IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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二人だけのランチタイム

 

 

 

 

「それでは、午前中の授業はここまでとする」

 

「「ありがとうございました!」」

 

 

 午前中最後の授業を終えて、ようやく待ちに待った昼休みの時間を迎える。ようやく昼飯だと皆席を立って教室を出ていく。出ていった理由のほとんどは学食へ向かうためだ。ぐっと両手を突き上げて体全体を伸ばす。勉強のために長時間座っていると、どうにも体の調子が悪くなる。それこそいきなり立ち上がろうとすれば、体のダルさが如実に出てくる。

 

……はっきり言おう、朝っぱらから今の時間までの授業の内容は、ほぼ頭の中に入っていない。朝のことが気になり過ぎて、集中出来る訳がなかった。

 

 

鞄の中から携帯電話を取り出し、電源を入れ直してメールの内容を確認する。朝返信をしてからそのままで、完全なノータッチで来たものの、もしかしたら返信が来ているかもしれない。顔を合わせようとするも、ナギが恥ずかしがってしまい顔を合わせられず、それを見た周りが茶化すといったテンプレ的な展開で、全く話すことは出来ず。

 

あまり周りに悟られ過ぎてもアレだし、一限の休み時間以降は大人しくすることに。

 

 

電源を入れてから起動まで十数秒は掛かる。少しばかり起動するのを待ち、操作状態になったのを確認すると、左上の電波のマークの右側に通信中のマークが出てくる。これが出てくるってことは電源を切っていたせいで受信を出来なかったメールが、センターに預けられていることを証明している。

 

つまりは未受信のメールがある。

 

 

やがてメール受信の画面に切り替わり、メール受信数が二件と出た。受信した内の一件はメールマガジンで、今買い換えたらお得ですよ的な内容のもの。故に今の俺には一切関係がない内容だ。

 

そして、もう一件のメールの差出人は……。

 

 

「大和、飯行こうぜ!」

 

「うわぁ!? な、何だよ!」

 

 

 未開封メールを開こうとした瞬間、上から一夏の顔が現れる。状況が状況だったために、思わず驚いたまま椅子にもたれ掛かったため、バランスを崩して椅子が後ろの席に倒れ掛かり、自分の体がバックドロップでも決められたように半月型に反る。

 

手を慌てて伸ばし机を角を掴んだことで事なきを得たが、思いもよらない慌てぶりに、一夏だけではなく周りのクラスメートたちもこちらを不思議そうに見つめてくる。俺が何か怪しいことしたみたいに見られてるけど、別に悪いことも怪しいこともしてないからな。

 

そんな俺の驚きぶりに逆に一夏がビックリしたみたいだ。

 

 

「そ、そこまで驚かなくても……」

 

「驚くわ! いきなり上から声掛けられてみろって!」

 

 

 実際驚いたのは事実。良くあるよな携帯とかでサイト開いている時に、誰かに見られていると思わず体がびくつくこと。見られて困るようなサイトじゃなければいいけど、それが見られたくないサイトだったら涙もの。特に年頃の男子が良く見るようなアダルト系サイトなんかを見ているのを、女子なんかに見られた日には、膝から崩れ落ちるほど凹むと思う。

 

 

「ま、まぁ良いじゃねぇか! そんなことより飯行こうぜ!」

 

 

気を取り直して俺を昼飯に誘ってくる一夏だが、残念ながら今日は先客がいるんだなこれが。以前は俺以外が全員弁当で、俺だけがぼっちを食らう羽目になったが、今回はその逆。

 

誘ってくれることは凄く嬉しいけど、今日ばかりはこれを断ることにする。

 

 

「あー、悪い一夏。今日は俺は先客がいるんだよ」

 

「え、そうなの? それなら……いっ!?」

 

 

一夏が何かを言おうとしたところで、後ろから伸びてきた手が襟を掴む。掴んだまま一夏の重心が掛かるのとは反対方向へと、引き寄せようとするため当然一夏の首が絞められる形になる。

 

一夏の襟を掴んだ人物の正体は。

 

 

「一夏、他人の恋愛事情に足を踏み込むなど、男として言語道断。お前はこっちに来るんだ」

 

 

