IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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銀色の思惑

 

 

 

 

シャルルがIS学園に来てから数日が経つ。

 

不思議なもので、僅か数日しか過ごしていないにも関わらず、シャルルはすっかりクラスの一員として溶け込んでおり、休み時間なんかはクラスメートたちと談笑する姿がよく見られるようになった。

 

シャルルと二人きりになったあの日以来、気まずくなるのではないかと気にすることもあったが、次の日には何事もなかったような接し方だったため、俺の杞憂は何だったんだろうとこっちが気疲れする羽目に。

 

歓迎会に関してはもう色々と怖いものがあった。特に一夏ラバーズの面々が、一夏の隣に座るのは誰かだとか、実は一夏の本命はシャルルなんじゃないかだとか、バチバチと火花を散らしていて、あの空間だけ完全な別空間だった。

 

まぁそれは恋する乙女的な反応があるのは良いとしよう、それを俺にまで向けるのは勘弁してほしい。割とマジで。

 

 

ボーデヴィッヒもあの日以来、俺にも一夏にも突っ掛かってくることは無くなった。ま、そもそも顔を見るたびに突っ掛かられるのも困るんだが、何もしなかったらしなかったで、良からぬことを企んでいるんじゃないかと思うだけで、警戒を緩められないでいた。

 

出会った時から敵意むき出しで接されていれば、警戒を解くなんてのは無理な話。嘘ばかりついていた人間を、急に信頼しろと言われても無理なのと同じことだ。更に普段は表情に出さないため、ボーデヴィッヒが何考えているか分からない分、対応が難しい。

 

下手にこちらから鎌をかけることもないし、ひとまずは見守ることにする。

 

 

 

ところで全然話題は変わるが、IS学園の訓練機は申請を出さないと借りられないのは知っているだろうか。いくら世界でただ一つのIS育成施設だとしても、学園に配備されるISの数は限られてくる。

 

全世界に配備されている全てのISコアを合わせても四百六十七個。ISの合計は四百六十七機だ。それ以上は篠ノ之束が製造をやめたために、各国が総力を上げて研究を進めているも、結果は芳しくない。コア自体がブラックボックスになっているせいで、コアがそもそもどのように造られているかも分からない状態だ。

 

何をどうしたところで成果が上がらないのは目に見えている。コアを量産出来るのは世界中どこを探してもたった一人、篠ノ之束だけになる。

 

そんなこともあって、幾分前から予約をしなければ訓練機を使えないって縛りがあったんだが、今日ようやくその申請が下りて使えるようになった。とはいっても時間は限られているわけだし、折角使えるのだから色々と試したいところ。

 

 

そういえば、俺に専用機が与えられるって話はどうなったんだろう?

 

千冬さんに職員室に呼び出されて、事の次第を話されてから結構経つけど、連絡が来るわけでもなく、話題に触れられることも無くなった。専用機が与えられる話について知っているのは、千冬さんと俺だけで、他の教師や生徒で知っている人間はいない。

 

楯無さんにも話してないから、この学園で知っているのは二人だけになる。ようは二人だけの秘密ってやつだ、面と向かって言ったら百パーセント殴られるから言わないけど。

 

元々は無い前提での入学だから、遅れたところで文句はない。ただ何だかんだどうなるのかと、気になるところではある。

 

今日は休日ということで、授業が一切組み込まれていない。故に、アリーナには数多くの生徒が自習訓練のために集まっている。アリーナは休日、全解放になるため自由に使うことが出来る。とはいいつつも、管理室では教師が見張っているため、好き勝手が出来る訳ではない。

 

 

そして打鉄を借りた俺は、いつも一夏が放課後に特訓しているアリーナに向かうと、既にISをまとった三人が一人をボコボコにしている光景が映った。何のいじめだろうと思いつつ近寄ると、丁度ボコボコにされている一機が地面へと叩き落とされ、模擬戦という名のいじめは終わったわけだが……。

 

 

「だから何度言ったら分かるんだお前は! さっきの攻撃はこう、ドーンとやって、ガキーンとやればいい!」

 

「一夏さん! 先ほどの回避は左足を五度ほど傾けて……」

 

「あーもうだから、感覚よ感覚。……はぁ!? 何で分からないのよバカ!」

 

 

これは酷い。

 

初めて一夏の特訓がどんなものかと見てみれば、予想以上に酷いものだったのは分かった。逆によく一夏も爆発せずにこの特訓を受けていたなと思う。一夏も鈴やセシリアといった周りの代表候補生に少しでも近付きたいと思う一心で、毎日の訓練をこなしているのだろう。逆にこれだけの過密なスケジュールでよく体が持つなって感じだ。

 

一夏なりに吸収しようと行動するも三人の言っている意味が分からずに、ただ首を傾げるしかない。

 

 

「無茶言うなって! お願いだからもう少し分かりやすく頼む! 全っ然分からん!!」

 

 

言っていることがからっきし分からずに、一夏は両手を広げて抗議をしていく。三人がISを解除しているのに対して、一夏だけがISを展開しているため、シチュエーションだけ見ると一夏が教えているようにも見える。

 

が、実際は逆だ。

 

