「妹? よろしく? あの……悪い、話が全然見えないんだが」
端的に妹をよろしくお願いします、と言われたところで何をよろしくすれば良いのか全く分からなかった。前提条件を完全無視した楯無の説明に何一つ理解が出来ずに困惑するしか無い。
楯無の妹……ほとんど接点は無いが一度だけ鉢合わせたことがある。
『更識簪』
一年四組所属の生徒だ。
更識なんて苗字は早々居ないし、見た目が似ていることからすぐに楯無に妹が居ることは把握することが出来たわけだが、これまで一度たりとも楯無の口からその全容を話されることは無かった。
こちらから本人に切り出すことも全くなかったため、偶々その話題にならなかっただけなのかとも考えてはいるものの、実の妹だというのに一切の話を聞いたことがない。楯無が純粋に話す機会が無かっただけなのか、それとも意図的に話すことを敬遠していたのか。
正直どちらが本心なのかは分からない。
「……」
が、一つだけ確信を持って言えることがある。
口を真一文字に結びながら話しづらそうにするあたり、妹との関係値がうまく行っていないのだろう。
世の中には仲睦まじい姉妹もいれば真逆の関係の姉妹だっている。今回の場合はどうやら後者に値するらしい。何故そうなったのかは分からないけど、追々説明をしてくれるのだろうか。
「楯無?」
再び黙り込んでしまう楯無に声を掛ける。
ハッとしたような表情を浮かべて慌てて話を続けた。
……どうにもらしくないな。
「あっ、ご、ごめんなさい。説明が途中になっちゃってたわね、えーっと……その、厳密には一夏くんのフォローをお願いしたいんだけど」
「一夏のフォロー?」
「う、うん。えっと、前提から説明するとね……実は一夏くんに妹のフォローをお願いしたの。大和は私の妹のこと知ってるかしら?」
「楯無の妹……四組の更識簪のことか? 関わりは無いけどお前に妹がいることは結構前から知っていたぞ」
「……そう、それなら話が早いわ。実は妹……簪ちゃんも日本の代表候補生ではあるんだけどね、専用機が無いのよ」
専用機がないことは別に不思議な話ではない。
クラスの代表候補生は軒並み専用機を持っているために感覚がおかしくなっているが、代表候補生だからといって全員に専用機が与えられるわけではない。
実際にセシリアの先輩に当たる生徒もセシリアと同等か上回るほどの実力を持ちながら専用機は持っていない。実力はもちろんのことタイミングも重要になってくる。
そのことは多分誰よりも分かっているであろう楯無がこんなことを言ってくるのだから、裏に隠れる理由があるんだろう。
「専用機が無い? うちの学園は代表候補生でも専用機を持っていない生徒は何人かいるけどその口ぶりだと何か事情があるんだな?」
「えぇ、実は簪ちゃんの専用機の開発元は倉持技研になるんだけど……」
「倉持技研? 確か一夏の白式の開発元もそこだったような……」
「そうなの。元々は簪ちゃんの機体を開発していたんだけど、一夏くんがISを動かしたことで急遽彼の専用機を用意することになった。本当なら並行して開発を進めるべきだとは思うんだけど、ISの開発は国家プロジェクトの一つで何より貴重な男性操縦者ってこともあったせいで、スタッフのほとんどが白式の開発に回されてしまったの」
「……つまり、白式の開発のために機体が開発途中のまま放置されたってことか?」
「そういうことになるわ」
事情を聞くと中々にえげつない話になる。
それほどまでに大きな影響力を持つ男性操縦者、織斑一夏。元々開発をしていた手を止めてまで、一夏のISを作ることに企業は尽力することに。だがその弊害は意外にも身近なところで出てしまっていた。
本人からすれば青天の霹靂だろう。たった一人の存在が自身の専用機の開発に影響を与えてしまうなど。
「それでね、一夏くんにお願いする時にも開発遅れの件はそれとなく伝えたの。併せて簪ちゃんと今度開催されるタッグトーナメントのタッグも組んで欲しいこともね」
予想通りの展開になるわけだ。
当然一夏は自身の専用機を作る過程にそんな背景があったことは微塵も知るわけがない。とはいえ一夏の専用機はもう手元にあるわけだから今は再度機体の開発が進められている、という認識で良いのだろう。
