IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○狙うもの

「ただいまっと」

 

 

 ロビーで鈴をからかい終えたところで、俺は素早く自室まで戻ってきた。ちょっとだけ消灯時刻を過ぎてしまったが、別に見つかった訳でもないし問題ないだろう。俺以外誰もいない部屋に向かって挨拶を飛ばすが、俺以外この部屋にいないので返事は返ってこなかった。

 

しかしどこか返事が来るのではないかと、期待をしている自分がいる。自分が帰ってきて楯無さんが勝手に部屋に入り込んでいるのは、完全に自然の流れになっている。慣れとは怖いもので、入ってこられても動じずにやり過ごせるようになった自分が恐い。

 

彼氏彼女の関係でもないのに、勝手に部屋へ上がられたら、別の誰かが来た時に要らぬ誤解を招きそうだ。俺の部屋に、楯無さんが上がり込むのを知っている人間は俺だけ。一夏や篠ノ之はおろか、寮長の千冬さんでさえ、その事実を知らない。完全に俺と楯無さんの間だけでの関係となっている。

 

……言い方がやらしいな。俺と楯無さんしか知らないことに訂正しよう。

 

 

部屋は出ていく時に必ず電気を落としていくため、部屋の中は真っ暗だ。電気をつけようとスイッチに手をかけた瞬間、ふと机の上が白く発光しているのに気が付いた。

 

日中は小さな光が目立つことはないものの、真っ暗な中だったら小さな光でもハッキリと確認することが出来る。密林の中で迷彩柄を着ていると姿は確認できないが、町中で迷彩柄を着ていたら目立つようなものだ。

 

初めはメールだと思い、特に急ぐこともなかったが、発光が収まることなく続いているのが分かると、慌てて部屋の中に入る。参ったな、もう完全に寝るつもりでいたから、もう身体は寝る気満々だ。頭も何だかボーッとして、目にはもやのようなものがかかり始めている。

 

相手が誰だか分からないけど、なるべく早く電話を済ませて寝たい。淡い期待を抱きつつも、机の上に置きっぱなしの携帯を手に取り、発信者の名前を確認する前に出た。

 

 

「はい、もしも「おっそーい!! 何していたのよ!?」おうふ……すんません、ちょっと出歩いていました」

 

 

電話に出ると早々に耳を(つんざ)かんばかりの超音波が俺のことを襲う。インカムでも使ったのかのようなその音量は破壊力抜群、音の振動が三半規管を通じて一気に脳まで届き、俺の眠気というものを完全に取り去ることに成功した。

 

眠気が覚めたところで全く嬉しくは無いが、改めて電話を掛けてきた発信者の名前を呼ぶ。

 

 

「どーしたんすか、楯無さん?」

 

「どーしたもこーしたもないわよ! メールしても反応しないし、電話掛けても出てくれないし!」

 

「メール? 電話?」

 

 

楯無さんの口から飛び出た二つの単語に心当たりがなく、俺は携帯のマルチ機能を使って着信履歴とメールボックスを確認した。

メールが三件に着信が五件、たかだか十数分部屋を留守にしていただけだというのに、凄まじい量の件数が届いている。世の中のストーカーもびっくりするだろう。

 

まさか十数分の、消灯時刻間近にこれだけの連絡をしてくるなんて思わなかった。ただこの時間にこれだけの連絡を寄越すということは、単なる世間話だとは思えない。

楯無さんも人をからかうことは好きだが、一線を越えたことはしない。それこそ学生が寝静まる可能性のある時間に、大量の電話やメールをするなんてことは。

 

メールや電話がどちらか一回来るくらいだったら何とも思わないが、流石に同時に複数来ているとなると何かあったのかとは思う。仮にも楯無さんは更識家当主、俺は霧夜家当主に当たる存在だから。

 

 

「あー、すんません。まさかこの時間に連絡来るとは思ってませんでした」

 

「もう……まぁいいわ。大和くんも個人的な用があったみたいだし、私も直接行けば良かったわけだしね」

 

「……それで何かあったんですか? もしかして急ぎの用があったとか」

 

「ええ。ちょっと色々話さないと行けないから、少し時間良いかしら?」

 

 

楯無さんからは色々と話すことがあるようで、少し時間がかかることのこと。十分か二十分か、はたまた一時間か。

 

 