三人としては一夏に対して分かりやすい解説をしていると思っているものの、聞いている一夏からすれば日本語で話してくださいと思えるほどに分かりづらいものになっている。それに関しては俺も一夏に同意せざるを得ない。

 

まず篠ノ之に関しては重要なところの例えが『どかーん』だとか『ガキンッ』だとかの擬音語ばかりで、結局どのような感覚で行動すれば良いのかがまるで分からない。身ぶり手振りで表現している分、まだ分かりやすいようには見えるが、結局は大して変わらない。

 

似たような説明になっているのは鈴だが、こちらはこちらで自分の感覚をそのまま伝えているため、尚更一夏が混乱する原因になっている。

 

ある程度技量が高くなって行くと、感覚で行動をしたり、自分のリズムが染み付くので、本人たちはそれで分かれど聞いている人間には念仏を唱えているようにしか見えない。三人の言うことに冷や汗を滴ながら頭を抱えて考え込む姿は、まさにその象徴とも言える。

 

つまりは自分たちが覚える感覚を、具体的な例えや、分かりやすい言葉に置き換えられていないせいで、一夏は全くと言って良いほど理解出来ていなかった。

 

 

「お前らなぁ……そんな説明じゃ一夏も俺も分かんないっての」

 

「あっ! 大和!」

 

 

しばらくの間教え方を見ていたが、さすがにこのままでは可哀想だと思い、声を掛けて近付いていく。俺が行ったところで何かが変わるわけではないものの、多少の気休めになれば良いだろう。

 

三人の方を向いていた一夏がこちらを振り向き、篠ノ之、セシリア、鈴の三人も俺に気付く。

 

 

「わ、私は今までの経験で思ったことをそのまま教えているだけで!」

 

「あたしだって、いつもの練習から得たことを……あーもう! こういうのって教えるの難しいのよ!!」

 

 

口々に己の意見を述べてくる篠ノ之と鈴。いくら言っても二人の説明があまりにも分かりにくいのは明らか。どうやら二人は直感や感覚で行動しているため、普段の動きをかいつまんで誰かに教えるのは苦手にしているらしい。

 

それこそ、私の動きを見て学べという形の教え方になってしまう。同じ剣を扱う近接戦闘メインの篠ノ之の動きは多少真似られるところがあっても、衝撃砲を使った中距離戦闘をメインに行う鈴の動きは、一夏にとっては覚えても実戦に生かしにくい。

 

 

「だから肝心な内容を教えてないから混乱するんだろ。擬音で例えたり、感覚を語られたところで具体的な言葉が無いから、アドバイスにもなってないんだよ」

 

「うぐっ。それは……」

 

「確かにそうだけど……」

 

 

ぐうの音も出させないような正論を叩きつけると、二人は何も言えなくなり、悔しそうに顔を歪める。常普段自分が出来ているようなことでも、それを教えるのは難しいこと。プロスポーツの世界なんかでも、選手としては超一流でも、コーチや監督としては二流なんて言葉がよく言われる。

 

教えられたことを吸収するのが得意でも、教えられたことを誰かに教えるのは苦手なんて人間はいくらでもいる。それこそ二人とも私の動きを見て学べ的なタイプだから、教えるとすれば、一夏の前で実演するのが教えるには一番良い方法だろう。

 

篠ノ之と鈴は俺の指摘が少しばかりショックだったのか、落ち込み気味にボソボソと何かを呟く。

 

……何を言ったかには見過ごすことにする、言っても意味無さそうだし。

 

そんな中、一人何も言われていないことにどや顔を浮かべながら、腰に両手をおいてえっへんと胸を張るセシリア。ISスーツ越しに浮かんでくる二つの……失礼、どや顔を崩さずにセシリアは口を開く。他の人間がどや顔を浮かべると腹が立つのに、セシリアがしても腹立たないのは何故なのか。

 

 

「ふふっ、お二人ともまだまだですわね。やはり一夏さんの指導はわたくしが……」

 

「はい、ちょっと待て。セシリアもセシリアであまり誉められた教え方じゃないぞ」

 

「な、何故ですの!? 箒さんや鈴さんと違って、出来るだけ細かく一夏さんに説明してました!」

 

 

 納得が行かないと身を乗り出すように抗議をしてくるセシリアだが、分からないものは分からない。二人と違って確かに詳しく説明しているのは明らか、ただ如何せん一夏にも俺にも詳しすぎて理解が出来なかった。

 

セシリアの場合専門用語が多く、詳しく説明しているようで、実は全く分かりやすい説明ではない。更に体の傾け方を角度で言い表しているため、慣れていない一夏からしたら何を言っているのか分かっていない。

 

この説明を分かりやすいと言う人間がいるとするなら、ISに乗り慣れたベテランくらいだろう。申し訳ないが、俺たちが理解するには少しばかり難しすぎた。

 

 

「詳しいけど、言葉の意味が難しすぎて暗号にしか聞こえないっつーの。後は体の傾けで具体的な数字を出されてもどうするんだよ。一夏は何百時間も乗ってる訳じゃないんだぜ?」

 

「うっ。そ、それはそうですが……」

 

 

不満げな表情を浮かべながらも、何かを言い返すこともせずにその場で黙り込む。俺も悪気があってつついている訳でも、揚げ足を取っている訳でもない。少し聞いただけでも、言っている意味が分からなかったし、このまま自分の指導が正しいと思われてもこれから先の将来困ることになる。

