IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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昼間のデート 前編

「ここか。確か時計台の下で良かったんだよな」

 

 

待ち合わせの場所に約束の時間よりも早くついた俺は、時計台に背を預けながら相手を待っていた。

 

よく待ち合わせの時間より早くつくと、既に相手は待ってましたなんてシチュエーションも想定したが、そこまで都合のいいシチュエーションは無かった。むしろあまり早くから来られても、後から来たこちら側には罪悪感しか湧いてこない。

 

見渡す限り、まだ約束の相手は来ていない。時間もまだあることだし、ゆっくり待つことにする。

 

 

IS学園にいる時の大半が制服で、授業が終わった後は基本的にタンクトップにジャージといった、放課後の学生の代名詞みたいな服装だった。

 

だから私服を着る機会が少ない。無い訳じゃないけど、私服を着る回数が圧倒的に少ないのは事実だ。

 

何の気なしに自分が着ている服装を確認してみる。濃い青色のジーパンに、薄ピンクのインナー。サイズは小さめのものをチョイスしているため、割と胸元あたりがきつめになっている。

 

はい、そこ。筋肉バカとか言うな。

 

上着はシンプルに白い襟シャツを羽織っている。気温も一時期に比べて幾分上がっているし、そこまで厚着をしなくてももう寒くはない。厚着をしたところでかさばるだけだし、手に持つことを考えると、初めから持ってこない方がいい。

 

 

どこかおかしな部分は無いかと、隅々まで確認する。外に出る時くらいは多少のお洒落はしたい。

 

 

「お、お待たせ!」

 

 

ふと、声が掛けられたと思うと、視線の先にブーツを履いた足下が映る。

 

 

「ん、あぁいや。俺もちょうど今来たところ……」

 

 

視線を上げて姿が目に入ったところで、思わず言葉を失ったまま立ち尽くしてしまう。あくまでプライベートということで、着ている服も制服ではなく、外出用の私服だ。

 

当然私服を来てくることくらいは分かる。上手く言い表せないが、問題はそこではない。つまりあれだ、あまりにも似合いすぎていて言葉が出てこない。

 

肩まで大きく空いたラフな上着に、中にはいかにも女性らしさをかもし出すキャミソール。更に服装だけではなく、いつもと雰囲気がどことなく違って見えるのは何故か。

 

 

「ど、どうかな?」

 

「あー……うん。似合っているぞ」

 

 

返す言葉も単調、しかしそれ以上どう言い表せば良いのか分からなかった。無意識に鼓動が早まっていくのが分かる。顔を赤くさせてやや垂れ目になりながら、待ち合わせの相手であるナギは控えめに聞き返してくる。

 

 

「ほ、ホントに? 変じゃない?」

 

「あぁ。なんつーか、ナギらしさが出ていると思う」

 

「わ、私らしさ?」

 

 

 私らしさって何かと問われれば、俺としては答えようがない。とにかく言えるのは、着ている服が凄まじく似合っているといったところか。

 

IS学園の制服デザインも中々にくすぶられるものがあったが、私服は私服でこれもまた良いもの。ここで変ですと言い返す人間がいたとしたら、目が腐っているとしか思えない。

 

まぁ、本人の美に対する意識が高すぎたり、一般的な考えからズレた思考だったりしたら何も言わないけど、流石にこれを見て変ですはないだろう。

 

 

と、ここでいつまで話していても仕方がない。待ち合わせの時間よりほんの少し早いけど、歩き出すとしよう。

 

 

「じゃ、行こうか。時間がもったいないし」

 

「あ、うん。そうだね」

 

 

 そういえば、女の子と二人きりで出掛けるって初めてな気がする。家族と行ったといえば何回もあるけど、仲の良い女の子とというシチュエーションは今まで一度もない。そもそも女性と関わること自体が少ないため、経験が無いことに特におかしな点はない。

 

……悪かったな今まで女性の関わりがない、ヘタレ君で。

 

 

 

