IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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出陣

―――事の発端は敵ISが侵入する前にまで遡る。

 

クラス対抗戦の最中、大和は楯無に呼ばれて客席から離れ、一人校舎付近にまで戻ってきていた。一夏と鈴の戦いの続きを見れなかったのは残念だと思いつつも、仕方ないと腹をくくり、急ぎ足で楯無の元へと向かう。

 

流れるようなスピードのまま、IS学園校舎付近にまでに近寄ると、玄関口の近くに見覚えのある姿を捉えた。向こうもこちらの存在に気付き、手を高く掲げてこっちだと手を振って合図を送る。

 

 

「来てくれてありがと。せっかくの試合観戦だったのにごめんね」

 

「いえ、楯無さんが謝ることは無いです。事情が事情なんで。……まぁ侵入者とやらのせいで、せっかくの観戦がパァになったのは事実ですけど」

 

「そうね。本当に想定外だったわ、まさか一週間経たない間に侵入者に入られるなんて」

 

 

少なくとも学園の防犯システムはしっかりしているなどと、口が避けても言えなかった。普段は笑顔が素敵な楯無も、さすがにこうも連続で侵入を許したとなると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるしかない。IS学園のセキュリティは他の学校と比べても高いのは事実だが、防犯カメラは全て肉眼で監視されている。

 

前回深夜に侵入者に入られた時にも防犯カメラこそ稼働していたものの、夜は防犯カメラを監視する職員はいない。もちろんセンサーによる感知はあらゆる場所に施されているが、すべての場所に施されているわけではない。

 

故に侵入者自身もそれなりに腕が立つ者なら、IS学園のセキュリティが固いのは知っている。ただ侵入を許してしまえば全く意味はない。

 

前回は侵入に楯無が気付いたから良かったものの、もし気付かなかったとしたらどうなったのか、想像もしたくない。下手をすれば取り返しのつかないことになっていた可能性も十分にあり得た。

 

 

「懲りないものですね。一回やられたんだから二回目はそうそう無いとは思ってたんですけど……」

 

「うーん、そこがよく分からないのよ。今日ってほら、クラス対抗戦じゃない? IS学園の大きな行事の一つとして、結構お偉いさんとかが来てるのよ」

 

「お偉いさんってことは、もしかしてその中に……」

 

「ええ、女性権利団体の幹部も来ているわ」

 

「わざわざ疑いを掛けられるようなことをする可能性は低いってことか……」

 

「そうね。でも、どちらにしても何とかしないとね」

 

 

今やるべきなのは、この学園に不法侵入した人物を見つけ出して取り締まること。もしかしたら既に逃げ出している可能性もあるが、わざわざ侵入してきた人間がそう簡単に逃げるとは思えない。

 

多少なりとも目的があって来ているのは間違いないだろう。

 

 

 顎に手を当ててどう捕まえようかと考え込む大和、そんな大和を見つめる楯無の視線は優れない。不法侵入を許しただけではなく、大和の手を煩わせてしまったことを申し訳なく思っていた。

 

こうしてIS学園で生徒として学業に励む一方で、当主として護衛業も行っているため、彼にかかる負担は少なくない。更に学園を守るために手を貸してくれている。文句の一つもないのかと不安にかられてしまっていた。

 

いつか自分が呆れられるのではないかと。

 

 

すると、何気なく視線を楯無に向けた大和も、彼女が不安そうな表情をしていることに気がつく。はじめはどうしたのかと疑問に思う表情だったものの、すぐにその顔色が何を表しているのか察する。

 

 

「……楯無さん、何て顔してるんですか」

 

「え?」

 

「別に迷惑だなんて思ってないですよ。楯無さんが何かを気にする必要なんてないです」

 

「でも……」

 

「人一人の力なんてたかが知れてます。当然自分で解決するのが一番いいんでしょうけど、困った時は頼ったって良いんですよ?」

 

「……」

 

「なーんてかっこつけてますけど、俺もあまり人を頼れない性分なんですよ。お互い様ですね」

 

「―――ッ!?」

 

