IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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始まる対抗戦、現れるモノ

「おー、こりゃすごい人数だな」

 

 

 クラス対抗戦当日、天候に恵まれ空は爽やかな春空が広がっていた。雲一つない快晴に思わず頬も綻ぶというもの。第三アリーナには開幕を今か今かと待つ人間で溢れ返っていて、プロ野球の開幕戦のような活気を思わせる。一つだけ違うところは男女が入り交じっている野球場とは違い、ここにいるのは女生徒だけ。

 

この日を楽しみにしていたのは、女生徒たちだけではなく大和もだった。トーナメント方式で行われるクラス対抗戦は、自分のクラスだけではなく他のクラスの様子も伺える数少ない機会にもなる。

 

先日は周りに女性しかいない場所に放り込まれたら、周りを意識しすぎて観戦に集中できないとぼやいていた大和だが、今はそんなことどこ吹く風。はっきりと表情には出ないが、どこか嬉しそうな顔をしている。

 

果たしてそれが何を意味するのか、それは本人しか分からない。

 

 

(しっかし本当に多いな。席は何とかとるって言ってたけど大丈夫か?)

 

 

 通路にまで溢れ返る人波に驚きながらも、心の中でポツリと呟く。設計上の常識を覆すわけではないが、全員が椅子に座ることが出来ていない。

観客に対して座席数が追い付いてないのだ。つまり全員が全員座れる保証はない。現に溢れて通路にまではみ出している。

 

大和よりも先にアリーナへ向かった布仏たちは、席は自分たちが取っておくと言ってはいたものの、会場の様子を見れば席を取るのが困難だと言うことがよく分かる。自分の席を取っていることで、他の子達が座れなくなっているのは紛れもない事実。

 

それよりもどこにいるのかがまず分からない。これだけの人数が集まっているのだから、確認しにくいのは当然だ。また座席に番号や目印があるわけでもないため、結局は自力で探すしかなくなる。

携帯電話で聞こうにも大体の位置しか特定出来ないため、そこにいくまでは結局人を押し分けていかなければならない。

 

そもそも会場に入れていることが幸運で、生徒の中には会場に入れずリアルタイムモニターで見ている者もいるとのこと。

 

一夏を見送りにピットにいたため来るのが遅れ、アリーナの混み合っている時間にぶち当たることになってしまった。

ただ、今回は例年より多くの生徒が足を運んでいる。その目的は第一試合の一夏と鈴の試合を見るためだ。数少ない男性操縦者の戦いぶりを少しでも見ようと、我先にと行動した結果がこのようなことになっている。

 

去年は今年ほどの人数では無かったらしく、学園側も驚いている。あまり興味のない学生はモニターで済ましてしまうため、アリーナに足を運ぶことがないからだ。

 

 

「ん、あれか?」

 

 

何気なく辺りを見回していると、ふと視線が一ヶ所に止まった。位置的にはアリーナのガラス張りの最前列になる。言い方を変えるとしたらVIP席とも言える場所でもある。

 

同じく、その最前列で席を立ちながら辺りをキョロキョロと見回す人物に大和は見覚えがあった。人混みで溢れる通路を隙間を上手く抜けて目的地へと向かおうとする。

 

しかしよく考えてみれば大和もISを動かせる男性として有名な上に、代表候補生のセシリアを倒したという噂も出回っている。

故に大和もこの学園における有名人には間違いない。そんな人間が人混みで溢れる通路を通ろうとしたらどうなるか、誰もが分かることだ。

 

 

「あ、霧夜くんだ!」

 

「嘘! どこどこ!?」

 

「あー! 本当だ! 本物の霧夜くんだ!」

 

「写真で見るよりも全然格好いいかも!」

 

「ねーねー! 私たちと一緒に観戦しましょう?」

 

「へ? ああ、いや…」

 

 

当然このような事態になる。案の定、大和に興味を持つ女性陣に見つかり、自分の周りを囲まれてしまった。すると芋づる式のように大和の周りには人が群がり始め、大和はその場から身動きがとれなくなってしまう。

 

そうこうしているうちにも刻々と開始時刻は近づいて来る。何とかこの場をやり過ごそうと言い訳を考え、少しすると何かを思い付いたように口を開いた。

 

 

「もう対抗戦も始まるし、さすがに始まってからガヤガヤしていたら戦っている子達に迷惑だろ? だから話はまた今度で!」

 

 

