「よう、一夏。どうしたんだよそんな緊張して?」
事を終えた俺たちは選手たちが待機している控室へと戻る。途中楯無はやることがあるとはぐれて控室には俺とナギの二人で戻ることに。
控室は希望があれば選手以外の生徒も出入りが可能であり、実際にレースに参加した機体を整備した生徒も数多く出入りしていた。
そんな中で選手控室にいる一夏の背後から声を掛けると、ピクリと身体を震わせながらこちらを振り向く。俺の顔を見ると驚いたような表情を浮かべて声を発した。
「大和! お前どこ行ってたんだよ! 電話しても反応無いし心配したんだぞ!」
一夏の反応も無理はない。
レース後に何も言わずに皆の元から離れたのだから。レースが終わり皆で健闘を称え合う中、肝心のレースに参加した人間が姿を理由もなく消している。常識的に考えて何故と思うのも無理はない。
むしろ一夏の反応が正常な反応だ。
「ちょっ、一夏! 声が大きいよ!」
と、すぐ隣にいたシャルロットが一夏の声を遮る。
ちなみに言い忘れていたが選手控室は更衣室ではない。レースに参加した全学年の生徒たちが着替えた後に集まる場所であり、共にレースに参加した仲間はもちろんのこと見たこともない生徒もいる。
そんな中で中々のボリューム感で俺のことを呼ぶもんだから、周囲にいる全生徒が何だ何だと一斉にこちらを振り向いた。
「あっ……す、すみません」
周囲の視線が一気に集中したことで肩身が狭くなったのか、萎れたように小さな声で謝罪を述べる。
もっとも周囲からの目線は敵意というものは無く興味そのものであり、普段関わることのない一夏に対して興味津々といった感じに見受けられた。
「変な心配かけてすまない一夏、どうしても外せない用事があったんだ、どうしても外せない用事がな。でももう落ち着いたしここから先の行事にはしっかりと参加するさ」
「ほ、ホントかよ? ……まぁこうして無事に戻ってきている訳だしこれ以上責めても仕方ないけど、何処かに行くならちゃんと報告してくれよな、レース後にいきなり姿が居なくなったらびっくりもするわ!」
「ホントだよ大和。ただでさえ集合時間に遅刻して来たのに、レース終わった後いつの間にか居なくなっちゃうんだもん。鏡さんが来るまで気付かなかった僕たちも僕たちだけど、朝の遅刻があってからのコレだから本当に何かあったのかと思っちゃった」
二人が言うことはごもっともであり、弁明のしようがなかった。
朝遅刻した上にレース後に何も言わずに立ち去るって、冷静に考えて失礼極まりないよな。事情が事情とはいえ完全に個人的な感情だし、何も言わずに居なくなった理由としては少し強引過ぎる。
今回の件についてはおいおい千冬さんから事情説明される内容と言っても胸は痛んだ。
「いや、マジで申し訳なかった。ナギもごめんな、色々と振り回してしまって」
「ううん、私は大丈夫。でも私よりもラウラさんに説明するほうが大変じゃないかな?」
「うぐっ!」
「そうだねー。今皆飲み物を買いに行っちゃってるけどラウラは特に大和のこと心配してたし、戻って来たらどんな顔するのかな」
ナギの確信めいた一言に、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべるシャルロットだが、後に起こる展開が何となく読めているのだろう。
この場にいる一年の専用機持ちたちは一夏とシャルロットの二人だけで、他の面々は皆飲み物を買いに行っているらしい。
戻ってきてから何を言われるか分かったものではない。
……さて、どう言ったもんか。
「……まぁ、アレだ。改めてになるけど一夏、優勝おめでとう」
「あっ、話逸らしたね大和」
クスクスと笑うシャルロットに、苦笑いを浮かべるナギ。うん、我ながら今のごまかし方は自分でもかなり苦しいとは思っていた。
ただし一夏に掛けた言葉は本物だ。
専用機の稼働時間に関しては俺や箒に次いで短い訳だが、そのハンデをものともせずに優勝を勝ち取った。
一対一ではなかったり、ライバル同士の潰しあいや戦略含めて様々な要因が重なってはいるものの、その中でも上手く立ち回って他の専用機持ちたちを出し抜いたというのは紛れもなく一夏の実力になる。