どちらにしても一夏からしたら自分の機体のせいで彼女に迷惑を掛けてしまったと思うのは明白。責任感の強い一夏のことだし、タッグトーナメントのパートナーも引き受けたに違いない。もちろん相手の同意あってであるが故に、首を縦に振られるかどうかは分からないが。
ちなみにタッグトーナメントが行われる理由としては、ここ最近続いている亡国機業の襲撃に対応出来るようにするためだ。少しでも普段から緊張感を高め、かつパートナーとの連携を重きに企画された大会らしい。
「なるほどね。とりあえず一夏のISの開発は終わっていると思うんだけど、彼女の専用機の開発はやっと進めてもらっているってことで良いんだよな?」
「あの……それがね? 機体の七割は完成していたんだけど途中で開発が止まったことで、自分で組み立てようとして簪ちゃんが引き取っちゃったの」
「……おぉう、マジか」
さて、思ってた予想を百八十度覆されてしまった。
開発が再開されたであろう機体を引き取ってしまったのは流石に予想外だ。しかし疑問になるのがどうして引き取ったのか、だ。
少なくとも白式の開発が終わった以上、次なる優先順位は彼女の専用機になる。機体が七割ほど完成していたと言うことであれば少し待てば完成品が何をしなくとも手元に届いたはずにも関わらず、完成を目前にした自身の専用機をわざわざ引き取ってしまった。
何の意味もなくそのような行動をするとは考えにくい。
「引き取った理由は分かっているのか?」
「多分だけど自分で組み立てようとしているんだと思う。私もその……自分で組み立てたから」
「楯無も?」
楯無が自分で機体を組み立てたのは初耳だった。
「うん、もちろん本当に全部を一人でやったわけではないのよ? 当然整備課の皆にも色々と手伝ってもらったんだけど……多分あの子、私が完全に一人で組み立てたと思って誰にも頼らないでいるみたいなの」
「ほーん……ん? てことは簪さんは間違って認識してるってことなんだよな? それなら楯無が自分の口で伝えることは出来るんじゃないか?」
「そ、それは……」
あくまで一般論として誤った認識を持たれているのであればそれを解いてみたらどうかと、あえて聞いてみるものの楯無の反応はいつもとは正反対の要領を得ない反応だった。
そこから感じるのは簪と話すことに対する気まずさ、お互いの関係が話しかけることも難しいほどに冷え切っていることを悟ることが出来る。
「……まぁ、話すのが難しいなら今は言わなくて良いよ。言えないこともあるだろうしな」
話しづらそうにする楯無にそれ以上は言わなくていいと手を差し出して制止する。
言い出しづらいのだからこれ以上俺が聞くのはかえって失礼になる。それなら本人が話せるようになったタイミングで話してもらえればいい。
「えっと、後はそうね。一夏くんにも無理はしないでねって伝えたんだけど……ちょっとわがままが過ぎたかしら……私の問題なのに一夏くんにも丸投げしちゃったし、こうして大和にもまた迷惑を掛けちゃったし……」
一転してシュンと落ち込んだ表情を浮かべる。
端から見れば自分では解決出来ないから全てを押し付けのように見え無くもない。ただそこに至るまでの過程として色々と悩んで葛藤した部分もあっただろう。
一夏に迷惑をかける、俺に負担をかけることを知った上で頭を下げに来ているはず。もしも前提も何もないのであればこちらからも甘えではないかとかなり厳しい言葉を投げ掛けていたかもしれない。
それでも彼女自身の性格を考えると、相当に悩み苦しんでいたはずだ。
「いや、多分一夏も本当に嫌なら断っているだろうし、引き受けたってことは一夏なりに伝わってくるものがあったんじゃないか? 白式とは別に思う何かがな」
「……大和」
「一夏のことだ、なるべく自然を装って接触しますとか言ったんだろ? なら一旦はそれでいいんじゃないか。俺も掛かりきりにはなれないけど、それとなく様子は見守るようにするからさ」
「……ありがとう」
気が少し紛れたようでニコッと笑う楯無。
そうそう、楯無には笑顔がよく似合う。悲しんでいる顔はあまり似合わない。思うところは色々とあるんだろうけど、笑っていれば何とかなることだってある。
「あっ、ちなみにその子の写真とかあるか? 念の為に認識に間違いが無いか確認しておきたい」
