IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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全ての真実は闇へ

「バイバイきりやん~!」

 

「今日は楽しかったよー! また今度やろうね!」

 

「おう、そうだな! 今度やるときはもっと料理の腕を上げておくから、期待していてくれよ!」

 

 

とても騒動の後とは思えないほどの盛り上がりを見せた食事会は、無事に終わった。部屋から立ち去るクラスメートたちを部屋の入口で見送り、その姿が見えなくなると部屋の中へと戻り、残っている片付けをし始める。

 

ある程度の食器洗いは料理を作ってくれたお礼として、皆が手伝ってくれたため、実際は殆ど残っておらず、乾燥機に洗った食器を並べるだけで良い。

 

食器を片付けながら、今日の食事会について振り返ってみる。

 

 

 

料理をなるべく早く作るように急いだものの、食事会が始まったのは七時手前だった。

 

作った料理はなかなかに好評で、俺としても作り甲斐があったというもの。お陰さまで今日の疲れを忘れると同時に、時間も忘れて消灯時間近くまで遊んでいた。

 

遊び道具といえば、わざわざ女性陣がトランプやらボードゲームやらを持ってきてくれたお陰で、暇を感じること無く時間だけが過ぎていく。

 

ゲーム時は一夏の隣は誰が座るのか、篠ノ之とセシリアと鈴の取り合いが始まり、それを周りが茶化したりからかったりと、如何にも高校生らしいことをした数時間だった。

 

 

 

 

 

……途中から気になったとすれば一つ。

 

 

元々気まずくなっていたのは分かるが、それ以上に何かナギの反応が変わっていたことについて。

 

俺以外との話はしっかり出来るものの、俺との会話は『あ、う……』と壊れたロボットみたいだった。変化が起こる前までは特に会話することに関して、問題はなかったのに急に起こった変化に驚くばかり。

 

視線が俺と合うことも一度もなく、まるでナギ自身が意識的に顔を背けているみたいで、何があったのか探ることは出来なかった。

 

 

 

反応が変わったのはどの辺りからだったかと、食事会のことを思い返してみる。

 

部屋に来た時点ではまだ特に変わったことは無かったはず。人前で抱きついてしまった恥ずかしさから、チラチラと何度も人の顔を繰り返し見ることはあったが、あくまでそれだけ。

 

その後の手伝いもきっちりとやってくれたし、特に俺が何かをやらかした訳でもない。

 

 

 

 

 

 

 

……? ちょっと待てよ、何か重要なことを忘れている気がする。他に何かあったはずだ、ナギの反応が変わる何かが。

 

今一度当時の記憶を遡っていく。確かあの後、やけに部屋の方がうるさいなと思いつつも、気にせず普段通りに料理を続けた。

 

 

「……」

 

 

それから作った料理が一杯になったから、一度部屋の方に全て運び出そうということで、鷹月とナギに手伝ってもらったことも、そこでのナギの反応に少し凹んだこともハッキリと覚えている。

 

 

で、その後にフライパンに焦げ付いたタレを取ろうとして、一夏からもらった水を……。

 

 

「―――ッ!! 馬鹿か俺はっ!!」

 

 

思いきり溢した。それも怪我をしている方の左腕に、ワイシャツに水がかかれば、ワイシャツが透けて肘に貼ってある絆創膏がモロに見える。もしその絆創膏をナギが見てしまったとしたら……全て合点がいく。

 

仮面の剣士は俺だという真実に辿り着く。

 

あの後水に濡れた絆創膏を急いで外して、上着をジャージに着替えたが、一瞬でも見られていることに俺自身が早く気付くべきだった。更にいうなら、バレる可能性を危惧して先に貼った絆創膏を、すぐに外すべきだった。

 

……でも、どうしても外せなかった。

 

 

「……」

 

 

 これからどうするか、正直俺が護衛をしてることを知られるのは最小限に留めたい。今回、まだ完全にバレたかどうかは確認できないものの、恐らくはバレているだろう。

 