言うことは至極まともなことだが、年頃の女の子がそれを聞くのか。普通の人間ならどうなのか分からないが、彼女たちの脳裏にはある可能性が思い浮かぶ。対抗戦が始まっているというのに、騒いでいたらどうなるのかと。

 

何も言われないのなら特に問題はないが、生憎アリーナの様子は全てカメラで監視されていて、その映像は監視室のモニタールームの教師陣に筒抜けだ。極めつけはその監視室にいる教師……今回の対抗戦、及びIS関連の行事の責任者は全て織斑千冬が行っている。

 

ここまで言えばもう答えは分かるはずだ。

 

 

「えー!?」

 

「うーん……でも確かに言う通りかも」

 

「そうだよね。ここで騒いでたら霧夜くんにも迷惑かかっちゃうし……」

 

「じゃあ霧夜くん、また今度ゆっくりお話ししましょ?」

 

 

そう言うと女性陣はわらわらと自分の席へと戻っていく。思いの外聞き分けが良かったため、大和自身も多少驚いたのかもしれない。数秒ほどその場にポカンと静止した後、再び歩を進め始めた。

 

もう試合が始まるということで、先ほどまでの目印になる人物は立ってはいなかったが、大体の場所は既に覚えたため、一直線に目的地へと向かっていく。

 

最前列に出ると、大和より先に座っていた人物が真っ先に反応した。満面の笑みで袖ダボダボの手を振りかざし、こっちだよと手招きをする。

 

 

「悪い! お待たせ!」

 

「きりやん、寝坊はダメだよ~?」

 

「いや、寝坊じゃないから。さっき一夏のとこに寄っていくって言ったし」

 

「じょーだんだよ~♪」

 

「しかしまぁいつも通り元気だな布仏は……っと、もうそろそろ始まるか」

 

 

 ニコニコといつも通り笑顔を絶やさない本音に、微笑みを浮かべながら辺りの状況を確認する。

ふとガヤガヤしていた周囲の雰囲気が徐々に落ち着いていく。ふと競技場内を見ると、そこには既にISを見に纏った一夏と鈴が向かい合っていた。それはもうすぐ試合が始まると言うことを意味している。

 

始まる時にはアナウンスが入るが、アナウンスが入る前に座るのが礼儀というもの。始まってからバタバタ座ってはだらしないこと極まりない。

 

 

「あ、霧夜くんの席はバッチリとっといたから!」

 

「そうそう! ささっ、こっちに!」

 

「ん、あぁ! サンキュな二人とも」

 

 

再び視線を戻し、そのまま横にずらすと布仏の隣には清香と癒子が座っており、二人とも意味深な笑みを浮かべながら大和を椅子に座らせようとする。

 

特に変なことを考えているわけではないが、二人が指差す先には確かに二人分ほどの空席があった。

 

……二人分?

 

 

「あれ、二人分?」

 

「うん。まぁそんなことは良いから良いから!」

 

「ちょ、引っ張るなって! そんなことしなくても座るから!」

 

 

 抵抗する間もなく、半ば強引にその場に座らせられる大和だが、座らせられたのは癒子の隣ではなく、列の一番端。つまり癒子と大和の間には不自然に一人分の席が空いている。

 

誰かがいるとしてもわざわざ入りにくい間を開ける意味が分からない。仮に癒子が大和のことを避けているのなら話は別だが、その可能性は限りなく低い。

 

大和のクラス内の評価は高く、頼れるお兄さんみたいないイメージが強いとのこと。学年で見ても、男性に対して偏見を持っている女性陣以外からの評価は悪くない。加えて大和のビジュアルも悪くはなく、同姓と比べても良い方だ。

 

評価が低かったら、先ほどのように絡まれることもないのだから、その時点で比較的多くの女生徒に興味を持たれているのがよく分かる。

 

では何故わざわざ人一人分空けて座らせたのか、その意味が分かるのにそう時間は掛からなかった。

 

 

「ごめん癒子、お待たせ。ちょっと混んで……て……や、大和くん?」

 

「あ、お帰りナギ。ナギの席はちゃんと空けてあるから」

 

「そうか、やっぱりナギの席だったのか。……でも待てよ、だったら何でわざわざ……」

 

 

 空いているもう一つの席はナギの席だった。手にハンカチが握られているところを見ると、花摘に行っていたことが分かる。

ところで、ここで分からないのは一人分の間隔を空けていた理由だ。これだけの大人数なのだから、わざわざ座りにくい真ん中を空ける必要があったのか。

楽に座りたいのなら大和が癒子の隣に移動し、端を空けた方が戻ってきたナギは座りやすい。誰かが来たとしても、他に人がいるのでと断れば済む話だ。

 

では何故真ん中が空いているのか?

