IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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風に散る

 

 

 

「……」

 

 

初秋特有の涼しさ、街灯のみで照らされる道なりを一人歩く。誕生日会場から一人離れ、足りなくなったジュースを補充するために近くのコンビニへと歩みを進めていた。

 

一夏の誕生日会兼祝勝会は未だに盛り上がったまま、冷める様子は無い。

 

長時間のどんちゃん騒ぎで欠品してくるものも出てくる。特に飲み物はかなり枯渇状態にあったため、夜風に当たる目的もかねて買い出しに出ることにした。

 

如何せん知人の誕生日会に出たことが無いため、雰囲気に戸惑うばかり。嫌いとか苦手というわけではないが、長時間居ると話題が中々出てこないというか説明が少し難しい。

 

……本当はキャノンボール・ファストが終わってからすぐに一夏の家に駆け付けたということもあり、少し一人の時間が欲しかったというのが本音だ。

 

進む道には人一人おらず、自分の足音だけが反響音として返ってくる。車が通るような大通りではなく住宅街の小さな道故に車も全く通らないし一人になるにはちょうどいい。

 

ちなみに一夏の家を出る時にナギとラウラが手伝おうかと声を掛けて来たけど、二人には少し夜風に当たりたいことを伝えるとすんなりと納得してくれた。

 

今日のことに対して苛立ちとか恨みというものを持っているわけではない。

 

ただ純粋に色々と考えさせられた。

 

もちろん奴らのことを許したかと言われればそれは否、だ。奴らの仕出かしたことは決して許される行為ではなく、法で裁かれるべき大きな問題になる。

 

が、今回俺が気にしているのはそこでは無く……。

 

 

「―――こーら。ぼーっと歩いていると怪我するぞ?」

 

「っ! な、なんだよ楯無。いつから着いてきていたんだ?」

 

 

ふと、背後から声を掛けられて振り向くとそこには何処か苦笑いを浮かべた楯無がいた。

 

その距離僅か数メートル、この距離は普段なら接近に気付けているはずの距離であって、気付け無かったのは俺が如何に注意散漫だったたかがよく分かる。

 

歩を止めて、とっさに言い訳するかのようにいつから着いてきていたのかと返した。

 

 

「ついさっきよ、安心してちょうだい。最初からずっと大和の後をつけていたわけではないから」

 

「……そうか」

 

 

どこまで本当のことかは分からないが、楯無の言う事を信じるのであれば俺の背後に近づいたのはついさっきのことであり、俺が一日の家から出た当初からつけられていたわけでは無いらしい。

 

一人の時間が欲しいと思って外に出たのに、楯無につけられていたとなるとこれ以上物思いにふけている暇はない。

ここに来るまでの数分間、一人で色々と考えることは出来たわけである程度のリフレッシュは出来た。

 

 

「飲み物買うんでしょ? 量も多いだろうから私も手伝うわ」

 

「あぁ、助かる。でも大丈夫なのか? 楯無まで会場を抜けてきて」

 

「ふふっ、そのあたりは抜かり無いから安心して。大和が独りぼって心細いから助けて欲しいって言ってたって皆に伝えて出てきたから」

 

「あのなぁ……」

 

 

全くコイツは……。

 

てへっと可愛らしく誤魔化しているけどとんだ風評被害だ。それでも俺を一人で向かわせるのは何処か忍びないと思ったのだろう、彼女なりの優しさだと考えればそこまで悪い気はしなかった。

 

軽口を叩き合えるのもお互いの関係値の近さと考えると、それはそれで嬉しいものではある。会話が終わると目的地に向かって再び歩き出す。

 

 

「コンビニの場所は大丈夫?」

 

「そりゃあな、流石に適当に歩いている訳じゃないよ。一夏の家から十分弱だからもうすぐ着く」

 

 

一夏の家に来るまでに大体どこに何があるかは把握した。行き当たりばったりで歩き回っているわけではなく、ちゃんと目的地に向かっている。

 

今通り過ぎた寺は目印の一つでもある。

 

 

「そう、それなら安心ね。じゃあ私は大和の後についていくことにするわ」

 

 

当たり障りのない会話を俺と楯無は続ける。

 