「了解です。何なら朝まで付き合いますよ」

 

 

 どれだけの時間がかかるのか、冗談半分で朝まででも付き合いますと返す。この時まだ俺にはどこか慢心があったらしい。何とかなる、すぐに対処できるといったような。だがそんな慢心も次に発せられる楯無さんの一言で、がらりと覆された。

 

 

「そうね。もしかしたら朝までかかるかもしれないわ」

 

 

"朝までかかるかもしれない"

 

いつになく真剣で、異常なまでに冷静な口調。楯無さんのこの一言が、話そうとしていたことが、どれだけ重要な話なのかすぐに理解することが出来た。少なくともいつもの世間話ではない、電話先で表情こそ見えないものの、聞こえてくる声だけでも判断することは出来る。

 

十数分携帯から離れている間に、事態が深刻なものにならなかったことにまずは感謝しなければならない。ある意味ラッキーだっただけだろう。もしも事が起きてしまえばそれこそ取り返しのつかないことになっていたかもしれないのだから。ホッと胸を撫で下ろすが、次からは絶対にこのような失態は許されない。

 

裏の世界は嘗めていたら本気で命を落とす危険がある。特にそれに密接に関係する護衛の仕事とはそういうものだ。襲い来る敵から我が身一つで、クライアントを守りきり、時には複数の相手から守らなければならない。当然クライアントには怪我をさせないようにだ。

 

襲い来る相手もプロだ、普通に戦ってもそこら辺にいるような格闘家では、相手にならないほどの戦闘力を持っている。一度ふざけた気持ちを入れ換えるために、大きく深呼吸をしてから目をとじる。そして再び目をカッと見開いた。

 

 

「……分かりました。では話の続きを」

 

 

話の続きを聞くために。

 

 

 

 

 

「目標はどうだ?」

 

「まだ起きているな……部屋の明かりがついている」

 

「女と同室とは、良いご身分だな奴も」

 

 

 周りに照明の一つもないIS学園の敷地内の一角にそれらはいた。顔を認識出来ないほどの真っ黒なマスクで覆い、全身も暗闇に溶け込むように黒基調の服装だ。建物の上から双眼鏡を使って、寮の一室を監視している人間がいる。そして双眼鏡をのぞく人物のすぐ横には、映像として記録を残すためにビデオカメラが設置されていた。

寮全体を監視するのではなく、あくまでその向く視線は一ヶ所のみ、まるでスナイパーが獲物を仕留めようとするかのように監視していた。

 

彼らが何を目的として監視をしているのかは分からないが、すでにIS学園の消灯時刻は過ぎている。部屋の中では自由行動が許されているものの、部屋から外に無許可で出ることは許されない。彼らは学園の生徒ではなく、全くの別の場所から来た人間だという仮説を容易に立てられる。

 

所々に街灯こそ立っているものの、広大な面積を誇る敷地内に転々としているだけでは、もはや不気味さを取り去ることは出来ない。時々吹く夜風によって揺らめく木々の数々は異形そのもの。全てが重なりあって、IS学園はよりいっそうの不気味さを醸し出していた。

 

 

「しかし今回は楽な任務だな。まさかただ部屋の一つを見張れば良いだなんて。世界唯一の男性操縦者だったっけか?」

 

「あぁ、ターゲットは織斑一夏。今回は奴の生活サイクルを把握することが目的だ」

 

「権利団体から依頼されるとは……ま、確かにうちら女性にとって奴は障害にしかならないな」

 

「男がISを動かしたなど、認めるものか。男なんて女性の下僕として生きていれば良い」

 

 

声質からして監視をしている三人は、三人とも女性であることが分かる。その思想は歪みそのもの、男性という存在を完全に否定するものだった。男性を人として扱わない思想、ISが出てくる以前ではとても考えられなかったことだ。

マスクの穴が開いている部分から見える目は血走っており、男性というものに対して明確な殺意、敵意というものを感じることが出来る。

 

 

「ただわざわざ、こんな遠回りな行動をする必要なんかあったのかねぇ? たかだかガキを一人仕留めるためだけにさ」

 

 

先ほどから双眼鏡を持ち、部屋を覗く女性が疑問を投げ掛ける。一般論から言えばそうかもしれない、ここにはさんにんの人間がいるのだから、数にものを言わせて奇襲をかければ問題はずだと。