 

さすがに大和でもこれは気付かないのか、ただ首をかしげるだけだ。一夏に比べると女性の気持ちには敏感な大和だが、こればかりは何を意味するのか分かっていない。

 

分かっているのはその場にいる女性陣だけだった。

 

 

(霧夜くんを私の隣に座らせたら、ナギがヤキモチ焼いちゃうから……。やっぱり友人として応援するところは応援しないとね!)

 

(ナギ良いなぁ……応援したい気持ちも強いけど、でもやっぱり少し複雑かな~?)

 

(かがみん頑張れ~♪)

 

 

三人の共通認識として、ナギを少しでも応援したい思いがある。しかし、その中にも大和のことを異性として気にする女性が二人いた。

 

……清香と癒子、大和のことを友達としてだけではなく、男性として見ている節も見受けられる。

 

まだ明確な好意こそ持っていないようだが、お近づきになりたいという気持ちがあるのも事実。それは友達としてか、はたまた……。

 

 

(うう……確かに嬉しいけど……ど、どうしよう?)

 

 

 隣に座れることは嬉しいものの、どこか複雑な気分でもある。教室でも自分の席は大和の隣ではあるものの、決して密着している状態ではない。ところが今回は密着度も上がることで、二人の距離は以前にもましてより近くなる。それこそ体と体が接するくらいに。

 

更に大和の席は観客席の一番端にあたるため、他の生徒も居ない。つまり大和の隣の席に座れるのはナギだけということになる。

 

 

(も、もしかして顔赤くなってるかな?)

 

 

自分の顔に変化がないか手を頬に当てて確認する。本人は大和のことを好きになる一歩手前、かなり気になる異性と認識しているものの、他の人間からしてみたらどの口がそれをいうのかと言いたくなるレベルだ。

 

むしろここまで如実な反応で気付かない方がおかしい。他のクラスならまだしも、一組の何人かは既に明確な好意だと気付いている。

 

 

これからどうしようかと考えるナギだが、その姿は端から見たら呆然と立ち尽くしているようにも見える。いつまで経っても立ちっぱなしで座ろうとしないナギを不思議に思ったのか、大和が声を掛ける。

 

 

「おーい、どうしたナギ?」

 

「ふぇ!? な、何でもないよ?」

 

「お、おう? そ、そうか」

 

「う、うん」

 

 

 照れを隠すかのようにすぐさま席に座る。本人としては普段通りを装ったつもりだが、大和には完全にバレている。もちろん大和自身も深くは言及しようとせずに、そのまま競技場の中へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

―――大和たちが今か今かと開戦を待ち望む中、競技場内では一夏と鈴が退治していた。部分展開で何となくISの特徴は掴むことが出来たのかもしれないが、いざ全身展開を目の当たりにするとその迫力に圧倒される。

 

肩の横に浮いている棘付き装甲がいかにもパワータイプという雰囲気を醸し出している。それにプラスして棘付きときた、人体に置き換えて考えてみれば顔を歪めたくなる。殴られたら間違いなく痛いでは済まないだろうから。

 

嫌なイメージは実際に人体にも現れてくるもの。鈴のIS、甲龍を眺める一夏の額からは冷や汗が流れ出してくる。その汗はまるで炎天下に放り出されているかの如く、溢れだしてきて止まる気配がない。

 

ゴクリと唾を飲み込み、それでも視線を背けないように力を込めて鈴のことを見つめる一夏。結局何一つ鈴と話せないまま当日を迎えてしまったことにやや不安を覚えているのかもしれない。

 

微妙な雰囲気に包まれる中、設置されたスピーカーからアナウンスが流れてくる。

 

 

『それでは両者、規定の位置まで移動して下さい』

 

 

アナウンスと共に二人は飛翔し、空中で向かい合う。試合開始のアナウンスが入れば、二人はクラスの命運(フリーパス)を掛けてぶつかり合う。最も、二人の頭の中にはその考えなど微塵もない。

 

 

「……一夏、今謝るなら少しくらい痛め付けるレベルを下げてあげるわよ」

 

「どちらにせよ痛いことに変わりないだろ。そんなのはいらないから、全力で来い」

 

 

