「―――お前はこれからどうしたいんだ?」
「……え?」
全く楯無にとって想定していなかった一言が大和の口から告げられる。
一体どうしたいのか、と。
言っていることが分からなかった、彼が何を言いたいのか。
発言の意図が分からず、思わず困惑の声が漏れてしまった。
「な、何? どうしたの大和、急に変なこと聞いてきて……」
発言の意図を確かめるために大和へ逆質問で返す。握り締めていた枕を離し、寝転がっていた身体を慌てて起こした。
楯無の質問に一瞬視線を別の場所にずらすと、ふぅと一つため息をつき一度まぶたを閉じる。
少し間を空けて再び目を開いた時の眼差しは真剣味を帯びた鋭いものに切り替わっていた。
「変なことを聞いたつもりはないよ、そのままの意味だ。楯無、お前はこれからどうしたい……いや、どうしていきたい?」
「ど、どうしていきたいって……一体何を。わ、私何か大和を怒らせること言ったかしら?」
もし言ったなら謝るから……申し訳なさそうな表情を浮かべる楯無はベッドから立ち上がり大和の近くに歩み寄ろうとするも、彼は片手を突き出し制止する。
「別に怒ってはいないさ、ただ俺は楯無の意志を確認したいだけだ……まどろっこしいと伝わりづらいか、ストレートに言おう。簪との関係についてだ」
「っ!!!」
簪の名前を出した途端にそれまでは困惑していた楯無の表情が一変する。
彼女にとっては今一番複雑な状況にあり、解決の糸口すら掴めていない問題だった。そこまで言われて大和が何を言いたいか分からない楯無ではない。
つまり、自分と簪の気まずくなってしまっているこの関係についてどうしていきたいのかを、大和は問いただしてきている。
逃げているつもりはないし、放置しているつもりも無かった。ただ何とかしようとしても、簪に壁を張られてしまっていることに躊躇し、声を掛けに行くことすら出来ないでいる。
自分では無理だと判断して一夏に簪のサポートする役回りをお願いした訳だが、大和はどうしても腑に落ちないことがあった。
一夏の性格上、やれと言われたことに関しては何が何でもやり抜くだろう。
それが楯無に言われたことで、かつ彼女が困っているともなれば喜んで動くのはすぐに分かった。もしかしたら一夏が動いたことで、簪の心が揺り動かされるかもしれない。元々、内向的な性格が変わるかもしれない。
でもその行程を経て簪が楯無の方を向くのか、長い間凍りついてしまっていた姉妹関係が改善するのかは疑問だった。現に簪と直接関わっているのは一夏だ。少なくとも事態が改善に向かえば、一夏の株が上がるのは間違いないだろう。
ただし一夏の株が上がったことが、姉妹関係の回復に繋がるかと言われたらそれはイコールにはならない。
結局のところ、簪が楯無のことをどう見るかによって関係が大きく変わっていく。
仮に今回の一連の行動で、簪が一夏に好意を持ったとしたらどうだろう。一夏に……意図的に擦り寄っている訳では無いにしても、近くにいる楯無のことを煩わしく思うかもしれない。
そうなれば姉妹の中は回復に向かうどころか、下手をすれば修復不可能なレベルにまで凍りつく可能性だってある。
あくまで可能性、結果起こらないことだって十分にあり得る。
それでも否定出来るかと言われれば、残念ながら否定することは出来なかった。
「楯無自身も苦労してるのはよく分かる。苦労したけど上手くいかなくて、内心藁にもすがる思いで俺や一夏に頼ったんだと思う。上手く行けば簪も自信を取り戻すだろうし、一夏に対しての負の感情も無くなるのは間違いないだろう。でもな、楯無。俺はお前がそれだけを望んでいるようには思えないんだ」
「ど、どういう……」
「簪が一夏に抱く負の感情を解消するって意味合いはもちろんあると思う」
二人の仲が良い方向に向かえば良い……そんな想いが無いとは言い切れない。
だがそこに隠れている本質を、大和は楯無に問いただす。
「―――でも本当は、簪と昔のような関係に戻りたいっていうのが一番なんじゃないか?」
「そ、それ……は……」
核心を突いた大和の質問に楯無は思わず口籠ってしまう。
