「……よし、後は楯無さんか」
時はひと悶着があった次の日の放課後、アリーナにて打鉄を身に纏い、来るべき人物を待つ。
昨日のアリーナでの一件で、本来なら私闘は禁止されているが、楯無さんが特別に掛け合って許可をしてもらったらしい。
昨日のことと言えば、今朝教室に行くとクラスメートや他クラスからの生徒からの質問攻めが尋常なものではなかった。理由は言わずもがな、何で俺がボーデヴィッヒとペアを組んだのかについてだ。
どこでどう話が漏れたのかは分からないけど、何故かクラスメートの全員が知っていた。
理由に関しては答えられないと言っても、納得してくれるはずもなく、ホームルームが始まるまでずっとクラスがすし詰め状態だった。さすがにここまで事が大きくなるのは想定外だったため、俺もさすがに焦ったが、朝の喧騒に関しては千冬さんの登場で鎮静化された。
何人もの生徒が出席簿で一斉に叩かれる姿を見ても、なんとも思わなくなった俺の思考は随分ずれているみたいだ。
授業に関しては特に何事もなく過ぎていったものの、休み時間になる度にクラスメートの誰かに質問攻めをされる始末。当然一夏やセシリア、篠ノ之や鈴にも同じように詰められ、昼食の時間には既に俺自身がボロボロになっていた。
理由は分からないでもない。ボーデヴィッヒの第一印象ももちろん、一夏に牙をむき、代表候補生二人を叩きのめし、無関係な生徒まで被害に巻き込んだ事実は瞬く間に学園中を駆け巡った。
事実を目の当たりにした生徒自体が少数ではあるため、まだ炎上まではしてないものの、ボーデヴィッヒを敬遠する生徒は徐々に増えているみたいだ。
敬遠されるだけで済むならまだ優しい方だろう。それもボーデヴィッヒの実力と物を言わせぬ雰囲気がそうさせているだけで、仮に一般の生徒が同じことをしようものなら、学園中の生徒から追い詰められ、精神的にも肉体的にも潰される可能性だってある。
そこまでする生徒ばかりかと言われれば分からないが、一般的な考えで集団の中に周りを脅かすほどの癌があるのであれば、取り除こうとするのは当然。
セシリアや鈴が『何であいつと組んでいるんだ』的なことをかなりきつく言ってきたのは、自身が直接の被害者でもあるからだ。ボーデヴィッヒと組んで俺にとって何のメリットがあるのか。常識的に考えてあるわけがない。
残念ながら俺はあそこまでデレがないツンツンした女の子を対象として見れないし、罵られて喜ぶような性癖の持ち主ではない。
……はぁ、頭が狂ってるんじゃないかと思われたらそれはそれで嫌だな。元々この年で護衛の当主を務めている時点で、だいぶ常識離れしてるけど。
ま、今はそんなことどうでも良い。仕事としては当主を務めているとしても、表面上は一般人と何ら変わらないんだから。
「お待たせ。ちょっと時間が掛かっちゃって」
「いえ、全然。むしろこうして俺のワガママを聞いてくれたことに感謝します」
待つこと数分、ISを身に纏った楯無さんが現れた。
霧纏の淑女……呼び名をミステリアス・レイディ。ロシアの第三世代型ISで楯無さんの専用機になる。全身水色基調の彩りが楯無さんと被り、何とも言えない一体感を感じさせる。
一つ気になるとすれば、一夏の白式、セシリアのブルー・ティアーズなどと比べると装甲が少ない。防御に関してはどうなんだろう。見かけだけで判断するのは危険だし、戦いながら観察することにする。
最も、そんな暇を与えてくれるかどうかは全くの未知数だけど。
更識楯無、IS学園生徒会長。俺たち一年の前には一度も出て来たことがないため、知っている人物はかなり少ない。会ったことがある意味では俺の他にナギくらいか。もしかしたら他にもいるかも知れないが、知っている範囲ではそのくらいしか思い付かない。
生徒の頂点に立つ人物であるが故に、誰よりも賢く、強くなければならない。
学園最強……それが楯無さんの肩書きだ。本人がその呼ばれ方をどう思っているかは分からないが、生徒の中では全てにおいて一番の成績を誇る。
常識的に考えて挑もうとしてる相手との実力差がありすぎる。IS操縦において何枚も楯無さんの方が上手だし、IS戦闘の実戦経験も豊富だ。そこに精々数ヶ月ISを動かしただけの俺が挑んだところで、勝敗は見えている。
