IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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大和の思惑

 

 

 

「お、お前何処に隠れてたんだよ!?」

 

「何ってベッドの下だぞ? 嫌な予感がして案の定隠れてみれば……人のこと売りやがって」

 

「そ、そんなつもりじゃねーって! し、仕方なかったんだよ! こうでもしねーと……」

 

「おっと、それ以上は言わなくても分かってるって。事情は分かっているから安心しろ」

 

 

 凄まじい数の足音と、あれだけの轟音を撒き散らしてくればさすがにただ事じゃないのはすぐに分かった。念のためとはいえ、ベッドの下に隠れて正解だったかもしれない。

 

ただ自分が同学年の生徒から標的になった……という意味では完全なハズレだけど。それでも一夏なりにシャルルを守ろうと思っての言葉だったんだろう、こればかりは仕方無い。最悪追いかけられたら逃げるか、やんわりと断れば良い。

 

ベッドの下から脱出した後に、入り口の扉を閉めるとワイシャツについたホコリを軽くはらう。

 

 

「ち、ちょっと一夏! あたしと組みなさいよ! 幼馴染みでしょうが!」

 

「鈴さんあなたは二組でしょう!? 一夏さん、ここはクラスメートとしてわたくしと!」

 

 

怪我をしている人間が何をいっているのか。痛む体を無理矢理起こし、一夏に詰め寄ろうとする。それとセシリアその言い方はなにげに酷いぞ。さらっと二組だから一夏と組む資格はないって言ってるようにも見えるし。

 

鈴は言われたことを大して気にしていないから一夏のことに夢中なのか、それとも単純に気付いていないのか。はたまたどうてもいいと思っているのか、いずれにしてもまぁ気にして無いなら良いかもしれない。

 

さて、とにかく俺はいつまでもここにいる時間は無いし、他にもやることがあるから先に寮へと戻るとしよう。セシリアも鈴も怪我自体はそこまでひどい訳ではないし、一日ゆっくりしていれば痛みは無くなるだろう。

 

ただトーナメントに出れるかどうかは微妙だろうな。ボーデヴィッヒの攻撃でIS自体がかなりダメージを負っているし、下手に無理をさせて稼動しようとすれば後々の致命的な欠陥に繋がるかもしれない。

 

おそらくは学園側からストップが掛かるハズだ。各国のお偉いさんなんかもくるし、アピールにとっては絶好の機会ではあるが、二人にとって今は無理するような時期じゃない。一回のアピールが無くなったからといって、それで二人の評価が下がるわけでもなければ、代表候補生を下ろされるわけでもない。

 

むしろ無茶をして機体を再起不能にするようなことがあれば、そっちの方が大問題だ。実力としては二人ともトップクラスの実力を持っているのだから、一回のアピールがなくなったところで問題はない。

 

 

「盛り上がっているところ悪いけど、まだ課題も終わってないし俺は先に帰るぞ」

 

「あはは……今日の夕食は誘わない方が良いかな?」

 

「あぁ、とてもじゃないけど終わりそうにないしな。そうしてもらうと助かる」

 

 

俺としてもやることが多々残っている。鷹月に呼ばれて課題を途中にしたまま来たせいで、まだ半分くらいやる部分が残っている。調べなければならない部分は先に片付けたから、後は手持ちの参考書だけで何とかなるはず。

 

もし参考書で何ともならない時は……その時考えよう。今からネガティブになったところでどうしようもないし。課題が片付くわけでもないしな。

 

 

「あ、大和くん。それなら私も……」

 

「うい、じゃあ帰るか。後はシャルルに任せたぞ」

 

「うん。それじゃあまた明日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室を後にし、二人ならんで通学路を戻る。この光景は何度もだろうか、もう幾度となく繰り返しているかのようにも思えた。ふと、ナギの横顔を見る。アリーナで確認した際は特に怪我は無いように見えたけど、本当に大丈夫なのかが気になる。

 

 

「あー……その、何だ。体は大丈夫か?」

 

「え? うん。特に問題はないと思う。そんなことより大和くんこそ……」

 

「あぁ、これか。血こそ出るけど傷は深くないし、一日二日すれば治ると思う」

 

 

