IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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ヒーローの理想図

 

 

 

「ねぇ、ほんっとに……どういうことよ!!」

 

 

バンッ! と屋上の一角で地面を叩くのは鈴だった。信じられないっ! と言葉を続けながら不満を漏らしていく。本来なら多少なりとも痛みもあるかもしれないが、そこは麻痺しているのだろう。

 

 

「今回ばかりは鈴さんの言葉に賛同するしかありませんわね。全く、一体何があってこんなことになってるんですの!」

 

 

と、鈴の言葉に続くように話すのはセシリア。

 

片手に持っているティーカップを震わせながら鈴と同じように不満をぶつける。

 

 

「……しかしこれまで話題にも上がっていなかった相手と何故ペアを組もうと思ったんだろうか。いくら一夏とはいえ、理由もなく行動するとは思えないんだが」

 

 

二人に比べると冷静な雰囲気で淡々と箒は話す。

 

ここで初めて話の中心になっている人物の名前が出てきた。案の定というか、不満をぶつけられているのは一夏だった。そして当の本人が場にいないことから、完全な女性陣だけの井戸端会議のようになっている。

 

箒の後に、今度はシャルロットが続くように話し始めた。

 

 

「僕たち、何か一夏に怒らせるようなことやっちゃったのかなぁ……」

 

 

シャルロットの一言に対して、鈴とセシリアが『うぐっ』と声を漏らすと、それぞれ口に含んでいたウーロン茶と紅茶を吹き出しそうになる。

 

反応するということは彼女たちに多少なりとも自覚がある、ということになる。一方で箒は二人ほどの反応は示さないが、若干苦笑いを浮かべていた。その時は反射的にやってしまうが、後々思い返すと中々に強烈な接し方をしてしまうことが多々ある。

 

根幹にあるのは嫉妬心ともどかしさ。

 

どうして自分の想いが伝わらないのか、どうして他の人ばかり目をかけてしまうのか。その想いから時に苛烈な行動に向かわせてしまっていた。

 

 

「ふむ……まぁ一夏とて何か理由があるだろう。アイツがなんの目的もなく行動するとは到底思えん。接点のない相手だとするのなら、誰かに頼まれたっていう可能性が高い気がするがな」

 

 

第三者視点で客観的に述べるのはラウラ、一人正常心のままお茶をずずっと飲む。この中で一番冷静でいられるのはラウラだろう。一夏のことは良き友としては見ているが、そこに恋愛感情というものは存在しない。

 

恋愛感情に近しいといえば大和に対する感情になるが、大和に対しては恋愛というよりも尊敬や敬愛になる。好きか嫌いかと言われたら間違いなく『好き』という切り分けになるものの、それはLikeであってLoveではない。

 

ラウラのポジションは妹だ。

 

もし仮にそのポジションを他の誰かに取られようものなら、慌てふためく姿が容易に想像できるが、残念ながら今彼女のポジションを脅かす存在は一つもなかった。

 

それ故に、今は客観的な立場で分析が出来ているのだろう。

 

 

(状況は把握しているが、このタイミングであまり私がペラペラと情報を話すのも違うだろう。それに自分が大きく関わっている内容でもない、一旦一歩引きながら見守るとするか)

 

 

というよりそもそもの話、ラウラは大和からある程度の状況を聞いており、何が起きているかを把握していた。

 

ここにいるメンバーの中では一番この状況を理解している。想像以上に状況は複雑化しているからこそ、下手なことを言うことが出来なかった。

 

ラウラの誰かに頼まれたという一言に対して、鈴が反応する。

 

 

「頼まれたって……誰によ? アイツは多分ホントに困っているって言われたら誰でも助けに行っちゃうから見当も付かないわ」

 

「そうですわね……それが一夏さんのいいところでもあるんですけど。私たちから見たらこう複雑と言いますか」

 

 

人としては素晴らしい心掛けとはいえ、乙女心としては複雑だ。しかも相手が男性ではなく、女性だとしたら一夏の性格上無意識に口説き落としてしまうことだって多い。

 

何ならこれまでも似たようなことを複数回経験している立場としては、今回もそうなるのではないかと戦々恐々としていた。二人の見解としてはごもっともな内容にはなる。

 

 

「ていうか……箒は随分冷静なのね。いつもだったらもっと荒くれているイメージ何だけど」

 

 

酢豚を口に運びながら、いつも以上に冷静でいる箒に疑問を投げ掛ける。

 

 

