IS‐護るべきモノ-   作:たつな

17 / 129
第二章‐Chinese transfer student‐
IS訓練で一波乱


「一年一組のクラス代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね♪」

 

「「はーーーーい!!!」」

 

 

さわやかな快晴が広がるIS学園、一年一組の教室では朝のショートホームルームが行われている。朝一番だから皆のテンションが低いと思えば、むしろその逆。お酒でも入っているのではないかと疑うほどの活気に包まれていた。

 

クラス代表決定戦の翌日、山田先生の言葉通りクラス代表が一夏に決定した。一夏になった理由は俺とセシリアが辞退したから。セシリアが何思って辞退したのかは知らないけど、俺の場合はクラス代表を務める時間がない。本職と楯無さんとの共同に、クラス代表なんて引き受けてしまったら身体がいくつあっても足りない。

 

俺からすれば予定調和だが、一夏からすれば完全に予想外のこと。目を見開いたままあんぐりと口を開け、鳩が豆鉄砲食らったような表情を浮かべながら、呆然としている。

本当なら戦った三人のうち、勝った俺とセシリアのどちらかがなるのが道理なんだけど……まぁそこは一夏に期待を込めてということで。

 

べ、別に面倒くさいって理由が全割合を占めているわけじゃないぞ? ほんの九割くらいだから。

 

自分がクラス代表になったことに納得が行かないのか、一夏はふるふると身体を震わせ、壊れたロボットが動くように右手をガタガタと上げていく。

 

 

「あの、山田先生……質問いいですか?」

 

「はい♪ 織斑くん。どうしたんですか?」

 

 

一夏の質問を満面の笑みで了承する山田先生。山田先生の笑顔はいつ見ても癒されます。

 

 

「何で俺がクラス代表なんでしょう。結果から行けば俺じゃなくて、大和かオルコットですよね?」

 

「あ、それはですね……「それは私が辞退したからですわ!」」

 

 

予想通り、一夏の質問は自分がクラス代表になったことに、納得がいかないというものだった。普通に考えたらそうだよな、まさか勝っていないのにクラス代表になるだなんて。一夏の質問に山田先生が答えようとした刹那、今度はセシリア自身が立ち上がってその経緯を説明し始めた。

 

ここだけの話、セシリアは俺のところに謝罪しにきた後、全員のクラスメイトの部屋を謝罪しに回ったらしい。もちろん今日の朝学校にきた俺はその事実を聞かされておらず、教室に来た時に逆に質問された。俺も昨日、話を皆につけとけよとは言ったものの、まさか昨日のうちに全員のところに回っていたとは驚きだ。

 

謝罪を受けた子は皆、俺の話をセシリアが切り出した途端に、あの時の一件を思い出してしまったらしい。何だかんだで軽くトラウマになっている子もいるということ、これに関しては俺も反省しなければならない。

ただ俺とセシリアが和解したということを知ると、安堵の表情を浮かべたという。

 

先週、垢が抜ければそんな悪い人間には見えないと言ったけど、実際その通りだった。俺も色々セシリアのことを調べたけど、彼女にも過去に色々なことがあったらしく、必死だったことが分かると、それ以上言及する気は完全に無くなった。

 

絶対に甘いよって言われるかもしれないけど、これが俺だからその辺は理解してくれ。

 

セシリアは自分が辞退したということを伝えると、周りからは歓声が上がる。

 

 

「セシリア分かってる~♪」

 

「だよね~! 折角、男子がいるんだもん。持ち上げないとね!」

 

「私たちは貴重な経験を積める!他のクラスの子に情報が売れる!」

 

「一粒で二度美味しいっていうのは、まさにこの事だよね~!」

 

 

こらこら、言っている先から人の情報を勝手に売らない。まぁセシリアが辞退したからとはいえ、一夏はまだ、納得していないだろうな。俺は俺で一夏に勝ったセシリアに勝ってしまったわけだし。

 

 

「なっ……なら大和の方が適任じゃないのか!?」

 

 

セシリアが辞退したからという理由を聞いたものの、何で大和じゃないんだと一夏は、後ろを振り向いて抗議してくる。

 

 

「それは俺も辞退したからだ。一夏にクラス代表を頑張ってもらおうと思ってな」

 

「り、理不尽だぁ!!」

 

 

神は死んだとばかりに頭を抱える一夏だが、俺としても本当の理由を話すわけにはいかない。敗者に言葉はないなんて言うけど、それを一夏に言ってしまうと俺が完全な押し付けをしているみたいだし。

けど一夏が引き続き抗議をしてこないところを見ると、どことなく感付いている気はず。とりあえず、一言だけ付け加えておくとしよう。

 

 

「お前は守るんだろ、織斑先生を?」

 

「なっ、き、聞いてたのか!?」

 

「聞いているも何も、ピット内のモニターで筒抜けだったって。厳しいことを言うようだけど、今の力のままじゃ守るなんてのは無理だ」

 

「うぐっ……」

 

 

一夏は図星をつれたことに意気消沈して、がっくりと頭を垂れる。絶対に勝つと言ったのに、つまらないミスで負けてしまった手前言い返すことが出来ないのだろう。それに家族を守ると一夏は言ったが、千冬さんは現役を引退して教師をしている今でも力は顕在。学園中の代表候補生が束になっても返り討ちにされるレベルだ。

 

千冬さんにとって一夏は守る対象に入っている。その立場が逆転するのはまだまだ遠く、下手をすれば一生追い付けないかもしれない。

 

俺は、落ち込む一夏にさらに話を続けていった。

 