 

 ニコッとはにかみながら語りかける大和の姿に一瞬、楯無の心臓の音が高鳴る。家系柄、人をあまり頼らずに物事を解決してきた楯無にとって、大和の一言がどう映ったのか。頼って来なかったとは言っても、今まで一度たりとも人を頼ってこなかったのかというと、そうではない。自分の専用機、霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)を作り上げた時も、自分の力だけでは無理だと悟り、整備課のサポートを受けた。

 

ただそのサポートも女性から受けたものであって、男性ではない。今まで男性のサポートを受けたのは、自分の父親くらいだった。

 

 

人を手玉に取るのが得意で、人たらしとも噂されている彼女だが、男性と身近で接する経験が多い訳ではない。こうして異性から真顔で言われると、込み上げてくるものがある。

 

慣れていないだけかもしれないが、異性から頼ってくださいと言われれば素直に嬉しい。

 

 

「じゃあ行きましょう。ある程度の場所も検討ついている……楯無さん?」

 

「え? あぁ、ううん。大丈夫、行きましょう」

 

 

反応をせずにボーッと立つ楯無に一声かける。すぐさま切り替え、二人は別の場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう、見失っちゃった」

 

 

 熱戦繰り広げるアリーナとは違い、屋外は別空間にいるかのように静かだった。アリーナの入り口に立ち、身の回りをキョロキョロと見回す少女、名を鏡ナギ。

 

試合中に席を離れた大和の後を追ったは良いものの、あっという間に見失ってしまい、立ち止まって周りを見回すことしか出来ないでいた。

 

陸上部に所属しているため、足にはそこそこ自信はある。もしかしたら追い付けるかもしれないと淡い期待を抱いたものの、現実はそう甘くない。追い付くどころか完全に姿を見失ってしまった。

 

 

「……私の考えすぎだよね?」

 

 

ポツリと呟くその台詞には、大和に対する様々な感情が込められている。

本当に些細ではあるものの、大和が席を立つ瞬間に感じた不安……このまま二度と会えないのではないかという不安が彼女を駆り立てた。

 

考えすぎだと自分に言い聞かせても、そう簡単に染み付いた不安を払拭できるものではない。

 

 

何故ここまで、大和のことを考えてしまうのか。それは彼女が大和のことを意識しているからだ。もう既に意識する異性ではなく、意中の男性になりかけていた。ただ自信を持って好きですと言えるかといえば微妙で、それが異性としての感情なのか、一人の友達としての感情なのか、ナギ自身も揺れている。

 

 

これ以上検討もついてないのに、探すのは無謀だと思ったか。今一度左右を見回すと、そのまま身を翻して再びアリーナの中へと戻ろうとする。

 

 

―――が。

 

 

「あ、あれ? ドアが開かない……」

 

 

 普段だったら扉の前に立てばセンサーが反応して、開くはずのドアが開かない。つい先ほどまでは問題なく開閉したドアが全く反応しなかった。故障かと言われればそうかもしれないが、何の前触れもなく急に壊れるものなのかと、首をかしげるばかり。

 

何気なくドアの上につけられているセンサーに視線を向けるも、現状が変わるわけなく、ドアは全く反応しないままだ。自力で開けようにも、おいそれと女性の力で簡単に開けれるようなものでもない。

 

試しにドアに手をかけて、引いてみるもビクともしなかった。

 

 

「はぁぁ……ついてないなぁ」

 

 

ドアにもたれ掛かるようにその場に座り込み、大きなため息をつく。大和を探すために外に出てきたは良いものの、肝心の大和を見失っただけではなく、ドアの故障で外に閉め出されてしまった。

 

ついていないとため息をつくのも無理はない。

 

 

 

 

その場に座りながら、IS学園に入ってからのことを振り返る。

 

―――意識するようになったのはつい最近のことのはずなのに、何年も意識していたような感覚だった。席がとなりで、他のクラスメートと比べると距離感が近かったのは事実。

しかしあくまで近いというだけで、他に何かがあったのかと言われればない。

 