 

「確かにそうかもしれないが、ここはIS学園だ。セキュリティも万全だろうし、奇襲では止められてしまう可能性が高い。奴の周りにも必ず誰かが見守っているはずだ」

 

「お前は堅いんだよ考え方が、たかだか男のガキ一人だ。男をどうしようが、うちらの知ったことではない。何かあっても今は権利団体が守ってくれる」

 

「その考えに賛同する。男一人殺したところで何だ? ちょっと上から出てやれば、捕まったとしても すぐに釈放されるさ」

 

 

さらりという言葉の一つ一つに、狂気というものが含まれている。たかだか男を一人殺したところで何てことはない、男性の命をそこら辺に落ちているようなゴミとして見ているのか。殺そうとする態度に、戸惑いというものは無かった。

 

彼女たちのような、女性を中心に社会が成り立つと考える人間にとって、男性という生き物はただの小間使いにしかならない。ISの開発によって、男性というものの価値は著しく低下している。

居てもただ食料や金銭を無駄遣いする機械、つまりは金銭や食料を使わないままゴミとして捨てるようなもの。価値がないのなら男など居なくても良い。

 

確立しつつある女性優位の社会に陰りが見え始めたのは、織斑一夏が男性としてISを動かしたから。たった一人、さえど一人、もしここから男性でもISを動かせることが解明されれば、この世の中のパワーバランスは再び逆転する。

 

単純な力では女性が男性に勝つことは出来ない。同じように、少なからず身体能力が影響するIS操縦でも、男性の方に軍配が上がる。そうなったとしたら女尊男卑の世の中が、男尊女卑に変わるのは時間の問題だろう。

 

彼女たちからすれば忌々しい男性操縦者を今にでも始末したい。双眼鏡を握る手に力が入り、双眼鏡がミシミシと音を立てて軋み始める。今にも飛びかかろうとする二人に対し、リーダーっぽい女性がそれを止める。

 

 

「落ち着け二人とも。確かにそうだが、ここにはあのブリュンヒルデもいる。奴を今この場で始末をしたら、私たちの身分は保証出来ない」

 

「チッ!! くそが! わざわざ面倒なことをしてくれる」

 

「まぁそう言うな。あくまで今回の仕事は織斑一夏の生活サイクルを把握することだけだが、報酬はいい。権利団体も奮発してくれたさ」

 

 

ブリュンヒルデという称号を知らない人間はこの世にはいない。かつて織斑千冬が世界一に輝いたことは誰もが知っていることであり、この三人も同様に知っていた。織斑一夏を始末すれば彼女が黙っていない。その気になれば三人のことなど一瞬で組伏せることが出来るだろう。

リーダーの忠告が興奮状態にあった二人の頭を徐々に冷やしていく。忌々しげに舌打ちをしながらも再び、双眼鏡を覗きこみ、一夏の部屋の観察を再開した。

 

すると覗きこむと同時に、部屋の明かりが完全に消えて真っ暗になる。睡眠をとるために電気を消したのだろう。それを確認すると双眼鏡から目をはずし、監視を一時中断した。

 

 

「部屋の明かりが消えた。どうやら奴は寝たらしいな」

 

「そうか。よし、レポートをまとめて権利団体に送ろう。とりあえず私たちはこれでお役御免だ」

 

「楽な任務だ。誰も侵入に気が付かないとは……IS学園のセキュリティなどたかが知れてる」

 

 

 誰一人とて自分達の侵入に気が付くものはおらず、なおかつ織斑一夏の情報収集も何事もなく終了し、何もかもがうまくいったと、鼻高々に身支度を整え始める。

撮影機器のビデオカメラの電源を落とし、中からビデオテープを取り出した。中には自分たちの記した大切なデータが入っている。彼女たちはその道のエキスパートだが、ビデオカメラ本体を紛失することもあるかもしれない。万が一に備えて、本体からテープだけを抜き取り、厳重に管理された小型の箱の中に入れた。

 

テープを入れた後蓋を閉め、鍵を三重に掛けて手持ちの鞄の中にしまう。作業行程が一通り終わろうとした矢先に、ふと先ほどまで双眼鏡を覗いていた女性が口を開いた。

 

 

「そういえば知っているか? もう一人の男性操縦者の話」

 

