IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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昼間のデート 中編

「大和くん、ここのファミレス知ってる?」

 

「聞いたことあるな。確かちひ……姉さんが前に行ったんだけど、味も接客もめちゃ良かったって言ってたっけ」

 

「うん、友達も凄くおススメだってって言ってたからずっと前から行きたいなーって思っていたの」

 

 

一旦レゾナンスから出て、街中へと歩を進める。さすが都会、辺りを見回せば飲食店なんてゴロゴロ転がるように建っている。ラーメン屋から牛丼屋、ファミレスに中華料理店と本当に何でもござれ。

 

この近くに家が建っていたら毎日自炊しなくても飯には困らないだろう。逆に毎日行っていたら懐が寂しくなるだろうけど。

 

その中で目をつけたのは、少しこじゃれた今風のファミレスだった。ファミレスとはいってもそこら辺に立っているようなチェーン店ではなく、完全な個人経営のお店だ。

 

しかし個人経営だからといって侮れない。窓越しに店の中を覗くと、まだピーク時ではないというのにほぼ満席近い。つまりそれだけ人気があるんだろう。

 

 

さっき言ったように、千尋姉も太鼓判を押すほどの店だから信憑性がある。料理が得意な人間の言うことだから、まず間違いないはず。それにこれしきのことで、嘘をつくような人柄でもない。

 

一瞬ナギの目の前で千尋姉と言いそうになったのをぐっと堪えて、普段呼び慣れない呼び方に置き換えたのは秘密。そこまで隠すことでもないが、俺としては自分の姉の呼び方を知られるのは地味に恥ずかしかったりする。

 

千尋お姉ちゃんから始まり、千尋姉ちゃん、そして今の千尋姉に纏まった。たまに向こうから『前みたいに千尋お姉ちゃんって呼んで良いのよ?』などと言われるが、もうこの年になってお姉ちゃんは無いだろうとは思う。

 

下手に呼ぶとシ○コンに間違えられそうだし。

 

 

「なら話は早いな。このまま他の店を探すのも手間だし、せっかくだからここにしようぜ?」

 

「うん、そうだね」

 

 

他の店を探しているうちにピーク時を迎えて満席になるよりは、まだ空いているうちに席を確保できる場所を選んだ方が良い。

 

評判も良いことだし、ここにするとしよう。ドアに手をかけてゆっくりと押していく。カランカランと鳴り響くアナログ式のインターホンがいかにも、個人経営感を漂わせる。

 

店に入ってくるとすぐにウェイトレスの女性が小走りに、ただ優雅に向かってくる。服装はどちらかと言えばメイド喫茶のメイドみたいな格好で、頭にはヘッドドレスが付いていた。

 

……ヘッドドレス?

 

 

「おかえりなさいませご主人様、お嬢様♪」

 

「へ?」

 

「え?」

 

 

 唐突に掛けられた声に、二人揃って素っ頓狂な声が出てしまう。ここは普通のファミレスだったはず、なのにどうしてこの言葉が出てくるのか。これではファミレスというより、メイド喫茶なんじゃ……。

 

内心かなり慌てながらも表情に出さないように隣に置いてある看板を見る。

 

 

『メイド喫茶風ファミレス~紅~』

 

 

「そ う い う こ と か い」

 

 

看板に書いてある文字を見て、疑問が確信へと変わる。普通の個人経営のファミレスではあるものの、女性ウェイトレスの姿が、メイド喫茶まんまだ。店の雰囲気がどんな感じなのかは特に聞いてなかったため、これはちょっと驚きだ。

 

ホールに出ているのは基本的に女性だけで、カウンターから見える厨房内には男性が一人。個人経営だから、厨房も一人で回しているのだろう。混雑時はどうやって回しているのか、生で見てみたい。

 

客席も多いわけではないが、決して少なくはない。混雑時には当然、ウェイティングが掛かってもおかしくない。現に、入口には待機用のソファーが向かい合うように置かれている。

 

それはさておき、ホールを担当しているウェイトレス……もといメイドさんのレベルがまた高いと来た。客にはにかむスマイルはもはや兵器。

 

そう言っているうちにも接客を受けた男性客の一人が、鼻の下を伸ばしながらメイドさんの後ろ姿をじっと見つめている。漫画なんかだと、目がハートマークに変わった感じだ。

 