急降下をやってみろと言われて、グラウンドに墜落して大穴を開けていた入学当初から比べれば目覚ましい進化を遂げている。序盤のうちから先頭集団にたち、燃費の悪い白式のデメリットを考えてギリギリになるまで第二形態の雪羅モードを使わずに耐えて最後の最後で力を解放。戦略としては申し分ない。
俺としても出来ることは全てやってそれを一夏が上回った。その結果が順位として表れている。
「おう。正直未だに何で勝てたのか分からないけど、一位になって悪い気はしないな」
勝った本人は何で勝てたのかがよく分かっていないようだった。それでも優勝したことに対して悪い気はしてないようで、一夏の表情は何処か満足げに見える。
専用機持ちひしめく中勝ち上がったのだからそれは称号として十分すぎるものになる。
大観衆ひしめく中で男性操縦者としての実力を見せ付けたのだから、今頃学園側には一夏にぜひ広告塔になって欲しいという問い合わせが集中しているかもしれない。
本人はそんなこと微塵も興味ないだろうけど。
「順位はこれまでの努力の結果でもあるし、十分に誇っていいと思うぞ。ただ今回は俺も負けちまったけど、次は負けるつもりはないからな」
次戦う時は負けるつもりはないと一夏に宣戦布告する。だがそう思ったのは俺だけでは無く、場にいるシャルロットも同じだった。
「それは僕だって。今回は二人に負けちゃったからね、次は必ず二人を追い越してみせるよ」
そう強く言い切る。
シャルロットだけではない、離席している面々もそうだろう。誰だって今回の結果は悔しいに決まっている。色んな企業が集まっているこの大会は自分をアピール出来るチャンスだ、当然今後のことを考えて企業に結果としてアピールすることも大切になる。
が、少なくとも共にレースに参加した面々からはその気持ちは微塵もなく、純粋にこのレースに勝ちたいという貪欲な気持ちだけがヒシヒシと伝わってきた。
だからこそ勝ちたかった。それは俺だって同じだ。
「あー! ちょっと大和! あんた何処に行ってたのよ、探したじゃない!」
と、背後から聞き覚えのある声が聞こえる。
一夏の時にも大きな声を出しすぎて控室にいる生徒たちの視線が集中したわけだが、今回の声の主である鈴にも同様に今度は何だと周囲の視線が一斉に集まった。
「あっ、えーっと……その……ご、ごめんなさい!」
うん、何とも素直だった。
自分の声があまりにも大きいことに気付いた鈴は周囲の視線に恥ずかしそうな顔を浮かべながらそそくさとこちらに駆け寄ってくる。
同時に共に飲み物を買いに出掛けていた面々も、後に続くようにこちらへと近付いてきた。
「本当にお前というやつは……ふらふらと何も言わずに色んなところに出掛けるのが好きなんだな。まぁ大和らしいといえば大和らしい」
「ははっ、そう言ってくれると助かる」
真っ先に声を掛けてきたのは箒だった。特に怒っているという感じはなく、仕方ないやつだと言いたげに苦笑いを浮かべながらこちらを見つめてくる。
「全くもう……本当に心配しましたのよ。急に何処かへと出掛けてしまうのですから。でもこうして戻って来てくれて安心しましたわ」
「悪い、心配掛けたな」
少し不機嫌そうに、ただしその中にも本気で心配していたと真っ直ぐに伝えてくるセシリア。多少の不機嫌さはあれど、箒と同じように決して怒っている様子は見受けられない。
俺の返事に対して仕方ないですわねと腕を自分の前で組む。
「あんたはほんとに……人に心配かけすぎなのよね。こりゃ近くにいるナギの苦労がよく分かるわ」
「あ、あははは……」
「それを言われると何も言えないな」
続けざまに鈴が畳み掛けてきた。相変わらず容赦がない。
俺と共にいて今現状誰が一番苦労をしているかと言われたらそれは間違いなくナギになる。今回の件は規模としては小規模にはなるとはいえ、一歩間違えれば大惨事にもなりかねなかった。
結果的に滞り無くイベントは最後まで行われたが……個人的感情で人を殺めかねなかったという事実は変わらない。その光景を間近で見た楯無やナギには相当な苦労、心労を掛けてしまった。
本当に申し訳ない限りだ。
もちろん亡国機業や組織そのものを許すつもりは毛頭ない。何の罪もない人間を殺されて当人たちには罪の意識など毛頭ない、そんな奴らを許す理由なんて微塵もない。
