IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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本当の目的と一騒動

「よし、これで終わりだ。どうだ、一夏?」

 

「な、何とか……」

 

 

四苦八苦しながらも一日の予定を終えて、時間は放課後に移る。夕焼けが教室内を照らす中、俺と一夏は今日の授業の復習をしていた。

初日ということもあり授業内容に関しての復習はそこまで大したことは無かったものの、一夏が常識として知らなければならない知識まで復習をしていたため、かなりの時間を要した。

 

そして、ようやく終わった。終わると同時に、一夏は頭から煙をあげてぐったりと机の上に倒れこんだ。一気に膨大な量の情報量を叩き込まれたせいだろう、これを一週間続けて覚えさせるとなると勉強がトラウマになるんじゃないかと心配になる。

 

そもそも参考書を古い電話帳と間違えて捨てた一夏が悪いのだが、見放すなんてことは出来るはずもなく。こうして放課後まで復習に付き合っている次第。

 

それにこれは一夏だけじゃなくて、俺にとっても学習した内容を復習し直すいい機会になる。居残りしてても損はない。放課後とはいえ、既に一時間以上経っているため、教室に残っているのは俺と一夏だけだった。他のクラスメイトはすでに帰ったらしい。

 

……本当に帰ったのかどうかは知らないけど、今教室にいるのは二人だけ。外からは部活動に勤しむ声が聞こえてくるだけで、教室内は午前中の賑やかなものとは違って静かなもの。

 

俺は今日授業でやった一通りの内容を復習するだけでよかったが、一夏は今日の内容にプラスして遅れている参考書分の勉強をしている。そりゃ疲れるわけだ。

 

 

「これだけやったのに参考書が全然進んでねぇ……先が思いやられるな、これ」

 

「捨てちまったもんは仕方ないだろ。一応重要そうなところには印しつけてあるから、それを頼りにやるしかない。後、参考書届いても俺のを使えばいい。なんも書かれてない参考書なんて見てもなんのこっちゃってなるだろ?」

 

 

「うう、大和……お前本当にいいやつだな!」

 

「面倒見るって言っちまったからな……期待を裏切るなよ、一夏」

 

「あぁ、任せておけ!」

 

「ああ、良かった。お二人ともまだここにいたんですね」

 

 

 勉強も一段落し、そろそろ帰ろうかどうかと悩んでいるのを見計らったように山田先生が駆け込んできた。

 

自分が担当しているクラスなので来ても別段不思議ではないけど、俺たちに用があるっていうのがどうも気になる。一体どうしたというのか。

 

 

「山田先生……どうしたんですか?」

 

「いえ、お二人のお部屋のことなんですが……」

 

「部屋……ですか?」

 

 

一夏が意味深な顔をしながら首をかしげる。困惑する俺と一夏の前に山田先生は二つの鍵を差し出した。

 

あれ、やっぱ入寮って今日からだったのか? さっき一夏の話だと一週間は自宅通学だって言ってたみたいだけど。

 

 

「あれ? 確か最初の一週間は自宅通学のはずですよね?」

 

「はじめはそうだったんですけど……普通の生徒と勝手が違うので、ここに住んでもらうことになって無理矢理部屋割りを変更したらしいんですが……聞いてませんか?」

 

「いや、俺は聞いてないです。大和は?」

 

「俺は詳しくは聞いてないけど、一応荷物とかはまとめて寮に送ってもらったはずだから……」

 

 

 間違えさえなければ届いているはずだ。ただ確実かといわれるとはっきりと断言は出来ない。そんな俺たちに苦笑いを浮かべる山田先生。

 

俺はともかく、一夏の話を聞く限りだと全く引越しの準備をしていないみたいだ。

 

 

「一夏はなんも用意してないなら一度家に帰った方がいいんじゃないのか? 流石にそのままの格好でここに住むわけにはいかないだろ?」

 

「そ、そうだな。じゃあ今すぐ……」

 

「あ、織斑くんの日用品なら「もうすでに手配はしておいた、ありがたく思え」あ、織斑先生」

 