 

「少し言い方が悪かったな。遠かろうが近かろうが、お前には明確な目標と目的がある。だからお前の方が、クラス代表に的確だと思ったんだよ。家族を守るのならそれ相応の力と経験を積まなきゃいけない、それにはクラス代表がうってつけだろ?」

 

「や、大和……」

 

 

何その、俺は今猛烈に感動していますとでも言わんばかりの顔は。いきなり感動されても俺としては反応に困る。

俺が一夏にクラス代表を任せるための説得は、現在進行形でクラスに伝わっていて、聞いているクラスメイトの数人かが男の友情だとか、やっぱり二人って出来ているんだなどと口々に言う。

最初のは良いけど、最後のは完全にアウトだ。

よし、後で俺とゆっくり『OHANASHI』しようか、場所はそうだな……屋上なんかどうだろう。

 

さて、話を戻そう。つまり色々な理由があって、クラス代表を辞退させてもらったということを一夏に伝えた。

 

 

「まぁそういうわけだ。任せたぜ、新クラス長!」

 

「ああ!! 俺も大和や皆の期待に応えられるように頑張るよ!」

 

 

どうやら一夏も納得したみたいだ。こうしてクラス代表が一夏に決まったわけだが、俺と一夏の会話が終わるのを待っていたセシリアが、話に区切りがついたと同時に口を開く。

 

 

「そ、それでですわね一夏さん。私も今回のことを深く反省いたしまして……」

 

「へ……って一夏さん!?」

 

 

 今まではセシリアにあなたと呼ばれていた一夏だが、呼び方が完全に変わったことに気付き、驚きの声をあげる。

もはや今のセシリアに以前の面影はなく、意中の男性にアピールする恋する乙女に早変わりしていた。人って昨日の今日でこうも変わるもんなんだな、恋ってやっぱりすげぇ。

 

本来なら何だ急に!? と深く言及するものだが、そこはさすがの一夏、全く気にしていない。はじめの行いが祟って、自分の印象はかなり悪いと思っているらしい。

正直俺も、特に一夏はあまり深く根に持つような人間ではないため、以前した行いについてはもうあまり気にしてはいない。覚えてはいるけどな、当然だけど。

 

そのマイナスを何とか埋めていこうと、自分の席を立ち、わざわざ一夏の席の横に来て積極的にアプローチをかけていく。一応まだショートホームルームの時間なんだけどな。

 

 

「ご迷惑でなければ、一夏さんの操縦をコーチしようと思いまして……」

 

「えっ、本当かオルコット!?」

 

「ええ! 勿論ですわ! それから私のことはセシリアとお呼びください。これからは色々一夏さんとも親睦を深めていきたいですので」

 

「おお、そうか! 操縦のことはあんまり分からないから助かるよセシリア!」

 

「い、いえ! これくらい造作もないですわ!」

 

 

操縦を教えるという提案を快く承諾した一夏に、セシリアは顔を赤らめて喜んでいる。手をもじもじさせながら、チラチラと一夏の顔を見上げるところなんか初々しいよな。何か続けて言おうとするのだが上手くまとまらないのか、モゴモゴと唇を動かしながら会話を考えている。

そんな二人をよそに、俺は視線を窓際の方へと向けた。

 

 

「……(ミシミシミシッ!!)」

 

 

……見なかったことにしよう。うん、俺は何も見ていない。窓際でシャーペンを潰さんばかりに握りしめている篠ノ之なんて俺は見ていない。

 

その握力は如何に。両手で折ろうとしているのではなく、片手で握りしめている音だからなお恐ろしい。音的にもうそろそろ限界か、ミシミシという音が止まりはじめて、悲鳴すら響かない状況に。シャーペンの心の内を代弁するとするなら『もう限界です!』だろう。八つ当たりされているシャーペンが実に気の毒だ。女の子の恋って怖いな。

 

篠ノ之の目はいつも以上につり上がり、ジッと一夏の方を見つめている。篠ノ之の異変には、篠ノ之の隣の子も後ろの子も気付いていない。何で俺だけ気付いてしまったのかと、今現在かなり後悔している。

 

頼むから何も起こらないで欲しいと願うわけだが、そういう時こそ何かが起こってしまうもの。そしてそれは現実になってしまった。

 

 

「で、ですからこれから放課後は毎日私がーーー」

 

 

面倒を見る、とでも言おうとしたんだろう。

 

しかしその言葉が発せられることはなかった。バンッという机を叩く音と共に立ち上がるは篠ノ之、不機嫌な表情を隠そうともせずにセシリアのことを睨み付ける。まるでお前に一夏は渡さんと言わんばかりに。

 

 

「生憎だが、一夏の指導は私がすることになっている。お前が面倒を見る必要はない!」

 

 

感情に身を任せて激昂している訳ではないものの、明らかにその言葉には怒気が込められている。何故今更になって面倒を見るなどと言い出したのかと。

ただ篠ノ之の場合は怒っているというよりも、一夏を取られるかもしれないという危機感と焦りの方が強いようにも見受けられる。

出会ってから一週間ちょっとしか経っていないものの、何となくではあるが篠ノ之の性格というものを理解してきつつある。普段は真っ直ぐなのに、一夏に対しては頑固すぎて素直になれないんだろうな。一般世間ではこういうのをツンデレともいう。

 

篠ノ之から睨みを当てられるセシリアだが、何のそのとばかりにいつもの気品あふれる姿勢を崩さず、勝ち気な口調のまま篠ノ之に向けて言い放つ。

 

 