偶々クラスが同じになって、偶々席がとなりだっただけ。とはいえその偶々も、奇跡的な確率であったことには変わりない。他クラスの生徒からすれば何と羨ましいと、歯ぎしりする者も多い。それだけこのIS学園では男性の存在が大きいものだった。

 

 

『その空いている席、座ってもいいかな?』

 

 

入学初日の夜、初めて大和と喋ったのは食堂でのことだ。その日は仲良くなった布仏本音と谷本癒子と夕食を取っている時にその声は掛けられた。

 

 

「大和くん……かぁ」

 

 

本人の名前をポツリと呟く。思えば名前で呼ぶようになったのも、つい最近の出来事だったりする。ネームバリューだけでは一夏の影に若干隠れているものの、それでも大和の人気は高い。

 

セシリアとの一件を経て、男は決して弱い生き物ではないと認識させる以上に、大和の強さというものをまざまざと見せつけられた。それ以来、生徒たちの中で大和の株は上がってきている。

 

元々のルックスをとっても大和は悪くなく、見た目だけでも興味を持たれる風貌をしている。後はマークが一夏と比べると緩いこと。一夏の周りには各国の代表候補生のセシリアと鈴に、IS開発者を妹である箒、更には自分の姉がISで世界を制した千冬ともなれば、やはり近寄りにくいもの。

 

そう考える、特に周りに有名人関係がいない大和は近寄りやすいのではないかと、考えてしまうのが人間のサガだ。

 

 

「……優しいよね、やっぱり」

 

 

そう思うようになった一番の切っ掛けは、日直の時に階段から落ちた自分を、身を呈して守ってくれたこと。些細なことではあるが、あの一件はナギにとって忘れられないものだった。

 

女性にとって、自分のことを守ってくれる男性は憧れそのもの。ISの登場によって立場は逆転したものの、守ってくれることに憧れを抱く女性は多い。

 

 

 

大和が最近、他の人と話しているのを見ると面白くない。別に嫌うとかではなく、単純に面白くない。今までの自分からすればあり得ない感情に、自分自身が一番驚いている。

 

小学校からずっと女子校に通い、高校でも女性しかいないIS学園に入学した。男性のことを意識してこなかったのかと問われれば、決してそのような訳ではない。男性との出会いが少ない中、多少なりとも仲良くなりたいと思ったことはある。

 

 

その中で出会ったのが、男性操縦者として入学してきた大和だった。そして自分と大和の距離を急接近させてくれたのが、階段での一件だ。あれがなければナギも大和をここまで意識することも無かった上に、仲良くなることも無かったかもしれない。

 

結果論にせよ、大和のことを強く意識していることには変わらなかった。

 

 

(……好きに、なっちゃったのかなぁ?)

 

 

何を今さらとツッコミが飛んできそうだが、初めてのことなら戸惑うのも無理はない。体育座りをしながら両手を膝小僧付近に置き、空を見上げる。相変わらず空は雲一つない快晴、クラスの皆は一夏を応援しようと観客席にいるというのに、自分は何をやっているのかと再び大きなため息をつく。

 

複雑な思いの交差に戸惑いつつ物思いにふけていると。

 

 

「!? な、なに? 何の音?」

 

 

ガラスが割れたようなガラガラとした嫌な音とともに、何か砲弾のようなものが地面に叩きつけられたかのような音が鳴り響き、アリーナ近辺が地震でも起きたかのようにグラグラと揺れる。慌ててその場から立ち上がると、身の回りで何が起こっているのかを確認しにかかる。

 

辺りを見回すものの、特に何か変わったことは起きていない。となると残る可能性は一つ、現在進行形で入れないこのアリーナ内で何かが起こったことが容易に想像できる。アリーナが強固な造りになっているのは学園中の生徒が知っていることで、そのアリーナからガラスが砕け散った音が聞こえたということは、何かが破壊されたことを示していた。

 

ここに居ては危険かもしれない。本能が悟った、離れなければならないと。

 

 

 

 

建物から離れようと踏み出した時だった。

 

 

 

 

 