「あ、荒くれているとは何だ! 私だって別に心中が穏やかなわけではない。ただ、一夏の行動一つ一つに目くじらを立てたところで、私たちが出来ることは何もないし意味もない。それに過干渉したところで自分たちの評判だけを落とすんじゃないかと思ってしまっただけだ」

 

 

鈴の質問に対して失礼な! と一瞬大きな声を出す箒だったが、その後の回答は冷静沈着そのものの内容だった。確かに一夏の行動一つ一つを把握しようとしたり、気にしたところで自分たちが出来ることは何もなく、かえって気が滅入ってしまう。

 

それだけではなく、その行動を見た周囲からは『面倒くさい』と思われてしまうかもしれない。現に一夏の彼女でもないのに占領し過ぎだと言うクレームが学年問わずに来ている。

 

本人たちはそのつもりはなくとも、周囲から見れば一夏に執着しているように見えていた。一夏とは決して恋仲の関係ではなく、ただの友達関係だ。交際宣言をしていないのだから自分たちばかりズルいと周囲から思われるのも無理はない。

 

 

(ほう、いつもなら率先して感情を爆発させることも多い箒が随分と冷静だな。現状を客観的に見てるのか、それとも何かを知っているのか……いずれにしてもその判断は悪くないように見える)

 

 

箒の反応はラウラからしても少し意外だったようだ。

 

以前、箒の性格や反応については一度大和からも咎められている。カッとする気持ちは分かるがすぐに感情として出すのではなくて、一度のみ込んで整理してみたらどうだと。

 

それを実践しているのかまでは分からないが、自身の弱みを克服しようとする素振りは見て取れた。

 

そんな箒の一言に、シャルロットも続けるように言う。

 

 

「そうなんだよね。一夏が僕たち以外の誰かとペアを組むっていうのは事実だったとしても、何か変に介入していくのは違うかなって。選んでくれなかったのは確かに残念なんだけど……うん、何か今は一夏のことを見守ってあげるのが良いんじゃないかなぁ?」

 

「アンタたちも大人ね、セシリアとは大違いだわ」

 

「えぇ、全くですわ……って鈴さん! それはどういうことですの!?」

 

「あ、あはは、冗談よ冗談……ま、言われてみればそれもそうね。とりあえず一旦は見守ることにしましょ、別にあたしたちに害があったわけじゃないし目くじら立ててもね仕方ないわよね」

 

 

と、一旦は一夏の話題については区切りを迎える。

 

もし一人も冷静に判断できる人間が居なければ、一夏の元に突撃していたかもしれない。

 

 

「あっ、そういえば皆タッグマッチのペアは決まったの? 実は僕、二年の先輩と今回組むことにしたんだ、前々から声は掛けられていてね」

 

 

新しい話題として、タッグマッチのペアについてシャルロットが話し始める。

 

彼女は別の学年からオファーがあったとのことで、今回は同学年で組むことはしなかったようだ。

 

 

「あれ、珍しいじゃん。あたしはセシリアと組むことにしたの。何だかんだ一緒にやってるから息は合わせやすいのよね」

 

「えぇ、鈴さんの暴走は私とブルー・ティアーズでしか制御出来ないと思いまして、おほほほ……」

 

「ちょっとセシリア? ……まぁいいや。で、箒とラウラは?」

 

 

先ほどの意趣返しだと言わんばかりに皮肉るセシリアに対して、ジト目を向ける鈴。

 

自分から言い出した手前何も言えないわけだが、彼女からしてみても知らない相手とペアを組むよりかはお互いの手の内を知り尽くしているセシリアと組んだ方が良いのは事実だった。

 

残る箒とラウラが誰と組むことにしたのかを確認していく。

 

 

「私は楯無先輩だ」

 

「私はお兄ちゃんと組むことにした」

 

「あー……箒は意外ね。楯無さんと組むことにしたんだ」

 

 

ある意味箒のペアが一番予想外かもしれない。一見、楯無と箒の接点がないように見えるからだ。

 

 

「あぁ、私もどうして自分なのかと聞いたのだが、距離を縮めたいと」

 

「はぁ?」

 

 

箒の口から放たれた言葉の意味が理解出来ず、思わず間の抜けた声を出す鈴。誰がどう聞こうとも『距離を縮めたい』はペアを組む理由としては弱い。何なら理由としては不純にすら感じられる。

 

その場の前提を聞かされていない立場の人間からしたらより強く思うことだろう。

 

