IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○当主の協定とイギリス淑女の謝罪

 

「ようやく帰宅っと……」

 

長かった一日を終えて、無事に寮へと戻ってきた。しかし今日も今日で色々あったよなぁ、おかげさまで身体はクタクタに疲れている。体力が尽きたとかそういう意味ではなく、何か気だるいって感じ。皆もそんな経験が少なからずあると思う。

疲れた身体を癒すためのベッドに飛び込むべく、ポケットから自室の鍵を取り出した。

 

鍵穴にはめて、時計回りに回すとガチャリという鍵が開く音が……

 

 

「あれ?」

 

 

しなかった。それどころか、シリンダーが空回りしているだけで、鍵が開いたという手応えが全くない。

 

手応えがないってことは鍵が壊れているか、元々鍵が開いていたか。前者だったらまだしも、後者だったら笑いにならないレベル。俺は丸一日、無防備にも自分の部屋を自由解放していたことになる。つまり好きに侵入されてもおかしくないということ。侵入した人間も人間たが、鍵をかけなかったのは自己責任だ。

 

不思議な感覚に包まれながらも、ひとまずドアノブに手をかけた。ドアノブを捻ると案の定、抵抗が無いままに回る。

 

明らかにおかしい……それが第一印象に感じたことだった。朝部屋を出る時に、鍵をかけたことは確認したはず。なのにかけたはずの鍵が外れている、どこの学校の七不思議だっての。

 

壊された形跡も無いし、普通に考えて何者かに開けられたと考えて間違いないだろう。部屋の鍵を開けられるのは寮長くらいだけど、いくら寮長とはいえ人の部屋に入るのなら、俺に確認を取らなきゃおかしい。

一年の寮長は千冬さんだっけっか、でもあの人が許可を取らないのはあり得ない、そういったマナーを破る人じゃないことは分かっている。

 

無断で他人の部屋鍵は借りれないし……じゃあこのドアを開けたのは一体誰なのか、ますます謎は深まるばかりだ。

とにかく一回部屋の中を除いてみよう、そうすれば全てが明らかになる。

 

俺の部屋に不法侵入した命知らずは誰か……この後どうしてくれようか。

 

不届き者への処断をどうしようか考えつつ、俺は部屋のドアを開いた。

 

 

「あら、お帰りなさい。お邪魔しているわよ?」

 

「失礼しました!」

 

 

開けてすぐに力の限りドアを引いた。ドアが壊れるほどのあり得ない音を立てて閉まるが、知ったことではない。

……俺疲れてんのかな、ベッドに寝転がっている制服姿の女の子が見えた気がするんだけど。部屋を勝手に開けた犯人が実は生徒の一人でしたってどんなオチだよ。それか俺が間違って別の部屋に来たとか?

実際戦った後だからそこそこに疲れているし、十分にあり得ること。期待を込めて鍵に書かれた部屋番号とドアに書かれた部屋番号を交互に見比べた。

 

 

"一〇ニ七"

 

鍵に書かれた部屋番号を見る、続いてドアに書かれた部屋番号を見た。

 

"一〇ニ七"

 

 

「ですよねー……」

 

 

 あわよくば自分が部屋を間違えたかもしれないという、淡い期待は一瞬で砕かれた。そもそも部屋を認識する能力が失われてるほど疲れた時点で、身体がまともに動くはずがない。だから間違えるはずがなく、勝手に鍵を開けられたという結論に行きつく。

一瞬ベッドに寝転がっている制服姿の女の子が見えたと言ったけど実は嘘で、顔や髪形も完全に確認できました。一度会ったことがある女性です、現実逃避したかっただけです、はい。

 

このまま外に立ち尽くしていても仕方ないため、意を決して再びドアを開けた。本当に行動が読めない人だ、大体何で俺の部屋の鍵を借りられたのか気になる。……まさかピッキングしたとかじゃないだろうな、鍵を借りる以外に最も可能性が高いけど。

 

とにかく詳しい話は本人の口から直接聞かせてもらうとしよう。

 

 

「とりあえずどうやってここに入ったんですか、更識先輩?」

 

「もう、つれないなぁ。楯無って呼んでいいわよ? もしくは楯無おねーさん」

 

「……」

 

「冗談だってば。私がここにいる理由はね」

 

 

 このまま答えてしまうと完全にペースをつかまれてしまうと思い、少し不機嫌さを出しながら沈黙を通す。人心把握にたけているのか、俺の反応を見るや否や、そのからかう態度をやめて苦笑いを浮かべながら話しを続ける。

 

ベッドの上に寝転がりながら雑誌を読んでいたのは、いつぞや俺のことを尾行していた更識先輩だった。

パタパタと足をバタ足の要領で振っているせいで、スカートの布地の隙間からその下に隠れているであろう下着が、かなりきわどいレベルで見えそうで見えない。先日会った時は素足ではなく、ストッキングを纏っていたため、下着を覆う鎧が完全に引き剥がされている状態だ。俺の立ち方次第ではモロに中が見えても不思議ではない。