俺の右手を指差しながら心配そうに尋ねてくるのを見ると、どうにもこちらが申し訳なくなってしまう。

 

大体の人間は、俺がボーデヴィッヒの一撃を無理して受け止めて怪我をしたと思ってはいるみたいだけど、本音を言えば自分が理性を失いそうになるのを防ぐために必死に刀を握っていたから。

 

……なんて、格好悪くて言えやしない。

 

どれだけ自分を抑えきれないのかと言われれば、俺はぐぅの音も出なくなる。それでも耐えなければならないと本能がそう悟った。如何に憎い人間であろうと、暴力で解決していたら結局はまた恨みを買うだけだ。どこかで誰かが歯止めをかけなければ、それは永遠に続く。

 

もちろん、ボーデヴィッヒの行為を俺は完全に許した訳じゃない。それでも詫びようと思うのであれば、それはそれで俺は謝罪として受け止める。セシリアの件だって別に引きずってはいないし、本気で謝罪があるのなら俺は構わない。

 

ただ今回の場合、謝罪してくるようには思えない。本人がどう思っているのかは知らないが、俺が根本から教え込んだところで、自身で認識を改めない限り、変わることはない。俺がいくら一夏に手を出すのは止めろと言ったところで、ボーデヴィッヒの中で根本が変わってないのだから、同じことを繰り返すだろう。

 

とにかくボーデヴィッヒのプライドを一回、完膚なきまでにへし折る必要がある。

 

……敗北、という形で。

 

 

「また……無茶しようとしてない?」

 

 

俺の言うことがあまり信用ならないらしい。

 

無理もない、ここ最近ナギの目の前でやっていることが大概信用を失うようなことだし。今回の出来事しかり、昼休みの出来事しかり。

 

普通に考えてIS相手に近接ブレード一本、更に生身で挑むなんて馬鹿げてる。

 

心配かけさせたくないと言って早々、心配かけるようなことをしている時点で信用なんか無いも同然。純粋な瞳で見つめられると、下手に誤魔化したところで俺の罪悪感が強くなるだけ。かといって正直に言うのも気が引ける。

 

 

「無茶か……どうだろう。何処からが無茶なのか、正直良くわからないな」

 

 

それは俺の本心でもある。無茶の定義は人によって曖昧だから。皆が無謀だと思えばそれは無茶になるんだろうけど、本人がそう思わなければ無茶ではない。命を張ってでも守ろうとすることが、皆にとっては無茶という認識になるんだろう。

 

仕事としてはこんなもの無茶でもなんでもない、当たり前のことだ。それでも一般世間の常識と、仕事の中での常識は大きく異なる。護衛なんて仕事は傭兵や軍隊と同じで、いつ何処で命を失うか分からない。

 

命の危機にさらされる状況、それは総じて一般世間では非常識、非日常なんて言われることもある。でも裏仕事としての認識では常識になる。

 

そうは言っても、ナギとしては俺を危険な目に会わせたくない。危険にさらしたくないのが本音なのは分かる。二人で出掛けた際に泣いて懇願された時は、本気でどうしようかと考えた。

 

……それでも、俺は今の仕事を辞めるわけにはいかないし、辞めるつもりもない。

 

自らが進んで選んだ道、信念を曲げるようなことはしたくない。

 

 

「それでも、あの時危害が及んだって知らされた時は、流石に我慢出来なかった……俺にとってはナギも皆も、大切な存在だから」

 

「……」

 

「得体の知れない俺にも、今までと変わらないように接してくれる。俺としても、これほどに嬉しいことはないよ」

 

「……うぅ」

 

「……顔を赤くされると、俺まで恥ずかしいんだけど」

 

「そ、そう言われても」

 

 

ほんのりと赤面させる姿に、淡々と話す自分が恥ずかしくなってくる。もし人が居ないところで俺が今の言葉を延々と話していたら、完全な中二病扱いだ。その内大切な人へ向けたポエムとか書き出したりしてな、そこまで来たらもう末期だろうけど。

 

あまりこの内容について語ったところで埒があきそうにないから話題を変えよう。何か話題は……。

 

 

「そ、そういえば大和くんはタッグトーナメントのペアってどうするの?」

 

 

