IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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禁じられた言葉、即ち禁句

「あ、そういえば食事会に一夏たちが来るのか聞いてなかったな……」

 

 

 千冬さんのための料理教室を開いた後、特にすることも無くなり、帰ろうと荷物をまとめたところでふと思い出す。以前食堂でその場のノリと勢いで食事会の企画をしたものの、参加者は他にどうなっているのかと。

一夏たちには一切食事会の話は通していないし、呼べば参加をするかもしれない。一夏を呼んだら更に残りの三人もついてくることだろう。

 

昼休みの時は一夏の取り合いで一夏本人も、残りの三人も食事会のことなんて知らないだろうし、参加不参加の前に一応話は通しておきたい。

 

多分参加してくれるはず……うん、きっと。

 

 

そうと決まれば善は急げ。回れ右をして、いつも通りアリーナで特訓中の一夏の元へ向かう。

 

急ぎ足で校舎から出ると、目の前でツインテールが揺れるのが見えた。すると足音が聞こえたのか、目の前のツインテールがこっちを振り向く。

 

 

「あれ、大和じゃん。こんなとこで何してんの?」

 

「お前こそ。俺はちょっと野暮用で第三アリーナにな」

 

「じゃ、あたしと一緒ね」

 

「一緒って……一夏にでも会いに行くのか?」

 

「そうよ! そろそろアイツも反省したでしょ!」

 

 

 振り向いたツインテールは鈴だった。相変わらず小さ……元気な奴だと思いながらも、返ってきた言葉に一抹の不安を覚える。

一夏と鈴の今の関係はご存じの通り、ギスギスとした関係だ。時間も経っているし、互いに素直な人間なら丸く収まるかもしれないが、どうにも一波乱があるようにしか思えない。

 

二人揃って変なところで頑固な性格なため、自分の信念に反することであれば譲歩する選択肢はない。鈴を悲しませてしまったことに少なからず一夏も反省はしているが、何故鈴が怒ったのか一夏は分かっていない。

 

理由に心当たりが無いかと俺にも聞いてきたが、返す言葉は決まって『自分で考えろ』の一言だけ。これに関しては人に聞いても解決にはならないからだ。

 

 

「……反省はしてるんじゃないかな。あれだけ強くひっ叩かれた上に、毎日怒ってますオーラ出してるんだから」

 

「でもこの数日間一度も謝罪に来なかったのよ? いくらなんでも遅すぎるわよ!」

 

 

そりゃ近寄っただけで威圧されれば、一夏も謝ろうと思っても謝れない。鈴の対応も、もう少し柔和な対応でも良かったんじゃないかと思う。

今となっては絶対に自分からは歩み寄らないと言った鈴の発言が懐かしい。

 

さすがに我慢ができなくなったのだろう、自分から出向いてでも一夏に謝罪させようとする魂胆なのか。

 

……当初の目的から外れていることには、敢えて突っ込まないでおく。

 

 

「そういえば、代表戦の相手って一夏だったよな。対策とかはしてるのか?」

 

「対策なんて特に必要ないわよ。普通にやれば勝てるし」

 

「……左様ですか」

 

 

 また随分と思いきったことを言ってくれる。普通にやれば勝てるって言っても、その普通をパフォーマンスとして出すことがどれだけ大変なことか。

セシリアしかり鈴しかり、代表候補生は自信家な人間が多いみたいだ。その代わり、言うだけの実力を持ち合わせているってことなんだろうけど。

 

勝ち気な表情なまま、ツインテールを揺らせてズカズカと先を歩いていく。そんな鈴の内心はどうなのかは分からないが、少なくとも平常心でないのは分かった。

自分が一夏と距離を置いている間にも、篠ノ之とセシリアが一夏と仲を深めているのではないかと。なら素直になればといった結論には至るものの、そう簡単にいかないのが性格というもの。

 

すぐに素直になれるならとっくになっている。

 

鈴の後ろ姿を見つめながら、俺たちは第三アリーナへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「やっと戻ってきたわね! 一夏!」

 

「貴様、どうやってここに!」

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

 

 