 

絶対ワザとだと思いつつも、表情には見せないままジッと更識先輩の方を見つめる。敵意がないのはもう知っているから、何でここにいるかを俺は知りたい。

 

 

「生徒会長権限で―――「あ、織斑先生ですか? 実は俺の部屋に」ちょっと待って! それはダメ!」

 

「……冗談です、話を続けてください」

 

「お、おねーさんをからかうんじゃないの!」

 

「すいません。まぁ立ち話もなんでしょうし、何か飲みますか?」

 

 

 生徒会長権限で開けたという職権乱用をしたために、冗談半分本気半分で携帯電話を千冬さんあてにかけようとする。その行動を見た更識先輩は慌ててそれを止めようと立ち上がろうとした。やっぱり生徒会長といえど、千冬さんが怖いことには変わらないらしい。余裕を崩さなかった表情が、一気に焦りの表情へと早変わりした。

慌てた表情を見れたということで、冗談だと携帯を耳から離すと、一安心したのか再びそのままベッドに倒れこむ。

 

寝ころぶと顔を俺の方に向け、頬を少し膨らめながら抗議してくる。拗ねる仕草も可愛らしいなと思いつつ、折角来たのだからと飲み物を出そうと提案した。

 

先に来ることを知らせてくれれば、もっと色々用意できたんだけどな。逆に更識先輩はアポなしで来るのが流儀なのか、でもこっちからすればアポくらいは取ってほしいものだ。せめて俺が部屋にいる時に来るとか。

最低限のおもてなしとして飲み物と茶菓子くらいなら用意出来る。コーヒーは自分で持ち込んだ高値のコーヒーだから結構お勧めだ、もちろんブラックコーヒー。砂糖をまだ用意していないから、砂糖なきゃ飲めない人にはきついだろう。

 

クッキーを嫌いなんて言わないだろうし、茶菓子はあの時買ったクッキーを出せばいいか。段取りが決まったところで、後は更識先輩が何を飲むかだ。

 

 

「そうね、いただこうかしら。何があるの?」

 

「オレンジと林檎、それにブラックコーヒーが」

 

「……砂糖入りコーヒーは無いのかしら?」

 

「俺がブラックしか飲まないんで、まだ砂糖を用意してないんです」

 

「じゃ、オレンジジュースでお願い」

 

「了解っす」

 

 

苦い食べ物が苦手な人が、苦い食べ物を食べた時のような表情を浮かべる楯無先輩。やっぱりブラックだと女性にはきついか、近いうちに用意しておこう。

鞄を机の横のフックににかけて、上着をハンガーに掛ける。その流れで冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、食器棚からグラスコップを出した。

 

パックの口を開けて、中身をグラスの中に注ぐ。氷はどうしようかとも考えたが、別にここは喫茶店じゃないため飲み物をケチケチする必要もない。夏じゃないからジュース自体も冷えているし、氷入れると水っぽくなるから用意しなくても良いだろう。

 

飲み物を用意し終えたところで、買ってきたクッキーを戸棚から出し、丸いバスケットに並べる。片手にオレンジジュース、もう片方にバスケットを持って更識先輩のいる寝室に戻り、常設されている机の上に置いた。

 

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。いただくわ」

 

 

 雑誌を置き、寝転がっていたベッドから起き上がった更識先輩は俺と対面するように、もう片方の椅子へと座る。ちなみに更識先輩が読んでいた雑誌は、女性向けのファッション雑誌だった。

ミステリアスな雰囲気を纏いながらも年頃の女性みたいだ、でもこの人なら何着ても似合う感じはする。

まぁあり得ない訳ではないけど、これで読んでいたのが週刊マンガ雑誌とかだったら面白かった。あの扇子の文字が変わるトリックはこの漫画を参考にしました、とかな。

 

 

「あら、このクッキー……」

 

「あれ、お気に召しませんでした?」

 

「ううん、良く買ったなって思ったの。これ結構高かったでしょ? だからあまり買う学生もいないのよね、女の子は他にも出費が嵩むから」

 

「そうだったんですか? 値段はあまり見ていなかったんで」

 

 

 出したクッキーがお気に召さなかったのかと少し慌てたが、そういう訳ではなかったため一安心。言われてみれば普通のクッキーなんかより全然高かった気がする、人に出すものだからなるべく良いものを買おうと思っていたから。

 

確かに普通に考えて女の子は高いお菓子よりも、服とかアクセサリーとかのファッションにお金を使うよな。お菓子も好きだと思うけど、ファッションに使ったらおいそれと高いものを変えないだろうし。これから季節も変わるし出費が大変だな、それは男にも言えることだけど。

 

更識先輩がその高いクッキーに手を伸ばし、それを口元へ運んで一口かじる。サクッという音と共に口を左手で押さえる姿が優雅で、礼節を重んじる厳格な家に育ってきたイメージが強く伝わってきた。俺の部屋の鍵を生徒会長権限とやらで開けたこと以外は。

 