生産性のない会話と言われればそれまでだが、昨日から今日にかけて爆発事件から亡国機業の侵入と、ずっとお互いにバタバタしていた訳だし特に意味のない会話の一つや二つは許して欲しい。

 

二人並んでコンビニへの道のりを歩む。

 

楯無と二人だけでこうして歩くのは何時ぶりだろう。思い返す限りは回数としてはそんなに記憶には残っていない。

全てが解決した……訳では無いが一旦落着した後のこの二人の時間は何処となく安らぎを感じられた。

 

 

「ねぇ大和」

 

「ん?」

 

「手、繋いでも良い?」

 

「……あぁ」

 

 

二人で歩いていると咄嗟に手を繋いでも良いかと楯無から確認される。

 

断る理由はないが今日の一連の出来事からやはり楯無を意識してしまっているようで、少し上擦った声で返事をした。

 

楯無本人からの返事はないが、俺の返事に呼応するように控え目にそっと俺の手を握りしめてくる。手から伝わってくる楯無の体温を直に感じると、自ずと自分の顔の温度が高調してくるのが分かった。

 

夏が終わり少し肌寒さも感じるこの季節、伝わってくる楯無の体温が身体の芯から全体を温めてくれるように感じる。

 

いつもの俺だったらどうだろう、状況によっては断っていたかもしれない。だがどういうわけか今は人の温もりを欲していることが自分でもよく分かった。

 

一人になりたいというのは建前であって、本心は誰かが側にいて欲しい。情けないなりにも精一杯強がっているのかもしれない。

 

 

「少しは気分は晴れてきた?」

 

「まぁ、多少はな。まだ俺の顔引きつって見えるか?」

 

「ううん。見た目だけだと分からない。でも多分大和のことだから表情には出さなくても内面は葛藤しているのかなって思っているの」

 

 

何処か遠慮しがちに、いつもより少しだけ心配そうな表情で俺のことを見つめて来る。

 

一つずつ整理していこう。

 

まず亡国機業やティオの組織がやらかした行為については毛頭許す気はない。

スコール自身は研究に携わっている感じは見受けられなかったものの、研究が行われていることを知っている以上その事実を黙認していることになる。その行為についても情状酌量の余地はない。

 

ただしあの精神状態のまま戦いを続けていればスコールを手に掛けることになっていたのは事実。温情とも言える対応で俺は今回に限り彼女を見逃す選択をした。

 

スコールも言っていたけど、目の前に敵対組織の幹部がいるにも関わらず逃すようなことは普通ならまずありえない。だが釘は刺した、下らないようなことを企てようものなら次は組織ごと潰してみせると。

 

スコール本人もそれは認識しているだろうし、研究に実際に携わっていたティオは見つけ次第必ず捕らえてみせる。

 

そこに関してはもう割り切った。

 

俺が割り切れていないのは今回の騒動で失ってしまった命についてだ。自爆特攻をしたプライドはもちろんのこと、奴の唯一の肉親の妹までをも命を落としたこと。

 

さっきも言ったように幾多もの人間に手を掛けるだけではなく、俺やラウラまでをも手に掛けようとした行為は決して許されるものではない。

 

その上で自分が大切に思っていた妹を失ったことは因果応報であって自らが撒いた種以外の何物でもない……が、そんなロクデナシでも守りたいものがあった。

 

そこだけは事実だったことを考えると、何とも言えない気持ちになる。

 

少なくとも奴自身にとっては正義だった。自身の正義を貫くために奇行に走ったとなれば……。

 

 

「……さぁ、どうだろな。人間は誰しもが悩みを抱えている。俺だけじゃない、皆悩んで戦っているんだ。俺だけが大変っていう訳じゃない」

 

 

何が正解なのか、今となっては誰も知らない。

 

死人に口なし、プライドの口から聞くことが出来ない以上全ての真実は闇に葬り去られた。

 

これ以上は真実を追求することは難しい。その人の気持ちなんて本人以外分かるわけが無いのだから。

 

 

「ただどちらにしても、だ。今日は楯無に助けられた、本当にありがとう。あのままだったら俺、間違いなくスコールを手に掛けていた」

 

「あれくらいなら良いわよ。後輩の軌道修正をするのも生徒会長()の仕事だもの。未然に防げて良かったし、大和も無事で良かった」

 