「あら。あなたはCランクの篠ノ之さん、Aランクの私に何かご用かしら?」

 

 

ったく、その意味の分からん喧嘩口調は止めろっての。口は災いの元って言うし、また喧嘩の要因になりかねないぞ。セシリアからすれば、何気ないIS適正の話を持ち出したに過ぎないのだが……

 

 

「なっ!? 人を教えるのにランクは関係無いだろう!!」

 

 

 自分のIS適正が低いことを指摘され、思った以上に篠ノ之は動揺していた。IS適性は操縦者がISをより上手く操縦するために必要な肉体的素質のことで、値が高ければ高いほどISをうまく使いこなせる可能性は高い。とはいうもののそれは絶対値ではなく、訓練や経験を積むことで変化することもある。とはいえ、現時点でセシリアよりもIS適性が低いことは事実、篠ノ之は図星をつかれて言葉を詰まらせる。たった一人の男をめぐる戦争がこんな些細なことで勃発するとは、一夏も隅におけないな。

 

と、このままさらに二人のにらみ合いが続くと思われたが。

 

 

「くだらん争いをするな、馬鹿共が。さっさと席に座れ!」

 

 

どこぞの処刑用BGMと共に千冬さんが現れた。今は誰が管轄している時間か、忘れていたとは言わせない。先ほどまで教室の隅で腕を組みながら様子を見守っていた千冬さんだが、このままでは一向に話がつかないと思ったのか、すたすたとセシリアと篠ノ之に近づき……

 

 

「いっ!?」

 

「へうっ!?」

 

 

強烈なまでの一撃を篠ノ之とセシリアの両者に食らわせる。出席簿による一撃は脳細胞を何個破壊したのか、思わず数えたくなるほどに爽快な音だった。あまりの痛みに、二人は涙ながらに頭を押さえてその場にうずくまる。

 

 

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれもひよっ子だ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな」

 

 

 振り下ろした出席簿を片手に容赦のない言葉を飛ばす。千冬さんのISランクはSで、世界にも僅か数人しかいないと呼ばれている。モンド・グロッソ第一回格闘部門と総合部門での優勝者の千冬さんなら、その気になれば二人を瞬殺することも出来る。

セシリアは頭を押さえながら千冬さんに抗議の目を向けて、何か言いたそうにするが、その言葉が事実であるために何も言えずに自分の席へと戻っていく。

 

 

「代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ」

 

 

千冬さんの管轄時間にふざけたことをやろうものなら、もれなく出席簿のプレゼントが付いてくる。そういう手の人だったら喜ぶかもしれないけど、俺としてはそんな特典は欲しくないない。大人しくしているとしよう。

 

 

「クラス代表は織斑一夏、異論はないな?」

 

 

バタバタとしたショートホームルームを終え、各自授業の準備へと取りかかり始めた。

 

 

 

 

 

 

 時間は流れて本日最後の授業。準備を終えた一組のクラスメイトは、全員グラウンドに来ている。というのも、これから一組はISの実習に入るからだ。まだ千冬さんも山田先生もグラウンドには来ておらず、俺たちの前には待機状態の打鉄が置かれていた。

 

IS実習に取り掛かる前に何だが、現在の状況は思春期の男子にとって非常にまずい状況とだけ伝えておきたい。

先日のセシリアの戦いで、女性のISスーツがどんなものなのかは把握していた。だがいざ現実を目の当たりにすると、その威力は相当なものだということに気付く。ISスーツとは名ばかりで、もはやスクール水着にしか見えない。露出が多く、一人一人のボディラインがくっきりと浮かび上がってしまうスーツは、育ち盛りの女の子のそれを隠せるものではなかった。

 

水着と違う部分といえば足を覆い隠す膝上サポーターが付いていることぐらい。しかし逆にそれが男にとっては目の毒にしかならない。直視することなんて出来るわけないし、最悪面と向かって話すのも恥ずかしいレベル。くっきりとボディラインが浮かんでしまうせいで、サイズが大きい子なんかと話す時は苦労しそうだ。

 

俺と一夏は身長的に一番後ろに立っているため、必然的に周りの状況が見えてしまう。一夏も一夏で出来る限り視線を上向かせているものの、あまり効果はない模様。恥ずかしさによって顔が紅潮していくのが分かる。早く授業を始めてくれと思いつつ、背筋を伸ばして教師人がくるのを待つ。

 

五列に整列し、千冬さんと山田先生が出てくるのを待っていると、ほどなくして二人がグラウンドに出てきた。

 

山田先生は青色基調のジャージで、胸元までチャックを開けている。……たぶん最後まで閉めてしまうと苦しいんだろう。そして千冬さんは見慣れた白基調のジャージを纏い、腰に手を当てて俺たちの前に立った。

 

 

「ではこれより、ISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、霧夜の三名はIS展開後、試しに飛んでみろ。霧夜は前に出て来て打鉄を使って実戦しろ」

 

 

「「はいっ!」」

 

 

 元気よく返事をしたのは俺を含めた三人。列の一番前に場所を移し、俺は千冬さんの指示通りに打鉄の前に立ち、ISを装着した時のイメージをしながら手で触れる。すると明るい光と共に俺の身体に装甲が装着されていった。時間に換算すると一秒ちょっと……まだまだ遅いか。

俺が展開を終えると今度はセシリアが目を閉じる。閉じると同時にイヤーカフスが光り、一瞬のうちに青基調のIS、ブルー・ティアーズが展開された。時間は一秒とかかっておらず、さすが代表候補生だと納得してしまう。

 

さて、後残っているのは一夏だ。

 

