IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○シャルル・デュノア

 

 

「な、何で……」

 

「あそこまで見え透いた種まきをしたら、誰だって当日くらいは警戒するさ。ま、時間的には俺の予想よりも少し遅かったけどな」

 

 

 俺の予想通り、シャルルは一人で部屋へと侵入してきた。毎日掛けていた鍵をあえて今日だけは開けて様子を伺うことにしたけど、まさかここまで上手く行くとは思ってなかった。案の定、シャルルは驚きと絶望の表情を浮かべながら立ち尽くすだけ。

 

自分はハメられただけだ、俺の手のひらの上でマリオネットのように良いように操られていただけだと、思っているようにも見える。そう考えると少し悪いことをしたのかもしれない。あくまで部屋に来たってことは、シャルルの中に俺が得体の知れない人物だという認識があったんだろう。それも散々シャルルの核心に触れるような単語を呟けば、そのような認識になったとしても不思議でもない。

 

 

「……僕を、どうするの?」

 

「どうするって言われてもな。逆にどうして欲しい?」

 

「―――ッ! 僕が女性だって告発するんでしょ? だってそのために……」

 

「部屋に誘きだした……確かにそう考えても不自然はないか。でも勘違いするなよ、俺は別に告発する気もなければ、この学園から追い出す気もない。どうしても聞きたいことがあるんだ」

 

「聞きたいこと?」

 

「あぁ、まぁとりあえず座れよ。立ったままじゃ話しにくい」

 

 

 ピクリと身を震わせながら、静かにベッドに腰掛ける。これから何をされるのか分からず、その場に俯くだけ。正直な話、俺からシャルルに対して危害を加えるつもりはない。仮に聞きたいことに対しての返答が、一夏や俺に危害を加えるような内容であれば話は別。この場では特に手出しはしないが、もし相手から手出しをしてきた時には容赦しない。

 

と、あくまで脅してはみたものの、恐らくシャルルの解答はそうではないはずだと思いたい。とにかくシャルルの口から答えを聞かない限りは何とも言えない。

 

さぁ、どう聞いていこうか。

 

 

「ねぇ、大和。君はどこまで知っているの?」

 

 

どのように質問を投げ掛けるかを考えていると、先にシャルルの方から質問を投げ掛ける。質問内容はいたってシンプルで、シャルル自身のことをどこまで知っているのか。完全に断定できる理由ではないが、いくつか自信を持って断言出来るものがある。

 

 

「そうだな、確信を持って言えるのは、性別を偽っていたってことと、何らかの理由で俺か一夏に近付いてデータを収集しようとしていたことくらいだな」

 

「鋭いんだね……ほとんど当たっているよ」

 

 

感心したように言葉を伝えるものの、それに反してシャルルは自嘲気味な笑みを浮かべる。ほとんどってことは俺か一夏に近付いた理由がはっきりしないからだろう。これに関しては裏付けを取りきれていないっていうが、確信を持って言えないところ。

 

断定こそ出来ないが、心当たりのある理由としてはシャルルの父親が経営している会社、デュノア社の経営が上手くいっていないことが挙げられる。経営難になっているのは、第三世代のIS開発が上手くいってないからだ。

 

一夏の使っているISはもちろんのこと、男性なのにISを動かせる事実を解明すれば、デュノア社は一瞬で今の立場を逆転することが出来る。デュノア社にとってデータを取るために近付くには 俺か一夏かに近付くのが簡単だと思った。

 

……やってくれる。こっちをそこまで甘く見られたら困るな。

 

 

シャルルが言い切った後に暫しの沈黙が続く。一言も話さずに微動だにしないシャルルに再度言葉を投げ掛ける。

 

 

「しかしまぁ、デュノア社も思い切ったことをしたもんだ。まさか三人目の男性操縦者が現れたなどと。それもまた、実の娘にそんな危険な真似をさせるとは……」

 

「うん、そうだね。本当に……僕が本当にあの人の娘なら……」

 

 

今の言葉に妙に引っ掛かりを感じるのは俺だけなのだろうか。シャルルの言葉に出てきた『あの人』という単語。

 