オープンチャンネルから聞こえてくる鈴の言葉に対して、言葉を返す。一夏の言葉は助けを乞うものでも、強がるものでもなく、ただ手を抜かれたくないという一心から来ている。先ほどまでどうしようかと考えていた姿は既にそこにはなかった。

 

一夏自身が手抜きを嫌うのもあるかもしれない。セシリア戦でも決して手を抜かずに立ち向かった姿を見れば誰でも分かる。

 

その言葉を聞き何かを察したのか。鈴は一つため息をつくと、キッと一夏を睨み返した。

 

 

「言っとくけど、絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを与えられる」

 

 

 ISには操縦者を守るためのシールドが存在する。しかしそのシールドも完璧という訳ではなく、シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、操縦者自身に直接ダメージが伝わってしまう。

 

ましてやシールドエネルギーも無限に存在するわけではない。エネルギーが尽きればシールドを張ることも出来ずに、一方的にタコ殴りにされる状況に陥る。操縦者に直接ダメージを与えるためだけに作られた装備も存在するが、もちろんそれは競技違反だ。

とはいえ、装備に関係なく、攻撃によっては操縦者に対してダメージが直接行くことがあるのもまた事実だ。

 

鈴もそこまでするつもりはないはず。しかし殺さない程度にいたぶることが出来るという事実が、覆ることはない。

 

代表候補生ならギリギリの力加減など朝飯前。本来ならISを扱いはじめて一ヶ月たたない一夏が、まともに戦えるかと言えば出来ない。

セシリアを追い詰めることが出来たのも、あくまでセシリアに慢心があったからで、初めから手を抜かずに相手をしていれば、セシリアが勝つことはそう難しく無かった。

 

更にいうなら、セシリアをあそこまで追い詰めたのは奇跡と言える。

 

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 

アナウンスと共に競技場内にブザーが鳴り響く。その音と共に地面を蹴り、両者が正面からぶつかった。

 

ガキンッという金属がぶつかり合う音がしたかと思えば、一夏が瞬時に装備した雪片弐型が衝撃に寄って弾かれる。ここ数週間でイメージがまとまって来ているのか、武器の展開も以前と比べて速くなっている。それところか武器名を呼ばずに、展開できている。明らかに進歩していた。

 

ただ、相手は何百時間もISを稼働している代表候補生だ。武器の展開が速かったとしても、顔色一つ変えることなく装備を素早く展開し、力任せに一夏を押し切った。

 

 

「ふぅん、やるじゃない。でもね―――」

 

 

―――鈴が言葉を言い終えようとした時、一夏の背筋にぞくりと悪寒がはしる。このまま力勝負をしていては自分がやられると。

 

しかし離れたくても離れられないのが現状。縦横斜めと素早い斬撃が飛んでくるため、雪片でいなすだけでも一杯一杯だった。

それでも何とか距離を取ろうと、一足一刀の間合いから抜け出して、一度体勢を建て直そうとする。

 

……だが。

 

 

「甘い!!」

 

 

鈴からすれば全てがお見通しの行動だった。一夏が距離を取ったかと思えば、甲龍の肩アーマーがスライドし、中心にある球体のようなものが光る。

 

それとほぼ同時だった。

 

 

「うわっ!?」

 

 

鈴は何もしていない、何もしていないのに一夏の白式がぐらりと傾く。おおかた、搭乗者の一夏の意識も軽くブラックアウトしかけたことだろう。

 

何とか次の攻撃を食らわないようにと目を見開くが。

 

 

「今のは、ジャブだからね」

 

 

ニヤリと不気味な笑みを浮かべる鈴。容赦なく叩き潰すつもりでいるんだろう。再び球体が光り始める。

 

一夏に立て直す隙すら与えないつもりだ。そして先ほどと同じように……いや、先ほどよりも威力の高い見えない何かが、一夏を機体ごと地面に打ち付ける。

 

 

「ぐぁっ!?」

 

 

シールドバリアーで守られているとはいえ、重たい攻撃を二回連続で食らえば身体にもダメージは蓄積していく。

 

 

(くそ……攻撃がまるで見えない。軸をずらして避けようにもいつ発射されるのか分からないからかわせない。……どうする? このままじゃ手詰まりになるだけだ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

空中を縦横無尽に旋回し、甲龍の肩から飛んでくる目に見えない攻撃、衝撃砲をかわし続けている。鈴の機体を龍とするなら、この衝撃砲は龍の咆哮とでもいうのか。

 