 

山田先生の後ろから現れたのは千冬さんだった。片手には男物のボストンバッグが握られている。

 

 

「ちふ……織斑先生。どういうことですか?」

 

「私がお前の部屋から必要品を持って来てある。着替えと携帯の充電器があれば問題ないだろう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 そう言いながら千冬さんは一夏にボストンバッグを手渡した。その手渡す時の音が軽いこと軽いこと、本っ当に最低限しかないのな。

これで一夏が今すぐ実家に戻る必要はなくなったわけだけども。んで、後問題なのは、俺の荷物がちゃんと届いているのかだけど……。

 

 

「あぁ、霧夜の荷物は午前中に届いたから、こちらで部屋まで運ばせてもらった」

 

「あ、どうもっす」

 

「今日はもう部屋に帰ってゆっくり休め。山田先生、キーを二人に」

 

「あ、はい。こちらになります」

 

 

 山田先生から俺達に部屋の番号が書かれた鍵が渡される。俺が手渡された鍵の番号は一〇ニ七と刻まれていて、一夏の部屋の番号は一〇ニ五と刻まれていた。

……ん、ちょっと待て。この学校って確か二人一組で部屋が割り当てられていたよな、何で俺と一夏の番号が違っているんだ?

 

普通男子が二人いるならこんな別の番号にはならないはず……

 

 

「あの、山田先生。俺と大和の部屋は一緒じゃないんですか?」

 

「確かに。何でです?」

 

「それが急遽部屋を用意したために、そうなってしまったんです。なので霧夜くんは一人部屋ですが、織斑くんは相部屋となっています。また部屋割りを調整するので、少し我慢してくださいね」

 

「はい、分かりました」

 

「えぇ!? 相部屋ですか!?」

 

「そうだ。ルームメイトにはくれぐれも迷惑をかけるなよ、織斑」

 

「は、はい……」

 

 

 千冬さんに釘を刺されて、シュンと小さくなる一夏。一夏が相部屋じゃなかったとしたら、俺が相部屋だった可能性もあったってことか。犠牲になった一夏の前であれだが、不幸中の幸いってやつだ。許せ。

 

 

「それと大浴場は使えないので、しばらくは部屋に備え付けのシャワーで我慢してくださいね」

 

 

 当然か、もともとIS学園は女性しか来ない場所なんだから大浴場も女性専用。つまり野郎である俺たちが入るスペースはない。

 

仮に入ったとして、そんな光景を生徒に見つかった時点で退学。最悪牢屋行きが確定する。この分だと、男性用のトイレっていうのもないんだろう。しばらくは生活しにくそうだ。

 

 

「え? 何でですか?」

 

 

一夏……さすがにそれはジョークだよな?

 

まさか進んで犯罪行為に走ろうとしているんじゃないだろう?

 

 

「お前は女子と一緒に入る気か? まぁ行くんなら俺は止めないぞ、ただ俺は無関係だからな」

 

「お、織斑くん!? だっ、ダダダダダメですよ!?」

 

「あっ、いや違うって! 流石に女子とは一緒に入りたくないから!」

 

「おい、その言い方は誤解されるぞ一夏」

 

「えぇ!? 織斑くんって女の子に興味がないんですか!? そ、それじゃそれで問題が……」

 

「あっ!? いやいやいやいや違います! 決してそんな訳じゃ!」

 

 

 山田先生……ずいぶんと話が飛んじゃったけど、一夏も一応男なわけだしそれ相応の性に関する興味はあると思います。

 

一夏の一言でもうめちゃくちゃだ。山田先生は別世界にトリップしちまってるし、一夏は一夏でそんな山田先生を必死に説得している。千冬さんは止めるのもめんどくさくなったのか、やれやれといった鬱陶しそうな表情を浮かべるだけだ。

 

そんでもって極めつけは……

 

 

 

「お、織斑くん。もしかしてそっちの気が……」

 

「ちょっと待って! そういえばさっき織斑くん、霧夜くんと握手してなかった!? あれって別の意味があったんじゃ……」

 

