、プライドが何を言ったところで自己保身のためだけの言い訳にしか聞こえなかった。自分の都合の良い考え方で逆恨みをするなと啖呵を切き、プライドの発言全てを俺は容赦なく切り捨てる。自身の都合の良い理由だけが通るわけがないし通すつもりもない。

 

 

「人を傷つけ続けていれば恨み辛みを買うことだってある。本気で身内のことを、妹のことを考えているのなら何故自身の行いを顧みない! 恨んでいる誰かが家族に害を及ばすかもしれない! どうして留まろうと自分を自制することが出来なかったんだ!!!」

 

 

全て日頃の行いが返ってきただけに過ぎない。

 

遅かれ早かれこのようなことになるのは時間の問題だったのだろう。奴は敵しか作らなかった、最愛の家族がいるにも関わらず人から外れた行動ばかりを繰り返していた。

 

もしプライドが初犯の段階で自身を省み改心していたとしたら、また違う未来があったのかもしれない。だが奴はそこで踏みとどまらず、自分の欲望や欲求、快楽を満たすためだけに暴力を振るい続けた。

 

結果取り返しがつかないところまで行ってしまい、両腕を失うだけならまだしも自分の大切な妹までをも失うこととなった。

 

表沙汰になっていないだけで何人の人間が奴の手で犠牲になったことだろう、運悪く奴に襲われた人間のことを考えるだけで無念な気持ちで胸が張り裂けそうになる。

 

そう考えると亡くなった妹も、奴の被害者の一人なのだろう。

 

 

「……俺はお前を許さない。大切なものを失って、残された側の人間のことをお前は考えたことがあるのか? お前はその行為を平然と繰り返しやってきたんだ!!! この期に及んで都合の良いことばかり言いやがって!! そんな人間に同情なんか出来るわけ無いだろ!!!」

 

 

結局は奴のエゴに過ぎない。

 

どんな理由であれ人を外れた行動をしたプライドに一切の同情など無かった。

 

全ては自分の蒔いた種であり、その種を刈り取るのも自分だ。決して他の人は刈り取ってくれない。特にプライドのように敵を作りすぎた人間はサポートしてくれる人間すら現れることはないだろう。

 

 

「お前の妹が亡くなったのは俺のせいじゃない。全てお前の身から出た錆が原因だ。それを俺に逆恨みするとはな、つくづく救えん奴だ」

 

「っく……コイツ……!!!」 

 

 

プライド以外誰も悪くない。

 

悪いのは利己的に動いた人間ただ一人だけ。

 

 

「言いたいことはそれだけか? ならもう話は終わりだ、これ以上お前と話している時間がもったいない。さっさと終わらせてもらう」

 

「ぐっ、うるせえ!!!」

 

 

もう話す言葉もかける言葉もない。

 

この下らない戦いに終止符を打ってこいつには然るべき処罰を受けてもらうだけだ。

 

今更何を言ったところでコイツは改心をするわけではない。改心するチャンスはこれまで何回もあったはずだ、そのチャンスを逃して自分の欲だけを満たし、自分の身内を自分の行いが原因で失って初めて自身の愚かさに気付く。

 

そして失った怒りを自分の改心に向けるのではなく、発端となった俺に対して逆恨み同前で向けるという愚かな行動をしている時点で、これまでの行いを何一つ悔いて反省している訳では無いことが良く分かった。

 

自分を顧みない人間に差し伸べる手などない。

 

顧みたとしても大切な存在を傷つけられている時点で情状酌量の余地などは無いがな。根本的に人間としての思考からズレた歪んだ思考を直すことはもう出来ない、コイツはもう取り返しのつかないところまで落ちてしまった。

 

 

「お前にグダグダ説教される筋合いはねぇ!! お前を仕留めそこねたことで妹が死んだのは事実だ!!!」

 

「……本当に救えない奴だ」

 

 

それでも自分のことを正当化して俺に再び飛び込んで来るプライド。

 

何を言っても無駄、そう判断した俺の頭の中は異常に冷え切っていた。同時に臨海学校の時の怒りが再び再燃して来る。

 

一度はもう存在そのものがどうでもいいと割り切っていたものの、いざ思い出させられるとそんな理由のためにラウラを傷付けたのかと。

 

怒りが、恨みが……ドス黒い感情が俺の脳裏を支配する。

 

猪突猛進してくるプライドだが少しだけ戦法を変えたようでナイフによる一撃を避けた俺に向かって蹴りを繰り出してくる。

スピードが乗った一撃のため、まともに食らうとそこそこに痛い。直撃をしないように両腕をクロスさせて負荷を分散させた。

 