本当のところ、生徒会長権限で部屋の鍵を借りられるのか分からないが、今はそういうことにしておこう。

 

 

「今日のIS戦は見させてもらったわ。見事ね、セシリアちゃん相手に圧倒するなんて」

 

「ありがとうございます。更識先輩みたいな人に褒めてもらえて光栄です」

 

 

グラスを傾けて、オレンジジュースを啜りながら更識先輩は今日のことについて切り出しはじめる。アリーナのどこで見ていたのかは分からないが、俺の戦いはしっかりと観戦されていたようだ。

てことは俺の大声まで聞かれていたことに。女性にまじまじと聞かれると抵抗があるな。

 

 

「最初は様子見で、決めるときは一気に行ったって感じね?」

 

「相手の手の内を探るのは基本と言えば基本なんで。もう少し早く仕留めれるなら仕留めたかったですけど、ISにおいてはあれが限界でした」

 

「だとしても十分過ぎるわ。はじめから見ていたけど、攻撃がまともに直撃することは一回も無かったじゃない?」

 

「……そうでしたかね」

 

 

俺も戦った内容を詳しくは覚えていない。試合が止められるまではシールドエネルギーが残っている訳だし、いちいち残りを気にする暇は無かった。ただ現場を見ていた更識先輩が言うのならそうなのかもしれない。

 

千冬さんの時と違って褒められてばかりなため、何か裏があるのではないかと心配になる。

 

 

そしてその杞憂は見事に当たってしまった。

 

 

「―――さすがは、霧夜家の当主ってところかしら」

 

「……」

 

「安心して、私は貴方の敵ではないから」

 

「……何もかもお見通しってことですか」

 

 

口ぶりからしてまさかとは思っていたけど、思った通り更識先輩は俺の正体に気付いていた。どこまで知っているのかは分からないが、少なくとも自分が霧夜家の当主であることは完全に知っているみたいだ。

 

この学園で俺の正体を知る人間は少ない。思い付く限りでは千冬さんと、そして今目の前にいる更識先輩の二人だけのはず。初めに言ったように、俺のことをネットや役所の戸籍を調べても分からないようになっている。

 

言うなら、存在はするけど存在しない人間とでも言えば良いか。俺だけではなく、霧夜家に仕える人間の情報は全て匿名にされている。仕事中も身元を特定されないように、仮面を被って仕事を行う。素性を明かしてはならないのが、霧夜家(うち)の鉄則であり、絶対的な規範(ルール)だからだ。

 

護衛業というものはほとんど表世界には知られていない。精々聞いたとしてもボディーガードやガードマンといった単語くらいだ。

 

俺を霧夜家の当主だと特定出来るほどの組織は、裏の世界でも限られてくる。つまり更識先輩も俺と同じ世界に首を突っ込んでいる人間、そしてそれだけの情報網をもつ組織の一員だいうことになる。

 

……ちょっと待て、更識?

 

 

「貴方が当主をやっているってことはね。でも私が知っているのはそこまで、後はどう調べても分からなかったわ」

 

「普通だったらそこまで行きつくのも困難なはずなんですけどね……表の人間なら、ですけど」

 

 

よくよく考えれば、更識という苗字を聞いたところで疑問を持つべきだった。

 

―――更識家、裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部で、裏工作による被害を未然に防ぐために暗躍している。つまり護衛と似たような組織だ。実際に更識家の人間と会ったことはないが、目の前にいる更識先輩は更識家の関係者だと見て間違いなさそうだ。

 

 

「あら、私の正体に気がついたのかしら?」

 

「今の会話で何となくは。そう考えると俺の後をつけていたのも分かる気がします」

 

「尾行術には結構自信あったんだけどね、気付いたのはあなたがはじめてよ」

 

 

 残念とばかりに苦笑いを浮かべる更識先輩だが、全然残念そうに見えず、まだ余裕さえ持ち合わせているようにも見えた。

モノに関しては生気というものを感じることが出来ないため、目で見える範囲内しか認識することが出来ない。しかし人間や生き物であれば、視線を向けられることでその人間の生気というものが伝わってくる。つまり誰かに見られている感じがするという気配のことだ。

 

誰かから視線を向けられるのは、普段の生活でもよくあること。だが監視ともなれば常に視線を相手に向けて行動を読まなければならない。普段の何気ない視線ではなく、食い入るように監察する視線だったから監視されていると気付くことが出来た。

 

 

「ま、これくらいのことに気が付けないと仕事は務まらないので」

 

「言うわね~。でも貴方が敵ではないってことと、貴方自身の護衛としての腕も何となく分かったからいいわ」

 

 

 更識先輩はオレンジジュースが注がれたグラスを傾けて、中身をちょうど飲み干し終える。監視していたのも俺がこの学園にとって不利益を被る人間ではないか、生徒たちに危害を加えないかを見極めるためだったようだ。

 

 

「それで、いつまで他人行儀なの?」

 

「はい?」

 

「名前よ、なーまーえ。楯無って呼んでみて? もしくは楯無おねーさんって」

 