 篠ノ之だった。眉間に皺を寄せて、いつもより不機嫌なオーラを出しながら一夏のことを睨み付ける。篠ノ之なりに気を遣ってくれたのか、それとも単純に一夏をセシリアや鈴よりも先に確保しておこうと思ったのかどうかは分からないが、今回に関しては都合がいい。ま、正直な話両方だろう。昨日セシリアに抜け駆けされているのを知っているわけだし。

 

襟を引っ張られているせいで一夏の首が絞まっている。苦しそうな表情を浮かべながら、視線を後ろを向けて篠ノ之へ抗議の視線を送る。

 

 

「ちょっ、箒!? わ、分かったから手を! 苦しいって!」

 

 

それこそ、一夏が俺と一緒に来ようぜ的なことを言おうしたのであれば篠ノ之の行動も分からないではないが、言おうとした内容を知っているのは一夏だけだ。一夏の言葉に篠ノ之は握っていた襟を離し、一夏を解放する。手を机の上に置き軽く呼吸を整える。

 

しかしやることが豪快だ、逆に一切言い返さない一夏も一夏で凄いと思うけど。そんな二人のやり取りを苦笑いで見ていると、ナギがこちらをちらりと見つめて先に廊下へと出ていく。一緒に行ったら注目の的になるし、敢えて先に行ったんだろう。慌てて後を追うのもあれだし、少しばかりゆっくりと後を追うことにする。

 

そうは言っても一緒に食べてたら変わらないんだけどな。

 

 

「大丈夫か一夏? 篠ノ之もあんまりやりすぎるなよ」

 

「お、おう。……そうか、今日は一緒に来れないのか」

 

「あぁ、悪いな。また今度誘ってくれ」

 

「おう、じゃあまた今度な」

 

 

 話もまとまったところで、再度教室から出ようとすると、今度はセシリアが一夏と篠ノ之の輪に割って入ってくる。抜け駆けしようとするのを防ぐためか、いち早く篠ノ之が一夏のそばに近寄った行動が、昨日自分がした行動とダブったのかもしれない。ズカズカと篠ノ之のそばまで歩み寄ると、バチバチと火花を散らせながらにらみ合う。

 

 

「ちょっと篠ノ之さん、抜け駆けは許しませんわよ!」

 

「昨日一人で出し抜こうとしていたお前がそれを言うか、この猫かぶりが」

 

「あなたに言われたくありませんわ!」

 

 

あぁ、女の子が一人の男を取り合うの光景って怖いよな。絶対に取られたくないって気持ちは分かるけど、ここまではっきりしていると羨ましいを通り越して怖い。残っているクラスメートの何人かはまた始まったよ的な視線を向けてくる。篠ノ之もセシリアも一夏に好意を向けていることを聞かれると頑なに否定するが、逆に二人の反応が如実すぎて肯定しているようにしか見えない。

 

一回布仏が『二人は結局おりむーのことどう思っているの~?』なんて聞いた時に返ってきた言葉は、二人そろって何とも思ってないって返してきたが、その時の二人の慌てぶりと否定の全力ぶりが完全にツンデレの気がある返答そのもので、何人かが腹を抱えて笑っていたのを覚えている。

 

余りにツンツンしていると、いつか一夏に好意を向ける女性が現れた時に足元を掬われそうで怖い。正直これに関してはどうなのかは分からないんだけど、シャルルも怪しい気がするんだよな。昨日の一件で、一夏に自分の正体を明かしたことまでは分かったけど、果たして二人の仲はどこまで進展しているのやら。普通の男子だったら何とも思わなくても、一夏の場合は常に何かあったんじゃないかと思えるくらい色々なことが起こりすぎている。

 

さて、まずはここから離れるとしよう。用件は伝えたし、俺がここにいつまでも残る意味はもうない。

 

 

「……まぁ、後は頑張れよ一夏。俺はもう行くわ」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 今の二人を相手にしたらどれだけ時間を使う羽目になるか分かったもんじゃない。げっそりとした表情の一夏に二人を任せて、俺は一足先に今日教室から出る。

 

教室を出たところで携帯を開き、先程読みかけにしているメールを開く。とはいっても大部分の内容に関しては朝のメールに書いてあったわけだし、大した内容は書いていないはず。書いてあるとすればどこで待ち合わせるかの場所の指定か、メールの内容には……。

 

 

「ん、ここって……っと! 悪い!」

 

 

メールを見ながら走っていたせいで、前のことが良く見えておらず、生徒の一人にぶつかりそうになる。ぶつかりそうになった生徒はには特に怪我は無かったものの、目を逸らしながら走るのは良くない。というより、走る行為自体厳禁だったっけ。頭を軽く下げると大丈夫だと声を掛けてくれる。優しい子で良かった。