 

「よし、俺も!!」

 

 

一夏も同じように目を閉じ、ガンレットのついた右腕を胸元にまで上げてISを展開しようとする。頭の中でイメージはしていけどイメージがまとまり切らないのか、いつまで経っても展開する気配がない。

 

 

「えーっと……あ、あれ?」

 

 

白式が展開しないことに焦り出す一夏だが、千冬さんは容赦しない。

 

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」

 

「うっ……」

 

 

この程度でもたついているようでは話しにならないという檄が効いたのか、再び目をつむってガンレットに左手を添えて集中し始める。

 

 

「こい! 白式!!」

 

 

すると今度は難なく白式の展開に成功し、白の鎧が一夏の身体周りを纏っていく。千冬さんは一夏が白式を展開したことを見届けると、続けて飛ぶように命令をした。凛とした声がグラウンドに響き渡る。

 

 

「よし、飛べ!」

 

「「はいっ!」」

 

 

最初に飛び立ったのはセシリアだった。モーションが少ない洗練された動きから、バランスを崩さないで飛翔していく。そんな後ろ姿を見送りつつも、足を屈伸の要領で少し屈めて、続くようにその後を追うように俺も飛び立つ。体の軸がぶれないように気をつけ、真っ直ぐ大空向けて飛んで行く。俺の前に行くセシリアに追いつこうとスピードを上げて横に並ぶと、並走する俺に話しかけてきた。

 

 

「お上手ですのね、大和さんは」

 

「一応昨日のIS戦で飛んだばかりだしな。まだセシリアみたいにバランスよく飛べないけど」

 

「そんなことありませんわ。まだまだ私も修行中の身ですから」

 

 

と―――

 

 

「どわぁぁあああああああ!!?」

 

 

 たわいのない話をしていると後方から一夏の悲鳴が聞こえてきた。何事かと思い、ISについているハイパーセンサーを使って後ろの様子を確認する。そこに映っていたのは進行方向とは全く違う方向に飛び上がり、フラフラとした今にも墜落しそうな飛び方で俺たちのかなり後を着いてくる一夏の姿だった。悲鳴が聞こえた瞬間、何かトラブルでも起きたのかとひやっとしたが、ただ単に一夏がうまく飛べていなかったものだと分かると、溜息を吐きつつ再び前に視線を戻す。

 

俺の気のせいだったらいいんだが、今日の一夏の飛行技術より昨日の飛行技術の方が上だと思うのは気のせいなんだろうか。

スペック的には俺の機体なんかよりもはるかに高いはずなのだが、飛び立ってからしばらく経ったにもかかわらずフラフラと危なっかしい飛行を続けていた。

 

 

『遅い! 何をやっている! スペック上の出力では白式が上だぞ』

 

 

そんな一夏を見かねたのか、オープンチャンネルから千冬さんの檄がとんでくる。少しスピードを落として、俺は一夏の横につける。遅いとは言われるものの、一夏はどうすればスピードが上がるのか分らず首をひねるだけだ。

 

 

「よう一夏、大丈夫か?」

 

「いや、全然だ。……自分の前方に角錐を展開するイメージだっけか。何だよ角錐って」

 

 

うなだれている一夏に声をかけると、どうやってスピードを出せばいいのか分かっていないみたいだ。下手なイメージをするとスペック的に高い白式だろうから、猛スピードでどこかにぶつかるまで止まらないことだろう。一夏も俺もISに乗って時間も経っていないことだし、互いにアドバイスし合えることは少ない。

 

どうしようか考えていると、一夏の右隣にセシリアがスピードを落として近寄ってきた。

 

 

「イメージは所詮イメージ、自分のやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ?」

 

 

仕組みが分からず悩む一夏と俺に、セシリアが頬笑みながらアドバイスを送ってくる。確かにその通りだと納得する。教科書や参考書はあくまでイメージであり、それが必ずしも自分に合うとは限らない。だから自分が『自分の前方に角錐を展開するイメージ』を、別のものに思い浮かべればいいわけだ。

言われてみれば俺はこうやって飛ぶ時、鷲や鷹が空を飛ぶイメージしている。俺はその助言に納得できたが、一夏は逆に自分のやりやすい方法が定まっていないために顔をしかめたままだった。

 

 

「って言ってもなぁ。そもそもどうやって浮いているんだこれ?」

 

「説明しても構いませんが長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますので」

 

 

うん、まずはその反重力何たらだの流動うんたらの説明からしてくれませんかねぇセシリアさん。普通の人間が言われれば、十人中十人が何それおいしいのというレベルの単語が発せられた。

セシリア・オルコットのアラビア語講座ってか、どっかの動画サイトとかにありそうだなそんなタグ。

 

 

「だ、大丈夫だ、問題ない。大和は今の分かったか?」

 

 

単語の意味が分からず、ギギギと俺に同意を求めてくる。今回ばかりは俺も同意させて貰おう、はっきり言って意味が分らん。

 

 

「お前と同じだよ一夏。さすがに専門用語出されても分からない」

 

「だよなぁ……でも大和も飛ぶの上手いよな。どんなイメージしてるんだ?」

 

「空飛ぶ鳥をイメージしているな。身近で良く見る飛んでいるものだから、俺としてはかなりイメージしやすかったし」

 

 

ハイパーセンサーで視覚補助が入っているわけだし、鳥っていうのは実態的な意味でもかなりイメージがしやすいものだ。

鷲や鷹の視力は人間の約十倍にもなる。両手を羽に置き換えればイメージはしやすい。

これで一夏に伝わったかどうかは分からないが、訳が分からないと言わんばかりの硬い表情はとれた。

 

