IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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縮まる距離感

 

 

「ん、これがここで……これがこっちか?」

 

「そうそう〜、そんな感じでやってあげるといいんだよー。大事なのはしっかりやるのはもちろんだけど〜、毎日ちゃんと見てあげるってところかな〜」

 

 

第二整備室の一角にて自分の機体を待機モードにして機体の部品についてある程度の説明を受け、重要備品についての簡単なメンテナンス方法のレクチャーを受けることとなった。

 

……正直なところ本音に説明がちゃんと出来るのか心配しか無かったものの、多少の聞き取りずらさはあるにしても特に分からないという部分はなかった。

 

むしろ普段漠然と聞いている授業内容が実際の整備に生かされる瞬間を見て少し感動していたりする。ISの授業とは言っても、その全てを実戦で使うわけではない。知識はもちろん重要だが、操縦者の実戦感覚というものがより大切になってくる。

 

だが整備は違う。

 

ISの構造を理解した上で適切な処置を施し、正常稼働するように整備する必要があった。如何に整備士が知識を持っていなければならないかがよく分かる。上辺だけの知識であれば機体の構成なんてものは理解が出来ない。

 

もっとも、通常の生活を送るだけであればISの詳細知識なんてものは必要ないのだが、整備士としてやっていくのであればISの全てをしっておく必要ががあるし、その知識の量ともなれば気が遠くなるような量だ。

 

入学時に電話帳と間違えるほどの厚さの参考書を貰っているが、あれがISの全てでは無い。あくまで参考書なだけであって、そこに全てが書き記されている訳ではない。全てが書いてあるのであればそもそも授業を三年間も繰り返す必要がないからだ。

 

通常学習に加えて実践訓練もあるため、覚えることは盛り沢山。そこに加えて操縦者の意向を汲み取る必要もあった。

 

本音の知識量がどれ程のものかは分からないが、IS学園に入学している以上相応の学力は持ち合わせているはずだし、俺みたいな無頓着な人間には前提を踏まえて説明する必要もある。

 

 

「へぇ……なるほど、奥が深いな。実際に触ってみると思ってたのと全然違うわこれ」

 

「でしょー? ISはぁ、奥が深いんだよぉ〜」

 

 

その通りだ。

 

言葉尻はポワポワしているけど、話している内容だけに耳を傾けると意外とちゃんとしたことを言っていた。というか間違ったことは何一つ言っていなかった。

 

 

「忙しいのにありがとうな」

 

「いいよ〜きりやんが喜んでくれてよかったー」

 

 

ニコッと屈託ない笑みを浮かべる本音だがそこに一切の裏の感情は無かった。

 

今は一年故に先行科はないものの、二年になればおそらく整備科に進むことだろう。それだけの技術が彼女にはあった。

 

後は何より人を見る目がある。

 

その独特な雰囲気からは到底信じられないほどの洞察眼、人の心情を見抜く力、それは簡単に身に着けられるものではない。努力だけではどうにもならない能力を彼女は持ち合わせていた。

 

……一年の中でも何人いる?

 

そもそもまだ高校一年生、年齢でいえば十六歳だ。元のキャラは早々変わるものではないとはいえ、人心掌握は年齢不相応に高い……どころか高過ぎた。

 

大人になった本音を早く見てみたい、なんて自分も居たりする。ま、まだ先の未来だし将来の楽しみに取っておくとしよう。

 

 

「これで……よしっ、と」

 

 

コンソール画面を閉じてメンテナンスを終了させる。もちろんこの作業に即効性があるとも限らないし、やったからといって何かが劇的に変化するわけでもないだろう。

 

が、塵も積もれば山となる。

 

メンテナンスを怠ればその分機体の稼働寿命を縮めることになるかもしれない。だからこそ、日々の整備全てが大切になる。

 

ただでさえ実戦で動くことが多い機体だ、自分の分身のようなものなわけでちゃんと手入れをしてあげたいというところがある。

 

こうして時間を作ってくれた本音には感謝しかなかった。

 

 

「さて、とりあえず諸々の作業が終わったわけだがどうする?」

 

「ん〜本当はきりやんにハニートーストでも奢ってもらおうかなぁって思ったんだけど」

 

 

想像するだけで胃もたれしそうになる。

 

ハニートースト、皆がイメージするハニートーストってどんな感じだ?