 

走らないように、なるべく早く追うことにする。指定の場所が俺の予想とは違った場所だったため、何故ここなのかと少しばかり疑問が湧いてくる。

 

いや、場所的には良い場所なんだけど、校舎の近くにそんな場所があるなんて、俺の頭には入っていなかった。俺もどちらかと言えば校舎回りを散策することはないし、あるとしても誰か不審者が現れた時に指定の場所へ向かうだけだ。どこに何がどのような配置であるかまでは把握しきれてない。

 

把握してるのはそれこそ教師の一部、もしくは楯無さんくらいか。

 

……そういえば、楯無さんもここ最近見ないな。いや、今まで会う頻度が多すぎただけで、本来ならこれくらいが普通なんだろうけど。いざ会わなくなると考えると、寂しいものがある。

 

最近部屋に侵入することも少なくなってきたし、それこそ最後に話したのってシャルルが転校してくる前くらいだった気がする。あれだけ場を引っ掻き回して楽しんでいた光景が、ここ最近見られなくなったっていうのも物足りない。

 

とりあえずそこに関しては今は良い。考えることくらい後でいくらでも出来る。

 

俺は目的地へと歩を急がせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、お待たせ!」

 

「あっ、ううん。こっちこそ無理言ってゴメンね? 織斑くんからお昼誘われたんでしょ?」

 

「あぁ、まぁな。でも今日は約束があるから断った。折角誘ってくれたんだから、他の人の介入は無しだ」

 

「ありがとう! それじゃあ、一旦座ろう?」

 

 

ナギに促されるまま、設置されているベンチに座る。

 

背景に校舎があり、周りには手入れされた花が咲き誇る花壇が、そして涼しげな風が春の終わりを感じさせるかのように、生い茂る木々の葉をゆらゆらと揺らす。その中に一つだけ設置されているベンチに揃って腰掛け、背もたれに体重を預けた。

 

俺たちがいる場所としてはIS学園の中庭なんだが、中庭からは少し離れた場所にある。中庭の広さは膨大だ、それこそ隅々まで探索しないとどのような造りになっているかなんて、分かったもんじゃない。それに大きく開けた場所から離れていることもあり、穴場と言えば穴場なんだろう。周囲に俺とナギ以外に人は見当たらなかった。

 

中庭があるのは知っていたけど、まさかこんな穴場があったとはな。良くあるよね、誰にも知られていない自分だけの秘密の場所って。

 

腰掛けたは良いものの、外と言うこともあり温度が高い。風がいくら吹いても、日光がこれだけ照らしてくると、春の暖かさというより、もう夏の始まりを感じさせるような蒸し暑さにも感じられる。昼休みくらいは別に校則違反でもなんでもないし、上着だけは脱いでおく。

 

ボタンを外して着ている制服の上着を脱ぎ、すぐ横の空いている席に畳んで乗せる。

 

 

「……どうした?」

 

 

俺が服を畳む様子をまじまじと見つめてくるナギ、自分が服を畳んでいる姿なんて見ても面白くないだろと思いつつも、反応せずにはいられなかった。

 

 

「うん……手慣れているなって思って。私も洗濯するけど、制服とかを畳むのって初めの内は結構大変でしょ?」

 

「あー、確かに。上手く畳めないから、最終的に丸めて終わりって奴もいたなぁ」

 

 

暑くて制服を脱いだまでは良かったけど、上手く畳めないから制服を丸めて鞄の中に入れたらシワまみれになって、家で母親に怒られるなんて良くありそうな経験だと思う。初めから綺麗に畳める奴なんて早々居ないだろうし。

 

 

「あ、そうだ。忘れない内に………あの、大和くんが作ったりする料理には到底及ばないと思うけど……も、もし良かったら……」

 

 

 朝俺が見た動物柄の手提げ袋の中から、長方形の風呂敷包みを取り出し、控え目に手渡してくる。

 

俺は普段学食で昼飯を食べているわけで、弁当を自分で作って持ってきたことは一度もない。風呂敷包みの箱を見るのは数ヵ月ぶりのことになる。中学時代は給食制度を取っている学校もあれば、完全な弁当制度の学校もある。

 