 

「な、なるほど……自分がイメージしやすいものか」

 

「そ、その一夏さん。よろしければ……」

 

 

まだイメージが纏まらない一夏に、セシリアが再びアプローチを仕掛けていく。これを口実に放課後の特訓を約束しようとでもいった魂胆なんだろうけど、果たしてそう上手くいくか。

またもや何気なく、地上の様子をハイパーセンサー越しに確認する。するとクラスメイトの面々が心配そうに、上空の様子を眺めているのが見えた。そして視線を横にずらしていくといつも仲良くしている三人の姿が見える。布仏は相変わらずのほほんとしてるな……あれ、確か布仏の名前って本音だったっけ。苗字と名前を略すとのほほんになるな。

以前あだ名を付けようと考えていたけど、こりゃとんだ偶然にひらめいたものだ。よし、これから布仏のあだ名はのほほんさんにしよう。

 

……って言っても良く考えてみれば、俺ってあだ名でひとを呼ぶタイプじゃないよな。今まで通りで行くか。

 

さらに視線をずらしていくと今度は篠ノ之の……不機嫌そうな表情が映った。どこまで見えているのか分からないが、セシリアと一夏の横の距離が近いことが気に食わないのだろう。

 

 

『オルコット、霧夜、織斑。急降下と完全停止をやってみせろ』

 

 

不意にオープンチャンネルより指示が飛んでくる。もうちょっとのところでお誘いを止められてしまい、少し名残惜しそうな顔をするが、すぐに切り替えて返事をした。

 

 

「では一夏さん、大和さん。お先に」

 

 

俺たちに軽くほほ笑むとスピードを上げて、真っ逆さまに急降下していく。スピードに乗った新幹線が横切るような音をたてて地表へと迫り、地面まで十数メートル程の距離に近づくと、体勢を立て直して足から綺麗に着地していった。

 

 

「へぇー、上手いもんだなぁ」

 

 

一夏の口から感心する言葉が漏れる。もしセシリアにこの言葉が聞こえていたとしたら、凄く喜んでいたに違いない。喜んでいる風景が容易に想像できた。

セシリアが地上に降りたところで、残っているのは俺と一夏の二人だけだ。ここで思うのはトリにだけはなりたくない思い。

 

一夏がどう思ったのか知らないが、俺は最後一人になるのは絶対に嫌だ。よって先手必勝、先に行動させてもらう。

 

一夏と並走していた打鉄のスピードを上げて、白式二機分の距離をとった。

 

 

「じゃあ一夏、お先に」

「げっ! マジかよ!?」

 

 

先をとられたと慌てる一夏をよそに、機体を反転させて真っ逆さまに急降下していく。重力に逆らわない動きであるため、そのスピードは凄まじいものとなっていた。それこそグラウンドの地面に大穴を空けるくらいには。

 

高度を下げていき、徐々にグラウンドにいるクラスメイトたちの顔がはっきりと見えてきた。問題はどこで上体を起こすか、早すぎれば情けない完全停止になり、遅すぎれはそのまま地面に墜落する。前者はまだしも、後者は恥ずかしすぎる。絶対にタイミングを見あやまる訳にはいかない。

 

いよいよ地面との距離が近付いてくる。そして地面との距離が十数メートルを切るか切らないかの時に、一気に上体を起こす。スラスターを逆噴射してスピードを一気に減速させ、地面に着陸した。

 

地表から何センチ離れているか分からないが、とりあえず地面にぶつかること無く、着陸することに成功、機体を完全停止させた。

 

 

「十八センチか。少し遠いがまぁいいだろう。たがいずれは十センチを切ってもらうぞ?」

 

「了解です」

 

 

降り立った俺に千冬は声をかけてくる。目標の十センチを達成することは出来なかったが、特に何かを言われることもなく無事に終わった。

まずは地面に激突しなかったことに満足したい。声に出したら何ふざけたことを言っているんだと言われるだろうから、声に出さずに心にとどめておく。とはいえ思った以上に距離を取るのが難しかった、後は経験を積み重ねて慣れていくしかない。要は練習あるのみだ。

 

俺まで何事も無く無事に終わり、残っているのは一夏だけだ。

いつまでも空中には居ないだろうし、俺のあとを追ってすぐに降下してくるだろう。セシリアと戦っている時は動きも悪くなかったし、目標に多少のズレがあれど無事に着陸することは出来る。

 

期待を込めながら上空を見上げた。すると案の定、急降下しながら降りてくる一夏の姿を確認することが出来る。何だろう、どこか慌てているような気が……。

スピードに乗った白式は勢いそのままに、地表にぐんぐんと迫ってくる。

 

 

「うわああぁああああああ!!? 止まんねええぇえ!!」

 

「はい?」

 

 

 絶叫とともに、目線の先を物体が高速で通り過ぎた。刹那、耳をつんざくような衝撃音とともに、辺り一面を地鳴りが襲う。目を瞑った人間がいたとしたら、何人かは地震が起きたのではないかと思うことだろう。

物体の着弾点からはもくもくと砂ぼこりが立ち上り、辺り一面の視界を遮る。そのせいで着弾点の様子をはっきりと確認することは出来なかった。

ISには絶対防御がついているため、シールドエネルギーが尽きない限りは搭乗者の生命が脅かされることはない。そこに関しては大きく心配することは無いが、大空から超高速で真っ逆さまに落ちたら心配にもなる。

 