「大至急二人の中学時代の友人関係を洗って! すぐに! 情報ソースは徹底的に活用して!」

 

「ふふっ……優しそうな織斑くんと、霧夜くん……ぶはっ!」

 

「ちょっ! 何を想像したのこの子!?」

 

 

 どうやら俺が生徒は全員居なくなったというのは盛大な勘違いだったみたいだ。聞き耳を立てられていたせいで、当事者は一夏のはずなのに何故か俺にまで飛び火してる。

 

――――何これ? 入学初日から○○疑惑をかけられるわ、午前中はイギリスの代表候補生に絡まれるわ、一夏は参考書を捨てるわ。もう散々だ。ってか問題の半分以上が一夏が絡んでいるじゃねえかこれ。

 

……いいや、もう帰ろう。このままいたら被害がさらに拡大するだけだ。

 

 

「織斑先生、俺は先に帰ります。荷物が届いているなら、それを整理したいですし……」

 

「ん、そうか。さっきも言ったと思うが今日はゆっくり休め、初日で疲れているだろうからな」

 

「ありがとうございます……一夏、帰るぞ」

 

「え、あ、ちょっと待て! すぐに準備するから」

 

 

 

慌てて帰り支度を始める一夏、今日という日はまだ終わりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一〇ニ七号室……ここか」

 

 

無事何事もなく寮につき、鍵番号と部屋番号が一致しているかを確認。どうやらここが俺の部屋らしい。

 

部屋を一つ挟んで一夏の部屋がある。一夏も自分の部屋だと確認したようで、俺の方を眺めていた。

 

 

「よう一夏、じゃあまた後でな」

 

「ああ! 夕飯の時にまた呼びに行くからな!」

 

 

一夏の言葉を確認すると、俺は自分の部屋の鍵を回して部屋の中に入った。

 

 

「……なかなかいいところだな」

 

 

 部屋に入った第一印象がそれだった。素直にいい部屋、というか学生には本当にもったいないくらいだと思う。入口すぐ右側にはキッチンがあった、しかもIHの最新型。

 

部屋の先に進んで行き大きく開けた場所には大きなベッドが一つ、机にはディスプレイ付きときたもんだ。ベランダ手前には花が飾ってあっておしゃれな感じを醸し出している。

 

そして部屋の隅々まで掃除が行きわたっており、部屋はほぼ新築同然。……正直ここで一生生活できるんじゃねって思うのは俺だけじゃないはず。

 

とにかくそんな充実した設備の中でも俺の目にすぐに止まったのはベッドだった。綺麗に敷かれた敷き布団とフカフカの掛け布団。座ってみると分かるが、弾力はばっちり。

 

すぐにでも横になりたいし、なれる条件はそろっている。ただこの状態で寝ると、朝までコースまっしぐらなのは間違いないため、再びベッドから起き上がる。

 

とりあえず俺が送った荷物の確認だ。

 

 

屋隅にある四つの段ボールから衣類関係の段ボールを探し出し、その箱を開ける。仮にも本来は女性が住む寮なわけで、当然だが自分の身だしなみっていうのはいやでも周りに見られる。

だから部屋着も当たり障りのないようなものを選んできたつもりだけどどうなんだろうか、まだ誰にも見られてないから何とも言えない。

 

自分で言うのもなんだけど悪くないと思う。つってもジャージのような服装だけど。

 

部屋着と外出着を複数持ってきたが、季節的に春物が多い。だからどっかで夏物を買いにいかないといけないわけだが……正直俺から見た似合う服っていうとやっぱ選ぶのが難しい。こういうのは誰かに見てもらった方が選びやすいし、特に女性なら的確なアドバイスを送ってくれる。

 

……早めに女性の友達、作らないとな。

 

 

とりあえず着替えよう。いつまでも制服を着ていると学校気分が抜けない、さっきも言ったと思うけどONとOFFの切り替えはしっかりしたいんだ。

 

