IS‐護るべきモノ-   作:たつな

28 / 129
危機を救う剣士

 

 

 

「敵、なのか……?」

 

「……」

 

 

ようやく反応らしい反応を見せた謎の剣士。一夏の敵なのかという問い掛けに、首を真横に振りながら否定する。結局誰なのかは検討がつかないものの、少なくとも自分たちと相対するようなものではないみたいだ。

 

ほっと胸を撫で下ろす一夏だが、正直今は安心しているような状況ではない。目の前に敵がいるというのに安心できる方がおかしい。幸い、敵ISは二人のやり取りを遠くからじっと見つめるだけで、特に何か横やりを入れてくることはなかった。

 

 

「それよりもアンタ、何者なの? IS相手に生身で挑もうなんて」

 

「……」

 

「……あくまで答える気はないのね?」

 

「……」

 

 

空に展開していた鈴も、二人の様子が気になったのか地上付近にまで降下してくる。一夏と同じように誰なのかと正体を尋ねるものの、答える気が無いと分かるとやれやれとため息を一つついた。

 

これ以上聞いても時間の無駄だと察したのだろう。自分の目の前の人物がそう簡単に喋るとは思えなかったのか。一夏と鈴が揃って分かっているのは、彼が自分たちの敵ではなく味方であるということ。

 

正体が気になるが、今はそれよりも優先すべきことがある。今いちいち正体を探っても結局話さないのなら、聞いても意味はない。別に敵ではないのだから、必要以上に警戒することもない。

 

 

「まぁ良いわ。結局アンタに一夏は救われた訳だし」

 

「うっ、結構痛いところをついてくるな」

 

「当たり前よ。あの程度の攻撃でやられるとでも思ったの? なら見くびりすぎよ。アタシはそんな弱くないわ」

 

 

つい先ほど、一夏が何事もなく無事だったのは、彼が敵ISとの間に割って入ったからだ。あれがなければ間違いなく、一夏のシールドエネルギーはゼロになり、戦闘不能に陥っていただろう。

 

それもよく生身でISの間に割り込もうとしたものだ。普通の人間だったら恐怖のあまり逃げ出している 。

 

見たところ身体を覆う防具らしき防具もない。あるのは本当に必要最低限の衣服だけで、直でビームを食らったら命の危機にさらされてもおかしくはない。

 

ビームの威力はアリーナの壁を簡単に破壊するほどだ。それほどの威力のある一撃を食らったら、生身の人間はただでは済まない。

 

 

「……改めて聞くけど、アンタ本当にその状態で戦うつもり? もしあのISの攻撃が当たったら、大ケガどころじゃ済まないわよ?」

 

「……」

 

 

鈴からの忠告に小さく頷く剣士だが、正直なところ納得されても困るのが鈴や一夏の本音だろう。今現状だけで言うなら二人とも自分のことで手一杯であり、検視のことまで気に掛けることは出来ないからだ。

 

 

「アタシたちも確実に守れる訳じゃないのよ。それも分かってる?」

 

「……」

 

 

再三の忠告にもあくまで肯定の意志を見せて頷くばかり、さすがにこれ以上言っても無駄だと判断した鈴は、大きなため息をつきながら一夏の方へと振り向く。

 

 

「……はぁ、もう分かったわ。完全な無力化は正直厳しいだろうし、教師陣が来るまで持ちこたえるわよ一夏」

 

「……」

 

「一夏っ!」

 

「あ、あぁ!」

 

 

 何かを考えていたのか鈴の言葉に反応せず、二度目の声かけで一夏は慌てて反応する。別に一夏もボーッとしていたわけではない。仮面剣士と鈴が話をしている間、一夏は敵ISが攻撃してこないことに違和感を覚えていた。

 

相手からすればこれ以上無いほどの絶好の攻撃チャンスだ。なのにそのチャンスを逃すようなことがあるのか、それとも相手にはまた別の思惑があるのか。いずれにせよあくまで可能性であって断定することは出来ない。

 

とはいえ不自然な点が多いのも明らかだ。

 

 

(変だな。戦闘中は容赦なく攻撃してくるくせに、会話をしている間はほとんど攻撃してこない……まるで俺たちのことを観察しているみたいだ)

 

「こんな時に何ボーッとしてるのよ?」

 

「いや、そういうわけじゃねーよ。ところで、鈴。アイツの動きってどこか変じゃないか?」

 

「動きどころか見てくれも全部変ね」

 