楯無の性格上、本当に違うのであればハッキリと違うと言い切ってくるはず。だが今の楯無の口から溢れるのは弱々しい、回答をぼやかそうとする言葉だった。
大和としては本心で答えて欲しい故に、あえて嫌われるような言い方をしているようにも見える。大和の言っていることは当たっていた、自分の妹のことを嫌いになるわけがない。少しでも早く昔のような仲の良い関係に戻りたいに決まっている。
一夏にサポートをお願いしたのも、何とか簪の専用機の開発が進んでくれたらと思ってのことだった。
それでもその開発が進んだとして、楯無と簪の距離が縮まる可能性は低い。
「不特定多数の場所を行き来しているわけじゃない、基本的に簪は整備室に籠っているし、声を掛けられる機会はいくらでもあった。けどそれをしなかった……当然作業中だとしたら迷惑に感じることもあるだろうけど、全く声を掛けられないなんてことはないと思うんだが」
「べ、別に話し掛けられないわけじゃ……」
ない、と言い切りたいところだがその語尾は弱すぎた。実際話し掛けられないほどに自身が遠慮してしまっている感は否めない。視線を彷徨わせる楯無を見ながら一呼吸置いて話を続ける。
「……ちょっと苦しいな。ここ最近の動きしか知らないけど、一定距離を保って遠巻きに見つめている印象しかない」
大和の口から話される内容に、ピクリと身体を震わせる。
これも事実だった。簪の元に歩み寄ろうとするも、拒絶されるのではないかという不安が勝り声を掛けられない状態になっている。
もちろん簪が意識して壁を作っているのもあるがそれ以上に。
「簪が壁を作ってしまっているのは間違いない。ただ楯無、お前も必要以上に遠慮してしまっているんじゃないか?」
意図的にそうしているようにも見える。
決して悪意があるわけではないものの、その遠慮が一夏にお願いするという行動を引き起こさせたのかもしれない。
普段だったら弱みなんて一切見せずに自分で何とかしてしまう彼女だが、本当に自身で打つ手が無かったのだろう。だからこそ藁にもすがる思いで大和や一夏に頼った。
「俺は過去を知らない。だからもし楯無が何回も声を掛けて、それに対して簪が明確な拒絶をしているのだとしたら、楯無の行動も無理はない。もしそうなのだとしたら本当に申し訳ないことをしていると思う」
「……」
「そこの事実も含めて、楯無はどうしたい?」
今話した内容はあくまでこれまでの行動を見た上での大和の仮説に過ぎない。
もし見当はずれなことを言っていたとしたら申し訳ないと前置きを伝えた上で、これからどうしていきたいのかを楯無に問う。
正直なところ、申し訳ないレベルでは済まない内容にもなる。もし間違っているとしたら人間としてどうか、と言われても何ら文句は言えなかった。
「……に」
「?」
俯いた状態で何かを呟く楯無だが、大和は聞き取れずに耳を近づける。
「……とに」
まだ聞こえない。
何かを言おうとしているのは分かるが、はっきりと言葉に出て来ない。だが、言葉を発する楯無の身体はまるで怒りや悔しさを押し殺すかのように震えていた。
その様子は大和の視界にも映っている。
それは楯無が普段大和に向けている感情とは全くの正反対のものだった。
「大和に……あなたにっ! あなたに私の何が分かるのよ!!」
大和の言葉に対して、心の奥底に溜まっていた想いが一気に爆発する。
お前は私の何を知っているんだと顔を真っ赤にして、目元にうっすらと涙を浮かべながら啖呵を切っていく。
「必要以上に遠慮している気がする? そんなこと分かってるわよ!! 私だって好きで遠慮してるわけじゃない! 簪ちゃんにどうやって話し掛けて良いのか分からなくて! それでもやっぱり大切な妹だから何とかしようって!!」
彼女なりの苦悩があったのだろう、分かっていたとしても行動に移せなかった気まずいママの関係にしてしまった、この現状を悔いているのはほかでもない楯無なのだから。
こちらの事情なんて微塵も知らない第三者の大和に、説教される筋合いなんて一つもない。どの面下げて自分に物申しているのか。
尚も、楯無は止まらない。
「散々考えたわ、どうすればいいのかって! 悩んで悩んで、どれだけ悩んでも!! その解決の糸口は見つからなかった! 簪ちゃんは私と比較するようになってどんどん塞ぎ込んでいってしまった!!」