「え? あっ、うん。良いわよ。えーっと……あ、この子よ」
懐からスマートフォンを取り出して画面をしばし見つめながらスクロールを繰り返してこちらに液晶を差し出してくる。
未だパカパカ式のガラパゴス携帯を使っているけど、もう今の流行りはスマートフォンに切り替わっているみたいだし俺もそろそろ買い替えかな。
色々と仕事用にカスタマイズする必要があるけど、この携帯に比べれば遥かに高機能で使い易いに違いない。
「どれどれ……ほーん」
液晶に映っているのは楯無によく似た水色の髪型の女の子だった。違う点は色々とあるけど楯無の髪型が外ハネに対して内向きに跳ねている。
表情も活発な楯無に比べて内向的で大人しそうなイメージに見える。現にほとんど会話らしい会話はしたことがないからアレだが、一般的に言う暗い部類にカテゴライズされるのだろう。
俺が以前出会った生徒と寸分違わぬ容姿に想定している人物が同じであったことを理解した。
しかしまぁあれだ、暗い雰囲気は纏っているとはいえやはり姉妹揃って整った顔立ちをしている。
「了解、認識した。まぁそれとなく様子を見るのは明日からになりそうだけど」
「えぇ、それで大丈夫よ。その……最終的には私自身が何とかしなきゃいけない問題だから」
楯無自身もあくまで自分の問題だからと言い切る。確かに二人の問題は俺たちが下手に介入しても良くなるとは思えない。
となれば基本的にはキッカケを作るのが精一杯であり、細かい部分は楯無が動かなければならない。二人が疎遠になった理由を知っているのは他でもない、楯無と簪なのだから。
「……」
楯無と簪の関係のように、千尋姉と俺の関係も今のようになるまでにかなりの時間を要した。千尋姉はもしかして同じような気持ちを持っていたのだろうか。
元々仲の良かった更識姉妹と全くの関係値ゼロの俺たちでは比較しようが無いものの、もしかしたら参考になる部分もあるかもしれない。
「……大和ってお姉さんいたわよね。男女で多分起こること起こらないこと色々あると思うんだけど、その……喧嘩とかはしなかったのかしら?」
「ん……喧嘩? うーん……喧嘩ねぇ」
楯無から二人の間に喧嘩はなかったのかと尋ねられる。
ふと思いつく限りの過去の思い出を振り返るが、俺と千尋姉、今年で出会って十年経つけど喧嘩らしい喧嘩はした記憶がない。
姉弟の中でも年齢が離れているというのも一つ要因だろう。初めて出会った時は千尋姉は十五歳、俺は六歳。そこから二年くらいは俺が中々心を開かなかった事もあって、喧嘩は一切ない代わりに心労が積み重なっていたことだろう。
そこから喧嘩というよりも一方的に打ち負かされたというか、喧嘩というか組手になるのか。反発する気なんて無くなるくらいにはやられたから、喧嘩をしようなんて考えにも至らなかった。
つまり。
「姉弟喧嘩って括りでいうならほぼ無いに等しいな。もちろん仕事上必要な訓練とかではボコボコにされたけど、面と向かって言い合ったり殴り合ったりとかは一切無い気がする」
という回答になる。
それ以外に言いようがないため、これが俺が伝えられる唯一の回答だ。
俺の回答に対して少し驚いたように楯無は目を丸くした。驚くのも無理はない、これまで喧嘩をしたことのない姉弟なんて極稀な存在になるからだ。
「無いのね、それはかなり意外かも。だって世の兄弟なんて毎日のように喧嘩しているところもあるじゃない?」
「まぁそうだな。うちは歳が離れているっていうこともあるし喧嘩をするような自体にも発展しなかったって言うか……」
「そ、そうなの? ま、そういう家もあるのかしらね。でも何処となく羨ましいなぁ」
「羨ましい?」
「うん、何か……こうやって悩むこともないのかなぁって。あっ、別に大和たちの関係を悪く言っているわけじゃないのよ? ただ私が姉妹間の問題を上手く解決出来ていないから………」
もし喧嘩も無ければこんな風に考えなくても良いのにねと、何とも言えない笑みを浮かべる。
羨ましいというよりも何も進捗がない、何も出来ていない自分に対しての悔しさやもどかしさが入り混じった発言のように見えた。
何とかしたいという思いはあれど一向に事態は好転しない。人に頼み込むくらいだから二人の関係は冷え込んでしまっているのだろう。