綺麗な、もしくは可愛い女性が多いことも集客が多い理由なんだろう。男性の方が多いかと思われれば、女性客も多い。どちらかに偏ることはなかった。

 

しかしまぁ、これはこれで悪くない。どこか三次元とは違った別次元に来た感じがする。

 

無意識のうちに、視線が出迎えてくれたメイド風ウェイトレスの姿に吸い寄せられる。

 

その時だった。

 

 

「……!? 痛ででででででっ!!?」

 

「えっ……お客様?」

 

 

どうしてか唐突に左脇腹に、ビリビリとした痛みが走る。何をされたのかわからず、思わず大声をあげてしまい、目の前のメイドさんが心配そうにこちらを見つめてくる。

 

しかも口調が崩れかけている、俺のことを普通にお客様って言ってるし。もし誰かが俺に何かをしたところが見えたら、即座にリアクションを起こしていたはず。

 

彼女は俺が何をされたのか気付いていない。痛みが走ったのは左脇腹。初めは尖ったものでつつかれたのかと思ったが、この痛みはつついた痛みではなく、挟まれたような痛みだった。

 

例を上げるのなら、指と指の間で頬を抓られるような……。

 

 

「……」

 

 

ちょっと待て、痛いけど冷静に考えてみようか。痛むのは俺の左脇腹で、つまり抓る人物は俺の左側にいることになる。右側にいる可能性はこの際捨てようと思う。

 

理由は単純で俺の右側には誰もいない上に少し高めの壁で仕切ってあるから、どう頑張っても人が潜り込める訳がない。

 

某妖怪アニメに出てくるような妖怪と違って、壁が勝手に動くわけでもない。

 

そもそも右側から手をわざわざ左側に回すなんて面倒なことをしなくても、初めから左側に来てつまめばいいし、右にいるならそのまま右脇腹を抓れば全く問題はない。

 

冷静に解説している自分が馬鹿らしくなってきた、やめよう。

 

 

事実確認をするべく、ギギギと壊れたロボットが無理やり動こうとする音と共に、顔を左側に向けていく。何故だろう、別に死地に赴くわけではないのに、膝の震えが止まらないのは。

 

 

「むぅ……」

 

「Oh……」

 

 

 顔をしかめながら、リスのように頬を張り、ジーっと俺のことを睨んでくるナギの姿がそこにはあった。仕草だけなら可愛らしいものの、その背後にあるオーラが『私怒っています!』をより醸し出している。

 

千尋姉の笑顔に阿修羅オーラよりはまだ幾分マシでも、冷や汗がタラタラと流れてくるのは止まらない。背けようにも背けられず、引こうにも引けない。

 

……どうしようか。

 

 

「あの……お客様? お席の方はどちらになさいますか?」

 

「あ、すみません。二名でテーブル席でお願いします」

 

「はい、かしこまりました♪ 二名様ご案内しまーす!」

 

 

グッドタイミングの声かけに、思わず内なる自分が歓喜する。

 

にしても本気で助かった。鼻の下伸ばしてましたなんて、正直にナギに言えるわけがない。というより、女の子と遊びに来て、目の前で鼻の下伸ばしていたら、怒るまではなくても、良い気分はしない。

 

……抓られたのは面白くないと思ったからだと思う。じゃなかったらそんなことをする意味がない。もし確信犯でやったのなら、ただの理不尽な暴力だ。

 

 

 

 

 

 

つまりそれだけ俺が―――。

 

 

「ではこちらになります。ご注文が決まりましたら、いつでもお申し付けください♪」

 

「あ……はい。ありがとうこざいます」

 

 

 連れられるままに着いていくと、窓際の大きく開けた席に案内される。窓からは華やかな街並みが映し出され、普通に風景を見るのとはどこか違った、不思議な感じがした。

 

その席に向かい合うように俺たちは座る。雰囲気的には学校の食堂のような感じはするのに、周りが学園の関係者ではないため、二人で向かい合うように座っているとどうも落ち着かない。

 

場所が変わるだけで、普段は慣れた行動や仕草であっても変な感じになる。IS学園では女性と相席になることくらい当たり前でも、一旦外に出ればそれは常識として通用しない。