「ああ、確か顔も公開されて無いんだってな。特に際立った噂も無いし、別にそこまでの脅威は無いんだろう?」

 

「さぁな、何もかもが不明だからよく分からん。とはいっても、そこら辺にいるような男が偶々動かしただけだろうな」

 

「だろうな。ニュースにならないのも、所詮価値がないと思われたからだろう。同じ男にまで見捨てられるとは、可哀想な奴だ」

 

 

 一夏以外の男のことなど興味はない、それが彼女たちの、いや大多数の人間の総意だった。ニュースになったのは一夏の他にももう一人、男性操縦者が見つかったということだけだった。

大和の容姿や経歴をはじめとした情報は全てが闇に包まれており、中には女性の権力を落とそうとするホラ吹きではないか、といった噂までたっていたらしい。

 

しかし実際に入学をしたことが証明されたため、その噂も消えつつある。姉に千冬がいることもあり、世界中の人間、特に男性は一夏に注目していた。

ISを動かせるという根底こそ事実ではあるが、一夏の影響の大きさから、大和に対する興味というのは薄れてた。

 

 

「どちらにしても、今回の仕事はこれで終わりだ。もう一人の操縦者のことなど、どうでもいい」

 

 

引き上げるために、荷物を整理する二人に声をかける。作業が完全に終わったようで、二人はそれぞれの荷物を持つ。

 

 

 

「さて、じゃあ早いとここれを「それを誰にどうするんだ?」誰だッ!!?」

 

 

早いとこ立ち去ろうとした矢先、急に後ろから声がかけられる。三人は自分たちのしていたことがバレたのかと慌てて後ろを振り向く。すると暗闇の中に月の光が差し込んで、入り口付近を明かりが照らす。

 

するとそこには一つの影が出来ていた、まるでその影は自分たちを飲み込まんとばかりにゆっくりと近付いてくる。そして一定の距離まで近付くとその顔を上げた。

 

黒の半袖インナーに、IS学園指定の制服ズボン。インナーからのぞく二の腕は鍛えられているために非常に引き締まっており、胸筋や腹筋もそのインナーの上からでも、はっきりと割れている線を確認することが出来た。

何を考えているのか分からない薄笑いを浮かべながらも、油断一つ見せない眼差しが全員の姿をとらえる。

 

その正体はもう一人のIS操縦者にして、護衛業を営む霧夜家当主の霧夜大和。格闘におけるエキスパートたちすべてを管轄するリーダーだ。

 

しかし三人組の女性は、彼がこの学園の関係者、そしてもう一人の操縦者だと気付かずに話を切り出し始めた。

 

 

「て、てめぇ! どうやってここに!?」

 

「入り口からさ。どっかの馬鹿共が誰かさんのストーキングに夢中になっている間にな」

 

「ちっ……」

 

 

 まさか自分たちの会話が全部聞かれていたのかと、三人の表情にも焦りというものが如実に浮き出てくる。

もし聞かれていたとするのなら、非常に不味いことになるからだ。

希少価値の高い男性操縦者の暗殺の手助けをしたとなれば、女性権利団体が何を主張したところで根底は覆せない。このままでは自分たちの身は保証できないと。

 

ただあくまで自分たちがしたと証拠を提示できればの話だ。あらかじめ音声を抜いて、録画されるように設定していたため、とられた映像には自分たちの会話は入っていない。撮影は事実としても、音声が無くては証拠としては不十分。

 

仮に話を聞いていたとして、大和がこの三人のやっていたことを話したとしても、今の時代は男性の言うことなど一々相手にしていられないと突っぱねられてしまう。

証拠がない分、今優位に立っているのは三人の方だった。リーダーもそれを感付いているのか、余裕を崩さないままに強い口調で啖呵を切っていく。

 

 

「それで私たちをどうするつもりだ? まさかIS委員会にでも突き出そうって算段か」

 

「素直にそうしてくれると、俺としては嬉しいんだけどな。……でも素直にするつもりは無いんだろ」

 

「素直も何も、私たちが何をしたって言う? 確かにここには不法侵入したが、外観を撮影していただけで何もしていない」

 

「お前らの言うこともごもっともだ。でも外観をこの時間に録る必要も無いだろ。わざわざシルエットがハッキリしない、こんな真っ暗な時間を狙ってさ」

 

 