「……いきなりぶっこんで来ましたね。男性に名前呼ばれるって抵抗ないんですか?」

 

「全員が全員名前で呼ばせる訳じゃないわ。貴方だからよ、大和くん」

 

 

俺だからって言う理由が色々な意味に受け止められて困るんですが。まぁ他意はないんだろう、あくまで親しみを込めてだとは思う。

これで二人目だな、名前で呼んで欲しいって言われるのは。どうやら楯無さんは名字で呼ばれることを、他人行儀ととらえる人らしい。ぶっちゃけた話、こう呼んで欲しいと言われるとこっちとしても助かるところはある。中には名字で呼ばれるのが嫌だって子もいれば、名前で呼ばれるのが嫌だと様々だし。

 

貴方だからよと告げた楯無さんの表情が微かに微笑みに変わる。どこに隠していたのか、例の扇子を取りだし目の前にパッと開いて口元を隠す。扇子には『興味津々』と書かれていた。

口に出さないってことは、心で思っている事が扇子に表れるってことなのか。……ってそれじゃ心の中で思う意味が無いじゃん。

 

扇子の仕組みはますます分からなくなるばかりだが、とにかく興味を抱いてくれたことに対して、素直に感謝したい。

 

 

「分かりました。じゃあ、楯無さんで」

 

「呼び捨てでも良いのよ?」

 

「勘弁してください、楯無さんは先輩なんですから」

 

「それは残念ね」

 

 

さすがに自分より上の人に呼び捨ては出来ない。付き合うようになったら話は別だけど、今はまだ知り合いだ。

 

 

「ちょっと話それちゃったけど、私のことはどこまで知ってるのかしら?」

 

「対暗部用暗部の更識家の一員、ってところまでですかね」

 

 

あっけらかんと自分の名前の話をしていた楯無さんだが、再び更識家の話に戻した。どこまで知っているのかって話だったけど、俺が分かるのは楯無さんが更識家の人間だということくらいだ。

 

 

「そう、なら教えてあげる。更識家は大和くんの言うように、対暗部用暗部。裏工作を未然に阻止したり、それから守るのが仕事よ」

 

「……」

 

「そして更識家の当主は代々『楯無』の名を襲名するわ」

 

「楯無っていうのは楯無さんの本当の名前ではないと?」

 

「そうよ」

 

 

本当の名前を俺に教えなかったってことは、何か教えるには条件があるのかもしれない。すぐに思い付くのはその人が自分にとって大切な人間となった時だとか、好意を抱いた時だとか。

 

結局どうなのかは分からないが、今そこを追求する必要もないだろう。とにかく楯無さんは、現更識家の当主だというところまでは分かった。

 

 

「それで大和くん、貴方がここにいる理由は……」

 

「想像通り、ISを動かした以外にも本職での目的があります」

 

 

 一夏の護衛、それがここに来たもう一つの理由だ。依頼主は千冬さんで、一夏に気付かれないように行動してほしいと言われている。一夏が護衛されていることを知ってしまえば、絶対に負い目を感じるはずだ。だったら知らせない方がいいし、知らない方がいい。

だから周りにも話さないのが鉄則だが、ここまで知られてしまっていると、こちらとしても話せる範囲で話すしかない。予想は容易に立てられるだろうけど、一応名前は伏せて楯無さんに仕事目的でもここにいると伝える。

 

俺の返しに楯無さんはなるほどと頷き、どこか満足そうな笑みを浮かべる。

 

 

「護衛の対象が誰なのかは聞かないわ、でもその事について一つ提案があります」

 

「提案ですか?」

 

「ええ。私たちも今色々と動いているんだけど、学園を脅威から守るのには限界があるわ。だから是非大和くんにも手を貸してほしいのよ。その代わり大和くんの仕事に対しても、私は全力でサポートさせてもらうわ」

 

 

俺が学園側に手を貸す代わりに、一夏の護衛に関するサポートしてもらう。つまりは取引であり、等価交換。

確かに学園を脅威から守るのは大変だろう、何せ生徒だけでも百人単位でいるのだから。例え情報が入ったとしても、脅威の解決に当てる人数が足りないというのは致命的になる。少しでも多くの人員が必要とされているようだ。逆に一夏の護衛は、守る対象は一夏一人だが如何せん入ってくる情報は少ない上に、俺が一人で集める情報には限りがある。

 

そう考えると、同業者として楯無さんと手を組むのも悪くはないか。

 

 

「分かりました。俺でよければ協力します!」

 

 

「ありがとう! 心強いし助かるわ♪」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

出会ってから見たことのない、眩しい笑顔を見せてくれた。偽りのない本心からの笑顔に思わずドキッとしてしまう。初めて出会った時の笑顔も、時折見せる笑顔もどことなく愛想笑いが含まれていた。俺が今見た笑顔は、そんな笑顔とは比べられないほどに綺麗だった。

 

 

「大和くん、固まっちゃってどうしたの?」

 

「え? あぁ、いや。ちょっと考え事をしてまして」

 