かろうじてかわしていく一夏だが、それ以上に鈴の洞察力、観察力が優れており、かわす位置を予測してピンポイントで衝撃砲を放ってくる。

 

発射した後は方向転換が利かず、真っ直ぐにしか飛ばないものの、それ以上に常人には目視

することが出来ないアドバンテージが働き、試合展開を有利に進めていた。

 

更に衝撃砲には死角がなく、砲身斜角がほぼ制限がなしで打つことが出来る。上下左右、鈴の真後ろに移動しても展開して撃たれてしまう。

 

―――一方でアリーナ観客席、終始押され続ける一夏を、観戦するクラスメイトたちは声を上げて応援を続けていた。しかし、早くも防戦一方になりつつある一夏の戦況に、クラスメイトたちは不安を募らせていく。

 

 

「織斑くん頑張ってー!!」

 

「負けるな~!」

 

「フリーパスのために頑張れおりむー!」

 

 

最後の声援に関しては完全に私情丸出しだが、それでも一夏を応援するものには変わりない。クラスの雰囲気がやや落ち込みかけている中でも、大和の周辺に座る女性陣は大きな声で声援を送っていた。

 

そんな中戦況をじっと見つめながらいつもよりも少しばかり厳しい顔を浮かべる大和。

 

 

「あの攻撃は厄介だな……普通にバカスカ撃つならまだしも、一夏の回避地点を読んで撃ってる」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ」

 

 

後ろの席で観戦している子がふと、大和の言葉に食い付く。

 

 

「あれは攻撃力こそ高いけど、直線上にしか飛んで行かない。それでも一夏が避けるのは全てギリギリ……確かに攻撃が見えないってのもあるけど、それ以上に砲弾のコントロールがいい」

 

「お、織斑くん勝てるかな……?」

 

 

 今度は隣に座っているナギが勝てるかどうかを不安そうに訪ねてくる。フリーパスのため、という目的もあるかもしれないが、やはり同じクラスメートな訳だ。心配にもなる。

 

大和は今一度、競技場内の様子を観察する。戦況は変わらず、一夏が鈴の肩から飛んでくる衝撃砲をかろうじて避けている光景が飛び込んでくる。

近付いても甲龍にも近接装備は存在する。正直に真正面から近付いたとしても、返り討ちに会うのが目に見えてる。そして鈴から大きく距離を取ればどうかと言われれば、甲龍の衝撃砲から逃れることは出来る。

 

しかし、一夏の白式には遠距離武装は搭載されておらず、あろうことか拡張領域もほとんど埋まっているため、後付けで装備を積むことが出来ない。その為、大きく距離を取ったとしても、一夏に攻撃手段はない。

 

結局一夏に残されている攻撃方法は、雪片による近接攻撃だけ。鈴を倒すのなら、どんな形でも一度接近しなければならない。

 

 

「はっきり言うなら厳しいな。相手は代表候補生だし、実力的にも一年の中じゃトップクラスだ。普通に戦ったらまず勝てないだろう」

 

「そうなんだ……」

 

「確かにこのままじゃ厳しいよね」

 

「織斑くんも頑張ってたけど、やっぱり代表候補生にもなると相手が悪かったのかなー……」

 

 

 はっきりとした大和の言葉に、それを聞いていたクラスメートの何人かの表情が若干沈む。ただ大和の言うことは間違っているわけではなく、今の戦況を見れば誰もが一夏が劣勢だと分かるものだった。

 

成長速度だけを見るなら、一夏は間違いなく成長が早い。飲み込みも早く、このままいけばセシリアや鈴とも肩を並べる日もそう遠くないのかもしれない。とはいえ、今だけの話で言うのなら、代表候補生とまともに戦い合うだけのレベルにはまだ達してはいない。

 

圧倒的に足りないのは時間だ。一夏もこの一週間は放課後常にISを使った訓練をしてきたが、それ以上に鈴はISを動かしている。つまりまだ経験値の差で届ききっていないのだ。

 

 

 今のままではいずれ捉えられ、敗北するのは時間の問題。しかし先ほどまで辛口の評価だった大和だが、一転して今度は微笑みながら口を開く。

 

 

「あー……俺が言ったのは普通に戦った場合だから、あまり気にしなくてもいいぞ」

 

「え? 普通に戦った場合って?」

 

「ど、どういうことなの?」

 

 

大和の言っている意味が分からないと、首を傾げるばかりのクラスメートたち。それは隣に座っているナギも、癒子も、清香も、本音も、その場で話を聞いている全員がそう思ったことだろう。