出来る姉を持つ妹の宿命かもしれない。
文武両道に加えて性格も良し、幾多もの交友関係を持ち皆から慕われる。そして十代にして更識家当主の名を襲名しただけではなく、自身でISを組み上げた。
簪とて別に優秀ではないわけではない。IS学園に入学できる以上、一般人ではとても追いつけないような知力を有している。それでも自身の全てを駆使しても、あらゆる分野で上をいく姉の存在は簪にとって強烈なまでの劣等感を植え付けてしまった。
何でも出来る姉に対し、一般人の妹。
誰かがそれを言ったわけでも、公表した訳でもない。
生徒会長として全生徒の中心となるポジションにいて、ロシアの国家代表の肩書きを持つ楯無に対し、専用機開発も頓挫した代表候補生。
姉と比較しようとすれば自身が全てにおいて劣っているように見えてしまう。簪の性格上、楯無と距離を置こうとしてしまうのも無理なかった。
「大和は良いわよねっ! ずっと姉弟の仲も良くて順風満帆で! こんな苦労したこともないんだもの!!」
まさかここまで言われるとは大和も想定していなかったのだろう。
楯無の口から発せられた一言に思わず口元が歪む。
楯無が正常な思考をしているのなら言い返していただろうが、彼女は明らかに取り乱している。この状態で言い返したとしても火に油を注ぐだけだった。
それでも大和と千尋の関係が最初から順風満帆なんてことはなく、むしろ今の楯無と簪の関係以上にひどい状態だったのが事実だ。
先日楯無に喧嘩をしたことがあるかと聞かれた際にほとんど記憶にないと答えた大和だったが、喧嘩をする以前に人とのコミュニケーションすらまともに取れない時代が長かった。
そしてコミュニケーションが取れるようになった後については下手に歯向かおうとしたら、圧倒的な力で捻じ伏せられることが分かったため喧嘩をするほどの反抗をしなくなったというのが正しいのかもしれない。
大和自身にも事情はあるが、楯無の言い分に言い返そうとせず黙って聞く。
「大して私たち姉妹の関係なんて知らないくせに! 私の全てを知った気にならないでよ!!!」
楯無は鋭い眼差しのままギロリと睨み付ける。
フーフーと鼻息荒く肩を上下させるが、自身の全てを大和にぶつけたことで昂ぶっていた脳内が一気にクールダウンしてきた。興奮状態にあった思考も少しずつ落ち着き、平常状態に戻って来る。
「……あっ」
だがそれと同時に押し寄せてくるのは計り知れない虚無感と罪悪感。
ここまでいうつもりなんて無かった、自分たちの関係に踏み入ってきたことに対して話を逸らすつもりが、自身の黒い部分をあろうことが全て大和にぶつけてしまった。
大和だって話してはいないだけで、もしかしたら相応の苦労をしているのかもしれない。優しい彼のことだから変に気を遣わせないように、自身のことはあまり話そうとはしないだろう。
事実確認もせずに憶測でまくし立てて……大和を傷付けてしまった。
「……っ!!!」
居ても立っても居られなくなり、バツが悪そうに視線を逸らすとそのまま部屋の外へと駆け出した。
先ほどまで楯無がいた空間に一人取り残される大和。静寂が訪れた一室で壁に寄りかかったまま一つ大きくため息を吐く。
「……はぁ、嫌われたり拒絶されたりするのは慣れていると思ってたけど、実際に言われるとやっぱりキツイわ」
ポツリと呟きながら天井を見上げるしかなかった。
「うーむ……インタビュー、インタビューか。ドイツにいた時にも経験が無いぞ。こういう時は一体どうしたら……」
寮の廊下を歩きながらうーんと唸り声を上げる銀色。
ラウラ・ボーデヴィッヒは初めての雑誌インタビューにどう挑もうかと頭を悩ませていた。
生まれてこれまで雑誌に掲載されるインタビューに参加したことは無い。立場上何度かオーダーが来たことはあるものの当時は受ける必要が無いと全て断っていた。
今回、大和が参加するということで了承したわけだが、如何せん不慣れなイベントであるが故にどうすればよいのか分からなかった。
「う、うーん……やはりシャルロットに頼むか? このようなイベントには慣れていそうだし、一番ちゃんとした回答をしてくれそうだ」