「だ、誰?」

 

 

アリーナの前には木々が生い茂り、いかにも通学路と言わんばかりの並木道がある。多くの生徒が行き来する場所には変わりないのだが、わざわざ森林の中まで眺める者はいない。

 

木々の合間を人型のような何かが通り過ぎた。僅か一瞬の出来事だが、見間違えではない。確かに何かが目の前を過ぎ去っていった。もうその影は居ないため、確認のしようはない。

 

しかし目の前には誰も居ないというのに、何故か体は動いてしまう。影が過ぎ去った方向に、その人物の素性も知れないのにだ。

 

普通だったら絶対に後を追おうなどと思わない。だというのに体が無意識な反応を起こしている。素性の知れない相手をいつの間にか追っていた。

 

 

(本当に今日、どうしたんだろ……?)

 

 

見に覚えのない感覚に、そう呟くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……楯無さん、ちょっとこれは聞いてなかったんですけど」

 

「私もよ。何でこんなことに手間ヒマをかけたんだろうって」

 

 

アリーナではクラス対抗戦が行われている中、俺は楯無さんのメールで呼び出された。タイトルは緊急連絡……文面を読まなくとも何となく想像は出来る。学園のどこかで何かが起こったと。

 

観客席から立ち上がる時、隣に座ったナギに気付かれたものの、何とか誤魔化すことに成功して外で待つ楯無さんと合流した。

 

詳しい話を聞くとやはり学園に侵入者がいるとのこと。学園の防犯システムをうまく掻い潜って侵入したらしい。立て続けに侵入を許し、俺の手を煩わせてしまったことを、楯無さんはかなり引け目に感じていた。

 

いくら対暗部用暗部の更識家の現当主とはいえ、たった一人で未知数の相手をするのは中々難しい。またこのIS学園に一人でノコノコと侵入してくるような侵入者はまず居ない。少なくとも二人以上の複数で忍び込むだろう。

 

 

そして学園に設置された防犯カメラの一つが侵入者の姿を捉えていた。その現場に急行し、対峙した訳だが……。

 

 

「……弱くないですか?」

 

「弱いわね」

 

 

 結論から言えばそういうことだ。俺と楯無さんの周りには気を失った侵入者たちが寝そべっている。全員合わせて四人、前回よりも大人数にはなってるが、その格闘技術というものは大きく劣っていた。

 

はっきり言って役者不足。楯無さんだけでも十分に対応出来ただろう。隣では楯無さんが、これくらいなら一人でも問題無かったと凹んでいる。実際に一度でも手合わせしたなら分かるが、会ったことすらない人間の実力を判断するのは無理だ。

 

ただ今回は相手にしてみれば、攻撃が非常に単調で分かりやすかった。ひたすらごり押ししようとするため、こっちは相手が疲れるのを待てば良い。最終的には相手が疲れる前にこちら側から攻め込み、完全鎮圧に成功した。

 

今まで楯無さんのIS戦闘はおろか、肉弾戦も見たことがないから不安な部分もあったものの、いざ戦闘が始まればその不安は一掃された。

 

 

 

 

―――強い。

 

俺が一言述べるとしたらその一言しか浮かんでこなかった。強い女性は探せばいくらでもいるかもしれないが、それを差し引いたとしても圧倒的で、まるで相手を寄せ付けなかった。

 

と、それは良いとして……あれだ。戦い方が見事だったのは良いとして、動いたときに楯無さんのスカートがふわふわと浮くのはちょっと危なかった。

ストッキングを履いているせいで、逆に際どすぎてこっちが赤面してしまう。その場は忘れていても後々思い出してしまうため、あまり意味がない。

 

 

話は逸れたが、ひとまず今回の件については無事解決した。特にこれ以上何かをやることもない。後はここで伸びている連中を、更識家に引き渡せば良いだけだ。

 

 

「何かもう本当にごめんね? こんなことに付き合わせちゃって……」

 

「気にしないで下さい。そんな顔したらせっかくの綺麗な顔が台無しですよ?」

 

「や、大和くん? 急に何を」

 