偶々絆創膏を同じ場所に貼っていたと嘘を付いたとしても、そんな偶然があるかと思われるのがオチだ。ナギの性格からして、そう簡単に外部に情報を漏らすようなことはしないと思うけど、それでも注意する必要はある。

 

 

……本当はあまりバラしたくは無かったんだけどな。バレてしまった以上、もうどうしようもない。俺がいくら弁明したところで、ナギの中にはあの剣士の正体は俺だと残るわけだから。

 

 

「仕方ない……聞かれたらその時に答えれば良いか。そうすぐに話すようなことでもないし」

 

 

バレたからといってこちらから真実を話すものでもなければ、話して良い内容でもない。あくまで深く聞かれたときに、答えられる範囲であれば答える。答えられないことに関しては、一切答えない。

 

ナギが分かっているのは、あの時助けたのが俺だということだけで、他のことに関しては一切知らない。つまり俺が一夏の護衛をやっていることも全く知らないはずだ。

 

 

ただナギの中では、俺が何者なのか、何をしているのかという疑問が強くなっているのも事実。これからの行動には気を付けなければならない。

 

 

「あぁ……何か無駄に疲れたな今日は」

 

 

洗い終わった食器を乾燥機にバランスよく並べ、乾燥機の蓋をしてタイマーをオンにする。やるべきことを全て終えたところで、全身を襲ってくるのは今日一日分の疲れによる眠気だった。

 

人間、欲には勝てない。特に今日はいつも以上に身体を動かしすぎた。対人戦闘一回と、対無人機戦闘一回。対人戦だけでも十分だというのに、更に無人機と闘った俺の身体は既にくたくたに疲れている。

 

重い足取りでフラフラとベッドへ向かっていく。もうなんかベッド無くても、このまま床で寝て良いんじゃないかと思うくらいだ。

 

朝起きた時に後悔しなければ、俺としても是非そうしたいところ。

 

 

 

うつ伏せのまま大の字でベッドに倒れ込む。ボフッという柔らかなクッション独特の音と共に、俺の身体をベッドが包み込む。

 

この感触のために生きているのかと言われれば、断定は出来ないが、否定も出来ないところが悩ましい。

 

こんな時のためにと、シャワーは食事会が始まる前にさっさと済ませておいた。つまり後はもう寝るだけ……じゃなかった、洗顔と歯磨きが残っていたか。

 

 

「んー……」

 

 

もはや寝る一歩手前。眠りに落ちようとする身体を無理矢理起こして、再度洗面台へと向かう。いくら眠いとはいえ、歯磨きをしないで寝てしまうのはどうなのかと身体が洗面台へ向かって歩き出していた。

 

時間的にはまだ消灯時刻にはなっていないが、眠いものは眠い。いつもより寝るのが早い分、明日早く起きればいい。

 

さて、じゃあ歯を磨いた後に……。

 

 

 

コンコンッ

 

 

 

「へ? 誰だこんな時間に」

 

 

洗面台の入口の取っ手に手をかけると同時に、部屋の扉がノックされる。夜も遅いのに何の用だというのか、この時間に部屋に来そうな人物といえば誰だろう。一夏は今帰ったばかりだし、他の女性陣が戻って来たとも考えにくい。

 

消灯時間も近いし、寮長の千冬さんに歯向かってまで来る生徒はいないはず。となると残るのは千冬さんを筆頭とした教師陣か、大穴いって生徒……の中でも来るとしたら楯無さんくらいだろうか。

 

先に洗面台へと向かおうとした身体を、部屋の入口に方向転換する。あまり人を待たせるのも良くないので、先に訪問者に対応することにした。

 

ドアノブに手をかけてドアを開く。

 

 

「はい、どちらさん?」

 

「あ、あの。ごめんね? 折り返しになっちゃって」

 

