IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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タッグトーナメント開始! 因縁の対決

 

 

 

 

「まさか、一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

 

「そりゃあ何よりだ。こっちもお前と全く同じ気持ちだぜ」

 

 

 決戦はアリーナ。中央には対峙する四人、そして更に周りには観客席を覆い尽くさんばかりの人数がこぞって戦況を見守っていた。中央に位置するのは一夏とシャルルのペアと、ラウラと大和のペア。一回戦の第一試合だというのに、会場内の雰囲気はまるで決勝戦を見守るかのように、固唾を飲んでアリーナの中央を凝視している。

 

通常なら緊張で武者震いの一つでもしそうだというのに、四人からは緊張している素振りは見られない。それどころか緊迫した雰囲気をどこか楽しんでいるようにも見えた。

 

緊迫した雰囲気の中、まず先にラウラが口を開き、そしてラウラの挑発に不敵な笑みを浮かべながら一夏が応戦する。それだけ一夏の心には余裕があるようにも見えた。

 

 

(手を出すな、ね。初めのうちは大丈夫だとしても、後半はどうかな? 一人で勝てるほど、一夏もシャルルも弱くはないぜ)

 

 

打鉄を身に纏いながら、ラウラに向けて視線を向ける。つい先ほど言われたことを忘れるほど、大和の頭はお花畑ではない。

 

 

『貴様は戦いに手を出すな。私だけで戦う』

 

 

 自信に満ち溢れた一言、本来なら反発されてもおかしくないニュアンスの言葉だが、大和はラウラの言葉に興味深げに相槌を打った。勝てるものなら一人で勝ってみろ、一人で勝てるほど二人は生半可な実力は持ってないぞと言わんばかりに。とはいえラウラが手を出すなと言ったからといって、何もしないわけではない。

 

本当に何もしなければ、一夏やシャルルにひたすらサウンドバッグにされるだけで終わる。一夏とシャルルは友達とはいえ、戦いで手を抜くようなふざけた真似はしない。何より戦いにおいて手抜きを嫌うのは大和自身だ。それは二人もよく知っている。おそらく全力でつぶしに来るだろう。

 

攻撃はラウラに任せるにしても、自分の身を守るために行動はする。例え自身が約束通り退学になったとしても、あくまで勝つ前提で戦う。一夏とシャルルが負ければ単純に二人の力が、大和とラウラに及ばなかった。

 

それだけの話だ。

 

 

場内に仕掛けられた掲示板が効果音と共に減り始める。カウントが減るごとに周囲の視線は四人に集まっていく。クラスメートが各国の上層部が、たった二組のIS戦闘を観戦している。事実上の決勝戦にも負け劣らぬほどの注目度であるのは間違いない。

 

世界中の男性の中で唯一、女性にしか動かすことの出来ないISを動かすことが出来る一夏と大和。二人の戦いを一目見ようと、観客席に空席は一つと残っていなかった。

 

カウントが残り僅かとなる。一夏が雪片弐型を展開し、体勢を低くして戦闘態勢に入った。

 

ビリビリと張り詰めた空気の中、カウントがゼロになる。

 

 

 

 

「「叩きのめす!!」」

 

 

二つの声が重なり合うと同時に真っ先に飛び出したのは一夏だった。瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させ、戦い開始の合図と共にラウラに向かって突撃していく。

 

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 

光陰矢の如し、一筋の弾丸と呼べるに相応しい速度で風を切り裂きながら、一気にラウラとの間合いを詰める。戦いにおいて最初の一手でダメージを与えることが出来れば、後の戦況は大きく有利になる。

 

ましてや攻撃特化の白式の攻撃をまともに食らえば、例え単一仕様能力(ワンオフアビリティー)の零落白夜を使用していなくても、大ダメージは免れない。シールドエネルギーの消費効率においては他の機体より燃費が悪くなっているものの、攻撃特化という部分を考えれば大した痛手にはならない。

 

むしろ一撃で相手をダウン状態に追い込むことが可能な攻撃力を持つ機体と捉えれば、これほどに脅威な機体は無いはずだ。

 