 

男女が相席している……友達以上の関係に見られても思われても不思議ではない。それに加えてナギは美少女だ。綺麗所が集まったIS学園では影に隠れがちだが、普通に歩いていれば振り返る人もいるだろう。

 

席に座ってから時間は経っていないというのに、いくつかの視線が座っている席へと向けられる。こういうのはどうにも得意じゃない。

 

 

……今女の園にいるのに何言ってるんだとか想像した奴、後で覚えておけよ。

 

 

そうこうしているうちに、メニュー表を置いてパタパタと去っていく。客足が増えているため迅速な行動をしているのもあるが、若干今の空気を読んだ感じもした。

 

さて。

 

 

「……ごめん。確かに鼻の下伸ばしていたかも」

 

 

何かを言われる前に先に謝っておく。相手がどう思っていようとも、鼻の下を伸ばしているのを見て、気分が良い人間は居ない。

 

 

「え? あ、うん。あれ? どうして大和くんが……?」

 

「いや、どうしてって言われてもな。あれ、今さっきの俺の行動が、気に障ったんじゃないのか?」

 

「あ……そ、そうだね!」

 

 

返ってきた反応は、予想とはまるっきり反対のものだった。一瞬、思わぬ返しに逆に俺がどう反応すれば良いのか分からずに硬直した後、すぐに切り返す。

 

てっきり怒っているものと思って謝ったは良いものの、抓った本人は一瞬自分のやったことを忘れていたみたいだった。

 

もしかして無意識のうちに行動に出ていたのかもしれない。そう考えると結構怖いけど、本人も言葉を濁しているし、これ以上の詮索は野暮というもの。

 

忘れよう。

 

 

「ま、まぁいいか。とりあえずメニューを決めようぜ? 話すためだけに入ったわけじゃないしな」

 

「う、うん」

 

 

 話を強引に転換しながら、置いていったメニュー表を手に取り、左から右へと視線を移動させる。男には時に強引にならなければならない時がある。

 

チェーン店ではないこともあり、店舗のイチオシメニュー以外は写真がなく、文字だけのお品書きになっている。そこに書いているのは、俺たちがよく見慣れたメニューばかりのため、想像が出来ないといったことは無かった。

 

海外系の高級料理店とかだと、まずメニュー表の文字が読めない、そして日本語訳がしてあったとしても、料理名自体を全く聞いたことがないといったこともザラにある。

 

一般人が知らない食べ物や、風習などがあるように、箱入りお嬢様が俺たちが日常茶飯事に使っている用語や、口にしている食べ物を知らないこともある。

 

そう考えてみると、同じ世界に住んでいるというのに、不思議だと常々思う。

 

 

さて、それは良いとしてまずはメニューを決めるとしよう。外食で目の前に女の子がいるシチュエーションで、ドカ食いは完全なNG。

 

それが素敵だという人が居たとしても、ファミレスでやるのはあまりにも場違い過ぎる。

 

 

……例えば、フランス料理店でドカ食いしている女性を想像できるかと。普通だったら出来ないはず。少なくとも、身の回りの女性陣がそんなことをするのは想像がつかない。

 

 

「へぇ、結構メニュー多いんだな。ファミレスだから和洋中全種類置いてあっても何とも思わないけど、よく考えたら個人経営だっけここ」

 

「そうだね。メニューが多いのは聞いてたんだけど、ここまで多いのは私もちょっとビックリかな」

 

「逆にここまで多いと悩むよなー、どれもこれも旨そうに見えてくる」

 

 

 うーんとメニュー表を広げながら、どれにしようかと悩む。IS学園の食堂と同じく取り扱っているメニューは多い。IS学園の券売機は俺の他にも食券を買う生徒が後ろで待機しているため、じっくりと選んでいる暇もなく、目に入ったメニューの食券ボタンを押していることがほとんどだ。

 

その反動なのか、どちらかと言えばゆっくりと選べられるファミレスだと変に悩む。あーでもないこーでもないと選んでいた俺の姿が、目の前の彼女にどう映ったのかは分からないが、突然クスクスと笑い声が聞こえてきた。

 

笑い声が聞こえると、人間は反射的に声のする方へと振り向いてしまうもの。顔を上げた先には口元を押さえて微笑む小悪魔的な姿がそこにはあった。

 

 

「ふふっ♪ 今の大和くん女の子みたい」

 

「う……うるさいな! 仕方ないだろ、どれにするか悩んでいるんだから」

 

「即決出来る人だって思っていたけど、ちょっと意外だったかも」

 

「普段はな。俺だって悩むことはあるよ、例えば今日とかな。男には悩まなきゃならない時があるんだよ」

 

「……凄く格好いいこと言ってるけど、シチュエーション的にちょっと違うかも」

 

 

あれ、何この流れ。俺もしかしてからかわれている?