あの人とはつまる所シャルルの父親のことを意味するんだと思う。ただシャルルのその呼び方にはトゲが感じられた。そもそも自分の父親をあの人呼ばわりする娘がいるのかと。

 

それに本当に娘だったらって……これではまるでシャルルは自分が実の父親、もしくは母親とは繋がりが無いって言ってるようなものじゃ……。

 

 

「……は? ちょっと待て、今のは俺の聞き違いか?」

 

 

思わずその言葉に対して聞き返す。

 

 

「ううん、多分大和が思っている通りだと思う。僕はね、愛人の子なんだよ」

 

 

シャルルから寂しく、そして儚げに伝えられる言葉に、何も声を掛けられなくなる。さすがにシャルルが今の両親の実の娘ではない事実は俺も知らなかった。ある程度の情報収集はしたつもりだが、愛人の子なんて情報は初耳。いくら人より情報を知っているとはいっても限界がある。

 

それに霧夜家は護衛業であって、情報収集に特化している訳ではない。流れ込んでくるものに関しては把握出来ても、流れ込んでこない情報の把握は出来ない。

 

霧夜家の弱点を補う意味でも、情報収集に長けている更識家と手を組んだわけだが、特にそういった情報は入ってこなかった。

 

まさか楯無さんは知ってて隠していたとか?

 

 

ただ今更そこを気にしても仕方ない。

 

 

「愛人……か」

 

 

 口からポツリと言葉が漏れる。果たして普通に生活している人間にとって、この言葉がいかに所縁がなく、重たい意味を持つのかを理解するのにそう時間は掛からなかった。シャルルもまた辛い過去を持つ人間なんだと、ここで俺が投げ掛けるのは慰めの言葉ではない。

 

慰めの言葉を投げ掛けたところで、お前に何が分かると言われるのが筋だろう。人を励ます一言が、時には人を激怒させる要因にもなる。例えシャルルが激怒しなかったとしても、下手な同情を嬉しいとは思えない。

 

俺がここで投げ掛ける言葉として何が正解なのかは分からないけど、一つ投げ掛けるとすれば。

 

 

「……重たい言葉だな」

 

「あはは……普通の人にはあまり聞き慣れない言葉だよね」

 

「あぁ。大抵のことには驚かないと思ってたけど、まさかこんな形で驚かされるとは思ってもみなかったよ」

 

 

別に大袈裟に言ってる訳でもなく、驚かされたことは事実だ。いくつかの可能性を模索はしたものの、まさかシャルルが愛人の子だとは思わなかった。

 

どうして実の娘であるシャルルにデータ収集なんて危険なことをさせるのか。頭に引っ掛かっていた疑問が、シャルルの一言でようやく解消した。

 

実の娘ではない。

 

それだけでデュノア社が利用するには十分すぎる理由だった。

 

 

「引き取られたのが二年前。丁度お母さんが亡くなった時にね、父の部下がやってきたの。それで色々と検査をする過程でIS適正が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」

 

 

シャルルは過去に起こったこと、今に至る経緯を順を追って説明し始める。あまり話したくないことを話そうとすれば、自然に表情は歪む。しかしシャルルの話し方はどこか淡々と、一度どこかで話したことがあるような口ぶりだった。もしかしたらこの事実を話したのは今回が初めてじゃないかもしれない。

 

夕食の時、一夏を呼びに行った時に一夏は何かを隠そうと必死だった。つまりシャルルが女性だと分かり、それを俺たちに知らせまいと庇ったんだろう。だとしても人が人を庇うのには理由がある。

 

そこで浮かび上がってくるのが、一夏もシャルルの過去を知らされたのではないかってことだ。あくまで現段階だと推測しか出来ないが、恐らくは聞いているはず。でなければ、シャルルを庇う理由がない。

 

いくら仲が良いとは言っても、自分のデータを盗むのに利用していたことが分かれば、一夏といえど怒るだろう。だとすれば、怒らない理由が相応のものだったと考えるのが妥当か。