 

今日に関しては本当に楯無に救われた。

 

それだけだ。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

二人の間を沈黙が貫く。

 

気まずいわけではなく純粋に話す内容が無かった。

 

そしてただひたすらに楯無と二人きりの時間を過ごしたかったという俺のエゴが勝り、何かを切り出すことが出来なくなる。

 

……ホント、俺何やってんだろうな。

 

ナギっていう最高のパートナーがいるのに千尋姉やナターシャさん。本心から言えば彼女たちはこんな関係なんて望んでいないのかもしれない。従来通り一人一人、目線を合わせて愛してほしかったのかもしれない。

 

俺自身が優柔不断なばかりに前例のない関係へと発展してしまっている、そうさせてしまった自分自身にも反吐が出てくる。

 

思えば楯無はナギと同じように俺が入学してからこれまでずっと俺のことを影からサポートしてきてくれた大切な存在だ。IS学園に入学してからの付き合いの深さだけで言えばナギに劣らないものがあった。最終的に俺はナギと付き合うことになったわけだが、ひょんな一言から今のようなグレーゾーンな関係に繋がっている。

 

楯無は今の俺を取り巻く関係を知らない。もちろんナギが話していれば別だが絶対に話すことはない。

 

話したらどうなるだろう。幻滅されるかもしれないがこればかりは仕方のないことだ。

 

 

「大和は……これからどうするの? その、今回色々あったじゃない。だからこれまでと認識が変わるのかなって」

 

 

ふと、楯無が切り出す。

 

言葉を濁してはいるが今日の一件を経て、これから俺がどのように立ち回っていくのかを知りたいのだろう。

 

学園の生徒会長として、更識家の当主としての立場もありつつも、一個人として身を案じてくれているようで、握る手はほのかに力が籠もっていた。

 

確かに思うところは多々あれども、俺がやることは変わらない。

 

 

「あぁ、そういうことか。基本的な部分は変わらないよ、ただ一部の奴らが多くの人間を手に掛けている以上、黙って見過ごすわけには行かなくなった。今後は組織の大元を潰す方向性で動いたほうが良いのかもしれない」

 

 

今回、人体実験を行っている事実が露呈した。

 

この時代非人道的な行為は少なくなりつつあるものの、まさか自分の身近でそんなふざけた行為が行われているとは夢にも思わなかった。

 

当然、その存在を野放しにしていくつもりはない。

 

近い将来必ず全てを洗い出して徹底的に潰す。二度と命を軽視した実験などが起きないように、起こさせないように諸悪の根源を断ち切る必要があった。

 

 

「……ただ、もちろん今回みたいなことになったら意味がない。俺はもっと自分自身をコントロールする必要があるし、利己的に動けば必ず何かを失うことになる。偶々止めてくれる人が側にいたから良かったものの、あんなことは二度と起こすわけにはいかない」

 

 

 

怒りのあまり自分を見失い、大罪人とはいえ手を掛けそうになるなど言語道断だ。罪人を裁くのは俺たちではない、国家や法曹機関がそれを裁くのであって、俺がもし手を出したらそれはただの利己的行動になる。

 

自身の感情で動いたら自身の周囲の人間は、大切な人はどうなるだろう。絶対に守らなければならないものは自身のプライドではない、自分を想ってくれる人だ。

 

 

「……絶対にな」

 

 

もう二度と私的感情に飲み込まれてはならない、それはある意味誓いのようなものでもあった。

 

俺のことを想ってくれる人や、命懸けで止めてくれた人のためにも、その想いを踏みにじるわけにはいかない。

 

 

「……あっ、悪い。変に暗くしちまったな」

 

「ううん、大丈夫よ。大和なら大丈夫だって信じているから」

 

「そういうところの信頼はあるんだな。てっきり信頼なんて地に落ちていたと思っていたんだが」

 

「あら、大和は無茶はするけど裏切りはしないもの。私たちを置いて何処かには行くわけがない、そうでしょ?」

 

「ありがたいことで。ただまぁ安心してくれ、IS学園や皆を裏切ることなんてしないし、これからはもう少し自分のことをコントロール出来るように気を付けるよ」

 

「期待してるわね。もう女の子を泣かせちゃダメだぞ?」

 

