IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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ブロンド貴公子の真実

 

 

 

「さてと、こんなもんか」

 

 

アリーナから戻った俺は自室へと戻り、部屋を軽く掃除していた。掃除しようにも中々機会が無かったため、目につく範囲でざっとやってみたところだけど、少しやるだけで案外変わるものだと達成感が満ちてくる。

 

別に俺の部屋がゴミまみれでとても目を当てられた状態ではないほど、汚れていたわけじゃないからそこだけ注意してほしい。小一時間ほど窓を吹いたり、カーペットを軽く掃いたりと、目に見えないホコリも一ヶ月経つと結構溜まる。

 

何やかんや結構綺麗になったし、ここまでで止めておこうと手に持っている濡れた雑巾を洗面台へと持っていき、水で濯ぐ。すると汚れた面から黒く淀んだ水が流れだし、それが排水口へと流れていく。たったこれだけのことをしただけなのに、既に雑巾は真っ黒、そりゃ雑巾の買い換えが増えるわけだ。

 

部屋と気分もさっぱりしたところでふと、時計を確認する。

 

 

「んー……今日はやけに遅いな。そろそろ呼びに行くか?」

 

 

時計は既に七時前、食堂が下手に込み合う前に席を取りたい……という願望はもう叶わないだろう。既に食堂は込み合っている頃だ。いつもは一夏が呼びに来てくれるか、それより早くナギたちが呼びに来て食堂に行くかのどちらか。今日に関してはどちらもないし、たまには俺の方から出向いてみても良いかもしれない。むしろ今まで呼びに来てくれたことに驚きだし、素直に嬉しい。友達に恵まれてなんて幸せなんだろうと常々思える。

 

かつてはこんなこと考えてもみなかったし、必要だとも思わなかった。

 

 

「……」

 

 

人付き合い。

 

過去の俺に最も欠乏していたもの……むしろ欠乏させられたもの。

 

更に言うなら、嬉しい、楽しい、悲しい。

 

喜怒哀楽とも呼べる感情が果たしてあっただろうか。気軽に話せるようなクラスメートが出来たのも、このIS学園に入ってからで、小学校や中学校時代はうわべだけの関係なんてザラにあった。

 

話せる友達が居なかったわけではない。

 

友達付き合いが完全に無かったかと言われればないわけじゃないし、放課後に遊びにいくことだってあった。

 

ただ果たしてそのすべてが俺の本心からの付き合いかと言われれば、それは首をかしげざるを得ない。何故だろうか、基本仕事優先で考えてきた思考が、IS学園に入ってから変わりつつある。時が経てば人は変わる、思えばここに入学して常に仕事のことを考えることがなくなった。

 

良いことなのか悪いことなのか、ただはっきり言えることは今の生活が、今までのものよりも充実しているということ。

 

更に嬉しい、楽しい、悲しいといった喜怒哀楽がはっきりとするようになった気もする。人としての成長だとしたら、それはそれで嬉しい。むしろ当たり前の反応だと突っ込まれたら、俺としては言い返せない。

 

……そういえば最近どうも、女性に対しての意識が強い。これに関しては俺も認識している、あえて名前は言わないけど、なんか……うん。

 

ま、過去に浸りすぎても仕方ない。さっさと呼びにいこう。

 

 

「お?」

 

 

いつも通りのジャージ姿で廊下に出て一夏の部屋を向くと、そこには見慣れた姿があった。

 

 

「よう、セシリア。さっきぶりだな」

 

「あら大和さん、まだ食事を取られていないのですか?」

 

 

一夏の部屋の前には私服姿に着替えたセシリアが立っていた。半身の状態で顔だけをこちらに向け、優雅に挨拶を返す姿が様になってる。右手はドアノブに掛かっており、今から一夏の部屋に入ろうとしているのはすぐに分かった。

 

一人で一夏を呼びに来る辺り、確信犯というかなんというか。他の二人は出し抜こうとでも考えているのかもしれない。しかし食堂に誘うだけだというのに、セシリアの身なりは整えられている。部屋着だとラフな生徒も多いけど、セシリアの場合はイメージを損なわないように努めているのがよく分かる。

 

……その反面、俺は別に食堂に行くくらいジャージ姿で良いやくらいの感覚。意識の違いに若干凹む。陰で笑われているのではないかと思うと着替えずにはいられなくなるが、きっと大丈夫だと、根拠のない確信を自分に言い聞かせる。