上着を脱いで黒のタンクトップを着て、上下を白い線の入った黒のジャージに変える。寮の中はそこまで寒くないため、ジャージの上着は脱いでもいいのだが、男のタンクトップ姿ってそうそうみたいモノでもないと判断して脱ぐのはやめた。よし、これで問題はないはずだ。

 

荷物の整理は夕食後にしようか、今はとてもする気にはならない。

 

俺は大の字になってベッドの上に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上に寝転びながら、今日一日の学生生活を振り返ってみる。ホームルームの時間の視線攻撃をはじめ、イギリスの代表候補生にも絡まれたっけ。その後の授業は一応無事に終えることが出来たものの、今残っているのは充実感ではなく疲労感だった。

 

 

 

「………織斑一夏」

 

 

対象の名前を呟きながら、俺はまぶたを閉じて喫茶店での出来事を思い返す。

 

―――――俺がここに来た目的。それはISを操縦できる男性だから。

 

確かに一つはそれだ。だがもう一つ、別の目的がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もう一つの目的、それは『織斑一夏を護衛すること』。あの後、喫茶店では千冬さんに一夏の護衛を依頼された。もちろん千冬さんは有償で提案した。

 

護衛の重要度によって受けるか受けないかを決めるのが霧夜家のしきたりだ。当然いくら資金を積まれても重要度が低ければ断るし、資金が仮に少なかったとしても重要度が高ければ受ける。それは代々続いている決まりだ。決して俺個人の独断と偏見によるものではないことだと先に言っておく。

 

ただもう一つ、俺が当主になってから依頼を受けるか受けないか決めるための物差しを決めている。それはクライアントが如何に護衛対象を大切に思っているか。そして逆にその護衛対象が周りにどう思われているか、だ。

 

 

 

 

 

 

 

「かけがえのないたった一人の大切な家族だから、か」

 

 

 

 

 

 

 

引き受ける理由など、それで十分だった。

 

千冬さんは今では第一回モンド・グロッソの総合優勝を果たし、ブリュンヒルデの称号を手にした。だが突然、国家代表を引退して表舞台から去った。その理由はなぜか。

 

事は第二回のモンド・グロッソ決勝戦の日にまでさかのぼる。

 

決勝戦までの予選を圧倒的な強さで勝ち進みんだ織斑千冬。世界中の誰もが織斑千冬の大会二連覇を信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――しかし決勝戦当日、彼女が会場に現れることはなかった。

 

決勝戦を棄権し不戦敗となり、第二回モンド・グロッソの連覇を逃したことは大きな話題となった。だが、それは表向きの理由だ。

 

何故誰も棄権した理由を突き詰めなかったのか、棄権するならそれ相応の理由があったはずなのにだ。

 

 

 

 

 

 

 

――――そう、棄権した本当の理由。

 

当日に弟である織斑一夏が、正体不明の謎の組織に誘拐されていたからだ。

 

一夏を助けるために決勝戦を棄権し、ドイツ軍独自の情報網から一夏の居場所を特定、そして無傷で救出した。

 

仮にも無傷で救出できたから良かったものの、もし少しでも遅れていたら一夏はどうなっていたか分らない。

 

千冬さん本人も今でこそ気にしてはいないものの、心に大きな傷をおっていた。

 

だからこそ俺に依頼した。

 

自分の今の立場では一夏を守り切ることは出来ない、だから力を貸してほしいと。たった一人の弟を、絶対に失いたくないと。

 

頼む千冬さんにIS学園の教師としての顔は無かった。そこにあったのは一人の弟の身を案ずる姉の顔だった。

 

 

 

 

――――凄く似ていた。

 

千冬さんと千尋姉の姿がだぶって見えた。何でか分からないけど、何故かダブって見えた。

 

一夏の護衛を俺は無償で受けることにした。今まで仕事を受けてきた中で、何人もの人間を護衛してきたが、護衛の目的がほとんど金ぐるみのため。

 

人間を対する大切に思う気持ちなんてものはなかった。人を思う気持ちも、金さえあればどうでもいい。そんな考え方しかしない人間ばかりだった。

 