「何をって……あっ!」

 

 

そこまで言われて初めて気付く、ナチュラルに何口説いているのかと。目の前にはどう反応をして良いのか分からず、顔を赤らめる楯無さんが。何度もいうように周りの侵入者は気絶しているから良いものの、もし起きていたら穴を掘って入りたい気分だ。もちろん、聞いた人間の記憶を無くして。

 

言った俺の自業自得だが、どうしても聞かれたくないことだってある。思い返せば今のって完全に口説き文句だよな……それも自然に出た時点でかなりヤバイ。

 

何か言い訳を……。

 

 

「あー、えーっと。今のはあれです、うっかり本音が出たって言うか……」

 

「ほ、本音?」

 

「あっ……」

 

 

もはや完全なる自爆、言い訳が火に油を注ぐ形に。もうどうにでもなれ。恥じらいで更に顔を赤らめる楯無さんが、今は『女性』ではなく『女の子』にしか見えなかった。普段からはかけ離れた仕草に思わず変に意識してしまう。

 

……とりあえず、一旦落ち着こう。

 

 

つまり何が言いたいのかといえば、楯無さんに悲しげな顔は似合わないってこと。そもそも人間は喜怒哀楽があるから、当然悲しい時や怒る時もある。ただ悲しい顔は進んで見たいものではない。やっぱり笑顔が似合う人には、常に笑っていてほしいとは思う。

 

どこかでこんなシチュエーションがあったような気がしないでもないが、恐らくは気のせいだろう。

 

 

「大和くんって無意識に口説くのね。おねーさんちょっとびっくり」

 

「うっ……そんなこと無いです。偶々偶然です」

 

「言葉の組み合わせがおかしいわよ?」

 

「……」

 

 

 相変わらず痛いところをついてくる。あまり触れられたくないところをついてくるのは流石楯無さんと言ったところ。でも結局俺の自爆が原因のため、何も言い返せない。俺自身が今楯無さんにどんな顔をさらしているのか、見当もつかないが、恐らくは話のネタになるような顔の気はする。

 

さて、そんな中俺の間の抜けた顔を見ているはずの楯無さんはというと……。

 

 

「あはっ♪」

 

 

ものすごく笑顔だった。

 

とにかく後は引き渡しだけで、もう俺がやるべきことは全部終えた。アリーナで行われているクラス対抗戦はどうなっているのか、それだけが気になる。もうアリーナを去ってからそれなりに時間が経っている、もしあのまま一夏が押し切られていたとしたら試合は終わっているはずだ。

 

……などと御託は並べたが、俺は試合が終わってない方に一票入れたい。

 

実力差があるからって諦めるような奴でもなければ、おめおめと一方的になぶられて負けるような奴でもない。少なくとも絶対に負けまいと奮闘していることだろう。

 

 

 

色々あったが、一区切りついたことだしすぐに戻りたいところだ。流石にあまり長い時間観客席を空けるのはまずい。もし俺が居ないことが周りにバレたら探しにこられるかもしれない。ただでさえ、席を立つときにナギに不審に思われているのに、ここで全てがバレたら何もかも意味がなくなる。

 

 

「とりあえず終わりですね。そろそろ皆が心配するかもしれないんで、アリーナに戻っても良いですか?」

 

「ええ、もう大丈夫よ。本当に手伝ってくれてありがとう!」

 

 

最後に楯無さんにお礼をされたのを見届けると、俺はそのままアリーナに向かって走り出そうとする。今はどこまで進んでいるのか、出来ることなら鈴と一夏がまだ戦っていてほしいと願いながら。

 

そしてクラス対抗戦が終わった後は、皆で集まって夕食会をする。出鼻をくじかれたものの、今日一日の予定を容易に想像することが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし―――

 

 

 

 

その想像は……

 

 

 

 

「どういうこと!? 学園内の全てのISの起動が出来ないって!!」

 

 

 

 

一瞬にして崩された。

 

 