 

今度からもう少し部屋着にもこだわってみるか。

 

 

話を戻そう。挨拶を返された俺は、一夏の部屋の前に立つセシリアの元へと歩み寄る。

 

 

「あぁ、ちょっと部屋で掃除してたからな。セシリアも一夏を呼びに来たのか?」

 

「えぇ。少し散歩をしていたら、偶々一夏さんの部屋の前に辿り着いたので」

 

「そ、そうか」

 

 

あくまで偶々だと言い切る。そこまで言うなら何も言わないけど、別に素直に言っても特何かを思うわけではないし、隠す必要があるとは思わない。

 

そこが俺たち男性と女性の認識の違いなんだろうけど、女の子の気持ちはやはり難しい。セシリアなりに思う部分があるのだろう。

 

ところで、未だ一夏の部屋から反応がないんだが……まさか部屋にいないのか。反応がないことにセシリアも不思議そうな顔を浮かべながら、ドアノブを見つめる。

 

 

「おかしいですわね、反応がありませんわ……」

 

「ノックしたんだよな?」

 

「二、三回ほどノックをしたんですけども、返事が無くて……」

 

「ちょっと悪い、場所変わってもらっていいか?」

 

「はい、構いませんわ」

 

 

そう言うと少し後ろに下がり、変わりに俺がドアの前に立つ。……気のせいか、中から微かにバタバタと慌てているような物音が聞こえるんだけど。

 

中から物音がするってことは、誰かしらが部屋にいるってことになる。居留守だとするとタチが悪いことこの上ないが、物音の様子から察するに、どうもそれとは違う。若干な罪悪感にかられながらも、部屋のドアに耳を当てて中の様子を伺う。

 

 

「何か聞こえました?」

 

「いや、まだ何も―――『だあっ! 何でクローゼットなんだよ! ベッドで十分だ!』……は?」

 

「はい? どうしました大和さん?」

 

「い、いや、何でもないんだけど……」

 

「?」

 

 

 一体中で何をしてるのかが想像もつかない。聞こえてきた言葉だけから想像しようとも、主語が分からないせいで想像がまとまらずに、逆に混乱する。思わず頭を抱える俺を、不審そうに見つめてくるセシリアだが、ごく当然の反応だ。クローゼットとベッドをどう結びつけたら言葉の意味として繋がるのか、今聞いたことだけで分かったら、すぐにでも教えてほしい。

 

ただし内容こそ分からずとも、声調からかなり焦っていることは読み取れた。

 

 

「一夏さん、入りますわよ?」

 

 

そうこうしているうちにセシリアがドアノブに手をかけ、時計回りにノブを回す。すると抵抗なくドアノブが回り、扉が開く。

 

まさかとは思うけど、一夏って毎日部屋の鍵を開けっぱなしにしてるのか。だとしたら不用心も良いところ、部屋の中にいるからと言っても鍵を開けっぱなしにしようとは思わない。

 

アパートなんかに住んでいる人間が、自分が外出中はもちろん、在宅中にも部屋の鍵を開けっぱなしにすることはほぼない。IS学園にいるから、周りの人間はそんなことをする人間じゃないから、一夏の中で安心感があるのかもしれない。

 

とはいっても、誰がどう考えても不用心だろう。俺も細か

いとは思わないけど、さすがに部屋のドアをずっと開けっぱなしにすることはない。

 

……中には鍵を掛けてても、平然とピッキングで入ってくる人とかもいるけどな、楯無さんとか。それもかなりきわどい体勢で。もはや誘っている様にしか見えない。

 

 

悪いと思いつつも、俺も興味というものを押さえきれず、セシリアの後に続いて一夏の部屋へと入る。すると先に入ったセシリアが部屋の奥にあるベッドの手前で止まった。ベッドに腰かけているのはすぐに分かったため、俺も素早くセシリアの元へと近寄る。

 

が。

 

 

「悪い一夏、お邪魔しま……何してんだお前?」

 

 

目の前に広がる光景に、疑問を口にせざるを得なかった。ベッドに一夏とシャルルがいる、ここに関しては別に普通のことだし、特に俺も突っ込む気は更々ない。ここで問題なのはそこではなく、二人のやっていることだ。

 