 

基本的にはまるごと一斤の食パンにバターを塗って焼き上げて、はちみつをたっぷりかけた上にホイップやアイス、フルーツを盛り付けたボリューミーな食べ物になる。

 

お店によってはフルーツを付けずにアイスだけ、なんてお店もあるかそこは店の方向性というものだろう。

 

本音の言うハニートーストも一般世間と同じ構成、ではあるもののパンの上にかける蜂蜜、またはメイプルシロップの量が適量という概念を大幅に覆していた。

 

その量たるやもはや致死量と言っても過言ではない。ただでさえ少量でも甘い蜂蜜をこれでもかと言わんばかりに撒き散らし、形あるパンが水分で潰れる程なのだ。

 

あの迫力あるハニートーストを一人で食べ切るのだから末恐ろしい。身体のどこに貯蔵されているのか、それは神のみぞ知る。

 

 

「かんちゃんがーちょっとだけ心配だなーって」

 

「更識さん? あれ、そういえばさっきまで整備室にいたよな、どこいった?」

 

 

簪が心配だと言う本音。

 

その言葉に整備室内をキョロキョロと見渡すも、そこに二人の姿はなかった。

 

荷電粒子砲に関して一夏の戦闘データが参考になるようで、簪の専用機のデータ設定に組み込むなんて話をしていたから結構時間が掛かると思ったんだが意外にすぐに終わったのかもしれない。

 

 

「えっとね、テスト飛行するからってついさっき第六アリーナに向かったみたいだよ〜。きりやんが丁度作業してたから気付かなかったんだと思う」

 

 

なるほど、俺が丁度見ていない時に整備室を出て行ったのか。普段だったら気付いていると思うけど、気付かなかったのはそれだけ俺も自身の機体の作業に集中していたのかもしれない。

 

 

「そうなのか。ところで心配ってことだけど、何か引っ掛かることでもあるのか?」

 

 

心配というものの、何が心配なのかが俺には分からなかった。

 

一夏が無意識に失礼なことを言っていないか、無意識に簪を口説くようなことをしていないか心配って意味合いなら……何となく分からなくもないが、本音の考えることはまた別の意味合いがあるのだろうか。

 

 

「うーん……かんちゃんの機体はまだ完成していないから〜、飛行テストとはいっても何か起きた時のために見守っておいた方がいいのかな〜って。多分大丈夫だと思うんだけど……きりやん、一緒に行ってもらってもいい〜?」

 

「構わないぞ、特にこの後予定があるわけじゃないしな。それに苦労してやっと飛行テストまでこぎつけたんだ、親友として見守りたい……っていうのもあるんだろ?」

 

「ありがと〜そりゃもちろんー大切な友達だから〜」

 

 

俺の推察が外れてくれて良かった。

 

ごくごく当たり前の理由にはなるのだが、簪の機体はまだ完成していない。問題なく稼働をするかの確認のために今日『飛行テスト』を行う、とのこと。

 

いわば完成機ではなくまだ試作機の状態である簪の機体は側こそ問題なかったとしても、内部プログラムにまだ欠陥を抱えている可能性は否定出来なかった。プログラム構成上問題なく稼働するように組まれていても実態は異なるかもしれない。

 

側に一夏がいる、とはいえ万が一のことを考えると人員リソースはいくらあっても良い。早々万が一が起きては困るものの、彼女は機体を途中から全て自分で組み上げている。その労力たるや計り知れないものがある反面、考慮しきれていない部分があると、どのような挙動を起こすか予想は出来なかった。

 

そう考えると本音が不安になるのも頷ける。申し訳なさそうな表情で上目遣いでお願いをしてくるその姿が小動物っぽくて可愛らしい。本音としてはやはり不安な部分もあるのだろう。それは親友の頑張りを間近で見てきたからこそ、沸き上がる感情なんだと思う。

 

俺としては断る理由もない。

 

純粋に飛行テストの結果にも興味あるし、それにアイツとも約束したからな、ちゃんとフォローするって。今何してるのか、正直気になるところではあるがここにいない人間のことばかり娘にしていても仕方がない。

 

 

「そうかい、じゃあ行くとするか。あっちだったよなアリーナって」

 

「そうそう〜急ぐのだー」

 

 

のほほんとした雰囲気のまま、俺たちは第六アリーナへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「スラスター出力チェック……うん、大丈夫。問題は無さそう」

 

 

第六アリーナのピット内。

 