 

 

「ま、とはいいつつ俺も教えられるかって言われると、微妙なんだけどな。俺もどっちかと言えば、感覚で行動する方だし」

 

「あ、確かに大和の場合分かるかも。あんまり型にこだわったりする感じじゃないよな」

 

「マニュアル通りに動いても面白くないし、型が決まった競技はあまり好きじゃないんだよ」

 

 

ただ少なくとも、擬音だけとか感覚だけでは教えないけど。いつぞや言ったと思うが俺は型にハマった競技はあまり得意じゃない。それこそ剣道だとか柔道だとか、技が決まっているものに関しては少し苦手だ。もちろん出来ないわけじゃない、単純に好まないってだけで。

 

それに見るのは結構好きだから、一概に嫌いとも言えない。

 

優柔不断? 何とでも言ってくれ。

 

 

さて、一段落ついたところで訓練機が使えることだし、俺も練習するとしよう。既に打鉄は装備してるから、すぐにでも練習が出来る。折角だから模擬戦なんかをやってみても良いだろう。

 

度が過ぎるもので無ければ原則的に許可はされているし、最悪、管理室の教師が文句を言ってこない限りは続けても大丈夫なはずだ。現にこのアリーナでは模擬戦を行っている生徒もいる。

 

で、相手はどうするかだけど……。

 

 

「一夏、ちょっと疲れてるところ悪いんだけど、相手出来るか?」

 

「え、俺と大和で? そういえば、一度も戦ったこと無いなぁ」

 

「おう。だから、一度くらいは戦っておきたいだろ。俺も実戦はほとんどやってない無いから、こういう時しか機会が無いんだよ」

 

「あぁ、いいぜ!」

 

「なら決まりだな! じゃあ誰か審判を……」

 

 

戦ってみたい相手と言われれば一夏になる。セシリアとはクラス代表を決めるときに既に戦っているし、篠ノ之とはISではなく、一度剣での手合わせをしている。この中で一度も戦ったことのない相手と言えば、一夏か鈴のどちらか。

 

鈴と戦っても良かったが、入学時から一緒だったのに一度も手合わせをしたことがないのもあれなので、先に一夏と戦うことにした。

 

対戦相手も決まったところで、三人のうちの誰かを審判に立てようと選ぼうとしていると。

 

 

「お待たせ、一夏! あ、大和にみんなも。珍しいねこんなに集まっているなんて」

 

 

頃合いを見計らったように、ISを展開したシャルルが颯爽と現れた。シャルルの専用機はラファール……だよな。実習の時に山田先生が使っていたものと装甲は同じなのにカラーリングが違っていた。

 

ただ装甲は似ていても改良は施されているはずだ。与える専用機を量産機と同じ性能にするとは考えづらい。

 

 

このアリーナに男子が三人全員集まっているとのことで、周囲の生徒たちがきゃあきゃあと色めき立つ。転校してきたばかりとのことで、未だにシャルルの人気は衰えず、連日クラスには他クラスの生徒が押し寄せている。

 

男の金髪っていうと割とアウトローな感じで、チャラいってイメージをしがちだが、シャルルの場合中性的な顔に金髪というマッチングが抜群で、その笑顔に悩殺されることも多い……らしい。

 

あくまで聞いた噂だから何とも言えないけど、羨ましい限りだ。更に言うなら夏に出せる題材が増えただとかで、一部の変わった趣向の生徒にも大人気なのはまた別の話。

 

 

「丁度よかった。今から大和と模擬戦やるんだけど、ちょっと審判頼んで良いか?」

 

「うん、良いよ。じゃあ、どちらかが決定打を浴びたら終了で良いかな?」

 

「あぁ。見極めはシャルルが頼む。俺も一夏も、多分エンジンかかったら、シールドエネルギーがゼロになるまでやりそうだからさ」

 

「あはは、分かったよ」

 

「じゃあ大和と模擬戦やるから、また後でな」

 

「「むぅぅぅ……」」

 

 

一夏としては逃げたい気持ちが強かったらしく、さっさと三人に断りを入れる。反面、三人からしてみれば面白くなく、むくれ面を浮かべながら一夏のことをじっと見つめる。

 

三人の中には一夏をレベルアップさせるという目的の他に、少しでも距離を縮めたいといった願望がある。バレてないと思っているらしいが、端から見れば俺以外でもすぐに分かる。

 

布仏が一度その様子を見た時に何気なく呟いた言葉が『隠しているつもりなのかな~?』だ。この一言が何を表しているのか、余程の鈍感じゃ無い限りすぐに分かる。

 

 

話は戻るが、久しぶりのIS戦闘で緊張半分、楽しみ半分ってところだ。一つ目を閉じて、頭の中で一夏のタイプを想像していく。先のクラス対抗戦を見ても分かるように、完全な近接格闘タイプで、中距離や遠距離からの攻撃はほぼ無いと断定して良い。

 

注意しないといけないのは、相手との間合いを瞬時に詰められる瞬時加速(イグニッション・ブースト)と、相手のシールドバリアを破壊して、操縦者に直接ダメージを与える零落白夜。

 