 

楯無はにへっと笑い、握っていた手をほどいたかと思うと腕に抱き着いてくる。はたから見れば恋人以外の何者でもないわけだが、残念ながら俺と楯無の間に恋人関係はない。

 

ぎゅっと力を込めて身体を密着させてきているため、右腕の密着部分がほのかに……いや、凄く温かくなっているのが分かった。

 

時間帯的にも涼しいタイミングのため、楯無が着ている洋服も夏服に比べれば厚手になる。肌感はダイレクトに伝わってくることはないが、厚手の生地と楯無の柔らかい何かに包まれることでみるみる内に体温が上がっていく。

 

体温の上昇とともに、俺の顔面も赤みがさしていく。

 

 

「……? ふふっ♪」

 

 

俺の変化は楯無にも気付かれてしまった。

 

顔を見上げて表情を確認すると笑みをこぼしながら、より強く抱き着いてくる。

 

意識するなと言われてもしてしまう。午前中ほどの如実な反応はせずともやはり楯無に接近されるだけで、俺自身の胸の高鳴りはドンドン加速していく。

 

 

「……意識、してくれているのね」

 

「?」

 

 

消え入りそうな小さな声で楯無は何かを呟く。環境音と合わさって何を言ったのかは全く聞き取れなかった。

 

 

「ね、みんなの前にこのまま現れ「ダメに決まってるだろう、俺を社会的に抹殺する気か」えぇー! ダメなの!? 別に良いじゃない〜!」

 

「良いわけあるか!」

 

 

ギャーギャーと痴話喧嘩のようなやり取りを繰り返す。

 

あの時手を出していたらこんな風景も失われていたことだろう。

 

 

「……もう一人姉が増えたみたいだ」

 

 

今の楯無を見ていると血は繋がってなくとも姉がもう一人増えたように感じる。

 

何と言うか年上相応の落ち着きもあれば、途端にダメ姉化する感覚が何処となく千尋姉と通ずるところがあるんだよな。

 

 

「ふふん、今からでも楯無おねーさんって呼んでくれて良いのよ?」

 

「呼ばん」

 

「ケチ〜!」

 

 

楯無は楯無であって楯無以外の何物でもない。

 

自分で言っててよく分からなくなるな。

 

かつて俺が楯無のことを呼び捨てで呼ぶように言われてそれを忠実に守ったのだから今更呼び方を変えるつもりはない。

 

冗談通じないなーとムッとした表情を浮かべるが、あいにく俺が姉付きで呼ぶ人は一人だけだ。それ以外に呼ぶ予定もない。

 

まぁただ、楯無がこんなに喜怒哀楽を見せるのは俺の前だけと考えると、特別な存在として見られているんだと凄く嬉しくなる。

 

この妙な胸の高鳴り、さっきは偶々だと自分に言い聞かせた訳だがもう自分の気持ちに嘘偽りをつくことは出来なかった。

 

俺、やっぱり楯無のことも……。

 

 

「大和、そんなにじっと私のこと見てどうしたの? 何か顔についてるかしら」

 

「いや、何でもない。ただ……そうだな、可愛い顔だなって思って見とれていた」

 

「……えっ?」

 

「さっ、行くぞ。あまり遅くなると皆を待たせちまう」

 

「ちょ、ちょっと大和! 今のはどういう……あっ、待ってってば!」

 

 

慌てる楯無をよそに俺は先へと進む。

 

こんな照れた顔なんて楯無に見せられるわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人はいずれ終末を迎える。

 

生まれた命は幾多もの歳月を経てやがて土に還る。

 

これは人として、生物として生まれてきたものの宿命になる。命はいずれ尽きるものであり、永遠の命などは存在しない。

 

寿命で尽きるか、それとも不慮の事故で尽きるか。

 

それはそれぞれの運命となる。

 

 

「……」

 

 

パーティの翌々日、一日の振替休日を経てIS学園は登校日を迎えていた。パーティの最中もその後も大きな問題は起きることは無く今日という日を迎えている。

 

時刻は朝の七時。

 

登校するにはまだ早い時間帯になる。少し肌寒さが残る朝の時間故に周囲に登校している人間はいない。学園へと伸びる並木道、その横に広がる森林の中にポツリと一人の青年が立っている。