簪が組み上げた専用機『打鉄弐式』のコンソールを開きながら全てのデータに目を通していく。幾多もの文字の羅列の内容を一つずつ噛み砕きながら、内容に問題がないことを確認する。

 

端から見たら何が記述されているかなんて分かるはずもないわけだが、それを簪はしっかりと読み解いていた。

 

ここ最近、本音が手伝ってくれることが増えた。

 

最初のうちは頑なに一人で組み上げることに執着していた簪も、少しずつ本音の協力を仰いで手伝ってもらうことに。

 

お陰様でかなり機体構築の進捗が良い。

 

さっきは仕事が増えるなんて言ってしまったが、集中できる時間が短いだけで、集中している間の整備力は目を見張るものがある。姉の虚と同じく整備の腕は相当だ、二年になれば間違いなく姉と同じように整備科へ進むことだろう。

 

少なくとも彼女にはそれだけの能力があった。

 

それと……一夏から提供された白式のデータ、これがかなり役に立っている。何故なら倉持技研で開発された機体ゆえに設計書が似ており、一夏のデータの互換性が想像以上に高かったからだ。

 

 

「……」

 

 

だが、本当にそれだけなのだろうか。

 

確かに一夏のデータが開発遅れを大幅に取り戻したファクターとなったのは間違いない。ただ、それ以上に織斑一夏という存在そのものが大きかったのかもしれない。

 

一夏のことを想像すると紅潮する顔、ブンブンと顔を振って紛らわす。これからテスト飛行だというのに何を考えているのか。そうこうしていると、不意に一夏からプライベート・チャネルが入った。

 

 

「どうだ、行けそうか?」

 

「う、うん……」

 

「じゃあ俺が先に飛ぶから、タワーの一番上で合流しよう」

 

「わ、わかった……」

 

 

こくりと一夏の指示に頷くと簪は腰を落として偏向重力カタパルトに両足をセットする。モニターコンソールにReadyの表記が映し出され、それがGoへと切り替わったと同時に自身の機体を一気に加速させた。

 

アリーナの空へ飛び出すと機体の稼働状態を確認する。

 

 

(機体制御は問題なし、後はハイパーセンサーの接続と連動……)

 

 

ハイパーセンサーが近くにいる白式を捕捉する。ピピッという音と共に一夏の顔がズームアップで出力された。

 

その表情を見て簪は思わずドキリとしてしまう。

 

 

(お、落ち着いて……集中、集中……)

 

 

雑念は機体制御に大きな影響を及ぼす。

 

平常心を保つために煩悩を振り祓い、機体の操縦に集中する。

 

操縦しながら機体の部分ごとに確認を進めていくものの、現段階で大きな問題は認められなかった。

 

追加で確認を進めるとしよう、コンソールを呼び出し試運転を行う……が。

 

 

「……?」

 

 

特に問題はないはずの操作にも関わらず、シールドバリアを展開しようとするといきなり機体が止まってしまう。

 

事前のプログラム構築の段階では特に問題が無かった場所だ。

 

にも関わらずどうして?

 

原因を追究すべく複数台のディスプレイを呼び出し、各種のパラメータを確認していく。

 

 

(シールドバリアが相互干渉してるからPICが……)

 

 

即座に原因が腕部のシールドバリア発生装置にあると特定し、簪は稼働を停止させる。その後、呼び出した空中投影用のキーボードを叩きながら更に上昇を進めていった。

 

稼働させながら考慮出来ていない部分の修正をリアルタイムで行っていくことがどれだけの技術が必要なのか、一般人には想像も付かない。

 

ぐにゃりと捻れたタワーを上昇しながら、一夏の待つ塔のてっぺんへと向かう。一夏の機体がはっきりと肉眼で捉えられる頃には、既に飛行プログラムを完成させていた。

 

 

「よっ! 来たか。機体の調子はどうだ?」

 

 

軽く手を挙げて応じる一夏にどう反応して良いか分からなかった簪はただ頷くことしか出来ない。

 

機体の状態を聞かれ、問題ないと簪は返す。多少の不具合は見られたものの、飛行テストに影響を及ぼすような大きな問題は見られなかった。

 

現段階では飛行テストは成功した、とも言えるだろう。

 

 

「そうか、無事で良かった」

 

 

簪の返しにニコリと笑う一夏だが、その笑顔があまりに眩しくて思わず視線を逸らす。

 

 

「じゃ、じゃあ戻るから……っ」

 

 