心の底では仕事だと割り切っていたものの、受けたいと思う仕事内容ではない。断れるのなら断りたいほどにだ。

 

肉親を大切に思ってくれる気持ち、それがどれだけ温かいものかはよく分かる。それがたった一人の肉親だとしたらなおさら。

 

 

 

 

一夏がさらわれた事実、それを知っているのは千冬さんと当事者の一夏だけ。誰にも知られたくない事実を俺にわざわざ話したということは、千冬さんにもそれだけの覚悟があったということ。

 

事件が起きたのが決して昔じゃないことを考えると、このIS学園にいる最中も一夏が狙われない保証はない。

 

 

「弟思いの姉か……一夏も幸せ者だな」

 

 

 家族が大切と言われると当たり前のようにも聞こえるけど、実際に心配しているところを見ると本当の意味で家族は良いものだと思える。

 

俺にとっても家族は大切だし、数は多くないけど友達もいる。心の底から大切だと思える人間がいる。それだけで理由なんか十分だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~……」

 

 欠伸がだらしなく漏れないように、口元を手で押さえる。それにしても一夏のやつは、何をやっているのか。荷物置いたらすぐに呼びに行くみたいなこと言ってたくせに、ちっとも来る気配がない。

 

寝転がっているから徐々に睡魔というものが押し寄せてくる。人間は人生の大半を睡眠で過ごすし、人間で一番強い欲は睡眠とも言われる。だから俺の優先順位が食欲よりも睡眠欲に傾きかけている。

 

すぐに寝るかと言われればそういうわけでもないし、廊下の外のにぎわいが止まないことには。

 

ってそういえば……。

 

 

「さっきから、やけに廊下が騒がしいな」

 

 

 先ほどまでは静寂に包まれた廊下だったのに、今では扉を閉めているにもかかわらず、人だかりが出来る音が聞こえてくる。物思いに更けていて何も気がつかなかったけど、いざ無心になると周囲の音がはっきりと聞こえてくる。音からして、結構な人数がいるはずだ。

 

時間的には夕食の時間だし、うるさいのは移動している音が聞こえるからか。なるほど、それなら納得。

 

聞こえてもおかしくない音だと判断し、特に気にすることなく再び目を瞑った。

 

 

ダンダンダンダン!!!

 

 

「うわっ!?」

 

 

……騒音に変わらなければだけどな。

 

賑やかだなと思えば、今度は俺の部屋のドアをぶち破ろうかというほどの凄い勢いでノックされる。音からしてノックした人物は相当慌てているのか、ノックは優しく二、三回という常識を忘れていた。まるで敵にでも追われているかのように。

 

ダイナミックお邪魔しますってか。やめろ、人の部屋のドアを勝手に壊さないでくれ。

 

 

無視しようかと思ったがドアが壊れて、千冬さんの出席簿アタックを食らうのは勘弁なので、ドアを開けようと入口に近寄る。

 

 

「誰だ?」

 

「大和! 俺だ、一夏だ!」

 

「一夏?」

 

 

 盛大にドアノックをかましてくれたのは一夏だった。慌てている理由がどんな理由にせよ、この状態では何も把握することは出来ないため、ドアを開けてみる。

 

 

「や、大和! 助けてくれ! 箒が!!」

 

「あ、そう。じゃっ」

 

「ちょっと待てえ!!」

 

 

篠ノ之の名前が聞こえた瞬間に女性がらみのトラブルだと判断した俺は、身を翻して部屋の中に戻ろうとする。しかし逃げようとした俺を、自分の身体をドアの隙間に挟んで、何とか俺を止めようとする一夏。

 

 出会いがしらの表情で何となくやらかしてしまったってのが分かったから、逃げようと思ったんだけど……うまくドアに自分の身体をはさんで閉じれないようにしてしまったために、俺は部屋に入ることが出来ない。

 

それほどマジで慌てているってことか、一体何をやらかしたんだ。

 

まぁあれだ、話くらいは聞いてやってもいいか。でも今日これで何回目だろうか、一夏関連のトラブルは。こんなん毎日起こってたら正直たまらん。

 