当然、最初から諦めるつもりもないし、やるからには勝つ気でいく。頭の中でイメージを浮かべて刀を展開後、右下に向かって振りおろす。その様子を楯無さんが少し驚いたように見つめていた。
「どうかしました?」
「大和くんって物覚えも良いわね。二、三年でも名前を言わないと武器展開出来ない生徒が多いのに」
ノーモーションでの武器展開に感心しながら賛辞を贈ってくれるものの、つい最近千冬さんには遅いからもっと早く展開出来るようにしろって言われたばかりなんだよな。言うことは厳しいけど、間違ってはいないからしっかりと改善できればと思っている。
「いや、この前これでも織斑先生にまだ遅いって言われたばかりなんですよね……」
「あー……でも織斑先生の言っていることを、最初から真似出来る人なんて殆ど居ないわよ?」
「いや、でも確かにその通りです。改善できる部分は改善していないと」
「上昇思考ねぇ」
苦笑いを浮かべながら淡々と話続ける楯無さんに、俺の気分も少しずつ高まってくる。端から見ればとても戦い前の二人には見えない。
それでもスイッチのオンオフくらいはすぐに出来る。何度も仕事をしていれば自ずと切り替えれるようになる。楯無さんもそれは同じだろう。
「ところで大和くん、昨日のこと覚えている?」
「はい。負けた方が勝った方の言うことを一つ聞く……でしたよね?」
実は昨日、戦いを了承する以外にも約束をしていた。元々俺の個人的な理由だし、身勝手なことだとは思っていたため、何らかの条件を言われることくらいはあらかじめ想定していた。負けたとしても、楯無さんのことだし無茶苦茶なことは言わないと思うけど、何を言われるか分からないから若干怖い部分もある。
それでも命が刈り取られるわけではない分、全然気楽に挑める。
俺の返しにニヤリと笑みを浮かべる。そもそもどうして俺が楯無さんに勝負を挑んだのかといえば、本当に些細な理由の過ぎない。
……まぁ、我ながら子供っぽい理由だと思っている。
「かといって、そう簡単に負けようとは思わないですけど。やるからには倒すつもりでやるんで」
「言うわねー。大和くんIS戦闘で負けたことなさそうだし、一回負けてみるのもいいと思うな」
負けるつもりはないと言ったことに、少し挑発を込めた楯無さんの言葉が返ってくる。
ただその言葉に一つ誤りがある。
「いえ、一度だけ負けたことがありますよ」
「あれ、そうなの? 誰に?」
「織斑先生です」
「うーん……あの人は別次元だからカウントしなくていいんじゃない?」
俺は今まで何回かISを交えて戦ったことがあるが、負けたことがない訳じゃない。一回完膚なきまでに負けたことがある。俺が初めてISを動かしたのは入学前に行われる簡易的な適性検査の時だ。
生徒がどのくらいの実力を持っているのかを判断するために行われるもので、基本的には教師が全力で相手をすることはない。
なのに、俺の対戦した教師は千冬さん。手抜きなんかしてくれるはずもなく、ほぼ圧倒されて負けた。足掻くだけ足掻いて、 最終的には近接ブレードを一本破壊し、シールドエネルギーを削れるだけ削ったものの、千冬さんにとって大した痛手ではない。
『無茶無理無謀』の三大用語が当てはまりそうな試合展開だった。相手が千冬さんだから負けたといえば、言い訳になるかもしれないが、あいにく言い訳をするつもりはない。
単純な自分の実力不足だ。
楯無さんにも到底勝てるとは思わないけど、負けるつもりはない。矛盾しているかもしれないが、挑戦者なのに初めから負けますと断言するやつは居ない。
千冬さんの名前を出したことに、少し難しい顔を浮かべる楯無さんの心境は複雑そうに思えた。楯無さんの反応だけをみると、一度千冬さんに挑んで返り討ちにされたようにも見える。むしろ千冬さんに挑んで、勝てる人がいるのであれば俺が知りたいくらいだ。
もしかして取材なんかも来るんじゃないか? 元世界一を破った人類現れる! みたいな見出しが新聞に載りそうだ。
「ま、それでも負けは負けなので。相手を選んでたらそれこそ意味ないですから」