幸いなことに、ナギの方から話題を振ってきてくれた。そういえばトーナメントのタッグ制になったのはついさっきだし、まだどうするかなんて一切決めていない。一夏はシャルルとペアを組んだわけだし、この学園に在席している男子でフリーなのは俺だけ。

 

おそらくは一夏やシャルルみたいに人が殺到することはないとは思うものの、保健室のシチュエーションを想像すると背筋が凍る。大多数が一人の人間を囲う状況を考えてみれば分かるだろう。俺だったらその場から全力疾走で逃げたくなる。もしペアを組まなければ自動抽選でペアも決まるわけだから、それを狙っても良いかもしれない。

 

あまり知り合いだけで組んで仲良しこよしになりすぎるのも問題だし、力のある人におんぶに抱っこじゃ実力の向上など望めない。逆にセシリアと鈴が組むと、今度は他の生徒との実力差が大きく開いてしまう。

 

そうなるともはや代表候補生の独壇場になってしまうから、タッグトーナメント自体の意味合いが無くなる。抽選であればいくら抽選とはいえ、それなりの配慮はあるだろうし、実力が変に偏ることも無さそうだ。

 

 

「まだ決まってないな。ただ俺としては抽選でも良いんじゃないかって思ってる」

 

 

最終的にタッグトーナメントになるのだから、誰かしらとペアを組むことになる。なら先に誰と組むかを決めるより、抽選で選ばれた方が俺としては気が楽だ。連携を考えると先にペアを決めて練習した方が良いかもしれないが、ぶっつけ本番でどれだけ自分の実力を出せるか、相手と連携が取れるのかを試したいなら答えは後者になる。

 

仮に俺が組むとするなら誰だろうな……うん。実は組むとしたら誰にするかは決まっていたりする。

 

 

「そうなんだ……」

 

「ちなみにナギはもう決まっているのか?」

 

「うん。実は通達が来た時に部活の子から連絡が来てて……」

 

「へー、皆行動早いんだな」

 

 

 ペア決めは既に結構進んでいるらしい。普通に考えればペアを組むなら仲が良い人と組みたいし、仲が良い人なら下手に気を遣わなくても良い。気楽っちゃ気楽だ、むしろその方がやり易いだろう。

 

生徒たちの行動の早さに思わず関心してしまう。

 

 

「ま、俺は俺のペースでやるよ。慌てて決めたところで良いことなんか何もないし」

 

「……」

 

「あ、あれ……どうした?」

 

「……むぅ、何でもないよ」

 

 

俺が何か気に触るようなことを言ってしまったのか、俺がふと気付いてナギの顔を見つめると、不機嫌な表情を浮かべたナギの姿があった。知らず知らずの内に適当なこと言って、実は怒らせていましたじゃ話にならないぞこれ……一体どこにナギを不機嫌にさせる要素があるのか、全く分からない。

 

下手に聞き返しても墓穴掘りそうだし、聞き返さずにおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ」

 

 

不意にナギが前を見つめながら声をあげ、その場に止まった。進行方向は前なのだから特に問題はないのだが、視線は一点を見つめたまま全く動かない。それどころか先ほどよりも顔色が悪くなっているようにも見える。ずっとナギの横顔ばかり見つめていた俺は、ワンテンポ遅れて前を見る。

 

 

―――視線に入ったのは風に靡く銀髪、無造作にセットされているにも関わらず、毎日手入れをしているかのように髪はサラサラだった。一際小柄な容姿から醸し出される他の人間とは似て非なる雰囲気。圧倒的な存在感の中に感じる寂しさ、孤独感。言葉で表すのなら孤高の花とでも言うべきなのだろうか。

 

忘れようにも忘れられない、明確な敵意を持った瞳がじっとこちらを射抜く。厳密に敵意を向けられているのは俺の方で、ナギに対してはその敵意は向いていない。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

アリーナでの一件を知っている人間にとっては、最も会いたくない人物でもあるだろう。誰に対しても低姿勢で、分け隔てなく接するナギでさえ顔がひきつっている。

 

 

「ふん、トーナメントが近いというのに、女を引き連れて遊び呆けているとは良い身分だ。少しはやる奴だと思ったが、私の見る目が無かったな」

 

 