 

何かを手に持ったまま、とある一点を見つめながら微動だにしない。

 

 

「……俺のガラじゃないんだけどな」

 

 

ポツリと呟く青年、もとい大和の視線の先に映るのは少し大きめな石であり俗に言う墓石になる。

 

何故こんなところに墓石があるのか、理由は単純で先日ここで命を散らせたプライドを供養するための墓だった。

 

爆心地にいたプライドはその衝撃波によって全身のありとあらゆるものを粉々に吹き飛ばされて証跡は一切残らなかった。本当に爆散したのかも死んだのかどうかも分からない、だが状況的にあの爆発から逃れられた可能性は限りなく低い。

 

まず生還は不可能とも言える状況の下、場に何も残らなかった、かつ目の前にいた大和が無事かどうかという確認に首を横に振ったということは生き延びている可能性はゼロだ。

 

ガラじゃないと言いつつも手に持った花束を墓石の前にそっと置き、何とも言えない複雑な表情を浮かべる。どれだけ憎くて死んで当然だと思っていたとしても、いざ亡くなると淋しいような悲しいような言い表しがたい気持ちだった。

 

 

「悪いがこんな状況になった今もお前のことを許したつもりはない。償い切れないほどの罪を犯し続けてきたお前を一生許すことはないだろう。ただ……」

 

 

聞いている人間などいるわけではない。

 

それでも前の墓石に、天に旅立ったプライドに向けて一つ一つ自身の胸中を曝け出していく。例え天地がひっくり返ったとしても、大和はプライドを許すことはない。

 

 

「お前にも守りたいものがあったというのはよく分かった。自分の命を犠牲にしてでも俺を殺そうとしたあたり、本当に大切な存在だったんだなと身に沁みて思う」

 

 

が、悪党は悪党なりに守りたいものが存在した。それがたった一人の肉親である妹だ。

 

とはいえ妹を大切に思う気持ちをもっと周囲や自身を律することに向けられれば今回のようなことにはなっていない。

二人揃って旅立つという想定される一番最悪な結末を迎えてしまった。どこで歯車が狂ったのか、どちらにしても大和と初めて出会う前からその歯車は壊れかけていたのだろう。大和との出会いで全てが崩れ去った。

 

狂った歯車を元に戻すことは出来ず、結果としてプライドは大和の抹消任務に失敗して自身の妹を粛清、という名目で実験体にされて亡くし、自らも恨みを大和に向け最終的には自爆という形でこの世を去った。

 

 

「……何故その想いを他の人に向けられなかったんだ」

 

 

自分の妹にそれだけの感情を向けることが出来るのであれば、どうして他の人にも同じ感情を向けることが出来なかったのか。

 

今となっては知る由もない。

 

 

「おっと、他にも客人が来たみたいだな」

 

 

ボソリと呟く大和に続くように、彼の背後から足音が近付いてくる。音から判断するに一つや二つではなくかなりの人数であることが分かった。

 

やがて足音が一定まで大きくなったかと思うと、今度はピタリと止んだ。

 

 

「大和」

 

「おう、一夏……だけじゃないな、ほとんど全員いるみたいで」

 

 

大和に声を掛けたのは一夏だった。

 

一夏の声に釣られるように後ろを振り向くとそこには一夏以外の面々も同じように足を揃えている。

 

 

「……千冬姉から全部聞いたよ。その、通学路で起きた出来事も」

 

「そうか」

 

 

何処となく気まずそうな表情を浮かべ、視線を大和から少し逸らしながら話は千冬から聞いたと告げた。

 

大会後の誕生日会ではそんな素振りは微塵もなかったことから、聞かされたのは大会翌日の振替休日中であることが伺える。

 

 

「その、なんだ。大和の様子がおかしかったのにはちゃんと理由があったんだな。それも理解せずに変に決め付けて悪かった」

 

「いや、気にしないでいい。俺も言わなかったし一夏たちが知らないのは当然だ。それを気に病むことなんてない」

 

 

一夏の口から謝罪の言葉が漏れると、大和は気にしなくていいと諭した。

 

プライドが爆死したという事実は共にいたナギや担任である千冬、生徒会長の楯無を除いて誰にも口外していない。

 

つまり知る由がない。

 