 

最近妙にからかわれることが多い気がしないでもない。俺の気のせいか、必要以上に意識することもないか。とりあえず、どれにするかはさっさと選ぼう。さすがにちょっとメニューを選ぶだけに時間が掛かりすぎだ。

 

パラパラとめくりながら急いでどれにするかを決めようとするが、俺の性なのか中々決められない。適当なものにしようかと気持ちが揺らぎかけた時、ふと最後のページにファイリング形式で挟まっているメニュー表を見付けた。

 

ファミレスには一般的にどの時間にも必ず並んでいるメニューがある。これをグランドメニューと呼ぶとしよう。その中にも時間帯限定で出されているメニューがある。時間的には大体おやつのまでの時間限定メニュー。

 

俺が取ったやや硬めの紙には大きく『ランチメニュー』と書かれていた。

 

表には今日のお品書きと書かれており、視線を下に向けていくと興味深い名前が書かれている。

 

 

「日替わりランチ……か」

 

 

無意識のうちにそのメニューの名前を呟く。日替わりランチ、読んで字の如しメニューの名前は同じでも、日によって出てくる料理は変わってくる。つまりどんな料理なのかは頼んでみないと分からない。

 

最も今日の日替わりが何なのかを注文の時に聞けば済むだけで、嫌いな食べ物さえなければ大きな問題はない。この際、悩むくらいだったら何が出てくるか分からない日替わりを選んでしまえば、悩む必要もなくなる。

 

幸い嫌いな食べ物も特にないし、これ以上時間が掛かるのもあれだ。

 

 

「あれ、大和くんもそれにするの?」

 

「大和くんも……ってことはナギもこれなのか?」

 

「うん。私こういうところに来ると悩んじゃうから、悩まなくても良いようなメニューを毎回頼んでいるの。日替わりだったら、嫌いなものがなければ変に悩む必要もないしね」

 

「なるほど。好き嫌い無く食べる感じか」

 

「小さい頃から食事には気を遣ってて……。私の実家って飲食の自営業やってるから、割と食材に触れる機会は多いの」

 

「へー、そうなのか。どうりで料理が得意なわけだ」

 

最初の反応でもしやとは思っていたが、案の定頼んだものは同じだった。しかも選んだ理由まで同じと来たもの、偶然って怖い。

 

そして実家は飲食店の経営。

 

好き嫌いが無いことはもちろん、料理が得意なのもうなずける。食事会の時は調理に関わることは無かったものの、昼食時はかなりの頻度で弁当を持ってきている。

 

クオリティも高く、とても高校生に入りたての子が作るようなものとは思えないものばかり。高校生が作る弁当で、大半の人間がイメージするのは出来合いや冷凍食品、レトルト食品ばかりが詰め込まれたものだろう。

 

が、作ってくる弁当はイメージと反対に、ほとんどが手作りのものばかり。女子力の高さだけで言えば、間違いなく高いレベルにある。

 

何気なく誉めたことが照れ臭かったのか、何を急に言い出すんだとばかりに、広げているメニュー表で顔半分を隠す。

 

 

「そ、そんなことないよ。私なんかまだ全然。むしろ大和くんの料理とか見ると、負けた気分になるもん」

 

「んーそうか?」

 

 

そんなことはないと思いつつも、それ以上は言わないでおく。注文が決まったところで呼び出し用のベルを……。

 

 

「ん、ベルがない? ……あぁ、ここわざわざ呼ばないといけないのか。すみませーん!」

 

 

 