「いや、まぁなんつーか。動きが機械じみている気がするんだよな」

 

「機械……って、ISは機械よ」

 

「いや、そうじゃなくて。本当にあれって人間が乗っているのか?」

 

「はぁ? 何言っているのよ一夏。そもそもISは人間が乗らなきゃ動かな―――」

 

 

そこまで言ってようやく一夏の違和感が鈴へと伝わる。同時に近くで聞いている剣士にも。ISは人が乗らないと動かない、モノがあっても動かす人間がいなければ機能しない。人が乗っているとするのなら、明らかに挙動不審な動きばかりを敵ISは繰り返している。

 

今もそうだ。絶好の攻撃チャンスなのに攻撃はおろか、その場から一歩たりとも動こうとしない。襲撃しに来たのなら、何故わざわざチャンスを手放すようなことをするのか。本当に命令されなければ動くことすら出来ないような機械みたいだ。

 

 

「そういえばあのIS、アタシたちが話している時は攻撃せずにじっとこっちを見ているわね。まるで話している内容を興味深げに聞いているような……」

 

 

鈴から見ても、敵ISの行動には不可解な点が多い。ISは人が乗らなければ動かない。IS学園の授業を受けなくても、世界中の誰もが知っているような一般常識だ。

 

 

「でも無人機だなんて絶対にあり得ない。だってISってそういうものだもの……」

 

 

確かに今までどの国が研究や開発を繰り返そうとも、ISを無人で動かした成功事例は上がっていない。ただISが発明されて数年経っている。表向きに出さないだけで、ISを無人で動かすことに成功した事例があっても別に何ら不思議ではない。

 

ISのコアはブラックボックス包まれているからこそ、いつどこで何が起こるのかなんて想定出来るものではない。実験結果をどこにも報告しなければ隠蔽することはそう難しいことではない。むしろ十分にあり得ることだと言い切れる。自分に言い聞かせるように呟く鈴だが、いつものような自信に満ち溢れたら言い方ではなかった。

 

ISは人が乗らないと動かないのは誰でも知っているようなことだ。

 

しかし鈴の返答がどことなく断定しきれない、はっきりとしない返答がその可能性が十分にあり得ると証明していた。

 

 

「仮にあれが無人機だったとしても、どうだっていうのよ?」

 

「もしあれが無人機だとしたら、全力で攻撃できる。遠慮なく雪片を振るえる」

 

 

白式の単一仕様能力、零落白夜は攻撃力が高すぎる故に、全力で振ることが出来ない。あくまでそれは相手が人間が乗っている機体に対してだ。仮に目の前のISが無人機だったとしたら手加減する必要は無ない。

 

ただ現時点で、全力で振るえるだとか人が乗っているかどうかが問題ではない。

 

 

「そんなこと言ったって、攻撃が当たんないんじゃ意味ないじゃない。接近してもことごとくかわされてるし」

 

「そこなんだよな……」

 

 

うーんと考え込む一夏。全力で振るったところで零落白夜を発動できる回数は限られている。次外したら今度こそ手詰まりになり、敵ISを追い払うことが出来なくなる。攻撃するのなら確実に当てるような大きな隙を作らなければならない。その隙も今まで戦っていて、一度たりとも作れていない。

 

小さな隙は何回か作るものの、時間が短すぎるために攻撃しても避けられてしまう。陸戦、空中戦いずれにせよ、決定打という決定打がない。

 

どうしようかと考える一夏の腕に、ふと何かがコツコツと触れた。音からして何らかの貴金属だろう。考えるのをやめて視線を下方にずらす。

 

 

「うわぁ!? き、急に何だよ!!?」

 

 

自分に触れていたのはサーベルの矛先だった。ISに乗っているため物理的なダメージはないものの、いきなり刃物の矛先を自分に向けられれば誰だってびっくりする。

 

その矛先を向けてきたのは他でもない、先ほど現れた仮面剣士だった。一言も喋らないせいで、何を考えているのかも分らず、挙句の果てに矛先を向けてきたのだから一夏が驚くのも無理はない。

 

慌ててその場から立ち退いて気持ちを落ち着かせると、仮面の剣士が地面をコツコツとサーベルで叩いているのが分かる。数回ほど同じ動作を繰り返し、今度は親指を立てて自身のことを指さした。

 

 

「地面が……?」

 

 