「羨ましい、か。俺からすると喧嘩をし合っている兄弟姉妹の関係も悪くはないと思うぞ」
「え?」
「喧嘩をするってことはそれだけお互いに本心をぶちまけ合える関係ってことだろ? 年が離れている事もあって俺はそんな関係とは無縁だったしな。もちろん本心を伝え合えられないかって言えば違うけど、何かこう若干の憧れがあるというか……何だろう。上手く言い表せないけど、それでも兄弟姉妹である以上喧嘩の一つや二つあるのが当たり前だし、お互いの関係に悩むことがあるのが兄弟姉妹って関係じゃないか?」
「……」
あくまで持論になってしまうが少なくとも二人の関係はずっと拗れたままというわけではないように見えた。
様々な行き違いで今は冷え切った関係であっても、かつては仲の良い姉妹だったことが見て取れる。昔から険悪な関係であれば、悩むことも無かっただろう。
昔のような関係に戻りたいという想いがきっと心の中にあるからこそ、今の関係に悩み葛藤が続いているんだと思う。
俺の発言は客観的に見れば他人事のように見られるのかもしれない。それでも別の観点ではそのような見方もあると楯無に伝えてあげたかった。
「っと、少し話し過ぎたな。さて、仕事も終わったことだし俺は行くとするよ」
「行く……って何処に?」
俺の発言に違和感を感じたのだろう。
普通なら仕事が終われば寮に戻る、もしくは帰ると伝えるのが一般的だが俺は『行く』と伝えた。その独特な言い回しに楯無も気付いたようだ。
時間としては帰る時間なのだが、こんな話を聞いた以上は少しくらい様子を見に行ってもいいのかもしれない。
「決まってるだろ、整備室にだよ。その感じだとまだ彼女は残っているんだろうしな」
ニヤリと笑うと俺はその足で急ぎ向かうのだった。
「失礼しまーす……」
一声かけて部屋の中に入る。アリーナに隣接されている形で作られている整備室を訪れていた。
本来なら二年生から選択できる整備課のための施設ではあるものの、一年生が全く使えないというわけではないが、一年生の利用者がかなり少ないことは事実だ。
「えーっと……もう帰っちまったかな」
中に入ったは良いものの既に遅い時間ということもあって、部屋の中に学園の生徒の姿は見当たらない。帰ってしまったということであればとんだ無駄足になる。
特に入室制限がされているわけではないため、取り急ぎ室内の散策に入った。少し歩くと部屋に入ってすぐのところに一際大きな機体がそびえ立っている姿を確認することが出来る。
「おっ……これか?」
室内に置かれている機体は他にない。加えて量産機であるラファールや打鉄の機体の特徴のどれにも当てはまらない。つまり目の前にあるこの機体が、未完成状態のISだということになる。
腕を組んでじっとその姿を上から下へと観察していく。見た感じ外枠はある程度出来ているようで違和感は感じられない。もしかしたら細かい部分が出来ていないのかもしれないが、完成していないというのは主に内部構造の部分になるのだろう。
今にも動き出しそうな機体をじっと見つめたまま、さてどうしたもんかと考え込んでいると不意に背後から声が掛けられた。
「だ、誰?」
「ん?」
声が聞こえる方向に振り向くと、スポーツドリンクを手に握った生徒の姿が視界に入った。
水色のセミロングヘアに瞳の中に輝く真紅の虹彩。見覚えのあるいでたちだが、姉に比べるとやや暗く控えめな印象と雰囲気を受ける佇まい。
間違いない、彼女が更識簪本人だ。
「悪いな。見回りの一環で室内の電気が付いていたから入らせてもらったんだ」
「見回り? ……あなた、もう一人の?」
「あぁ、そのもう一人の意味が操縦者ってことならそうなる。自己紹介が遅れたけど一組の霧夜大和だ」
「知ってる……クラスでも噂になっているから」
淡々とした反応で言葉を紡ぐ簪。
彼女の俺に向ける感情に負の感情は見られず好きでもなければ嫌ってもない、あくまでIS学園にいる一生徒としか見ていないようだった。
他のクラスの動向はあまり耳には入ってこないけど、やっぱり男性操縦者の二人のうちの一人ってことで噂にはなっているらしい。
入学後しばらくあった好奇の目線はだいぶ弱くなっているけどやはり噂話はあるようだった。
「それで、何でここに?」