 第三アリーナのAピットで待つこと十数分。特訓中だった一夏たちが戻ってきたわけだが、案の定一夏を除いた二人が強烈な反応を見せる。

何故関係者ではないお前がここに居るのかと、強く言い放つ篠ノ之とセシリアたが、そんなことはお構いなしとばかりに鈴も啖呵を切っていく。ちなみに今の二人の服装はISスーツだ。

だから色々と危ない、意識するなと言われても意識してしまう。視線を外して、何事もないように振る舞う。

 

すぐに慣れるかと思ったものの、実際に直視すると全く慣れる気配がない。どうしたものか。

 

 

「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね」

 

 

一夏関係者って言い方がどうにも様々な意味で捉えられる。大体一夏関係者って何だ、どこかのネットニュースじゃあるまいし。

 

ただ単に関係者以外入ってくるなと言われたことに対して、そのまま関係者という言葉をつけて返しただけのつもりなんだろうが、二人にはどう婉曲して伝わったのか。口元をヒクつかせながら、一夏の元へと迫っていく。

 

 

「一夏、どういう関係かじっくり教えて欲しいものだな……」

 

「一夏さん、どういうことですの?」

 

 

鬼気迫る表情で近寄ってくる二人に、気圧されながら後ずさる一夏。拳銃を向けられて両手をあげ、降参しているようにも見える。

話がまるで進まず、手のつけようがない混沌が目の前に広がっていた。

 

 

「それより、何で大和さんがそちらにいるんですの!?」

 

「いや、たまたま途中で会っただけだって……」

 

 

一夏との問題なのに、何故か俺に飛び火してくる。俺の当初の目的って何だったっけか……あぁ、食事会に参加するかどうかだったっけ。正直この状況になってしまったら、もう切り出す気にもなれない。

何か俺が敵みたいな言い様だけど、別に敵でも何でもないからな。しかし一夏のことになると本当に周りが見えなくなるのは、ちょっとやめてほしいと思うところもある。

 

個人間だけでの問題ならいいけど、さすがに毎回毎回巻き込まれたらこっちもたまったもんじゃない。

 

 

「……一夏、何か失礼なことを考えているだろう?」

 

「い、いや。隣にいる幼馴染みの威圧が半端ないなんて、考えていないぞ」

 

 

一夏、本音がだだ漏れだ。

 

隠そうとしているかもしれないけど、全く隠せていない。最早火に油を注いで事態をよりひどい方向に誘導している。静かな口調で一夏を問い詰めた篠ノ之だが、本音を言われるとその表情は一変し、眉間にシワが寄った。

 

そのまま一夏に詰め寄り、肩を掴みかかる。

 

 

「お、お前というやつは! もう少し女性のことを―――」

 

「ちょっと勝手に盛り上がらないでよね。今はあたしが一夏と話しているんだから、脇役はすっこんでてよ」

 

「なっ!?」

 

 

 哀れ篠ノ之。鈴に脇役扱いされて顔を真っ赤にさせながら、行き場のない怒りを、言葉にならない怒りで表現している。ただ言い返す言葉が見当たらないのか、その場で睨み付けることしか出来ない。

数日前にはカッとした拍子に、竹刀で鈴に殴りかかっている。今まではずっと暴力に出てしまっていたため、言い返せないときにどう対応したら良いのか分からないんだろう。

 

そもそもすぐに暴力に走ること自体が大きな問題なのだが、彼女をそうさせてしまった原因が他にもあるようにも思える。元々暴力的だったとは思えないんだよな。

 

そしてセシリアに至っては完全な空気化してしまっている。幼馴染み同士の戦いに壁でも感じてるのか、本人は後ろでぐぬぬとでも言わんばかりの表情を浮かべて眺めることしか出来ないでいた。

 

 

「それで、一夏。反省した?」

 

「へ? えーっと……何をだ?」

 

「だから! あたしを怒らせて悪かったなーとか、仲直りしたいなーとかあるでしょうが!!」

 

「いや、そう言われても……」

 

「何よ?」

 

 

言葉の歯切れが悪い上に、何故か俺の方へと視線を向けてくる。

おいちょっと待て、それじゃ俺が全ての元凶ですみたいな感じになるだろ。

 