 

まだ理由に関しては明らかになってないため、俺としては何とも言えないものの、もう少し深く聞いてみる必要があるのは間違いなさそうだ。

 

 

「父に会ったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活をしているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時はひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『この泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのに……」

 

 

 今まで対面したのが二回だけなのに、果たしてそれが本当に父親と呼べるのかどうか考えてみると、甚だ疑問が残る。それが仮に単身赴任が理由だったとしても会話が僅か五回なのは、父親としてあり得ない。

 

実の娘でなければ無下にしてもいいか……そんなわけがない。相手が愛人だったとしても、自分の血液が混ざっているのだから、紛れもなく自分の子供であるのは明らか。相手が愛人だからといって、自分の子供を都合の駒のように扱う資格はない。

 

その無責任な考え方に腹が立つ、気が付けば拳を握り締めていた。仮にそれが第三者の介入があったからだとしても、父親なら自分の子供を守るべきだ。

 

本妻にも一言言うとするなら、当たる相手はシャルルじゃない。そもそも暴力を振るうこと自体間違っている。

 

 

「大和?」

 

「……悪い、少し思うことがあってな。続けてくれ」

 

 

拳を強く握りしめていたのが、シャルルの目に留まったらしく、不思議そうにこちらを見つめてくる。あまりこっちの内心を知られるのも良くない、いつも通りの平常心に気持ちを戻しつつ、再度シャルルの話に耳を傾ける。

 

 

「うん……それから程無くしてかな。デュノア社は経営危機に陥ったの」

 

「……なるほど、第三世代型の開発遅れか」

 

「そう。量産機こそ世界第三位のシェアを誇るけど、その量産機も他国に比べれば、開発はかなり遅れてたんだ。一度遅れたら取り返すのは難しいからね、データも時間も不足しているから、第三世代型の開発は中々形にならない。その上政府からの予算も大幅にカットされたら、もう弱り目に祟り目だよね。遠回しに政府から見捨てられたってことなんだと思う。次のトライアルでいい成果を出せなければ、予算は完全にカットらしいから」

 

「それで危機感を持ったデュノア社は、シャルルを利用したのか。……単純だけど、分かりやすい理由だな」

 

「……男性操縦者が現れたとなればそれだけで注目を浴びるための広告塔にもなるし、同じ男性ってことで一夏や大和にも近付きやすくなるしね」

 

「あぁ、あわよくばデータを盗むためってことか。それで、盗むように指示したのはシャルルの……」

 

「うん。デュノア社の社長……つまり僕の父、かな」

 

 

ほぼ予想通りのデュノア社の思惑に、思わずため息が出そうになる。男性操縦者が現れたと発表すれば注目を浴び、男性としてIS学園に編入すれば、同じ男性の俺たちからデータが取りやすいとでも考えたんだろう。

 

……ヘドが出る。シャルルのことを都合のいいモルモットのようにしか扱ってないんだろう。先にも言ったように、本気で自分の子供だと思っているのであれば、絶対に今回のようなことなどさせるわけがない。もしやるとしたら、何らかの庇いだてがあるはずだし、それも全くない。それにシャルルの表情を見ていれば自分が進んでやったことではないことくらい、嫌でも分かる。

 

彼女は根から優しい人間なんだと思う。だからこそ無理矢理データを盗もうとしなかった。一夏と一緒の部屋なのだから、その気になればいつでもデータを盗むことくらいは出来た。言い方としては悪くなるけど、今の一夏とシャルルの実力差は一目瞭然。実力行使まではいかなくとも寝ている時、無防備な時にいくらでも行動は出来たはず、でもやらなかった。

 

あまつさえ、秘密を自分から打ち明けてくれた。ここまできっぱりと言い切られると、非道な人間ではないことくらい分かる。

 

 

「……ごめんね、隠してて」

 

「いや、それだけ言ってくれれば十分だ。ようやくシャルルの本心が分かったから」

 

「はぁ。でもまさか二回も同じことを話すなんて思ってもみなかったよ」

 

 