そんなこんなで、バタバタとした昼食タイムは過ぎていった。ちなみに日替わりランチの内容は鳥の照り焼きだった。いつぞやの食事会と似たようなメニューの組み合わせに、俺は苦笑いしか出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ごちそーさん」

 

「はい、お粗末さまでした」

 

 

 料理が運ばれてきてから十数分後、目の前には綺麗に空になった食器が並んでいた。まさか日替わりランチで食事会とほとんど同じメニューが運ばれて来た時はびっくりしたものの、いざ食べてみると頼んでよかったと思うくらいに味は良かった。

 

いい感じに鶏肉に焦げがついてて、照り焼きのタレも甘すぎずしょっぱすぎずの絶妙な味加減に舌鼓を打ちつつ、和やかな昼食を過ごした。食事を終えたとことで、ふと腕時計の時間を気にする。

 

店に入ったのは十二時手前くらいで、そこから何やかんやで大体一時間ちょっとは時間が経っている。腕時計の針はすでに一時手前を指しており、店内も入店した時とは違って、満員状態だ。入口に設置されている椅子にも、まだ多くの客が空席が出来るのを待っている状態で、一息つく暇もない。

 

 

「そういえば、大和くんって食後必ずコーヒー飲んでるよね」

 

「ん? いや、そうでもないぞ。飲みたい時は飲むけど、飲まない時は飲まないし。……ナギもブラック飲んでみるか?」

 

「う……うーん。わ、私はいいかな?」

 

「何で疑問形? でもやっぱり俺って変わっているのかな」

 

 

相変わらず口にするコーヒーはガムシロップもミルクも一切入れない、ブラックコーヒーだけだ。よくよく考えればコーヒーが好きな人って、コーヒー独特の苦味が好きって人が多いっけか。

 

ナギなんかはコーヒーを飲むなら甘い方がいいんだろう、俺が飲む様子を苦笑いを浮かべながら眺めている。煙草を吸ったことがない人が煙を吸うとむせるように、コーヒーにも同じことが言えるのかもしれない。ある一種の中毒みたいなもんだなこれ。

 

高校に入ったばかりの十六歳の何人がブラックコーヒーを好んで飲むのか。社会人なんかはよく喫茶店とかで飲んでいるイメージがあるけど、高校生が飲んでいるイメージはない。年取ることで味覚が変わるなんてよく言うけど、十代の、それも女の子がいきなり突きつけられて飲めるようなものではない。

 

そう考えると俺は結構な変わり者だ。

 

 

「そんなことないと思うけど……でも周りの子よりも大人びているよね、大和くんって」

 

「俺が? うーん、特別変わったことをしているとは思わないんだけどな」

 

「それを無意識に言えるところが凄いよ。コーヒーだって、ブラックで飲む子なんて見たことないし、普段の言動だってとても同い年には見えないよ」

 

「ま、マジか……」

 

 

そう言われると何も言い返せなくなる。

 

初対面で会った人に大人びていると言われても、そんなことないと言い返せるが、ある程度一緒にいる人物に大人びていると言われれば、否定が出来ない。

 

褒められてるんだから喜べと言われても、素直に喜べないのが現状。むしろ面と向かって言われると照れ臭くなる。

 

 

「……とはいっても、今さらスタイルを崩すつもりもないしな。なるほど、これから俺はナギに一生おっさん扱いされるのか」

 

「え、えぇ!? べ、別にそんなつもりは!」

 

 

年上扱いされることに、ちょっとネガティブな感情を入り混ぜながらガックリと頭をたれてみる。もちろん、本意で落ち込んでいるわけではなく、あくまで面白半分に過ぎなかった。

 

ただ、思った以上に効果が高かったらしく、目の前でアワアワと慌てふためきながら、どうしようとテンパるナギの姿を見て、少しやり過ぎたと思いながら、軽く謝罪の言葉を伝える。

 

 

「ごめんごめん、冗談だよ。ちょっと言い過ぎだったな」

 

「じょ、冗談? も、もう! からかわないでよ!」

 

「ははっ♪ 悪い悪い」

 

 

……不謹慎だけど、女の子が慌てふためく姿って小動物みたいで可愛らしいな。何度か慌ててる姿を見たことはあるけど、じっくりと見てみると強くそう思える。

 

別にいじめたくてやっている訳じゃないけど、こんなところ他の知り合いとかに見られたら何を言われることやら。

 