模擬戦だから零落白夜は使えないのは良いとして、瞬時加速に関しては隙あらばすぐにでも使ってくるはず。クラス対抗戦の時は粗さが目立っていて、初見の一回しか使い物にならなかったが果たして今はどうなっているのか。

 

 

『二人とも、準備は良い?』

 

 

オープンチャネル越しにシャルルの声が聞こえてくる。ある程度距離が離れていても相手と会話が出来る機能のため、本気で私用でも使いたくなる。便利だよなこの機能って、携帯と違って声を出してしゃべる必要もないから、話している内容を聞かれることもない。

 

……あったとしたら一台どれくらいするんだろうな。

 

 

ある程度人数が少ない場所まで離れて、標準装備のブレードを展開する。一瞬展開できなかったらどうしようと思いながらも、特に問題なく展開出来たことに安堵しながら、再度気持ちを入れ直す。

 

……楽しみだ。いくら本気で無いとは言え戦うことは嫌いじゃない。バトルジャンキー? 何とでも言え。

 

 

「おう! 大和、手加減しないからな!」

 

「当然」

 

 

一夏の声に手短に反応をし、目の前のことに集中する。視線の先には一夏の展開した白式、手元に視線を向けると白式の唯一の武器、雪片弐型が握られている。視覚補助のためのハイパーセンサーが稼働し、レンズでも覗いたかのように細かい砂ぼこりが見えた。

 

スラスターを吹かしながら空高く上昇していく。一旦気持ちをリセットさせながら、どう戦いを組み立て、最終的には自分のペースへと持ち込むかを考える。はっきり言ってしまえば模擬戦で、公式戦ではない。セシリアと戦った時のほどよい緊張感も、誰かに何かを見せ示す覚悟もない。

 

ただ単純に戦うことが楽しみに思える、それだけだ。

 

 

『じゃあ……始めっ!』

 

「うぉぉおおお!!!!」

 

 

シャルルの開始の合図と共に一気に俺の懐へ飛び込もうと接近してくる。瞬時加速は使っておらず、スラスターを吹かして詰め寄ってくる動きに無駄な動きはなかった。前に比べて動きが精錬されてムラが全く無く、一直線にこちらへと向かってくる。一夏が左手を前に出して右手の雪片を振りかぶり、勢いよく振り下ろそうとする瞬間、体の軸を左側にずらして一撃を回避しにかかる。

 

 

「ふっ!」

 

「らぁっ!!」

 

 

振り下ろした雪片を返し刃で、横のなぎ払いが俺に迫ってくる。初撃の回避を最小限に抑えたお陰で、次の行動への移行は早かった。俺の機体の前を刃が通過していく。

 

 

「おー、こえーこえー。もう目がマジじゃねぇか。容赦ねぇなぁ……」

 

 

回避を終えて挑発にも似た言葉を言いながら、一旦一夏との距離を長めに取る。初撃を当てられなかった悔しさからなのか、センサー越しに顔を歪める一夏の姿が映った。以前に比べれば確かにスピードも生かせるようになっているし、一太刀もキレが増している。

 

ただそれでも当たらなかった理由はまだその太刀筋が単調な上に、俺の反応が十分に追い付いているからだ。一旦離れた時もやろうと思えばいくらでも距離をつめられたはず、逆に厳しいことを言えば近接格闘型のISが、一度接近したのに相手を無傷で逃がすのはあり得ない。

 

俺も攻撃終了後の隙を狙って一旦距離をおいたため、いかにその隙を無くすかが今後の一夏の課題にはなるだろう。とはいえ、俺も別にISを完全に乗りこなせる訳ではないため、セシリアや鈴の動きから学ぶことは多い。

 

鈴が言ったように何となくの感覚で動くのは、あながち間違いではない。慣れてくれば感覚で避けるようにもなるし、それが自分の攻撃のリズムを作り出す。全てを感覚で避けるのは極めて危険だが、時には感覚に頼らなければならないことだってある。

 

片手を前につき出して一夏側に手の甲を見せると、指全体手前にくいくいと引き寄せて挑発する。

 

 

「さぁ来いっ!」

 

「言われなくても行ってやるさ!」

 

 

普通に飛び込むとかわされると判断し、今度は瞬時加速を使いながら猛スピードでこちらに向かって接近をしてくる。確かに初見であれば反応は難しいかもしれない。

 

再び俺の間合いに踏み込んで来ると、雪片を弓のように引きながら、勢いそのままに突っ込んでくる。持っている日本刀ブレードを構えて、一夏の雪片の矛先がギリギリまで接近するのを待ち構える。

 

 

「もらった!」

 

「そうはさせねぇ……よ!」

 

 

瞬時加速の最大の弱点は直線的にしか移動が出来ないところにあるが、その分移動速度が飛躍的に向上するため、判断が遅れればたちまち餌食になる。ただある程度の熟練者になれば使用者の癖を見抜いて回避されたり、逆にタイミングを合わされて追撃を食らうこともある。

 

俺には一夏の癖が分かるわけではない。いつも一緒にいるとは言っても、一夏の訓練中まで同席しているしているわけではない上に、粗さが目立っていると知っていたのも後に聞いたからだ。

 

なら、反応が遅れたからこの一夏の一撃は避けられないかと言えば。

 

 