つい先ほどまでいたその場所から、焦りに包まれた甲高い声が響き渡る。声のトーンや大きさを見ても、ただ事ではないのはすぐに理解できた。急いで後ろを振り返ると、携帯電話を握りしめ焦りの色を隠せずに、呆然と立ち尽くす楯無さんの姿だった。

 

何を見たのか小走りで楯無さんの側に近寄り、携帯電話のディスプレイ画面に表示されている画面を見る。

 

 

「な、何ですか。これ……」

 

 

添付されていた画像を見てそう呟くしかなかった。画面に映されていつのは普段決して目の当たりにすることのないようなもので、どう言い表せばいいのか分からない。そもそも"それ"が何なのか見た瞬間は理解できなかった。

 

漆黒の貴金属に包まれたボディと、不釣り合いな長い腕。本来なら身長と腕の長さは比例するなんて言われるが、その常識は当てはまらなかった。全身フル装甲のその中には本当に人が乗っているのかと疑いたくなる。

 

頭部に装着されているいくつものセンサーレンズが、ゲームに出てくるような化け物のようで気味が悪い。見ていてあまり気分が良いものではなかった。

 

これが同じISと言われればにわかには信じにくい。一体これは何なのかと疑問に思ったところで、楯無さんに声を掛けようとする。

 

と、その前に楯無さんが口を開いた。

 

 

「大和くん、落ち着いて聞いてちょうだい。今正体不明のISが、アリーナに侵入したみたいなの!」

 

 

"正体不明のISがアリーナに侵入した"

 

楯無さんの一言が俺の背筋を氷付かせた。今アリーナではクラス対抗戦が行われているはずだ、そのアリーナに侵入したってことは今このISと戦っているのは……。

 

 

「まさか……一夏と鈴が?」

 

「……今戦っているのは一夏くんと鈴ちゃんね」

 

「なっ!? ならすぐに助けに行かないと!!」

 

 

 楯無さんにそこまで言ったところで、俺は忘れていたことを思い出す。今楯無さんは何て言ったのかと。楯無さんの表情を見ると、言いたいことは分かるけど、それが出来ないと物語っていた。

 

楯無さんは確かに言った、学園内の全てのISが起動出来ないと。

 

つまりそれは救助に行けない、ISに対して生身で立ち向かうのは完全な自殺行為だ。今の状態で助けに行っても戦う手段を持たない自分達ではISの相手にすらならない。赤子の手をへし折るようなものだ。

 

どうしても埋められない絶対的な実力差がある。何をどうあがこうとも今は二人を信じるしかない。楯無さんは俺にそう伝えたいんだと思う。

 

 

「……悔しいけど、今私たちが出来ることは何も無いわ。さっきからずっとイメージしてるのに、私のISも起動してくれないの。アリーナで戦っている二人以外のISがね」

 

「……」

 

「セキュリティシステムもハッキングを受けたみたいで、アリーナ中の自動ドアもロックされているわ。観戦に来た生徒たちも取り残されているみたい。教師陣がドアロックの解除に向かっているけど、いつになるか分からないわ……」

 

「……」

 

「今私たちが出来るのは二人を信じるしかないのよ」

 

 

扇子を見せて、お手上げ状態だと俯く楯無さん。楯無さんの持つ扇子がISの待機状態らしい。何度かイメージを固めているんだろうが、そのイメージが固まってもISが展開されることはない。

 

通達が本当のことなのか試したのだろう、しかし結果は変わらず何も起きないままだった。事実が真実だと知り、今自分が出ていっても何かが出来るわけじゃない。

 

 

「こんな時に……こんな時に何も出来ないなんてっ!!」

 

 

 今まで一度も大声を出すことのなかった楯無さんが、始めて感情を爆発させる。本来学園を、生徒を、守るはずの生徒会長が何も出来ずにただ見守るしか出来ないことに、ギリッと歯を食いしばりながら悔しさを露にする。

 

自分がこうしている間にも、アリーナに取り残されている生徒たちが危険にさらされている。今は何とか食い止めているものの、それがいつ崩れるかは想像もつかない。仮に一夏と鈴が負けるようなことがあれば、二人ともただでは済まされない上に、取り残されている生徒たちにも危害が及ぶ。