うちは給食は小学校までで、中学校からは完全な弁当。自分で作ったり作ってもらったりしたけど、それは学内に学食制度自体が存在しなかったからだ。学食があれば弁当を作ることも減り、学食で済ませることも多かっただろう。

 

IS学園は全寮制のため、一人暮らしと似て非なるものがある。寮内、学内には食堂が完備、たまに作って食べることもあるが、大抵は食堂で済ますことが多い。

 

 

 故に差し出された弁当が懐かしく思える、そして同時に嬉しく思えた。それに家族以外の、しかも異性に弁当を作ってもらったとなれば尚更。

 

目を閉じて顔をトマトのように真っ赤にし、体を小刻みに震えさせながら包みを差し出す。異性に弁当を手渡すこと、それがどんなことを意味するのかなど分かりきっていること。断られたらどうしよう、突き返されたらどうしよう、様々な不安が頭の中にあるんだろう。

 

いつだったか、出掛けた帰りにアクセサリーをプレゼントしたことがあるが、あの時は俺も照れ隠しをしながらその場から逃げるように離れた。特別な感情が無いとしても、異性に何かを渡すっていうのは緊張するものだ。

 

 

「ありがとう、喜んで頂くよ」

 

「……うぅ」

 

 

恥ずかしそうに渡してくるナギに、俺もそう返すのが精一杯。手渡された弁当を受けとると膝の上に置き、包みの結び目を解いていく。風呂敷包みを広げて中から出てきたのは、薄黒い大きめの弁当箱だった。

 

 

「じゃあ、開けて良いよな?」

 

「ど、どうぞ」

 

 

 緊張した面持ちで俺の手先を見つめてくるが、そこまで見つめられると蓋を開ける俺の方が緊張してきてしまう。こうして女の子に弁当を作ってもらうのは初めての経験だし、手作り弁当ともなれば否が応でも期待してしまう。ナギの家事能力が高いことは知っているし、味に関しては全く気にしてない。緊張しながら、ゆっくりと弁当箱の蓋を開けていく。

 

 

「おお! こりゃ凄いな!」

 

 

 思わずそう口走ってしまう程に、色鮮やかに敷き詰められた具材。唐揚げに卵焼きといった鉄板メニューに、バランスを考えて入れられたほうれん草とキノコのソテー、そして弁当を色鮮やかにするために添えられたミニトマト。余ったスペースを埋めるように、チーズとキュウリが入ったちくわが入っている。

 

運動会にお弁当を持っていった時に、まさに鉄板と言われるメニューばかりが添えられていた。逆にそれさえ入れておけば、好き嫌いが多い子供でも食べれるし、外れることも少ない。俺は別に好き嫌いも無いし、作ってくれたものに関しては基本は残さない。食べ物であれば何を入れて貰っても嬉しくなる。

 

 

「なぁ、もしかしてこれって全部手作りか?」

 

「うん。私冷凍食品を入れることもあるけど、あまり好きじゃないから……なるべく作るようにしているの」

 

 

 

 

日本中で手作り弁当を作っている何人が撃沈する言葉だろうか。俺もだけど、手作り弁当とはいえいくつかはレトルト食品、もしくは冷凍食品をいれることが多い。というより必ず入れている。

 

まさかとは思っていたけど、やはり今日詰められた弁当のおかずにレトルト食品は一切入っていなかった。唐揚げにしてもレンジで解凍したものとは明らかに香りが違う。俺だって台所に立つこともあるし、それくらいは見れば分かる。冷凍の唐揚げなら冷えてくれば味は一気に落ちるし、何より見た目が実際に衣を付けて揚げたように見えない。

 

時間を掛けてでも作ろうと思えば全ての料理を手作りすることは出来る。ただ全てを一から作ろうとすると時間が掛かってしまう。それに一つ一つの具材を作るだけでも、かなりの労力を要するはず。これだけの料理を短時間で作ることはまず無理だ。だからこそ、ナギが一つの弁当を作るために早起きしたことが容易に想像出来る。

 

ただナギに対する感謝の言葉しか思い浮かんでこない。

 

 

「……」

 

「ど、どうしたの?」

 

「いや、改めて俺の幸せを認識してた」

 

「え? え?」

 

 

俺の言葉の意味が伝わらずに首をかしげる。言葉の意味は分からなくて結構、むしろ理解されたら地味に困る。とにかく、今は目の前にあるこの弁当を食べよう。時間は無限ではない、限りある時間を楽しむことにしたい。