が、そこは皆楯無のキャラを知る故にそれが事実だったとしても、裏側に隠れた真実であるとは思わなかった。おそらくはちゃんとした理由は存在するが、あえてふざけて言って見せただけに違いないと推察できたため、それ以上の理由を言及することは無かった。

 

 

「何て言うかまぁ……理由があの人らしいわね」

 

「恐らく冗談だとは思うのですけど、人の懐に簡単に入れる器用さは見習いたいところですわ」

 

「見習いたくても見習える気がしないけど」

 

 

もはや苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

楯無だから出来る芸当であって、自分たちが同じようにやれと言われても出来ないだろう。

 

 

「それで、ラウラは大和ね。ある程度予想は出来た組み合わせだけど、手を合わせたいって言ってなかったっけ?」

 

「うむ……本当はそのつもりだったのだが、一緒に優勝を目指すのも悪くはないと思ってだな。リベンジはいつでも出来るし、今回は一緒に組むことにした」

 

 

ペアを組むことを決めたのは雑誌のインタビューに行った帰り道、大和から直接ペアを組んで欲しいとお願いされた。

 

 

「……となると、ここは手強いわね」

 

「ラウラさん一人ですら厄介なのに、そこに大和さんも加わるなんて」

 

「正直あまりマッチングしたくはないよね……」

 

「同じ剣士としてちゃんと戦いたい気持ちはあるが……苦戦は必須だろうな」

 

 

揃って出てくる言葉は厄介、というものだった。

 

特にラウラとの戦いに関しては箒を除いた全員が経験していて、鈴とセシリアはあまりいい思い出がない。シャルロットは一夏とのペアで一度ギリギリまで追い詰めているとは言っても、あの時のラウラは協調性の欠片もなかった。

 

一対一であれば無類の強さを誇るラウラでも、連携の取れた二人を同時に相手することは出来ない。その時は連携の隙をついて追い詰めることは出来たが、今回は同じ戦法が通じることは無かった。

 

となると正攻法で戦わなければならない。

 

ラウラにはAICがあるし真正面からの攻撃は効かない。大和も前回のように黙って傍観することはない故に、この二人に対してどう対処をするのかが悩みどころだった。

 

 

「ま、やるしか無いわね。当たったら当たった時よ。後は如何に一夏に一泡吹かせるか、よ!」

 

「えぇ!? またその話になるの!」

 

 

再び一夏の話へとエンドレスループを繰り返していく。

 

IS学園のお昼休みはあっという間に過ぎ去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あるからして格闘戦における要素は『重さ』『速さ』『流れ』の三つの割合が大きく占める。つまり必要な訓練としては……」

 

 

五時限目の授業中、更識簪は列の最後尾の自分の席で窓から見える空を眺めながら物思いにふけていた。

 

本来であれば大切な授業故に聞いてないなんてことはないのだが、今日の内容は既にほとんど頭の中に入っているため聞く必要がない。

 

仮に当てられたとしても問題なく答えることだって出来るわけだが、普段から簪は興味のない授業や面白くない授業、既に理解している授業を聞き流すなんてことはない。

 

今日に関してはそれ以外の、また別の問題があった。

 

 

(か、間接キスしちゃった……)

 

 

思い返すのは今日の昼休みの出来事。

 

いつも通り一人で済まそうと思って教室を出ようとしたら、扉を開けた瞬間に駆け込んできた一夏に捕まる。

 

断ることも出来ず強制的に連れて行かれてそ共に昼食を取ることになったわけだが、一夏の頼んだチキン南蛮を一口簪に食べさせ、残ったチキン南蛮を一夏が食べるという一幕があった。

 

恋仲でもない相手の食べかけを食べるなんて、本来であれば抵抗を示すのが当然のはずが、一夏がそんな素振りを見せることは無かった。

 

ただの鈍感なのか……とも思ったものの、嫌そうな雰囲気でなかったことは間違いない。その時のシーンを思い返すと思わず、自身の唇を人さし指で触る。

 

幼稚園、小学校低学年までであれば間接キスなど何とも思わない。しかし小学校高学年、中学校、高校と年齢が上がるにつれて、その抵抗感はより強みを増していく。

 

かくいう簪も間接キスとなってしまったことに対して恥じらいこそはあったが、嫌な気分は無かった。

 

そして目の前にいたのは嬉しい、楽しいという感情が含まれた表情を浮かべる一夏の姿だった。

 

 

「……っ!」

 

 