俺へ話したことで二回目、つまり俺以外にも話している人物がいることになる。一番最初に秘密を打ち明けたのは恐らく……。

 

 

「俺が二回目ってことは、一回目は一夏か?」

 

「うん。ちょっとその……色々あって」

 

「何故顔を赤らめる」

 

「あっ、と、特に何もないよ!?」

 

 みるみるうちにシャルルの顔が紅潮していく。何故このタイミングで顔を赤らめるのか全く分からないけど、熱でもあるのか。といったボケはさておき、普通に考えてバレる時に何かしら恥ずかしい思いをしたってことだろう。それこそ全てをさらけ出した的な。

 

まさか一夏が何食わぬ顔でシャワールームに入って、シャルルの全てを見たなんてシチュエーションはあるはずがない。流石にそこまでラッキーだと……まぁこれ以上言うのはやめとく。リアルにありそうだし。

 

 

「ま、そこはとりあえずいいわ。問題なのはこれからだな。理由はどうであれ、今回のことがバレたらフランス政府は黙っていないだろうし」

 

「IS学園にいる間は如何なる国家、団体、組織には帰属せず、本人の同意がない限りは干渉は出来ない。特記事項にはそう書いてあるけど……」

 

 

シャルルの表情はやはり浮かない。懸念するのはIS学園にいるからといって、何の処罰もないかと言われても断定が出来ないところか。事実を既に察しているシャルルは、顔をしかめながら特記事項を復唱する。一字一句全てが合ってるわけではないが、大体シャルルが言った通りの内容になっている。

 

正確には『本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』となっている。

 

一見自分は守られているようにも見えるこの特記事項だが、今回のシャルルのケースはイレギュラーなものになる。それもISを開発する上で、絶対にやってはならない禁忌をおかしてしまっている時点で、この特記事項が適用になるかどうかは正直怪しい。

 

シャルルがデュノア社の指示でやらされていたとはいっても、命令を了承して実行しようとしている時点で、同罪となる。最悪のケースを想定した場合ではあるが、可能性としては低くない。

 

助けてやりたくても、介入が出来ないところだとどうしようもない。例え在籍期間の三年間は何とかなっても、それ以降は戸籍を消して死亡した扱いにするか、シャルルが完全にデュノア社との関係を断ち切らない限り、守るのは無理だ。

 

それでも守る方法を探すことは出来る。

 

 

「とにかく、ここから先を考えるのはシャルルだ。自分はどうするのか、どうしたいのか。俺たちも微力ながら力になる。役立つかどうかは分からないけどな」

 

「……やっぱり大和って変わってるよね、僕が言ってることが嘘だって疑ったりすると思ったんだけど」

 

「こう見えても人心把握には自信があるんだよ。それこそシャルルの仕草や声のトーンで嘘を付いてるかどうかなんて、すぐに分かる。それに、見え透いた嘘を付くのが上手いようにも見えないしな」

 

 

特に男装とか、と一言付け足す。

 

 

「なにそれ。やっぱり最初から気付いてたんだ?」

 

「初めから気付いていた訳じゃないよ。ただ仕草が男っぽくなかったし、如実に一緒に着替えるのを拒んでたからもしかしてとは思ったけど」

 

「あぁ……上手く隠そうと思ったんだけどなぁ。それでも男の人に着替えを見られるのはちょっと……ね?」

 

「確かに元々母子家庭ってことを考えると、尚更耐性は低いだろうし。ある意味バレるのは時間の問題だったかもな」

 

 

さすがに身なりこそ男性の真似を出来ても心まで男になりきることは出来なかった。むしろなり切れないのが当たり前だし、シャルルが堂々と上半身裸で着替えられても俺らとしては反応に困る。というより、その前にシャルルのことを直視出来ない可能性の方が高い。むしろ上半身裸で、男の目の前で着替える女性がいるかどうかも怪しいところ。

 

てか居ないだろ、って言いたい。

 

さぁ、もう聞きたいことはあらかた聞けたし、これ以上聞くこともない。万が一シャルルが人のことを考えないような本心であれば、それこそ表社会に出れないほどに追い詰めることも辞さなかったが、俺も手を出さずに済んだ。