ジェスチャーで何かを伝えようとしているものの、いまいち何を伝えようとしているのか分からない。ひょっとしたらまだ動作の途中なのかもしれないと、もう一度よくジェスチャーを観察する。自身を指すのをやめ、右手に握ったサーベルを一夏の方へ先ほどと同じように、矛先を向けて一直線に向ける。

 

 

「……俺?」

 

 

一夏が声を上げるのを黙って見届けると、今度は一夏の隣にいる鈴の方へ矛先を向ける。

 

 

「あたし?」

 

「……」

 

 

どうやら自分たちの認識は当たっているらしく、仮面剣士の向けた矛先は自分自身を指していた。さて、問題がそれが分かったところでだから何なんだというところにある。あくまで自分のことを指しているのは分かったが、肝心の意味が全く分からないままだ。

 

そして今度は一夏と鈴に向けた矛先を空高く突き上げた。上に何かがあるのかと見上げる一夏だが、視線の先には無残に割られた天井ガラスと、割れ目から少しばかりの雲と、現状とは似ても似つかない澄んだ青空だけ。

 

 

「俺と鈴が上? どういうことだよ?」

 

「……」

 

 

結局何を言いたいのか分からないと、再度一夏は聞き返す。理解し切れずにいる一夏と対称的に、隣にいる鈴は一夏と剣士、そして自分のことを交互に見ると、何かを察したかの様に口を開いた。

 

 

「もしかしてアンタ……自分が地上を担当するから、あたしと一夏に空中を担当しろって言いたいの?」

 

「……」

 

「おい! それじゃお前まさか一人で!!」

 

 

鈴が初めに仮面剣士の意図に気がついた。地上フィールドに来たときは敵ISを自分が相手にする、その間上空からの援護をお願いしたいと。逆に足をつけて移動できる地上は戦えるものの、空を飛べないから空中戦は一夏と鈴にお願いしたい。

 

二人がかりでもやっとだったというのに、地上戦は一人で承ると言っている。はっきり言って生身で挑むなど、無謀もいいところだ。短い時間だが敵ISの強さは十分に把握している。

 

 

「一夏! 今はコイツの言うことを信じるしかないわ! だからなるべくアイツを地上にいかせないようにしないと」

 

「とにかく……何とかしねーと。でも次は当てる!」

 

「そうね。で、どうしたらいい?」

 

「ん?」

 

「当てるって言いきったってことは何か策があるんじゃないの?」

 

 

長く付き合ってきている所以なのか、一夏の発言から策が思い浮かんだのではないかと聞き返す鈴。その問いかけに一夏はどこか自信気に口を開く。

 

 

「とりあえず、俺が合図したら最大出力でアイツに向かって衝撃砲を撃ってくれ」

 

「え? いいけど……当たらないわよ?」

 

「いや、それでいいんだ」

 

 

何を考えているのか、何度も衝撃砲撃っても当たらないのに、わざわざエネルギーを捨てることをして何になるのか。一夏の思惑が分からず、鈴はただ首をかしげるだけだ。とにかく現状を打開するためのいい策がない以上、今は一夏の策を実行するしかない。腹をくくったか、鈴が一つ大きく頷く。

 

 

「……!!」

 

 

―――嫌な空気だ。

 

 

そんな雰囲気をいち早く感じ取ったのは仮面の剣士だった。元々このアリーナの空気はいいものではない。ただここで意味するのは、気分が悪くなる意味での空気が悪いではなく、何か嫌な予感がする意味でだ。

 

一夏も鈴もその雰囲気を感じ取れないまま、そののまま攻撃に移行しようとする。

 

 

 

その時だった―――

 

 

 

 

 

「一夏ぁ!!」

 

 

 アリーナのスピーカーから強烈なまでのハウリングと共に二人が聞きなれた声が響き渡る。声のする方へ三人は視線を向けると、丁度中継室から流れてきたものだった。そして中継室の真ん中に長い髪を後ろで結わえ、息も絶え絶えになりながら声を張り上げるその姿……一夏のクラスメートでファースト幼馴染、篠ノ之箒。

 

その声に反応したのは三人だけではなく、もう一機。

 

このアリーナに堂々と侵入し、クラス対抗戦を滅茶苦茶にした張本人の侵入者だ。頭部についたセンサーレンズを箒の方へと向け、興味深げにその様子を見ている。目標が完全に一夏たちから箒の方へ向いている。

 

いつ敵ISが攻撃態勢に移行するか分かったものじゃない。

 

 