思い出すたびに頭から湯気が湧き出てくる。

 

少なくとも初対面の彼に対するイメージは最悪だった。自身の専用機の開発が止まる原因になった人物をよく見ようとする方が難しい。

 

ただいつの間にか彼のペースに引き込まれてしまったている。気付けば彼の人柄に触れて、凍り付いた心を解きほぐされている。悪かったはずのイメージはいつの間にか完全に払しょくされていた。

 

それでもこれからどうすれば良いのか分からない。自分はどうしていきたいのか。

 

 

(わ、私どうすれば良いんだろう……)

 

 

うーっと考え込んで、またお昼の一件を思い出して、また考え込むのエンドレスループを繰り返す。これで何度目のループになるのだろう。そうこうしている内に刻々と時間が過ぎ去っていった。

 

大体根本的なことが分かっていない。

 

一番最初に一夏にも聞いたが、どうして私なんかと組みたいのか。

 

一組には実力派の専用機持ちたちが複数人いると聞く。彼なら選り取り見取りだろうし、わざわざ自分に声を掛けてくる理由が見当たらない。

 

自分の専用機が見てみたいから、なんて言ってたけどその理由も本当かどうか怪しいところだ。そうは言っても彼に悪意がないことは接していてよく分かるし、そのつもりも無いことは明白だった。

 

と。

 

 

『分かんないならとりあえずやってみろよ。やってみなきゃ分かんないだろ?』

 

(え?)

 

 

不意に一夏の声が聞こえてくる。

 

思わず顔を上げて周囲の様子を伺うように首を振った。

 

 

『俺と組もうぜ、簪さん』

 

(い、いや……)

 

 

一夏からの誘いに対して拒絶をしようとするが、その言葉はあまりにも弱々しいものだった。

 

 

『なんで?』

 

(だ、だって私分からないもの……分からないものは、私は嫌だから……)

 

『そうなんだな。でもそのままじゃわかんないんだろ?』

 

(そ、それは……)

 

『大丈夫だ、俺に任せろ! 怖いことなんて何もない』

 

 

本当にそうなのか、それでも一夏のポジティブな一言が自分の好きなアニメのヒーローのようでそれが何よりも心地よい。

 

 

「だから俺と組もうぜ、()

 

「う、うん!」

 

 

簪の名前を呼び捨てで呼ぶ一夏だが、不思議と嫌な感じは無かった。目の前の一夏がまるで自分を助けに来てくれたヒーローのようで、興奮気味に差し出された手を掴む。

 

これが夢や妄想の世界ではなく、リアルの世界の話だったら良かったのにと思いながら簪は一夏の顔を見つめた。

 

 

(あ、あれ……?)

 

 

そこで初めて簪は違和感に気が付く。

 

先ほどまで授業中だったはずのクラスは自分を除いて誰も居なくなっている。黒板の板書も周囲の生徒たちも誰一人姿が見当たらない。

 

教室の外からは夕暮れの木漏れ日が差し込み、室内をオレンジ色に照らす。教室に残っているのは机などの影と自身の影、そして目の前にいる一夏の()()の影。

 

……いや待て、残像なのに影が残るだろうか。

 

それに自身の握っているこの手は残像ではなく、しっかりと()()があるようで、人の体温をしっかりと感じられた。

 

ペアを組むこと了承をしてしまったが、目の前にいる一夏にはしっかりと実体があり、かつ人の感触もある。夢や妄想の世界でこんなにハッキリと感触が伝わることなんて。

 

 

「えっ……あれ」

 

 

あるはずが無かった。

 

 

「やったああああ! 組むって言ったな? 言ったな!! よしっ! そうと決まれば職員室に急げだ。すぐにタッグマッチのパートナー申請するぞ! もう時間もないからな!」

 

 

その幻想は現実世界の実体として飛び跳ねる。

 

簪が妄想の中だと思い込んでいた世界は現実世界そのものだったのだ。簪の了承を取ったことを確認し、手を握りしめたまま二人揃って教室の外へと飛び出す。

 

やっと現実が見えてきた簪は、叫び出したいほどの恥ずかしさから耳まで真っ赤にして悲鳴にならない悲鳴を上げる。もちろんこの声が一夏に届くことは無かった。

 

つまり簪がボーッとし始めたのはお昼過ぎの五時限目から。気付かぬままに六時限目の授業が開始され、そこでも簪は時間経過に気付かずに過ごしていたのだ。

 