なるほど、筋力が落ちてこれか。

 

もしこれが最盛期の肉体で放たれた一撃で、直撃しようものなら間違いなく骨を持っていかれている。筋力が落ちているせいで攻撃力は落ちているだけが、戦闘勘だけは養われたままで随所に見せる機敏な動きは無駄に高い矜持を持っているだけはある。

 

 

「……っ! 死ねぇっ!!!」

 

「おっと!」

 

 

蹴りと合わせてナイフによる攻撃でプライドは攻めてくる。一般人であればとうに仕留めるくらいの実力を持っているだろうが俺には攻撃が届くことはない、それ程両腕を失ったハンデというものは大きいものがあった。

 

どれだけ鋭い攻撃を仕掛けてきてもその動きはしっかりと見切ることが出来る。五体不満足の身体では残念ながら俺には敵わない。

 

激しい攻撃の連続を一度もまともに攻撃が当たることなく避けていく訳だが、流石にプライドも疲れてきたのだろう。少しずつではあるが攻撃に当初のキレが無くなってきた。

 

 

「はぁ、はぁ……く、クソッ……っ!」

 

「それくらいにしておけ、両手を失った状態では俺には勝てない。その異常なまでな執着心は見上げたものだが、俺との間にある見えない壁があることくらいお前もとっくに気付いているだろ」

 

「はぁ、はぁ……ぐっ……うるせぇ!!!」

 

 

再び飛びかかってくるプライド。自分の方が下であることを認めたくないのだろう。

 

見上げた執念と執着心だ。

 

……だがその動きはもう見切った。

 

左足にぐっと力を込めると飛び込んで来るプライドの口元に目掛けて右足の蹴りをピンポイントで合わせる。ナイフと靴がぶつかる甲高い音と共に咥えていたナイフが吹っ飛ぶ。

 

吹き飛んだナイフが地面に落ちカラカラと音を立てて転がった。

 

 

「ぐっ!!?」

 

「遅いな、それでは俺は捉えられない……ハアッ!!!」

 

 

間髪入れずに飛び込んで来るプライドのガラ空きの腹部に蹴りを入れる。

 

両手がないのだから防ぎようがない。防ぐとしたら俺から距離をとならなければならないながらまっすぐに勢い良く飛び込んできた以上、足を使ったガードをすることすら出来ずにモロに入った。

 

 

「……これで終わりだ」

 

「がっ!!?」

 

 

腹部に入って身体の酸素が一気に外へと吐き出され、苦しそうにプライドは体勢をかがめる。身をかがめたところに足を高々と振り上げるとそのまま後頭部目掛けて重力に逆らうことなく足を振り下ろした。

 

プライドは頭上からの衝撃で苦悶の声を漏らすとそのまま地面に叩きつけられる。もちろん本気で振り下ろしたら死んでしまうため、加減をつけて振り下ろしている。それでも脳震盪を起こして気絶に導くには十分すぎるくらいの威力だ。

 

 

「う……ぐっ……っ!」

 

 

いくら四肢に力を込めても動くことは出来ない。意識は混濁しているのだろう、そんな状態でまともに動くことすら出来るわけが無かった。

 

プライドから目を離さないように、近くに飛んだナイフを拾い上げて取手の部分と刃の部分を持つと力を込めて真っ二つにへし折る。軍事用でも使われている中々の強度を誇るサバイバルナイフだったが、決して折れない強度ではない。

 

ナイフそのものを使い物にならなくした後、近くに残骸を放り捨てる。これで奴はナイフを使って戦うことは出来ないし、両手が無い以上武器を取り出すことも不可能だ。

 

自販機の影からは心配そうにこちらの様子を見つめるナギの姿がある。まだ油断は出来ないがあらかた片付きつつあるし、もう全てが終わるまでにそんなに時間は掛からない。

 

再び地面に倒れ込むプライドの元へと近付くが、変わらず何とか身体を動かそうともがいている。あの一撃を食らって気絶しないのか、いくら痩せてしまったとはいっても身体はかなりタフなようだ。

 

 

「……これが実力の差だ、諦めるんだな。IS技能だけなら知らんが、ISを纏わない生身の戦いで遅れを取るほどこちらはぬるい鍛え方はしてないんでね」

 

「ぐっ……く、クソがっ!!!」

 

「本当ならここでお前をボコボコにしてやりたいところだが……残念ながらこれまでの行いを含めて裁くのは俺じゃない。刑務所の中で自分の行動をしっかりと見つめ直すんだな」

