IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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山田先生の実力、そして浮かぶ疑問

 

 

「あら? お早いですわね」

 

「おっす、セシリア。まぁ、俺とシャルルは初めから着替え終わっていたし、一夏を待つだけでよかったからな」

 

「そうだったんですか。わたくしがクラスを出た時には多くの他クラスの生徒が廊下に溢れていたので、てっきり捕まっていたのかと」

 

「実際、結構危なかったな。上手く一夏とシャルルが合わせてくれなかったら不味かったかも」

 

 

着替えた後すぐに更衣室からグラウンドへと向かったおかげで、時間にかなり余裕を持たせて到着することが出来た。まだ整列もまちまちな中、俺たちを出迎えてくれたのはセシリアだった。

 

流石代表候補生。皆がだらだらとしている中、一人だけキチッと整列をしていた。千冬さんも来ていないことだし、皆気持ちが引き締まっていないんだろう。逆に常に気を引き締めていたら、それはそれで疲れてしまう。

 

ま、俺も普段はかなり適当だし、別に何とも思わないから良いんだけど。

 

 

「にしても、ある程度身構えていて正解だったな。思ったよりもスケールがでかかったけど」

 

「だな。千冬姉の授業だけには死んでも遅刻は出来ない」

 

 

一夏が言葉を被せてくる。色々と阿修羅すら凌駕する存在だからな、あの人は。一般人の中ではもはや最強レベル、人外レベルと称しても何ら遜色はない。……あまり頭の中でくだらないことを考えていると、どこからか音速を超えるようなスピードで出席簿が飛んできそうだから、この辺りにしておく。

 

 

「そういえば大和さん。朝のことについて聞きたいことがありまして」

 

「朝のこと?」

 

「えぇ。わたくしにはボーデヴィッヒさんが、初め一夏さんに何かをしようとしていたようにも見えたので」

 

「あぁ、そのことか」

 

 

セシリアに聞きたいことがあると言われて、何のことかと考えていると、内容のことを言われて納得する。教室の間取りとして、席が後ろになればなるほど高くなっていくから、全体の様子を見渡しやすい。

 

セシリアの席は後ろな上に、角度的にちょうどボーデヴィッヒが腕を一夏に向かって振り下ろす様子がはっきりと見えたんだろう。俺が途中で邪魔をしたため、ビンタが一夏に当たることは無かったが、セシリアにはその時の様子が気になるようだった。

 

 

「ちょっとばかし度が過ぎたから、俺が意地悪しただけだよ。まさか俺まで殴られる羽目になるとは思わなかったけどな」

 

 

正直、殴り返されても仕方ないとは思っている。いくら一夏が殴られるのを阻止するためとはいえ、先に手を出したのは俺だったわけだし。

 

 

「大和さん、それでは答えになってない気がするのですが……」

 

「難しいな。ようは一夏にボーデヴィッヒがやろうとしていたことを、俺が止めたってことだよ」

 

 

言い回しを濁したせいで、セシリアの表情が納得行かないと言わんばかりの表情へと変わっていく。結局意地悪したといっても、やった内容が不鮮明なわけだし、納得行かないのも分からないわけではない。

 

ふと気付けば気が緩んでいた周りがぞろぞろと整列し始める。気配で何となく感じ取ったわけではなく、グラウンドから見える時計が授業開始時間の一歩手前の時間を指し示していたからだ。

 

そろそろ千冬さんが来るのではないかと思いつつ、セシリアの話に耳を傾ける。

 

 

「納得できませんわ。もっと具体的に話してください!」

 

「って言われてもな……なぁ、一夏?」

 

「え? あぁ、いや悪い! 何の話だ?」

 

 

さりげなく一夏に振り替えようとしたら、呆けてでもいたのか、完全に話を聞いていなかった。セシリアの話で自分がボーデヴィッヒに何かをされるところだったことを知り、本人の中で引っ掛かる部分があったんだと思う。

 

本人は彼女に対して、恨まれるようなことをした覚えがないのだから無理もない。それに比例するように一夏の表情は浮かない。

 

 

「なによ、アンタたちまた何かやったの?」

 

 

後ろからは勝ち気に溢れた声が聞こえてくる。特徴がある聞き慣れた声に思わず後ろを振り向くが、そこには誰の姿も見えなかった。

 

 

「下よ下! アンタ朝っぱらからバカにしてんの!!?」

 

「まだ何も言ってねーって!」

 

 

顔をそのまま真横に振り向かせたことが癪に障ったらしく、猫が威嚇するように騒ぎ立てる。言わずもがな、声の正体は鈴だった。

 

身長のことを馬鹿にされたと思っているかもしれないが、別に身長のことをとやかくいうつもりはない。そもそも身長が大きかろうが小さかろうがどっちでもいいし、そこで区別をするほど、人として寂れた覚えもない。

 

端から見れば俺が鈴のことを虐めているようにも見えるかもしれないが、決して虐めている訳ではない。俺がいつも鈴をからかってばかりと思っていたらそれは大きな間違いだ。目をつり上げながら近寄ってくる鈴を制止させつつ、改めて時計を見る。

 