その視線に鈴も気がついたようで、俺の方をじろりと見つめてくる。まるで『あんたが何か言ったの?』とでも言わんばかりに。

 

 

「……俺は何もしてないからな」

 

「じゃあ何で一夏がアンタの方を見るのよ。何か変なことでも言ったんじゃないの?」

 

「俺は一夏に自分で考えるように促しただけで、他には言ってない」

 

「それなら……」

 

 

納得したのか、鈴は再び一夏の方へと向き直る。とりあえず一夏、この借りは高くつくからな。

 

 

「で、どうなのよ一夏!」

 

「どうもこうも、お前が勝手に避けていたんじゃないか」

 

「アンタねぇ……女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」

 

「おう。何か変か?」

 

「変かって……あぁ、もう!」

 

 

 何やら凄まじく雲行きが怪しくなっている。ここまで来ると最早確信犯なんじゃないかとしか思えない。鈴からすれば放っておいてと言われても、着いてくるのが普通で、一夏からすれば放っておいてと言われたら、放っておくのが普通。

互いの認識がまるで違う上に、どっちも頑固なために事態の収拾がつかない。

もし何らかの形でコンビを組んだとしたら、間違いなく相性は最悪だ。

自分の言うことが伝わっておらず、頭を抱えながらも強気のままに一夏に言葉を投げ掛けていく。

 

同じことの繰り返しを何回も見ているから、いずれ飽きそうだなこのやり取り。

 

 

「謝りなさいよ!」

 

 

もはや鈴もヤケクソだ。ヤケクソ気味に捲し立てる鈴だが、意図が分からない要求を……それも謝罪を承るほど一夏もヤワではない。

 

 

「だからなんでだよ! 約束覚えてただろ!?」

 

「意味が違うのよ意味が! ほんっとどうしようも無いわね、アンタは!」

 

「何だよそれ! 説明してくれたら謝るっつーの!」

 

「せ、説明したくないからこうして来たんでしょうが!」

 

 

 さて目の前の状況が更に混沌としてきたわけだが、もはや俺たちにはどうすることも出来ない。落ち着くのを待つだけだが、落ち着くのがいつになるのかと、先の見えないゴールにため息一つ出てこない。

どうしたものかと何か打開策を考えるものの、何一つ思い付かず、静観するといった結論にたどり着く。そうこうしている内にも、二人の言い合いは続いていく。

 

 

「じゃあこうしましょう! 来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

 

「おう、いいぜ! 俺が勝ったら説明してもらうからな!」

 

「せ、説明はその……」

 

 

そこで何故赤くなるのかと不思議に思っているのが、一夏の表情から読み取れた。一夏の言っているのは『毎日酢豚を~』の意味を説明してくれということで、ようは鈴がその意味は告白だったと伝えなければならないからだ。

 

当然顔を赤らめても不思議ではない。もちろん一夏はそんな意味があるとは思ってもみないことだろう。

 

赤らめる意味を履き違えているみたいだ。

 

 

「どうした? やめるならやめてもいいぞ!」

 

「誰がやめるのよ! アンタこそ土下座の練習一つでもしときなさいよ!」

 

「何でだよ、馬鹿」

 

「馬鹿とは何よ馬鹿とは! この朴念仁! 間抜け! アホ! 馬鹿はアンタよ!」

 

 

 目の前で行われているやり取りが、小学校低学年くらいの子たちが言い争っているようにも見える。

小学校の時良く合ったよな? 馬鹿って言ったら自分が馬鹿みたいな感じの言い争い。幼い子が言い争うのは可愛らしいと思えるが、高校生にもなって馬鹿だのアホだの言い合っていると、ちょっとどうなのかと思ってしまう。

 

たかが言い合い、さえど言い合い。時にはその何気無い一言で、相手を本気で傷付けてしまうこともあれば、怒らせてしまうこともある。

 

ふと頭の中によぎってくるが、こんな時は大体嫌な予感というのは当たるもので……。

 

 

 

 

 

「うるさい、貧乳」

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴にとって最も禁句な言葉を呟いてしまった。

 

 

何かが物凄いスピードで振り払われたかと思うと、ダイナマイトでも爆発したのかと思うほどの衝撃音と共に、ピット内がぐらぐらと揺れる。

 