「あ、あれ。どうした? 何か忘れ物でもしたか?」

 

「ううん。そういう訳じゃなくて……」

 

 

訪問者は千冬さんなどの教師でもなければ、楯無さんでもなかった。完全に予想外の訪問者に、思わず半噛みになりながらも対応する。

 

忘れ物では無いってことは、恐らくは今日の件についての話か。

 

 

「えーっと、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

「お願い?」

 

「う、うん」

 

 

どこかソワソワして落ち着かない。何とか目を見て話そうとするも、すぐに目を逸らしてしまう。明らかに質問して良い内容なのか悩んでいるみたいだった。

 

そのお願いが簡単なものだったら良いなと思いつつも、絶対にそんな事は無いだろうなという結論に辿り着く。

 

つまり俺が言いたいのは、どうあがいても絶望……俺に逃げ場は無いらしい。

 

ここまで来たら俺も腹を括ろう。

 

 

「その……えーっと」

 

 

やはり言いずらいのか、中々話が出てこない。聞きたくても、俺が話したくないことなのかもしれないと悟っているようにも見える。

 

正直、俺も自ら進んで話したいとは思わない。ただ、この状況下に置かれたらもはや逃げる場所もない。言わせる雰囲気にさせられているみたいだ。

 

 

「実はね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり無人機でした」

 

「そうか」

 

 

一夏や大和の手により沈静化させられた無人機が、地下数十メートルに造られた空間に運び込まれていた。運び込まれた無人機はISと呼べないほどに、バラバラに分解されている。

 

決して解析のために分解されたのではなく、元々バラバラにされていたものをここに運び込んだ。バラバラにした張本人は仮面の剣士こと、霧夜大和。

 

正体を知っているのはごくわずかで、この空間では千冬のみ。

 

 

空間に設置されたモニターには、先程のクラス対抗戦の一回戦の映像が繰り返し流されている。千冬はその中の特に大和が戦っているシーンを何度も何度も見返していた。

 

事態が収束した後、彼女はすぐさま大和の元へ会いに行った。一体何をしたのかを彼の口から聞き出すために。

 

だが、返ってきた反応は完全な拒絶。自分が無人機を倒したことこそ否定しなかったものの、大和自身のことに関しては一切答えることはなかった。

 

千冬とて、大和が霧夜家の当主をしていることは入学前から知っている。だから間違いなく、そこら辺の一般人はもちろん、熟練した格闘家でも生身では敵わないことくらいは分かっていた。

 

ただ、いくら強くてもISを生身で倒すことは無理だろうと、そう思っていた。

 

 

 

しかし、実際に目の当たりにしたのは大和の鬼神染みた強さだった。

 

初めこそ何を生身で飛び込んできたと心配したが、後半は完全にその気持ちなど無い。何をどうすればそこまで強くなるのか、何とかして聞き出そうとするも大和の口は固かった。

 

 

「本当に不思議です。ISが勝手に動くなんて、今までそんな事例はありませんでしたし。実証しようにもあの剣士の斬撃で中枢機能の殆どがやられていて……」

 

「実証は無理か……それで、コアの方はどうだ?」

 

「……それが、登録されていないコアでした」

 

「そうか」

 

真耶の返答にやはりかと目を細めながら、無惨な姿に変わり果てた無人機を眺める。何故このISは勝手に動いたのか、そもそもの問題はそこにある。ISは人が乗らなければ動かない。各国の研究者たちがこぞって研究を続けているも、まだどの国もその技術は完成していない。

 

遠隔操作なのか、それとも独立機動なのか。どちらにせよ、今回見たことは完全に口外することを禁止する箝口令を敷いた。

 

どこかの国が成功したのか、それともはたまた別の何かがあるのかは現段階では分からない。ただ千冬の口振りはどこか確信染みたものがある。口振りに違和感を感じたらしく、真耶が怪訝な表情を浮かべながら尋ねてきた。

 