それに加えて以前の一夏と比べると瞬時加速(イグニッション・ブースト)の質が上がっている。無駄な動作が少なくなり、相手としては発動のタイミングが掴み辛い。普通の生徒であれば、この一撃で為す術も無く敗れ去っていることだろう。

 

しかし相手はドイツの代表候補性のラウラだ。いくらタイミングを崩されたとは言っても、一夏の攻撃パターンは頭の中にインプットされている。攻撃力は大きくとも、一夏には遠距離から攻撃する手段が一つもない、故に攻撃パターンは限られてくる。

 

それさえ分かっていれば、どれだけ脅威な攻撃力を持っている機体だとしても、ラウラにとって対処するのは造作もないことだった。

 

 

「ふん……バカの一つ覚えか」

 

 

タイミングを見図り一夏をギリギリの間合いまで接近させたところで、右手を突き出す。ラウラが右手を突き出した瞬間に、目の前に見えない壁が張り尽される。それと同時に一夏の動きが雪片の青い刃を突き出したまま硬直する。押しても引いても、薙ぎ払おうとも体が動いてくれない。

 

AIC……アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略語であり、別名慣性停止能力ともいう。慣性の法則にしたがい動いている物体を強制的に止める能力。一見チート染みた便利な能力にも思えるが、発動させるには膨大な集中力と正確性がいる故に、IS操縦者の中でも高い実力を持つ者にしか使いこなせない。

 

実際AICを破るための効果的な対策は無く、特に近づく必要がある近接格闘型のISにとってはまさに天敵とも言える能力だ。

 

 

「くっ……」

 

 

網に掛かった魚、蜘蛛の巣に掛かった昆虫の気分だろう。一回包囲網に掛かってしまえば、自力で脱出することはほぼ不可能、全く身動きが取れない。束縛された一夏に向かって話し始める。

 

 

「開幕直後の先制攻撃か。分かりやすいな」

 

「そりゃどうも、以心伝心で何よりだ」

 

 

 ラウラの言葉と同時に右肩に備え付けられた巨大なリボルバーが回転音を轟かせると、銃口はまっすぐ一夏の正面を捉えていた。ニヤリと標的を捉えたラウラの表情が僅かに歪む。一夏もラウラが今からやろうとしていることをすぐに想像できた。それでも出来れば想像したくなかっただろう。

 

それでもラウラは一つだけ致命的な勘違いをしている。今回行われているのは一対一のサシでの勝負ではなく、二対二のタッグトーナメントであるということを。一人仕留めればそれで試合終了ではなく、二人を倒さなければ勝ったことにはならない。

 

 

試合が始まった瞬間真っ先に駆け出したのは一夏だ。アリーナ中の視線が一夏に集中する中、シャルルは特に行動せずに定位置に佇んでいた。それが今はいない、銃口を向けるラウラも始めこそ薄笑いを浮かべるも、一夏のペアであるシャルルの存在に気づき、一瞬砲撃を躊躇してしまう。

 

もしかして自分は罠にまんまと引っかかったのかと。冷静に考えてみれば自分の専用機、シュヴァルツェア・レーゲンをお披露目するのは初めてではない。以前セシリアと鈴を袋叩きにした時も、二人を傷つけられて感情的になった一夏を相手にした時も、AICで相手の攻撃を食い止めている。

 

初見ならまだしも、何度か見ている攻撃だ。対策の一つや二つを考えていても何ら不思議はない。AICの弱点、それは相手の動きを止める際に、相手の動きを正確に見極めるだけの多大な集中力が必要だということ。

 

だが、二人はその事実に気付いていない。それでも片方がAICに止められた際の打開策はすでに立ててある。

 

 

「何をしているボーデヴィッヒ! 早く後ろに下がれ! 罠だ!」

 

「……ちっ!」

 

 

 ラウラの後ろから今まで黙って戦況を見つめていた大和が直接声を大にして叫ぶ。声と同時に一夏の影から現れるオレンジ色の機体。シャルルの専用機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。一夏の後ろから現れた時には既にライフルをラウラに向けて構えており、引き金を引けばすぐにでも発射できる体勢にある。