ちなみに今日こんなことになっているのには、一週間ほど前にあったクラス対抗戦の日の夜に遡る。ナギに助けたのが俺だとバレたと悟ったあの夜、不意にナギは俺の部屋へと訪問してきた。

 

当然事を悟った後だけに、俺の正体を聞きに来たのかと身構える。

 

もし聞かれたら、あの時助けたのは自分だという事実だけ伝え、護衛をやっていることと、ここに来たもう一つの目的は伏せようと思っていた。

 

 

が、ナギの口から発せられたのは俺が考えもしないような斜め上を行くものだった。

 

 

……まさかゴールデンウィークのどこかに空いている日は無いか、なんて聞かれるとはな。どう説明しようかと張りつめていた空気が一瞬にしてなくなったわけで。

 

 

「意外っちゃ、意外だったよな」

 

「え、どうしたの?」

 

「あ、いや。こっちの話だ。忘れてくれ」

 

「?」

 

 

思わず声に出してしまい、危うく心の中で思っていたことがバレかけた。ナギはナギでどうしたのだろうかと、やや控えめに俺の事を見つめてくる。最近こんなこと多いなと思いつつも、すぐに切り替えて前を見る。

 

無意識のうちに声に出てしまったって経験、皆には無いだろうか。よくあるよね、頭の中で口ずさんでいる歌が、実際に声に出てました的なこと。

 

ナチュラルに口説いた件といえ、今回の件といえ、色々とやらかし度が上がっている気がしてならない。いや、実際に上がっているんだろうけど。

 

むしろ上がっているのに、それを矯正できない俺にも問題はある。

 

 

「さて、行き先はどうする? 俺は特に決めてないし、ナギは行きたい場所とかあるか?」

 

「あ、うん。実は今日服を買おうと思ってて……」

 

「服かぁ。そういえばそろそろ夏用の服を準備してもいい時期だよな」

 

 

 目まぐるしく毎日が過ぎ去ったため、季節の移り変わりに気付かなかったが、よく考えてみればもう春が終わる。寒い冬が終わってようやく暖かくなると思っていた春先が懐かしい。もうそろそろ暖かいを飛び越えて暑いの領域に入ってくる。

 

暑くなれば当然今着ている服装は出来なくなる。出来るかもしれないが、暑苦しい服装をわざわざ暑い夏にしようとは思わない。これが俺のファッションだと言われれば止めないけど。

 

今俺が着ている服も春先から梅雨手前までの服装で、夏に着るような服ではない。そこまでまだ暑くないからこの服装でいられるものの、暑くなったらいようとは思わない。だって暑いって分かっているのに、汗だくになりながら春先の服を着るのはどうなんだろう。

 

 

とまぁ色々述べたわけだが、さしあたり俺も夏用の服が多いわけではない。一年着ると大体捨てるため、毎年毎年服を買っている。

 

というか季節ごとに服は買い替えている。学生なのにどこにそんなお金があるのかというツッコミに関してはスルーで、金銭事情にはそこまで困っていなかったりする。理由は想像に任せる。

 

 

「うっし! じゃあまず服屋でも回ろうか。結構時間もかかるだろうし、午前中はそれで行こう」

 

「うん、そうだね。でも何か私の予定に合わせちゃったみたいで……」

 

「いや、そこまでに気にしなくても大丈夫。俺もこれといった予定を立てていなかったし、むしろ助かる。折角誘ってくれたのに、いきなり何もやることがありませんじゃ、全く意味ないしな」

 

「そ、そうかな?」

 

「あぁ。俺も新しい服が欲しかったし」

 

 

実際、新しい服が欲しかったのも事実。学園外に出れるとすればゴールデンウィークや夏休みといった長期休暇の時くらい。長期休暇じゃなくても外に出れるかもしれないが、服買う時はゆっくりと時間を取りたい。

 

 

「とりあえず見に行こうか。買う買わないのどちらにしても、ここにいてプラン考えるぐらいなら、見ながら考えた方が効率も良いし。それに……」

 

「うん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――折角の機会だしな。無駄なことで時間食ってたら勿体無いだろ?」

 

 

 

 