 

 

「じゃあ、いただきます」

 

 

箸を持ち、弁当の中で一番存在感を放っていた唐揚げに箸を向ける。一口大の唐揚げをそのまま口の中へと運ぶ。噛み締めた瞬間に唐揚げ独特の風味と、閉じ込められた肉汁が口の中に充満する。外はサクサクとした食感に、中はふわっとした柔らかくてジューシーな食感、二つの食感のコラボレーションに感動しそうになる。

 

文句無しに美味い。

 

 

「美味い」

 

「ほ、本当に?」

 

「あぁ! マジでこれは美味いよ。これってもしかして隠し味にヨーグルトとか入れてるのか?」

 

「うん。ヨーグルト入れると味が凝縮されるから……でも、良く分かったね」

 

「今まで食べた唐揚げとはちょっと違ったから、もしかしたら一手間加えているのかなって」

 

「そうなんだ……良かった、喜んで貰えて」

 

 

 味の感想を言われたことで、ホッと胸を撫で下ろすナギ。俺もあまり包み隠さずストレートに物事は言うから、感想は素直に言うけど、一切贔屓目無しに美味しい唐揚げだ。正直、店を出せるんじゃないかというくらいに。

 

安心して表情も柔らかなものになっているが、そんなに心配しなくても……。

 

続いて卵焼きとそれぞれに箸を伸ばしていく。どれもこれも甲乙つけがたいところがある。手厳しい評価をしてくれと言われても俺はプロの料理人ではないし、美味しいものは美味しい以外に評価のしようがない。

 

流石に女の子の前ってこともあり、がっつきながら食べることは出来ない分、じっくりと堪能させてもらうことにする。

 

 

安心したことでようやく、ナギも自分のお弁当を開き始めた。感想を聞くまでは食べるに食べられなかったんだろう、ようやく箸を動かし始める。

 

 

 

……と思ったのだが、一向に口へ運ぶ気配がない。それに気のせいか、顔がさっきより赤い気がするんだけど……。更にこちらをチラチラと確認しながら、あーでもないこーでもないと唸り始める。ますます考えていることが分からない。

 

横目で様子を確認しながら、俺はただひたすらに箸を動かしていると。

 

 

「あ、あの……や、大和くん」

 

 

声に反応して振り向くと、より一層顔を真っ赤にさせたナギの姿が。ここまで来ると、もはや見る人間全員が大丈夫なのかと心配するほどに赤くなっている。一体彼女が何を想像しているのかは分からないけど、そこまで顔を赤くさせる要因は何なのか。

 

 

「お、おい大丈夫か? 顔真っ赤だぜ?」

 

「う、うん。大丈夫だから、大丈夫だから……ね?」

 

 

上目遣い。

 

男がやってもげんなりするだけのものは、女性がやれば最大の武器となる。箸をギュッと握りしめたまま、上目遣いに俺の方を見上げてくる。その視線の破壊力は計り知れず、何も言い返せないまま硬直する。なんて間抜けな面をしているんだろう、もし俺が二人いたとしたら間違いなくそう言っている。何度されてもこれだけは耐性がつかない。

 

二人揃って見つめあったまま時間が過ぎていく。やがて先に言葉を発したのはナギの方だった。

 

 

「あのね……その……」

 

 

歯切れの悪い言葉のまま箸を持ち直す。箸を持ったかと思えば、今度は自分の弁当箱の中に入っている卵焼きを掴んで上に持ち上げた。

 

そして持ち上げたまま、卵焼きを俺の方に……っておい、これってまさか。

 

 

「あ、あーん……」

 

 

 俺の目の前に差し出された卵焼き、ご丁寧にその下には手皿が添えられていた。さらに心なしか、さっきよりも俺との距離が近くなっているような気がする。というより明らかに近い、そして目の前に卵焼きが差し出されている事実も変わらない。

 

このまま何もしないでは完全に気まずくなるだけだし、変に理由を聞いても同じように気まずくなるだけだろう。何を入れてもどう意図してこんな行動をしているのかは分からないけど、差し出された以上俺がとる行動は一つしかない。

 

ただ念のために確認だけしておく。

 

 

「あの……ナギさん?」

 

「や、大和くん! は、早く!」

 

「は、はい!」

 

 