苦し紛れの言い訳を吹っ掛けるが、誰でも嘘だと気付くような言葉の羅列をしたところで出し抜けるはずがない。余裕の表情で三人を追い詰める大和に対して、三人は冷や汗ものだ。

いくら言い訳をしたところで、大和はすでに確信に近い疑いをかけている。どこから会話を聞いていたかは分からないが、その疑いを晴らすのはほぼ無理に近い。

 

 

「ふんっ! それが嘘だからって何だ。私らを突き出せるほどの証拠がどこにある? 貴様の証言ごときでは確固たる証拠にはならない!」

 

「そうだ! どーしてもっていうのなら証拠を見せてみろッ!! 確固たる証拠を!」

 

「それが出来ないのなら、さっさとここから去れ! この屑がっ!!」

 

 

強気の姿勢を崩さず口々に大和に対して、侮蔑や嘲笑とも取れる発言を投げ掛ける。強気の姿勢ではあるが、小さい子供が悪態をついているようにしか見えない。ジリジリと追い詰められていることに彼女たち自身が気付いていない。

 

その発言から暫し目を閉じて考え込む大和、彼女たちにとってその時間は一時間にも二時間にも感じられた。何も言わずに沈黙を続けられて焦らさせることは最も苦痛であり、今すぐにでもこの場から逃げ出したいというのが本音だった。

 

そして再び目を見開き、大和の口から発せられる言葉が、彼女たちを絶望の縁に叩き落とすこととなる。

 

 

「……確かに今の時代、俺がいくら証言したところで取り合ってはくれないだろう」

 

「はっ! 分かったのならさっさとそこを退きな! ガキと違って大人は暇じゃないんだよ!!」

 

 

三人のうちの一人が大和の元へ歩み寄ろうと近付いていく。強引にでも突破すれば後は手の届かないところまで逃げれば良いと思っているのだろう。

 

―――しかしその動作は途中で止められた。大和が取り出したある物に目がいったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「でもな……俺の言葉じゃなくて『アンタらの言葉』だったら、どうだろうな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和がポケットから取りだして、目の前に突きだしたのは小型の機器。そして『アンタらの言葉』という単語によって、その機器が何なのか理解するのにそう時間はかからなかった。

 

ICレコーダー、またの名をボイスレコーダー。周囲の音を録音し、記録する機器のことを指す。大和が再生ボタンを押したことで、周囲に先ほどまでしていた会話の全てが流れ出す。

 

女性権利団体の差し金で、自分たちが一夏のことを偵察に来ていたことも。その偵察が一夏を暗殺するために行っていたことも、何もかもが三人の実声として記録されていた。

 

いよいよ三人に逃げ場はなくなった。例えこのレコーダーに録音されていた声が意図的に作られたものだと証言しても、声紋鑑定ですぐに本人のものだと証言される。

 

 

「最近の偵察には馬鹿な奴もいるもんだ。どこの誰が聞いているかも分からない状態で、自分たちの情報をべらべらと喋るだなんて」

 

「……」

 

「楽な任務とか言ってたっけか? その楽な任務で失態とは笑わせてくれる」

 

「くっ……」

 

一転して今度は大和から数々の口撃、その中の多くは自分たちのミスを罵るものだった。眉間にシワが寄り、傷が付かんばかりに拳を強く握る。いくつもの仕事をこなしてきた彼女たちにとって、大和の言葉は屈辱以外の何物でもなかった。

 

何も答えないでいるが、プライド全てをズタズタに引き裂かれ、今にも飛びかからん剣幕で大和のことを見つめる。

 

 

「さぁ、洗いざらい知っていること全て吐いてもらおうか? アンタらのしたことは決して許される行為じゃ無いんでね」

 

「ふっ……」

 

「ん?」

 

「ふふっ、ふははっ! ふはははははははははっ!!」

 

 

突然、何かが壊れたかのように大声で笑い始めるリーダーの女性。先ほどまで一番冷静だった人間の急変に、大和はおろか他の二人も呆気にとられていた。

しかしすぐに大和は気持ちを切り替えて、顔をしかめながらも見つめ返す。

 

 

「何がおかしい?」

 

「そうだよ。私たちは命令でここに来た。織斑一夏の暗殺をよりスムーズに遂行させるためにな!! で、それがどうした?」

 

 