では本番までに何が出来るか、そして何をするか。
導き出される結論としては、少しでも慣れているであろう人間に聞いたほうがよいという結論になる。周囲にいる人間で受け答えが上手であり、かつ人に教えるのが上手な人間をピックアップすると自ずと一人の人物が絞られた。
シャルロット以外に居ないと。
シャルロットであれば適切なアドバイスが出来るだろうと結論付けたラウラ、幸いなことに同室で聞くタイミングはいくらでも確保ができる。もちろんシャルロットにもプライベートな時間があるし、事情を話してみて空いている時間に教えてもらうことにしよう。
とりあえずシャルロットのところへ行こうと、自室へと歩を進める。やがて曲がり角にさしかかると不意にラウラの死角になる左側から生徒が飛び出して来た。
「っ!」
「うわっ!?」
正面または右目側から来れば目視できただろうが、丁度眼帯で覆い隠した左側から気ことで反応が遅れてドンッとぶつかってしまう。
幸い衝撃波直前に後ろに下がったことでそれほどでもなく、少し髪が乱れるくらいですんだ。
「ふぅ、危なかった。廊下を走るのは禁止だぞ、もし教官に見つかったら……ん?」
「あっ……」
ぶつかって来た相手に冷静に気をつけるようにと伝えるラウラだが、そのぶつかって来た相手を見て思わず硬直する。
「……生徒会長?」
楯無だった。
いつもの余裕を含んだ表情は何処へやら、少なくともラウラが普段見ている彼女の姿とは真逆であり目を腫らし、目元に涙をためながら顔を逸らそうとしている。
ただ既にラウラは涙を流す楯無の顔を見た後であり、今更誤魔化すのは無理があった。
「一体何が? その涙は……」
「こ、これは……そ、その……っ!」
何でもない、と言い切る前に再び体の奥から涙が零れ落ちてくる。止まれ、止まれと何度念じてもその勢いは留まることを知らなかった。
目元から頬を滝のように伝って床を湿らせていく。
「うっ……ぐすっ……うぅっ」
「お、落ち着け生徒会長。一体何があったか教えてくれ。もしかして今のゴッチンがそんなに痛かったのか?」
「ち、違う……の。わ、わたし、わたし……ううっ」
「ま、待て。ここで泣くな! いったん場所を変えるぞ! 着いてこい!」
ワタワタと慌てるラウラはとりあえず一番近い自室へと楯無を案内するのだった。
「……なるほど。俺の部屋を出て行った後に楯無に会って、そんなやり取りがあったのか。ほら、アイスティー」
「うむ……ありがとう、お兄ちゃん」
その日の一部始終をラウラは端的に、そして分かりやすく大和へと伝えた。近くの出張屋台で購入したアイスティーをラウラに手渡し、お互い近くのベンチに座る。
「いや、感謝するべきは俺の方だ。ありがとうラウラ、話してくれて。それと楯無のこともフォローしてくれたんだな」
「ふ、フォローという程でもない。ただあの場で大泣きされたら困るというか……まぁ、私の部屋に着いた途端に大号泣だったからフォロー出来たのかどうかまではなんとも」
「いや、ラウラが居たから安心して泣き出したんだと思う。悪いな、色々と対応してくれて」
改めて感謝の気持ちをラウラへと伝える。
あの日、大和の部屋を飛び出した楯無はラウラと鉢合わせた。見知った人物に出会ったわけだが、そこで完全に涙腺が崩壊して本格的に泣き出してしまう。
廊下で泣かれるとまずいと判断したラウラは、急いで自室へと招き入れることにした。
「ううん、これくらいならなんてことはない。もし話せるのなら話して欲しいのだが、二人の間で何があったんだ?」
大したことはしていないと本題に入っていく。
ラウラの問いかけに対して即座に大和は回答を返した。
「楯無のプライベートのことに突っ込みすぎってところか。本来彼女からしたら俺は血の繋がっていない第三者だ、身内のことに首を突っ込まれたらいい気分にはならないだろう。それに楯無からしたら敏感な話題だったわけだし、俺自身やり過ぎてしまったって思っている」
「その後は……」
「連絡どころか口も利いていない。何なら部屋に楯無の備品があっただろ? あれも全部、俺が次の日部屋に戻ったら撤去されてた」