 顔が真っ赤で恥ずかしがっているのは間違いないというのに、声の迫力はいつもと段違いだった。結局、確認すらさせてもらえずに、それ以上は何も言えなくなる。聞いても答えてくれないなら、もう俺がやることはたった一つ。この卵焼きを食べるしかない。誰かに見られたら恥ずかしいだとか呟いている暇もないし、拒否することも出来ない。

 

よくテレビなんかでカップルがよくやっているのを目にする。現実にやっている人間がいるとしても、人前でやるものじゃないから、実際にやろうとすると勇気がいるものだ。

 

何、簡単だ。目の前にあるものを食べればいい。恥ずかしいのは俺だけじゃないんだから。一度口の中に溜まった唾を飲み干し、口を卵焼きに近付けていく。

 

 

「じゃ、じゃあ……あーん……」

 

 

ある程度の距離まで口を近付けると、ナギが口の中に卵焼きを頬り込んでくる。間違いなく味は美味しいのに、恥ずかしさと緊張から味が感じられなかった。

 

それどころか顔の表面温度がみるみる内に上昇するのが分かる。俺ってこんなに恥ずかしがり屋だったかと、新たな自分の変化に動揺を隠せない。

 

ナギがやろうとしたのは一般世間で言われる『あーん』だろう。何をどう思ったのかは分からないけど、行為自体が相当恥ずかしいものだったことは分かる。当の本人は恥ずかしさから顔を俯かせたまま、耳まで顔を赤くしてふるふると震えている。

 

 

「うぅ。やっぱり恥ずかしすぎるよ……」

 

 

俯いたナギがポツリと消え入りそうな声で呟く。当たり前だっつーの。やられた俺もめちゃくちゃ恥ずかしいんだから。むしろ周りに見られなくて良かったと、安堵のため息すら出てくる。かといって嬉しくなかった訳じゃない。女の子に食べさせられて嬉しくない訳がない。

 

さて、いつまでも恥ずかしがってても仕方ないし、残った弁当を食べきらないと、後々余裕がなくなる。折角余裕を持って中庭まで出てきたというのに、時間が無くなって掻き込むなんてのはゴメンだ。俺は良くても、女の子が掻き込む場面なんかは見たくない。

 

一つ息を吐き、気持ちを落ち着かせてから箸を取り、弁当の中身を口へと運んでいく。少し気持ちが落ち着いてくれたお陰で、ようやくまともな味の判別が出来るようになる。

 

うん、美味い。

 

 

「まぁ、あれだ……おいしいよ、やっぱり。それこそおふくろの味っていうと言い過ぎかも知れないけど」

 

「……」

 

 

俺なりに話を広げたつもりだったが、完全に俯いていたまま反応がない。

 

このままでは埒があかないな、何か別の話題は……。

 

 

「料理っていうと昔を思い出すなぁ。初めて作った料理って炭クズだったっけ」

 

「あ、私その話詳しく聞きたいな」

 

「へ?」

 

 

 何気なく昔の苦い思い出を口にすると、今まで俯いたままだったナギが唐突に聞きたいと申し出てくる。顔の赤みは完全に取れ、興味津々といった感じに身を乗り出してくる。俺も口に出した手前、後に引くことも出来ない。とはいっても別にこの件を話したところで、さほど問題にはならないし、せいぜい俺の苦い思いでの一部が明るみに出るだけだ。

 

料理がある程度形になるまでの俺の経過具合なわけだが、初めはとても目も当てられない程に酷いものだった。まず料理が原型を留めていない時点で、料理と呼べるかどうかも怪しい。アニメやテレビの世界ではあっても、料理で炭クズを作る人を俺は見たことがないんだが、もし全世界で俺だけだったら自慢になるな。

 

世界でただ一人、料理で炭クズを作った男として。不名誉すぎて涙が出てきそうだ。

 

 

「なら少しだけ。まず俺がどうして料理をやろうと思ったかだけど、初めは一つでもちひ……姉さんに勝ちたかったからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――話し込んでいる内に、あっという間に時間は過ぎ去っていった。昼休み終了まで十分、教室に戻るまでの準備を始める。自分の料理の経歴を話してからは特に何事もなく終わったわけだが、自分の昔を声に出して説明するのは中々に骨が折れた。

 

一通り片付け終わったところで、忘れ物がないかどうかを体を触って確認する。ポケットに手を入れて財布……はあるな。制服の内ポケットに入っている。

 