眉をへの字に曲げながら、むーっとした表情で俺のことを睨んでくる。やっぱりこの表情も怖さというより、可愛らしさの方が強い気がする。でもあまりやりすぎると怖いことになりそうだし、このくらいにとどめておく。

 

抓られた時のブラックオーラをもう一度充てられるのは勘弁願いたい。

 

 

さて、そろそろお暇するとしよう。長く居すぎても迷惑になりそうだし。

 

 

「……っとあんまり長くここに居すぎても、あれだな。結構込んできたみたいだし」

 

「だね。えーっと……あっ!」

 

 

 伝票に手を伸ばそうとしたナギを遮り、それよりも早く俺が伝票を手に取る。いきなり取ろうとした伝票が消えて、一瞬何が起きたのか分からずに硬直する。硬直の後、すぐに俺が手に持っている伝票へと視線が移る。

 

強がりってわけではないが、男としては女の子の前では格好つけたくなるもの。たとえ手持ちが少なかったとしても、だ。外に出かけるということで手持ちは多めに持って来ているため、そこまで手痛い出費ではない。

 

何故手痛くないのか、それには当然理由がある。俺の手持ち、つまり俺の貯金のほとんどは()()の報酬からくるものだ。一つの仕事を成功させるだけで、何十万から何百万単位の報酬が舞い込んでくる。

 

そこまでお金に固執する人間でもないため、報酬はほとんど使われないまま銀行口座に貯金されていく。生活費に使ったとしてもお釣りが来る上に、働いている千尋姉の給与や護衛としての仕事を完全に辞めたわけではないため、俺のお金が全ての生活費として使われるわけではない。

 

……まぁ要は尋常じゃないくらいの貯金があると認識してほしい。

 

家に帰ってもやることがない俺を外に連れ出してくれたわけだし、このくらいはしてやりたい。

 

 

「これくらいなら俺が出すよ」

 

「で、でも……」

 

「ちょっとくらい格好いいところ見させてくれ。今日誘ってくれたお礼だと思ってくれればいいさ」

 

「え?」

 

「ま、まあいいだろ。ほら、行こうぜ!」

 

「え……あ、はい!」

 

 

 何だろう、自分で言ってて恥ずかしくて堪らない。ちょっと臭すぎただろうか、何言ってんのこいつと思われないかが一番の心配だ。伝票を持ちながらギクシャクとした動きのまま、レジへと向かう。財布を忘れたらどうしようかと思ったが、ズボンの後ろポケットに右手に入れると財布の感触があった。

 

良かったと安堵の息を吐きながら、伝票をカウンターに出す。

 

 

「ありがとうございます。お会計は一緒でよろしかったですか?」

 

「あ、はい。纏めてで」

 

「ふふっ♪ お連れの方は彼女さんですか?」

 

「へぇ!?」

 

 

いきなり何を言ってくるのかと思えば、出てきたのはからかいの言葉。さっきナギにしたことが倍返しで返ってきた。地声が完全に裏返った間抜けな声を出しながら、後ろを振り返る。

 

ナギに今の一部始終は見られて見られていない。こちらの様子を気にすること無く、自分の荷物をまとめて服のよれを直していた。

 

初めは聞こえたんじゃないかと、心臓が飛び出そうになったが、聞かれていないことが分かり、ほっと胸を撫で下ろす。

 

もうこれ以上からかうのはやめてください、気に障ったのであれば謝りますので……。

 

 

「い、いえ。違いますよ? 普通の友達です」

 

「あら、そうなの? お似合いだと思うけどね~」

 

「う……な、何でも良いじゃないですか。は、早くお会計を」

 

「はいはい。照れないでくださいご主人様?」

 

「……」

 

 

あぁ、もうあれだ。言い返すのはやめよう。

 

この人は俺が口喧嘩で勝てるような人じゃない。言い返せば言い返すほどこちらがドツボにハマっていく結末しか見えない。

 

これだから年上の女性っていうのは苦手だ。嫌い訳じゃなくて、どうやったらうまく接せれるのか分からない。個人的にからかうのは嫌いじゃないが、からかわれるのは好きではない。

 

それが色恋沙汰ともなれば、もう返せるはずがない。

 