 

まだ短い期間ではあるが、一夏と過ごしてみて大和なりに一夏に対して思っていること、それは……。

 

 

 

 

 

「一夏は、常識じゃ図れない。セシリアの時もそうだったけど、アイツは予想の斜め上をいく。いい意味でも、悪い意味でも。……ただ間違いなく、一夏は窮地に追い込まれれば追い込まれるほど、持っている力以上のものを発揮できる奴だと思う」

 

 

このまま何も出来ずに終わる人間ではないということ。

 

言い換えるのなら、火事場の馬鹿力とでも言うのか。一夏は恐ろしいほどのクラッチタイプな人間だ。

どんな劣勢に追い込まれても決して諦めず、常に予想を上回る何かを見せてくれると。

 

それは大和自身が一夏のことを認めている証拠だった。言葉の真意に気付いた子たちは、感心したかのような表情で大和のことを見つめる。

 

 

「ま、勝負はこれからってやつだ。見守ろうぜ!」

 

「そ、そうだね!」

 

「勝負に勝つためにも、私たちが応援しなきゃ!」

 

「頑張れー!! 織斑くーん!!!」

 

 

 やや諦めが入っていた一組陣営が再び盛り上がっていく。まだ一夏も諦めていないことに気付いたからだろう。少なくとも戦う一夏の目が死んでいるようには見えない。むしろどこかでやり返すと機会を伺っている鷹のようにも見える。

 

大和は再び喧騒に包まれ始めた周囲にふと微笑みながら、この後はどんな展開を見せてくれるのかと、期待を抱いて競技場内に視線をむけた。

 

 

 

 

 

 

 

―――ようやく盛り上がる。

 

 

そう思った刹那、不意に大和のポケットに閉まっていた携帯電話のバイブが震え始めた。こんな時に誰かと、携帯電話を取り出して相手が誰なのかを確認する。

 

バイブが震えていたのは、電話ではなくてメール。これがただのメルマガやインフォメーションだったとしたら、何事もなく大和は携帯を閉まったことだろう。しかし画面の上にスクロールされて流れていく文字の羅列を、決して見逃さなかった。

 

 

 

 

 

"緊急連絡 更識楯無"

 

 

 

 

 

 

文字の羅列で事態を把握した大和は、そのまま届いたメールの内容を素早く把握しにかかる。メールフォルダを開き、タイトルの下に書かれている本文に目を通し始める。

 

 

「……」

 

 

十数秒かけてメールに書かれている文面をくまなく読み、内容を頭に入れて内容を整理する。その目付きは真剣そのもの、普段の学校生活では決して見せることのない、一人の仕事人としての表情だった。

 

幸い、周囲は観戦に夢中で大和の表情の変化に気付く者は居ない。目線だけを泳がし、周りの気が自分から逸れたことを確認すると、音を立てないように素早く席から立ち上がるが、やはり気付いてしまう人間はいる。

 

 

「あれ、大和くん。どこいくの?」

 

 

大和の隣に座っていたナギは気付いてしまった。しかしここで本当の理由を話すわけにもいかず、大和はとっさに思い付いた嘘をナギに話す。

 

 

「ん? あぁ、悪い。ちょっとトイレに行ってくる。すぐに戻ってくるから!」

 

「え、あっ!!」

 

 

 ナギが返事をする前にはすでに大和は階段を上り始め、アリーナの出口に向かって走り始めていた。アリーナ内には常設トイレが無く、一旦外に出なければならない。だから大和が出口に向かうのは何らおかしなことでは無かった。

 

ナギはその小さくなっていく後ろ姿を見送る。

 

何でトイレに行くことくらいで心配しなければならないのか、それは彼女自身が一番よくわかっていたことだった。他の人間だったとしても、相手が病気にかかっているなどのよほどの理由がない限り、そこまで心配することはない。

 

……なのに何故かこの時ばかりは違った。

 

 

「……」

 

 

走り去った大和が、そのまま二度と会えなくなるのではないだろうか。ふとマイナス思考の考え方が、ナギの頭をよぎる。元々プラス思考に考える子ではないし、かといって何もかもマイナス思考で考える子でもない。

 

勘と言えばいいのか、走り去る大和を見て直感でそう思ってしまった。

 

 

すでに大和の姿は視線の先にはない。多くの人間が試合の応援をしているために、周囲の音はほとんど聞こえず、誰か一人が移動したところで気にもならない。

 

現に大和の走り去るスピードも速かったものの、普段なら出歩くだけで格好の的になるくらいだ。つまり大和が席を立ったことに気付いた人間は、大和の隣に座って、なおかつ大和と会話を交わしたナギくらいしかいないことになる。

 

 

しかしそこまで心配したところで、この学園内で危険にさらされることなんて殆ど無い。自分の杞憂だと言い聞かせ、再び視線を競技場内へと戻す。試合を観戦しながら、先ほど大和が残した言葉を何気なく思い返す。

 

 

(……あれ?)