 

ラウラがシャルルの接近に気付けなかった理由を挙げれば、一つは二人に対する慢心があったからだが、理由はそれだけではない。

 

開始と同時に一夏が飛び出したことで、ラウラの視線は一夏の方へと向く。この時点でラウラはシャルルに対する警戒心を薄め、一夏の接近に集中力を費やした。これはAICでて確実に一夏の攻撃を防ぐためでもある。そしてラウラの思惑通り一直線に接近してきた。瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使われたとしても一直線に向かってくるしかないのだから、タイミングさえ掴めればAICで捕捉するのは対して難しいことではない。

 

案の定、一足一刀の間合いに飛び込む寸前で一夏の動きを止めることに成功した。だが一足一刀の間合いともなれば一夏との距離が近いこともあり、背後のシャルルを確認しずらくなる。

 

例えば一枚のA4サイズの紙を視界の目の前に突き付けられたとしよう。大きさとしては顔を覆い尽くすくらいのサイズではあるが、相手の視界を完全に奪うには十分すぎるくらいの役割を果たしてくれる。

 

一夏が紙の役割をすることでラウラの視線を覆い、その間に一夏の背後に素早い動作で接近したシャルルがタイミングよく現れた。ハイパーセンサーは万能とはいえ、相手の体を透視して背後の風景を確認できるまでの性能は持ち合わせてない。

 

加えてラウラは攻撃を加えようと巨大なレールカノンを展開している。本人の意思で自由に動かせるとはいえ、通常よりも行動が一歩遅れるわけだ、戦いにおいての遅れは致命的ともいえよう。

 

ラウラのレールカノンの発射と同時に六一口径のアサルトカノンによる砲撃を浴びせる。

 

シャルルのカバーにより狙いを定めた弾丸は一夏のすぐ横を通り過ぎる。まさに間一髪、攻撃を外したラウラはすぐさま身を翻して後方へと下がり間合いを取る。厳密には外されたというよりかは、最後まで狙いを定めなかったといった方が的確かもしれない。

 

もし大和の声に反応せずにいたら、たちまち自分がシャルルの砲撃の餌食になっていたことだろう。

 

 

「ちぃ、霧夜大和! 手を出すなと言ったはずだ!」

 

「口を出しただけで、手は出してねえよ! ほら、きびきび動け! やられたいのか?」

 

 

助けてもらった大和に対しての第一声は感謝の言葉ではなく皮肉だった。自分一人で戦うといった口約束を早々に破られたと思えば、ラウラの性格上どうしてもそのような反応になってしまう。

 

無論、大和は手を出したわけではないと一言伝え、更なる驚異が迫っていることをラウラに伝えた。

 

上空を指さす先には更に追撃を加えようと、両手にアサルトライフルを構えているシャルルの姿が映る。

 

 

「逃がさない!!」

 

 

驚くべきシャルルの武器の展開の速さ、二丁のアサルトライフルを呼び出すのに一秒と掛かっていない。展開した双方を前に突き出すように構えると、ラウラに向けて連射していく。

 

ラウラの後退した方向には大和がいる。互いにまとまるのは危険だと判断し、ラウラは左方向へ、そして大和は右方向へと移動をしていく。

 

 

「っと! 目標が二人もいるってのにどんな命中精度だ……よっ!」

 

 

 片方のアサルトライフルから発射された弾丸を、大和は刀を左右に振るいながら弾いていく。背後からの攻撃ではない分弾の動きをハイパーセンサー越しに確認しながら叩き落しているのは、シャルルの攻撃が見えている証拠。

 

初見でこれだけ防げる人間は居ない、それも大和のIS稼働時間はラウラやシャルルに比べれば圧倒的に少ないのに、高いレベルでのパフォーマンスを披露している。

 

それを可能にするのは大和の元々の格闘センス。努力だけでどうこうできる問題ではないのは、ISを稼働しているシャルルが一番分かっていること。

 

弾をかわすのではなく、正面に来た弾丸を刀で弾くような動きを見ながら、思わず関心の声をあげる。

 

 