 

このまま閉める動作を続けていたら一夏の胴体に青あざがつくのは避けれないため、力を込めるのをやめて詳しい話を聞くために外に出る。

 

 

「あ、霧夜くんだ!」

 

「えーここが霧夜くんの部屋なんだー!」

 

「今度遊びに行っていいかなー?」

 

 

 部屋着に着替えた女性陣が一夏を取り囲むように包囲していた。しかもみんなずいぶんきわどい服装のために、目線を別の場所にそらす。

 

周りにいる女性陣のほとんどがどこか体の一部を露出しているという、極めてラフな服装で、目のやり場に困る。

 

女性しかいないというのはあくまで去年までの話で、今年からは男性が二人いるんだからもう少し普段着を選んでほしい。着ちゃいけないとは言わないけど、やっぱりなぁ。

 

……とりあえず今はそっちのことを気にしている暇はない、一夏の話を聞くのが先決だ。

 

 

 

 

「んで、篠ノ之がどうしたって?」

 

「と、とにかく来てくれ!」

 

「……マジで何やらかしたんだ」

 

 

一夏に言われるがまま後をついて行く。そして一夏の部屋の前に立つと、思わずその表情が引き攣った。

 

 

「うわぁ……何だこれ」

 

 

そう声を上げるしかなかった。俺の目の前には刀のようなものでメッタ刺しにされ、無残な姿に変わり果てたドアがあったからだ。

何をどうすればこんな穴が出来るのか、不思議でならない。穴の個所は六ヶ所、周りにひびが入ることなく綺麗に開けられている。

 

穴の大きさからして刀状の何かでぶち破られていることが分かった。……刀状、ねぇ。木刀か竹刀あたりだろうけど、ここまでやるものか。

 

逆によく一夏も無事だったなと、感心してしまう。一夏に問題を聞くのも野暮だし、部屋に押し込んで二人で解決させればいいか。

 

俺は穴あきだらけのドアの前に立つと、そのままノックした。

 

 

「―――誰だ?」

 

「俺だ、大和だ」

 

「何故お前がいる。一夏はどうした?」

 

「ここにいるぞ。このままだとこっちも迷惑だから、さっさと二人で解決しな」

 

「分かった。入れ」

 

 

返ってきたのは怒りがこもった声だった。

 

ガチャリ、とドアが重い音を立てて開かれる。ドアの先には袴を纏った篠ノ之がいた。ものの見事に目を吊り上げて、苛立ちを隠そうともしない篠ノ之だが、話があるというと素直にドアを開けて、俺と一夏を招き入れようとする。

 

そして篠ノ之の右手には木刀が。いや何処の武人ですか、人を招き入れるのに右手に木刀持ったままで迎えるなんて聞いたことないぞ。

 

とりあえず部屋には入れてくれることになったわけだし、一夏の後ろに回り込んでその背中をグイグイと押してやる。

 

 

「ほら、一夏。さっさと入れよ」

 

「あ、あぁ……大和は?」

 

「だーかーら、俺は今回のことに関しては無関係。当事者間で解決しな。俺がここにいても何も出来ん。それに……」

 

 

実際に俺が立ち会っても意味がない。しかも俺がいては二人は遠慮してしまい、腹を割って話すことなんて出来ないはずだ。

 

……それに、邪魔者はサッサと撤収ってな。

 

 

「……?」

 

 

篠ノ之の顔をちらりと見つめる。

 

 

「二人っきりの方が、篠ノ之もいいだろ?」

 

「なっ!?」

 

 

図星なのか、顔を真っ赤にする篠ノ之。きっかけは作ってやったんだ、後は二人で解決してくれ。それ以外俺には何も出来ない。

 

 

「じゃあな。俺は先に食堂に行ってる」

 

「え? わ、分かった」

 

 

ポカンと口をあける一夏に一言先に行くことを伝え、部屋のドアを閉めた。後は二人が何とかするのを祈るばかり、俺はサッサとここからお暇するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねー霧夜くん、ここって織斑くんの部屋なの?」