ついに開き直った、それが化けの皮がはがれた本性かと、忌々しげに舌打ちをする大和。今自分たちがしていた行動に悪びれるわけでもなく、まるで正当化するような態度に少しばかりの苛立ちを覚えていた。

 

素直に投降するのではなく、開き直るということはまだ相手には逃げる算段があるということ。つまり彼女は、ここを力ずくでも突破しようと考えている。

明確な殺意の込められた威圧を飛ばしてくるが、大和はそれに怖がるどころか表情一つ変えずに、興味なさそうな返事をした。

 

 

「善悪の区別もつけれないか……可哀想な奴だ」

 

「ふん、男など奴隷同然に働いていれば良い。今の世界に男など不要だ」

 

「その男がいなけりゃ産まれてくることすら出来なかったっていうのに、随分な物言いをするのな」

 

「下らん。所詮生殖のための道具よ。それに男の一人、二人居なくなろうと、何かが変わる訳じゃない」

 

 

黒いマスクに隠れて表情こそ確認しずらいが、マスクの中で女の顔がニヤリと不気味な笑みを浮かべたのが見える。その笑みはとても女性が浮かべるものとは思えないほど冷たく、そして狂喜に満ちた笑みだった。

 

微笑むと同時にどこから取り出したのか、真っ黒な物体が大和の顔めがけて向けられている。トリガーを引けば中から驚弾飛び出し、標的を一撃で始末できるほどの代物、拳銃だ。

 

偵察ということで元から使うつもりは無かったのだろうが、銃口には発砲音を防ぐための消音器、サイレンサーがつけられている。

もしもという時の準備がされているところを見ると、彼女たちはそれなりに腕の立つ偵察員のようだ。

 

拳銃を取り出したリーダーの女に習い、残りの二人は大型のナイフを取り出す。

 

 

「それに馬鹿なのはお前の方だ。ノコノコと殺されにくるとは」

 

「こりゃまた、物騒なものを持っているもんだ」

 

「何だ、今更怖じ気づいたのか?」

 

「……まさか、そんなわけないだろう?」

 

 

拳銃を向けられているというのに、顔色一つ変えない大和に彼女たちは少々疑問を感じていた。すぐにでも殺せる状況下におかれているのに、何故そこまで冷静に物事を判断出来るのかと。

 

 

「……これ以上言っても素直に聞いてくれなさそうだし、こっちも多少強引にやらせてもらう」

 

「丸腰で私たちを捕らえようと? ふんっ! 寝言は寝てから言え!」

 

「……」

 

 

ポケットに突っ込んだままの両手を表に出し、左手を伸ばして顎の高さまで上げた。相手は拳銃が一丁に、ナイフが二本、普通に考えれば大和が圧倒的に分が悪いはずなのだが、相手を見据える大和の表情は笑っていた。

 

相手は気付いていないものの、その表情は物語っている。武器を持っているだけで自分たちが優位に立っていると思うなと。

 

 

「一つだけ教えといてやるよ」

 

「何?」

 

「……武器があるから勝てるなんて思うなよ?」

 

「な……くっ!?」

 

 

大和の言葉を言い終えると共に、拳銃を構えている右手に強烈な衝撃が走った。襲い来る痛みに我慢しようと思っても、身体は耐えきれずに、握っていた拳銃をその場に落としてしまう。

 

拳銃がその地面に落ちると共に、お金を落とした時の音が同時に鳴り響く。何故お金の落ちた音が聞こえてくるのか、その理由を導き出すのにさほど時間はかからなかった。

 

 

「テメッ、まさか!!?」

 

「ご想像の通りだ!」

 

 

すでに前を向いた時には大和は地面を蹴ってこちらに接近して来ていた。

 

大和は接近する隙を作るために、両ポケットの中に十円玉をそれぞれ一枚ずつ偲ばせていた。この三人の中で最も厄介なのが拳銃を持つリーダーの女だ。最初のうちに彼女を無力化しなければ、残りの二人を相手にしている時に横から攻撃されてしまう。

 

完全な無力化をするのは難しいが、一瞬でも無力化出来れば接近することは出来る。彼女が拳銃を拾い上げる前に、二人のうちのどちらか一人倒すことが出来れば、その後の行動が楽になる。

 