案の定、すでに時間は所定の時間になっている。これ以上話していたら間違いなく怒られる上に、千冬さんによる鉄拳制裁があっても可笑しくない。

 

 

……というよりあれだ、すでにその姿は俺の視線の先に映っていた。体育教師を彷彿とさせる白いジャージを上下に纏って、片手に竹刀を持つ姿は昭和の鬼教師を彷彿とさせる。何人かは姿を確認したことで、一斉に背筋を整えてものの見事な整列を始めた。するとそれが周囲に伝染していき、次々と整列を始める生徒たちが増えていく。そしてあっという間に俺たちを除いたほぼ全員が整列を終えて、残っているのはここにいる数人だけ。

 

上から見下ろした時に集団の中で一人でも動いていると目立つなんてよく言うが、この場合はどこからどう見ても目立っていた。周りの生徒たちも視線だけをこちらに向けて、何をやっているのかと様子を伺っている子が何人か確認できる。

 

が、身体さらこちらに向けてこないのは怖いからだろう。現に一夏の隣にいる篠ノ之に関しては完全に我関せずの状態だ。今の配置は俺の前に一夏がいて、後ろにシャルル。そして一夏の左隣が篠ノ之でその後ろにセシリア、鈴の順に並んでいる。

 

どうして鈴が一組の方にいるのか最初こそ疑問に思ったものの、合同実習だからあまり場所は関係ないのかもしれない。よく見てみれば一組の方に混じっている二組の生徒も多い。

 

 

「それでセシリア、今言ってたことってどーいうことよ?」

 

「あまり断定は出来ないんですが……」

 

 

そんな中でもお構いなしに列を崩して話を続けるセシリアと鈴。

 

あーあ、俺はもう知らんぞ。怒られたところで庇いようがないし、話していたのは自業自得で情状酌量の余地はない。逆に庇おうものなら、俺にまで被害が飛び火しそうだ。

 

 

「ね、ねぇ大和。二人のこと止めなくて良いのかな?」

 

「止めたいのは山々だが……止める自信、あるか?」

 

「な、無いかも」

 

 

紳士特有の優しさか、二人の身を案じてシャルルが後ろから小さな声で耳打ちしてくる。心配するのは確かにありがたいけど、一夏に関する話を始めた二人を止める自信はない。邪魔をしようとすればそれこそ巻き込まれるだろうし、ここは逆に触れないで見守った方がいいだろう。

 

俺の言ったことを何となく察したシャルルも納得したらしく、再び整列し直す。今一度背筋を伸ばすと、前に千冬さんが立つのを確認できた。辺りを見回すと、千冬さんの視線が一ヶ所に止まる。その一ヶ所を見つめたまま、徐々に目が細まっていく。

 

そして、そのままこちらに向かって歩き始めた。

 

 

「お、おい二人とも。そろそろ―――」

 

 

確実にヤバいと思い、身の回りにしか聞こえないほどの小さな声で二人に向かって声を掛けるが、時既に遅し。俺の声はセシリアにも鈴にも届いていなかった。

 

 

「実は一夏さん、今日来た転校生に暴力を振るわれそうになりまして」

 

「はあ!? アンタはどうしてそういつもいつも変なことに巻き込まれるのよ! バカなの!?」

 

 

あ、これは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――安心しろ。馬鹿は私の前にも二人ほどいる」

 

「え……」

 

「はい?」

 

 

聞こえてくる声には凛々しくも、得体の知れない恐怖感があった。現に二人の表情がそれを物語っている。尋常じゃないほどの冷や汗を流しながら、みるみる内に顔が青ざめていく。

 

逃げようにもすぐに捕まる。セシリアと鈴を足の速い陸上選手とするのなら、千冬さんは野性動物の中でもトップスピードを誇るチーターだろう。最大スピードは時速百キロにもなるとかならないとか。

 

そんなチート染みたスピードから逃げようと思うこと自体無茶な話だ。

 

二人はまだ千冬さんの顔を見ていない。だが、雰囲気で自分たちの側に誰がいるのかすぐに分かった。壊れかけの機械が出すような音を立ててその人物の顔を見ようとする。

 

 

次の瞬間、二つの乾いた衝撃音が第二グラウンドに木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぅ……何かと言えばすぐに人の頭を」

 

「全部、一夏のせい大和のせい一夏のせい大和のせい」

 

 

 叩かれた後は大人しく整列をしたは良いものの、二人は痛む頭を押さえながら完全に涙目になっている。千冬さんに対して言い返したいものの、今回は自分が悪いためボソボソと愚痴をぼやくしかないセシリアと、念仏でも唱えるように、繰り返し俺と一夏の名前を呟く鈴。

 

自業自得といえばそれまででも、ちょっと可哀想になってきた。

 

授業は最初に一悶着があった以外は、特に何事もなく始まり、今は千冬さんがISを操縦する上でのノウハウや、注意することを皆に説明している。そして一通り説明を終えると、今一度姿勢を正して、こちらを見つめ直す。

 

 

 

「では早速だが戦闘を実演してもらおう。活力が溢れんばかりの十代もいるわけだしな……凰! オルコット!」

 