―――否、あいにく他の人よりも目は良い。

 

 

ギリギリまで矛先を近付けると、自分のブレードの背を一夏の雪片の背に当てて、左側に体を傾けながら雪片の方向を右側へと弾いて変える。金属音が擦れ合う耳障りな音と共に、白式の胴体部分が俺の目の前に無防備に現れる。ある程度の余裕がある状態で攻撃を弾かれれば、まだ次の行動に移るのも簡単だが、ギリギリまで引き寄せてから図られたように避けられると次の行動が非常に困難になる。

 

一夏の言葉から察するに、今の一撃で俺を仕留められたと油断したのだろう。ハイパーセンサー越しに映る一夏の表情は焦りに満ちていた。

 

 

「嘘だろっ!?」

 

「良い突きだけど、流石にそう簡単に食らうか! はぁ!」

 

「くうっ!?」

 

 

体を上手く反転し、遠心力を利用しながら右足を白式の胴体部分に叩き込む。ガードが遅れた一夏は俺の蹴りをまともに受けて後方へと飛んでいくが、壁ギリギリのところでスラスターを吹かした。勢いを緩和して体勢を整え直し、再び上空へと戻ってくる。

 

正直、今の一夏の特攻は誉められたものではない。互いのISが完全な近接格闘型のものとはいえ、馬鹿正直に瞬時加速を使うのは自滅にも近い。何度も言うように瞬時加速は直線的にしか移動出来ないから、タイミングさえ掴めればかわしやすい。

 

ましてや決まったと思って油断していることくらい、表情を見れば分かる。実際にかわされた後、一夏は俺の動きに反応が出来なかった。一瞬の油断が命取りになるのは誰もが知っていること、ただそれでも油断してしまうもの。一度油断したらイレギュラーな事態に対応するのはかなり難しい。

 

更に一夏の場合発動のモーションも分かりやすいお陰で、かわすのも容易だ。ある程度のレベルになってくれば、タイミングよく発動出来るだろうが、今はまだまだ読むに容易い。

 

 

 

さぁ、ここからどう一夏の牙城を崩していくか。一夏がどこまで反応をしてくるかは分からないけど、セシリアの時みたいに接近戦に持ち込ませるのもありだろう。

 

 

「油断大敵だぜ一夏。決まったと思って途中で手を抜いただろ?」

 

「うっ……そこをつかれると痛いな」

 

 

自分で思う部分があったようで、少しばかり落ち込む一夏が、今そこを気にしている暇はない。完全な実戦ではないからこそ俺は手を加えないが、これが戦場であれば容赦なく立ち向かっていく。それこそ相手の命を奪うつもりで。

 

戦いでは一瞬の油断が命取りになる。大げさだけどたった一つのミスでこちらが窮地に追い込まれたり、仲間を失ってしまったり、下手をすれば自分の命を失う可能性だってある。

 

現場に遭遇したことが無いからこそ。まだ命を失う重みを理解しきれていない部分があるのは明らか。以前のクラス対抗戦での出来事を忘れた……訳ではないと思う。実際に自分友達が、家族が居なくなったとしたら、その時の悲しみは計り知れないものがある。

 

 

「さぁ、やられっぱなしって言うのも俺の性に合わないから、悪いけどそろそろお遊びは終わりにさせてもらうぞ」

 

 

ブレードの背の部分を左の手のひらに当てて小刻みに鳴らしながら、一夏に一言告げる。やられてばかりなのは俺も面白くはない。一夏と戦うのは今回が初めてだが、一度も戦っている姿を見たことがない訳ではないため、大体一夏の戦い方も把握してる。

 

あれから戦い方が変わったかと、少しだけ観察をしてみたものの、根本的なところは変わっていない。やはり雪片だけで戦うのは中々に厳しいものがある。その雪片だけで、頂点を取った千冬さんは化け物レベル……とは口が裂けても言えないけど、実際そうだろう。

 

圧倒的に実戦経験が不足しているのは間違いない訳だし、同じタイプとして少しでもアドバイス出来ればとは思う。あくまで俺が教えられるのはISをまとっていない状態での、生身による身のこなしや戦い方。

 

一撃必殺の零落白夜があるのだから、これを上手く活用しない戦い方はない。

 

 

何だかんだご託を並べてみたが、俺も反撃させてもらうとする。ほんの少しだとしても俺の動きから学べることもあるはずだ。

 

 

「はぁっ!」

 

 

一夏に向かって真っ直ぐ加速をしながら、懐に飛び込んでいく。互いに近距離用の武器しかないのは分かっているため、一夏は俺の動きに合わせて、雪片を降り下ろしてきた。

 

金属と金属が擦れ合うガリガリとした耳障りな音と共に互いの刃がぶつかり合う。腕に体重をかけて一夏に詰め寄ると、一夏の腕が僅かに体側に動く。

 

 

「ぐっ……重っ」

 

「今のは受け止めるべきところじゃないぜ一夏」

 

「アドバイスどうも……てか、お前全然動かしてないのに何でここまで良い動きが出来るんだよ!」

 

「良い動きって言われてもな……本能?」

 

「ぐっ、くそ。こっちは受け止めるのも一苦労だってのに、涼しい顔かよ!」

 

 