まず一夏の後ろには大きく膨れ上がった布団がある。簡単なことで、布団が膨らんでいるのは中に誰かが入っているから。この部屋で布団に入る可能性があるのは二人、一夏がシャルルのどちらか。

 

一夏は既に俺の目の前にいる。よって消去法でシャルルということになる。それ以外の選択肢があるとすれば異性だけど、その可能性は極めて低いだろう。

 

 

更に言えば何をどうして、その布団を隠すようにして一夏が両手を広げて覆い被さる必要があるのかだ。両手はしっかりと布団についており、誰かに引き剥がされないように押さえ込んでいるのか分かる。

 

つまりは誰かに中を見られたくないからこそ、隠そうとする心理が見て取れる。表情をよく見てみると、一夏の額から冷や汗が流れ落ちるのが見えた。

 

 

「いやぁ、アハハ……し、シャルルが気分悪いっていうからさ、ちょっと面倒見てたんだ! なっ?」

 

「う、うん……ごほっごほっごほっ!」

 

 

と、俺の呆れた物言いに一夏が返してくる。目線は完全に泳いでおり、言葉の節々もつっかえているような状態では、如何にも私隠していますと言っているようにしか見えない。

 

シャルルも咳がワザとらし過ぎる。誤魔化すときにそこまで大袈裟に咳をしたら、尚更こちらの不審感を募らせるだけだ。もちろん人によっては咳の仕方は変わるし十人十色、とはいっても果たしてシャルルがここまで大袈裟な咳をするようには思えない。

 

つまるところ言いたいことは、隠すにしても、もう少し人に悟られないように隠すべきじゃないかって話だ。さすがにいくら鈍感な奴でも、この状況を見れば隠し事をしてることくらいは……。

 

 

「あ、あら、そうですの? それなら仕方ありませんわね」

 

「……」

 

 

俺の常識がおかしいのか、それともセシリアの常識がおかしいのか、はたまたワザと気付かぬ振りをしているだけなのか、どちらにしてももういいや、気にしたら負けの気がするし。

 

とりあえず、このままだと話が脱線したままだし、一旦話を元に戻そう。

 

 

「んんっ! まぁシャルルの看病をするのはいいとして、結局この後はどうする? もし心配なら俺が二人分の飯を持ってきてもいいけど」

 

「え!? あぁ、いや、そこまでしなくても!」

 

「そうは言っても流石に何も食べないのはかえって体に良くないぞ。少し位は何かを入れた方がいい。……まぁ、食べれないほど気分が悪いんじゃ仕方ないけど」

 

「と、とりあえず一旦食堂に行こうぜ! ついさっきまで夕飯は俺一人で行くからって話をしてたんだよ」

 

「あ、そうなの」

 

 

相変わらず一夏の返答はおぼつかない。必死に誤魔化そうとしてはいるものの、誤魔化しきれてないせいで逆に怪しい。そもそもシャルルはどうして俺たちの方に顔を見せないのか。

 

まぁ気分が悪い時の顔なんて誰かに見せたくないし、寝返りをうつのもしんどいのであれば、こちらを振り向かないのも納得できる。

 

……本当に気分が悪いのなら、な。

 

 

セシリアもいつもの一夏と様子が違うと思いながら、不思議そうに見つめるも、断定までは行き着いていないようで、それ以上言及することはなかった。

 

むしろこの後、一夏と夕食をとる楽しみの方が大きく、気にする暇自体が無いのかもしれない。ある意味不幸中の幸いとでも言うのか、俺も深く気にするタイプじゃないし、セシリアも一夏を取り巻く女性関係や、一夏自身のこと以外は対して気にしない。

 

ただ仕事上、相手に危害が加わると判断すれば話は別だが、今の様子を見る限り、その兆候は皆無だ。

 

 

「もしシャルルがそれで良いのならそうするけど……それでいいか?」

 

「ごほごほっ! お、お構い無く」

 

「そっか。じゃあそうするか」

 

 

結論がまとまったところで、ようやく一夏が重たい腰をあげる。チラチラと後ろのシャルルのことを気にしながらも俺たちの元へと歩み寄ってくる。

 

 

「さっ、一夏さん。早くいきましょう。時間がなくなってしまいますわ!」

 

「わ、分かったから引っ張るなって!」

 

 