 

「あの、織斑先生。何か知ってるんですか?」

 

「……いや、今はまだ何も分からない。今は、な」

 

 

 再びモニターの方へと視線を移し、先の戦闘を見始める。同じように真耶もモニターへ視線を向けて、対抗戦の一部始終を観察する。

 

何度見ようとも、大和の戦い方は凄まじいものがあった。大和の攻撃が無人機に届いたのは、白式の零落白夜でシールドバリアーを破壊したからとはいえ、剣捌きに関しては熟練の剣豪でも真っ青なほど素早くて正確なものだ。

 

腕を切り落としたら流れるような動きで両足を切断、そのまま頭部までも切り飛ばした。この間わずか数秒と掛かっていない。使っているのが日本刀ではなく、軽量化されたサーベルだから、素早く振り回せる反面、強度は純粋な日本刀に比べて圧倒的に脆い。

 

少しでも切り方を間違えれば、すぐに刀身が折れて使い物にならなくなる。故に扱い易い分、正確な剣捌きが必要となるため、日本刀に比べると攻撃力も低く、扱いにくい部分も多い。

 

今回、サーベルで切り落としたのは鉄製の装備のため、よほど抵抗なく斬り込まなければすぐに折れていただろう。

 

 

しかし現実にサーベルは一本たりとも折れていない、それどころかまるで斬れぬものの無い名刀のような切れ味を誇っている。

 

刀身が丈夫とも考えられるが、刀身を強固なものにすると質量が重くなって振り回しにくくなってしまう。と、考えると極めて高いのが剣捌きがかなり高いレベルにあるということ。

 

 

そして、ISが反応出来ないほどのスピードで、針の穴を通すような精密さを兼ね備えた斬撃と、人間離れした身のこなしを見れば、何者なのかと気になるのも無理はなかった。

 

特に千冬は大和の本職を知っている。知っている上で、あれだけの戦闘力を見せられれば、かつて世界の頂点を取った者とはいえ、気になるのは必然。

 

同時に何者なのかと聞いてしまうのも、無理はなかった。

 

 

「本当にあの人、何者なんでしょうね? 生身でISと渡り合えるなんて、熟練したIS操縦者でも厳しいのに……」

 

「さぁな。世の中には私たちが知らないだけで、強い人間はいくらでもいる。その一人があの剣士だったというだけだろう」

 

「なるほど。……って織斑先生、どこか嬉しそうじゃないですか?」

 

「そう見えるか?」

 

「はい♪ 強い男性って織斑先生の好みでしたよね。あの人が男性かは断定出来ないですけど」

 

「……ふん、勝手に言ってろ」

 

 

真耶の一言に対してぶっきらぼうに返す千冬。どうやら図星らしい。

 

 

「……後は誰があの無人機を送り込んできたか、だな。少なくとも、ISは勝手に造れるものではない」

 

「そうですね、本当に誰なんでしょう?」

 

「ふん。どこの天才がやったのかは知らんがいずれは明らかになるだろう。……山田くん、引き続き解析を」

 

「はい、分かりました」

 

 

モニターを見つめる千冬の表情は、無人機を送り出してきたのが誰で、何が目的だったのかを悟ったような表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっす大和」

 

「おお、一夏。おはよう」

 

「なぁ大和ってゴールデンウィークどうするんだ?」

 

「ん、俺?」

 

「おう、もう今週終わったら休みに入るだろ? 俺は学園にいようとは思っているんだけど……」

 

 

クラス代表戦が終わった次の日、多少の無茶をしたせいでいつもより身体が重い。体中が筋肉痛……と言われればそこまでひどくはないものの、とにかく疲れが身体にまだ残っているのは事実だった。そのため、若干朝食もいつもより控えめだったりする。

 

学食のおばちゃんにはいつもより少なめだったことに驚かれ、『どこか体調でも悪いのかい?』とまで言われる始末、そこまで心配されるとどう返していいのか分からなかったため、こんな日もありますよくらいに濁して誤魔化しておいた。