「「は、はい!」」

 

「専用機持ちならすぐに始められるからな、すぐに用意をしろ!」

 

 

痛む頭を押さえながら、やる気無さそうに二人は前に出ていく。休み明けの登校並みに足取りが重たい二人の姿が、どれだけ実演が面倒なのかを物語っている。後は叩かれて気落ちしているせいで、気分が乗らないのも一つの理由か。

 

叩かれた後に命令ぎみに頼まれれば、誰でもいい気分はしない。二人の性格からして、相手が千冬さんじゃなければ歯向かっていたかもしれない。

 

 

「後は霧夜、お前も前に出てこい」

 

「え……あ、はい!」

 

 

二人が呼ばれた後に間髪入れず、俺の名前が呼ばれる。俺まで実戦に参加させるつもりなのか。まさか生身で二人を相手にしろとか言うんじゃないだろうなこの人は。

 

とにかく、呼ばれた俺に拒否権はないので、後に続いて前に出ていく。後ろから一夏から死ぬなよなんて声が聞こえてきた気もするが、シチュエーションによっては否定出来ないところが悲しい。

 

生徒たちの前に出ると、再び千冬さんから声をかけられる。

 

 

「今回はお前にも手本になってもらう。この中では比較的稼働が多い方だからな。実戦に参加してもらうのは凰とオルコットだけだから、安心していいぞ」

 

「はい!」

 

 

その言葉を聞いて、若干気持ちに余裕が出てきた。俺が手本になるってことは、何人かのグループに分けて、ISを動かせる人間を中心に訓練を行うのだろうか。はっきり言えるのは、俺もISを展開する必要があるということ。

 

自分で言うのも何だが、あまり自信が無いのが本音だったりする。千冬さんが来るまであまり気にしていなかったけど、よく見てみたら一番前には待機状態の打鉄が置いてある。

 

ところで、専用機と言えばいつぞやの千冬さんとの会話を思い出す。ちょうど一ヶ月くらい前か、俺にも専用機が支給されるってことだったけど、あれから特に専用機に関する話は聞かない。

 

篠ノ之博士から前みたいに直接連絡が来るのかと思いきや、それも来ないからただ待つことしか出来ない。遠隔操作で着信音のすり替えなんて大迷惑もいいとこだが、気にしても仕方ないことに気付いた。気にすれば気にするほどやられる。

 

そんな中俺と同じように前に出てきたセシリアと鈴は、それぞれに愚痴を溢し始める。千冬さんの前で愚痴を溢すなんて勇気があるなとは思いつつも、俺は俺で作業を進めさせてもらうことにする。

 

 

「どうしてわたくしがこんなことまで……理不尽ですわ」

 

「全部一夏と大和のせいなのに。なんであたしまで……」

 

 

と、愚痴の内容は散々なものだったりする。セシリアはまだしも、鈴は俺と一夏に恨みでもあるのかと思うくらいの、擦り付けっぷりだ。本人にそこまで悪気はないとしてもあまり気分は良くない。完全にやる気がゼロ状態の代表候補生の体たらくを見て、千冬さんは頭を押さえながら一つ大きくため息をはく。

 

 

「お前らもっとやる気を出せ」

 

 

そして前に出てきた二人の間にそっと顔を近付けて、何かを耳打ちする。俗に言うカンフル剤みたいなものか、言われた内容を聞き取ることまでは出来なかったものの、口が動くにつれて二人の表情が引き締まっていくようにも見えた。

 

何だろう、例えるとするなら水を得た魚みたいな。そして千冬さんが最後まで言い切ると、ハッとしたように得意気な表情を浮かべると。

 

 

「まぁ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちとしての!」

 

「ここはイギリス代表候補生であるわたくし、セシリア・オルコットの出番ですわね!!」

 

 

と、たった一言でさっきとは打って変わり、やる気に満ち溢れた表情に。急にやる気になったのはいいけど、千冬さんが掛けた言葉にどことなく想像がついてしまうのは悲しい。多分、ここで頑張れば一夏に良い姿を見せられる的なことを言ったんだと思う。

 

さて、二人のことは放っておいて、俺はやることをやらないと。

 

 

「フフン。それで、相手は誰? 何ならセシリアでも良いわよ」

 

「面白いですわね。どちらが強いのか、ここではっきりさせましょう!」

 

 

バチバチと火花を散らしながら挑発をするセシリアと鈴。互いに笑いあって見えるが、目は全く笑っていない。

 

 

「落ち着け。お前らの相手は―――」

 

 

睨み合う二人に火花を散らす相手は違うと、千冬さんが伝える。

 

そう言えば戦闘実演って言ってたけど、相手は誰になるんだろうか。セシリアと鈴が前に出たわけだし、普通ならこの二人がやるべきなんだろうけど、口ぶりからして違うのが分かった。

 

ISに関する訓練は千冬さんと山田先生の二人が中心になって行われている。千冬さんは良いとして、いつも一緒に来ているはずの山田先生の姿がどこにも見えない。一体何処に行ったのかと首を傾げていると。

 

 

「……ん、何だこの音?」

 

 