そもそも経験が無いんだから。

 

 

 

 

―――お会計を手早く済ませて、一足先に店の外へと出る。接客も料理も良かったけど、最後の一撃がかなり余分だった。表情には出さないものの、精神的なダメージが結構デカイ。

 

それこそこれがそのまま家に直帰なら、しばらく布団から出てくることが出来なかっただろう。女性にからかわれたなら本望とかいう性癖は残念ながら、俺は持ち合わせていない。

 

外に出てから数秒後、同じようにナギが出てきた。が、何か引っかかる物事があるのか、首をかしげながら俺の顔を不思議そうに覗き込んでくる。

 

 

「どうした?」

 

「大和くんって、お会計のところにいた店員さんと何か話した?」

 

「話?」

 

「うん。何かレジ通りすぎる時に頑張ってって、囁かれたから……」

 

「……」

 

 

逃げたら良いってことでもなかった。逃げたら逃げたで盛大な置き土産を残してくれたみたいだ。引き返して一言くらい言い返そうと思ったけどやめておく。

 

言い返したところで、俺が逆に言いくるめられるのが目に見えるからだ。

 

メイド喫茶風ファミレス紅……ちょっとこれからは来る時は注意しよう。今回の件で恐らく顔を覚えられただろうし、無防備で突っ込んだらまた今回の二の舞になるかもしれない。

 

 

「まぁ、大人の事情ってのがあるんじゃないか?」

 

「?」

 

 

俺の言っていることは理解されなかったが、逆に理解されたら困ることのため、上手く誤魔化せて良かったと肩の荷がおりた感じがした。

 

疑い深く見つめてくる視線に関しては全力でスルーしつつ、この後のプランを考える。時間的にはまだ正午過ぎ、ファミレス内で話していたことだが、実はまだちょっと見て回りたい場所があるとのこと。

 

なので、一旦先ほどまで俺たちが服を選んでいたデパート、レゾナンスに戻るつもりだ。

 

 

「じゃあもう一回レゾナンスに戻るか。俺ももうちょい見たいものがあるし」

 

「あれ? 大和くんまだそんなに買うものがあるの?」

 

「ん、まぁ……な」

 

「も、もしあれだったら手伝おうか? あまり男の人の服を選んだことは無いんだけど、雑誌とかでは結構見ているから、それなりに答えられると思うけど……」

 

 

俺の言葉に対して予想通りの反応を示してくれるナギ。気遣いは凄く嬉しいけど、少しばかり見られると困るものもあるので、目的のものだけ先に入手して、後で見てもらう方向でいこう。

 

しかし逆にちょっとだけ一人にして欲しいと言ってしまうと、それはそれで疑われるかもしれないし、上手く誤魔化しながら違和感無く伝えられる方法はないか。

 

しばし考えると一つだけ方法が浮かんでくる。が、果たしてこれを言っても大丈夫なのかと、不安になってきた。逆に下手に揶揄して間違って伝わったら、それはそれで色々と不味い気がする。

 

……とはいえ、他に方法もない。

 

 

「あぁ、よろしく頼む。ただ最初だけ一人にしてもらって良いか?」

 

「うん……え、最初だけって?」

 

 

予想通り、投げ掛けた疑問に食いついてくる。さて、どうなるか。

 

ナギの性格上、この手の返しなら……。

 

 

「……さすがに男物の下着を選ぶところを女の子に見られたくない」

 

 

引き下がるはずだ。いくらなんでも男性が履く下着を選ぼうとは思わない。仮に選ぶとしたら楯無さんみたいな、人をからかって楽しむタイプの人間のはず。

 

これで私実は楯無さんタイプでしたと言われたら涙ものだが、ナギがそちらのタイプとは到底思えない。

 

たかだかこれしきのことで、心臓は地味に心拍数が上がっていく。別に胸に触れなくとも、鼓動で分かる。

 

さぁ、どっちだ?