セシリアに腕を捕まれて部屋主の一夏が俺よりも先に部屋からカミングアウトする。一人取り残された俺は布団を被って寝ているであろうシャルルを見つめる。部屋の中にまだ俺が取り残されているのが分かっているようで、一向に布団から出てこようとしない。

 

布団から出てこない理由は本当に気分が悪いか、単純に顔を見せたくないか。どちらにしても出てくる気はないみたいだ。

 

反応をしないシャルルに向かって一言だけ、言葉添えをする。

 

 

「……隠し事ってさ。程度に違いはあれど、いつか必ずバレるもんだよな」

 

「……」

 

「ま、それだけだ。ゆっくり休めよ」

 

 

それだけを言い残し、俺は部屋から退室して 部屋の前で待っている一夏と合流した。既にセシリアは一夏と腕を組んでおり、もはや周りに見せつける気満々で、一夏はその様子を苦笑いを浮かべて見つめる。

 

IS学園ならまだしも、これ一般世間の前でやったら間違いなく嫉妬の視線の嵐だったに違いない。むしろ心のどこかでリア充滅べば良いのにと思っている俺がいる。殴っていいかな?

 

割と狙って見せつけられるのは耐性がないし、今なら誰も目撃者はいない。

 

……と、悪ふざけはこのくらいにしてさっさと食堂へ向かうとしよう。ここでいつまでも油を売っていても解決はしないだろうし。

 

それに既に種は蒔いておいた。これがどうなるかは本人の行動次第、こちらとしては種が芽を出すのを待つだけだ。

 

 

「ちょっ、セシリア近いって!」

 

「うふふ。しっかりエスコートしてくださいな」

 

 

いや……あれだやっぱり悪ふざけじゃなくて全力で殴ろうか。恨みは無いけどとりあえず全世界の男子を代表して一発くらい殴ってもバチは当たらないだろう。

 

 

「モテモテだな一夏。羨ましくて殴りたくなるぜ」

 

「は……おいちょっと待て! その握りこぶしは何だよ!?」

 

「俺も結構嫉妬深いからさ。全世界の男子を代表してお前を全力で殴ってもいいか?」

 

「笑顔で言われても全然嬉しく無いんですけどぉ!?」

 

 

おぉ、焦ってる焦ってる。あまりやり過ぎるとあれだけど、たまにからかうと面白いんだよな、一夏も。

 

そしてセシリアはセシリアでかなり大胆だ。誰が見ているか分からないこの状況下で一夏の腕を組むとは、それも自分の体を限り無く一夏に密着させるように。

 

セシリアも女性の中だと美少女に分類されるし、街中を歩いていれば周りの男の一人や二人は振り向きそうなもの。全員までとはいかないまでも、振り向く男は何人かいるのは間違いない。

 

ただ一夏の表情を見ると、恥ずかしさの方が強いみたいだ。恥ずかしさも異性として意識して恥ずかしいのではなく、他の人に見られるのが恥ずかしいように思える。

 

恋を実らせる道のりはまだまだ長そうだ。

 

 

「な、何をしているんだ一夏!?」

 

 

ふと、前方から聞き覚えのある甲高い声が響き渡る。

 

 

「げっ、ほ、箒!?」

 

「あら、箒さんごきげんよう。これからわたくしたちは一緒に夕食ですので」

 

 

目の前にいたのは篠ノ之だった。来た方向から察するに、既に夕食は済ませてきたんだろう。食事を済ませたのなら、これから食堂へ向かうことはない。完全に篠ノ之をセシリアが出し抜いた形になる。

 

そんな篠ノ之にあくまで一緒にという単語を強調し、鼻で笑いながら一夏との密着度をあげる。その瞬間、先ほどまで驚きの表情を浮かべた篠ノ之の表情が、怒りの表情へと歪んでいく。

 

と同時に篠ノ之の握りこぶしがミシミシを音を立て始めた。

 

 

「一緒に夕食に行くのと、腕を組むことに関係はないだろう!?」

 

「殿方がレディのことをエスコートするのは当然ですわ」

 

 

ギロリと威圧するかのような視線が一夏に向けられる。

 

 

「では箒さん、失礼しますわね」

 

 

篠ノ之の視線をものともせず、さばさばと一夏を連れて食堂へと歩き出す。

 

 

「ま、待て! それなら私も同席しよう、私もこれから夕食なのでな」

 

 