 

 

さて、そんな疲れと戦いながら朝食を取っていたわけだが、いつもよりゆっくりの目覚めの一夏が俺の席の隣にトレーを置いた。

 

開口一番に飛び込んできたのは、今週末に迫った黄金の曜日……ゴールデンウィークについてのことだ。

 

 

「あー俺も残ろうと思ったんだけどな。家のこととか色々あるからほとんど寮にはいないんだよな……」

 

「そうか……ん? 家のことは実家に帰るってことだとしても、色々って何をやるんだ?」

 

「……色々は色々だ」

 

「おい何だ今の沈黙!? 絶対何かあるんだろ!?」

 

「ちょっ!? マジで何もねぇって!」

 

 

ちょっ、いつもは鈍感なのに何でこういう時だけこんなに鋭いんだよ!?

 

女性関係にはとんと疎いのは事実だが、他人のことについては凄まじいくらい敏感だってことをすっかり忘れていた。ガタリと席を立ちあがり、俺のもとへと近寄ってくる。

 

その掛け合いが周りにいる女性陣、特にそっち系の思考がある人間に見られたらあらぬ誤解を受けるのは必然。

 

 

「や、やっぱりあの二人って出来ているのかしら?」

 

「でもいつも一緒にいるイメージがあるのは確かだよね!」

 

「今年の夏は大和×一夏だと思ったけど、一夏×大和もありね!」

 

「ぐへへへ……今年の夏もネタに困りませんなぁ」

 

「ちょ、アンタ! 涎垂れてるって!」

 

 

―――あぁ、やっぱりな。

 

予想通りの反応に、俺は考えるのをやめた。特に最後から二番目、それ公の場でやったら完全に怪しい人物だからな、なるべく自重するように。うん、さすがに俺も声だけだったらまだ良いけど、目の前でリアル涎を流されてぐへへへなんてされたら引く。

 

みんなもよく考えてほしい、目の前にそんな人物がいたらと。しかも無機質な目で自分のことを見つめていたとしたら……。

 

だめだ、考えただけで背筋が凍る。

 

 

「だぁあああ! もう離れろって!」

 

「そ、そこまで嫌がるなら……」

 

 

特にべったりくっついているわけではないが、少しでも近い距離にいるとどうしてもさっきの女子みたいに反応してしまう子もいるので、少々乱暴に離れてもらった。

 

 

「そうしてくれると助かる。ちょっと周りの状況が状況でな」

 

「周り? ……あぁ、確かにそうだわ」

 

 

俺の一言に疑問を抱き、改めて一夏は周囲の様子を一度見回す。すると俺の言ったことが理解できたのか、納得した表情で席に座りなおしてくれた。

 

 

「ま、とにかく割と予定が多いんだわ。一応夜は寮にいることも多いけど、昼はちょっと空けることが多くなる」

 

「そうなのか……ま、そうだよな。せっかくの長期休暇だし、家族に会いたいよな」

 

「んーそうだな。とはいってもみんなで遊びたいのも事実だし、予定ってうまくいかないよな」

 

 

 朝食で頼んだ卵焼きを口の中へ運びながら、予定の組み合わせの悪さにため息が出てくる。さて、実際のところを言うと一度実家に帰るのは事実だ。たかだか一ヶ月ちょっと離れただけでも、何回か不安だったこともある。

 

姉離れ出来ていないとでもいうのか、あまり周りのことをとやかく言えないのが現状だったりする。シスコンとか言われてもぐうの音も出ないあたり、やっぱりどこか千尋姉に依存している部分があるんだろう。

 

姉弟の絆なんてよく言われるが、最近それ以上の関係なんじゃないかと思ってしまうこともしばしば……って何言ってんだ俺。

 

 