そして会話を返した僅かな隙を狙って、右手の親指に乗せた十円玉を親指で思い切り弾き飛ばした。速いスピードで相手の右手目掛けて飛んでいき、威力そのままに相手の右手に命中、目論見通り相手は拳銃を落とした。

 

 

「くっ、この!!」

 

 

向かって左側にいた女性が持っているナイフを、大和の顔めがけて突きだしてくる。ナイフから重心を横にずらすようにかわし、一気に相手の懐へと飛び込んだ。

しまったと慌ててナイフを引き戻そうとするが、時すでに遅し。懐に飛び込んだ大和に右腕を捕まれたため、腕自体を動かすことが出来ない。

少なくともそこら辺の男には体術で負けない自信はあった。だが目の前の男は違う、いくら力を込めようともびくとも動かない。

 

 

「はなせっ!!」

 

「しばらく休んでろ!」

 

 

相手の襟元と右腕を掴み、身体を反転して自分の背中を相手に密着させ、遠心力を使いながら相手の身体を宙に浮かせた。

そしてそのまま腕を自分側に引くことで、相手の身体は前方へと投げ出される。鈍い音と共に身体を受け身もとれないまま高速で地面に打ち付けられ、肺の中の酸素が一斉に吐き出された。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

身体中を襲う激しい痛みに、何が起こったのか分からないままに気を失う。投げ飛ばした相手が完全に動かなくなったことを確認すると、投げた相手が持っているナイフを手に取り、残っている二人の方へと視線を向ける。

 

一人を完全に無力化したところで残るは後二人、拳銃を落としたリーダーも右手にまだ痺れが残っているのか、今度は左手で拳銃を握っている。

もう一人はそのすぐ隣に立ちながら、ジリジリと大和の様子を伺っていた。

 

 

「あんまりナイフは使わないんだけどな。この際贅沢言ってられないか」

 

「お前……一体何者だ!?」

 

「教える義理は無い。まぁ捕まった後に聞けば良いだろう。……ただ、教えてくれるかどうかは分からないけどな」

 

「この……馬鹿にしやがってぇぇええええええ!!!!」

 

 

左手で拳銃を構えて大和目掛けて発砲してくるが、利き腕ではないためか、銃弾はその周りを通り抜けていく。

 

 

「そんなんじゃ当たらないぞ?」

 

「ぐぅ……このぉ!!」

 

 

当たらないことを指摘され頭に血がのぼったのか、自棄になりながら銃を無差別に乱射してくる。

 

こうなってしまえば当たるリスクは低くなる。だが逆に適当に撃った弾が当たってしまうこともある。それに注意しつつ、大和は二人に向かって突進していく。

 

数々の仕事をこなしているというのに、精神的にもろい。この手の人間は一度、その状態になってしまえば元に戻るのは困難だ。

 

弾丸がいつ当たるかも分からない中、ただひたすらに目標に向かっていくその様はまるで獲物を狩るチーターのようだ。弾丸を恐れずに迫り来る恐怖を隠しきれないのか、いくら発砲しても大和に掠りすらしない。

 

 

「何をしてる!? 私に貸せ!!」

 

 

するともう一人の女性がこれを見かねたのか、リーダーから拳銃を強引に奪い、銃口を大和に向けた。

 

 

「死ねっ!」

 

 

肘を軽く曲げて突きだした拳銃の銃口から凶弾が打ち出される。発射された弾丸はドリル回転により、風の抵抗を掻い潜るかのように大和へ向かっていく。今度こそ仕留めたと思ったのか、ニヤリとした自信に満ちた表情を浮かべる。

 

―――ハズだった。

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……馬鹿な……」

 

 

金属バットで石を打ったかのような音と共に、自信で満ち溢れた表情が一気に絶望の色へと変わる。大和に真っ直ぐ飛んでいった弾丸は直撃する前にナイフで弾かれた。

常人では拳銃の弾丸など、目で追えるはずがない。ましてや撃った瞬間に反応して、ナイフで弾くなんてことはあり得ない。

 

まぐれで辛うじて避ける、それならあり得なくは無いかもしれない。しかしそれも、優れた反射神経がなければ出来る芸当ではない。それをせずに飛んでくる弾丸とナイフの軌道をジャストで合わせることが、いかに人間離れした反射神経と動体視力を持っているのか。

 

 

あり得ない、信じられない。二人にとって目の前にいる人物は人間として見ることは出来なかった。二人にとって大和は得体の知れない化け物、そう捉えるに相応しい存在だった。