理由を聞かされていないのだから大会当日の大和の行動に対して不審に思うのも無理はなく、集合時刻になっても集まらないとなれば周囲に迷惑を掛けているのだから、怒られるのは至極真っ当である。

 

だからこそ大和が一夏を責めることは無かった。

 

 

「そう言ってくれると助かる。後ろがアイツの?」

 

「あぁ。とは言っても奴自身のものは何一つ残っていない。ただ形式上は作ってやろうということで急遽用意した感じだ」

 

 

一夏は大和の後ろに視線を向けると、背後にある墓石を見てあれがプライドの墓かと尋ねると大和は首を縦に振る。

 

 

「形式上、か」

 

「……一応、奴も人ではあったからな。自爆も覚悟の上だったんだろう。それほどにまで大切で、奴にとっては守りたかった存在なんだと思う。一夏にとっての仲間や、織斑先生のようにな」

 

「……」

 

 

居なくなって初めて分かる、誰かを守るという覚悟。

 

プライドのやったことは誰しもが許せることではないが、実の妹に掛ける気持ちだけは本物だった。

 

たった一人の大切な存在を失う痛みは計り知れないだろう、失う原因になった大和を自分の命もろとも吹き飛ばそうと考えるあたり気が狂っているが、自身の命を犠牲にしてでも仇を取りたかったとも受け取ることが出来る。

 

 

「なぁっ、一夏。守るって何なんだろうな、正義って何なんだろうな?」

 

「それは……」

 

 

大和からの問い掛けに対して口ごもる一夏。質問の内容は至ってシンプルなもので、今までの一夏だったら迷わず答えていたことだろう。

 

だが答えられない。

 

誰かを守ること、に対して一番強いこだわりを持っていた一夏が答えられない。

 

千冬から話を聞いて、そして今日の大和から話を聞いて、彼の中で何処か迷いが出てきているように見えた。

 

 

「奴がやったことは許せることじゃない。そんな人間を捨てたクズでも守りたいものがあった、何なんだろうなこのチグハグな感じ。守る人間がいるのなら真っ当に生きれば良いものをそうはしなかった。何が正しくて何が間違いなのか分からなくなっちまいそうになる」

 

「大和……」

 

 

大和もプライドに同情をしている訳では無い。

 

どんな悪党であっても守りたいものがある、そのために悪に手を染めているとなると何とも言い表しが合いモヤモヤとした感覚だけが残ってしまっていた。

 

 

「少なくとも奴にとっては奴なりの正義を貫いたってことになるんだろうな。俺たち一般の人間から見れば紛うこと無き悪で奴からすれば正義だった、それだけなんだろう」

 

 

墓に視線を向けてそっと目を細める。

 

出来るせめてものことは今回の一件で亡くなってしまった二人を供養すること、そして同じことを二度と起こさせないように諸悪の根源である組織を潰すこと、これだけしか無かった。

 

既に大和は前を向き、新たな方向に向かって歩き始めようとしている。

 

 

「……このギャップを埋めることは一生できないと思っている。出来るとするなら悪に染まる前に軌道修正させることくらいか。いずれにしても簡単なことでもない」

 

「そう、だな……」

 

 

歯切れの悪い返事をする一夏、やはり色々と思うところや改めて考えさせられたことがあるのだろう。

 

そのような反応の一夏に対して、大和はそれ以上何かを言うことはなかった。

 

 

「お前らも朝から悪いな」

 

「……別に大したことはないわよ。千冬さんから色々聞いたけど、あんたにはあんたの事情があったのね。だとしたら大会時の挙動不審な行動は全部納得が行くわ。本当ならあの場で色々と話して欲しかったけど、まぁあんたなりに話せない事情があったんだと思っておくわ」

 

「そう言ってくれると助かる。どちらにしてもずっと隠しておくつもりはなかったんだ。今回は織斑先生が話してくれたけど、もし話さない場合はどこかで俺の口から話そうとは思っていた」

 

「そう。でもとりあえず大和も無事で学園側への損害はほぼ無かった。そう考えると大ごとにならなくて良かったんじゃない」

 

 

鈴はあくまで淡々とした口調で話す。

 

その表情に怒りの感情は一切無く、大和の全ての事情を汲んでいるように見えた。

 