このまま二人きりでここに居たらおかしくなってしまいそうで、恥ずかしさを紛らわすように一夏が返事をする前に空中に身を乗り出した。

 

一瞬どうしたんだろうと疑問を抱く一夏だったが、気にしても仕方ないと先に急降下を始めた簪の後を追い掛ける。急降下しているのもあるのだろうが、打鉄弐式のそのスピードは標準の機体を上回っているように見える。近しい機体で言うとセシリアのブルー・ティアーズと同じくらいの速度が出ているのだろうか。

 

自身の知る機体の中でもブルー・ティアーズのスピードはトップクラスを誇る。

 

 

「へぇ、速いな。ブルー・ティアーズと同じくらいか?」

 

「た、多分……データ上は」

 

 

しどろもどろになりながら答える簪だが、ちゃんとした返答になっていたのかまでは分からなかった。一夏から逃げるように簪は更に機体のスピードを上げる。

 

 

「……ん、あれ?」

 

 

後ろを飛ぶ一夏がふと違和感に気付く。

 

簪の乗る打鉄弐式の脚部ブースターからジェット炎が断続的にチラついているのだ。機体の仕様なのか……いや、先ほど上昇してくる時は炎なんて見えなかった。

 

つまり急降下時に現れた症状になる。

 

簪はその状態に気付いていない。突発的に現れた症状を正常だと言うにはあまりにも根拠が不足していた。

 

もしかしたら簪が新しい機能を試そうとしているのかもしれない。

 

念の為確認を取っておこうと一夏が通信回線を開こうとした刹那、打鉄弐式の右脚部のブースターが大きな音を立てて爆発した。

 

 

「!?」

 

 

爆発による衝撃とブースターの片方を失ったことで、簪の機体はバランスを失い、中央のタワーに向けて一直線に落下して行く。

 

 

「簪さん!」

 

 

一夏の叫びも虚しく、機体はどんどん加速していく。必死にディスプレイを操作して機体を操縦しようとするが、一切の操作を受け付けてくれなかった。

 

 

(反重力制御が利かない……ど、どうして?)

 

 

ディスプレイに浮かぶ『エラー』の数々、一気にシステムダウンを起こした打鉄弐式にタワーの外壁がどんどん近付いてくる。

 

これが歴戦の操縦者であれば少しでも自身にかかるダメージを減らそうと受け身を取ろうとしたかもしれない。だが簪はまだ操縦者としての歴は浅い、とっさの機転が利かずに迫りくる衝撃にキュッと目を瞑ってしまった。

 

 

「簪ぃいいいいいいいいっ!!!」

 

 

瞬時加速によるスラスター最大出力で一夏は簪と壁の間に割り込む。

 

そのまま簪を受け止めて自身が盾となり、壁へと激闘した。

 

 

「……あれ?」

 

 

はずだった。

 

思わず素っ頓狂な声を上げてしまう一夏だが、ギシギシと金属が軋む音と共に我に返ると、ぶつかった衝撃が襲うことは無く、自身の機体は壁には直撃せずに宙に浮いている。両手にはとっさに抱きしめた打鉄弐式、もとい簪の身体があった。

 

目を何度も瞬きさせて困惑する表情を浮かべる簪だが、その身体に目立った外傷はない。一夏自身に衝撃も無かったことから、彼女にもダメージらしいダメージは無かったように見受けられる。

 

ただ、簪自身も何が起きたのか分からず、ただ只管にキョトンとすることしか出来なかった。だが、一夏の背後に何があることに気付く。簪を抱きかかえる一夏、そしてその一夏を全身ので受け止めるように力を込める存在。

 

機体制御が利く一夏が、ハイパーセンサーで自身の背後の状況を確認すると。

 

 

「……っ、ふぅっ。ほんっとに本音は良い読みしてやがる。間一髪……だったな、一夏」

 

「はっ……えっ、や、大和!?」

 

 

黒い機体を身に纏う大和の姿だった。

 

思いもよらない存在が背後にいたことに驚き戸惑う一夏、それは抱きかかえられている簪も同じであり、自分たちが第六アリーナに行く、ということは大和には伝えていない。

 

少なくとも飛行テストをする際にも大和の存在は何処にも無かったはずだ。

 

 

「ったく、一夏! もう少し勢い落とせなかったのかよ。あのままいったらタワーの壁確実に壊れていたぞ」

 

 

ニヤリ、と笑いながら悪態をつく大和だが、そこに負の感情は込められていなかった。彼なりに一夏をからかっているのだろう。

 