ホイッスルをはるかに超えたモスキート音に近い……空気を切り裂く音が耳に入る。音の発信源はどこなのかと周りを見回すが、これといって特に変化はなかった。グラウンドに整列しているクラスメートたちを見ても、反応からして音が聞こえているみたいだ。ただ音の正体が何なのか、どこから聞こえてきているのかは分からずにざわめき出す。

 

一瞬だけかと思っていた音が徐々に大きくなってくる。聞こえてくる音が新幹線が通り過ぎる音と非常に似ていることから、何かが高速移動しながらこちらに近づいてきていることは明らかだ。音が大きくなっているのに周りには何もない。左右前後、その何処にも存在が確認できないってことは。

 

 

「きゃあああああっ!!? ど、どいてくださあああい!!」

 

 

声が聞こえた瞬間に上を見つめる。真っ先に目に入ったのは、光り輝いた星のような何かだった。当然星が降ってくるわけないし、そもそも降るのであれば前もって何らかのニュースが舞い込んでくる。それに降ってくる物体から声が聞こえてくる時点で、星だという選択肢はあり得ない。

 

よく見てみると落ちてくる物体は星ではなく、光の反射で輝いた機械。それも深緑色に染まったISだった。ISと同化して見づらかったものの、登場者は紛れもなく山田先生である。単純に乗りなれていないのか、それとも動かすことが久しぶりすぎて上手く操縦が出来ないのか、いずれにしても操縦がままならない状態なのは変わらない。

 

フラフラと蛇行運転をするかのように右往左往しながら、地面に向かって真っ逆さまに落下してくる。落下地点を目で追っていくと、前に出ている俺たちの場所ではなく、後ろのほうで整列している列の方に向かって落下しているのが分かった。

 

危険を察知したクラスメートたちが次々に逃げていく中、ただ一人空を見上げたまま硬直している人物が一人。このままではそのまま正面衝突して、大ケガは免れない。慌てて声を大にして、その人物の名前を叫ぶ。

 

 

「一夏! ISを展開しろ! そのままだとぶつかるぞ!!」

 

「え……わ、分かった!」

 

 

俺の言ったことをワンテンポ遅れながらも理解し、ブレスレットに手を乗せて目をつむる。それと同時に光が一夏の周りを覆い始め、展開されたか否かというタイミングで、山田先生が乗ったISが、一夏のいた場所に墜落した。

 

大きな衝撃音と共に地面が振動し、辺り一面を砂ぼこりが覆う。落下地点付近は完全に砂ぼこりが充満しているため、中の様子の確認が出来ない。何とかISを展開出来たとは思うけど、果たしてそれが断定して言い切れるかと言われれば言い切れない。二人に怪我はないか、それだけが気掛かりだ。

 

砂ぼこりが風に揺られて晴れていき、徐々に様子が明らかになっていく。

 

墜落現場に歩みより、中がどうなっているのかを確認する。

 

 

「なっ……」

 

 

そこで起きていた事態を目の当たりにし、思わず言葉を失ったまま硬直する。一夏の体には怪我どころか傷一つ無かった。突っ込んだ山田先生にも確認できる範囲では怪我はない。

 

では何故言葉を失う必要があるのか。それは目の前で展開されている二人の状況に問題があったからだ。

 

まずは一夏の倒れている位置。真上から突っ込んでくる人間とぶつかったのであれば、一夏は下になり、山田先生は上に覆い被さるように倒れているのが普通だ。もちろん例外はあるにしても大体はこの形になる。

 

今回の場合はその逆で、山田先生が下で一夏が上に覆い被さるように倒れている。端から見れば、山田先生を一夏が襲っているように見えないわけでもない。

 

そして極めつけは。

 

 

「お、織斑くん……」

 

「ん……んん? いっ!?」

 

 

何気なく握りしめた先には、山田先生の豊満な双丘があった。無意識に複数回揉んだ後、事態を把握して顔を真っ赤にしながら手を離す。年頃の男が女性の象徴とも言える場所に手をかければ、誰だって一夏と同じ反応になる。二人のやり取りを見ながらも、悲しきことにどれくらい大きさがあるんだろうなんて考えてしまう自分がいる。俺とて年頃の男だ、仕方ない。

 

しかしまぁ、どれだけラッキースケベなのか、世の中の男性が見たら全員が卒倒するだろう。山田先生も嫌がるならまだしも、顔を赤らめながら『織斑先生がお姉さんに……』などと変な妄想を繰り広げる始末。これでは満更でもないと誤解されても仕方ない。

 

妙な雰囲気が広がっている二人の周りでは、心配そうに駆けつけてきた生徒たちの目が点になっている。

 

そりゃそうだ。心配して駆け付けてきたのに、いざ目の当たりにしたら、ラッキースケベの状態が目の前に広がっていたら目が点になるのも当然。

 

どうしようもねぇなこれ、俺も正直かける言葉も見付からない。掛けるとするならラッキーだな、くらいか。

 

 

「あわわっ、すみませ……うわぁっ!?」

 

 