 

「……」

 

 

心が折れたのか諦めたのかどうかは分からないが一言も喋らなくなる。俯いたまま抵抗しようともしない。とりあえず、この現状を誰かに説明する必要があった。すぐに来てくれるとしたら千冬さんか……後は楯無か。

 

どのみち二人にはこの現象を説明する必要がある。この際校則違反だとかどうだとか言っている暇はない。取り急ぎ個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で楯無に声を掛けた。

 

 

「楯無、聞こえるか? 俺だ、大和だ」

 

『え、大和? どうしたの急に。あなたが個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で通信してくるなんて珍しいこともあるのね』

 

「偶にはそういうこともある。さて、結論から言う。亡国機業の関係者に襲われた」

 

『……休みの日なのに随分と重たい話ね。まぁ今のご時世どこで何が起こるかなんて想像できないから仕方ないけど、それで今何処にいるの?』

 

「あぁ、場所なんだが「くっ、くくくっ、ハッハッハッ!!!」……あ?」

 

 

通信途中に不愉快な声が響き渡り思わず口調を荒げてしまう。どうやらまだ本人からすれば終わっていないようだ。

 

此処から先の会話を楯無にあまり聞かれたくない。

 

 

「楯無、悪いすぐ掛け直すから一度切るぞ」

 

『えっ!? あの、大和! ちょっ―――』

 

 

半ば強引に通信を切り、改めてプライドの方へと向き直る。変わらず地面に這いつくばったまま、顔も上に上げようとはしなかった。

 

先ほどのダメージが残っているのだろう。本来なら身体を動かすことさえきついはずで、顔を動かすだなんて以ての外だ。

 

とはいえ奴の口ぶりを見るにまだ諦めてないようなそんな気配を感じた。纏う雰囲気が少し不気味に感じ動向を見つめる。

 

……何かを企てているようなそんな気がした。

 

 

「随分と減らず口を叩く。今度は一体何だ?」

 

「こうなったらもう手段なんて関係ない……五体不満足の俺がいくら足掻いたところでお前には勝てない。それは良く分かった、その結果がこのザマだ。お前の言っていることは間違いなく正しい」

 

「何が言いたい?」

 

「俺とお前で違うところが何か良く分かった。あぁ、これで俺も踏ん切りが付いた。どれだけ俺が足掻こうとも霧夜大和、お前には絶対に勝てない」

 

「……」

 

 

プライドの口からこぼれてくる言葉は予想の斜め上を行くものだった。

 

奴の矜持の高さから自分が相手より下などと認める訳が無いと思っていたのに、奴の発した言葉を素直に受け取ると負けを認めているようにしか見えない。

 

このタイミングで奴の中の何かが変わったのか。

 

 

「ただ、俺がお前に勝る部分があるとするのなら……覚悟が、違う」

 

「はっ……何っ!?」

 

 

ほんの一瞬の隙をついて身体を動かしたかと思うと、俺の右足のズボンに向かって噛み付いてくる。瞬時に身を引いたことでズボンには噛み付かれたが、幸いなことに噛み付いたのは衣類の部分であり、肉体には届いていない。

 

残った全ての力を振り絞っているようで、こちらが思い切り足を引いても離れようとする気配が無かった。仕方ない、多少乱暴な行為にはなるが気を失ってもらうしかない。

 

そう空いている左足を振り上げた、刹那だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな、最強の当主さんよ。お前はここで―――道連れにしてやる!!!」

 

 

カチリという嫌な音。

 

ほんの僅かに聞こえたその嫌な音の発信源はプライド、奴の口の中からだった。音の感じからして何かのスイッチだろう。両手が使えないため、ナイフを加える前に口内の何処かにスイッチを含んでいたことになる。

 

そしてそのスイッチの正体、奴の発したセリフから察するに。

 

 

「なっ!? しまっ―――」

 

 

最後に視界に入ったのは奴の獰猛な笑み。

 

それと同時に俺とプライドの周囲は爆炎に包まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、大和……くん?」

 

 

目の前にいる大和の近辺が一瞬光り輝いたかと思うと、轟音と共に大爆発を起こした。瞬時に目を覆って大和に言われたように物陰に隠れて身を守る。

 

爆発の範囲はさほど広くはなかったものの、大和の周囲を一瞬で無にするには十分すぎるくらいの威力を誇っていた。咄嗟に自分の物陰に身体を隠したことでナギに一切の怪我はない。

 

ただし爆心地にはプライドと大和がいる。つまり今の爆発に大和までも巻き込まれたことを意味していた。

 