 

 

「どこを見ているんだ?」

 

「しまっ……」

 

 

ふと我に返った時にはもう遅い。目の前に接近した大和はナイフを横になぎ払い、持っていた拳銃を真っ二つに切り裂く。そして切り裂くと同時に、右膝を勢いよく相手の無防備な腹に叩き込んだ。

 

 

「ぐっ……うげぇ!?」

 

 

悲痛な表情と共にヨダレを撒き散らしながら、白目を向いてその場に倒れ込む。

 

これで二人目も無力化に成功し、残っているのは戦意を喪失しかけたリーダーのみ。恐怖に腰を抜かし、後ずさっていく姿を尻目に大和はナイフを片手に詰め寄っていく。

 

 

「残るはアンタだけだな……」

 

「ひっ!! く、来るな!」

 

「人に散々武器を振るってそれは無いんじゃないか?」

 

「で、データなら全て渡す!! も、もう織斑一夏にも近付いたりしないから!!」

 

 

自分だけでも同じ目に合うのは回避しようと、鞄に仕舞ったデータを鞄ごと大和に差し出してくる。顔は涙でくしゃくしゃになっており、被っていたマスクはその水でぐっしょりと濡れていた。

 

別に殺気を当てられている訳でもなく、威圧をされているわけでもない。それなのに、ここに居てはならないという恐怖が彼女を襲う。

 

身体は動いてくれず、出来ることと言えば何とか動く手で後ろに下がることだけ。

 

仲間は全員大和に鎮圧され、残っているのは自分一人。せめてものあがきで特攻したところで、何も出来ずに返り討ちにあって終わりという結末が容易に想像できた。

 

 

「そこに全て入っているから、すぐに確認してくれ!」

 

 

「……分かった。とりあえず動くなよ」

 

 

 渡された鞄とリーダーの方を交互に視線移動させながら、彼女にすでに戦意はないと判断したのか、その場に立ち止まる。ただ止まったからと言って鞄の中身を探るわけでもなく、今度は相手に背を向けながら何かを考え込む。一体何を考えているのか、それは大和本人にしか分からない。

 

その後ろ姿をただ呆然と見つめるが、ふと彼女には背を向けたことがチャンスだという思想が生まれる。

 

一度はすくんでしまった足だが、時間が経ったことで徐々に動くようになってきた。幸いにも相手はこっちの戦意が喪失したと思って油断している。逃げるチャンスは今しかない。

 

鞘からサバイバルナイフを抜き、音をたてぬように静かに立ち上がり、ゆっくりと近付いていく。大和はまだ背を向けたまま、背後に忍び寄る影に気が付いていない。

 

仕留めるなら今と思い、サバイバルナイフを振り上げて、大和の心臓付近に向かって振り下ろした。彼女にとって視界に入っていないのだから、今度こそ殺ったと思ったことだろう。

 

 

「えっ……?」

 

 

だが殺ったと思った現実とは裏腹に、倒れているのは大和ではなく、彼女の方だった。何をされたのか全く分からないまま、目を見開いたまま倒されている。

分かっているのは背中に何かが当たったという衝撃と、自分の首元にはナイフが突きつけられているということだけだった。

 

 

「な、何で……」

 

「愚問だな。例え見えなくても、相手の気配が察知出来ないほど、俺は弱くはない」

 

「くっ……くそっ!」

 

「……どうも聞き分けがないみたいだから、もう一度言っておく」

 

 

折角の仕留めるを逃し、忌々しげに舌打ちをする女性リーダーだが、不意に先ほどまでとは違う妙な雰囲気が大和から溢れ出ていることに気が付いた。

一方で、その雰囲気を醸し出している大和の表情は、髪の毛に隠れて見えない。相手が完全に黙り込むと首元に突き付けたナイフを退かし、その場に立ち上がる。

 

 

そして―――

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「三度目はないぞ……()()()

 

 

 言葉と同時に浴びせられる、来るもの全てを震え上がらせるほどの殺気。今だかつて感じたことのない殺気に抗うことすら出来ず、ただガタガタと震えることしか出来なかった。その殺気を当てられて初めて気が付く、最初にこの男に目をつけられた時点で、私たちが何をしようとも決してこの男には勝つことは出来ないと。


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