立ち上がった一夏の目の前を青い帯状の光が高速で通りすぎていく。その距離僅か数センチ、神がかり的な回避に思わず感心しつつも、誰がこんな危ないことをやったのかと、光が飛んできた方向を見つめる。見つめなくても、ここにいる人間でビームを発射出来る機体を持っていて、かつ射撃が得意な人間と言えば一人しかいない。

 

「ほほっ、おほほっ……残念、外してしまいましたわ」

 

 

撃った張本人であるセシリアはイギリス淑女の眩い微笑みを向けるが、顔は全くと言っていいほど笑っていない。一夏に好意を寄せる身としては今の反応は面白くなく、嫉妬するのも分からなくもないが、まさか武力行使に出てくるとは誰も思わなかったはず。

 

というより、普通に考えてかなり危なかったよな今の。ISはすでに解除しているし、まともに当たったらどうするつもりだったのか。

 

攻撃を受けそうになった一夏も、目の前で起きた出来事に顔を青ざめさせ、セシリアの方を唖然としながら見つめ、やがて我に返ると危ないじゃないかと抗議していく。

 

 

「セシリア! おま「いちかあああぁぁぁ!!!」いっ!!?」

 

 

が、その抗議も途中で止められることとなる。今度は一夏の背後から甲龍を展開した鈴が、近接用武器の双天牙月をブーメランを投げるように勢いをつけて投げ飛ばした。素早い回転のまま一夏に向かって真っ直ぐに飛んでいく。

 

双天牙月と一夏の距離が数メートル程に縮まった時、銃を発射した乾いた音と共に金属が擦れ合う甲高い音がグラウンドに鳴り響く。カランカランと土の上に金属片が落ちる音と同時に、勢いよく飛んでいたはずの双天牙月が地面に突き刺さる。

 

鈴の一撃から一夏から守ったのは……。

 

 

「織斑くん、大丈夫ですか?」

 

「は、はい!」

 

 

山田先生だった。墜落した穴から上半身だけ出し、銃を構える姿が、熟練のスナイパーを彷彿させる。その美しいシルエットを作るために、どれだけ努力をしたのかと思うと尊敬の念すらわいてくる。

 

少なくとも俺たちが普段目にする、ドジッ子な山田先生の姿はそこにはない。高速回転で迫ってくる双天牙月を闇雲に狙撃したところで、勢いが衰えるわけではない。狙いを定めて、なおかつ力が最も弱められる部位に的確に当てなければ撃ち落とすことは出来ない。

 

ハイパーセンサー越しで視力は肉眼で見たものより向上しているものの、動きを追ったり読んだりする動体視力や察知能力と命中させる正確な狙撃技術がなければとても出来ない芸当だ。

 

現に撃ち落とされた鈴やセシリアもキョトンと惚けたまま立ち尽くしている。普段のイメージとかけ離れた山田先生の動きに驚いているに違いない。

 

 

「流石だな、元代表候補生」

 

「昔のことですよ。それに候補生止まりでしたし」

 

 

山田先生を誉めるのは千冬さん。元世界一を取った偉大な人に誉められて、照れながらほんのりと頬を赤らめる。反応からして満更でもない様子、心の底では嬉しいに違いない。

 

昔のことってことは、前線で操縦していた時に比べるとブランクがあるってこと。それでもここまでの精密射撃が出来るってことは、全盛期は相当凄かったのが容易に想像出来る。でなければ、IS学園の教師が勤まるはずがない。

 

……っとステレオタイプは良くないな。

 

 

「山田先生も来たことだ。さっさと始めるぞ、小娘共」

 

「あ、あの織斑先生? 山田先生が相手なのは分かりましたけど、流石に二対一はキツいのでは?」

 

「安心しろ、今のお前らならすぐに負ける」

 

「むっ……」

 

 

お前らが勝つことはないと淡々と答える千冬さんの言葉に、セシリアと鈴も少しカチンときたらしく、表情が微かに不機嫌になる。いくら千冬さんに認められているといっても、二人はまだ一度も戦ったことが無い。だからなおさら、負けると断定されることに納得行かない。

 

とはいっても、何人ものIS操縦者を見てきた千冬さんが言うんだから、二人と山田先生の間に力の差があるのは間違いない。

 

射撃体勢を解き、穴から控え目に山田先生が戻ってくる。二人とも俄然やる気が出たみたいだし、勝ち負けは別だとしても大丈夫だろう。

 

 

「よし。二人とも武装を展開後、すぐに定位置に移動しろ」

 

「「はいっ!」」

 

「霧夜、確認は終わったか? お前も一旦戻れ」

 

「はい」

 

 

打鉄の確認を終えた後、千冬さんから今一度列に戻るように促される。てっきり展開して待っていろと言うと思ったんだけど違ったらしい。確認とは言ってもISに触れて、いつも通りの情報が頭に流れ込んでくるか、イメージが出来るかの確認のため、そこまで本格的な確認をしたわけでもない。

 

セシリアと鈴のことを振り向き様に見つめながら、一組の陣営へと戻る。山田先生の墜落で列はすでにバラバラ、千冬さんも注意する気がないのか、クラスメートたちは仲の良い子同士纏まったままだ。

 

 