「さっきも言ったけど見回りだ。こう見えても生徒会の一員だからね、遅くまで開いている教室や施設を巡回して確認する仕事もあるのさ」
「……」
改めて何故ここに来たのか理由を答えると、生徒会という一言に少し表情を強張らせて身構える簪。俺に向ける眼差しに若干の疑念が入ったことが分かる。
生徒会には楯無がいるしその関係者だと勘ぐられたのだろうか。とはいえそれ以上にここに来た理由を正当化する手立てはない。偶々散歩していたらここに辿り着きました、はあまりにも苦しい言い訳になる。
さて、どう持っていくか。
「言っておくけど嘘はいってないからな? 一応生徒会の仕事にも見回りは入っているし、別に他意はないよ。ただまぁ、俺も専用機持ちとして君の専用機に興味がないわけじゃないけどな」
「私の専用機?」
「あぁ、あのISは君の専用機だろう?」
部屋の一室に佇むその機体を指差しながら、あれが専用機だろうと尋ねる。
整備室には必要な生徒しか立ち入ることはない。つまりこんな夜に立ち入ることがある人間がいるとすれば、専用機の持ち主だけだった。
俺の指差しに釣られるように機体を見つめる簪、それでも彼女の瞳は何処となく闇を含んでいるようにも見える。
「そうだけど……でも、まだ動かない」
その一言に全てが凝縮されていた。
見てくれだけで来ていても稼働しない、つまり実戦では全くの使い物にならない状態ということになる。専用機を貰えて喜びにあふれるのは開発メーカーからのサポートがあり、何かが発生してもメンテナンスをしてくれるバックアップがあるからだ。
眼の前の機体は悪く言えば使い物にならないガラクタを押し付けられたようなもの。ぎゅっと真一文字に口を結んだまま何かをこらえるように俺から視線をそらした。
「そうかい。しかしまぁ一人でこの機体を組み上げるだなんて中々出来るもんじゃないだろ。俺はこの手のことはからっきしだからな、素直に凄いと思うぞ」
「す、凄くなんかない。だってあの人は一人で……」
「あの人?」
「あ……っ!」
彼女の中では失言だったのだろう。
あの人は一人で、と言い切ったところでハッとしたように両手で口を塞ぐ。彼女が言うあの人というのは想像にしか過ぎないが、姉である楯無のことだと思われる。
ついさっき楯無ははっきりと自分で組み立てたと伝えてきた。もちろん楯無一人だけではなく、虚さんを始めとした整備課の皆にサポートしてもらってという根底があるものの、簪の口ぶりをみる限りは自分の姉は誰の手も借りずに、一人で機体を組み立てたと思っているようだった。
元々姉と自分を比べて劣等感を感じていたのだろう。そこに自身の機体の開発中止、それから姉は自分の機体を自分で組み上げた事実が重なってより自身を追い詰める方向に向かってしまっているってところか。
口を塞ぎながら視線を俺から外す簪、これ以上俺が何を言ったところで変に刺激をするだけだ。今日のところは様子見ということで一旦この場を去ることにしよう。
「いや、言いたくないなら言わなくて良い。それで君が気分を害されると俺も申し訳無い気持ちになる。元々は見回りをしていただけだし、長居は作業の邪魔になるだろう。俺はそろそろ出ていくよ。明日も授業はあるし、あまり遅くまで残って身体を壊さないようにな?」
最低限の内容を伝えて俺は整備室を後にしようとした。既にある程度の情報を入手することには成功しているし、これからどうアプローチを仕掛けていくかは追々考えて行けばいい。
さっきも言ったようにマズイのは下手に刺激をして今後一切の会話が成り立たなくなってしまうことにある。俺との会話の中で少しながらも刺激された部分があるだろう、これ以上の会話を続けても良い方向にことは進まない。
無言でこちらを見つめる簪を残し、彼女の横を通り過ぎて入口の扉に向かおうとする。
「ま、待って!」
「ん?」
整備室の外に出ようとした俺の背後から一際大きな声が掛けられる。最もこの部屋には俺含めて二人しかいないわけで、俺以外の声となると簪しかいない。
物静かな彼女が今までよりも大きな、少し張りのある声で俺に声を掛けてきた。
「どうした、まだ何かあるか?」
「あっ……えっと、その……」
「?」
まだ用事があるのかと振り向いて簪に向き直るも、歯切れの悪い言葉を繰り返しながら視線を漁っての方向に彷徨わせるばかりで話が先に進まない。