「男なら……男ならそれくらいの敵に勝てないで何とする!!」

 

 

言い終わるとほぼ同時に、ギロリと敵ISの目が光った。

 

 

「あ、あの子何をやって!」

 

「まずい! 箒! 逃げろっ!!」

 

 

一夏と鈴の大きな声がアリーナ中に響き渡る。一夏が敵ISの方へ視線を向けると、すでに両手を広げ、備え付けられたビームの発射口がビーム発射のために、エネルギーを充電し始める。このままでは箒はおろか、中継室の人間ごと吹き飛ばされてしまう。ビームの威力は間近で見た二人が一番よく知っている。ビームが発射されれば止める手段はない。

 

もし直撃すれば大けがはおろか、下手をすれば命を落とすことだって考えられる。真っ先に動いたのは仮面の剣士だった。

 

地面を蹴り、素早い動きで敵ISへと接近していく。そのスピードはとても並の人間が出来るような動きではないほど素早いもので、数十メートル離れている敵ISとの間合いをあっという間に詰めていく。

 

その動きに気づいたか、箒に向かって差し出した両手のうち、左手を振り下ろして剣士の方へと向ける。このまま直撃すれば生身で受ける分、命は失わなくとも日常生活を送れるかどうか、保障は全くない。

 

 

一秒を争う緊急事態に、一夏は鈴に大声で衝撃砲を放つように指示する。

 

 

「鈴!! やれえ!!!」

 

「分かったっ!!」

 

 

鈴の甲龍の発射口が充電のために、光りはじめる。しかし何を思ったのか、その対角線上に一夏が躍り出た。このままでは最大出力の衝撃砲は敵ISではなく、対角線上に立つ一夏に直撃するだけで敵に届かない。

 

その予測不能の一夏の行動に、当の鈴は一瞬衝撃砲の発射を躊躇してしまう。

 

 

「ちょ、ちょっと何してんのよ!? どきなさいよ!」

 

「いいから早く撃て! 箒もあの剣士も危ない!!」

 

「あぁ! もう! どうなっても知らないからね!!」

 

 

フル充電が完了し、鈴の両肩から最大出力での衝撃砲が発射される。風を切り裂くオレンジ色の高エネルギー体は、威力そのままに一夏の背中に直撃する。

 

ズシンと背中に襲いかかる計り知れない衝撃を受け、一夏の表情が一瞬歪む。当然だ、最大出力の衝撃砲をまともに受けて、ダメージがない筈がない。鈴は戦う前にこのように言っている。『シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、人体に直接ダメージを与えることも出来る』と。

 

 

―――逆に一夏は背中に受けた高エネルギー体を内部に取り込んでいく。取り込んだエネルギーが白式のシールドエネルギーを回復させて、一夏の前に展開されたディスプレイモニターに零落白夜使用可能の文字が現れた。

 

一発くらいは零落白夜を発動できると、嘘をついていた。本当は零落白夜はおろか、瞬時加速さえも使えるか使えないかぐらいのエネルギーしか残ってなかったのだ。

 

瞬時加速は発動の度に使うエネルギーの総量に比例する。瞬時加速を使うには、後部にある翼のスラスターからエネルギーを放出し、再びそれを内部に取り込んで、圧縮して放出する必要がある。

 

今回の場合、一夏は瞬時加速と零落白夜の両方を使うだけのエネルギーは残っていなかった。ただ使うエネルギーは自分のISに搭載されているエネルギーではなく、外部から受けたエネルギーでも問題ない。だから一夏はわざと甲龍の衝撃砲を受けて、それを瞬時加速に使うエネルギーへまわした。

 

 

オレンジ色のエネルギーが白式のまわりを纏うと、背中の翼が大きく左右に広げられ。雪片の刀身から青く細長い、エネルギーの凝縮された刀が展開される。

 

展開されると同時に瞬時加速を発動、凄まじいスピードで敵ISに接近していく。

 

 

 

先に敵ISに接近したのは、一夏ではなく剣士の方だった。ビームが発射される前に接近を許したため、敵ISはビーム発射をキャンセルし、剣士の身体を潰そうと大きな左腕を鞭のように振り下ろす。

 

 

「!!」

 

 

 攻撃の転換に気づき、ダッシュの勢いそのままにギリギリまで腕を引きつけると、自分に当たるか当たらないかのギリギリのタイミングで地面を蹴ってサイドに避ける。

 

ドゴンという地面を破壊する音とともに、叩きつけられた場所からモクモクと砂埃が舞う。間一髪攻撃をかわし、一旦ISからわざと距離を取る。攻撃を避けた時に、一夏が突入してくる姿が確認できたからだ。

 

一夏の突入に同じようにビーム発射が間に合わないと察し、今度は空いている右腕を一夏に向かって振りかぶった。

 

 

「ウオオオオオオオ!!!!!」

 

 

雄たけびと共に一瞬早く一夏が一足一刀の間合いに飛び込んだ。

 

 

(俺が皆を……千冬姉を、箒を、鈴を……守る!!!)