失望したかのように吐き捨てるものの、俺からすればお前が言うかって感じだ。俺の中ではアリーナでの一件については既に、自己解決している。あの時は頭に血が上って本能赴くままに行動したが、もう今となってはやり返そうとまでは思わない。

 

開口早々毒をはいてくるボーデヴィッヒに呆れつつも返事をする。

 

 

「はぁ、お前はもう少し口の聞き方を覚えろよ。言うこと全てが喧嘩腰って……選ばれた人間にでもなったつもりか?」

 

「だからどうした? お前たちと私とは違う。ISをファッションや遊び道具程度にしか思ってない生徒が、私と対等になったつもりでいるのか? つくづく笑わせてくれる奴らだ」

 

「こりゃ重症だな……」

 

 

口から出てくるのは諦めからくる深いため息。会話のキャッチボールがコミュニケーションの土台だと教えられることが皆あったと思う。コミュニケーションの大切さを教えるのは幼稚園や保育園時代には教えるし、教えなくても集団生活を送っていれば、ある程度までは身に付くものになっている。

 

ボーデヴィッヒの場合はコミュニケーションのその土台がまず出来ていなかった。千冬さんに対しての受け答えは正常だとしても、他の人間に対しての受け答えがままならないのなら、コミュニケーション能力が著しく劣っているとしか言いようがない。

 

前例を見たことがあるせいか幾分まともに見える。しかし根本は一緒で、取りつく島もない。俺たちに向けられる言葉の全ては上から目線による喧嘩口調のみ、毎日罵倒され続ければ気が狂いそうだ。あいにく俺は罵倒されて喜ぶような性癖でもない。

 

何とか会話をしようにも向こうが拒絶しているせいで、会話が続かない上に成り立たない。

 

どうしろというのか。

 

 

「お前なぁ、全く関係ない人間を傷付けて良く平常心でいられるな。ある意味感心するよ」

 

 

静かな口調の中に皮肉を込めてラウラへと伝える。こんな下らない挑発に乗ってくるとは思わないが、乗ってくれたらそれはそれで儲けだ。実際開き直っている時点で、ボーデヴィッヒには罪悪感が無いんだろう。巻き込まれたナギを見てなお、謝罪の一つもない。

 

そういうタイプの人間だからと言われればそうかもしれないが、時と場合や程度にもよる。ここは明らかに謝るべき場所なのに、謝るどころか寧ろ開き直っている。ここまでくると誰かがいくら怒ったところで変わらないし、気にしていないのであれば下手に刺激しても仕方ないか。

 

 

「はっ下らん。そもそも貴様らはISに対する考えが甘い。仲良しごっこする暇があるのなら、少しくらいISについて勉強の一つでもしたらどうだ?」

 

 

やはりこちらの挑発には乗ってこない。多少なりとも耐性がついているんだろう。表情一つ変えず、涼しい顔で俺に返してくる。隣にいるナギはいつの間にか俺のすぐ横にまで近寄り、左手の袖口を掴んでいる。

 

ここに居たくない無言で俺に対してそう訴えているようにも見えた。

 

一人ならいくら時間かけようにもなんともないが、流石に誰かがいるとあまり時間は掛けられないようだ。さっさとこっちの用事を片付けよう。探そうと思っていた矢先に向こうから来てくれた訳だ、これを利用しない手はない。

 

あまりこの手は使いたくなかったが、今別の方法を考えたいる時間が惜しい。

 

 

「ISの勉強ね……そんなことよりもまず欠如した一般常識の勉強をした方が良いと思うんだがな」

 

「……っ!?」

 

 

ほんの一瞬ではあるが、ボーデヴィッヒの表情が歪む。眉がぴくりと動き、明確な感情の変化が見てとれた。どんなに優しい人だって自分のことを何度も罵倒され続ければ怒る。仏の顔も三度までというように、どこかで必ず感情は爆発する。

 

ボーデヴィッヒは決して我慢強くない。自分や千冬さんに関することで悪く言われると、カッとなる性格なのは分かっている。

 

もう一押しだ。

 

 

「ま、そもそも一般常識なんて勉強するものじゃないし。どうやらどっかの誰かさんがいたところの上官は、そんな当たり前のことも教えられない無能ってことだろ」

 