携帯はズボンのポケットに入って……。

 

 

「あれ、カバー外れてる」

 

 

携帯はいつ外れたのか、携帯のカバーが外れて電池パックが剥き出しになっている。自分からわざわざ外すことはないし、何かの拍子で外れたんだろう。しかもご丁寧にカバーのロックが外れている。

 

流石にむき出しのまま放置するわけにはいかないし、外れたカバーをポケットの中から探りだし、携帯の裏側に貼り付ける。

 

 

「……あっ! 大和くんそれって……」

 

「ん……あぁ、これ?」

 

 

隣で片付けをしているナギが驚きながら指したのは携帯カバーの裏側部分。もちろん何でこんな場所を指したのかは理由がある。良く思い出で、携帯電話の裏側に撮った写真を貼り付けている子がいる。友達との思い出を忘れないように、繋がりを断ち切らないようにと、思いは人それぞれだ。

 

思い出を大切に思う気持ちは俺も同じ。ゴールデンウィークに出掛けたときのプリクラが、携帯カバーの裏側に貼ってあるなんて意外に思えたんだろう。

 

確かに俺のイメージから珍しいと思うのも無理はないか。あんま思い出とか大切にしなさそうに見られることもあるし。

 

 

「意外に見えたか?」

 

「あ……うん。正直大和くんのイメージとは違っていたかも」

 

「良く言われる。料理出来ますって言ってもしなさそうとか言われるし」

 

 

意外に思われるのも慣れっこだ。俺が入学日の自己紹介で特技は料理だと言ったのに、大体のクラスメートは忘れている。現に相川なんて完全に忘れてて、料理は良く作ると言えば意外そうな表情を浮かべるだけだった。

 

 

「で、でも大和くんのことを馬鹿にしてる訳じゃないよ? ただ、その……嬉しかったから……」

 

「え、最後何て言った?」

 

「な、何でもない!」

 

 

最後に小さな声でボソボソと何かを言ったようにも見えたのは気のせいか。まぁ、そこは気にしても仕方ない。こうしている間にも時間は刻々と過ぎ去っていく。残り十分ほどあった余裕もごく僅か、これ以上長々と居座ると授業の遅刻は免れない。

 

千冬さんの授業ではないとはいえ、遅刻は非常にマズイ、急ごう。

 

 

「よし、準備は良いか?」

 

「う、うん。大丈……キャッ!?」

 

「っ!? 危ねぇっ!」

 

 

 急ごうといきなり立ち上がったことが災いし、踏み出そうとした足が片方の足に引っ掛かる。想定していたのならまだしも、想定外の事態に対処するのは非常に難しい。案の定、バランスを崩して前に倒れ掛かる。一度重心が傾けば、自力で元に戻るのはほぼ不可能。重力に従って前に倒れ込むしかない。

 

だが受け身を取ろうにも、そのまま倒れたら目の前のベンチにぶつかる。倒れた方向を修正するのも難しい、出来たとしても倒れる時の体の向きを変えることくらいか。ただ今のナギにそんな暇と思考はない。何がどうなっているか、把握出来ていないだろうから。

 

体の向きを変えたとしても、平面な地面に倒れる訳じゃない。凸凹なベンチの上に倒れることを考えると非常に危険だ。

 

悲鳴と同時に既に俺の体は動いていた。あの時、段ボールを持って階段を降りていた時のシチュエーションと姿がダブる。打ち所が悪ければ大怪我は免れない。

 

無理矢理腕だけで受け止めようとしても支えきれないと判断し、一歩先へ半身の体勢で踏み込んで、体ごとナギの前に立つ。これなら全身で受け止められるし、クッションにもなるはず。

 

刹那、微かに寄り掛かる重みと共に、体が預けられる。やれやれ、何とか上手くいったか。勢いそのままに倒れ込んできたから顔はすっぽりと俺の胸元に埋まったままだ。

 

このまま運ぶわけにもいかないし、一旦ナギを……。

 

 

ふにふにっ

 

 

ところで、さっきからずっと気になっていたんだけど、この右手に当たっている柔らかいものは何だろう。感触としてはマシュマロのようなものなのか。そもそも身に覚えのない感触だから、何とも言い表し難い。もしくは肉まんのような、あんまんのような……。

 

 

「ひっ……」

 

 

うん……あれ。どうしてナギが声を上げるんだ?