が、確かにギリギリだったことは事実であり、大和の機体とタワーの壁の間は僅か数センチで、後少し飛び込むのが遅ければ二人ともタワーに突っ込んでいるか、もしくは大和の機体諸共巻き沿いにしていたかもしれない。

 

間に合ったのは、本当に運が良かった。

 

 

「む、無茶言うなよ! あの状態じゃ受け止めるだけで精一杯だったっての!」

 

「そうかい。でもまぁ、お前が全衝撃を受け止めようと盾になろうとする姿勢は嫌いじゃ無い。ともかく二人揃って怪我が無さそうで何よりだ」

 

「あ、あぁ……それは、そうかもしれない」

 

「……」

 

 

一夏に抱きかかえられたまま、自身の心臓が痛いほど高鳴っていることを簪は自覚する。初めて密着する男子の身体だが、自然と嫌な感情は沸かなかった。

 

それは多分一夏だから、であろうと彼女なりに結論付ける。自身の危険も顧みずに飛び込むその姿勢は、簪が憧れるアニメの中のヒーローのようで、この世界の誰よりも彼の存在が格好良く見えた。

 

胸の高鳴りが止まらない。彼女の浮かべる表情は決して偽りなどでも気の所為でもなく、異性にときめくその瞬間を映し出している。

 

 

「簪は……大丈夫か?」

 

「え? その……う、うん」

 

「そっか、それなら良かった」

 

 

兎にも角にも身の安全は確認できたわけだ。

 

いつまでもこのままでいる訳にもいかないし、一旦ピットに戻るとしよう。

 

 

『ちょ、ちょっとそこの生徒! 一体何があったの!? 機体急接近のアラートが出てるんだけど!』

 

 

ピットに戻ろうとした三人を場内アナウンスが呼び止める。

 

 

「あ、はい。えっと、IS飛行テスト中のトラブルです……幸いなことに衝突することは無かったんですけど、ちょっとヒヤリとする危ない状況でした」

 

「い、一年四組……の更識簪です」

 

『と、トラブル? あ、でも特に何かを壊したとかそういうわけではないのね? ケガはないわよね?』

 

 

ワーワーと忙しなくする場内アナウンス、トラブルに慣れていないのかその声の主はIS学園の数学教師であるエドワース・フランシティだった。

 

カナダ出身の二十五歳、絶賛彼氏募集中だとかなんとか。

 

 

「えっと怪我は無いです、大和が助けてくれたので。とりあえずこれからピットに戻りますので少し待っててください」

 

『お、オーケー。じゃあ気を付けて降りて来なさい。特に問題は起きてないみたいだから、戻ってきたら簡単に状況だけ教えて頂戴』

 

 

今回機体のトラブルこそ起きたものの、怪我もなければ施設の破損もない。

 

状況や経緯の確認こそあれど、それ以上のお咎めは無いだろう。

 

 

指示に従い三人はピットへと戻る。

 

もちろん一度はトラブルが起きた打鉄弐式のため、無理に稼働させたらまた同じエラーが起きるかもしれない可能性を考慮すると簪を単独で行動させるのは危険だ。

 

少し窮屈かもしれないが、抱きかかえたままピットに戻った方がよさそうだった。

 

 

「またシステムエラーが発生したら危ないからな。このまま降りるぞ」

 

「う、うん……」

 

 

こくんと小さく頷く簪の頬は茜色に染まる夕日と同じように、紅潮していた。

 

 

 

 

 

 

「かんちゃーん、無事でよかったよ〜心配したんだからねー」

 

「ほ、本音……ちょ、ちょっと暑いよ。は、離れて」

 

 

ピットに戻った大和、一夏、簪。

 

エドワース・フランシティの状況確認はあったものの、特にお咎めは無く今後は無理をしないようにと軽い注意だけで終わった。その後、駆け付けた本音が簪に飛び付いて無事を喜んでいるわけだが、力一杯抱き着いたことで暑苦しさを感じた簪は離れるように伝える。

 

改めて怪我もなく無事であることを確認し、その場の全員がほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「しかしよく分かったな。俺たちが第六アリーナでテストしてるって」

 

「ん? あぁ、実は本音が見ていたんだ」

 

「のほほんさんが?」

 

「おう。よく見てるよな、俺は整備に夢中で二人が外に出ていったことにすら気づかなかったのに、本音は何処に行ったかまで正確に把握している。周りをちゃんと見ている証拠だ」