その発信源を見ると、衝撃音の原因となった物体は壁近くにあった。正体は装甲化した鈴の右腕、だが壁に鈴の拳は触れていない。なのに壁には小さなクレーターが出来ていた。ピットというのは強度のある金属を使って構成されている。その壁が風圧だけでこれだ、直に殴っていたらどうなっていたのか、その破壊力が分かる。

 

言ってから気づいたのか、やってしまったと言わんばかりの表情を浮かべて、一夏の顔から冷や汗が出てくる。

 

 

「い、言ったわね……言ってはならないことを、言ったわね!」

 

 

目が完全に怒ってる。目が笑っていないではない、烈火のごとく怒っている。

 

 

「い、いや、悪い。今のは完全に俺が悪かった」

 

 

ほう? 今のは、ねぇ。結構な回数やらかしてる気がしないでもないが、そういうことにしておこう。

鈴に至っては完全にブチキレで、聞く耳をもたない。俗に言う激オコスティックファイナリティ……いや、何でもない。ここでふざけるのはやめよう。

 

 

「今のは!? 今のもよ! いつだってアンタが悪いのよ!!」

 

 

さすがに身体的特徴を言うのはいただけない、よって一夏に弁護の余地はない。

 

 

「いいわ……そこまで言うのならもう関係ない。今度のクラス対抗戦、徹底的に叩きのめしてあげる」

 

 

怒りは収まらず、去っていく後ろ姿からも怒気が伝わってくる。ピットから出ていく前に一度一夏の方を睨み付け、何も言わずにピットから出ていった。

 

鬼が過ぎ去ったとでも言えば良いのか、鈴一人が去ったピット内は異常なまでの静けさが包まれている。とりあえず一夏がこの後何をするかがはっきりしたわけだが。

 

 

「一夏」

 

「な、何だ?」

 

「とりあえず一発殴って良いか?」

 

 

何故か無性に殴りたくなった。鈍感につける薬は無いと言うけど、一発くらい殴っておけば脳内変換で多少女心に敏感になるかもしれない。

 

 

「へ? って、何でお前が怒ってんの!!?」

 

「いやぁ、折角のフォローを色々とぶち壊してくれたからさ。意趣返ししてもいいだろ♪」

 

「ま、待て霧夜! 確かに一夏はどうしようもないことをしたが、何もそこまで……」

 

「面と胴着けずに俺と剣道やるか?」

 

「け、結構です! 私が悪かったですごめんなさいでしたぁ!!」

 

 

一夏を庇おうとする篠ノ之だが、防具なしの打ち合いを申し込むとすんなりと退いてくれた。以前剣道で圧倒した時の記憶が、はっきりとよみがえってきたらしい。それと同時にいつもよりちょっとだけ怒気を強めて言ったら、素直に聞いてくれた。

 

 

「ちょ、ちょっと大和さん! さすがにそれは……」

 

「ISの近接戦……本気で打ち合える練習相手いないか?」

 

「な、何でもありませんわ! 大和さんのご自由にしてくださいませ!」

 

 

その場で軍隊顔負けの敬礼をとるセシリアだが、どことなく体が震えていた。

代表候補生たるものが、IS戦を拒否しても良いのかと甚だ疑問に思ったが、今は特に気にしている暇はない。

とりあえずこの目の前のキングオブ唐変木には、肉体言語での『OSHIOKI』が必要なのは間違いない。指を軽く鳴らしながら、ジリジリと一夏に詰め寄っていく。

 

 

「さぁ、準備は良いか? ICHIKAくん?」

 

「ちょっと待った! し、執行猶予は無いのか!?」

 

「面白いことを言うな。そんなものがあるとでも?」

 

「え……ちょっ、待っ……ぎゃああああああ!!?」

 

 

静かなピット内に一夏の悲鳴が虚しく木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐぐぐ。頭がまだいてぇ……」

 

「自業自得だ」

 

「な、何も言い返せないのが悔しい……」

 

 

 一夏への制裁(アイアンクロー)が一段落した後、腹ごしらえということもあって俺と一夏は食堂に来ていた。ダメージを拭い切れずに痛む頭を押さえながらも、食事を続ける一夏から絞り出すかのような声が聞こえてくる。