声を掛けたってことは俺に何かを言いたいってことなんだと思うんだけど、如何せん言葉が詰まってしまって出てこなかった。
そうは言ってもこちらとて帰りますとは言えないし、彼女の口から続く言葉を待つしか無い。数秒か数分か、少しばかり時が経ってようやく口を開いた。
「あ、あの……凄いって褒めてくれてありがとう。お世辞、だったしとても……少し、嬉しかった」
感謝の言葉を皮切りにほんのりと彼女の表情が和らいだ。こちらに対してもまだ多少なりとも警戒はしているようだが、対面した時ほどの壁は感じられなかった。
「あぁ、どういたしまして」
淡々と一言だけ返す。
お世辞とは言っているものの、俺としては全くのお世辞ではない。土台が組み上がっているとはいえ、機体が動くための仕組み作り開発者ではなく、いち生徒がやろうとしていることは十分尊敬に値する。
そこに偽りの感情は一切ない。俺自身同じことをやろうとしたら残念ながら出来るビジョンは見えない、大半の生徒が諦めるようなことを彼女は一人でやろうとしているわけだ。
その姿勢は素直に尊敬しかない。それでも一人で全てを完結させるのには無理がある、彼女が行き詰まった時に少しでもサポートできれば良い。
そんな気持ちを抱きながら俺は整備室を後にするのだった。
「……ですよね〜」
時は流れて寮内。
整備室を離れた後は一度生徒会室に戻ったものの、当然部屋は真っ暗で誰も残っていない。
俺の荷物だけがぽつんと無機質に置かれている状態だったため、回収をして足早に寮へと戻ってきた訳だが必然的に訪れた事象に俺は思わずガックリと肩を落とす。
理由は帰宅した時間だった。
『20:15』
デジタル時計に表示された時間が全て物語っている。健全な学生生活を送る上で、設備などは超一流のホテル並みに整備されていてものも用意されているが、この時間になると寮内の売店などは軒並み閉まっていく。
それは普段夕食を取っている食堂も然り。
たかが十五分、さえど十五分。
営業時間を過ぎている現状で、食堂で夕食を取ろうという選択肢は存在しなかった。行ったところでもうやってはいないだろう。お願いすれば作ってくれるかもしれないが、自分の都合で迷惑をかけるわけにもいかない。
こんな時に限って食材も残っていないため、作るものすらない。残っているのは喉を潤すための飲料だけで、お腹を満たすと考えると役不足感は否めない。
ま、人間一食抜いたところで大きく体調変動を起こすわけではない。
非常に悲しいところではあるが飲み物だけで今晩は乗り越えることにしよう。冷蔵庫の扉に手をかけて飲み物を取り出そうとした時だった。
「ん?」
コンコンと部屋の扉を規則的にノックする音が聞こえる。隣の部屋からではなく紛れもなく自分の部屋の入り口の戸がノックされている。
誰だろう……とはいっても学園の関係者以外ありえないわけで、何となく部屋に来る人間は見当がつく。
夜も遅いしあまり外で待たせるのも申し訳がないため、部屋の入り口に向かい、入り口の扉を開いた。
「こんばんは大和くん。良かった、帰ってたんだね」
入り口に立っていたのは部屋着姿に着替えたナギだった。俺の顔を見ると同時にニコリと微笑み、心底安心したかのような表情を浮かべる。
この時間だし風呂は既に済ませているのだろう。その身体からはほんのりとボディソープの香りが漂ってくる。人を不快にさせるきついものではなく、癒やしを与えてくれるような甘い香り。
気を緩めるとだらしのない表情になりそうだが、そうならないようにいつもと変わらない感じで応対する。
「あぁ、ついさっき帰ってきたんだ。後一緒に帰れなくてごめんな」
「ううん、仕方ないよ。私は全然気にしてないから安心して、夜遅くまでお疲れ様でした」
あぁ、もういい子過ぎる。
俺の彼女は神か。
一緒に帰ろうとしたタイミングで電話が掛かってきて、生徒会の仕事があるからと一人で帰ってもらったのに投げ掛けてくれる言葉がホントありがたい。
さて、ありがたいのは良いんだが一体どうしたんだろう。
「ありがとう。ナギも風呂上がりだと思うんだけど、何かあったか?」
「あっ、うん。大和くんに渡したいものがあって」
「渡したいもの?」
渡したいもの……何だろう?