 

決して楯無さんのせいではないのに、彼女は肝心な時に無力な自分を責めていた。

 

 

「ごめんなさい。声を荒げたところでどうにかなる問題じゃ無いわね。とにかく何か打開策を探しましょう、じっとしていても時間の無駄だわ」

 

 

悔しさを押し殺して再び前を向く。ISに乗れなかったとしても、自分に出来ることが何かあるのではないかと。

 

 

 

……楯無さんと同じように、俺にもすべきことがある。

 

ここに来た目的、それは一夏を守り抜くこと。例えどんな状況におかれても、ターゲットの命は絶対に守り抜く、それが喫茶店で千冬さんと交わした誓いだった。任された以上、命をかけてでも守り抜くと。

 

本当は使いたくない。己の体一つだけで守り抜けたとしたらどれだけ楽なことだろう。

 

護衛に楽なことはない、常に危険と隣り合わせで地獄のような辛い状況に置かれることだって多々ある。場合によっては生命に関わることも。

 

人を殺めるために使うのではない、人を脅威から守るためにこれを使うのだと。何度も何度も自分に言い聞かせるようにして使ってきた。

 

 

 

今はその大切なモノを守る時。

 

単純に護衛対象としてではなく、一人の親友として一夏と鈴を守らなければならない時。

 

二人の親友を守るために、俺は―――

 

 

 

 

 

 

気付いた時にはすでに体が動いていた。吸い寄せられるようにアリーナへと向かう足が止まることは無かった。

 

 

「大和くん? どうしたの急に?」

 

「……アリーナへ行きます。楯無さんはコイツらの引き渡しを」

 

「アリーナって……まさか!?」

 

「……」

 

 

楯無さんも俺の思惑に気がついたのか、声のトーンが一段階高くなる。

 

 

「ダメよ! 大和くんまで危険な目に合わせることなんて出来ないわ!」

 

「俺にもやらなければならないことがあります。行かせてください!」

 

「これ以上大和くんの手を借りるわけにはいかないわ! それに……相手はISなのよ? いくら大和くんが強いって言っても、どうにか出来る相手じゃないわ! 無茶はやめて!」

 

 

俺の行動を止めようと、楯無さんが右手を掴んで半場強引に止めにかかる。いくら強いとはいってもあくまで人間としてだ。相手は軍隊や戦艦すら無力化出来るような究極兵器だ。俺が行ったところで何か事態が好転するわけではない、むしろ俺の命が危険にさらされるだけだと、そう言いたいのかもしれない。

 

必死に静止しようと強めに手を握りしめる。か細いその腕のどこにそんな力があるのかと、緊急事態なのに思わず感心してしまう。

 

俺の身を本気で心配してくれるのは凄く嬉しいし、男冥利にも尽きる。本気で俺のことを心配してくれているのだろう、瞳の奥が揺れる。ぐっと感情を押し殺しているのか。

 

本当なら楯無さんにこれ以上の心配をかけさせたくないし、行かなくていいものだとしたら、俺も立ち止まっていた。

 

 

「すいません楯無さん……そのお願いは聞けません」

 

「―――っ!? 何で!!」

 

「楯無さんが俺のことを本気で思ってくれるのは凄く嬉しいし、出来ることなら行きたくない。でも、一夏たちが戦っているのをただ眺めているなんて、俺には出来ないです」

 

 

どうしてなのか、俺にもその理由は分からない。ただ一つだけはっきり言えることがある。

 

危険にさらされている友達(一夏)を放っておくなんてことは俺には出来ない。まだ出会って一ヶ月、高々一ヶ月の付き合いでと笑われるかもしれない。

 

 

でも何故だか知らないけど、コイツのためには命を張れる、そう思えた。

 

 

「……大丈夫ですから」

 

「大和くん……」

 

 

そこから先の言葉はもう聞こえなかった。呆然と立ち尽くす楯無さんをよそに、俺は一人アリーナへと向かった。

 


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