相手が強かったから……なんて言い訳をしたところで仕方ない。負けた理由はそれぞれあるが、基本負けた時の根本的な理由は相手との実力差があったからだ。
ほんのわずかな違いでも、結果としては大きく違ってくる。それこそ単純な実力差、戦った時の互いのコンディション、相手との相性。どこか一つが上回るだけで勝ててしまうことだってある。
勝負は紙一重。
俺がセシリアに勝てたのは一瞬の油断があったからで、油断をしなければ勝つのは難しかっただろう。自身の実力が優れていればもちろん一番良いが、たった一つの油断が勝負の行方を左右することもある。
「さ、やりましょう。折角ここのアリーナを貸しきってくれたんですから」
「そうね」
互いに搭載されたスラスターを吹かしながら、上空へと飛んでいく。果たして今の俺がどこまでやれるのかは分からない。それでも入学してから培ったものをぶつける事くらいは出来る。自分の力が学園最強の楯無さんにどこまで通じるのか試してみたい。
俺も万能な人間ではない。はっきりと断言できる、IS戦闘になったらとてもじゃないけど全てを守りきることは俺には無理だ。少なくともISの実力だけで言うのであれば、セシリアや鈴、シャルルやボーデヴィッヒにも劣ると思っている。
俺が何とか出来るのは生身での戦いくらいで、IS戦闘……それも代表候補生クラスになったら、精々隙を見つけて活路を見いだせれば良いところ。
当然、隙を見せたら俺も容赦はしない。一気に詰め寄って叩き潰す。一度巡ってきたチャンスを逃したりはしない。
IS戦闘における守るための術が通じるのか、通じないのか。
あの馬鹿の目を覚まさせるには、同じ土俵に立つまでは行かなくても、有効打を与えられるくらいには強くならなければならない。
自然と体の力は抜けて、リラックス出来ている。いきなり体を動かしても、ある程度までは動いてくれる自信がある。あまり俺自身が緊張することがないのも事実だが、それ以上に戦うことに対する高揚感が尋常じゃない。
……こんなにバトルマニアみたいな発言をすることなんて、今まで無かったんだけどな。それだけ俺のISに対する認識も変わってるってことなんだろう。
ただ一つだけ言い切れるのは、ISは立派な兵器であるということ。人を守ることも出来れば、人を傷付けることも出来る。それどころか人を殺めることだって可能だ。一線は絶対に越えてはならない、そこに関しては弁えている。サイコパスだとか、人を傷付けることに快感を覚えることもない。
人の使い方一つでISが守るための兵器にもなれば、破壊するための兵器にもなる。
「楯無さん」
「何かしら?」
「……負けません」
「奇遇ね。私もよ」
刀を前に突き出し、楯無さんの顔めがけて矛先を合わせる。先ほどまでは見返りがどうだの言ってたが、いざ向かい合うとその雰囲気は一変。賭けのことなど全て忘れ、目の前の相手に勝つことだけしか考えられなくなる。
楯無さんとて俺に主導権を渡す気なんて更々ないだろう。
「じゃあ……」
楯無さん手に大型のランスを持つ。
武器名は『蒼流旋』
武器の形状から近接メインの武器かと思いきや、モニターに映し出されるデータには四連装のガトリングガンが内蔵されている。気にせずに接近戦へと持ち込んだら、たちまちガトリングの餌食になりそうだ。
霧纏の淑女とはよく言ったもの。どんな攻撃が来るのかも想像がつかない。
加えてこちらの武器は近接ブレード一本、貧弱すぎるにもほどがあるが、使う武器をいちいち考えなくても良いから割り切りやすい。相手に接近して振りおろす、なんて簡単な戦い方か。最も、その攻撃が楯無さんに届くかどうかと言われれば怪しいところ。
まぁ今そんなことを気にしたところで。
「始めましょうか!」
勝てる確率が上がるわけではない。楯無さんの一声で戦いの火蓋が切って下ろされる。近接戦に備えて素早く後ろに下がると、ランスに備え付けられているガトリングを撃ってきた。
「……っ!」
スコープを覗いているわけではないのに、どうしてここまで正確な射撃が出来るのか。打ち出された弾丸は寸分の狂いもなく俺に向かってくる。スラスターを吹かしながら小刻みに避けるも、一歩反応が遅れたらまずかった。