「ふうん?」

 

 

女性の本心からの笑顔が男性を如何にときめかせるものか、それは周りの男性が証言してくれるだろう。俺の表情が一瞬固まったことを見逃さなかった楯無さんは、悪戯っぽい表情を浮かべながら俺の顔を覗き込んでくる。

何故このタイミングでと思った時には既に遅し、もう完全にからかう気満々だ。

 

 

「……俺も喉渇いたんで飲み物入れてきますね」

 

「ふふっ♪」

 

 

笑っているけど何かが怖い。

 

良くある笑っているけど怒っているという状況ではないが、それとは違った何をしてくるか分らないという不気味な意味での怖さがある。

得体の知れない恐怖からそそくさと逃げるように、椅子から立ち上がってキッチンへと向かう。

 

―――その時だった。

 

 

コンコンッ

 

 

「ん?」

 

 

部屋のドアをノックする音が聞こえた。一瞬隣の部屋かとも思ったが、音の大きさと聞こえてきた方向で、俺の部屋のドアがノックされたことが分かる。

いつも通り一夏が夕飯の誘いに来たのかと思ったけど、まだ食堂の開く時間ではない。呼びに来るにはちょっと早すぎる。

 

ってことは何か別のことで用があるとか、もしくは別の人間が来たか。

いずれにしても来た人間を待たせる訳にもいかないし、とりあえず応対しよう。部屋に楯無さんがいるけど、きちんと理由を話せば誤解を招くことはないはずだ。

 

 

「はいはい、今開けますよ」

 

 

 ドアの前で待っている人物を確認するため、素早い行動で玄関まで向かう。そして部屋鍵を外し、部屋のドアを開けた。開いたドアの先にいた人物は……

 

 

「どちら様で……ほう?」

 

「その、こんばんわ……霧夜さん」

 

 

 オルコットだった。戦い終了後は気を失っていて、大丈夫なのかどうなのか心配になったが、見た感じ特に外傷はない。

ここに来る前に一度シャワーでも浴びてきたのか。身体から僅かな蒸気が上がると共に、ほのかな女性物のシャンプーの香りがした。

 

予想外だよな。自分を恨んでいる人間の前にわざわざ現れるなんて、何かされるとでも思わなかったのか。まぁ俺はもう何もする気はないけど。

俺はこの部屋をオルコットに教えていないから、部屋の場所を知っている誰かに聞いたんだろう。

 

 

「……」

 

「どうした、なんか用があったんじゃないのか?」

 

 

俺の部屋に来たかと思えば、今度は何も喋らずにただ下を俯くばかり。用があったんだろうけど、いざ俺と対面すると怖くて何も言えないのか。

髪に隠れて表情を見ることは出来ないが、ギュッと拳を握りしめて震えていた。

怖くなるのは仕方ないにしても、目の前でただ俯かれるのもこっちとしては反応に困る。

 

 

「……」

 

「おい、オルコット。別に何もしないから……」

 

「霧夜さん!」

 

「へ?」

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 

 急に大きな声で俺の名を呼んだかと思えば、その場に勢いよく正座すると、おでこを地面につけて土下座してきたではないか。オルコットとしたは謝罪したいんだろうけど、突然の土下座に思わず間抜けな声を出してしまう。以前のオルコットの立ち振舞いを見ていれば、このような反応をするのも仕方ない。

プライドの高いオルコットが土下座をするなど、考えたこともなかった。

 

おでこをつけた床が水気で湿っていく、髪が濡れているからじゃなく、オルコットが涙を流しているからだ。再び顔を上げると、その顔は涙でくしゃくしゃになっていた。

 

 

「霧夜さんの身内を軽蔑したことと、今までの非礼の数々を謝罪させてください!!」

 

「……」

 

「今になってようやく、自分の愚かな行動から目を冷ますことが出来ました! わたくしが謝罪したところで許されないことは分かってます!!」

 

 

 そこにはイギリス貴族としてのプライドも何も無かった。あるのはただひたすらに、俺に対して謝罪したいという懺悔の心。

生まれて十六年、随分と時間がかかったけど気がつけたんだな。自分の今回起こした行動を、そして今までの自分の考え方が人としてあるまじき行為だということが。

 

一度犯したミスをいつまでも振り返らずに堕落していく人間もいれば、時間をかけてでも気がつき、振り返ることが出来る人間もいる。

 

 

「わたくしにも蔑ろにされたくない大切な人間は居ます! なのにそれをそっちのけで霧夜さんのことを―――「はい、ストップ」……え?」

 

 

オルコットは言葉が思い付く限り謝罪を続けようとするが、俺は尚も謝り続けようとするオルコットを一旦止める。恨んでいるであろう人間がどうして自分の謝罪を止めたのか、その意図が分からずに、オルコットはただ呆然と俺の顔を眺めていた。

 

呆然とするオルコットを刺激しないように、なるべく優しく話を切り出す。

 

 

「もう別に怒ってねーよ。言ったことが言ったことなだけに、お前はかなり引け目を感じていたみたいだけどな」

 