と、とにかくゴールデンウィークの半分は実家に帰り、残りは寮へと戻ってくる予定になっている。何度も言うように他の予定に関しては完全に秘密ということで、よろしく頼む。

 

 

 

「あ、一夏と大和じゃない。隣いい?」

 

「鈴か、一夏の隣空いているからさっさと座んな。篠ノ之たちに取られるかもしれないぞ?」

 

「あ、アンタは顔合わせるたびにからかってるわね!」

 

「まぁまぁ、いいから座れって。それとも座りたくないとか?」

 

「うぐぐ……わ、分かったわよ!」

 

 

一夏と話しているとトレーを持った鈴が立っていた。

 

 

一夏のことが気になっているのは完全に周知済み、手玉に取る気はないが、どうしても鈴のことはからかいたくなってしまう。もちろん悪気は全くない、一切ない。そこは断言できる。そもそも悪気があったらもっとひどいことを言っているし、そもそも悪口は俺の性に合わない。

 

渋々納得しながら一夏の隣の席をガラガラと引いて座る。鈴の持っているトレーには朝っぱらだというのに麻婆豆腐が乗っかっている。朝から濃い物を食べれるなと感心しながらも俺は自分の朝食を進める。

 

何だかんだ言っても朝食に味噌汁があると、日本人としての心がそう思うのかすごく落ち着く。作っているおばちゃんの腕もいいんだろうけど、家庭の味が強く出ている。

 

味噌汁を啜りながら、結局二人は仲直り出来たのか。そのことについて俺は話しはじめる。

 

 

「んで、お前ら結局仲直りしたのか?」

 

「一応な。何で怒っていたのか未だによく分かんないけど。俺が考えたことも違っていたし」

 

「ちょっ、一夏!」

 

「考えていたこと?」

 

 

とりあえず二人が仲直り出来たことはよく分かった。というより、ここに来た時点での鈴の雰囲気が以前のものとは違っているし、何となくもう大丈夫だろうとは思っていたけど、心配する必要は完全に無くなった。

 

そこはいいものの、最後に一夏が言った一言。

 

俺が考えていたことも違っていたとはどういうことなのか。俺が知っている情報は鈴と交わした約束を一夏が勘違いして覚えていたところまで。そこから先のことに関しては一切触れていない。

 

故に一夏が保健室に運ばれた後鈴と何があったのかは知らないし、分からない。どういうことなのか、続く一夏の言葉を待つ。

 

 

「ああ、言葉の意味についてなんだけど。毎日酢豚を食べてくれるって意味が、俺の解釈だと毎日味噌汁をって意味だと思ったんだけど、どうにも違ったみたいで」

 

「……」

 

 

朝っぱらから何を言っているのか。

 

何を盛大に告発しているのかと突っ込みたいところだ。つまり女性の告白台詞の意味を折角一夏が理解したというのに、今のことから想像するとそれを鈴は否定してしまったことになる。

 

ここで言うのもどうなのかって話だが、それ以上に周りを出し抜くチャンスだったのに、何故否定してしまったのか。おそらく昨日の保健室で起こったことなんだろうけど……。

 

 

「鈴」

 

「な、何よ?」

 

「……これでも飲めよ」

 

 

何故か今日の朝に限って買ったスポーツドリンクのペットボトルを鈴に差し出す。

 

 

「余計なお世話よぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 

結果的に火に油を注ぐ形になってしまい、食堂に鈴の心の叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むー、結構自信作だったのにぃ! あそこまでする必要も無いじゃんかぁ!」

 

 

 とあるモニタールームにて、目の前に展開されるディスプレイをぷくりと頬を膨らませて眺める女性が一人。ディスプレイに映し出されているのは他でもない、無人機と戦う一夏や鈴、そして大和の姿だった。

 

大和が両手にサーベルを握りながら、無人機に詰め寄っていく場面が映し出されると、束の視線が変わる。滅多に見せない真剣な表情で、無人機を圧倒する様子をじっと見つめたまま、一言も喋らない。