それでも自身の感情を優先して良いわけではない。過去自分が置かれた光景と照らし合わせて必要以上に感情移入してしまったために自分自身がキレてしまった。
楯無のお陰で事なきを得たとはいえ、もし彼女があの場に居なかったとしたら、俺に飛びついてこなかったと思うとゾッとする話だ。
「しっかりしなさいよ。秘密主義なのは別に構わないけど、ナギにはあんたしか居ないんだから。寂しがらせたり悲しませるようなことは極力控えなさい」
「ちょ、ちょっと鈴ってば!」
多少大げさに言った部分もあるだろう。他の生徒がいる前であんたしか居ないと鈴に言われて、ナギは顔を赤らめて恥ずかしそうにする。
だが俺の中で最もナギの存在が大きくなっているのと同じように、ナギの中で俺の存在が大きくなっているのは事実だろう。そうじゃなければ爆発に巻き込まれた時にあんな悲痛な叫びもあげないし、何が起こるかも分からない爆心地に危険を顧みずに飛び込んで来るはずもない。
俺が見えないところで無茶をする分、ナギの心労も重なる。例え護衛業を営む人間だと割り切っていたとしても、恋人が危険なことに巻き込まれる姿を見て心配にならない人間などいないのだから。
鈴の言っていることは至極まともなことであって、たとえ何があったとしても自分の大切なパートナーだけは常に気にかけなさいというエールのように聞こえた。
「あぁ、もう全て鈴の言う通りだ。心配を掛けるつもりは無かったけど結果全員に心配を掛けてしまっていた。肝に銘じてナギのことを大切に守っていくよ。ありがとう」
「ふぇええ!?」
鈴の発言に対して否定をしない率直な返しをすると、何とも可愛らしい声を上げるナギ。人前だからやらないけど二人きりであれば今すぐにでも抱きしめたいくらいに可愛い。
顔を赤らめて両手で口元を隠す何とも小動物っぽい仕草に、平静を装いながらも胸は自然と高鳴ってしまう。彼女の仕草に鈴も反応し、どことなく微笑ましい表情を浮かべた。
「あらナギ。あんたそんな可愛らしい声も出るのね。本当に羨ましい相思相愛な夫婦だこと。あーあ、あたしの想い人は朴念仁だし、いつこの想いに気付いてくれることやら」
羨ましいと言いながら一夏の方をジロリと見つめる。後半部分はかなり含みを持った発言にはなるが、幸い一夏には聞こえていないようだった。
ジト目で見つめる鈴に気付いたようで、全く心当たりのない一夏は何だよと声を上げる。
「は……な、何だよ鈴!」
「べっつにー? ちょーっと一夏にも二人の関係を見習って欲しいって思っただけですよーだ」
「見習う? あぁ、確かに仲良いよな。俺たちもあそこまでいかないにしても十分仲いいっていうか、友達だろ?」
予想通りの回答に、鈴はがっくりと肩を落としてため息をつく。
こんな時くらいは予想を裏切って欲しかったのに返ってくる答えが想像できてしまうあたり、一夏が明確な恋心を認識するのには当分時間が掛かりそうだった。
「はぁ……こりゃ何年掛かるのかしら。もしかしたら一生治らないんじゃないかって思い始めてきたわ」
肩を落とす鈴に寄り添うようにうんうんと頷くのはセシリア。
「鈴さん、普段はライバルですが今回ばかりは同情しますわ」
一夏に好意を寄せる一人としては嘆かわしい問題でもあった。
こちらがどれだけアプローチを掛けてもこちらの気持ちが伝わることもなく、あらぬ勘違いをされて落胆させられることもしばし。
本当に女性に興味があるのかと疑問に思うくらいに女性に対して無関心であり、一番距離感が近い女性は周囲にいるクラスメートではなくまさかの自分の姉である千冬さんというオチ、そりゃ頭の一つも抱えたくなる。
「ふ、二人してなんだよ? 俺そんなに変なことを……」
「一夏、完全に地雷踏んでいるよ」
「一夏、お前はやはり一度馬に蹴られに行くか?」
「へ? え? な、何でシャルと箒まで!?」
続けざまにシャルロットと箒に突っ込まれる。
俺に向いていた話がいつの間にか一夏に切り替わり、ジリジリと一夏は壁際に追い詰められていく。逃げ出そうとするも周囲を完全に囲まれてしまっているために逃げ出すことが出来ない。
俺に視線を向けて助けて欲しいとアイコンタクトをしてくるも、俺がこの場で助けられる訳が無い。プイと横を向いて見て見ぬふりをしてやり過ごすことにした。