「結局大和は何で呼ばれたんだ? 千冬姉と何か話していたみたいだけど」

 

「今日のことでちょっとな。そんな大した理由じゃないよ」

 

 

今日のIS実習で手伝ってほしいと頼まれただけだし、特にこれと言って怒られたわけではない。なのに何故か出迎えた一夏の表情が心配そうだったため、何か問題を起こした訳じゃないと言い切る。

 

 

「ねぇ、大和。さっき織斑先生、二人に何て言ってたの?」

 

 

一夏の後ろからシャルルが先ほどの一件について疑問をぶつけてくる。最初は全くやる気がなかった二人が、どうして急にやる気になったのか気になったらしい。

 

 

「さぁな。女の子だけが元気になる秘密の言葉……ってところじゃないか」

 

「秘密の言葉って……?」

 

「そこはシャルルのイメージに任せる。ほら、始まるぞ」

 

 

ニュアンスを濁したため、意味がわからずに手を口元に添えながら首を捻る。うーんと考え込むシャルルをよそに、スラスターを吹かす音が後方から聞こえてくる。話を切り上げて上空を見つめると、武装を展開したIS三機が空高々と上昇していくのが見えた。

 

片方は山田先生、もう片方はセシリアと鈴だ。本当に二対一で戦うらしい。確かに山田先生の射撃技術は相当高いレベルにある。ただそれは射撃技術はってだけで、総合的なIS戦闘の技量がどれほどのものなのかは、全くの未知数。

 

どんな戦い方を見せるのか楽しみになってきた。ちなみに千冬さんに関しては一回やりあっているから、その強さは嫌というほど知っている。思い出すだけでも、寒気がする。あれを入学試験と言うにはおこがましいにもほどがある。ISを動かしたこともない人間に、情け無用の本気の試合とかもはやいじめにも近い。

 

 

「では始めろ!」

 

 

千冬さんの一声で上昇した三人がそれぞれ行動を始めた。いち早く行動したのはセシリアと鈴。遠距離射撃型のセシリアに近接中距離型の鈴だから、遠近のバランスは非常に良い。鈴が手前に、セシリアが奥へと下がろうとする。その様子を見ていた山田先生が、スコープを鈴に向けて発射する。

 

直線上の距離とはいえ、覗いてから撃つまでが尋常じゃないくらい速い。ほとんどスコープを覗いておらず、肉眼で確認した対角線上に銃口をむけて、そのまま引き金を引いている。

 

そして動作が速ければ速いほど、相手に考えさせる時間を与えない。放たれた弾丸は真っ直ぐ鈴に向けて飛んでいく。弾丸スピードが速いとはいえ、距離があってモーションが確認できればかわすことは決して難しいものではない。

 

 

「直線的すぎね。これくらいどうってこと無いわよ!」

 

 

弾丸に対して飛行軸をずらして避ける。正面からの攻撃ならかわすことなど簡単、だがそれはあくまで見えているからであり、見えていない人間にとってはギリギリの動きになってくる。

 

 

「り、鈴さん!? 考えて避けてください! もう少しで直撃ですわよ!?」

 

 

鈴の後ろにいたセシリアが飛んでくる弾丸をギリギリのところで避ける。セシリアと鈴の距離は大体数メートルで、弾丸の速さからすればあっという間に到達する距離になっている。ギリギリとはいえ、セシリアの口ぶりからしてダメージがないわけではないらしい。

 

前に出た鈴の姿で山田先生の手の動きを追うことが出来ず、ライフルを構えたところにいきなり弾丸が飛んでくれば、かわすのは至難の技。間一髪、クリーンヒットを避けられただけすごい。

 

ISに搭載されているハイパーセンサーは、遠くのものをよりはっきりと確認できる優れものだが、目の前にある物体を筒抜けてまで、物体越しの様子を見ることは出来ない。今回の場合は鈴が影になったせいで、セシリアの反応が遅れたってところか。

 

現に鈴はセシリアに注意された意味が分からずに気の抜けた声を出してしまうが、やがて山田先生の意図に気付きハッとした目付きで前を振り向く。

 

 

「へ? 何でセシリアが……ってまさか」

 

「はい♪ 初めから狙いは凰さんではありませんから」

 

 

にこりと微笑む姿からは焦りを全く感じられない。読んでいるんだ、二人の行動を。信憑性のない読みなら怖くはないが、本当に相手の動きが読めたとしたら脅威以外の何物でもない。

 

動きが止まったところに、今度はアサルトライフルを展開し、一面に弾幕を散りばめる。山田先生も別に狙っているようにも見えないし、あくまで当たれば儲けものとしか思ってないはず。一旦距離を取り直し、今度は二人ともある程度離ればなれになっていく。

 

一番遠くに陣取ったセシリアがブルー・ティアーズのレーザービットを四機展開させ、それぞれに命令を飛ばして縦横無尽にレーザーを飛ばしていく。飛んでくるレーザーを物ともせずにひらりひらりと、まるで揚羽蝶が舞うかのように避けていく。もちろん後ろを取られないように常に回避しながら周りを観察しているんだろう。セシリアだけではなく、鈴もいるというのにさすがの操縦技術。