 

折角仲直りするチャンスだったのに、それを自ら棒に振った挙げ句、鈴の身体的特徴を乏したことで、更に鈴を怒らせてしまったわけだ。

あの夜に鈴のことを慰めて、何とか一夏との仲を取り保とうとした努力は何だったのかと、俺に対するダメージも大きい。

 

約束を勘違いしていたけど、些細な約束を覚えている時点で一夏は鈴のことを大切な仲間だと思っているんだと力説したのは、もはや遥か昔のことのようにも思える。

 

それもあって一夏に制裁(アイアンクロー)を下したわけだが、果たして一夏は内心でどう思っているのか。さすがに今回ばかりは懲りただろう。

 

とはいえ、鈴が前回以上に怒り心頭なのは間違いないため、クラス対抗戦までの間に接触するのは極めて難しいこととなった。近寄ったら睨まれるどころか、ISを展開されて殴られるのではないかといった憶測まで浮かんでくる。

 

 

「おりむー、頭押さえてどうしたのー?」

 

「いや、まぁ色々あって……」

 

 

俺と一夏で食堂には来たが、別に二人だけで席に座っているわけではない。一夏の目の前には布仏が、俺の前にはナギが座っている。一夏の身を案ずる布仏だが、今の一夏が正直に言えるわけがなく、うやむやな感じで誤魔化そうとする。

 

相手が布仏だから一夏も誤魔化せば何とかなると思ったんだろう、だが現実はそこまで甘くない。

 

 

「女心はちゃんと理解しなきゃダメだよー?」

 

「ぐはっ!?」

 

「布仏、それトドメだから。フォローになってない」

 

「ふぇ?」

 

「あはは……で、でも織斑くんだし……ね?」

 

 

布仏の洞察力は思った以上に鋭かった。それもかなり的確なところを射ている。故に一夏のダメージも大きく、致命傷を負った主人公のようにその場で崩れ落ちる。

ナギもナギで本人の優しさから直接は言わないものの、一夏が鈍感であることを否定しなかった。

 

いくら後悔をしているとはいえ、やってしまったことは取り戻せない。とにかく今一夏がやることは、クラス対抗戦に向けて準備を進めることしかない。幸い一回戦の相手は鈴だ、勝とうが負けようがどちらにしても謝るチャンスでもある。

 

謝ったところでどうなるかは分からないけど、何も言わないよりはマシなんじゃないか。

 

ちなみに今日の夕食はきつねそばとミニ親子丼のセット。きつねそばの汁を啜りながら、話を展開していく。これがまたダシがきいてて上手い。本当に店を構えても良いレベルだ。

クオリティの高いものを、学生に優しい低価格で買えるため更に嬉しいところ。その為あまり財布の中身を気にする必要もない。

 

これから出前はIS学園から取ろうか、なんて冗談すら思い付く。絶対に言わないけど。

 

 

一夏は豚のしょうが焼き定食で、ナギはホワイトソーススパゲッティと、どれも美味しそうだ。

 

そして……

 

 

「んん~? どうしたのきりやん。物珍しそうな顔して?」

 

「いや、人それぞれなのかなって思っただけだ」

 

「へ?」

 

 

布仏についてどうしようかと思ったけど、もう何も言うまい。相変わらずの布仏クオリティ、夕飯にハチミツたっぷりのホットケーキときた。前も言った気がするけど、見ているだけで胃もたれしそうだ。

 

たとえどれだけお腹が空いていようとも、食べ切れそうにない。甘党な女の子の胃袋は恐ろしいと改めて認識させられる。まぁ布仏は幸せそうな顔をして食べてるし、本人が良いなら良いんだろう。

 

 

「……とにかく、後はお前が頑張るしかないんだよ。謝罪もだけど試合の方もな」

 

 

話を戻そう。

 

クラス対抗戦についてだが、どこのクラスもフリーパス獲得を目標に向けて全力で挑んで来るに違いない。……二組の場合は私情が大きく絡んできそうだけど、そこを気にしたら負けだ。

 