「凄いね。初見だと防げない人も多いのに」

 

「目だけは良いからな。これくらいはそこまで難しいことじゃない」

 

「目が良いからって……速度は通常の弾丸よりも全然早いんだけど」

 

 

大和の返しに思わず苦笑いが出てくる。大和と一度も戦ったことの無かったシャルルだが、改めて戦ってみて実感するのは大和の強さ。僅かなIS稼働時間で、驚くべき速度で成長している。

 

弾丸を弾くことを重点に置いているため、大和が攻撃してくる素振りはない。このまま押しきれるかと内心思うも、このまま無理矢理押しきるのは危険行為だ。今は上手く弾幕を張ることで接近を許していないものの、弾幕がやめば間違いなく接近してくるだろう。

 

それに一対一ではなく二対二だ。モタモタしていたら二人から集中砲火を浴びて、シールドエネルギーが尽きるのも時間の問題になる。

 

 

「うおおおおっ!!」

 

 

 再度瞬時加速(イグニッション・ブースト)で大和に接近する一夏。このまま攻撃を続けていたら自分の攻撃が一夏にまで当たる、接近状態にある中でこのままアサルトライフルを連射し続けているのは危険すぎる。

 

一旦連射をやめ、一夏の後方に降りる。

 

 

「一夏っ!」

 

 

 一夏が接近してくることに気付き、一夏の攻撃に応戦するように刀を雪片にぶつけた。金属同士がぶつかり合う鈍い音がすると同時に、二人の周囲からぶつかった際の風圧が起こる。その風圧がどれだけの衝撃だったのかを物語っている。

 

力を籠めることで刀が小刻みに揺れ、互いが押し負けないように全体重を相手にかける。一夏の攻撃を受けながらも、大和はやはり余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。

 

単純な力比べ、それも接近戦での大和との戦いは圧倒的に分が悪い。先日、手合わせした時のトラウマが脳裏をよぎる。まともな剣技での競り合いではどうあがいても勝てない。

 

 

 入学したばかり、箒との十数分の手合わせを見ただけで大和の実力がすぐに分かった。全国大会優勝者である箒と面と防具を付けない状態で対戦し、全く寄せ付けないレベルで圧倒。箒は攻撃を一撃も当てることが出来ず、完封負けを食らっている。

 

自分は歯が立たなかった相手を、いとも簡単に倒す。それが一夏の目にどう映ったのかは本人しか分からないことだ。それでも脳裏からは絶対に離れない光景になっている。

 

自分よりも上にいる存在、そして同時に絶対に負けたくないと思える存在。いつかこの男の隣に並び立てるくらいに強くなってみせると目標のように思える反面、今の自分ではこいつには勝てないとも思えてしまった。

 

 

 

「なるほど。タッグトーナメントだし、一人を先に仕留めた方が楽だろう。狙いは良いと思うぜ……でもっ!!」

 

「くっ……うわぁっ!?」

 

 

 一夏の雪片を受け止めたまま半身になり、無防備な白式に蹴りを入れる。モニターには物理攻撃により僅かながら体力の減少が映し出されていた。さすがに二対二ということもあり、大和が追撃してくることは無い。

 

いつもなら一度詰めた間合いを離さずに積極的に攻撃をしてきていたにも関わらず、今回はそれとは反対に消極的でこちらの出方を伺うかのような立ち回りが、戦い前に言った大和の言葉が偽りではないことを証明してる。

 

少なからず、仮に大和が勝負を決めようと前に出てくるようならシャルルが大和の攻撃を邪魔していたことだろう。現にシャルルの手にはアサルトライフルが握られており、銃口は大和の方へと向いたままだ。

 

運が良ければそのまま大和だけでも片づけようと思うも、大和だけに集中しすぎると今度はラウラの方がおろそかになってしまう。

 

 

(やっぱり追撃はないね。うーん、いつもの戦いかたじゃないとするとやりにくいなぁ)

 

(あぁ。今の行動もシャルルが居なかったらと思うと、ゾッとするぜ)

 

 

 致命的なダメージを防ぐことが出来るくらいで、一夏に大和の攻撃を完封する手段はない。刀一本で相手に立ち向かう大和の姿は、まるで代表時代の千冬を見ているようだった。

 

千冬に力及ばずとも、同学年の中ではトップクラスの実力を持っているのは事実。近接戦のスペシャリストに近接戦で無防備にも突っ込むようなギャンブルは出来ない。

 

 

(やりにくいね。元々実力があるのもだけど、対策通りにいかないのは)

 

(確かに。それでもやるしかないだろ。逆に対策を考える必要がなくなったんだ、開き直ってやればいいさ)

 

(ふふっ、一夏らしいね?)