 

 

心の中でそう叫びながら雪片を振り下ろした。

 

相手のシールドを破壊し、突き出された右手を叩き切った。切り離された手からはオイルが滝のようにあふれ出し、それがまるで血のように地面を赤く染めていく。

 

相手の右腕はもう使えない、だが潰したのは右腕だけでまだ左腕は残っている。一度加速した機体を止めることが出来ずに、そのまま敵ISの左腕で殴り飛ばされてしまう。

 

 

「うわぁっ!!?」

 

 

殴り飛ばされた勢いで地面に盛大に叩きつけられる。

 

 

「「一夏っ!!」」

 

 

攻撃を食らった一夏に、鈴と箒から声が飛んでくる。止めを刺そうと、一歩二歩と一夏に歩み寄ってくる。一夏の目の前に立つと左手を突き出し、備え付けられているビーム発射口が光りはじめる。

 

一夏はそのままじっと見つめているだけで、避ける素振りを見せない。そして発射寸前、ニヤリと笑う一夏をよそに、発射口を反転して別方向へと向けた。笑みを浮かべた一夏の表情が一転、焦りの表情へと変わる。

 

何を相手はしようとしているのか、その発射口の先に視線を向けると。

 

 

 

「なっ―――!!?」

 

 

 

 最初の攻撃の時にアリーナにあけられた大穴に人影が見えた。そしてその穴に向かって、仮面の剣士が走り出している。ビームの発射口は大穴に立ちすくんでいる人影に、ピタリと標準が合わせられている。

 

ハイパーセンサーでその人影を確認すると、人影の顔に見覚えがあった。

 

 

 

―――いや、見覚えがあるどころではない。人影の正体は……

 

 

「鏡さん!?」

 

 

クラスメートの鏡ナギだった。何故こんなところにいるのか、本当だったら聞きたいところだが、今は悠長なことをしている場合では無い。

 

最悪の事態に、至急プライベートチャネルをある人物へと飛ばす。

 

 

「セシリア!! 急げ! 鏡さんが危ないっ!!!」

 

「わかりましたわっ!」

 

 

 一夏の本当の策はこうだ。まず何らかの形で相手のシールドエネルギーを減らす必要があった。しかし普通に攻撃をしたところでかわされるか、当たったとしてもシールドに阻まれて決定打にはならない。

 

最も有効的な手段としては、零落白夜で相手のシールドバリアーを破壊して、相手の認識外から攻撃を叩き込む。

 

今回の場合、範囲外からの攻撃を行うのがセシリアだった。敵ISが認識しているのは、一夏、鈴、そして途中から表れた仮面の剣士に、箒の四人だ。それ以外の人物は居ないのだから認識のしようがない。

 

予想外のところからの攻撃なら、いくら高い機動力を持っているといえどもかわすことは難しい。更にセシリアのブルー・ティアーズは近距離型ではなく、完全な遠距離射撃型の機体だ。

 

遠距離の立ち回りに関して圧倒的に長けているセシリアにとって、射程ギリギリの距離で、相手が認識しにくい場所を陣取ることなど造作もないこと。

 

先のクラス代表決定戦で、セシリアの実力は十分に証明されている。それを見込んでの今回の策だが、途中までは順調そのもの。一夏もまさか予想外のイレギュラーが起こるなどと、想定していなかっただろう。

 

 

一夏の指示に即座に反応したセシリアは素早くスコープを覗き込み、一秒と掛からずトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

―――だがそれよりも早く、敵ISの左手からビームが発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、嘘っ。足が……」

 

 

 立ちすくむしか無かった、何も出来なかった。目の前にいるソレの恐怖感に、足が笑って動かすことが出来なかった。大和を追いかけて来たは良いものの、見失ってしまい、更には自動ドアの故障によって外に閉め出される始末。

 