結果、一日の全授業を終了して教師や生徒が全員帰宅した後の、もぬけの殻となった教室に自分一人だけが残り、同じく終礼を終えた一夏が教室に来ていつものように簪とペアを組んでくれないかと持ちかける。

 

簪は妄想世界と現実世界の境界線が曖昧になり、妄想世界と信じたまま話を進め、結果空返事のような状態でペアに承諾し、現在に至る。

 

やってしまった! と気付いた時には既に遅かった。一夏にはペアを組むと承諾してしまった上にこんな嬉しそうな表情をされたら、今さら取り消せるわけもない。

 

どうして授業が終わったタイミングで誰も声を掛けてくれなかったのかとクラスメイトを一瞬恨むも、普段からあまり交友をせず、避けていた背景からクラスメイトたちも遠慮してしまったのだろうと気付きガックリと頭を垂れた。

 

 

「んじゃ、入るぞ」

 

「えっ、まっ、まっ……」

 

 

いつの間にか職員室までに到着し、待ってと言い切る前に一夏に手を引かれたまま職員室の中に連行される。

 

手を繋がれたままの事に意識が向いてしまい、簪自身よく分からないままに申請書に名前を記載、そのまま申請書は受理されてしまった。

 

申請を終えて、二人は職員室の外へと出る。

 

 

「よし! じゃあ早速今日から整備室で頑張るか!」

 

「え、えっ……と」

 

 

もはや簪を完全に飲み込んでしまっている。

 

何かを言い出そうとゴニョゴニョと口籠るも、上手く言葉にできずに話がまとまらない。

 

 

「整備の時もISを着用するから、原則ISスーツ着用なんだよな。じゃあ俺着替えて来るから、整備室で待ち合わせな!」

 

「あ、あ、のっ……」

 

 

言いたいことだけを言って颯爽と駆け出す一夏に簪の声が届くことは無かった。

 

と。

 

 

「あ……整備室って何番?」

 

「だ、第二っ!」

 

「了解! じゃあまたあとでなー!」

 

 

タッタッタと掛けていってしまう後ろ姿に無意識に右手を伸ばす簪、一夏が視界から消えたことでようやく我に返り、差し出した右手をぱっと引っ込める。

 

結局、断れなかった。

 

いくらグイグイと来られたからと言っても断るチャンスなどいくらでもあった。それでも簪は断ることをしなかった。

 

嫌だ嫌だと決めつけていただけで、実際はこの未来を望んでいたのではないだろうか。想像すると顔の表面温度が高くなるだけではなく心拍数も上がってくる、それでも違うとは言い切れずにいた。

 

どうして?

 

彼が一瞬でも自分の好きなアニメのヒーローのように見えたことは間違いない。二次元の世界とリアルが綺麗に重なり合い、自然と彼女から不快感を消し飛ばす。

 

むしろ好意的に、自分にとってはあまりにも眩い存在に見えた。

 

ブンブンと頭を振って雑念を消し去ろうとする。だが、これまでに感じたことのない胸の高鳴りを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二整備室……第二整備室……えーっと、あったここだ」

 

 

一日の授業を終えて時刻は放課後へと移る。

 

とある人物に整備室に呼び出されていた俺は目的の整備室に向かって歩を進めていた。似たような風景が連続するためにちゃんと標識を見ていないと間違った部屋に入りそうになる。

 

やっとこさ目的の『第二整備室』を見つけた俺は扉の前に立った。整備室だけで複数存在するというのだから末恐ろしいものだ。

 

 

「しかし本当に大丈夫なのか? 疑うわけじゃないけど心配にはなるぞ……」

 

 

目的の人物似合いに行くためにこうしてきたわけだが、個人的には果てしなく不安だったりする。

 

何故なら整備というイメージとは程遠い人物だからだ。

 

いや、見た目で人を決めつけるのは良くない。もしかしたら凄腕の整備士なのかもしれないし、とりあえず一回お願いすることにしよう。

 

意を決して部屋の中へと入る。

 

 

「ねぇ、昨日撮った稼働データ、こっちに回してちょうだい!」

 

「武装の軽量化をしたいのだけど……今から間に合うかしら?」

 

「ちょっと! ハイパーセンサーの基準値ズレてる! 最後に触ったの誰!?」

 

 

放課後すぐの整備室に来るのは実はこれが初めてだったりする。ワイワイと穏やかにそして楽しげにやっているグループもあれば、鬼気迫った表情で怒号が飛び交っているグループもある。

 