 

 

やはり、どうしても杞憂を払拭することが出来ずに考え込んでしまう。

 

大和が残した言葉は、確かに意味合い的にも合っている。言葉の並びがバラバラなわけでも、意味が通じないわけでもない。しかし問題なのはそこではなく、今ここでは何が行われているのかという所にある。

 

今このアリーナで行われているのはクラス対抗戦の一回戦、組み合わせは一夏と鈴だ。大和は何よりも一夏の試合を見ることを楽しみにしていた。

結果云々ではなく、一夏が前にセシリアと戦った時よりも、どれだけ強くなっているのかと。一夏がいる前では本音を言わないが、普段の一夏に対する態度を見ていれば、大和がどれだけ一夏に信頼を寄せ、期待しているのか分かる。

 

 

 

 

 

―――そんな人間が試合中にトイレなんかに行くものだろうか。それも一夏が戦っている時に。

 

結局は生理現象のため、あり得ないことではない。しかし大和の性格を考えればその可能性は消える。

 

 

杞憂がぼんやりとしたものから、徐々に確信めいたものへと変わっていく。何かがあったのではないかと。

 

 

(ちょっとだけ外に出て、もし何もなかったらすぐに戻ってくればいいよね)

 

 

何もなければすぐに戻ってくればいいと、自分に言い聞かせて席を立ち、大和の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

「やるじゃない。龍咆は砲身も砲弾も目に見えないのに」

 

 

鈴の攻撃をかわす動きは、乗ってから一ヶ月に満たない素人の動きではなかった。わすかの短期間で大きく成長した一夏に感心しつつも、その表情は余裕に満ち溢れている。

 

先ほど言ったように、この衝撃砲は砲身斜角がほぼ制限なしで撃つことが可能な上、真っ直ぐにしか飛ばない砲弾を、相手の動きを予測して鈴は撃ってくるため、かわすことが非常に難しい。

 

鈴の能力の高さもプラスされてより強敵なものとなっていた。

 

今はハイパーセンサーで空間の歪み値と大気の流れを探らせることで、回避方向を予測することが出来ているが、結局は撃たれなければ分からない。回避行動がワンテンポ遅れているため、次の反撃にも移れないでいた。

 

 

(……千冬姉)

 

 

このような状況に置かれているにも関わらず、ふと千冬の名前を口に出す。一夏はシスコンかと言われればそうなのかもしれない。

 

……失礼、話を戻そう。

 

先週付きっきりで行われた千冬との特訓のことを思い出す。思い出したところで、ただひたすらに怒られ続けた記憶しか出てこないのは必然なのかもしれない。そうは言っても、怒られる中にも学んだことは多い。

 

拡張領域が満タンで、雪片以外の装備が使えないのなら、雪片一つを徹底的に極めれば良いと。かつて、第一回モンド・グロッソを制覇した千冬は、雪片だけで総合優勝している。

 

状況に応じて近距離や遠距離を使い分ける戦い方が多い中、近接武器の雪片だけで、それもダメージらしいダメージも殆んど受けずに優勝。最強の地位を築き上げた。

 

正直この時点で大分人間離れしているが、決してその領域に立つのは不可能ではないということだ。

 

 

 

 

『―――一つのことを極める方が、お前には向いているさ。なにせ私の弟だからな』

 

 

 

その一言が一夏にどう影響を与えたのか、少なくとも時間は無限ではない。

 

一夏よりも遥かに長い時間、ISを稼働している鈴に追いつくのは現段階ではかなり厳しい。しかし技術で上回ることが出来なくとも、その実力差を別の何かで埋めることが出来るとするのならそれは一つしかない。

 

 

(技術で勝る鈴に勝つなら、絶対に負けない気持ちを持たないとな)

 

 

心の強さ、どんな窮地に立たされたとしても決して気持ちで負けない。その強い意志が奇跡を呼び起こす。

 