あれ、篠ノ之が戻ってきた方向って食堂だよな。これから夕食って……あぁ、なるほど。セシリアと一夏を二人きりにしてたまるかっていう篠ノ之の思いか。実際は既に済ましているんだろうが、二人きりにするぐらいならもう一度夕食を取るくらい安いってところだろう。

 

一つ気になるとすれば、一日四食になるからカロリーが高くなるところくらいだが、篠ノ之は体を毎日のように動かしているし、そこの心配はしなくていいかもしれない。

 

 

「あらあら箒さん、一日四食は体重増加を加速させますわよ?」

 

 

すると案の定俺が思っていたことをセシリアが先に言葉に出す。が、篠ノ之にとっては大した皮肉では無いようで。

 

 

「ふん、心配は無用だ。私はその分運動でカロリーを消費しているからな」

 

 

一日の必要なカロリーは大体1700キロカロリー前後と言われる。一食あたりは総カロリーの三分の一、四食取ったとすると

、一食あたり四分の一になる。

 

だがカロリー内に収めることは難しい。間食とかでお菓子やデザートを食べれば、その分上乗せになってくる。

 

そう考えると取りすぎた分を消費しなければならない。一食分のカロリーを減らすのにもかなりの運動が必要だというのに、さらりと一度の練習で消化すると言っているわけだ。相当にハードな練習をしているのは分かる。

 

ナギが前ぼそりと俺に呟いたのが、寮に来てから間食が増えたせいで生活自体が中々に大変だとのこと。結構朝食を低カロリーに抑えたりして何とか誤魔化しているらしいけど、そんなことをするくらいなら間食を止めるか、その分動けばいい。

 

とは言っても体を動かすこと自体が大変だし、あまり動かしたくないのであれば、総カロリーを落とすしかない。それこそ間食をしたら三食を減らすみたいな。

 

 

「で、では行くとするか」

 

 

急に場を仕切り始めたかと思えば、そそくさとセシリアとは反対側に近づいて腕を組み始めた。幸い、片方は誰もくっついていないし、セシリアに対抗しようと思ったんだろう。

 

 

「箒さん、何をしてますの?」

 

「お前も言ったではないか。男がレディをエスコートするのは当然なのだろう?」

 

 

勝ち誇ったような笑みを浮かべる篠ノ之と、言われたことに眉を細めながら面白くなさそうに膨れっ面をするセシリア。まさにオウム返し、ついさっきセシリアが篠ノ之に言ったことは、そのままでセシリアへと返ってきた。

 

自分が言った手前、ぐぅの音も出ずに悔しそうな表情を浮かべる。

 

まさに今の一夏は両手に花の状態。周囲にいる学園の生徒たちも今の一夏、厳密には一夏と腕を組んでいる篠ノ之とセシリアの羨ましそうに見つめてくる。

 

当の本人はどうだか知らないけど、三人の後ろを歩く俺としては非常に気まずいものがある。だってイチャイチャしている男女がいる後ろを歩くんだぜ? しかも街とかじゃなくて学校内を。もはや周りから俺だけはぶせにされているんじゃないかと思われてもおかしくない。

 

篠ノ之が現れてからは一言も話していない。むしろこの流れの中でどこに俺が介入する余地があったのか。必然的に俺がぼっちになるのは見えていた。

 

 

「お、おい! あんまり密着されたら歩きずら……いっ!?」

 

「この期に及んでまだそんな口を利くのか、お前は」

 

「己の幸福を自覚できないなんて、男の風上にもおけませんわ」

 

 

二人の片腕が一夏の両脇腹をつねったことで撃墜が走り、思わず大きな声をあげる。一夏としては素直に思ってることを伝えたつもりが、二人には一夏の返しが気に入らなかったらしい。目をつり上げながら一夏の顔をじろりと見つめる。『少しは私たちの気持ちを察せよ!』的な感じで。

 

うん。分からないわけではないけど、今の二人の反応は逆効果な気がする。好意ゆえに気付いて欲しいって訴えているんだろうけど。

 

 

「や、大和。助けてくれ!」

 

「あー……助けたいのは山々だけど、この状況下でお前を助けたら、今度は俺の命がないから助けられん。だから頑張ってくれ、何かあったら骨は拾ってやるから」

 

「勝手に殺すな!」

 

 

助けようとしたら十中八九、俺に飛び火しそうだからあえて後ろから見つめるだけにとどめておく。

 