人のタイプはもちろんのこと、今回のタッグマッチにかける熱量もあるのだろう。雰囲気に違いはあれど、話している内容は基本ISのことであり、全く関係ない私語をしているグループは一つとして無かった。

 

いつもの教室とは違う雰囲気、熱量に気圧されながらも目的の人物を探す。

 

 

「お〜きりやーん、こっちこっち〜」

 

 

そんな中、間延びした声とともに、とある一角でブンブンと袖がダボダボな制服で手を振る女性が一人。

 

この特徴的な呼び方をするのは俺の知っている限り一人しかいない。

 

 

「よう本音。悪い、待たせたな」

 

「ぜんぜんだよ〜きりやんが早すぎると思うよ〜」

 

 

俺の姿を見つけるとパタパタと尻尾を振る犬のように駆け寄ってくる姿が小動物ってぽくて何ともほっこりしてしまう。

 

生まれ持った天性の雰囲気というのか、この独特な雰囲気は真似できるものでもないし狙ってやろうものならただの痛い子になってしまう。本音だから許されているという部分が大きい。

 

こんな天真爛漫な性格してるけど、見てるところはちゃんと見てるし意外に状況判断も良い。空気もちゃんと読めるタイプで、友達も多いと聞く。

 

生徒会の仕事は大半寝られている故に、その仕事のしわ寄せが大体俺に来ているのは事実だけど、まぁ本音だし仕方ないかと割り切れてしまうあたりすごい存在だと認識させられる。

 

さて、約束していた時間よりも二十分くらい早く着いたわけだが、今日お願いしているのは俺の専用機、不死鳥の機体調整についてだ。

 

生徒会室で話をした時に『簡単な整備くらいなら出来る』ということだったのと、虚さんもそれくらいならと許可を出してくれたのでこうしてお願いする運びとなった。

 

本音の整備の腕に関しては完全に未知数であり、実際の腕前はよく分かっていない。

 

紛いなりにも整備が出来るってことだから、機体が操縦不能になるとか致命的なエラーは引き起こさないと信じている。

 

……信じている。

 

 

「それで、今日はどんな感じにするんだ?」

 

「んーと、今日はきりやんの機体の状態を簡単に確認するのとー、後は整備できるところはしようかな〜」

 

「なるほど。稼働時間はそんなにないと思うんだが、それでもある程度整備したほうが良い場所ってあるのか?」

 

「うーん。ISは人と同じだから〜、一回でも稼働させたらちゃんと問題ないかは見てあげた方が良いと思うな〜」

 

 

ふむ。

 

今の本音の言うことはご尤もだと感心してしまった。

 

ISは人と同じ、つまり人間が動き続ければ疲れるのと同様に、ISだって使い続ければ機械なので当然摩耗していく。人が休むのと同じように、ISもしっかりと手入れをしてあげなければ異常を起こす。

 

それが例えどれだけ些細な稼働だったとしても、手入れをしてあげることが専用機持ちとして出来ることなのかもしれない。

 

俺の機体は通常の機体と違って特殊だ。本来であれば出来ないような動きも出来る反面、一回の戦闘で機体に掛かる負担はかなり大きいものとなるだろう。稼働回数が少ないから、というのは俺自身の所感であって、実態は大きく異なるかもしれない。ただでさえISの全てを知っているのは開発者である篠ノ之博士くらいなのだから。

 

 

「それもその通りだ。俺自身整備の知識に疎いから本音さえ良ければ、簡単な整備方法について教えて欲しい」

 

「もちろんだよ〜!」

 

 

ホワホワとした口調なのに初めて頼もしく見えたかもしれない。って普段の俺の本音へのイメージだいぶ酷いな。生徒会の仕事をするとなると、虚さんの入れたお茶とお菓子を真っ先に食べてお腹いっぱいで眠たくなっちゃった〜とか言いながら寝ているイメージしか無かった。

 

食っちゃ寝をしているのに、その隠れた凶悪ボディは中々に世の女性の敵になりそうだけど。

 

さて、じゃあお言葉に甘えて諸々教えてもらうことにしよう。

 

 

「あ、かんちゃーん!」

 

「ん? かんちゃん?」

 

 

俺の後ろをチラリと覗くと、かんちゃんと呼ばれた人物が居たようで俺の時と同じようにブンブンと手を振った。

 

誰だろう、かんちゃん?