 

やがて完全に無人機が動かなくなると、無人機をまるでゴミのように見つめ、そして足早にアリーナを過ぎ去っていく。そこで、モニターの映像が途切れた。

 

 

映像を見終わると、そのまま自分の身体を背もたれに預けて、両手をぐっと上に向かって伸ばす。

 

 

「んー、流石といったところかなぁ。でもこの束さんが目をかけたんだからそれくらいはやってくれないとねぇー!」

 

 

彼女の声から察するに、IS学園に無人機を送り込んだ張本人は束ということが分かる。何故IS学園に無人機を送り込んだのか、彼女の考え方は分からない。

 

もう何日寝ていないのか、目の下にはクマが出来ている。彼女を支配するのは興味に対する欲望。己の欲求を満たさなければ、彼女が本当に休める時は来ない。

 

そもそもどんな困難な問題も、いとも簡単に解いてきた束にとって自分が満たされることは一度たりともなかった。いつからこんなことになったのか、もうそれすらも覚えていない。

 

三食きっちりと食事を取って、夜を迎えれば布団に籠って睡眠を取る。そんな当たり前の生活をここ十年間ほど出来ていない。

 

それは実の妹、箒と別れてからずっと続いている。もう寝ることも食べることも、彼女にとってはさほど重要なものではなくなっている。

 

何度も言うように、彼女を満たせるのは彼女が興味を示した人間、またはモノだけ。

 

 

「でももうちょっといっくんの戦いも見たかったかなぁ。ま、色々面白いものを見せて貰ったし、束さんとしては満足なんだけどねー!」

 

 

今日の出来事に満足したとハッキリと言い切る。彼女は満足したとしても、今回のことに怒りを抱いている人物もいる。それが興味の対象である大和だというのは、まだ束自身も知り得ないこと。

 

全ての真実を大和が知った時、彼は何を思いどう行動するのか、それはまだ誰にも分からない。

 

 

「本当に、流石だよ。あの子は……」

 

 

新たな研究対象を見つけたかのような満足げな表情を浮かべながら、何度も何度も大和のことを賞賛する。どうしてここまで束は大和に対して興味を持つのか。

 

他人には全くといって良いほど無関心で、強く拒絶していたというのに、何故……。

 

 

「……やっぱり欲しいなぁ、あの子」

 

 

いともえげつなく発せられる欲しいの一言。どのような意味がそこに込められているのか、本当の意味は分からなくとも、何を言いたいのかよく分かる。

 

 

 

霧夜大和という人間そのものが、研究材料として欲しいと。好意でもなければ、友達としてでもなんでもなく、あくまで研究の対象として。

 

その口振りは他の誰もが知らぬ全てを知っているようなものだった。一夏や楯無などの生徒はもちろんのこと、真耶や千冬などの教師陣すら知り得ないこと。

 

大和の過去を知っている人間はほんのごく僅かしか居ない。ハッキリと言えば、IS学園で大和の過去を知っている人間は一人も居ない。

 

では誰が知っているのか。

 

 

束を除けばたった一人、大和の過去を全て知っている人物がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――霧夜千尋。霧夜家先代の当主であり、幼い大和を拾い、十年に渡って女手一つで今まで育ててきた、大和のたった一人の肉親。恐らく、身近で大和のことを知っている人物を挙げるとするのなら彼女だけだ。そして束以上に、大和のことを知り、心の底から大切にしている。

 

大和が心を開き、自分の欲望だけでなく人のために生きることを教えた人物。

 

自分に厳しく、他人に優しい。そしてその武力のみならず、人としても強い。世界最強の座に上り詰めた千冬さえも、千尋の生き方に憧れ、尊敬の念を抱いている。

 

 

大和のことを知るのはごくわずか、それを束は知っていた。

 

 

「あの子は唯一の___だもんね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが明かされるのは、まだ先のことだ。








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