……うん、俺のこの判断は間違っていない。
セシリアと鈴に至ってはどことなく目からハイライトが失われているように見えるし、あそこから一夏を救い出そうとする気にはならない。
自分とて無茶と無謀はしっかりと弁えている。
面々が一夏の方に言ったことで影から心配そうな表情を浮かべた妹がそっとこちらへと近付いてくる。怒っているという様子はなく、純粋に俺のことを心配しているように見えた。
「お兄ちゃん……大丈夫なのか?」
正面に立つとじっと俺の顔を見つめながら確認を取る。幸いなことに怪我もなく戻ってこれたわけで、身体的には大きな問題は無い。
リミットブレイクの後遺症が少し心配だったが、今回は発動後の多少の疲労感だけで済んでおり、前回のように倒れるほどのダメージは残っていなかった。
ただラウラも見た目が問題ないことは分かるだろうし、この質問の趣旨としては精神的に大丈夫なのか、ということなのだろう。
「あぁ、何とかな」
正しくは今は大丈夫になった、ってところだ。
もし少し前の俺であれば大丈夫なはずもなく、諭されてようやく冷静さを取り戻すことが出来た、という所になる。
「そ、そうか。それなら良い。私はまたお兄ちゃんが変に考え込んでいないかと心配だったんだ」
「……」
「大和くん、あながち間違いじゃ無いんじゃない?」
ホント、ついさっきまでは。
どちらにしても今回の件を自分の記憶から掘り起こす必要もない。忘れてはならないことであれど、思い返して怒りが再燃してを繰り返していては本末転倒だ。
ラウラにもどうやら俺の精神状態が正常とは見えなかったらしく、確信じみた一言を告げられて思わず言葉がつっかえてしまう。ナギが少しからかい気味に言ってくるが間違いはない。
変に考え込んで間違った方向へと物事を進めようとしていた。楯無が居なかったら自身が闇落ちしていたかもしれない。
「だな、ラウラの言う通りだ。少し深く考えすぎて感情移入しすぎたのかもしれない」
「……お兄ちゃんは無理し過ぎなんだ。本当は私も助けたいが、やっていることが助けられるような内容じゃない気がする」
「それは……どうだろうな」
「ううん、多分私が知らないところでお兄ちゃんは色々と戦っている。そして話してこないってことは内容的に多分話せない内容なんだと思ってる」
ここでは話せない内容だからとぼやかすものの、ラウラは何となく俺が裏でやっていることに勘付いているように見えた。それでもその表情には怒りの感情はないが、確信じみた一言に言葉が発せなくなる。
ラウラの言う通り俺は一部の情報を除いて話していないことがある。同じ遺伝子強化試験体であることは伝えていても、自身の家業のことについては一切伝えていなかった。
この感じを見ると薄々俺のやっていることに気付いている節がある。性格上真っ先に何があったのか聞いてくると思っていたのに、ラウラの口からあくまで冷静に身を案じる言葉のみ。聞いてこないってことは俺が口を割らないというだけではなく、ラウラなりに信頼を置いている故に話してくれるまで待とうというスタンスなのかもしれない。
現に、私に話さなかったんだと言うことに怒っているのではなく、裏でやっていることが分からずに安否を特定出来ないことから不安に思っているようだった。
「ラウラ……」
「だからお兄ちゃんが話せるタイミングまで待つことにする。私はお兄ちゃんの妹で妹の務めは兄を信じることだから」
心配な表情を浮かべながらもほのかに笑ってみせるラウラ。まだまだ幼さ残る行動も多いって思っていたのに、随所に見せる大人びた言動に成長を強く感じる。
随分と強くなった。
そんなラウラの頭にポンと手を置いて頭を撫でる。
「んぅ……お兄ちゃん。ここは人前だぞ」
撫でられたことに驚きながらもラウラは目を細めた。
綺麗に整えられた髪が崩れないように優しく撫でているつもりだが、人前で撫でられるのが少し恥ずかしいのか若干の抗議をしてくる。
嫌だと抵抗されたら手を離そうと思ったけど念の為に手を離しても良いか確認を取る。
「悪い悪い。ラウラの顔を見てたら不意に頭を撫でたくなってな。やめたほうが良かったか?」
「……もっと撫でて欲しい」
「分かった」