 

「へぇ……人は見かけによらないもんだなぁ」

 

 

本音の普段の立ち居振る舞いを見ていたら分からない部分かもしれない。

 

それでも彼女の気付きが、トラブルを未然に防いだというのは紛れもない事実だった。

 

 

「あ……あの、その……わ、私のせいで、ごめんなさい」

 

 

そうこうしていると本音を引きはがした簪が遠慮がちに二人に近寄り、謝罪の言葉を伝える。

 

自分がもっとちゃんとしていたら今回のようなトラブルを起こすことは無かったし、一夏を危険な目に合わせることもなければ、大和に無理をさせることも無かった。

 

自分の不甲斐なさに、申し訳なさがばかりが先行する。

 

 

「なんだよ、気にするなって。機体の事故じゃ仕方ないだろ。幸いなことに俺も簪さんも怪我一つ無かったし、それでいいじゃん。な? 大和」

 

「そうだな。正直機体の事故なんて予想できるもんじゃないし、誰が悪いとかは無いと思うぞ。俺としては二人が怪我せずに済んで良かった、それだけだよ」

 

 

自身の落ち度であるにも関わらず、一夏も大和も決して簪を責めるようなことは言わなかった。

 

その二人の温かさに、簪を縛っていたしがらみが少しずつ剥がされていく。

 

この人たちなら信用出来る、と。

 

 

「でも……やっぱり整備科に手伝って貰おうぜ。ここまで一人で組み上げた簪さんは凄いと思うけど一人では限界もあるし、こう多方面からアドバイスを貰ったほうが良い気がするんだよな」

 

 

再び今回の話題へと切り替える。

 

これまで簪はほとんど一人で頑張ってきた、姉に憧れて追い越そうと。

 

が、一人でやるには限界であることが明らかになった。

 

時間をかければやがて完成には近付くだろうが、既に大会までの時間は一週間を切っている。一人で何とかする……という次元の話ではなくなってきているのも事実だった。

 

確実に機体を完成させるのであれば、これまで一人でやっていた作業を他の誰かに協力してもらう必要がある。

 

つまり簪がこだわっていた一人での構築を断念する必要があった。彼女の性格上、簡単に首を縦に振らないことは分かっている。

 

ただ今回ばかりは周囲に協力を仰いだ方が良いのは確実だ。

 

どうやって簪を納得させるか、続く言葉を考え込む一夏。

 

 

「……う、うん。その……そうする」

 

「まぁ、そうだよな。一人での構築を簡単に諦めるなんて出来ないよな……って、え?」

 

 

こくんと素直に頷く簪に一夏は思わず面食らってしまった。どうやって納得させようかと考え込む時間すら不要だったようだ。

 

簪の性格上嫌だとはっきり拒絶をするか、無言で拒否するかどちらかだと思っていたがそれは杞憂だったらしい。

 

 

「えっと……じゃあ、のほほんさんも引き続きフォローお願いしてもいいよな?」

 

「おー! 任せるのだー!」

 

「後は……そうだな、黛先輩にも声を掛けてみるか」

 

「し、知り合い……なの?」

 

「ん? あぁ、ほら、新聞部ってことでよく来るんだわ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

何処となくムスッとした表情を浮かべる簪だが、その表情が一夏に気付かれることはなかった。

 

 

「……さて、と。俺たちはお邪魔みたいだから、そろそろお暇するとするか。行こうぜ、本音」

 

「そうだね〜、ここはおりむーに任せるのだ〜!」

 

「へ……ちょ、ちょっと本音」

 

 

その場を立ち去ろうとする大和と本音を呼び止めようと簪が手を伸ばす。

 

 

「何だ、二人とももう行くのか? 折角だし一緒に帰ろうぜ」

 

「そうしたいのは山々なんだが、まだ片付いていない生徒会の仕事があるんだよ。ほら、一夏も机に山積みされてた書類見ただろ?」

 

「うげっ……そうだった。アレ全部大和の仕事なのか?」

 

「一応。まぁ目を通して問題無いかの確認だからそこまで大変なものじゃないけど、放置していたらまた溜まっていきそうだし、やれる時に片付けたいからな」

 

 

一緒に帰らないかと提案する一夏だったが、まだ生徒会の仕事が残っているとやんわりと断られる。

 