そして自分の前を横切った人影を追いかけてみれば、アリーナの外に大きくあいた穴にたどり着く。穴の前に立つと本能が自分に言い聞かせた、ここから先に足を踏み入れたらもう取り返しはつかないぞと。

 

その本能の制止を振り切り、足を踏み入れた。真っ先に飛び込んで来たのは黒い何かが、地面に打ち付けられた何かに近寄っていくシーンだ。

 

地面に打ち付けられたものに見覚えがあった。クラス代表をかけたクラス代表決定戦の時、そして今回のクラス対抗戦。

 

 

そう。一夏の専用機、白式だと理解するのにそう時間はかからなかった。

 

白式に向かって突き出される左手が光始める。その光景は遠くから見たら縛り付けられた人間を処刑しているようにも見える。

 

 

 

気が付いた時にはすでに足は動かなかった。漆黒のISの醸し出す存在感が、普通の生身の人間には恐怖感になってしまうからだ。

 

すると相手も自分の姿に気付いたのか、一夏に向かって突き出していた左手を、今度は自分に向かって突き出してきたではないか。

 

この時点でナギは察してしまった、自分が標的になっていると。

 

 

(あぁ、何であの時引き返さなかったのかなぁ……)

 

 

動かそうにも全く動かない足、涙目になりながらも必死に動こうとするが、体が硬直してしまって、足どころか全身がまともに動いてくれない。迫り来る恐怖に、後悔の念しか無かった。何故あの時引き返さなかったのかと、更に言うなら何故アリーナで嫌な予感がした時にアリーナに残らなかったのかと。

 

あの嫌な予感は大和のことではなく、自分のことだったのかもしれない。

 

 

敵ISの左手が光始める。もう今仮に足が動いたとしても逃げおおすことは出来ない。何をしても自分は助からない、身体も動いてくれない。自分が処刑台に立たされて、残り僅かの時間を過ごしている心境とでもいうのか。

 

 

思い残すことがあるとすれば何だろうか。

 

 

 

一つに絞りきれるわけがない、あまりにも多すぎるのだから。齢十五歳、数えでも十六歳だ。まだ人生は始ったばかり、本当に楽しいことはこれから始まっていくというのに。

 

 

(もう本当に終わりなのかなぁ……)

 

 

 友と共に勉強をして、他愛のない話に花を咲かせる……普通の楽しい学生生活を歩んで行きたかった。

その場でへたり込みながら、一つ一つの願望を思い描いていく。様々な願望の一番最後に頭に浮かんできた願望、それが今、ナギにとって最も叶えたい願望だった。決して難しいことじゃない、むしろ思い描いた中ではかなり簡単に叶いそうなものだ。だがその願望が彼女にとって……一番、大切なこと。

 

 

「大和くん……」

 

 

初めて意識するようになった男の名前をポツリと呟く。決して現れるはずのない、意中の男性の名前。さらに欲を言うのなら、もっと彼のことを知りたかった、もっと一緒に話をしたかった。霧夜大和という男性の近くに居たかった。

 

そして今日大和が企画してくれた食事会に参加したかった、料理作りを……手伝いたかった。

 

 

 

発射される狂気。大気をかき分け、凄まじい破壊力を持ったそれが着々と自分に近づいてくる。

 

 

 

 

 

「―――さようなら」

 

 

別れの言葉を告げ、迫りくるそれに観念して目をつぶる。つぶった瞳から、一筋の滴が頬を伝う。目前に迫った熱線をが隙間からチラリと映ると同時に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フワリと自分の身体が浮くのを感じた。ビームに当たって身体が吹き飛ばされたとでもいうのか、それなら自分の身体が宙に浮いているのも合点がいく。一つおかしなことと言えば、攻撃を直で受けたというのに、痛みという痛みは感じなかった。逆に痛みすら感じさせないほどに、強力なものだったのかもしれない。

 

 

「……ふぇ?」

 

 

身体が浮いたかと思えば、今度は自分の身体を何かが包み込む。まるで人肌に包まれているように暖かく、そしてどこか逞しさすら覚えた。そこで初めて気がつく、自分にはまだ感覚が残っていると。

 

刹那ドシンという衝撃と共に、ナギの身体がその人肌のようなものに密着する。衝撃こそ感じたものの、やはり痛みはなかった。閉じた目の間からは僅かばかりの光が差し込んでくる。周りの光景はどうなっているのかと、恐る恐る重い瞼を開いていく。ぼやける視界に飛び込んできたのは、黒い何かだった。