 

 

「へ……あっ!? そ、そそそそそそそうだねっ!?」

 

「ちょっ! 慌てすぎだって! 済ませたらすぐ呼びに行くから!」

 

「う、うん……」

 

 

思わず聞きたくないことを聞いてしまったと思ったのか、今日一番の慌てぶりを見せてくれる。手を目の前で勢いよく振りながら、俺から視線を外す。

 

ただ誤魔化すにしては言い過ぎたらしく、俺まで慌てて宥める羽目に。ひとまずこれで若干の時間を作ることは出来たわけだし、何とかなりそうだ。さしあたり問題があるとすれば、物が無くなっていた場合か。時間はそこまで経っていなくても、物が無くなっている可能性も十分にあり得る。

 

朝に大量の在庫を用意していたとしても、人気があればそれはわずか一時間と経たず無くなるように、在庫が展示品のみのアクセサリーなら、下手をすると俺たちが出ていった後、すぐに売り切れたとも考えられる。

 

急ぐに越したことはない、早めに移動するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと……アクセサリーコーナーってどこだったっけか?」

 

 

 ファミレスから出た後に上手くナギを誤魔化すまでは良かった。先ほどと同じ階層に来ているはずだと言うのに、どこに何が有ったか忘れてしまい、近くに地図がないかと探し回る羽目に。

 

結局地図を見付けたのは、レゾナンスについてから数分が経ってから。最初だけだと言ったのに、何分も掛かっていたら世話ない。

 

小走りで先ほどののアクセサリーコーナーへと向かう。また女性服のコーナーへ足を踏み入れることにはなるが、この際致し方がない。

 

小走りのまま、女性コーナーへと入っていく。周りにいるのは完全に女性、もしくはカップルのみ。男一人で駆けていく俺に視線が集中する。この視線も今だけ、ずっとこの視線が続くわけではない。

 

 

「頼むから残っていてくれよー」

 

 

しばらくすると、視線の先に見慣れたガラス張りのケースが飛び込んでくる。角度的に中に何が入っているのか確認は出来ないが、数多くの物体が置いてあるのは確認出来た。

 

 

そのまま歩を進めてガラスケースの前に立つ。ネックレスがあったのはどこだったかと、上から下へ視線を移動させながら中身を確認していく。

 

ブレスレットやピアスなどのアクセサリーが規則正しく並んでいる。午前中に覗いた時と比べて商品の配置が変わっていない、おそらく一個も売れていないんだろう。それはいいとして、今回の目的はブレスレットでもピアスでもない。

 

ネックレスが残っているのかどうか、そこが一番の問題だった。

 

口の中に溜まった唾を飲み込む。ファミレスで水分を補給したばかりだというのに、既に口の中はカラッカラに渇いていた。

 

 

 

―――もし無かったらどうしよう。

 

変な杞憂が俺の頭の中をよぎる。時間が経ったといってもたった数時間程度、だがその数時間は時には取り返しのつかない時間に早変わりすることもある。だがいちいち無かった場合を想定しても仕方ない。

 

気持ちを一回切り替え、目を凝らしながらガラスケースの中を観察していく。

 

そして僅か数秒後、俺の視線は右下の一点を見つめたまま止まった。

 

 

「……あった」

 

 

目的のものを見つけた瞬間、心と頭にモヤ掛かっていたものが一気に晴れていく。まだ売れずに残っていた安心感からくるものなのか、それとも見つけることが出来た達成感から来たものなのか……どちらにしてもこの際どうでもいい。

 

数秒前の杞憂は何だったのかと、思わず足の力が抜けて中腰になりそうになる。大したことはしていないはずなのに、身体を疲労感が襲ってくる。

 

ただいつまでもここで休んでいる時間は無い。さっさと購入してナギと合流しよう、あまり長い時間がかかっても不審がられるだけだ。

 

 

欲しいからといってガラスケースを叩き割ってレジに持っていく訳にもいかない。もしやったとしたら、速攻で俺は警察のお縄につくことになる。捕まった理由が、欲しいからといって堂々とガラスケースを叩き割ったという何とも間抜けなものなのは一生の黒歴史になるだろう。

 

俺とて十六歳で不名誉な称号は授かりたくない。くだらないことを考えている暇があるなら大人しく店員を探すとしよう。

 

 

改めて近くに店員がいるかどうかを確認する。

 

 

しばらくの間、キョロキョロと辺りを見回していると、たまたま近くを店員が通りかかった。

 

 

「あの……すみません!」

 

「はい、どうなさいました?」

 

「実は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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