 

本音の視線の方を俺自身も振り向くと。

 

 

「本音、それに……霧夜くん」

 

「ん。あぁ、なるほど更識さんか」

 

 

俺の背後に居たのはかんちゃんこと更識簪だった。

 

この前見たIS学園の制服姿ではなく、今日はIS稼働用のスーツを纏っている……ってことは今日テスト稼働をする予定があるってことか。

 

 

「ど、どうしてここに?」

 

「ん? これまで自分でメンテナンスしたことないって話したら、本音から機体の状態見るよって言われたから来たところって感じかな」

 

「……」

 

「どうした?」

 

「その……本音に手伝ってもらうのは良いんだけど……かえって仕事が増えないか不安」

 

「はい?」

 

 

何だそりゃ。

 

言葉の通りに捉えるのなら本音が作業をすると俺の仕事が増えるって意味合いになるけど。

 

 

「むーかんちゃーん。それどういう意味〜」

 

「そのままの意味。あ、ちょっと……や、やめて」

 

 

ムスッと頬を膨らませると本音は簪に飛び付く。ベタベタと触られることにやめてと言う簪だが、束縛が強いようで中々に抜け出せないでいた。

 

 

「まぁまぁ二人とも。じゃれ合いはその辺りにしておきな、目立ってる」

 

 

一角でワチャワチャと騒ぎ立てたことで、周囲のグループからの好奇な目が集中する。怒られるほどのものではないが、後ろから人が入ってきたら邪魔になるかもしれないし、続けば整備室にまで来て何をしているのかと突っ込まれるかもしれない。

 

俺に言われたことで我に返ったのか、若干のむくれ面をして離れる本音と少し恥ずかしそうにする簪。まぁこの関係を見ていると仲睦まじいというか、関係値が近くて羨ましいとは思う。

 

 

「更識さんは自身の専用機の開発の続きか?」

 

「大元の構築はもう終わっているから……後は稼働データを含めて設定を修整してテストの予定」

 

 

前回聞いた時には上手く行ってないみたいなことを言ってたけど、そこから進展したのかもしれない。テストってことは飛行テストになるのだろう。

 

そこまで行き着いているのであれば、完成までもう少しというところまで来ているようだ。

 

 

「悪い簪さん、お待たせ! ……ってあれ、大和?」

 

 

と、三人で会話をしていると整備室の扉を空けて一夏が入って来た。ISスーツを着ている所を見ると、一夏も稼働テストを実施しようとしているのか。

 

 

「おう」

 

「なんで大和がここに? なんか見てもらうところでもあったのか?」

 

「機体をメンテナンスしようと思っているんだ。日頃のメンテナンスも割と人任せになっているし、細かいやり方すら知らないし、整備に知見のある本音に教えてもらおうと思ったんだ」

 

「へぇ〜大和が。また珍しい」

 

 

一夏にも俺が専用機を進んで整備しているイメージは無かったようで、意外そうな表情を浮かべた。

 

いや言うて大切であればやるからな?

 

これまではやれデータをよこせだの調べさせろだの第三者団体からのよく分からない要望によって、俺の手元に戻ってきたのはこの直近だったわけでほぼ預けっぱなしだからメンテナンスもへったくれも無かった。

 

 

「……っと、悪いな簪さん。ちょっと道中捕まっちゃってさ」

 

「う、ううん、大丈夫。私も……今来たばかり……だから」

 

 

……あれ、ここ直近で何かあったかこれ。

 

少なくとも今日のお昼休みまでは教室に戻って来た一夏の感じから、大きな進展があったようには見えなかったものの、今この場にいる簪の一夏に対する態度を見てみると、以前とは別人のようになっている。

 

俺と話した時は明確な敵意までは見られなかったが、話しぶりから少し敬遠しているような雰囲気を匂わせていた。現に反射的にとはいえ、一夏は簪に叩かれている。

 

それがいつの間にか一夏と会話出来るようになっているどころか、一夏を気になる異性として認識しているかのような口振りだった。

 

あぁ、なるほど。

 

一夏、お前またやったのか。

 

二人の間で何があったかを想像すると思わず苦笑いしか出て来なかった。

 

具体的に何をしたかまでは分からないものの簪に寄り添うように一夏が動いたのだろう、それこそ憧れのヒーローのように。

 

 

「そうだ、簪さん。機体はもう完成しているんだっけか」

 

「武装がまだ……それに稼働データも取れていないから今のままじゃ実戦も無理」

 

「そうなのか。ちなみに武装って?」

 