 

ドクンドクンと胸が高鳴る音がよく聞こえる。意識はしていなかったが、自分はどれだけの恐怖感に包まれていたのかと、ふと考えてしまう。

 

 

「……あれ?」

 

 

 そこで先ほどから自分の発言がおかしいことに気がつく。そもそも心臓の音はこんなにはっきりと耳から伝わってくるものなのかと。

攻撃が当たったというのに、痛みは全くない。それどころか音も聞こえるし、何よりも自分が何を考えて、何を言おうとしているのか判断できる。

 

―――自分はまだ生きている。じゃあこの接している黒いものと、ずっと聞こえてくる心臓の音は一体……。正体を確かめるために、顔をゆっくり上げていく。

 

 

「……え?」

 

「……」

 

 

 自分の目の前にいたのは仮面をつけた謎の人物。仮面を被っていることで表情が分からず、得体の知れない恐怖心に駆り立てられる。一旦冷静になって自分はどこにいるのかと考えてみると、すぐに判断がつく。自分はこの人物の胸元に抱きよせられていると。つまり自分は間一髪のところで、助けられたことを悟る。

 

先ほどの衝撃は、宙から落ちた時に自分に衝撃が来ないように仮面の剣士が庇って背中から落ちたからだった。現状、ナギは胸に抱き寄せられている状態だ。年頃の女性が見ず知らずの人物に抱きつかれるともなれば、当然嫌悪感を抱いたり、拒否反応を起こしたりする。

 

しかしどうしてか、嫌な感じはしなかった。自分を助けてくれたのもあるかもしれない。それ以上に今目の前にいる人物が、自分が知っている人物ではないかという気がしてならなかった。

 

 

 

いや、きっと自分は知っているのだと。

 

 

恐怖感は徐々に治まり、改めて自分の助けてくれた人物の顔を見つめる。仮面をしているため、素顔が見えるわけではない。

 

ただ命の危機に瀕した自分を助けてくれたことに、彼女の胸の中で心臓の高鳴りが治まることはなかった。それどころか、高鳴りはどんどん大きくなって行き、彼女の心を満たしていく。

 

まるでおとぎ話に出てくるような騎士そのものだった。そういえば、大和も自分が階段から落ちた時に身を挺して怪我から守ってくれたのを思い出す。もし大和がこの場に居合わせたとしたら、助けに来てくれただろうか。

 

もちろん現実に大和はこの場所にいない。いるのは素性が全く分からない人物だというのに、どうしてここまで心が温かくなるのか分からず戸惑うばかり。

 

 

ひとまず、いつまでも自分の下敷きにさせているわけにはいかないと、何か行動を起こそうと身体を起こして足に力を込めるものの、やはり一度すくんでしまった足はそう簡単に戻ることはなかった。

 

いくら力を入れても立ち上がることが出来ない。立ち上がることの出来ないナギの肩にポンポンと右手が触れられる。

 

 

「あ、あの……あなたは?」

 

「……」

 

 

 感情など一切分からないというのに、なぜか仮面の下で笑っているようにも見えた。声をかけて仮面を外さないのは、自分の正体を知られたくないからだと分かったため、それ以上ナギも詮索することは無かった。体勢を一度立て直すと、座り込むナギの膝裏と背中裏に両手を回して抱きかかえる。

 

 

「え……キャッ!?」

 

 

フワリと宙に体が浮く。女性なら意中の男性に一度はやってほしいと思うシチュエーション、お姫様だっこだ。両手を胸の上に乗せて大人しくしてはいるものの、やはり持ち上げられていることに、自分の体重は重くないかなどと全く別のことを考えている。

 

助けてくれたその姿が、完全にあの時の大和の姿と被ってしまい、顔は紅潮したまま、胸の高まりも治まることをしらない。

 

されるがまま……そんな表現がこの場では正しいだろう。

 

 

ナギを持ち上げたまま、大穴からアリーナの外へと出る。出ると同時に歩みを早めながら、キョロキョロと周りを見渡し始めた。そしてその視線が一点に止まると、今度は目的地に向かって走りはじめる。

 

向かった先はベンチだった。アリーナからほんの少し離れた場所には並木道がある。道も整備されているだけでなく、昼食や友人との会話を楽しむように等間隔でベンチが置かれている。一番近くのベンチにナギを優しく座らせる。座らせたのは、ナギが今の状態ではまともに歩くことすら覚束無いと察していたからだ。座らせた後、どこかに異常が起きてないかを上から確認していった。