徹底的だよな、と苦笑いを浮かべる大和だがその表情は淋しげで、いつもよりも口調も弱々しいようにも見えた。
本人も柄にはないことを、本来なら言いたくない事を言ってしまったと思っているのだろう。自分の尊敬する兄が、意図して相手のことを傷付けることを言うわけがない。
「……そこまでやってたのか。いや、実は私も全部を聞いたわけではないのだ。開口早々に言われたのが『大和を傷つけた、嫌われちゃった』だったから」
「楯無が?」
「うん。お兄ちゃんを傷付けるようなことは一言も言ってなかったぞ」
「……」
大和としては少し意外だったようで思わず目を丸くする。
完全に嫌われたとばかり思っていたが、泣き出してしまうような状況で取り繕うのは不可能に近い。つまり率直に出てきた言葉は楯無の本心ということになり、大和を本気で嫌っている訳では無さそうだった。
とはいえあれだけ爆発してしまった後だ、すぐにいつも通りの関係に戻ることは難しい。彼女からすれば気まずさもある故に、部屋に置いていた私物は全て引き払ったのだろう。
「……それにお兄ちゃんは意図的に人を傷付けるようなことを言うはずがない。私は何か理由があると思っているんだ」
と、ラウラは話を続ける。
大和が本気で相手を陥れる、傷付けようと思って行動するようには到底見えない。今回も理由があっての発言だとラウラは言う。
「そう思うか? もしかしたら怒りに身を任せて傷付けたって可能性もあるかもしれないぞ?」
「それは絶対にない。身をもって実感しているからお兄ちゃんの優しさは知っている」
怒りに身を任せて人を傷付けるなんて一番ありえないと、ハッキリ断言した。
かつてあらゆるものを拒絶していた自分にさえ、寄り添ってくれた大和がそんなことをするはずがない、自信を持って言うことができた。
大和の行動には全て意味があると、最終的に自分を正しい道へと導いてくれたように楯無に投げ掛けた言葉には意味があると。
「もし、これが見知らぬ男が同じことをしていたとしたら、きっも私は怒っていただろう」
ラウラは淡々と一般論を述べる。
常識的に考えて人様のプライベートに勝手に割り込み、あまつさえ姉妹仲についてとやかく言うこと自体が失礼極まりない。もし大和のことを何一つ知らない人間が、この話を聞いているのであれば上から目線で何を言っているのかと叱責している。
大和がいる場所はIS学園だ。
女尊男卑の思考が蔓延しているこの世の中、陰口どころか大和を排除しようとする動きさえ考えられた。それでも部屋を飛び出した楯無が一番最初に出会ったのがラウラだったのはある意味不幸中の幸いだった。
それが例えラウラであったとしても、大和だったから責めることはしていないが、これがもし認識のない別の男性であれば烈火のごとく怒っていたに違いない。
「でもお兄ちゃんだから、私は信じている。たまに無茶するのは勘弁してほしい」
「そうかい。無茶して心配掛けるのは申し訳ないと思うけど、そこも含めて俺だからな。こればっかりは仕方ない」
買ったアイスティーを口に含みながら軽口を叩く大和。お兄ちゃんらしいとラウラも苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それにしても……ラウラ、成長したな。うれしいぞ」
いつものように手をそっと伸ばすとラウラの頭をポンポンと軽く撫でる。
出会った頃から今に至るまでのラウラの成長は本当に目覚ましいものがある。編入してきた頃はとにかく触れれば切れるナイフのような性格であり、高圧的で全てを下であると見下すだけでなくまともなコミュニケーションを取ろうともしなかった。
それがいつの間にか相手の気持を汲み取るようになり、状況に応じた発言、行動が出来るようになり今やクラスのムードメーカーとしても活躍している。経験していないことに関してはまだまだ勉強する必要があるにしても、一度覚えたことは忘れないし、自分の中で噛み砕いて昇華させようとしている。
元々不器用ではあるが頭は良く、教えられたことは素直に吸収しようとする姿勢もある。だから正しい人につけば間違った方向には進むことはなかった。