「っ!? 貴様ぁ!!」

 

「大和くん!」

 

 

 あえて個人名をあげずに揶揄したが、ボーデヴィッヒには誰のことを馬鹿にしたのかすぐに分かったらしい。当然だ、ボーデヴィッヒを指導し、今の地位に立たせるまでに育て上げたのは千冬さんなのだから。

 

もちろん俺としては千冬さんを馬鹿にする気など一切ない、だからこそ思っていないことを言うのは気が引けた。

 

思惑通りに俺へと詰め寄り、右手を伸ばして胸ぐらを掴もうとする。ナギが俺の名前を呼ぶが、特に心配はない。俺が狙ってやっていることだ、対処出来ないことをやろうとはしないし、逆に対処出来ないのに相手を挑発したらただの馬鹿。

 

右手が俺の胸ぐらを掴もうとした瞬間、素早く体を半身にすると、そのまま左手で右手首を掴む。一回掴めば後はこっちのもの、好きなだけ殴ることが出来る。

 

けど、別にそこまでする気はない。

 

しかし怒る理由は単純だ、千冬さん関連のことになるとここまで熱くなるとは。しかも正当防衛とか抜きに、相手を容赦なく組伏せようと行動出来るのがまず凄い。

 

にしても……。

 

 

「くそっ! 離せっ!」

 

「相変わらず、いきなりなんだな。……まぁ落ち着けよ、流石に俺も言い過ぎた」

 

「……ちっ!」

 

 

忌々しげに舌打ちをするも、何とかして俺の拘束から抜けようとする。右手以外は空いているのにやり返してこないだけマシかもしれない。興奮状態にある事実は変わらないけど、今なら話が出来るチャンスだ。これを逃すと今度はいつ話しかけられるか分かったもんじゃない。

 

下手なことをしないように見張るには、ボーデヴィッヒの行動が見える場所にいた方が対処しやすい。

 

なら、やることは一つだ。

 

 

「ところで、ペアは決まったのか?」

 

「何を言い出すのかと思えば……私がわざわざ組む必要もない。組んだところで足手まといになるだけだ」

 

「はぁ、その様子だとまだきちっと通達を見てないみたいだな。今回のトーナメントはタッグトーナメントに変更になったから、ペアを組むのは必須なんだよ」

 

「ふん、だから何だ? どうせ溢れた人間は抽選で選ぶんだろう。どいつがペアになろうと、役立たずなのは変わらん」

 

 

最初からペアは居ないものだと考えているみたいで、相方が誰になろうと関係無いとはっきり言い切る。どいつが来ようが私に合わせられる人間などいやしない、自分に対して絶対の自信があるようだ。

 

 

「役立たずか……」

 

 

逆にそれなら好都合だ。発想を変えれば、相手を選ばないから誰でも良いと捉えられる。トーナメントがタッグ制になったからこそ、誰かと必ずペアを組まなければならない。故に一人で戦うことは許されない。

 

嫌々ながらもボーデヴィッヒと誰かと組んで試合に出場することになる。それでもアイツのことだ、自分一人で何とでも出来ると思って、完全な個人プレイに走るだろう。相手は幸い、操縦が不慣れな一年生だ。鈴やセシリアはISのダメージレベルによっては出場しないし、そうなるとボーデヴィッヒの障壁となるのはシャルルと一夏のペアくらいだ。

 

四組にも代表候補生がいるのは知っているけど、実力は完全な未知数。噂にもなっていないってことは、飛び抜けた実力は無いはず。正直ボーデヴィッヒの実力は一年生の中ではトップクラスだし、個人プレイでも早々負けることはない。

 

だが、実力が高いからと言って全て勝てるわけではない。個人の実力だけで全てを勝ち抜けるほど、勝負の世界は甘くない。ボーデヴィッヒもそう思っているだろうが、学園の体質、生徒に対して慢心を持っている。自分はこんな甘い生徒たちに負けることはないと。

 

だからこそ負けを知ってもらう。その相手はシャルルと一夏のペアが最適だろう。理由は言わずもがな、この学園でボーデヴィッヒが最も恨み、そして敵意を向けている人物だからだ。恨んでいる相手に負ければ、それ相応に彼女自身で思うことはあるはず。今までのプライドを一番へし折られたくない人間にへし折られるのだから。