 

「そ、そんな……嘘、だよね?」

 

 

顔面蒼白のままポツリと呟く。

 

もくもくと黒煙が溢れ燃え盛る爆心地を見つめたまま、ただ呆然と目の前で起きた事実が信じられずに立ち尽くす。爆発の範囲が狭いとはいえその威力は音を聞けば察しがついた。

 

爆心地の側にいようものならひとたまりもない、強烈な威力に肉体は耐えきれず爆散、もし直撃を喰らっていたとしたら姿形、骨や灰を含めた跡形一つ残らない。

 

そんな、あり得ない。

 

考えたくない、受け入れたくない現実をナギが襲う。

 

爆発に巻き込まれて大和が()()などと、ふざけた現実を受け入れられるわけが無かった。

 

黒煙が巻き起こる場所からは煙が多すぎて中の様子を確認することが出来ない。安否を確認することが出来ず、物陰から姿を出して声を掛ける。

 

 

「大和くん!!」

 

 

周囲にナギの悲痛な呼び掛けだけが木霊する。だが爆発の近辺からはナギの呼び掛けに反応する素振りは確認することが出来なかった。

 

いやだ、こんなことがあるはずがない。

 

気が付けば隠れていろと言われた約束を破り、爆心地まで駆け寄っていた。

 

 

「大和くん!! 返事をして!!! お願いっ!!!」

 

 

これ以上近付くことは危険だと思われる限界まで近寄り、必死に中にいるであろう大和に向けて声を掛ける。だがそのナギの問いかけ虚しく、大和からの応答はなかった。

 

信じたくない、受け入れたくない!

 

こんなことで大和が()()だなんて!

 

ずっと一緒にいたいと言ってくれた相手が急にいなくなるなんてそんな現実を受け入れたくない!

 

 

「や、大和くん!! 大和くん!!! いやぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!」

 

 

闇夜を切り裂くナギの絶叫。

 

受け入れがたい現実を見て絶望する。

 

こんな現実をどう受け入れどう向き合えば良いのか。

 

ただ涙を流すナギだったが刹那、爆心地を中心に風が吹き荒れたかと思うと、周囲をまとっていた炎や煙が一瞬にして雲散霧消する。

 

 

「―――えっ」

 

 

煙の中から現れるのは黒。あの爆発に巻き込まれたのなら爆心地にいる人間は肉塊の一つすら残らないことだろう。

 

だと言うのにその中から人型の何かの存在を確認することが出来る。煙が晴れて中から現れたのは漆黒の装甲を身に纏った大和の姿だった。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……俺は大丈夫だ。間一髪展開が間に合ってな……けほっ! この通り煙のせいで上手く呼吸は出来なかったが……特に怪我もない」

 

 

間一髪だったのだろう。大丈夫だとジェスチャーをしながら展開したISを解除する。

 

プライドが自身もろとも自爆をしようとスイッチを入れた瞬間に、爆発を悟った大和は瞬時に自分のISを展開する。ナギが爆発の寸前に見えた光というのは大和が展開したISの光であり、爆弾が漏らす光では無かった。

 

プライドの纏う爆弾が爆発するよりも早くISの展開に成功したことでISのシールドが働き、自分自身の身体を守ることに成功したことで大和に直接ダメージが伝わることは無かった。

 

見る限りは彼が怪我をしている様子はないが、念の為に上から下へと視線を移動させて本当に怪我がないかを確認する。そして無事であることが分かるとその身を包み込むように大和の身体に抱き着いた。

 

 

「ほ、本当に心配したんだからね? 大和くんが死んじゃったと思って……わたし、わたしぃ……ううっ」

 

 

ギュッとその身体を強く抱き締める。もしISの展開が遅れていたとしたら本当に突然の別れになっていたことだろう。

 

大和を失う恐怖感は計り知れないものだったに違いない。いくら命の駆け引きをしている仕事をしていることを認識していると言っても、目の前で命が失われる光景を見て冷静を保てる訳が無い。

 

無事でよかった、彼が側にいることを確かめるように泣きながら顔を埋めた。

 

この感触、この匂い。

 

紛れもなく自分が好きになった霧夜大和その人のものだった。

 

 

「大和くんが生きてて、無事で居てくれて本当に良かった……っ!」

 

「すまない、本当に心配掛けた。まさか自爆されるとは思わなくて……」

 

 

抱きついてくるナギの頭を優しく撫でる。

 

大和もまさか自爆するとは思わなかっただろう。プライドの大和に対する執着心は自らの命よりも重たいものだったのかは既に確認する術はない。

 