少しばかり肝っ玉が冷えたところで仕切り直しだ。再度刀を剣道のように前へと突き出して攻撃機会を伺う。あまり悠長なことも言ってられないので、少し経っても楯無さんが動かないようならこちらから動いていくことにする。
「はぁっ!」
「おっと! 危ない危ない」
一気に間合いを詰め、近接ブレードを縦に振りおろす。太刀筋を少し斜めにしたから中途半端な回避ではかわせないものの、まるで攻撃が来るのが分かっていたかのように、余裕をもってかわされる。言葉とは裏腹に焦っている様子は微塵も見られない。それほどに戦うことに関して余裕があるんだろう。
下手に間合いを詰めても逆に俺が楯無さんの術中にはまるだけだし、一旦距離を取る。
「甘いわよ!」
「くっ……展開が早い!」
……が、簡単に距離を取らせてくれるはずがない。楯無さんとしてもワザワザ近付いてきた相手を逃す訳もなく、今度はいつの間にか取り出していた剣を横に凪ぎ払う。それを間一髪、ギリギリの距離でかわし、距離を取るべく空中を旋回するも、楯無さんもそれに合わせて後を追ってくる。
あくまで近付きすぎず、遠すぎず。微妙な距離感を保ちながら後を追われる俺としては怖いものがある。回避と防御を並行して行うのは難しい。そこが楯無さんにとっては大きな狙いだった。
それにプラスして、武器の展開が尋常じゃないレベルで早い。マジックのようにポンポンと切り替えてくるから、どう対応していいのか判断がつかない。
そもそもどれだけの武装があるのかも分からないし、攻撃手段が幾つあるのかも分からない。ほぼ相手のデータがない状態で飛び込むのはあまりにも危険すぎる。
楯無さんのことだ、奥の手は最後に残しているとも考えられる。
「接近戦に自信があるみたいだけど、そう簡単に大和くんのペースにさせないからね?」
「そんなことは百も承知です!」
近付こうにも何をして来るか分からない恐怖感から近付くことが出来ない。展開する武器から大まかな使用用途、遠近のタイプは予測できてもどのタイミングで繰り出してくるのかまでは見切るのは難しい。
それこそIS戦闘において常識は存在しない。それこそ近接用のブレードをブーメランのように投げ飛ばすこともあるくらいだ。負けはしたものの、セシリアもボーデヴィッヒに至近距離からミサイルを打ち込んでいる。このケースはこのようにするといったパターンは一切ない。
マニュアル通りの動きで勝てるのなら、誰もが基礎だけを固めていくだろう。もちろん土台を作る意味で基礎は大切だが、結局は実戦経験を積まなければいつまで経っても強い相手には勝てない。
俺が一夏よりアドバンテージがあるのは身体能力と、数々の任務で学んだ身のこなしや立ち回りくらいだ。操縦技術に関しては俺より一夏の方が高い。
一夏に勝てたのは、経験によるところが大きい。そんな経験も代表候補生……否、国家代表を相手にしたら全くの無意味になる。
「ちぃっ……データが少なすぎる。無理して突っ込んだところで意味ないし、どうするか……」
余裕ある笑みを浮かべながらこちらを見つめる楯無さんの様子に、思わず舌打ちが出る。楯無さんにとって俺の操縦は脅威に思われていない現状で、なおかつ懐にも飛び込むことが出来ない。飛び込んだところで反応されたら、好機が一転ピンチになる。
そもそもデータに頼らざるを得ないところが俺がまだ未熟な証拠。これをもし千冬さんが聞いたら、間違いなく戦いながら慣れろって言うだろう。事前にデータ収集をしたところで、得られるものは多くない。そんな無駄なことに時間を費やすくらいなら、自分の技能を高めようと努力した方がいい。
つまるところ戦いながら楯無さんの出方を見て、そこから対処していくしかない。
元々仕事だってデータが充実している訳じゃないし、慣れているといえば慣れている。
さて、現状あるデータとツールを使って、どう楯無さんに挑んでいくか。もう楯無さんに打鉄のデータはとっくにインプットされているだろうし、それこそ不意をつくくらいしか方法がないかもしれない。
「……ウダウダ考えたところで仕方ないってか」