 

 

と、俺としては割りと自然な感じに言ってみたわけだが。

 

 

 

「……はぅ」

 

 

顔を赤らめながらポーッと見つめてくる姿を見て気付く。何俺はナチュラルに口説いているのかと。どこの中二混じりのカッコつけ野郎なのか、そろそろ後ろから誰かに刺されたとしても文句が言えないレベルになってきている気がした。

 

まいったな、ナチュラルに口説き落とすスキルなんて全く関係ないと思っていたけど、最近は言うことやること全てが裏目だ。口説き落とすなんて一夏くらいだと思っていた日々が懐かしい。

 

……やめよう、深く考えると悲しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……」

 

 

服を手に取りながらかれこれどれくらいの時間考えているだろうか、一分か、十分か。集中しているとあまり周りのことには気が回らなくなる。

 

割と服選びも簡単ではない。適当に買い漁っても、結局着ないで終わるのが関の山だ。ある程度厳選しながら買うのが無駄な買い物にならない近道……なんて、格好つけて言ってみたはいいものの、本当なら何も考えずに買い漁りたいのも事実。

 

と、いうわけで改めて両手にある二種類の服を見比べる。片方は黒基調の上着で、首元にはネックレスが備え付けられた服。よくバンドのライブとかで着ている人は多いが、外を出歩く人間が着るようなものではない。

 

ライブ限定と考えるならありだが、別にバンドを組んでいるわけではない。

 

 

よってこっちの服は選択肢から外すことにする。買っても着る機会がないなら、買っても仕方ない。

 

 

「さて、こっちは……」

 

 

そしてもう片方、こちらはシンプルに薄灰色基調の襟シャツ。灰色って俺的には涼しく感じるんだけどどうなんだろう。割と色の好みで自分が欲しい服とかそうじゃないかで分かれる気がする。

 

俺はどちらかといえば色合いはあまり気にしない方だ。普段、上着に限るなら白か黒かのどちらかを着ていることが多いが、気分によっては薄い青やピンクを着ることもあるし、インナーも黒以外のものを着ていることもある。

 

 

「こっちはキープするか。後はどうするか……」

 

 

服選びも簡単じゃない。種類は膨大なものがあるし、その中から好きなものを選んだところで一つ二つに絞りきれるものでもない。

 

ただ厳選しすぎてしまうと、選ぶものが無くなる。ある程度気に入ったものは、買うつもりでキープすることにする。実際そこまで高い買い物ではないし、気に入ったものは全部買うなんて真似をしなければ大丈夫なはずだ。

 

さて、そこそこ遠出をしたのだからもうちょい欲しいところ。結局数十分悩んで選んだのが一着だけとか笑えて来る。さすがに悩みすぎた。

 

つい先ほどまでそばにいたナギも、あまり長く俺の方につき合わせるわけにもいかないので、一旦離れ離れになっている。ナギ自身も自分の服を選ぶって目的があるわけだし、一日俺の傍にいたら何も出来ないで終わる。

 

……単純に俺が早く終わらせればいいんだろうけど。

 

 

 

 

「ねぇ! ちょっとアンタ!」

 

「ん? どうしました?」

 

「どうしました? じゃ、ないわよ。これ買ってきて!」

 

「はい?」

 

 

声がする方を振り向くとそこにいたのは女性。当然声色と口調で気がついたわけだが、どうにも口の利き方がうちのクラスメートと違ってなっていなかった。

 

以前のセシリアが俺と一夏に取っていた高圧的な態度なんて可愛いもの。目の前にいる女性達は俺のことを対等の人間として見ていない……つまり、完全に女尊男卑の思考に染まっている。

 

自分達が選ばれた人間とでも思っているのかどうかは知らないが、口の聞き方を間違えると大事になるのは間違いなかった。

 

相手を下手に威圧しないように、言葉を選んで返していく。

 

 

「買ってくるのはいいですけど……代金は?」

 

「はぁ? アンタ何言ってるの? 代金くらいそっちで何とかしなさいよ!」

 