 

もしかしたら見えないだけで、どこか怪我をしているかもしれない。そして一通り確認すると、何かを納得したかのように大きく頷き、背を向けてその場を立ち去ろうとする。

 

 

「あっ……ま、待ってください!!」

 

「?」

 

 背を向けた時、左腕の肘部分に深紅の赤い筋が垂れているのに気付く。出血の量からしてそこまで大きな傷ではなく、何かで止血すれば止まるようなものだった。その怪我が庇った際に出来たものだと気付くのに時間は掛からなかった。

いくら衝撃を緩和するように受け身を取ったとしても、地面に落ちた時に摩擦により傷の一つや二つ出来ていたとしても何ら不思議ではない。

 

むしろ怪我をして無い方が不思議だろう。伝う血液が地面にポタポタと垂れているのを見ると、どうしても自分のせいで怪我を負わせてしまったと、自責の念にかられる。

 

 

せめて何か出来ないかと、ナギは救ってくれた恩人に声をかける。声をかけた後に、おもむろにポケットから何かを取り出した。取り出したのは可愛らしいピンク基調のハンカチと、動物の絵が掛かれている絆創膏だった。

 

声をかけられて何事かと剣士は振り向いて、ナギの元へと近寄ってくる。まさか身体の一部を怪我していたのかと。

 

 

人一人分の距離にまで近寄ると、そっとその場に腰を下ろし、上から威圧しないように下からナギの顔をジッと眺める。立ちながらでは元々の身長差がさらに広がってしまい、相手のことを威圧してしまうのではないかと、考えての行動なのかもしれない。

 

剣士とナギでは身長差がある。立った状態では必然的にナギが上目遣いで、上から見下ろされる立場にあった。

 

後ろに備え付けられているのは、日本刀をモチーフに作られたサーベル。そしてラフな服装から分かる体つきのよさ。

 

理想的な体つきは、よくテレビなどのイケメンモデルなどが肉体美などと言って披露していることもある。ナギ自身も陸上部に所属しているため、運動するための筋肉がどのようなものなのか知っている。目の前の剣士の体つきは運動用の筋肉ではなく、明らかに戦うために鍛え上げられたものだと理解した。

 

少し緊張しながらも勇気を振り絞って、言葉を続ける。

 

 

「その……助けてくれてありがとうございます。わ、私にはこれくらいしか出来ないですけど……」

 

 

顔を赤らめながら、いそいそと剣士の左手を手に取る。そして、怪我をしている部分に優しくハンカチを当てて、止血を始める。傷の治りが早いのか、出血自体もそこまで酷いものでは無くなっていた。

 

肘付近に付いた血液を拭いさると、絆創膏を痛みが出ないように丁寧に被せた。

 

せっかくのハンカチが血液で真っ赤に染まっている。本来なら女性としても由々しき事態ではあるが、今はもう関係なかった。

 

とにかく、何でも良いからこの人に恩返しをしたい。それがナギの思いだったのだから。

 

 

傷の手当てを受けた剣士は不思議そうに、手当てされた箇所を眺める。

 

 

「……」

 

「とりあえず、血は止まったと思うから……ふわぁ?」

 

 

右手を伸ばし、頭の上を優しく撫でられる。言葉を喋らないなりの、感謝の気持ちなんだろう。顔を赤らめながらも、気持ち良さそうに目を細める。

 

やはり不思議と嫌な感じはしなかった。

 

 

そしてある程度頭を撫でたところで、手を離してナギに背を向け、アリーナの方へと歩き出す。後ろ姿をぼんやりと見つめながら、何気なく思ってしまう。

 

―――助けてくれた仮面の剣士は実は大和ではないかと。

 

 

しかし声をかけようとした時には既に、剣士の姿はなかった。本気であのISと生身で戦い合うのかと、心配の念がより一層強くなる。いくら心配しても、今の自分には"彼"の手助けをするための手段は何一つない。今歩けるようになってアリーナに向かったとしても、また迷惑をかけることになる。

 

下手をすれば今度こそ、命を落とすかもしれない。今は無事を願って待つしかない、彼女にとってその時間が果てしなく長い時間にも感じられた。

 

 

「―――……」

 

 

剣士が走り去った方角に、何かを一言二言呟く。呟いた声は偶々吹いた風の音によってかき消された。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。