些細なことなら引きずることは無いとは思うが、今回の場合は鈴が最も気にしている部分を、包み隠さずストレートに言ってるので、鈴自身もかなり引きずっているとは思う。前回は回りくどい言い方したせいで、一夏が勘違いをしたと弁護できたものの、今回に関しては執行猶予無しで、誰がどう見ても一夏が悪い。

 

つい言い返してしまったのは仕方ないにしても、身体的特徴を言うのはアウトだ。

 

 

「試合かぁ……そういえば鈴のISってパワータイプだったっけ」

 

「ああ。お前と同じ近接格闘型だ。そうはいっても、手の内が完全に明かされた訳じゃないから、油断は禁物だな」

 

 

 先ほどの八つ当たり気味の一撃を見る限り、技術で攻めるのではなく、パワーで攻めていくタイプに見えた。果たして本当に完全な近接タイプなのか、実際にISを全身展開したところを見たわけではないため、まだ何とも言えない。

 

いずれにしても近接格闘型のパワータイプと決めつけるには早い。戦いながら相手の特性を見分けるのが重要になる。闇雲に突っ込んでも、返り討ちにされて終わる。代表候補生が相手ともなると、ほぼ間違いなくやられるはずだ。

 

しかし一夏の場合、自分の型が決まっているわけではないので、動きが読みにくいといったアドバンテージもある。セシリアの時と同様、うまく試合運びをすればもしかしたらがあるかもしれない。

 

それに最近は千冬さんに指導してもらうこともあるらしい。どんなことを教えてもらっているのかは不明だが、少なくとも実戦で使えることを教えているに違いない。

 

本番でどうなるか、実際かなり楽しみだったりする。

 

 

「だよなぁ……やべぇ、鈴に潰されるイメージしかわかねぇ……」

 

「折角の機会だし一回潰して貰ったらどうだ? 潰されたら色々直るかもしれないぞ」

 

「んなわけあるか!! 普通に死ねるわ!」

 

 

潰されることで色々(鈍感なところ)が直ると冗談を言うと、予想通り良い反応を見せてくれる。ガバッと立ち上がったかと思えば、息切れするんじゃないかと思うくらいの迫力で声をあげる。あれだ、反応が面白いとからかう気がなくても、どうしてもからかいたくなる。一夏の場合は反応がいいから、特にからかいたくなる。

 

 

「ま、冗談はさておき……実際はどうだ、勝てそうか?」

 

「急に話を変えるなよ! ……試合に関しては正直分からないけど、負ける気はねぇ!」

 

「お、言ったな? ならセシリアの時みたいになったら今度飯おごって貰うからな」

 

「げっ!? そういうことかよ!? ぜってぇ負けれねぇ!」

 

 

 俺としては冗談半分で言ったものの、一夏はその一言でさっきよりもやる気になってくれたみたいだった。俺としても一夏にはクラス代表として頑張ってもらいたいし、いざこざがあったとはいえ、勝負の時にまで引きずって貰いたくはない。気持ちを切り替えれたのなら、それはそれで万々歳だったりはする。狙ってやったわけじゃないけど。

 

 

「ん、頑張れよ。クラス長!」

 

「じゃあ勝ったときは大和に飯おごって貰うからな!」

 

「あぁ、勝ったら好きなもの奢ってやるよ! 常識の範囲内だけどな」

 

「っしゃ! 決まりだな!」

 

 

 持ちつ持たれつの関係ではないものの、一夏が鈴に勝ったら俺が何かを奢ることに。賭けのために勝負するというのも、言い回し的によろしくはないが、一夏にとって一種のモチベーションを保つための手段と考えてくれれば良い。

 

クラス対抗戦まで残りわずかだが、短期間でもやれることはいくらでもある。少しでも勝率をあげるために、一夏は今以上に熱心に訓練へ打ち込むことだろう。

 

残ったそばの汁を飲み干し、夕食を済ませると先に夕食を終えていたナギが口を開いた。

 

 

「そういえば大和くんって、対抗戦の時はどこで観戦するの? 私たちはアリーナの観客席で見る予定なんだけど……」

 

「ん? あぁ、そっか。関係者以外は全員観客席で観戦か……」

 

「あれ~? きりやんあんまり乗り気じゃないの?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだ。ちょっと別に理由があってな」

 

「ふ~ん?」

 