「いやいや、流石にそれはないでしょう? 人に買わせといて料金踏み倒すって」

 

「何よ、私に楯突く気? 今のご時世で女性に歯向かうなんて、良い度胸してるわね!!」

 

「……」

 

 

俺としてもなるべく下手に出て穏便に済ませたいものの、ここまで理不尽の度が過ぎるともうどうすれば良いのか。相手は相手で油を注げばいつでも爆発しそうな感じだ。

 

ここまで荒立った相手を静められるのか。否、俺がどう足掻いたところで無駄な気がする。

 

もう何を言っても火に油を注ぐ行為と何ら変わりはない。どうすれば何事もなく終わるのか……この方程式が解ける人物がいたらすぐにでも教えて欲しい。

 

……教えてくれる人が居ても、今から駆けつけるんじゃ間に合わないだろうけど。

 

 

「はいはい、分かりました。素直に買ってきますよ、お待ちくださいお嬢様」

 

「アンタ私のこと舐めてるの? ふざけるのもいい加減にしなさいよ!! どうやら一回痛い目見ないと分からないらしいわね!?」

 

 

遠回しに言った皮肉で、女性の堪忍袋の緒がキレたらしい。もう何を言っても無駄だと分かった時点で、俺には選択肢は無かった。下手に大事を起こせばどんな理由があろうともこっちが悪いわけで。

 

やったやらないの話になっても尊重されるのは女性の意見で、男の俺の弁明なんて一ミリたりとも聞いてくれないだろう。こりゃ警備員呼ばれて終わりだなーなんて思いつつも内心割と落ち着いている。

 

 

「ちょっと警備員こいつ何とかしてよ!! 私のこと散々馬鹿にして!」

 

 

俺が目の前の事態から目を離している間に、見慣れた服装をした男性が立っていた。俺が無視している間にどこからか連れてきたのだろう。今の世の中、男性が右といっても女性が一人でも左といえば意見は左になる。

 

つまり俺に物事を強要したことが事実でも、女性が警備員に嘘を言えば、それが事実として認可される。呼んでくる時に何を吹き込んだのかは知らないが、事実とは反することを言ったのは間違いない。

 

いくら女性が絶対的に優位な時代だとしても、何でもかんでも男性が女性の言うことに従うかと言われればそうではない……と思う。予想できる内容とすれば、単純な脅しだろうな。

 

 

「君、暴力を振るったってことだが、何かしたのか?」

 

 

女性の隣に立つ警備員が一歩前に立ち、厳しい目つきで俺に詰め寄ってくる。暴力ねぇ、手を振るうどころか、俺は女性に触れることさえしてないんだけどな。一体何をどう説明すればそこにたどりつくのだろう。

 

あまりにも無茶苦茶な嘘吐きにげんなりとしてしまう。

 

 

 

しかし……何だろうか? 警備員の行動はどこか嫌々俺を問い詰めているようにも見える。

 

 

「……答えろ」

 

 

じっと俺も見つめ返すと、警備員の瞳にはやはり負の感情を読み取ることが出来た。目立たないようにほんの少し視線を下に向けると、警備員の両手の握りこぶしは震えている。そこで初めて疑問は確信へと変わる、決して本意で俺のことを問い詰めているわけではないのだと。

 

しかし抗えない。抗えないのは言わずもがな、当然冤罪だと分かればそもそも掛け合おうとしない。それでもこうして俺を問い詰めているのは、本当に俺が暴力を振るったのか自分の目で確かめたいからなのかもしれない。あくまで女性優位な世の中であっても、間違ったことはしたくないのだろう。

 

 

女性に媚びることを嫌っている、どこかで見たことがあるような真っすぐな強い瞳をしていた。

 

―――なら。

 

 

「俺は何もやってません。むしろ、そこの女性に無理やりこの服を買わされそうになりました」

 

「なっ!!?」

 

「……それを証明するものは?」

 

「ありません。誰も見てないですから。一つはっきりと言えることは、俺は一切嘘をついていません!」

 

 