結局はそこに行き着く。言い訳なら負けた後で考えればいい。とにかく行動しよう、命を落とす訳じゃないし、何とでもなる。
「……来ないの?」
どちらも動かないまま、静寂に包まれるアリーナ。貸しきり状態だから、訓練をしている生徒はおろか、見物している生徒もいない。回避行動をとった後、動かずにいる俺にしびれを切らしたのか楯無さんがプライベート・チャネル越しに声を掛けてくる。
「いえ、そういう訳じゃないです。ただ少し行動が消極的だったと思って」
「?」
「ウダウダと戦術を組み立てるなんて、俺の性分に合わないですから。どっちかって言うと本能で行動するタイプですし」
「……私もそう思うわ。考えるよりも行動して、そこから活路を見出だす。それが大和くんのスタイルだって」
「はい。なのでもう変に考えるのは止めるます。今俺にとって重要なのは、この勝負に勝つことじゃなく……」
俺の歯切れを悪くした言葉にどこか感じる部分があるんだろう。こちらを見つめたまま、ランスを前に突き出して俺の方へと向ける。ここで詰めてこないで待ってくれるのは楯無さんなりの優しさなんだろう。ここで詰められたら俺はとっくにやられている。
「俺の力がどこまで通用するかを知るためですか……ら!」
「っ! さっきより早い!」
言葉をいい終えると同時に、一気に楯無さんへと詰めよりブレードを振り下ろす。まさか楯無さんもデータのない相手に無謀にも飛び込んでくることまでは予測できなかったらしく、剣を装備したまま半身にして斬撃をかわす。下手に受け止めたり、大袈裟に避ければ俺がその隙を見逃すはずがないと思ったんだろう。
精錬された無駄のない動きで素早くかわし、即座に次の行動へと移る。
剣を縦横と上手く凪ぎ払いながら、至近距離まで近付かせまいと楯無さんも応戦してくる。正直な話、剣術といったところに関しては例外はあるとして負けない自信がある。だからこそ懐に飛び込んだ時においては絶対に負けない。
なのに今はどうだ、懐に飛び込んで負けることもなければ、勝つことも出来ない。楯無さんに押されているわけでもないのに、自分のペースに持ち込むことが出来ずに狂わされるばかり。
ようは俺が楯無さんに飲まれている。主導権を取り返そうにも、のらりくらりと攻撃をいなし続けられるといつまで経っても取り返すことが出来ないまま、同じことを繰り返すだけ。
人にはそれぞれ得意分野がある。IS戦闘において優位にたつには自分の得意分野で如何に攻めていけるか、また負けないためには相手の得意分野でペースを握られないようにすること、これが最も重要になってくる。
隙を作らないようになるべく小刻みに刀を振るうも、剣で上手くいなされてコンボへ繋げることが出来ないまま数分が経つ。これだけやっていればどこかで集中力が切れそうものなのに、一向に集中力を切らす気配がない。
縦横斜め、突きと攻撃を繰り出すも怯ませる決め手にはならず。一夏やセシリアに勝った時のようなペースに持ち込めないでいる。それは楯無さんも同じで、向こうから攻めてくる気配はない。
俺の攻撃をかわし、いなしながら懐に飛び込ませないように牽制しつつ、一足一刀の間合いにならないように絶妙な距離感を保っている。
「はぁっ! せいっ!」
「ふっ! はっ!」
俺にとって攻撃手段は近付いて斬りつけるだけ。分かりやすい、シンプルな攻撃方法だ。それでもそれが通用しないのであれば、攻撃手段が残されてないのも同然。
「ほらほら、いつまでも同じ動きじゃ仕留めれないわよ?」
「分かってます!」
決定打がない。ならそのチャンスを作り出すのは他でもない自分自身。少なくともこのまま同じことを続けていても、状況は変わらない。
それなら、一か八か試してみる意味はある。
「っ!」
攻撃を加えて牽制した後、今度は楯無さんから距離を置くように離れていく。目の前を横に凪ぎ払った剣が通り過ぎるが、間一髪これをかわし、徐々に距離を離していく。
ハイパーセンサー越しに楯無さんの表情が映る。俺の行動がさぞかし意外だったらしく、その表情が驚きに染まっていた。今までなら一度詰めた間合いを死んでも離れるものかと、離れることは無かった戦い方から一転、近接攻撃が一切当たらない距離まで離れたのだから。