何かした覚えは無いし、誕生日プレゼントはつい先日貰ったばかりだからお礼系の類ではないと思うんだが。
「うん、ここで渡すのもアレだからちょっとだけお邪魔しても良い?」
「構わないぞ」
「ありがと♪」
入室の許可を出すと再びニコリと微笑むと、俺の横を通って部屋の中に入る。入ったことを確認すると、部屋の扉を閉めて室内へと戻る。
今ナギが通った時に後ろに袋が握られていたように見えたんだけど気のせいだろうか。
「じゃあ大和くん、はいコレ」
「えっと……これは?」
おもむろに差し出されたのは誰もが見たことのある巾着袋だった。
差し出された袋を反射的に手を差し出して受け取ると、多少の重量感と触れている手が少し温かくなってくるのを感じる。
机に起き、手を穴に入れて両側に引くと中には少し大き目のおにぎりが3つと卵焼きが入っていた。
「今日大和くん、帰り遅かったからご飯食べれてないんじゃないかと思って……部屋に残っていた食材だけだから、沢山作ることは出来なかったけど少しでもお腹が満たされたらなって作りました」
「どうして食べて帰ってきてないって分かったんだ? 俺、ナギに連絡したっけか」
「ううん、してないよ。強いて言うなら……勘、かな?」
偶々だと笑って誤魔化すナギだが、彼女の性格上俺の行動はお見通しだったのだろう。追加の仕事を頼まれたともなれば帰りが遅くなることは想像できる。
仕事の内容が生徒会に纏わるものだからこそ、時間がかかると想定出来たに違いない。ただ仕事が早く終わって帰ってくる可能性も考えられる中で、時間を逆算して作ることが出来るのは一言、凄いとしか言いようがなかった。
俺のことを想ってくれた故の行動に、心が幸せになっていくのが分かる。右手は意図しなくとも勝手にナギの頭へと伸びていた。
「んっ、大和くん……?」
「あっ、わ、悪い。俺のために作ってくれたんだって思うと嬉しくて……その、ありがとう」
頭に手が触れると少し恥ずかしそうにすっとナギは目を細める。
すぐ人の頭を撫でようとしてしまうのは俺の癖なんだろうけど、変なタイミングでやってないよなと不安になることがある。
「ふふっ♪ これくらいならお安い御用だよ、それにその、将来は毎日ご飯を作ることになるんだから……ね?」
「っ!!」
それはちょっとズルすぎる。
分かってていっているのか、それとも無意識に言っているのか。
モテる男は自然に純粋な優しさを出すなんて良く言うけど、ナギの場合半々なのかもしれない。こう言ったら俺が喜ぶだろうなという想いもあれば、心底そうしてあげたいって思う気持ちもあるように見える。
つまり、とてつもなく人のことを想える優しい女の子だ。
少なくとも俺の中だけ……ではなくナギを見た大半の男性はそう思うことだろう。もし俺と恋人関係に無かったとしたら、世の男性たちは放っておかないはずだ。
つくづく幸せものだなと思う。
「って、私何言ってるんだろうね。大和くん、冷めちゃうとアレだから食べて?」
「えっ、あ、あぁ。いただきます」
個別でラップに包まれているうちの一つを手に取り、包装を剥がして口に運ぶ。
暖かく米そのものの旨味と、ほのかに混ざっている塩分が絶妙なバランスで口内に幸せが広がった。
これは文句無しに。
「うまい!」
美味しい。
チープな表現しかできていないのが残念なところだがお世辞無しに美味しい。
「あ……良かった!」
俺の返答に対してホッと安心しながらにこやかに微笑むナギ。作る料理に間違いはないと勝手に思っているが、やはり食べてもらうまでは心配になるものなのだろう。
美味しいという言葉を聞いて初めて心の底から安堵しているように見えた。
「塩加減絶妙だし、口に含んだ時の旨味というか……ん、これは昆布か。ご飯と合うから外せないよな〜」
頑張ろうと意気込むわけだったが、少しくらい肩の力を抜いても良いだろう。
最愛の人の作ってくれた晩餐に、俺は舌鼓を打つのだった。