 こちらも下手に挙動不審になる必要はない。女性がいるからって間違いを黙認するほど、俺も弱い人間でもない。間違ったことを正しいと認める意味などない、女性だから、優遇されている人間が言ったからそれに従う……そんな世の中でいいのか。

 

 

 

 

―――以前話した、中学時代にされた告白をことごとく断っていた話を覚えているだろうか。

 

俺が中学時代、クラスで浮き気味だった原因の中に、された告白を断り続けていたのも理由の一つにある。そして、その告白の殆どが互いのことをよく知らない状態だったことも話した。

 

ただその他に、女性に媚びることを嫌うといった考え方をしていたのもある。中学時代には既にISの登場で女尊男卑の風潮は出回っており、学校内でも男女の溝というものは大きかった。

 

女子生徒全員が女尊男卑の思考なわけではないものの、一人でもその思考に染まった人間がいれば、それは伝染病のように広がっていく。数多くの男性が女性に媚びる中で、俺は一度たりとも媚びなかった。

 

女性陣には煙たがられたが、特にこれといって自分のスタイルを崩すこともしない。

 

 

 

 

……話を戻そう。ある程度我慢しなければならない理不尽はあっても、自分の信念をへし曲げてまで我慢しなければならない理不尽があっていいのか。俺が暴力を振るったことを認めることで事態が収束するのであれば、認めているかもしれない。

 

でも、事態が収束するようには到底思えない。冤罪を認めるほど、俺は錆びれてはいないし、優しくもない。ましてや折角の時間を邪魔されたことに関しては許せるものでもない。

 

 

ちょうど打開策を思いついたことだし、お灸をすえる意味で少しやり返してもいいかもしれない。

 

俺の返答を警備員はどう感じ取ったのかは分からないが、顔色一つ変えずに俺の顔を見つめた後、大きくため息を一つ吐く。

 

そして。

 

 

「……毎回思うよ、俺この仕事向いてないんじゃないかってな」

 

 

とても仕事上で使うとは思えない、完全に私生活丸出しの口調でボソッと呟く。口調の変わりように、俺も警備員の後ろにいる女性も目を見開く。しかしそれもほんの一瞬、次に話しだす時には元の口調に戻っていた。

 

 

「俺も流石に冤罪で警察に突き出したくはない。お客さん、今回は諦めてください」

 

「はぁ!? アンタまで何言ってんの!!? 私が言っていることが聞けないわけ!?」

 

「そういうわけではありません。あくまでお客様はこの殿方に暴力を振るわれた。このままでは自分がやられると思った……そう仰いましたよね?」

 

「だからさっき言ったじゃない! 早くこの男を……」

 

「確かに事実確認がすぐ出来れば捕えてました。でもよく考えればあなたが暴力を振られたところを見た人はいない」

 

「そ、それがなによ……」

 

 

 警備員の嫌に落ち着いた説明に何かを感じ取ったのか、先ほどまで立場的に優位立っていた女性の表情に焦りが見て取れる。自分の嘘で丸め込めると思っていた予想が外れ、逆に自分がジワジワと追い詰められていることに気付いたらしい。

 

女性の言うように、現場を見ている人間は居ない。辺りを見回してみても、こちらの様子を伺っている人は誰一人見当たらなかった。

 

もし暴力を振るった現場を見ている人間が居れば、真っ先に伝えにくるはず。それも近くに警備員がいるのだから、伝えない意味がない。特別手間が掛かるものでもないのだから。

 

 

誰も伝えに来ないのは、通行人がよほど薄情な人間ばかりだったか、本当に偶々見なかったのか、それとも暴力を振るったこと事態が嘘だったかのどれかな訳で。

 

当たり前だが、俺は一切手を出しては居ないし、女性に触れてすら居ない。

 

警備員が冷静に物事を判断してくれる人物で良かった。もう気付いているはずだ。例え人が見ていなかったとしても、事実を映し出す目が一つ、近くに存在することを。

 

 

「まぁ幸い、近くに()()()()()もあることですし、すぐにでも事実確認は出来ますが……どうします?」

 