逆を言えば大和が正しい方へと導いたから、とも言える。
「んっ……お兄ちゃん」
ラウラも小さく声を漏らしたかと思うと気持ちよさそうに目を細める。頭を撫でられるのが好き……というよりも、大和が撫で方が上手なのだろう。
「しばらくの間は迷惑をかけるかもしれないけど、また元通りに出来るように動くから見守っていてほしい。一応俺と楯無の問題だし、あまりラウラたちに手間を掛けさせるのも違うしな」
「うむ……とはいえどうしようもない時は遠慮せずに頼ってほしい。そのために私たちがいるのだから」
必ず元通りの関係に戻してみせると改めて決意する。妹に気を遣わせてばかりでは兄としての顔が丸潰れだ。そうはならないように頑張ってみせると言い切った。
そうは言っても限界が来ることもあるかもしれない。その時は遠慮なく頼って欲しいとラウラは言う。困った時はお互い様、兄妹なんだからいつでも頼って欲しいと言わんばかりの頼もしさだった。
少しの間頭を撫でると、その手をそっと離してベンチから立ち上がる。購入したアイスティーを一気に飲み干した後、グーッと両手を天高く伸ばして背筋を伸ばすと、くるりと座っているラウラの方を振り返った。
「話は変わるんだが……ラウラ、今度の専用機持ちのタッグトーナメントのことを聞いてもいいか?」
「ぬ、タッグトーナメントか? 全然いいぞ!」
話題を変えてホットな話題を出すと、ラウラは喜んで食い付いて来る。
―――専用機タッグトーナメントマッチ。
夏前に行われたタッグトーナメントマッチと似ている大会だが若干ルールが変わっている。前回は訓練機での参加も認められたが、今回は専用機持ちだけの参加となっていた。
専用機持ちたちの少しでも普段から緊張感を高め、かつパートナーとの連携を重きに企画されたものになる。
またここ最近の治安の悪さから、有事の際にいつでも対応出来るように訓練する目的もある。イベントが行われるごとに何かしらの襲撃がある現状は決して平和と言い切ることはできず、いざという時に戦えるようにしていきたいという学園側の思惑もあった。
さて、そんなタッグトーナメントマッチだが、パートナーに関しては特に制限を設けておらずお互いの了承があれば自由に組むことが出来る。
「そうか。実はタッグを組む相手を探しているんだが……ラウラはもうパートナーは見つかったのか?」
大和自身まだ誰と組むかを決めかねている状態だった。
彼の特性上、よほど相性の悪い相手で無ければある程度は合わせられるため、他学年の専用機持ちからもチラホラと声を掛けられている。
当初、同じ男性同士ということで一夏と組むことを検討したものの、残念ながら一夏は四組と簪とペアを組むことに奮闘していた。
となると他の専用機持ちとペアを組まなければならない。
「いや、まだ見つかっていない。もしかして私と組みたいのか?」
「あぁ、ラウラさえ良ければだが。前組んだ時は散々というか、不完全燃焼だったというか……そもそもの目的がお互いに違ってたし、今ならもっといい連携が出来るんじゃないかって思ってる」
「あ、あの時は私も正常ではなかったというか……」
恥ずかしそうに言うラウラだが、実際大和の言うようにペアと呼ぶには程遠いレベルの連携……もといラウラの独断での戦闘だった。
今となっては懐かしき思い出ではあるものの、ラウラからすると複雑な思い出でもある。
「私ももう一度ペアを組んでみたかった。本当は打倒お兄ちゃんを目標にしようとも思ったが、一緒に組んで優勝を目指すのも悪くはない。前回のリベンジも果たしたいと思っていたところだからな」
前回のタッグトーナメントは形式上無効試合になってはいるが、後半は一夏とシャルロットのコンビネーションの前に成す術なく敗北寸前にまで追い詰められている。
その後VTシステムが作動してラウラの機体は暴走、一夏やシャルロットの協力もあり無事にラウラは救われた訳だが、ペアで戦うことの大切さ、独りで戦うことの愚かさを思い知らされた。
だからこそもう一度あの時のペアを組んで自分は証明したい、そうラウラは思っていた。
「なら、決まりだな。ラウラ、俺とペアを組んでくれ」
ここに新たなタッグマッチのペアが生まれた。