……要は一夏がスラスターを逆噴射させて勢いを止めることはおろか、上体を起こすことも出来なかったために、頭から盛大に墜落したってこと。まさか墜落は無いだろうと思っていた手前、期待を裏切られた感覚に陥ってしまう。

 

 

「一夏ッ!」

 

「織斑くん!!」

 

 

篠ノ之と山田先生が先陣を切って落下地点へと駆け寄っていく。少し遅れて千冬さんも落下地点に向かった。

一応クラスメイトの方を確認する。万が一のこともあるかもしれないと思ったが、今の墜落に巻き込まれた子も、特に怪我をした子もいないみたいだ。

今の墜落に一言物申すとするなら、墜落に美学を求めてどうすると言ったところか。操縦がままならず墜落したと思うけど、はたから見ればわざとやったんじゃないかというくらい、迷いのない急降下だった。

 

クラスの子たちも想定外の事態に、どうすればいいのか分からずあっけにとられている。ひとまず打鉄を解除して、俺も一夏の所へ向かおう。

自分の纏った打鉄を解除し、駆け足で一夏のもとへと向かう。

 

落下地点には十数メートルほどの巨大な穴が開いている。その穴の大きさがどれだけのスピードで突っ込んだのかを証明していた。風になびいて砂ぼこりが晴れていき、徐々に視界がはっきりとしていく。

 

すると落下地点の中心に頭を地面にめり込ませ、四つん這い状態で倒れている一夏の姿を確認することが出来た。墜落した衝撃のせいか、一夏の白式は解除されている。頭を地面から出そうと両腕に力を込め、二、三回同じ動作を繰り返した後、ようやく脱出に成功した。

 

 

「いってぇー! 死ぬかと思った」

 

 

頭を押さえながらむくりと立ち上がる。痛がった素振りを見せるものの、特に目立った外傷はない。

 

 

「馬鹿者が、グラウンドに穴をあけてどうする。誰も墜落しろとは言ってないぞ」

 

「うっ……すいません」

 

 

千冬さんから投げ掛けられるのは自分の身を案ずる言葉ではなく、何をしているといった呆れの言葉だった。自分のミスだからなおショックなのか、その言葉にしょんぼりと顔を俯かせていく。

 

 

「情けないぞ一夏! 私が散々教えただろう!」

 

「って言ってもなぁ……」

 

 

教えたことがちっとも生かされてないと、篠ノ之は一夏に対して厳しい口調で言及する。言葉から察するに剣道以外も教えていたってことになるけど、口頭でいくら言っても覚えれないときは覚えれないよなぁ。

実際その教え方がどんな教え方をしたのか分からないし。

 

 

「大体お前はいつも「一夏さんっ!!」わぁっ!?」

 

 

篠ノ之の言及を遮り、セシリアが篠ノ之をどけて穴を滑り降りていく。一目散に一夏のもとへ駆け寄ると膝にてを当てて中腰姿勢をとり、一夏の顔を覗き込んだ。

 

 

「大丈夫ですか!? お怪我は無くって?」

 

「ああ、何とか。ISに乗っていたからな」

 

「そうですか! あ、でも万が一ということもありますし、保健室へ行った方が……」

 

「その必要はない! ISに乗ってて怪我をする訳がないだろう……この猫かぶりめ」

 

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと、それに鬼の皮を被っているよりマシですわ」

 

 

篠ノ之とセシリアの眉間にシワがより、火花がバチバチと散って一触即発の状況になっている。三角関係の修羅場ってか、女の子って怖いよなぁ。

そんなやり取りを俺の横に並んで見ているのは千冬さん、このままでは収拾がつかないと思ったか、やれやれと鬱陶しそうにしながら穴を滑っていき、未だに口論をしている二人の脳天に出席簿を振り下ろした。

見えるところからの一撃よりも、死角から不意に飛んでくる一撃の方が痛いに決まっている。殴られた二人は目尻に涙を浮かべながらうずくまっていた。

 

 

「授業の邪魔だ馬鹿共、後ろでやってろ!」

 

 

千冬さんの言うこともごもっとも。互いに少しでもアプローチしようと必死なのは分かるけど、(一夏)を取り合うのなら授業以外の時間にやって欲しいもの。

 

 

「うう、心配しただけなのに理不尽ですわ……」

 

「ふんっ……抜け駆けは許さんぞオルコット」

 

「くぅ……」

 

 

どんな好き勝手なことをしようとも千冬さんに逆らえず、二人は渋々戻ってくる。

二人が火花を散らす中、一夏だけは意図が分からず首を傾げながら穴から出てくる。何でこの二人はこんなに仲が悪いのかと考えているんだろうけど、本音を言ってしまえば今日あった二人の言い合いの全てに、一夏が間接的に絡んでます、はい。

俺が言ったところでどうにかなる問題でもないし、一歩後ろから見守らせてもらうとしよう。

 

 

「よし、では授業を再開する。まずは霧夜、打鉄を装着後に武装を展開してみろ」

 

「はい」

 

 

 全員が戻ってきたところで授業が再開される、再び打鉄を身に纏わせて目を閉じ、俺にとって最もイメージしやすい刀状のものをイメージする。すると俺の右手が発光し、光が近接ブレードを形成していった。

セシリアと戦った時から、日本刀を鞘から引き抜く動作からの展開をやめ、完全なノーモーションで展開に切り替えている。

 

以前やった時は展開こそ出来たものの、イメージが固まりきらなかったこともあり、少々時間がかかっていた。

無事に展開を終えて右手にブレードが握られていることを確認すると、改めて千冬さんの方へと向き直る。

 