 

まずはそこを喜びたい。一旦話を区切り、スタンドライトの下に起きっぱなしになっている携帯電話を充電器から外して自分の手元に持ってくる。その様子を不思議そうに見つめるシャルルだが、やがてハッとして言葉を続ける。

 

 

「それって大和の携帯電話?」

 

「あぁ。シャルルは何かあると思って手を伸ばしていたけど、この携帯はマジで普通の携帯だよ。家族の連絡先は入っているけど、別に怪しいことには一切使ってない」

 

 

 携帯の画面を開き、着信履歴やメールの送受信履歴を簡単に見せる。メールや電話相手こそ見られてしまうが、別に内容が大っぴらに出る訳じゃないし、内容を見られたところでシャルルに関することは書いていないし、話してすらいない。現物見たところで判断は出来なくとも、俺がやましいことを考えているわけではないと分かってくれればそれでいい。

 

そもそもシャルルのことは調べたり聞いたりはしたけど、悪用するためではない。

 

急に携帯の画面を見せられて驚くシャルルだが、やがて納得したかのように目を細める。

 

 

「上手く誘導されたって考えると、大和の方が上手だったんだね」

 

「たまたまだよ。正直、来るかどうかなんてギャンブルだし、巡り合わせが良かっただけだろ」

 

「でもその可能性を掴みとった……日本式に言うと運も実力のうち、って言うでしょ?」

 

「ふぅ、こりゃシャルルに一本取られたな」

 

 

シャルルが部屋に侵入する保証はどこにもなかった。それでも、どうすれば来てくれるのかを考えつつ種は撒いたつもりだ。数ある可能性の中から、たった一つの可能性を掴み取るのは難しい。運も実力のうちだなんて、先人は大層な言葉を考えたもの。

 

 

「ま! そんなところだ。時間も時間だし、お開きにでもするか」

 

「うん。……あ、大和!」

 

「ん? どうした、まだ何かあるか?」

 

 

話を終えてベッドから立ち上がり、入り口へ向かおうとした俺に、シャルルが付け足すように話掛けてくる。他に何か聞くことがあるのだろうかと疑問に思いつつ、シャルルの方へと振り返る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……ありがとう」

 

「……っ!」

 

 

たった一言、たった一言感謝の言葉を述べられただけだと言うのに、強烈にシャルルを『女性』だと意識してしまう。今まで男だと思っていた奴が実は女性だった……ってことであれば、当然驚くだろう。自分の中では想定外の事実なのだから。

 

でもシャルルは違う。元々男っぽくないと疑っていたせいで、シャルルが女性だったという事実を知っても、特に驚くこともなかった。女性なんだから男とも体格は違うし、出るところは出てる。特に素肌を直視したり、見せ付けられない限りは耐性はあるものだと思っていた。

 

認識が男性から女性へと変わることで、シャルルが俺に対して見せる『男らしくない仕草』が『女性の仕草』へと変化。そのギャップのあまりの違いに、言葉を失ったまま間抜けにも呆然と立ち尽くす。

 

今まで何人もの笑顔を見てきている。人によって多種多様な笑顔でも、本心から笑顔を出す時の気持ちは皆一緒だ。

 

あぁ、シャルルってこんな風に笑顔を見せるのか……好意を持っていないとしても、他の男には見せたくないと思ってしまう。

 

俺だって男だ、何気ない仕草にドキッとすることだってある。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「あぁ、いや。大丈夫だ」

 

 

つい見とれましたなんて言えるはずもなく、平静を装いながら返事をする。女の子のドキッとする仕草ランキングみたいな感じでテレビで放送されることがあるけど、結構俺的には上位だったりする。

 

感謝される時の笑顔をされて、悪い気がする男は居ないだろ。それも美少女ともなれば尚更嬉しい、男装している時は美少年、男装していない時は美少女。性別が迷子とはよく言ったもの。

 

両性にモテるのが反則過ぎるのは間違いない。

 