自分の力を信じ、雪片を構え直すと視線の中央に鈴の姿を捉える。その視線に少し変化を感じたのか、鈴は顔を赤らめながら口を開く。

 

 

「急にかしこまった顔して……勝算でもあるの?」

 

「鈴」

 

「何よ?」

 

「本気でいくからな」

 

「あ、当たり前でしょ……と、とにかくっ、格の違いってのを見せてあげるわよ!」

 

 

両刃青竜刀を一回転させて構え直すと同時に、一夏は地面を蹴る。それに応戦するかのように鈴も素早く空中へと展開し、一夏の一撃をかわす。

 

かわしながら地面を見ると、同じように空中展開して鈴へと接近してくる一夏の姿があった。

 

 

「ワンパターンよ一夏!!」

 

「分かってるさ!」

 

 

 馬鹿正直な突入は格好の的。肩のアーマーが開き、発射口が発光を始める。いつ放出されるか分からない衝撃砲の発射合図だ。しかし同じ手に何度も引っ掛かる一夏ではない。白式の出力を上げてスピードを出すと、そのまま横へ旋回。

不規則な動きを繰り返して鈴の動揺を誘おうとする。

 

 

「忘れたの? 龍咆は死角が無いって!」

 

 

 不規則な動きを繰り返すとはいえ、衝撃砲の射程に死角と呼べる死角はない。距離をとりすぎてしまえば今度はこちらの攻撃が当たらない。

 

発射先を一夏がかわす先に撃ち込んで牽制しつつ、一夏の攻撃が自分に当たらないように微妙な距離調節を行う。鈴の周りをぐるぐると、台風が渦を巻くように移動する。

 

たが人間の性なのか、目の前に蚊などが飛び回っていると集中力が乱れるもの。自分の視覚とハイパーセンサーを駆使して一夏の行動を追うものの、この行為は単純に見えて多大な集中力を要する。

 

 

「くっ……ちょこまかと!」

 

 

衝撃砲が一夏の機体をかすることはあるものの、決定打にはならず徐々にイライラを積み重ねていく。

今まで正確にコントロールされていた衝撃砲も、少しではあるがズレが生じてきている。ひたすら避けながら、一夏は鈴の動向を観察する。その行動は何かを企んでいるようにも見えた。

 

 

―――そして次の瞬間。

 

 

「あっ!?」

 

 

一夏の行動に合わせて自分の立ち位置を調節していた鈴が、ほんの一瞬、一夏から目を切ってしまった。

 

勝負中に一瞬でも相手から目を切れば、例え自分が優位に立っていたとしても一気に劣勢に立たされることもある。その僅かな隙を見逃すほど、一夏はお人好しではない。

 

 

(今だ!)

 

 

雪片弐型の刀身が二つに割れ、中からビーム状の刀が出てくる。一撃必殺のバリアー無効化攻撃の準備が整う。

そしてスラスターを吹かして一気に加速し、風を一筋の矢が切り裂くように突き進む。

 

特訓で身に付けた技能―――その名も瞬時加速(イグニッション・ブースト)。一直線にしか行動出来なくなるものの、スピードだけで言うのなら代表候補生といえども、初見では対応出来ないほど。

 

 

「うおおおおおおっ!!!!」

 

 

この奇襲を使えるのは一回だけ、鈴も一夏が瞬時加速出来るとは思っていないからこそ使えるもの。もし使えることが分かっていれば、簡単に対応されてしまう。まだ使えるようになって日も浅いため、熟練者であればわざと瞬時加速を誘発させ、かわした隙に攻撃を加えることも出来る。

 

だからこの一回でダメージを大幅に削れなければ一夏に勝機は無くなる。

 

バリアー無効化攻撃は自身のシールドエネルギーを消費し、攻撃転化するいわば諸刃の剣。代償は自分のシールドエネルギーのため、外してしまえば後は衝撃砲でじわじわと削られて終わる未来が、一夏にも容易に想像することが出来た。

 

 

外せば負け……何とも分かりやすい勝負事か。

 

 

(絶対に一矢報いる!)

 

 

雪片弐型を振りかぶり、一足一刀の間合いに入ると同時に降り下ろす。この距離では衝撃砲は使えない、さらに近接用の両刃青竜刀の展開も遅れている。

 

 

「しまっ!?」

 

 

確実に取った、誰もがそう思った時だった。

 

 

 

 

 

 

ズドオオオオオオオオン!!!!

 

 

 

大きな衝撃音がアリーナ全体を震撼させた。


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