現に大会が近いこともあってそちらの準備に掛り切りのため、通常の事務作業が追い付いていないのが実態だった。後回しにすることも可能だが、放っておけば自分のタスクが溜まるだけで百害あって一利なし。

 

余裕があるうちに片付けておこう、というのが大和の思惑だった。

 

それと、折角いい雰囲気になっているのに自分の存在があったら邪魔だろうという彼なりの優しさでもある。

 

 

「なら、仕方ないか。じゃあまた明日教室で」

 

「おう。じゃあ更識さんも無理せず、今日はしっかりと休むんだぞ」

 

「あっ……」

 

 

何かを大和に伝えようとするものの、続く言葉が出て来ずに大和と本音はピットを後にした。

 

残されたのは一夏と簪の二人きりで、先ほどまでとは打って変わって水を打ったように静まり返る。

 

 

「大和も大変だよなぁ。俺とは違って生徒会の事務仕事もこなしているし……良くやってるわ」

 

「……」

 

「……」

 

 

二人きり残されていざ何か会話をしようとすると話題が思い付かず、ただ沈黙だけが続く。何か共通の話題は無いかと考えるもすぐには思い付か無かった。

 

 

「えっと……その、だな……って、へ?」

 

「あ、ああっ、あ……! ありがっ! とう!」

 

 

ギュッと一夏の手を握りしめたかと思うと、すぐ近くまで簪は迫る。そこには羞恥心なるものは存在しなかった。紅潮した瞳で目の前にいる一夏の顔を見つめる。

 

 

「あ、あの……ありがとうっ! さっきは、助けてくれて」

 

 

柄にもなく大声を出したことで我に返ったようで、恥ずかしさからぱっと一夏から距離をとると人差し指をツンツンと突き合わせた。

 

 

「いいよ、これくらい。当たり前だろ? でもまぁ良いところは大和に取られちゃったけどな」

 

 

あのまま助けに来てくれなかったらタワーに激突していただろうし、と一夏は苦笑いを浮かべる。

 

仮に激突していたとしても自らを犠牲にしてでも自分を助けに来てくれた一夏は、憧れのヒーローのようで胸の鼓動が一気に高鳴るのを感じた。

 

怪我をしないように、間に入ってくれた大和に対しても尊敬と似た感情が沸き上がる。自分もいずれこのような人になれるのだろうか、と。

 

そのためにはもっと強くならないといけない、人から信頼されるような人間に。

 

 

「格好、いい……」

 

「え?」

 

「あっ、な、なんでもない!」

 

「そうか、じゃあ俺たちも帰るか。このままここにいても風邪を引きそうだし」

 

「う、うん……」

 

 

ポツリと呟く一言が一夏に届くことは無かった。

 

やることも終わったし、自分たちも帰ろうという一夏。簪も了承し、一夏は出口に向かって歩き始めるのだが、どういうわけか簪は歩き始めない。

 

不思議に思って歩を止めて理由を聞く。

 

実は言ってないだけで、怪我をしていたのかもしれない。

 

 

「どうしたんだよ、簪さん。もしかして何処か怪我でもしてるのか?」

 

「……い、いらない」

 

「いらない?」

 

 

一夏の質問に対して簪から予想もしない言葉が返ってきたことに対して、思わず同じ言葉を投げ掛ける。

 

怪我でもしているのか、に対して『いらない』はキャッチボールになっていなかった。何か別の意味があるのか、言葉の意味に対して確認をする。

 

 

「さ、さん付けはいらない。か、簪で……呼び捨てでいい」

 

 

聞き取れるかどうかギリギリの声量で伝えたかと思うと、簪はぱっと先に駆け出してしまった。

 

『さん付け』から『呼び捨て』へ。

 

それは一夏と簪の関係値の変化をはっきりと示していた。

 

因縁の相手はいつの間にか気になる異性に。

 

憧れていたヒーローのように、助けてくれた一夏の姿は自分の求めていたヒーロー像とぴったりと一致した。

 

 

「……簪でいい、か。少しは心の距離は縮まったのかな」

 

 

ピット内に響く一夏の声、その声は何処か嬉しそうなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねー、きりやん〜」

 

「どうした?」

 

「本当は生徒会の仕事なんて無かったんだよね〜? 私知ってるよー、昨日のうちに全部きりやんが片付けていたの」

 

「さぁ、どうだかな……さて、ハニートーストだったか。色々と協力して貰ったし、好きなトッピングで頼んで良いぞ」

 

「わーい! やったー!」

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