近接武器の攻撃範囲から離れれば、楯無さんも攻撃方法に中遠距離型の武器を選ばざるを得なくなる。予想通り剣を収納した後、ランスを取りだして内蔵されているガトリングを撃ってくる。
近距離だと避け辛いが、ある程度距離があれば避けやすくなる。左右に機体を移動させながら迫り来る弾丸を避けていく。とはいってもいつまでもここに立ち止まって避け続けるわけにもいかない。
近接武器しかない俺にとって遠距離における攻撃方法は皆無、近付くしか方法がない。それでも立ち回り次第では楯無さんを追い詰めることも出来るはず、こちらの作戦がバレてないことを祈るだけだ。
「何か策があるのかしら?」
「さぁ、どうでしょう? 俺も大概な行き当たりばったり人間なので」
本能の赴くままに動き、行動する。丸っきり考えて無いわけではないが、行動しながら物事を考えることが多い。
とりあえず楯無さんとの距離は取った、後はここからどうやって目的の場所まで追い詰めるかだ。
「じゃあ、行きます!」
スラスターを最大出力にして一気に楯無さんとの間合いを詰めていく。接近させまいと内蔵のガトリングガンを撃ってくるが、それを左右に機体を移動させながら避けるのではなく、本当にまっすぐに楯無さんへと近づき、同時に迫り来る弾丸を刀を使って弾く。
一つ目、二つ目と刀を上手く返しながら複数の弾丸を弾いていく行動に、流石の楯無さんも驚いたようだ。
いくらハイパーセンサーの視覚補助があるとはいえ、迫り来る弾丸をかわすのにはある程度の反射神経が必要になる。つまり目で弾筋を見切ったとしても、体が動かなければどうしようもない。
それでも"一発の弾丸くらい"であればハイパーセンサーの視覚補助が無くても、相手の銃を構える動き、トリガーを引く瞬間に銃口と手の動きに集中していればかわすことが出来る。
スピードに乗りながら接近するとまず縦から下へと刀を振り下ろす。楯無さんはそれを少しだけ右に移動して避けた。
「はあっ!」
「きゃあ!?」
振り下ろした反動で左足を後ろへと引き、反転しながら回し蹴りを無防備な腹部へと叩き込む。ダメージとしてはさほど無いだろうが、相手を少しでも怯ませれば十分だ。そして刀を横に凪ぎ払うここで決めきれなくても、ダメージを与えられればそれでいい。
……なんて、短絡的な思考をしている時点で気付いていなかった。
俺は既に楯無さんの術中にハマっていることを。
「手応えが……ない?」
不意に感じた違和感だった。刀を横に凪ぎ払った際に、確実に当てたはずの一撃に衝撃が無かった。無いというのは言い過ぎかもしれないが、手に残るはずの感触が小さい。
確実に一撃をいれたはずなのに、相手に当たった手応えがまるでない。そんな馬鹿なと思いつつも、紛れもなく堅い物に当たったほどの感触がなかった。例えるなら柔らかい蒟蒻を剣で切った感じだ。
それでも目の前に専用機を纏った楯無さんがいるのは事実、実際に楯無さんが……。
いない。
楯無さんだったものはグニャリと姿を変形させるとよく見慣れた液体へと変化し、地面へと垂れていく。
液体の正体は水、俺が攻撃をしたのは水が作り出した楯無さんの分身だったらしい。
「……分身?」
いつ本体と入れ替わったのか分からない上に、楯無さんの姿まで見失ってしまった。
「―――ねぇ、何だか暑くない?」
「暑い……?」
どこからか楯無さんの言葉が聞こえる。質問の意味が分からずにただ楯無さんの質問の意味を考える。
暑いと言われれば暑くないわけがない。これだけ体を動かしているのだから、体中から汗が吹き出てくる。暑い条件なんて誰もが一緒、何を今さらと思いつつもふと別の疑問に気づく。
どうしてこのタイミングでこのような質問を投げ掛けてきたのかと。
……いや、待て。冷静に考えてみると、汗をかいているにしては確かに暑すぎる。ただ暑いって言うよりかは、湿度が高い部屋にでも閉じ込められたような。
「!? しまっ……!」
言われたことの意味をようやく理解した時には既に遅く、崩れかけの分身体もろとも爆発に巻き込まれた。