「マルチ・ロックオン・システムによる高性能誘導ミサイル……それと、荷電粒子砲もまだ……」

 

「荷電粒子砲! それなら白式のデータを使えるな!」

 

 

嬉々としながら白式のコンソールを呼び出すと、簪にそっと近付いて自身のモニターコンソールを見せる。

 

までは良いのだが完全に無意識にやっているのだろう。二人のパーソナルスペースはかなり近くなっていた。肩と肩が触れ合う程の距離感、ふと見上げればそこには嬉々としてコンソールを見せる一夏の顔がある。

 

最初こそ冷静を保っていた簪だったが、お互いの距離感が如何に近いかを認識したタイミングで顔を赤らめたまま、恥ずかしがって俯いてしまった。話は聞けているのだろうか、簪の状態を気にすることもなく一夏は話を続けていく。

 

 

「お、これなんかどうだ……って簪さん?」

 

 

ここでようやく簪が自身から視線をそらして俯いていることに気付いた。

 

が、あろうことか俯いている簪の顔を下から覗き込もうとする。もじもじと恥じらう簪、表情の確認を終えたのか一夏は顔を上げた。

 

 

「もしかして……トイレでも行きたいのか?」

 

「っ!!」

 

 

お前この……そこでその一言は違うだろう。

 

顔を上げた簪の顔が赤を飛び越えて、沸騰した茹でダコみたいになってるじゃないか。

 

って本音ちょっと待て! それはスパナ……。

 

 

ガンッ!!

 

 

「っ!!? い、いってえええっ!!?」

 

 

突然思いもよらないクラスメイトに殴られたことで驚く一夏、そして襲ってくる強烈な痛み。

 

千冬さんの出席簿アタックに比べればはるかにマシなんだろうが、獲物が紙の集合体ではなく物理的な金属だ、痛くないはずがなかった。

 

思わず俺まで目を瞑っちまったけど、本音も中々にバイオレンスな対応をすることもあるんだな。

 

 

「おじょうさま〜、不敬者を殴っておきました〜」

 

「ちょっ……のほほんさんそれスパナっ!」

 

「おりむ〜は、でりかしぃが無いと思います!」

 

「うぐっ……」

 

 

ド正論を突かれて口籠る一夏。

 

まぁ確かに今の一言は年頃の女性に向けて言うようなものでは無かった気がする。

 

 

「たとえホントーにトイレだったとしても〜、言わないのがマナーってものだよ!」

 

「うぐぐぐぐっ」

 

「お姉さんがいると弟は異性に疎くなるってー前に友達がいってたけどー、おりむーのは異常だと思います! びょうき〜」

 

「ぐはあっ!!?」

 

 

あ、とどめ刺した。

 

奥で見ていたセシリアらしき少女と、鈴っぽい場所が揃ってよく言ったと言わんばかりにガッツポーズをしている。普段一夏から振り回されている少女からすると一夏の反応は嘆かわしい限りなのだろう。

 

そんな中、第三者の意見をハッキリと伝えてくれたことにガッツポーズをせずにはいられなかったようだ。

 

 

「ほ、本音、もういいから……」

 

「はーい! おじょうさまー!」

 

「お嬢様は、やめて。恥ずかしいから」

 

「うい! かんちゃん!」

 

「そっちも好きじゃないかも……」

 

「えー?」

 

 

はて、俺は一体何を見せられているのだろう。

 

元々は自分の機体のメンテナンスって話だったけど、何か世間話ばかりで時間が過ぎているような気がするぞ。

 

 

「そ、それに霧夜くんも……と、取り残されているから……」

 

「おーそうだったぁ〜、すーっかり忘れてたよー」

 

 

テヘっと悪びれる様子もなく舌を出す辺り確信犯に違いない。ま、そこまで急ぎのようじゃないし、こっちの野暮用に本音が合わせてくれているわけだから特に文句はない。

 

ただ話題を戻してくれた簪にはお礼の言葉を伝えるべきだろう。

 

 

「おいおい、しっかりしてくれ。更識さん、止めてくれてありがとうな、助かったよ」

 

「え? う、うん」

 

「この後、飛行テストだろ? これまでの成果を出すみたいな感じになるから緊張すると思うけど頑張って」

 

「え、えっと……あ、ありがとう……」

 

「ん、じゃあ本音。早速見てもらって良いか?」

 

「りょーかいなのだー!!」

 

 

簪にお礼とエールを送り、俺と本音は整備室の奥へと消えていくのだった。

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