気持ちよさそうに目を閉じるとそのままいつも通り俺の元へと近付き、両手を回して胸元へと抱き着いてくる。お互いISスーツ姿のまま抱き合うという何とも言えない状況ではあるが、ラウラが良いのであれば良い。
「あぁ、本物のお兄ちゃんだ」
胸に顔を埋めながら安心したように呟く。
まるで久しぶりの再会を喜ぶかのように、ギュッと力強く抱き締めてきた。少しばかり大げさだなと思いつつもラウラの行動に対して抵抗することなく受け入れる。
「本物って……どこかに俺の偽物でも見つけたのか?」
「ううん、こうして本物のお兄ちゃんがいてくれることに安心しているんだ」
人はいつどうなるか分からない。
それ故に俺が側にいることがラウラにとって何よりの喜びとなるのだろう。
『―――それではこれより表彰式を行います。三位までに入賞した生徒は所定の位置まで集合してください。繰り返します―――』
「おっと、やっと呼ばれたか」
そうこうしているうちに選手控室に放送が入る。
三年生のレースが終わってから幾分か経つが表彰式の準備が出来たらしい。アナウンスを皮切りに室内にいた該当の生徒たちがゾロゾロと入口へと向かって歩き出す。
「お兄ちゃん、次は負けない」
「俺だって負ける気はない。また来年のレース、楽しみにしてるからな?」
「うむ!」
ラウラも満足したようで、アナウンスが入ると同時にパッと離れる。これまでだったらいつまでもベッタリとくっついていそうなものだが、切り替えはしっかりと出来るようになったらしい。
今回のレースでラウラは入賞することが出来なかった。全体のレベルが上っているとはいえ、優勝争いにも食い込めなかったことは悔しいに違いない。
それでも浮かべる表情は清々しいものだった。これで学園行事がすべて終わるわけではない。一年後、二年後とまたリベンジする機会はある。だからこそ口から出てくる言葉は悔しがるものではなく、未来に対する自身の成長に向けて鼓舞する意味合いでの言葉だった。
改めてそっと手を伸ばすと、ラウラも差し伸ばした手をしっかりと握る。小さくも力強い握手は激闘を終えてお互いを健闘し合う戦友のような関係にも見えた。
「じゃあ俺たちは行くから。ナギもホントに色々とありがとう」
「うん、行ってらっしゃい。皆の前で緊張するかもしれないけど頑張ってね」
「ははっ、そうかもしれない。緊張し過ぎて言葉が出なくならないように気を付けるさ」
隣にいるナギにも声を掛けて入口へと向かう。
「一夏、シャルロット。アナウンスも入ったことだし早めに集合場所に行こうぜ」
「あ、あぁ。今行くわ!」
「あっ、待ってよ一夏!」
部屋の隅に追い詰められていた一夏とレースで三位に入ったシャルロットを呼ぶと、二人とも慌てたようにこちらに駆け寄ってくる。
一夏に詰め寄っていた面々は何とも言えない表情を浮かべながらも、表彰式に遅刻させるわけにはいかないと渋々納得したようだった。
そうは言っても……まぁ、一夏に女心を勉強しろって言っても難しいところだし、こればっかりは自然に治るのを待つか強制的に想いを伝えて意識させるかのどちらかしか無いような気がする。
それを一夏ラバーズが実行に移すかどうかは別の話だが、そんなこんなで俺たちは改めて表彰台へと向かうのだった。
尚、表彰式でインタビューを求められた一夏の反応が面白かったのはまた別の話になる。
「ふぅん、結局追い払われちゃったんだ。やっくんは流石ってところだけど、亡国機業の連中も大したことないんだねー」
目の前に展開されたモニターに流れる映像を見つめながら淡々と呟く姿。言葉が表すように映像そのものにはあまり興味を示すことはない。
彼女にとってはこの展開は容易に読めたものだった。出来レース感は否めなかった上に、相手が
モニターを覗き込む稀代の天才、篠ノ之束。
彼女は全てを見透かしたように呟く。
「流石あの実験の生き残り、だよね。私が与えたISも自分の手足のように自在に使いこなしているし、仮に使えなかったとしても何とかしていただろうからホントに見ていて飽きないよ。……でも敵として対峙したくないかな、まともに正面からぶつかったらいくらオーバースペックだとしても勝てないだろうし。何とか私の手元に来てほしいんだけど来てくれないかな〜」