この後、ただ食事を取るだけなのに一夏が異常に気疲れするのはまた別の話だ。

 

さて、この後どう動いてくるのかもう少し様子を見てみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 見透かされたのはいつからなんだろう、彼女は何度も自問自答を繰り返した。初めて会った時から感じていた彼の他の生徒とは違う何か。今まで数多くの人間と話してきたものの、彼だけはどうしても読めなかった。パッと見た感じはどこにでもいるような人間で、話してみても特に何かが変わっているわけでもない。

 

ならどこが周りと違うのか。女性の体を嫌らしい、下心ある目付きで見ているわけでもない。紛れもなく普通の男子生徒だ。

 

たった一つ、全てを見透かしたかのような視線以外は。

 

 

消灯時間となり、静寂の広がる廊下をただ一人、シャルル・デュノアは歩いていた。真実を確かめるために、自分が思っていた疑問を確信へと変えるために。

 

そうこうしている内に、部屋の前に立つ。本来ならこんなことすべきではないのは誰よりもシャルル自身が分かっている。部屋に入ろうとするも、罪悪感が強すぎて取っ手に手を掛けては離す、掛けては離すを繰り返す。入ろうと思う度に心が締め付けられるせいで、踏ん切りがつかない。

 

胸の高鳴りを鎮めるために一旦片手を胸に置き、二度三度深呼吸を繰り返す。手が少しばかり胸の中へと食い込む。彼が本当に男性ならば、絶対にあり得ない光景だ。太っているならその分腰回りも出ているだろうし、胸だけが不自然に出ることはない。仮にそれが胸筋ならなおさら、手がめり込むなんてあり得ない。

 

男性にはない双丘。それは紛れもなく、女性の象徴だった。

 

 

(大和が危険な人間だなんて思いたくない。でも分からない以上、確かめないと……)

 

 

彼……否、彼女は自らが女性だという事実を隠してIS学園に編入している。理由は彼女以外、誰も知らないはずだったが、ふとしたハプニングにより同室の一夏に知られてしまった。

 

男性の変装もお世辞にも上手いわけではなく、男性らしからぬ仕草に大和だけでなく、一夏も不審に思っていた。それでも何とかバレまいと誤魔化してきたものの、先述のハプニングにより、一夏に自分が女性だとバレてしまった。しかしこの件に関しては既に解決しており、一夏とシャルルは既に和解をしている。

 

和解したことで一件落着……であればシャルルも特に深く気にすることもなく、済ましたことだろう。

 

 

―――霧夜大和、彼の存在が無ければ。

 

 

シャルルの言動に一番目を光らせていたのは他でもない大和で、シャルルが一番警戒をしていた人物。自分が女性だという事実を、誰よりも先に勘づいていたのは彼だったのではないか。更に言うなら気付いている上で、知らぬフリをして自分と接してきたのではないか。そう考えると自分の考えは全て大和にバレていたのではないか。

 

無論この考えは全て彼女の憶測にすぎない。だが初めて会った時からの彼の意味深な言葉や仕草に、薄々シャルルも気付いていた。もしかしたら私の目的を全て知っているのではないか。そう思うと恐怖でいてもたってもいられなくなった。大和が悪い人間だとは思いたくは無いが、彼の言動だけを見るとゼロとは言い切れないのだから。

 

彼が夕食のために一夏を呼びに来た時に、シャルルへと呟いた一言は独り言だとは到底思えなかった。

 

 

"隠し事はいつか必ずバレる"

 

 

あの時に言われたことが未だに忘れられない。暗にお前の秘密は全て知っていると、遠回しに言っているようにも見える。知られるだけでも不味いというのに、もし自身の秘密が一般世間に出回ったとしたら……。

 

 

(ううん。ネガティブなことばかり考えてたらダメだよね。とにかく事実を調べなきゃ)

 

 

意を決して音を立てないようにドアノブを回す。夜にもなれば鍵をかけて寝ている生徒の方が当然多い。むしろ鍵をかけない生徒の方が少ないだろう。希望は薄いが一か八か、鍵が開いているか開いていないか確認するだけでもせずにはいられなかった。

 

ゆっくりと回していくとガチャリという音と共に。

 

 

(開いた……)

 

 

部屋の扉が開いた。

 

 

(ど、どうしよう……)