避けたりしなかったのはまともな接近戦では分が悪いと判断したからなのか。避けられるのなら初めから避けていると訴えるような表情に切り替わる。遠距離射撃型のセシリアと比べれば基本が接近戦になるから、太刀打ちできるとは思うけど、よほど代表決定戦の時のインパクトが根強く残っているらしい。

 

でも逆に一夏にも同じことが言える。遠距離タイプに接近戦で勝つのなら、一度詰めた間合いは決して離さずに、そこで仕留める。近接対遠距離の戦い方の鉄則だ。つまり俺が簡単に避けられるのは、まだまだ一夏に決めきれるだけの決定打が無いことになる。

 

生身の戦いでも同じように決定打が無ければ、相手に翻弄され続けて、気持ちや体力が切れた時に仕留められる。それか瞬殺されるかのどっちか。果たして俺の攻撃に一夏がどこまで着いてくるのかは分からないけど、ISではなく生身の戦闘であれば瞬時に組伏せることは容易だ。

 

さて、どこまで一夏が反応できるか……。

 

 

「……隙あり!」

 

「うわっ!?」

 

 

重なりあっていた刃を力任せで強引に右側へと弾く。ぶつかり合っていたことで均等が保たれていた力が、弾いたことで右側……一夏にとっては左側に集中し、一夏の体のバランスが崩れて、石に躓いて転ぶかのように前につんのめる。バランスが一度でも崩れれば、それは大きな隙になる。一度前に崩れたバランスをすぐに立て直すのは、いくらISに乗っていたとしても難しい。

 

戻せたとしても若干の時間が生じる。その隙を黙って見過ごすほど、俺は優しい人間でも手を抜く人間でもない。

 

 

「はあっ!!」

 

 

一夏の斬撃を弾いた後、追い討ちを掛けるようにブレードを縦に振り下ろす。

 

 

「くっ……まだまだ!」

 

 

バランスが崩れつつも、何とか持っている雪片で俺の斬撃を止める一夏。顔はまだ諦めていない、この状況において俺の優勢を覆そうとしている。

 

……面白い。

 

 

「なら止めてみろ!!」

 

 

空中で対面したところに容赦なく斬撃を加える。縦横斜めと闇雲に振り回さずに、相手の避けにくいところをピンポイントで狙っていく。すると一夏の表情がみるみるうちに苦悶の表情へと変わる。初めのうちは何とか防いでいたが、徐々にガードが崩れていく。

 

相手がガードを出来るのであれば相手に余裕があって、反応ができていることになる。ならば、相手に余裕がなくなる上に、反応が追いつかない速度で攻撃を叩き込めばいいだけ。ガードを崩されつつも何とか防ぎ、凌いでいるのは流石。日頃の訓練の賜物だ。

 

……果たしてあれがまともな指導かと言われれば少し怪しいけど、それでも成長しているんだからいいのか。逆によくあの指導法で上達したなとすら思えた。

 

それでも俺はその上を行って見せる。

 

いくら経験が浅くとも、どれだけ操縦が下手だとしても、絶対に負けるわけにはいかない。負けず嫌いとでも何とでも言えば良い。

 

単純に負けたくない、それだけだ。

 

 

「く、くそっ! 速すぎて……!」

 

「どうした一夏! 反応出来ないと更なる高みなんて行けないぜ!」

 

「い、言ってくれる!」

 

 

もはやガードは追い付いていなかった。目で追いきれておらず、体も反応していない。そもそも俺の動きについていけてなかった。この近距離だ、立ち回りも戦術もへったくれもない。

 

手を緩めずに攻撃を加えていく。

 

 

「甘いっ!」

 

「うわぁっ!?」

 

 

斬撃の途中で一夏に蹴りを入れると、予想外の体術にガードが間に合わず、数メートルほど後ろに一夏は吹き飛ばされる。そして吹き飛ばした後を追うように一気に接近し……。

 

 

「ふっ!!」

 

 

一夏の首元にブレードを突き付けた。

 

 

『そこまで!』

 

 

オープンチャネル越しに、シャルルから止めの合図が掛かる。突き付けたブレードを一夏の首元から離して、一歩後ろに下がる。肉体をフルで使う連続攻撃は結構疲れる。動けなくなるほどではないが、額からはじんわりと汗が染み出てきた。

 

刀をしまう俺に対して、一夏が悔しそうな顔を浮かべながら声を掛けてくる。

 

 

「やっぱり強いな大和は。……なんか自分が情けなく思えてくるよ。綺麗事ばかり言って俺は何をやってたんだろうって」

 

 

拳を強く握りしめながら話すその言葉からは、自身の不甲斐なさがひしひしと伝わってきた。実戦を積んでいる回数で言えば圧倒的に一夏の方が多く、反対に俺が動かした回数に関しては指折り数えるくらいしかない。

 

それでも蓋を開けてみれば、目の前には完敗という二文字があった。悔しい、今まで何を思って訓練していたのか、自分には才能がないんじゃないか。様々な思考が一夏の中にはあるはず。

 

あくまで模擬戦、一夏も零落白夜を使うことがなかったわけだし、全力の戦いではないのは間違いない。とはいえ、それは全て言い訳に過ぎないのは一夏自身が一番分かっている。

 