彼の、霧夜大和の戦う映像を見ながら束はうーんと考え込む。彼女が興味を抱く対象は限定的である。興味を抱いた対象に関しては身内かと思うくらいにフレンドリーに接するがそれ以外の眼中にない、興味の無い対象に関しては完全な無視を決め込む。
故に束にとって対外の存在は無関心なものであり、霧夜大和はその興味を向ける対象の一つになっていた。
「うん、無理だね。束さんがどれだけ頑張ってもやっくんがこっちに来てくれる可能性は無理に等しい! 諦めよう!」
少し考え込んだ後にそう結論づける。
あらゆる方法を模索したはいいが、彼女の中で大和がこちら側に来てくれるビジョンが沸かなかったようだ。そもそも初対面での対応があまりにも酷すぎて、大和自身が束を全くと言っていいほど信頼をしていない。何なら何を考えているか分からない気を許してはならない相手、
「やっくんの周囲に手を掛ける? いやいやいや、そんなことしたら絶対に来ないどころか冗談抜きに束さん消されちゃうよ」
ブンブンと頭を振りながら頭の中に浮かぶ黒い考えを振り払う。
目的のためなら手段は選ばない。一般人とは大きくかけ離れた思考を持つ科学者ではあるが、どう考えてもこちらに不利にしか働かない選択はしない。
仮に大和を手に入れるために大和の周囲を傷付けようものならどうなるか、結果は容易に想像出来る。彼はもちろんのことその周囲も黙っていない。
自身が四面楚歌になるのは慣れっこだが、実行したとしたら自分が消される可能性がある事を考えると実行しようと思う気は雲散霧消した。
「それに……」
さらに束は続ける。
「興味ないものなら別にどうでもいいけど、自身の興味対象を直接傷付けるのはポリシーに反するからね。そんなことはするわけが無いんだよ」
と、あくまで冷静に判断を下す。
少なくとも現時点では彼女の頭の中に大和に手を掛けるつもりはないようだ。
「まぁ逆に亡国機業だけど……利用する価値くらいはあるかと思ったけど、結果はあんなんだし正直もう価値は無いように見えるんだよね。こっちに干渉されても迷惑だし……潰そうかな?」
今度は打って返ってどす黒い感情をあらわにする。
すぅと目を細めてモニターを見つめる束の周囲から明らかに近寄り難い負の感情が沸き上がってくるのが分かった。
「まぁでも亡国機業には
少しずつ束からどす黒い感情が薄れて行く、十秒か、数十秒か。時間が経つにつれて元の状態に戻る。
束の言うあの子たちというのは誰のことを意味するのだろう。
「あは♪ 今度会えるみたいだし楽しみだなぁ!」
少なくとも彼女にとっては興味を向ける対象であることは事実だった。黒い感情など微塵も感じさせないほどの屈託の無い笑顔を浮かべる。
その姿は興味あるものを見つけて喜ぶ無邪気な子供のようだった。口ぶりから察するに直近で会う機会があるのだろう、その時がただひたすらに待ち遠しい。
「名前なんていったっけな〜、前にちょっと調べたんだけど……あれれ、ホントに忘れちゃったよ〜」
名前は何だったかと過去の記憶を思い返す束だったが肝心の名前が出てこない。
興味対象であるにも関わらず忘れるのかと疑問に思う部分も多いが、頭を抱えるあたり本気で忘れてしまっているようだ。
「うーん……フルネームは出てこないけど箒ちゃんくらいの女の子と男の子で、名前にそれぞれ『ハル』が含まれてるのは覚えてるんだけど……ま、いいや! 『ハルちゃん』と『ハルくん』って呼んであげよう! それで良いと思う
「はい、素敵な呼び名だと思います。束様」
束の背後からひょっこりと姿を現したのは『くーちゃん』と呼ばれた少女だった。
ガラス細工のように美しい銀髪はすれ違った人間を思わず振り向かせるほどの魅力を持ち合わせている。
束と同じような不思議の国のアリスを彷彿とさせる白と青のゴスロリ系ドレスに身を包みながら、目を閉じたまま束の話に耳を傾けた。
彼女の名前はクロエ・クロニクル。
訳あって束と行動し、彼女に対する絶対的忠誠心を持っており、彼女から下される命令は絶対としている少女だ。
「でしょでしょ! くーちゃんもそう思うよね!? はぁ、待ち遠しいなぁ……!」
ニコニコと笑みを浮かべる束だが、その表情の奥に隠れる真意を分かる人間は誰もいない。
その目的は何なのか。
全ては闇の奥底になる。