「そんな!? でも!」

 

「確かにあの時は怒っていたさ、今でも思い返せば気分は良くない」

 

「だったら!」

 

 

 簡単に許されたことに納得がいかないと抗議してくる。俺に殴られることでも覚悟してきたんだろう、涙を溜めるオルコットの瞳からは決意というものを感じ取れた。当然だけど女性に手をあげることなんてしたくないし、あげるつもりもない。自分に本気で危害を加えようとしないのならだけど。

 

もしかしたら男性に対する妙な固定概念が、オルコットにはあるのかもしれない。

例えば、夕方にやっているようなテレビドラマの警察署を思い浮かべてみてほしい。ドラマの警察署はどちらかというと薄暗く、タバコが立ち込める部屋に鋭い目付きの警官がいるというイメージがある。でも実際の警察署はそうではない。

 

同じようにあまり男性と接したことがない女性の男性のイメージはどうだろうか。相手が知らない男性だとしたら、少なからず恐怖心というものは持つだろう。つまりオルコットは男性を怒らせてしまったら、そう簡単に許してくれないという認識を持っていたとしても不思議ではないが、あくまで推測な為、本当かどうかは分からない。

 

とにかく、オルコットがどれだけあの一言を後悔して、反省しているのかくらい今の泣き顔を見れば分かる。

 

 

「お前は俺にきっちり本心で謝罪してきた。だったら俺はこれ以上、お前を責めることなんて出来ないよ」

 

「形だけの謝罪だと疑わないのですか!? もしかしたら……」

 

「……じゃあ聞こうオルコット。お前のその謝罪は形だけなのか?」

 

「いいえ! 霧夜さんに殴られようとも、わたくしは謝罪しようとここに来ました!」

 

 

申し訳ないと思ってした謝罪ではなく、ただ許してもらおうと思ってした謝罪なのかという問いに対し、オルコットは即答でこれを否定した。

……ったくこのお嬢様は、どこまでも頭が堅くて真っ直ぐなんだな。

 

俺と一夏にとっていたあの態度も、自分が代表候補生として取り繕っていた態度だった。その証拠に高圧的な態度も、見下す姿勢も影を潜めている。

 

こういう仕事柄、人が今どんな感情なのか、それは本心から思っていることなのかを判断するのはそう難しいことではない。ましてやオルコットのように喜怒哀楽がはっきりしている人間なら尚更。嘘をつこうとしたり、本心からの謝罪ではない時の目線は、絶対に相手の目を見ようとしない。

 

少なくとも俺にはオルコットが反省していないようには見えなかった。

 

 

「ならいいじゃねーか。俺はもう気にしてもいないし、オルコットのことを殴ろうとも思わないよ」

 

「どうして許せるのですか? わたくしは貴方の家族を……」

 

「ああ来ればこう来るなぁ」

 

 

どうしてオルコットのことを許せるのか、正直俺にも分からない。家族をバカにしたことは、俺にとって許しがたいことにかわりない。

でも誠心誠意謝ったことに対して、突っぱねることも出来ない。人間誰でも失敗する、その失敗は小さいものから大きなものまで様々だ。

 

大切なのは、その失敗をそのままにせずに次に生かすこと。オルコットは今回、人の家族をバカにするという失敗を犯した。でも、それを悔い改めて次に繋げようとしている。オルコットは謝罪という形でキチッとけじめをつけたのだから、それを俺がいつまでもネチネチと引きずっているのは馬鹿らしい。

 

 

「あのなオルコット、人として一番あるまじき行為ってのは反省をしないことだ。でもお前はこうして俺に謝罪しに来ただろう?

誠心誠意謝ってきたことを突っぱねたら、今度は俺が俺自身を許せなくなる。俺の姉さんならこういうだろうな、男ならそれくらい笑って済ませれないでどうするってな」

 

「霧夜さん……」

 

 

まさか千尋姉の名前まで出すことになるとは思わなかったが、その効果は大きなものだった。オルコットの表情を見て納得したことが分かると、ホッと胸を撫で下ろす。

 

一年間、共に学生生活を送ることになるのだから、わだかまりというのは無くしておきたい。このいざこざも神様が与えた悪戯だと思って全て水に流そう。

 

 

「これから最低でも一年、一緒に生活していくことになるんだ。最初に少し躓いてしまったってことで、水に流そう」

 

「ありがとう……ございます」

 

「この件は俺以外の子にも……特に一夏にはきっちり話をつけるんだぞ?」

 

「は、はい! 霧夜さんの寛容な心に感謝いたしますわ」

 

 

 ごしごしと目を擦って涙を拭き取る。この様子ならもう大丈夫だろう、これから突っかかってくることも無さそうだ。ただ、いくら千尋姉のことを馬鹿にしたとはいえ、オルコットにはかなり怖い思いをさせちまったのは事実だよな。

 

 

「後悪かったな、あの時怒ったこと。俺としても少し言い過ぎたって思ってる」

 