 

 

 

そして山田先生に向かって鈴が突進していく。しかし今思うけど、結構このグラウンド声響くのな。戦っている三人の声がちゃんと聞こえてくる。

 

 

「安心しろ、あの会話が聞き取れるのはお前くらいだ」

 

「……千冬さん、人の心を勝手に読まないでください」

 

 

見ず知らずの内に人外扱いをされたような感じがして、やや反抗気味に返す。後は人の心を的確に当てる人心把握。仕事上俺も得意だが、そうそう人の心中を的確に当てられるものでもない。からかえて若干満足そうに頬を緩める千冬さんだが、すぐに表情を引き締める。

 

 

「さて、デュノア。山田先生が使っているISの説明をしてみろ」

 

「は、はい。山田先生の使用されているISはデュノア社製の―――」

 

 

後ろを向いたまま、シャルルに対して一つ問題を出す。俺や一夏と同じ男だというのに、口から出てくるのはつっかえながらの説明ではなく、すでに頭の中に知識として蓄えられた分かりやすい滑らかな説明だった。

 

 

「……」

 

 

何だろう、今すごく重要なことに触れずに聞き過ごしたような。

 

デュノア……デュノア?

 

デュノア社ってフランスにある大手のIS開発企業だっけ。世界シェアは第三位で、世界中から注目されている会社だったはずだ。第二世代型の量産機『ラファール・リヴァイヴ』で一気に経営が軌道に乗ったといわれている。

 

ただここ最近は第三世代の台頭で、型落ちとも言われる第二世代型の需要は減少。今デュノア社は経営危機に晒されている。いつぞやニュースで社長が会見を開いているのを見たこともあるし、うちにもデュノア社の情報は飛び込んでくる。

 

第三世代の開発も上手く行ってないみたいだし、飛び込んでくる情報もあまり良いものではない。表向きは大丈夫でも裏は黒くて泥々なんて良くあることだ。デュノア社としては何がなんでも、第三世代の量産の目処を立たせたいところだろう。

 

いくらなんでも今回の転校の時期といい、偶然とは思えない。

 

 

 

 

 

シャルル・デュノアか、関係者だったとしてもまさかな。とりあえず後でそれとなく調べてみるか。

 

 

「あぁ、そこまででいい。もう終わる」

 

 

考え込んでいる内にシャルルの説明が一区切りついたらしく、千冬さんがそれを制止して生徒たち全員の視線を上空に向けさせる。

 

上空にはダメージらしいダメージを与えられず、苛立つ二人の姿が見えた。苛立つだけではなく、攻撃を当てられないことからくる焦りが、正確さを奪っていく。鈴の場合、近接では素早い身のこなしからの双天牙月による鋭い攻撃、中距離では砲身斜角に制限がなく、さらに死角もない衝撃砲が持ち味。

 

が、山田先生にはほとんど通用しない。近接戦をしかけてもヒラリとかわされ、衝撃砲を撃とうにも動きを読まれて当たらない。初めこそ仕方ないと前向きに捉えていただろうが、一撃も当たらないとなると内心イライラは募っていく。

 

一方のセシリアも自分の射撃が当たらずに痺れを切らしているようにも見える。大きく避けるのではなく、ギリギリのところで避けられるので狙っている方からすればかなりのストレスになる。セシリアが忌々しげな表情を浮かべながら山田先生を狙い打つ。山田先生は小刻みな上下運動を繰り返しているため、そもそも狙いがぶれる。読みで狙い撃とうにも、外れる可能性の方が高い。

 

レーザービットを展開しようにも開始早々に見切られていることから、展開してもあまり効果がないと思っているのかもしれない。山田先生もタイミングを見計らって牽制射撃を入れてくるので、おちおち狙いを定めてもいられない。

 

最後に二人のコンビネーション。これに関して最低評価をつけられたとしても文句を言えない。そもそもセシリアと鈴の技量が高い上にプライドも高い。互いに主役を譲ろうとしないためにコンビネーションもへったくれもない。

 

阿吽の呼吸、それが二人には出来ていなかった。互いのことをよく知り、特性にあった戦い方をすればここまでひどい試合展開にはならないはずだ。

 

 

……?

 

何だろう、さっきから山田先生の攻撃がセシリアに集中している気がする。遠距離射撃型の山田先生なら、懐に飛び込まれると厄介な鈴を先に仕留めるのがセオリーだと思ったけど、どうやら山田先生の戦術ではそれが違うらしい。

 

鈴の攻撃も全く当たらないし、どちらを先に仕留めようが問題ないのかもしれない。

 

 

「……あれ?」

 

 

やはりおかしい。セシリアを徹底的に狙うのは分かる。でもそれにしてはセシリアにピンポイントで直撃していた射撃が鳴りを潜め、余裕をもってかわされるようになっていた。

 

ようやく集中力が切れたかと、ブルー・ティアーズに乗るセシリアはニヤリと笑う。いくらなんでも急に集中力が切れるとは思えない。それに何だか山田先生の攻撃パターンが、どこかへ誘導するようにも見えた。

 