 

「鈴の言う通り、今回はこちらに被害がなくて良かったと思ったほうが良いのかもしれないな。至近距離で爆発に巻き込まれて無傷である方が奇跡としか言いようがない」

 

「えぇ、まぁ相手は気の毒でしたけど学園側に損害は無くて良かったと考えた方が切り替えやすいかもしれませんね」

 

 

鈴の意見に概ね同意と言う箒とセシリア。

 

少なくとも学園側に大きな損害はでなかった、それが何よりだと言い切る。二人も大和に対して怒りの感情は微塵も感じられなかった。

 

仕方がなかった、自分がISを展開しなければ大和も木っ端微塵に吹き飛ばされていたことだろう。自爆した本人を救うことは不可能に近いことであり、どうあがいても救うことは出来なかった。

 

変に気負う必要はないと大和に伝える。

 

 

「大和、大変だったね。僕たちの知らないところでありがとう、お疲れ様」

 

「……今回のことばかりはお兄ちゃんが言えないのも無理はない。本来なら私たちが勘付いてフォローするべきだったのに力不足で申し訳ない」

 

 

今回のことは千冬に言われるまで青天の霹靂だった。自分たちが知らないところで大和は戦ってくれていたことに対し、シャルロットは感謝の言葉を伝える。

 

そしてラウラは言えないのも無理はないと大和に同調し、その上で気付けずに申し訳ないと謝罪をする。大和としては謝られるほどのことではないと思いつつも、そうかとラウラの気持ちを受け取った。

 

自分がラウラの立場に立たされたとしても、きっと同じことを言うだろうから。

 

 

「じゃあ、そろそろ行くか。ここに長々と滞在する理由もない。あまり長くここで黄昏ていたら織斑先生に出席簿で叩かれそうだ」

 

「うへぇ、それだけはごめんだ」

 

 

頃合いを見計らって大和が登校しようと全員に声を掛けた。冗談半分で遅刻をした時の未来を伝えると、一夏が真っ先に反応して表情を歪める。

 

過去に何度も経験している故にその痛みや恐ろしさを誰よりも知っていた。

 

 

「ふむ、墓参りが原因で叩かれるのは勘弁願いたいものだ」

 

「本当に手加減というものを知らないんですもの。目をつけられる前にさっさと行きましょう」

 

「あんたらは大変ね。私はまぁ二組だし? そこまで担任も厳しいわけじゃないから多少の遅刻は許されるけどさ」

 

 

各々に見解を示しながら踵を返すと、墓石に背を向けて並木道へと戻っていく。

 

 

「教官の授業に遅れるなど言語道断。よしっ、ここからは駆け足で学園に向かうぞ」

 

「いやラウラ、走らなくて全然間に合うからさっ!」

 

 

はははっ、と先ほどまでの暗い雰囲気とは一転して少し和やかな空気が流れ込む。

 

一歩、また一歩と墓石から遠ざかって行く一同。

 

列の最後尾を歩く大和はふと何かを考え込んだかと思うと、再び墓石の方へと向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅かれ早かれいずれ俺もそっちに行くことになるだろう」

 

 

大和の何気なく呟くその言葉には何の意味があるのか。

 

人生は人それぞれ、遅かれ早かれ人は生涯を閉じる。

 

それがいつになるのかは誰も知り得ない、全てを司る神だけが知ること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――もしそっちの世界でお前を見つけたら、今度はぶん殴ってでもこちら側に引き込んでやる」

 

 

ただもし将来大和が現世を旅立ち、天の世界でプライドに出会ったのであれば。

 

そしてもしそこでも改心の気持ちが見られないのであれば。

 

どんな手段を取ってでも、今度こそは必ず正しい道へと引き摺り込んでやる。

 

先に旅立った敵に対して言葉を送るのだった。

 

 

 

「大和、どうした?」

 

「あぁ、何でもない。今行くわ」

 

 

一夏の呼びかけに背を向けて墓石を後にする。

 

大和たちの姿が見えなくなるのと時を同じくして、一輪の風が墓石周辺に吹き荒れた。

 

大和の置いた献花の花びらが風とともに散っていく。

 

これからどのような未来を迎えるのか。

 

この時はまだ誰も想像していなかった。

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