 

 きょとんと純粋な目で見つめてくる布仏に若干の罪悪感を覚えなからも、言葉を濁す感じで誤魔化した。とはいっても何だかんだで布仏の勘も鋭い。人の心情の変化にかなり敏感なんだろう、もしかしたら気付かれているかもしれない。

 

つまりは観戦ってことなんだけど、普通だったら複数の男女が混同するような場になる。でもここはIS学園で、俺と一夏以外男はいない。

 

それでも一夏がいれば特に問題は無かったが、今回は一夏はクラス代表として対抗戦に参加することが決まっている。よって俺は満員語例の観客席で一人ぼっちになるわけだ。

 

もちろん知り合いがいるから寂しさ的には問題ないものの、問題はそこではない。

 

例えば何かライブに行ったとしよう、そのライブの観客が自分以外全員女性だった時のことを考えてほしい。

かなり大袈裟な例えにはなっているが、ようはそういうことになる。

 

女性が苦手ではないが、全学年が集まるともなるとさすがに落ち着かない。元々このアリーナも大人数を収容出来るほどの規模を誇っている。

 

見渡す限り女性しかいない状態で、ただ一人放り込まれた時のことを考えるとなかなか来るものがある。初日に味わった大人数の視線を更なる大人数から受けるのだから、落ち着くわけがない。

 

むしろ落ち着くって男がいたら連れてきて欲しい。

 

 

「んー……まぁ一夏の見送りは二人いるから、そのまま観客席に行っても問題ないか」

 

「その……よ、良かったら私たちと一緒に座らない?」

 

「え?」

 

 

急激に声が小さくなったことに疑問を覚えてナギの方へと振り向くと、顔を赤らめたままうつむき気味にぼそぼそと話していた。

 

えーっと……つまりこれって俺に断るなって言ってるのも同然だよな?

無論ナギにそんな思惑があるとは思わないけど、女性の何気ない仕草は破壊力が大きすぎる。余程のことがない限り断る気は無いけど、こんな不安そうな仕草を見せられると、逆に意識しすぎて何も言えなくなる。

 

そもそも俺の周りには美少女と呼べる人間が多い。篠ノ之やセシリアだってレベルは高いし、よく部屋に侵入してくる楯無さんもかなりのレベル。ここには居ないけど鈴だってそうだ。

 

目の前にいる布仏もナギも間違いなく美少女で、布仏は天然系、ナギは清楚系だろう。

断れない上に、意識せざるを得ない状況。今まであまり感じることのなかった不思議な感覚に戸惑いながらも返答する。

 

 

「あ、あぁ、いいぞ。席は取っといて貰っていいか?」

 

「う、うん。任せて!」

 

 

駄目だ、変に意識して俺まで恥ずかしい。とにかく当日は観客席で大人しく試合の様子を見守るとしよう。

 

 

「そういや、大和って放課後何してるんだ?」

 

「また急にどうした?」

 

「なんつーか、基本俺は箒たちとアリーナとか剣道場にいるから。その間何してるのかなーって思ってさ」

 

「言われてみればそうだな……」

 

 

いきなり俺の放課後のことを聞いてきたことにいささかびっくりしたが、よくよく考えてみると放課後は基本的に俺と一夏は別行動。一夏は篠ノ之とセシリアに連行され、俺は俺で自由のひとときを過ごしている。

 

自由といっても完全な自由かと言われればそうじゃないし、暇ばかりではない。皆が寝るような時間でも、先日のように起きる必要がある時だってある。やることがなく遊び呆けている訳ではないというのを忘れてほしくはない。

 

……おい、今いつも遊んでばかりいるじゃないかとか言ったやつは後で来い。じっくりと話し合おうじゃないか。

 

 

「軽く運動したり、読書したりだな。そこまで変わったことはしていないと思うぞ」

 

「確かに結構普通だな……てか身体動かすなら、どこか部活にでも入れば良いのに。大和って運動神経いいだろ?」

 

「そりゃ何もしていない奴らよりは……」

 

 

自分で自分は運動神経良いですって言ったら、ただの自信過剰の残念な子だ。素直な肯定をせずに、やんわりと濁す形で答える。

 