 

「まだまだだな。0.5秒で出せるようになれ」

 

「はい」

 

 

いい感じだと思ったんだけどな、まだまだ実力が足りないってことか。

 

 

「次は織斑、お前も展開してみろ」

 

「あ、はい!」

 

 

 続いて千冬さんに指示されたのは一夏、先ほどは墜落するという致命的なミスを犯しているだけに、ここで取り返そうと思う気持ちは人一倍大きいだろう。

現に一夏の顔は、白式を展開する時よりも真剣な顔つきをしている。

白式を纏ったまま右手を顔の前に突き出し、左手を添えると俺と同じように光が溢れだし、光が収まった時には一夏の両手には雪片弐型が握られていた。白式の展開よりも圧倒的に早く、これなら千冬さんも及第点だと認めてくれるだろう。

 

 

 

「お前もまだ遅い。0.5秒で出せ」

 

 

ただそこはさすが千冬さんということで、実の弟だからと一切の容赦はしない。かなりの辛口評価だが、千冬さんからすれば、俺と一夏はまだスタートラインにも立っていないということなのだろう。

戦えれば武器展開は遅くてもいい、急降下からの完全停止が出来なくてもいいわけでは無いってことだ。認めてもらえるように精進しよう。

 

 

「最後にオルコット、武装を展開してみろ」

 

「はい!」

 

 

千冬さんから声がかけられるとすぐに、左手を肩の高さまで上げて真横に突き出した。するとほんの一瞬、爆発的な発光を起こす。気付いた時にはセシリアの手にはメイン武器のスターライトmkⅢが握られていた。

光が武器の形を作ってから具現化した俺たちとは違い、一瞬でスターライトmkⅢを具現化したことになる。

すでにマガジンも接続されており、セシリアが目を向けるとライフルのセーフティが外れて、いつでも射撃可能の状態を作り上げた。

 

と、ここまでだったら誰もが口をそろえて、さすが代表候補生と賞賛するところなのだが、問題はそれ以降だ。

 

どういうわけかその銃口は真横を向いている。真横に敵がいるのなら仕方ないけど、普通は目標が自分のセンターに入るように立ち回るはず。不意打ちを食らったとしても身体を敵の方向に向けるはずだから、銃口だけが真横を向いているのどうなのか。

 

それがスタイルなら、俺は何も言わないけど、千冬さん辺りは許さないんじゃ……

 

 

「さすがだな、代表候補生。と言いたいところだが、真横に向けて誰に撃つ気だ? 正面に展開出来るようにしろ」

 

 

だよな、そうなるよな。今はセシリアの隣に誰も居ないから良いけど、誰かが居るときに誤って誤射した時のことを考えると背筋が凍る。展開の向きを指摘されたことに、これが自分の型だから、簡単に崩したくないと食ってかかる。

 

 

「で、ですが、これは私のイメージを固める為に必要な……」

 

「直せ、いいな?」

 

「はい……」

 

 

セシリアの言い分が通るはずもなく、言いくるめられて渋々正面に展開し直す。何か言いたそうだったが、千冬さんの一睨みすると何も言い返せなくなった。下手に逆らったら逆らったでどうなるか分かったからだろう。

 

もう下手すると、教頭とか校長よりも権力を持っているのではないか。校長をラスボスとするなら千冬さんは裏ボ……。

 

 

「……霧夜」

 

「何でもないです! すいません!」

 

 

表情に出ていたのか、心で考えていたことがバレて千冬さんから睨まれる。一夏とかセシリアを睨んだ時より威圧感が凄いんだけど、これはどういうことなのか。

前回は蹴りと踵落としを食らいそうになり、今回はド迫力の威圧感、しかも俺だけにピンポイントで飛ばしてくると来たもんだ。

千冬さんのいる前では、もう下らないことを考えるのはやめよう。顔に出なくても、何を考えているのか見透かされそうだ。

 

 

「さて、オルコット。近接用の武装を展開しろ」

 

「えっ。あ、は、はいっ」

 

 

 自分のスタイルの改変を強制されたことに、心の中で愚痴の一つでも言ってる最中だったのか、いきなり近接用武装の展開を振られたことに驚いている。

セシリアはライフルを光の粒子に変換する。確かこの事を収納(クローズ)っていったっけか 。 ライフルを仕舞った後、新たに近接用の武装を展開しようとする。

 

しかし先ほどとは違って、手の中に近接武装が現れる気配がない、そもそも展開される時に現れる光すら出てきていなかった。上手くイメージしきれないのか、徐々に表情に焦りの色が見えてくる。

 

 

「くっ……」

 

「まだか?」

 

「す、すぐです。ああ、もうっ! インターセプター!」

 

 

武器名をほぼヤケクソ気味に叫ぶセシリア。武器名を叫んだことでイメージがまとまり、現れた光が武器として構成される。構成された武器は俺との戦いで、攻撃を防ぐために出したショートブレードだった。

 

武器名を呼ぶという行動は、代表候補生であるセシリアにとってあまり良い行動では無い。今セシリアがやった行動は、教科書の一番最初に書かれている初心者用の呼び方だからだ。

名前を呼ぶというのは、IS展開や武器展開においてあまり良い方法ではない。ISを展開する際、一夏は白式の名を呼んで展開した。それはまだ経験不足で、イメージが纏まりきっていないためだ。

 

ただセシリアの場合は、何百時間とISを動かしてきている。イメージが染み付いているからIS展開もメイン武器のスターライトmkⅢを展開する時も、名前を呼んでいない。

戦っていた時にも思ったけど、近接武装をほとんど使ったことがないみたいだ。

 