 

「何で一緒の部屋じゃないのー?」

 

「一緒にお話ししようよー!」

 

「写真撮らせて―!」

 

 

 

……後はこの女の子たちをどうするかだよな。後最後の子、無断で撮影したらだめな。盗撮、ダメ。絶対

 

 

 

さて、篠ノ之と一夏の問題は一段落ついたけど、こちらの問題は全くついていないわけで。かといって一人一人の質問に丁寧に答えていたらどれだけ時間をとられるか分らない。ちょっとやそっとのことじゃ道を開けてくれなさそうだし、この子たちが一瞬でも目をさらせる言葉があれば良いんだけど。

 

普段あまり使うことがない脳をフル回転させ、何をすればここから無事に、そして完全にまくことが出来るのかを考えていた。別に話すのが嫌じゃないけど、時と場合と人数による。時間的には問題ないけど、人数が問題あり、幾らなんでも多すぎ。

 

何でもいい、とりあえず一瞬でも気が引けるモノや事、そして言葉……言葉!?

 

言葉という言葉で名案を思いついた俺は、早速その作戦を実行した。

 

 

 

「あっ、あそこに織斑先生が!!」

 

 

 この学園では最も有名な人間の一人である千冬さんの名前を叫びながら、反対方向の通路を指差す。もちろん千冬さんがいるはずがなく、あくまで振り切るためのフェイクだ。嘘をついたことに対し申し訳ない気分になったが、その効果は抜群だった。

 

 

「えっ、嘘!?」

 

「どこどこ!?」

 

 

予想通り、女の子たちは指さされた方向に俺以外の全員が一斉に振り向く。振り向いたことで視線が俺から外れた。この場を去るのなら今しかない。

 

そう認識した俺は、一気にその場を離れる。俺が指差した先に千冬さんがいないことが分かると、女の子たちは俺がいたところに視線を戻す。しかしそこにはすでに俺の姿はない。そこで初めて気がつく、一杯喰わされたと。

 

誤魔化されたことに気がつき、俺の方に向けてやや不貞腐れた声が飛んできた。

 

 

「ちょっ! 霧夜くん!?」

 

「ぶー! 逃げないでよー!」

 

「折角お近づきになるチャンスだったのにぃ!」

 

 

 顔だけ後ろを振り向きながら女の子たちの様子を確認する。案の定、頬を膨らめて拗ねる子や、両手を握って万歳するように上に伸ばす子など、三者三様の表情をしていた。そんな表情を浮かべる子たちに申し訳ないと思いつつ、俺は声を発する。

 

 

「ごめん、また今度! ちょっと急いでいるんだ!」

 

 

 

声をかけた後、納得してくれたかどうかは分らないが、俺の後を追いかけてくる子はいなかった。追ってこないことが分りつつもしばらくは小走りを続け、先ほどの現場から距離をとった。

 

最初の曲がり角を曲がったところで、その足を止める。少し悪いことをしちゃったかな……でもさすがにあそこで全員を相手する自信はない、そこだけははっきりと言える。無理。

 

また今度時間がある時に話は受け付けよう、もちろんさっきよりも少ない人数だけど。

 

 

 

ひとまずその場で一息つき、自分の目的が何だったのかを思い出す。バタバタし過ぎたせいで何しに行くのかを忘れかけていた。

 

完全に忘れた訳ではなかったため、数秒も経たずに食堂へ行くことだったと思い出す。というか食堂に行くだけだったのに何この疲労感?

女の子に話したり、対応したりするのってこんなに大変なことだったっけか。

 

学校で山場を越えると思ったのに、休める場所であるはずの寮までこうだとどこで一息つけばいいんだろうか。本気の本気でこれからが心配になってきた。

 

 

色々心配だけど、いつまでもウダウダ考えても仕方ない。結局慣れろってことだ、腹を括ろう。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと道草食っちまったけど、食堂に行くか……」

 

 

今一度気分を入れ替え、目的地である食堂に向けて歩を進めた。

 


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