「えっ!!?」

 

 

防犯カメラという単語に身体をビクつかせながら、警備員が指差す天井を恐る恐る見詰める。デパートということで、比較的天井の高さは高い。その四隅の一ヶ所に黒く光る物体があった。

 

これ以上、何かを言うのは野暮かもしれない。防犯カメラの存在を知った女性の顔色がみるみる青ざめていく。そこにはもう余裕なんてものはなく、ここからどう立ち去ろうかを考えているような顔つきだった。

 

―――完全な形勢逆転。俺は何もやっていないけど、勝手に何もかも解決した。

 

 

「くっ……お、覚えてなさい!!」

 

 

ギリッと唇を噛み締めて、俺のことを睨み付けるものの、それ以上の抵抗をしてももう無駄だと悟ったのだろう。

 

怒りに満ち溢れた表情のまま、ズカズカとその場を立ち去っていった。防犯カメラの映像を見れば、俺が一切手を出していないことがハッキリと分かる。逃げ去っていく後ろ姿には、苛立っている様子がハッキリと見てとれる。

 

苛立つのは勝手だけど、他の人間に八つ当たりするのは止めてもらいたいな。よほど悔しかったのか、通行人を押し退けながら歩いている。

 

打開策は使わなかったが、何事もなく終わったわけだしこれで良しとしよう。

 

……と、結局救ってくれたのは警備員だったっけな。

 

 

「ありがとうございます、おかげで助かりました」

 

「ん? あぁ、気にすんな。あの女、今回だけに限ったことじゃねーし、要注意リストにも入ってたしな」

 

「ってことは声をかけられた時点で、ある程度は察していたと?」

 

「まぁな。やれやれ、小さい頃からの夢だった警備員になったっていうのに……やらされるのがこんなことばかりだと、よく警備員なんかになったなって思うよ」

 

 

何でこんな仕事に就いてしまったのかと、愚痴を漏らしてくる。

 

子供の時から夢に見ていた職業に就いたはいいが、理想とは全く違った現実の仕事内容に嫌気が差す人は多い。割とよく聞く話だ。

 

警察官ほどではないが、警備員も人を守るための仕事であったはずなのに、実際やっているのは無実の人間に濡れ衣を着せること。嫌気が差すのも無理はない。それが小さい頃からなりたかった職業なら、尚更だ。

 

 

「ま、愚痴を言ったところで、今のパワーバランスを均等にしようなんて無理な話だよな」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、女性服のコーナーは……」

 

 

服の清算を済ませて、女性服のコーナーにいるはずのナギを探しに来た。普段ほとんど足を踏み入れるような場所ではないため、抵抗感はかなりある。男一人が来ただけで、何しに来たんだろうといった好奇の眼差しが向けられるのは、防ぐことが出来ない。

 

IS学園でもある程度同じ状況には置かれているので、耐性こそついているも、行く先々で好奇の眼差しを向けられては精神的に疲れる。

 

男女セットでなら特に問題はないが、今の俺は完全なボッチプレイ。『男一人で女物の服を見に来るなんて、どんな物好きかしら』くらいの想像があったとしても、何も言えない。

 

俺もすぐにこのコーナーから逃げたい。何が悲しくて女性服コーナーに一人で突入しなければならないのか。体中に肉をまいて、ハイエナの群れに飛び込んでいくようなもの……は、流石に言いすぎかもしれないが、俺の中のイメージとしてはあながち間違っていない気もする。

 

大袈裟? 何とでも言ってくれ。

 

 

そういえば、あの後は特に何事もなく、警備員とはすぐに別れた。向こうもまだ職務中だし、いつまでもプライベートモードでいるわけにはいかないらしい。

 

最後に言われたのは、変なことに巻き込んで悪かったとのことだ。むしろ巻き込んだっていうよりは、あの女性に無理やり巻き込まれたって解釈が正しい。もし助け船が出なかったら、最悪自分が所属している学園を盾にからかおうなんて思っていたのは、つい先ほどの話だ。

 

……俺って以外に腹黒いのかもな。

 