成長速度だけで言えば誰よりも早いだろう。それでもまだ一夏には絶対的な切り札はない。零落白夜は確かに能力だけ見ればチート的な性能だが、それをまだ一夏が使いこなせてないように見える。

 

零落白夜を自在に使いこなせてこそ、初めてそれが絶対的な切り札になる。俺は一足一刀の間合いが自分の領域(テリトリー)だと思っている。この間合いでは絶対に負けたくないし、負けるつもりもない。何人か反応出来そうな人に心当たりはあるものの、俺の強みであることには変わらない。

 

その反面、近寄らなければ出来ないデメリットがあるため、万能ともいえない。強みと弱みは常に背中合わせ、近寄れば絶大な効果を発揮出来るが、近寄れなければ意味がないわけだ。

 

 

「ネガるなよ。俺だって何もせずに今がある訳じゃないし、成長速度なんて人それぞれだろ」

 

「そう言われてもなぁ。実際大和との力の差は明らかだろ? いくら成長速度が人によって違うとは言っても、稼働時間が圧倒的に俺の方が長いのにこうもあっさりだと少し凹むぜ……」

 

「あー……まぁそこに関してはなぁ」

 

 

言えるはずがない、命を懸けたギリギリの状況下で仕事をしてるなんて。ISを動かすときに少なからず、身体能力の高さが比例してくる。例えば代表候補生のセシリアや鈴だって運動神経は良いみたいだし、千冬さんに関しては言わずもがな。

 

一般の男性に比べると一夏も十分に運動神経は良い方だけど、それでもまだ伸ばせる部分はある。元々剣道をやっていた時に比べて、体力的には落ちているわけだし、日頃の訓練を続けていけば身体能力も上がる。

 

一つ気になるとすれば、いつもに比べると一夏の落ち込み方が激しいところか。俺が一夏を認識しきれていないのもあるのかもしれないが、IS学園に来てから一夏の落ち込む姿をみるのは初めてかもしれない。表情もどこか浮かないものだった。

 

 

「らしくないな一夏。ネガティブ思考はあまりしないと思っていたんだけど」

 

「うーん……俺もあまり気にするタイプじゃないと思ってたんだけどな。それでも悔しいものは悔しいし、落ち込む時は落ち込むさ」

 

「なるほど。とりあえず地上に戻ろうぜ」

 

 

気になるところは色々あれど、模擬戦が終わったのにいつまでも上空に待機している訳にもいかないため、地上へとゆっくり降下していく。

 

降下地点にはISを展開したシャルルと篠ノ之、そして鈴とセシリアが待ち構えていた。周りにも何人かが様子をチラチラと伺いながらも、どこか近寄りにくいらしく、こちらを見つめるだけの生徒がいる。

 

いくら倍率の高いIS学園に入学したとはいえ、周りに代表候補生がいて、IS製作者の妹がいれば大きな顔は出来ないし、近寄りづらいよな……などと思いつつ、地面に無事着陸。隣にいる一夏も、グラウンドに大穴を開けること無く無事に着陸したようだ。

 

三人が真っ先に駆け寄ったのは一夏の元だった。ここまでものの見事にスルーされると突っ込む気が無くなる。

 

駆け寄ったは良いものの、口から出る言葉は中々に厳しい言葉で、ギャーギャーと一瞬のうちにその場が騒がしくなる。一応模擬戦を行ったわけだし、フィードバックとして一夏に思ったことを伝えるために一夏の元へと歩み寄る。

 

とりあえず一夏の課題は何個かあるけど、さしあたり目立つとすれば……。

 

 

「俺が率直に思ったことだけど、結構攻め急いでいなかったか?」

 

 

俺が戦いながら思っていたことの一つが攻め急ぎだ。一夏も俺の戦法をある程度は把握しており、主導権を持っていかれないように気を付けていたのも分かる。そうは言っても、自分の攻撃方法も近接戦闘しか無いため、最終的には近寄らなければ攻撃を加えられない。

 

長引かせてこちらの動きを把握されるくらいなら、短期決戦で早目に終わらせようとでも考えたか。

 

俺の質問に目を丸くして見つめてくる一夏だが、口から発せられる言葉はやはり図星だった。

 

 

「あぁ。セシリアとの一件で、大和にペースを握られたら終わるって思ってさ。それならペースを握られる前に終わらせようと思ったんだけど……」

 

「……わたくしはあの時のことを思い出すだけで、トラウマが甦りそうですわ」

 

 

真っ先に反応したのは他でもないセシリア本人だった。苦手な接近戦で完膚無きまでに叩きのめしたことで、接近戦の重要性を改めて認識させられたみたいだが、セシリアの中にはどうも飛び込まれた時の苦手意識があるのかもしれない。

 

ただこれに関しては、あまり近接武器の練習をしてこなかったことも原因の一つにあるのではないかと思っている。例えるならスキーやスノボーを練習もせずに、いきなりやれと言われても出来ないのと同じで、接近戦の訓練をせずに対処しろと言われても無理な話だ。

 

 

「何にしてもあの剣技は目を見張るものがあるな。霧夜はどこでそれだけの実力をつけたんだ?」

 

「……どこでって言われると答えづらいけど、結構無茶はしたな。それこそ真剣を使っての手合わせとか」

 

 