 

 恨んだ相手は一生忘れないなんていうけど、きちっと謝罪をしてきた相手に対しては、自分がした非礼を詫びることにしている。

この場合、必要以上に相手を怖がらせてしまったことについて。現にオルコットがここに来た時、ガタガタと身体を震わせていた。人心把握が得意じゃない人間でも分かるくらいに、俺に対して怯えていたのだ。

オルコットの中ではあの出来事が少なからず、トラウマになっている。だから少しでもそのトラウマを消してやりたい。これから学生生活を送る仲間として、いつまでも怯えられたままでいてほしくないからだ。

 

軽くその場で頭を下げるが、オルコットはその意図が分からずにキョトンとするだけ。数秒経ってようやくその意図に気が付いたのか、慌てながら手を横に振ってきた。

 

 

「あ、謝らないでください! 今回非があるのはわたくしの方で、霧夜さんは何も悪くないですわ!」

 

「俺が怒ったことで、オルコットに少なからず恐怖感を与えちまったのは事実だ」

 

「う……い、いえ! そんなことありませんわ!」

 

「ったく、強がるなっての。本当に怖がってなかったら、今みたいにつっかえることもないだろ。オルコットの性格なら」

 

「……」

 

 

軽く笑いながら返すと、言い返す言葉が見当たらないのか黙ってしまう。ちょっと言い過ぎたかもと思いつつも、俺はさらに言葉を続けた。

 

 

「とにかく俺はもう本当に怒っていないからさ、あまり気にしないでほしい。自己紹介でも言ったけど、俺としては気楽に話し掛けてくれればありがたい」

 

「あ……」

 

「ま、とりあえずさ。これから一年よろしくな、オルコット!」

 

「はい! こちらこそよろしくお願いしますわ!」

 

 

オルコットの俺に関するトラウマも少しは取れたのかもしれない。今までどことなく引きつった表情でつっかえてた言葉が、微笑みを浮かべながらすんなりと出てきていた。

 

 

「また戦おう。今度はもっと強くなって、オルコットを倒してみせる」

 

「ふふっ♪ 今度はわたくしも負けませんわ! 後これからわたくしのことは、セシリアとお呼び下さい」

 

「ああ、分かったよ」

 

「それでは一夏さんにもお話があるので、これで失礼させてもらいます。本当に色々ありがとうございました」

 

「ああ」

 

 

本当の意味での仲直りをした後、ぺこりと綺麗なお辞儀をして、そのまま二つ隣の部屋へと向かったセシリアを見送りつつ、ドアを閉めた。

明らかに呼び方が変わっている人物がいることに気付くのは、そう時間がかからないことだった。

 

……一夏さん、ねぇ。

 

俺にも自分のことを名前で呼んで欲しいって言ってたから、偶々かもしれないけど、一夏の場合は偶々な感じがしないんだよな。

一夏の名前を呼んだ時に、セシリアの顔がほのかに赤くなるのを見逃さなかった。結論から言ってしまえば、また女性を落としたのかと言いたいわけで。

当の本人は全く気がついていないんだろうから、ある意味天才的な才能だよな。

 

入学する前にも、千冬さんから一夏の無意識に女性を落とすスキルは聞かされていたが、まさかここまで凄いものとは。これで篠ノ之もライバルが増えて、さらに大変になることだろう。俺にはもう頑張れと言うことしか出来ない、頑張ってくれ。

 

 

セシリアとも和解し、部屋の中で待っているであろう楯無さんの元へと戻る。

 

 

「すいません、お待たせしました」

 

「いいのよ。話はもう終わったのかしら?」

 

「はい、何とか一段落しました」

 

 

今度は椅子に座らず、近くにあったベッドに腰掛けて、俯き加減で楯無さんの声に返答する。喉の渇きも忘れるくらいの話だったため、座って気が抜けた途端に急激な喉の渇きと身体の疲れが押し寄せてきた。

 

とはいえ、一度座ったのに立ち上がるのもいささか面倒くさい。飲み物を取りに行こうかどうしようか悩んで いる最中、ふと異変に気が付いて顔を上げる。

 

見上げた先には二つの椅子が見えた。一つは俺がさっき座っていた椅子。俺自身はベッドに腰掛けているから、空席なのは不自然ではない。むしろ誰か別の人間が座っている方が不自然だ。

 

問題なのは俺の座っていた椅子ではなく、もう片方の椅子だ。その椅子とは楯無さんが座っている椅子のことを指す。俺が寝ぼけて見間違えているのか、その椅子に楯無さんの姿が見えない。

あれれ~おかしいぞー? とかいう台詞が聞こえてきそうだが、そういう問題ではない。俺が俯いた僅か数秒の間にどこに消えたというのか。

 

少なくとも部屋の外に出ていないことは分かる。いくら俯いているとはいえ、目の前を通ればさすがに気がつく。よって部屋からは出ていない。

 

 

―――ギシギシッ

 

 

ふと部屋内に何か弾力があるものを踏んだような音が鳴り響く。

 

弾力があるものってこの部屋に何かあったっけ。床は違うよな、音が鳴ったとしてもこんなにハッキリとした音にはならないだろうし。

じゃあ上の部屋の音がこの部屋に伝わってきたとか。足音とから上から下に伝わりやすく、上の部屋の住人には些細な音だと感じても、下の部屋の住人にとってはかなり大きな音となることもある。逆に声なんかは下から上に伝わりやすい。だからアパートなんかに一人暮らしで住んでいる人間は、間違っても歌を歌ったりしたらだめだぜ、丸聞こえだからな。

 

つまり上の部屋の住人の足音が伝わってきているのか。それなら納得………ってちょっと待て。何か音が後ろから近付いてきていないかこれ?