 

 

鍵が開いていたは良いものの、この後どうすればいいのか分からずに、部屋の扉を開け掛けたまま立ち尽くしてしまう。焦れば焦るほど、思考回路が纏まらない。部屋に入ったところで何をすればいいのか。確かめるといったところで、証拠が残っているかどうかも分からない上に、この暗い部屋の中を明かり無しで探索しなければならない。

 

どこに何があるか分からないからといって、明かりを付ければ大和に気付かれてしまう。真っ暗な部屋に明かりがつけば、すぐに異変に気付くだろう。

 

この暗がりで、大和が危険な人物ではないという証拠となるものを見つけるには、どうすれば良いか。もしくは安全だと確認出来ればいい。

 

夜遅くで眠気が襲ってくる時間だというのに、シャルルの頭はフル回転していた。

 

最悪、何か履歴が残っているかどうかの確認を取れるだけでも……。

 

 

(あっ、携帯電話!)

 

 

一つだけ確認する方法を思い付いた。仮に電話やメールでどこかにシャルルの情報の横流し、それか仕入れているのであれば履歴として残っているはず。消されている可能性は高いが、調べてみる価値は十分にある。それに携帯なら夜は充電するためにケーブルに刺しているはずだから、手元に抱える可能性は低い。何もなかったとしたら、即座に大和の部屋から退室する。リスクは高いが、やってみる価値はあるだろう。

 

足音を立てないよう注意しながら室内へと侵入し、暗い室内を注意深く進んでいく。扉をほとんど閉めてしまったせいで、頼りになるのは自分の感覚のみ。確か二人部屋の作りは全室同じだったはずだ。

 

備え付けの家具を場所移動したところでたかが知れているし、机なんかは床にしっかりと固定されているため、動かすことは出来ない。普段と同じ感覚で進んでいけば障害物はないはず。自分に言い聞かせるように目を凝らして進むと、部屋の奥に膨らんでいる布団が目に入る。

 

大和はもう既に寝ているだろうか、もし寝ていなかったらと頭に不安がよぎる。可能性として無いわけではない、就寝時間は共通だとしても、夜遅くまで起きている生徒もいる。あくまで外出が不可なだけであって、部屋の中で静かにしていれば何の問題もない。

 

歩を進めるのが怖い、無意識ながらも意識せざるを得ない。井戸足取りが止まってしまうも、再度進み始める。足元から慎重に回り込み、ベッドの周囲を確認する。

 

視線を上げていき、枕のすぐ横にある小さな机にはスタンドライトが置いてある。そこに小さく光輝く赤い点、紛れもなく電子機器が充電されている状態なのを証明していた。

 

ごくりと唾を飲み込み、その赤い光に向かって手を伸ばす。その際、寝返りを打つ方向によっては大和の視線上に手が来るが仕方ない。ばれないようにそれを回収し、中を素早く確認する、やるのはそれだけだ。

 

単純明確、下手に何かを考える必要もない。

 

 

(後ちょっと……)

 

 

もう少しで手が届く。

 

必死に身を乗り出して目の前の赤い点を掴もうとする。目と鼻の先にあるというのに、とてつもない距離があるように感じられた。しかしそれも気のせい、確実に距離は縮まっている。ようやく手が届くと思った時、伸ばした腕に違和感が走った。

 

 

(あ、あれ!?)

 

 

伸ばそうとした手が急に動かせなくなる。目一杯伸ばそうと思っても、それ以上先には進んでくれない。後もう少しで届くというのに、何故ここに来て届かないのか。前に壁があるわけでもない、自分の腕が無くなったわけでもない。

 

なのにどうして。

 

 

そもそも何故動かせないのかを瞬時に考える。そういえばどうしてか手首のあたりがやけに温かい、何か人肌に近いもので、握られているような感じが……。

 

 

(まさか!?)

 

 

一つの結論に行き着く。

 

導き出した結論が今の彼女を絶望に追い込むには十分だった。みるみる内にシャルルの顔色が青ざめていく。

 

その時彼女は悟る。あぁ自分はハメられたのだと、手のひらの上で踊らされていただけなのだと。

 

そして。

 

 

「よう。待っていたぜ」

 

 

布団の中から手を伸ばしてシャルルの手首をつかみ、勝ち誇ったような笑みを浮かべる大和の顔がそこにはあった。


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