あれは地獄だったなと昔のことを思い返す。本気で生死を懸けた戦いってのは、本気で逃げ出したくなる。それも戦う相手が明確な敵ではなくて、千尋姉ってところがまた逃げたい気持ちを増幅させる。

 

もうそれから数年が経つのかと考えると、時が経つのは早いなと再認識させられる。当然俺は本気で立ち向かったが、当時は全く歯が立たなかった。向こうとしては目の前で赤子が必死に立ち向かってくるようなものだったんだろう。その場から一歩動かせずに、俺は惨敗した。

 

人に真剣を向けるのもそうだが、訓練とはいえ、家族に刃を向けるのが精神的にも辛く、怖いものだったのを覚えている。

 

まぁ、当たり前だけど仕事で相手に刃を向けたことは何度もある。それでも自分の中に強く残っているとしたらこれだ。

 

 

篠ノ之の問いに何気なくさらりと返答すると、それまで黙って話を聞いていた一夏が反応した。

 

 

「……ちょっと待て、今真剣で手合わせって聞こえたんだが」

 

 

案の定、言われたことに疑問を持った一夏が驚きの表情……というよりも人間でない何かを見ているような目付きで見てくる。

失礼な、俺は別に人間を辞めたつもりもないし、化け物になったつもりもない。

 

ちょっとだけ指導法が厳しかっただけだ。

 

 

「あぁ、やったよ。本気で死ぬかと思ったけど」

 

「死ぬとかそういうレベルじゃないだろ!! お前は一体どんな生活送ってんだよ!?」

 

「いや、生活は普通だぞ。何なら一夏もやってみるか?」

 

「勘弁してくれ!!」

 

 

これ以上話していると全員の俺への認識が人間でない何かになりそうなため、適当な辺りで話を分断させる。先ほどから俺の周囲は苦笑いを浮かべることしか出来ずにいた。

 

シャルルに関しては俺のことが未だよく分かっていないらしく、困惑の表情を浮かべるのみ。普通の一般常識で考えらたら、真剣で戦い合うこと自体が常識から外れているため、全員の反応は必然でもあった。

 

一旦話しに区切りがついたところで、再度別の質問を一夏に向けて投げ掛ける。

 

 

「とりあえずそこは良いとして……一夏。ちょっと例え話をしよう、自分の目の前に蚊が現れたらどうする?」

 

「そりゃ、両手で叩き潰すか追い払うだろ。いつまでも周りを飛ばれたら耳障りなだけだしな」

 

 

返ってきた答えに関しては、おおよそ予想通りの答えだった。周りに蚊が飛んでいれば耳障りな上に、刺されたら腫れて痒くなる。誰がどう考えても一夏と同じ答えを言うだろう。

 

 

「なるほど。なら叩き潰すタイミングはどうだ?」

 

「タイミングって言われてもな。目の前を飛び回られたらすぐにでも……あっ」

 

「そう。飛び回っている時に叩き潰すのと、人肌に触れようとした瞬間では仕留めやすさの違いは歴然だ。つまり戦いに置き換えるのなら、仕留めるタイミングや相手の特性の見極めだ。それがまだ身に付いていない」

 

 

相手のデータが全く無い状況であれば、情報を引き出すために動きが慎重になる。仮に分かっていたとしても、余程の実力差が無い限りは無茶なことはしない。

 

クラス対抗戦では鈴の不意をついて一泡ふかせたと聞いている。だから一夏にも出来ないわけではないが、まだ操縦者として未熟な部分が目立つ。

 

今回のケースでは一夏は主導権を握られまいと積極的に近接戦闘を持ち掛けてきた。積極的なのは悪くないが、戦術がない積極性は怖くない。図られているのであれば話は別だとしても、そんな素振りや仕草は一つとしてなかった。

 

積極的な行動が逆に攻め急ぎに繋がり、そして大きな隙を作ることになった。そこには油断や実力が含まれるとしても、相手の特性やデータが分からずに戦うのは無謀も良いところ。

 

 

「それに戦術も無しに飛び込んできたら、俺としても対処するのは簡単だし、鈴とかセシリアも余裕で対応出来るだろうしな。相手をちゃんと把握すること、仕留める時は一瞬の隙を見逃さずに確実に仕留めること。これが今の段階で俺からアドバイス出来ることだな」

 

「へぇ、何と言うか……分かりやすいなぁ」

 

「うん、僕もそう思う。感覚で語るタイプかなって思ったけど、大和って指導者に向いているんじゃない?」

 

「向いているとは思わないけどな……シャルルは一夏の今の課題って何だと思う?」

 

「そうだね。あっ、そうだ。もし一夏が良ければ僕と……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ! あれって……」

 

「ウソっ、ドイツの第三世代じゃない?」

 

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 

 

シャルルが何かを言い掛けた途端、不意にアリーナにいる生徒たちがざわつき始める。ざわめく原因が何なのかは知らないが、向けられる視線の雰囲気にはどこか見覚えがあった。ざわつきの中心に吸い寄せられるように、俺たちは一斉に振り向く。

 

 

「……織斑一夏、私と戦え」

 

 

明確な敵意を隠そうともせず、ISを装着してこちらを睨み付けるラウラ・ボーデヴィッヒの姿がそこにはあった。


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