 

「ねぇ、僕もずっと気になっていたことがあるだけど……聞いても良いかな?」

 

「……答えられる範囲ならな」

 

 

どこかで聞いたことがある言葉に、若干嫌な予感がしてきた。語呂が全く同じな訳でも、シャルルから以前言われた訳でもない。

 

似たような雰囲気……いや、更に強烈だった覚えがある。シャルルが転校してくる少し前、それも大体クラス対抗戦の時ぐらいだと認識がある。

 

相手は……そう、千冬さんだ。

 

以前アリーナでの無人機襲撃事件の際、俺は無人機を無力化すべく、生身でアリーナへと突入。そして中にいた一夏と鈴と協力し、無人機を撃退した。二人には協力した人間の正体が俺だとは打ち明けてないし、本人たちも気付いていない。だが事態が終息した後、アリーナへ戻る際に出会った千冬さんだけは気付いていた。

 

その途中で投げ掛けられた言葉は今でも頭の中に残っている。

 

 

『お前は一体、何者なんだ?』だ。

 

 

千冬さんの言い分も分かる。どうすれば普通の人間がISに対して生身で立ち向かい、挙げ句の果てに撃退することが出来るのか。いくら凄腕の護衛だからといって限度がある、身のこなしといい通常の人間がおいそれと出来る動きではない。

 

だが、それが事実であり、真実であることに変わりはない。一夏の零落白夜でシールドが完全に破壊されているとはいえ、俺は無人機を容赦なく切り刻み、無力化させた。この事実はどうあがこうとも変わることはない。

 

何となく、何となくだがシャルルが俺に対して言いたいことが分かった。百パーセントとは言えないが、恐らく俺の考えていることと合ってるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――大和も、知られたくないことってあるの?」

 

 

何気なく気軽に聞いたつもりなんだろう、シャルルの表情からは悪意が感じられない。知られたくないこと、つまりは俺には秘密があるのかないのか、聞かせてほしいみたいだ。

 

 

「……」

 

 

顎に手を当ててどう返そうかを考える。すぐに思い付くわけではないが、少なくとも解答として返さないといけないのは間違いない。

 

あやふやに返したところで、逆に猜疑心が強くなるだけだから、俺の口からはっきりと言えるとすれば。

 

 

 

 

 

 

 

「―――あぁ、もちろん」

 

 

俺にだって知られたくないことはある。

 

 

自分が護衛をしていること、護衛をしている相手が一夏であること。それに楯無さんと一夜を明かしたことだってそうだ。それこそ一つや二つどころか、数え切れないほどの隠し事が俺にはある。

 

俺だけじゃない、生きている誰もが知られたくないこと、知られてはいけないことを抱えて生きている。例えそれがどれだけ仲の良い夫婦や親友であっても、自分の全てをさらけ出す人間が、この世界六十六億の人口の中にどれだけいるか。恐らくはほとんどいないはずだ。

 

知らない方が幸せだった、そんな秘密だってある。だからこそ皆、知られたくないことや話したくないことは自分の胸の内に仕舞い隠す。珍しいことじゃない、誰もがやっていること。

 

だからこそ俺は隠す。自分の過去全てを、生い立ちを。

 

 

"知られたくない"

 

 

その一心で。

 

 

 

「いつかバレるのかもしれない、時期が来たら自分の口から伝えるかもしれない。それでも、今はまだシャルルに……いや、皆に知られる訳にはいかない」

 

 

 

いくら綺麗事を言ったところでバレる時はバレる。運が良ければバレないかもしれない。それは俺にも分からない。シャルルだって、自分の男装がいつかはバレることを悟っていたかもしれない。でも、彼女の本心はバレたくなかったわけだ。

 

真理をいうのならバレない秘密など無いのかもしれない。冷静になって考えてみれば自分の秘密を相手に話すって、どれだけ勇気がいることだろうか。

 

俺の全てが皆に知られた時、どんな反応、表情をされるのかなど考えたくもない。

 

なら隠し通せるまで隠してやろう。そう、思った。

 

 


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