 

 

「えい♪」

 

「どわぁっ!?」

 

 

 刹那、後ろから伸びてきた手が俺の上半身をとらえる。さっきから鳴り響いていたギシギシという音は足音ではなく、ベッドが踏まれて軋む音だった。

などと冷静に考えている暇ではなく、慌ててその手の正体を確認するために後ろを振り向く。

 

 

「た、楯無さん!?」

 

 

 俺のことを後ろから抱きしめたのは楯無さんだった。表情はからかう獲物を見つけてたことで、嬉々としている。途中から姿が見えなかったのはこの為かと思いつつも、楯無さんを引き剥がそうと試みる。が、なかなか離れてくれない。

 

何だろう、こんな経験つい最近あったような気がする……。

 

 

「ちょっ、何してるんですか!?」

 

「何って……ジェットコースターごっこ?」

 

「何で疑問形なんですか!? は、離れてくださいよ!」

 

「あら、いいじゃない。減るものでもないし♪」

 

 

あーもうこの人は! 何をどうしてでも俺のことをからかいたいらしい。

ジェットコースターごっこって……俺が搭乗者で楯無さんが椅子役か、こんな椅子があったら皆乗りそうだな、特に男子。

制服の上からでも伝わってくる柔らかな二つの丘が、形を変えて押し付けられる。千尋姉ほどではないが、これもなかなか……などと思いながらも、少し力を込めて強引に引き剥がしにかかる。

 

正直耐性が無かったら危なかった、この時ばかりは千尋姉の抱きつき攻撃に感謝したい。

 

 

「はい! ジェットコースターごっこは終わりです!」

 

「あん……もう。強引にはがさなくても良いのに。ちょっとした冗談じゃない?」

 

「冗談にしては大分過激だったと思うんですけど! まさか皆にこんなことしてるんですか?」

 

「さぁ、どうでしょう?」

 

 

い、意味深すぎる。やっているようにも思えるし、やっていないようにも思える。本当に読めない人だ。これだけを見ると本当に更識家の当主なのか疑問にも思えるが、ようは掴み所が無い人ってことなんだろう。後、結構場を掻き回したりするのも好きそうだ。

 

 

「そろそろ私は行くけどその前に……」

 

「……今度はどんな悪戯をするんでしょうか?」

 

「悪戯じゃないわ、ただの連絡先の交換よ」

 

 

帰る前にどんな悪戯をしてくるのかと身構えるが、今度は悪戯ではなかった。差し出してくるのは携帯電話で、画面には赤外線通信準備中の表示が見える。いつから用意していたんだろうか。

 

どうでもいいが、楯無さんの携帯についているストラップは、可愛らしい猫のストラップだったりする。ちなみに俺は小さな銀色の指輪がついたストラップだ。本当にどうでもいい情報だなこれ、特に俺の情報。

 

差し出した楯無さんに俺も合わせるようにポケットから携帯電話を取り出し、赤外線ポートを楯無さんのポートに合わせて、俺の電話番号とアドレスを楯無さんの携帯に転送した。

 

続いてそのまま俺は受信画面に切り替え、同じようにポートを合わせる。今度は楯無さんの連絡先が送られてきた。連絡先をクリックし、登録を完了させる。

 

 

「暇な時にまた連絡するわね♪」

 

 

帰り際にどこから出したのか、扇子をパッと開く。いつものように文字が刻まれている。

 

……『また明日』って明日も来る気満々じゃないっすか楯無さん。生徒会長ってそんなに暇なんですか?

てっきり仕事が多くて大変だというイメージを持っていたんですけど。楯無さんを見ていると生徒会の人間が全員同じタイプではないかと思ってしまう。

 

 

 

「はい、また今度」

 

 

俺の返事を満足そうに頷くと、楯無さんは俺の部屋を後にした。楯無さんが去った後数分はその場に立ち尽くし、そのままベッドに倒れ込む。

 

まるで嵐のような人だったな。でも折角知り合ったわけだし、あの人とも仲良くやりたい。

 

とりあえず楯無さんのことはひとまず置いておこう。それよりもどうしても言いたい一言がある。

 

 

「……疲れた」

 

 

―――人間疲れには勝てない。

 

夕食にいくまでの小一時間、俺は部屋で少しばかり仮眠をとるのだった。


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