俺が抱いた違和感を悟ったのか、千冬さんが感心しながら声をかけてくる。

 

 

「ほう? 霧夜は気付いたのか?」

 

「何となくですけど。山田先生の攻撃がセシリアを誘導しているみたいで……」

 

「ふむ、鋭いな。近接メインのお前にも山田先生の動きは勉強になるはずだ、しっかりと見ておけ」

 

 

ここまで千冬さんに言わせるのだから、余程の実力だったんだろう。空を見上げていると鈴が衝撃砲を撃っているのが見える。それをかわした山田先生が鈴に向かってアサルトライフルを撃つ。そして続けざまに上空を旋回するセシリアに向かって執拗なまでに連射を繰り返す。

 

鈴に向かって撃ったのはあくまで足止めであり、仕留めるつもりなど更々無い。回避を連続させられたセシリアは徐々に周りのことが見えなくなったのか、弾に誘導されるがまま鈴の方へと……。

 

 

なるほど、そういうことか。

 

 

何故セシリアばかりを狙っていたのか、それは別にセシリアを先に仕留めようと思っていた訳ではない。二人を同時に仕留めるためには片方を集中的に攻撃し、判断力を鈍らせる必要があったからだ。

 

鈴の専用機『甲龍』には遠距離における切り札的な装備はない。逆に鈴を先に仕留めようとすれば、遠距離からセシリアに狙い撃ちをされる危険がある。確かに鈴も手強いが、距離を大きくとっていれば近接武器の双天牙月や、近距離から中距離射程の衝撃砲はそこまで怖くはない。むしろセシリアや山田先生のような遠距離射撃型のISには相性が悪い。

 

しかし鈴もセシリアも代表候補生だけあって、実力は確かなものだ。油断すれば山田先生とて勝つのは難しい。だからこそ二人が最も足りないところに、今回は漬け込んだ。

 

実力が高いからこそ二人に欠けているもの……協調性だ。

 

 

「へっ? ちょっとセシリ……」

 

 

鈴がセシリアの接近に気付いたときにはもう遅い。セシリアも避けることに夢中で、完全に周りが見えずに勢いそのままに鈴と衝突。衝突を見計らい、今度はラファールに乗った山田先生が二人の上、空高くまで一気に急上昇する。そしてグレネードランチャーを展開した後に、素早くその引き金を引いた。

 

ドシュっという発射音と共に放たれたグレネード弾が一直線に二人めがけて飛んでいき。

 

 

「「きゃぁあああああ!!?」」

 

 

二人の甲高い悲鳴と共に、空一面が爆風に包まれた。爆風の中から勢いよくぐるぐると回転しながら、地面に落下してくる。二人まとめて落ちてきた衝撃で落下点には大穴が開き、そこを中心に砂埃が立ち、振動で観察していた千冬さんの長髪が靡く。

 

その顔は予想した通りだと言わんばかりに、どこか微笑んでいるようにも見えた。

 

 

「うぅ、まさかこのわたくしが……!」

 

「あ、あんたねぇ! 何面白いように誘導されてんのよ!」

 

「鈴さんこそ! あんなにバカスカと撃つからいけないんですわ!」

 

 

互いに責任転嫁をしながら睨み合う二人だが、喧嘩するほど仲が良いって言うし、どことなく良いコンビになるんじゃないかと思ったりする。この二人のやり取りを見てるとどこか羨ましいと思う自分がいる……何故なんだろうか。

 

 

「……」

 

 

―――あぁ、そうか。今まで誰かと本気で喧嘩をしたことって無かったっけ。だから二人のやり取りが羨ましいって思えるんだ。

 

昔のことを変に思い出すだけで嫌な気分になる。思い出したところで、俺にメリットなんかない。

 

 

「どうした? そんな複雑そうな顔して。らしくもないな」

 

 

どうして一夏はここまで人の気持ちに敏感に察知してくるのか。それを少しでも恋愛感情に向ければと思う反面、気遣ってくれることに対しての嬉しさもあった。

 

 

「……俺だって考え込む事くらいはあるさ。なっ、シャルル?」

 

「へ……な、何で僕に振ったの?」

 

「んー、いやな? 人間誰かに話せないような秘密や、知られたくないような事の一つはあるよなって話」

 

「え?」

 

「ん、どうした?」

 

「う、ううん。な、何でもない!」

 

 

俺の何気ない質問に表情を曇らせる。男子高校生がよくする冗談な話的なノリで振ったのに、シャルルの表情は浮かない。冗談を真に受けるようなタイプなのか、それとも単純に本気で俺たちに何かを隠しているのか。

 

暗い表情もほんの一瞬で、次に声をかけた時にはすでに元の表情に戻っていた。が、シャルルとの空気が微妙なものになってしまい、どうにも居心地が悪い。

 

続けて話し掛けようとするものの、更に授業を進めようとする千冬さんの手によって止められることになった。

 

 

 

 

 

 

 

自習中、誰かをお姫様抱っこをして大騒ぎになったり、どこかの班が一人の存在感に気圧されて全然実習が進まなかったりと、様々なことが起こったものの、浮かんだ疑問だけは頭から離れることは無かった。


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