 

「大和くん、その……あ、あの人は?」

 

「……」

 

「そ、そんな……」

 

 

プライドの安否を確認してくるナギに無言で首を横に振る。首を振ったということは助からなかったということを意味していた。

 

爆心地には爆炎が包みこんだ時に出来た黒く焦げた跡だけが残り、他には何一つ残っていない。身に着けていた爆弾が爆発したのであれば、その中心にいたプライドは発生した衝撃や熱風を直接を受けたことになる。

 

何も残っていない、というわけでなく爆発で何もかもが吹き飛んで残らなかったというのが適切な表現になる。遺体が残っていないということは、プライドの肉体は木っ端微塵に吹き飛び跡形もなく何処かへと飛び散ってしまった。

 

この状態で生きている訳が無い。

 

どちらにしてもここまで大事になった以上、大和たちでは処理出来ない問題になってしまっている。一度千冬か楯無に報告をして指示を仰がなければならない。

 

 

「このまま放置するわけにもいかないし、一旦楯無と織斑先生に連絡を入れよう」

 

「う、うん。そうだね。私は……何かできることあるかな」

 

「あぁ、じゃあちょっとお願いが……っ! 誰だ!!!」

 

 

これから先の指示を入れようと大和が声を掛けると、ふと木々の隙間から誰かにこちらを見られている気配を感じたことで反射的にナギを庇う。

 

気配を感知した場所をじっと見つめたまま大和は動かない。だがその感じからしてそこに誰かがいると確信しているようだった。

 

 

「……待て、私だ。お前と拳を交えるつもりはない、霧夜大和」

 

 

気配を感じた方向から声が聞こえたかと思うと、黒く靄がかった人影が徐々にハッキリとした人型へと姿を変えていく。

 

やがて明かりの灯る場所まで出てきたことで、その顔は大和にもハッキリと捉えることが出来た。ポロシャツにジーンズ姿とかなりラフな服装だが、そのスタイルと声質から女性であることが容易に想像出来る。

 

頭の中に眠る記憶の中から当該人物の名前を探し当て、言葉に出した。

 

 

「……霧夜千春か」

 

「えっ!」

 

 

名前を呼ぶ大和に驚くナギ。

 

当然だ、自分たちの目の前に出てきた女性は大和と同じ姓を名乗っていたのだから。千春とナギは完全に初対面であり、一度たりとも顔を合わせたことも会話をしたこともないが、千春の顔が彼氏の姉に良く似ていることにも気付いて驚きを隠せないでいる。

 

一方、大和の反応を見る限りは相手のことを知っているような口ぶりをしていることで、何処かで会ったことがあるのだろうとナギは悟った。

 

 

「あぁ、私のことは忘れずに覚えていてくれたんだな」

 

「私だ、とか言っておいて何を言ってやがる。んで? こんなところに何をしに来たんだ、さっきやり合っていた男ならもういないぞ。いや、消し飛んだって言った方が正しいか?」

 

「そこは丁度見ていたから知っている。私が到着した時には既にプライドがスイッチを入れた後だったからな……間に合わなくて悪かった」

 

 

千春はちらりと爆心地を見いやると謝罪の言葉を述べる。

 

彼女の言葉に対して若干の疑問を感じた大和は追加で質問を投げ掛けた。

 

 

「……間に合わなかったってことはお前はこのことを知っていたのか? プライドのやつが爆弾で差し違えてでも俺を殺そうとしていたことを」

 

 

大和の質問にほんの少し考える千春だったがすぐに回答を返す。

 

 

「奴がお前に並々ならぬ殺意と敵意を持っていたのは知っていたが、今回の作戦もプライドが爆弾を身に纏っているという話を聞かされたのはついさっきだ。馬鹿な真似は止せと止めるつもりだった……残念ながら間に合わなかったがな」

 

 

千春の話す内容を総括すると彼女自身は今回の作戦には一切の関わりはなく、プライドが向かった後に内容を聞かされて止めようとしていたようだった。

 

ぐっと下唇を噛む表情には微かにこのような結末を招いたことに対する後悔と自責の念のようなものを感じ取ることができる。

 

彼女の言っていることに嘘偽りは無いように見えた。

 

 

「……霧夜大和」

 

「何だ?」

 

「ここに来た一番の目的はプライドを止めるためだが、私個人はもう一つ目的がある―――お前と話がしたい」

 

「……」

 

 

千春は大和に話がしたいと伝えると、そのまま続きを話始めるのだった。

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