 

 

ふにふにっ

 

 

「んんっ……」

 

 

 二度目の声を上げたところで、ふと俺は思い直す。俺は今どんな状況なのかと。確か転びそうになったナギを守ろうとしてナギの前に割って入った。これは間違いない。そもそも転ぶことが分かった段階で何もせずに突っ立っている方があり得ない。

 

その後はそのまま倒れ込んできたナギを体全身を使って受け止める。ここに関しても問題はない。実際に俺の前にはナギがいるのだから、胸元に顔を埋めている状態のため、どんな表情をしているのかまでは確認出来ないけど。

 

で、他に思い当たるとすれば今の俺ナギの体勢について。体全身で受け止めたのだから、俺の体の中にナギが寄り掛かっている状態。反動で別方向に倒れないようにと手を背中に回して……。

 

回して?

 

 

ふにふにっ

 

 

「あんっ!」

 

 

色艶やかな悲鳴が三回続いたところで俺はようやく気付く、俺の右手は一体どこにあるのかと。左手に関しては受け止めた際に背中側に手を回したため、きっちりとナギの左肩まで手が届いている。だが問題なのは左手ではない、右手だ。

 

冷静に考えてみれば、俺は右手を右肩側に回した覚えはない。念のために右肩側を確認してみるも、やはり回してないものは回してない。

 

じゃあこの右手の右手はどこにあるのか。それに加えてこの柔らかい感触。

 

 

「……」

 

 

もしこの杞憂が外れてくれたらこんなに嬉しいことはないと思いつつ、視線だけを右下にずらしていく。視線の先に入ってきたのは何かを掴んでいる俺の右手、位置的には上半身か。俺が掴んでいる何かは形がグニャリとつぶれているようにも見える。はて、人間の体に掴んだら形が変形する部分なんて……。

 

 

「……え?」

 

 

一つだけ、ある。上半身にある女性特有のもの。おい、まさかこの右手が掴んでいるものって。

 

 

「……」

 

 

ナギの……。

 

 

「うわああああああっ!!? わわわわわわわわ悪いっ!!」

 

 

慌ててナギから離れる。何てことを俺はしていたのか、それも一度のみならず三回も。セクハラも良いところだ。

 

でも柔らかかった……じゃなくて!

 

離れた後、すぐさま体をほぼ直角に折り曲げての謝罪。人生でここまできっちりとした謝罪をしたことは一度もない。それでも自分がしたことは決してわざとじゃないにしても、相手に不快感を与えてしまったことに変わりはない。

 

許してくれるとは思わないが、謝らずにはいられなかった。しばらくの間、二人の間に沈黙が続く。ナギは当然のことながら恥ずかしげに俺から顔を逸らす。むしろこの状況で気まずくならない方がおかしい。

 

 

「……」

 

「あ、あの……その……ゴメン! 謝って済むようなことじゃないけど……本当にゴメン!」

 

「も、もう大丈夫だから。き、気にしないで」

 

 

大丈夫だと念を押されるも、逆にナギの言葉の全てが鋭いトゲとなり、俺の心に深く突き刺さる。助けたことが仇になるなんて思いもよらなかった。善意でやったことが悪意になるとか、泣きたくなってくる。ガックリと頭を垂れて凹む俺に、そっと声が掛けられる。

 

 

「……大和くんがワザとじゃないのは知ってるよ。私を助けようとしてくれたんだよね?」

 

「え……あぁ、まぁ」

 

 

元々下心があったわけでもなければ、狙ってやろうとしていたわけでもない。ワザとじゃないのはきっぱりと断言出来る。

 

 

「なら、私は大和くんのことを責められないよ。その……揉まれた時は、ちょっとびっくりしたけど……」

 

「うぐっ……本当にごめんなさい……」

 

「そ、そんなことより早く戻ろう? 授業に遅刻しちゃうから……」

 

「そ、そうだな」

 

 

 頭が上がらないとはまさにこの事。今の俺にはただ謝ることしか出来なかった。如何せん女性とのトラブルやハプニングとは無縁だったから、こんな時どう反応し、対処すれば良いのかが分からない。結局は気まずい状態のまま、中庭を後にする。時間もタイムリミットだ。ここでゴタゴタしていたらマジで間に合わなくなる。今の俺には黙ったまま教室に戻るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時まだ俺は知る由もなかった。

 

 

後にこんなことよりもずっと理不尽で、ふざけた出来事が起こるだなんて。


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