 

問題はそこに行き着くまでにどうするか。方法としては一つしかない。

 

 

「……ならその役回り、俺が買って出てもいいよな?」

 

「何だと?」

 

「や、大和くん!」

 

 

俺の言ったことが予想外のことだったのか、ボーデヴィッヒも思わず驚いた表情を浮かべた。ナギに関して完全に止めに入っている。

 

そりゃそうだ、さっきまであれだけ敵意を向けていた人間が、突然手のひらを返したようにペアを組もうと言っているのだから。本来なら恨んでいる人間や、敵意を向けている人間に対しては近寄りたくないと思うのが当たり前で、俺はその心理と真逆のことをしている。

 

 

「貴様……正気か? 一体何を企んでいる?」

 

「別に。強いて言うならお前の歯止め役だ。やり過ぎないためのな」

 

「……」

 

「誰と組んでも一緒なら、俺と組もうが誰と組もうがかわらないだろ?」

 

「断る。どうせ邪魔をしてくるのだろう」

 

「何故邪魔をするって言える? 確証でもあるのか?」

 

 

予想通り、ボーデヴィッヒから返ってきた答えはノーだった。ついさっき敵対した相手を態々ペアに選ぶわけがない。自分とペアを組みたいのは近づく口実に過ぎず、本当の目的はまた別にあるのではないかと思われても仕方ない。

 

とはいえ、俺がいくら邪魔をしないと言い切っても、信じてもらえないのが当前。実際に俺が何かを企んでいると言えば企んでいるかもしれないが、ボーデヴィッヒのことを邪魔してわざと負けさせようとは思っていない。

 

はっきりと言い切ったボーデヴィッヒに、邪魔をすると断言できるだけの理由があるのかと問う。

 

 

「確証も何も貴様のことだ、何かを企んでいるとしか思えん。それに危険因子を側に置けば、いざという時に障害になる。お前と組むメリットがない、それなら役に立たないなりにも抽選で選ばれた奴の方がマシだ。捨て駒として使えるからな」

 

「障害ね。なるほど、俺が怖いのか?」

 

「減らず口を……あまりいい気になるなよ、霧夜大和」

 

「いい気も何も事実だろう。プロの軍人が、たかが素人に何度も足元を掬われるなんて、それこそ笑いのネタになるぜ?」

 

「私を馬鹿にしているのか。もうお前と話すことはない、さっさと失せろ」

 

 

何度も遠回しに皮肉を言っていると、無理矢理話を切り、そのまま興味がなさそうに俺たちの横を通りすぎていく。このままやり取りを続けていても意味はない、むしろ無理に話を続けている俺にも、あまりメリットがない。このままではボーデヴィッヒは去ってしまう。折角掴んだペアを組むチャンスなのに、結局逃してしまうのか。

 

……なんて、そんなことをさせるつもりはない。もう決めている、そもそも正攻法で上手くいくだなんて最初から思ってないし、奥の手は奥の手できちんと考えてある。

 

これで上手く釣れるかどうかは確証が持てないけど、現状一番良い方法だとは思っている。少なくとも試してみないことには始まらない。

 

俺のすぐ横を通り過ぎ去ろうとした瞬間に、ボーデヴィッヒだけに聞こえるように小さな声で呟く。

 

 

「そうはいかねーよ。……そうだな、賭けをしよう」

 

「……」

 

 

賭けをしようと持ちかけた俺の呟きにピタリと歩を止める。表情は前を向いたまま俺の方を振り向くことはない。顔を会わせようと思わないんだろう。しかし現に足を止めたということは、話は聞こうとしてくれたことになる。

 

あまり長引かせても意味がないため、手短に条件を伝える。俺にとってはデメリットしかないが、この際仕方ない。無論、この賭けに負けるつもりは毛頭ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――もし俺とペアを組んでお前が優勝したら、この学園から出ていってやるよ」

 

「大和くん! な、何言ってるの!?」

 

「ほう? 確かに私の優勝で貴様が目の前から消えるのは面白い」

 

 