……そりゃやっている仕事上、普通の人間よりは遥かに動ける身体だ。確かにスペックだけで言うのなら高いのかもしれないが、嬉しい気分にはなれない。他の人間がどうなのかは知らないが、少なくとも俺は違う。

 

人より動けるからといって自慢する気も無いし、誇ろうとも思わない。努力して身に付けたものだったとしても、とてもそんな気にはなれない。

 

 

「剣道とか似合いそうな気がするけどな」

 

「確かに身体は動かしたいって思うけど、そこまで練習してって感じじゃないな。俺としては遊び感覚でやりたいし」

 

「あーなるほど。それ中学時代の連れも言ってたなぁ……部活は遊び感覚にはなれないから、遊びは遊びで分けた方がいいって」

 

「それに近いな。俺みたいな人間だと剣道みたいな型にハマった動きはどうも苦手でな」

 

 

剣道も闇雲に打ち込めば良いってものではなく、きちっとした型で残心を残さなければ一本にならないからだ。

それによく考えたらここは女性しかいない、そもそも部活に入って良いのか。

 

 

「でも見学くらいしてもいいんじゃないか? どんな部活があるのか気になるし」

 

「それはそうかもな」

 

 

入学してから幾分経つが、IS学園にはどんな部活動があるのか認識していないのは紛れもない事実。今度一回見回ってみるのも良いだろう。

 

 

 

話が一区切りついたところで、ふと周りを見渡すとすでに全員食べ終わっている。そろそろ話の内容も尽きてきたことだし、食事会の話を切り出すとしよう。ピットでは色々あって結局話すことが出来なかったし、篠ノ之やセシリアには後々一夏に伝えてもらえばいいか。

 

 

「話は変わるんだけど、対抗戦が終わった日の放課後、時間空いているか?」

 

「放課後? 今のところ予定は特に無いな。何かあるのか?」

 

「ちょっとした食事会を開こうと思っていてな。良かったらお前も参加するか?」

 

「お! マジか! そういうことなら喜んで参加するぜ。箒たちにも声かけて良いよな?」

 

「ああ。元からそのつもりだったから頼むわ」

 

「おう、分かった! ちなみに他に誰が参加するんだ?」

 

「布仏とナギを含めて五人くらいだな。結構な人数にはなるけど、多分俺の部屋に収まるはず」

 

 

合計したら大体十人くらいだから、ベッドやらなんやらを色々退ければそれなりのスペースを確保することは出来る。それでも少し狭いかもしれないが、こればかりは仕方がない。文句があるのなら、俺の部屋の設計をした建築士に言ってくれ。

 

後問題と言えば料理の量か、女性陣は男性に比べると少食が多いとはいえ、人数が集まればそれ相応の量が必要になってくる。そこに育ち盛りの男二人が加わる訳だし、俺一人だとなかなか辛いものがある。

 

先日、ナギも手伝ってくれるとは言ってくれたものの、それでもなかなかに手間のかかる作業にはなる。

 

どうしようかと頭の中で打開策を考え始めると。

 

 

「なら俺も少し手伝わせてくれ、働かざる者食うべからずってな」

 

 

完全に忘れていたが、一夏も料理を作れる人間だった。これで量を作るときも良い感じで回すことが出来る。あくまでメインは俺が調理するが、そのサポートを一夏とナギにして貰えばかなり助かる。

 

二人の料理の腕はすでに把握済みだし、何ら問題はない。

 

 

「おお! 助かる一夏。とりあえず詳しいことはまた後でメールで連絡するから頼む!」

 

「了解!」

 

「わ、私も頑張るね!」

 

「私も~!」

 

 

 食事会の詳細も決定したことで、後は実行するだけとなった。一夏も先程の出来事を完全に忘れ、いつものような笑顔が戻っている。

 

ナギも両手を胸元にあげてガッツポーズを作って、サポートに意気込み、布仏は袖に隠れた両手を高々と突き上げて、本番が待ち遠しいと言わんばかりの表情だ。

 

対抗戦の後が楽しみになってきた。

 

 

 

 

 

―――そしていよいよ、クラス対抗戦当日を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、霧夜大和くん。キミはどんな戦い方を見せてくれるのかな?」


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