さて、そんなことよりもナギを探そう。気にしないようにしてはいるけど、そろそろ限界だ。

 

 

「あぁ、いたいた―――」

 

 

声を掛けようとしたところで、無意識に身体が止まる。女性服のコーナーとはいえ、服しか売っていない訳ではない。彼女が見ているのは服ではなく、小物……つまりはアクセサリーだった。

 

強化ガラスの中で輝くアクセサリーはネックレスやピアス、指輪にブレスレット。決して学生のお小遣いで手の届かない値段ではないが、それでもお小遣いを使ってしまえば他のものは一切買えなくなるくらいの値段はする。

 

値段をぼかすとするのなら、ちょっと高めのコースメニューくらいはある。

 

その中でも特に凝視しているのは二つのネックレスだった。どちらも買えなくはないが、それでもこの後遊ぶことを考えれば手痛い出費になることは間違いない。

 

うーっと唸りながら、どうしようか考えているナギの姿がどこか小動物っぽくて可愛らしい。

 

 

「うーん……どうしよ。ずーっと前から気になってたけど、やっぱりちょっと高いなぁ」

 

 

考えることは皆同じ、やはり即決するには値段がちょっと高かった。ただ人間の欲求は根強い、どうしても諦めきれないのか、腕を組みながらあーでもないこーでもないとブツブツと呟き始める。

 

 

「今買っちゃうと月末まで切り詰めないといけないし……でもお金がちゃんと貯まるまで残っているかなぁ?」

 

 

うぅ、どうしようとばかりに唸りながら、悩む姿はどこか微笑ましい。男がやったらただの不審者でも、女の子がやると『やれやれこの可愛いやつめ』程度で終わるのはもはやデフォ。気にしたら負けだ。

 

というくらい、欲しいもので悩む女の子は絵になるもの。すぐに声をかけようと思ったけど、もう少しこのまま観察していることにする。

 

 

「でもやっぱり欲しいなぁ。うぅ……迷うよぅ……ふぇ?」

 

「あっ……」

 

 

何気なく振り向いたであろうナギの視線と俺の視線が、バッチリのタイミングで重なる。あまりにもタイミングが合いすぎると、逆に話そうとしても中々話し出せない。特に今回は俺が隠れて一部始終を見ていたため、気まずくて切り出せないのもある。

 

微妙な空気で互いに言葉がないまま数秒、先にハッキリとした反応が表れたのは……。

 

 

「な、ななななな……や、大和くん!?」

 

「よ、よう!」

 

 

ナギの方だった。顔を赤らめながら俺の方を二度見し、その後どう切り返せば良いのか分からずにワタワタと慌て始める。

 

俺たち男にとっては可愛らしい仕草であっても、女の子にとってはあまり見られたくない場合もある。

 

 

「な、何で!? いつからいたの!?」

 

「えーっと。まぁ……」

 

 

こんな時は正直に言った方がいいのか、やんわりと嘘を言った方がいいのか困るところ。どちらの反応も見てみたい気がするが……。

 

 

「……うん。『ずっと前から~』ってところからだな」

 

「ほ、ほとんど全部……」

 

 

やはりあまり見られたく無かったのだろう。恥ずかしがるを通り越して、ずーんとその場に崩れ落ちる。一息吐けばポロポロと音を立てて崩れ落ちて、風が吹けばそのまま四散しそうな感じだ。

 

何かすごく、悪いことをした気分になる。ただよく考えてみれば確信犯だよなこれって。

 

 

「あー……悪い。すぐに声掛けるべきだったな」

 

「ううん。大和くんが謝ることないよ……」

 

 

うわぁ、こうなると気まずい。決して狙ったわけではないのに、悪い方向に意識してしまう。逆に、肯定してくれた方が笑って済ませれる……わけないか、肯定されたらそれはそれでショックだ。

 

つまりどっちに転んでも同じだったこと。

 

これは酷い。

 

 

それはさておき、改めて先程までナギが見つめていたガラスケースの中身を見つめる。アクセサリーとしては高級アクセサリーの部類には入らないものの、それなりの値打ちはする。