俺の言ったことに抗議をしてくるナギと、興味深そうにこちらを振り向くボーデヴィッヒ。二人の表情はまるで正反対で、ナギは両手で俺の左腕の服をつかみながら、どこか泣き出しそうな表情で引き留めようとする。今言ったことを撤回してくれと言わんばかりに。

 

ラウラの実力は学年トップクラス、代表候補生の中でも群を抜いた強さを持つ。もしペアの片方がすぐに負けたとしても、一人で二人を相手にすることくらいは全く苦にはならないだろう。いくら相手のデータが少なかったとはいえ、実際に鈴とセシリアを圧倒している。俺にとっては分の悪い賭けであることには変わらない。

 

確率的にはどう考えてもボーデヴィッヒが勝ち抜く可能性の方が高いのだから。

 

 

「仮にお前が自分の実力だけで勝ち抜くってことであれば、俺は一切戦闘には手を出さない。俺が集中攻撃されたとしても、防ぎきる自信はある」

 

 

俺とて遅れをとるつもりはない。ISに乗りなれていない生徒よりかは動かせる自信があるし、そうおめおめと負ける気もない。ボーデヴィッヒが相手を倒す間、相手から攻撃を防ぎ切ることくらいは出来る。

 

それに……。

 

 

「……あぁ、勝負事でわざと攻撃を受けて負けようとは思わないから、そこは安心してくれ。条件としては悪くないだろ? お前は勝つだけで目の前にいる邪魔者を排除できるんだから」

 

 

わざと攻撃を受けて負けて賭けを無効にしようとは思っていない。初めからそんなことを考えているのであれば、リスクの高い賭けなんて持ち掛けることはしない。平穏無事に、今まで通りの学園生活を送っている。

 

 

「……分の悪い賭けを自分から持ち掛けてくるとはな。本当にそれでいいんだな?」

 

「あぁ、二言はねぇよ。一回言ったことを覆すほど、俺は優柔不断な人間じゃない」

 

「ふん……好きにしろ」

 

 

 

 

 

 

 

思いの外あっさりと了承をしてくれたことにひと安心し、胸を撫で下ろす。一言呟くとボーデヴィッヒは場を去っていった。小さな後ろ姿が更に小さくなっていく。やがてその姿が完全に見えなくなり、俺も寮へと帰ろうかと一歩踏み出そうとする。

 

 

「さて、じゃあ俺らも帰ろ……いででででっ!!? な、何だよ急に!?」

 

 

帰ろうとした瞬間に脇腹に激痛が走る。これがマジで痛い、よく脛を弁慶の泣き所なんて言うけど、脇腹をつねられるのも負けず劣らずの痛みが走る。俺の付近で出来る人物といえば一人だけだ。

 

 

「何だよ、じゃないよ! どうしてあんな無茶な約束をしたの!? 約束通りになったら大和くん、ここから出ていかないといけないんだよ!?」

 

 

近くにいた彼女は明らかに怒っていた。怒りながらも泣きそうな感じで必死に訴えてくる。どうしてあんな無茶な約束をしたのかと。

 

ナギにしては珍しく語気が強めて訴えてくるせいで、思わず俺の方が気圧される。言っていることが正論過ぎて何も言い返せずにただ俺は怒られるためだけに立ち尽くす。

 

 

「いや、でも……」

「でもじゃない!」

 

「……はい」

 

 

正直に言おう、滅茶苦茶怖い。女性……特に同世代から怒られた経験が無いせいで、言い返す言葉が見付からずにただ頷くしない。こんな風に怒られるのいつぶりだろうか、もう何年も前のような気がする。

 

怒られると基本的に気分が下がるはずなのに、何故か嬉しく思えた。

 

何故だろう。

 

俺のことを本気で心配をしてくれている人がいる。おそらくそれが嬉しいんだと思う。そっち系の人間ではないとは思うけど、怒られたことに対して喜びを覚える……端から見たら怪しい人間そのものだ。

 

 

「……大和くんが居なくなったら、絶対みんな悲しむよ」

 

「……ごめん。でもこれだけは分かって欲しい。今回ばかりは多少の無茶をしなきゃ変えられないってことを」

 

「え……?」

 

 

何を言っているのか、俺に対してそんなことを言いたげな表情を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だってアイツは……」

 

 

俺の声は吹き荒れる風によって掻き消された。


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