武装を一つ展開するだけでかなりの時間を費やしてしまい、いつもより少しだけ厳しい表情を浮かべる千冬さんから声をかけられる。

 

 

「何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから問題ありませんわ!!」

 

「ほう。織斑との対戦で初心者に簡単に懐を許していたように見えたが?」

 

「あ、あれは、その……」

 

「霧夜の時に至っては、一方的に攻撃されて負けたが、あれはどう説明するんだ。ん?」

 

「……」

 

 

一夏の名前を出した後俺の名前を出すと、完全に自分の弱点をつかれてしまい何も言い返せなくなってしまった。悪く言うつもりは無いけど、接近した後は思った以上に呆気なかったというのが感想だ。

 

近距離しか攻撃手段がない相手は、間違いなく飛び込んでくるだろうし、そう考えると飛び込まれたときの対策も立てといた方が良いよなって思う。

 

ぐぅの音も出なくなったセシリアを何気なく俺と一夏は眺めていると、突然こちらを振り向いて睨んできた。睨むと同時に、俺と一夏に向けて個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)が送られてくる。これはオープンチャンネルとは逆で、送信した相手以外は見ることが出来ない。急に何だろうかと思いつつ、プライベート・チャンネルを開いた。

 

 

『あなたたちのせいですわよ!』

 

 

どういうわけか俺たちのせいにされる始末、何この理不尽?

 

 

『あ、あなたたちが、わたくしに飛び込んでくるから……』

 

 

 俺と一夏のISは、接近戦用の武装しか無いんだから仕方ないだろうよ。それに近付かなかったらこっちは攻撃できないんだし、そんなことしたら文字通りただの公開処刑になって終わる。するとセシリアの嘆きに、一夏が反応した。

 

 

『いや……俺には雪片しか武器が無いしなぁ。大和も近接ブレードしか使えなかっただろ?』

 

『ああ。それに近付かなかったら俺たちは何も出来ないしな』

 

『てか思い出したけど、よくレーザーに真正面から飛び込む気になったよな。あれ当たってたらどうするつもりだったんだよ?』

 

一夏がいうレーザーに飛び込んだというのは試合終盤に、セシリアが発したレーザーを、俺が持っている近接ブレードで真っ二つに切り裂いた時のことを指している。

 

『たられば』はあまり考えないようにしているけど、はっきり言うならそうだな。

 

 

『……当たったら当たった時に考える。一夏だってミサイルが自分に当たった後、どう行動するかなんて考えて無かっただろ?』

 

『あー……それもそうだな』

 

『一夏さん! 大和さん! わたくしのお話を聞いてくださいまし!』

 

 

自分の話が完全に無視されていると思ったのか、キーキーと騒ぎ立てる。話は聞いているけど、その話を全く違う方向に広げたのは一夏だから、文句は一夏に言ってくれ。

三人でプライベート・チャンネルでやり取りをしていると、授業終了のチャイムが鳴る。どうやら思った以上に時間が経っていたらしい。

千冬さんはチャイムの音を確認すると、校舎の時計を確認する。そして全員に向かって指示を出した。

 

 

「時間か、今日の授業はこれで終わりだ。織斑は自分で開けた穴をきっちりと塞いでおけよ?」

 

 

ここでいう穴というのは、一夏が頭から墜落した時にあいた穴のことだ。

一夏は顔を青ざめさせながら、穴のあいている箇所を見る。穴の大きさは約直径十数メートル、深さは一夏の身長よりも少し高いくらい。一人で穴を埋めるには時間と労力を大量に使うこと間違い無しだ。

一人では絶対に終わらないと悟った一夏は、クラスメイトたちの方を見る。ところが授業が終わると同時に回れ右で、皆校舎に向かって歩き始めていた。その中でも唯一残っていた篠ノ之に救いを求めるものの、プイとそっぽを向いて校舎に戻っていってしまう。

そしてついさっきまで俺たちとプライベート・チャンネルで会話していたセシリアは、一夏と目が合うと同時に苦笑いを浮かべながら立ち去ってしまった。

 

 

周囲の反応に落ち込む一夏だが、今回は自分のミスであけた穴のため、皆の反応は至極当然のこと。これがクラスメイトの誰かのせいであけてしまったのならまだしも、彼女たちには何の非もない。ぶっちゃけ俺もこれを手伝う気にはならない、捕まらないうちに俺もさっさととんずらさせてもらう。

 

 

「……」

 

 

何か燃え尽きたようにその場で立ち尽くす一夏、風が吹いただけでも崩れそうだ。するとフラフラとしながら、泣きそうな目で俺の方を見つめてくる。まるで、捨てられた子犬のように。

 

……何この空気、俺にも手伝えと?

 

 

「や、大和ぉ~………」

 

 

神様よぉ……アンタ、最高にKYだぜ。

 

 

「分かった分かった、手伝うから! さっさと道具持ってこい!!」

 

 

神に対して愚痴をこぼしつつも、泣きそうな一夏にさっさと道具を調達してくるように伝えると、一夏は即座に用具室に向かって走っていった。

 

今日はもう授業も無いことだし、鞄だけ教室の外に出しといて貰うように連絡しておこう。鍵を閉められたら取りに行くのが面倒だし。そもそも一夏に捕まらなければこんなことにはなっていないわけだが、捕まったもんは仕方ない。

 

ヤレヤレ系? 何とでも言え!

 

これからの長い戦い(穴埋め)に備えるべく、俺は一度更衣室に向かうのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。