 

高級アクセサリーっていうと何十万から何千万、場合によっては何億単位のものまである。しかし目の前に並べられているアクセサリーはそこまではしないものばかり。一番高いものが三万ちょっとの指輪で、安いものが一万手前のネックレス。

 

ところでナギはどれを欲しがっているのか、そこがまず気になるところだ。

 

断られること覚悟で聞いてみる。

 

 

「ガラスケースの中見てたけど、何か欲しいものとかあるのか?」

 

「うん。実はこれなんだけど……」

 

「ん……ネックレス?」

 

 

断られる心配は完全な杞憂だった。思いの外あっさりと欲しがっているものを教えてくれた。

 

キラキラとした宝石が特徴の銀色のネックレスで、ネックレスについた指輪に宝石がついている。見た目がいかにも高そうなデザインではあるが、並んでいる物の中では値段が安い方ではあるが、それでも一万近くする。

 

宝石も色鮮やかではあるが、実際の値段はそこまでしない安物を使っているのだろう。俺も素人だし、どこをどう見分ければいいのかよく分からない。だとしても俺達がファッションとして身につけるものと考えれば十分すぎる。

 

 

「確かにこれはバイトしてないときついかもな。少なくともすぐにぽんと出る金額でもないし、IS学園じゃちょっときついな」

 

「そうなんだよね。バイトしたいけど部活もあるからそんなに出来ないし、仕送りにも限りがあるから……」

 

「ふむ……そうか」

 

 

学生の収入からすれば一万という金額は貰うと相当に嬉しい金額でもある。反面、使えばそれ相応に懐は寂しくなることもあり、使おう度胸があるかと言われればないだろう。さすがに仕送りを無駄に使おうとは思わないはずだ。

 

どこぞの大学生みたいに遊び呆けて、仕送りが来るまでの一週間、一日そうめん一束で過ごしてましただなんて洒落にならないからな。特に成長期の女の子なら肌荒れやらなんやらを気にするのだからなおさら。

 

 

「もう少し待った方がいいかな。まだすぐには無くならない……よね?」

 

「何故に疑問形? まぁ保証は出来るかといわれると何とも言えないな。ガラスケースに入っているから誰でも見られるわけだし、もしかしたら明日には無くなっているかも」

 

「うぅ、そう言われるとちょっと悩むかも……ど、どうしよう?」

 

「我慢してお金貯めて買うってのが一番良いんじゃないかな。買ってその場は満足するのもいいけど、後で後悔したら元も子もないしな」

 

「た、確かにそうかも。無くなってもまた別のところで探せばいいもんね。分かった、今回は見送る」

 

 

どうやら今回は見送ることに決めたようだ。

 

俺の方を振り向くとショルダーバックを掛け直し、服のヨレを直すナギの姿があった。少し照れた表情を浮かべた後、俺に話しかけてくる。

 

 

「あ、大和くんはもう買い物終わったんだ」

 

「おう、とはいっても俺は俺で結構時間かかったな。……服以外にも色々と巻き込まれたし」

 

「え? 服以外?」

 

「あぁいや、こっちの話」

 

「え? え?」

 

 

俺の言っていることが気になったものの、何が何だかよく分からずに首をかしげながら頭にはてなマークを浮かべる。これに関しては完全な俺の個人的なものなため、詳しいことを話すのはやめよう。

 

話したところで、俺もさっきのことを思い返すだけでいい気分はしないし、話された相手にとってはただの愚痴聞きにしかならないからなおいい気分はしない。

 

 

「ま、とにかくあれだ。もう時間的にはいい時間だし……昼食にするか? それとももうちょいここで時間つぶすか?」

 

「ううん、大丈夫だよ。もう買うものはある程度は買ったし、い、今のはちょっと悩んでいただけだから」

 

「……そっか」

 

 

まだ頭の中ではどうしてもネックレスのことがチラついているのか。少し返事の歯切れが悪かった。

 

 

 

……ネックレスか。

 

ちょっと考えてみるか。


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