 

 

打開策が無いなら開き直ってやればいい。一夏にとっては考えて戦うより、本能のままに戦った方がやりやすいのかもしれない。

 

再度二人で、正面を向き合う。

 

 

「……これから盛り上がるところに水を差すようで悪いんだけど、一旦俺は下がらせてもらうぜ」

 

 

 意気込む一夏とシャルルの二人に、大和から思いもよらない言葉が投げ掛けられる。何をどう思ったのか、二人に伝えられた言葉は、自分が一度戦いから離脱する旨を告げるものだった。

 

急にどうしたというのか。遠回しにラウラと二人で戦ってみろと言っているようにも見える。当然、大和が物事に対して手を抜くような人間でないことは分かっている。だからこそ意味が分からない、何故大和が戦いから離脱するようなことを言うのか。

 

 

「は? 一体何を言って……」

 

「相方がお前ら二人を相手にするんだと。俺は手を出すなってさ」

 

 

個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)越しに戦いから一旦離脱する理由を伝える。大和はトーナメントの前に一つの約束ごとをかわし、それに納得している。

 

戦いに手を出さないこと、それはあくまで大和が相手を鎮圧するレベルでの攻撃をするなということになる。大和に許される行動は相手の攻撃から自分を守るだけ。大和の性格を考えても簡単に約束を破るようなことはしない。

 

ただそれはあくまでも負けないケースでの行動であって、自チームの負けが考えられるケースに関しては話は別。もし負けが想定されるケースでは、勝つために大和も戦線に加わることになる。ここに関しては大和の中の線引きであり、約束に関しても表面上のものに過ぎない。

 

 

ちなみに大和が一夏を追撃しなかった理由として、シャルルの存在が大きいが、少なからずラウラとの約束を守る意味合いもあった。本人がそれで勝つと言い切っているのであれば、邪魔をするほど無粋な男ではない。

 

しかし逆手とれば、一夏たちにとってはチャンスに、ラウラにとってはピンチになりうる可能性も十分にあり得る。

 

 

「もしかして、それに大和は納得したの?」

 

「あぁ。でも勘違いするなよ? 納得はしたけど、完全に手を出さないとは言ってない。負けたらそれで格好つかないからな」

 

「大和がそう言うなら……」

 

「まぁ、そう言うわけだから……うわぁっ!?」

 

「なっ!?」

 

 

 言い終わる前に、大和は二人の目の前から姿を消す。厳密には消したわけではなく退かされた。上空を見上げると空高く放り投げられた打鉄の姿、足には頑丈なワイヤーがくくりつけられている。大和の後ろに陣取ったラウラが相手の死角を利用して接近し、打鉄の足にワイヤーをくくりつけると、タイミングよく振り上げた。

 

遠心力により大和は打鉄もろとも上空に打ち上げられて、そのまま宙を舞う。

 

 

「てめっ、ボーデヴィッヒ!」

 

 

 上空から大和の抗議の声が聞こえてくるも、これをどこ吹く風でスルーし、高速移動で二人へと接近する。投げ飛ばされた大和は機体を反転させて、足から地面に落ちていく。地面に着地した瞬間両足に全体重と重力がかかり、地面を抉りながら機体が後退していくも体全体から墜落するのを防いだ。

 

今さらラウラと言い合ったところで、こちらの声は一切通じないだろうと割り切り、戦っている三人から攻撃を受けないように外へと下がっていく。

 

大和の奇妙なまでの行動にアリーナの観客はそれぞれに首をかしげる。ざわめくアリーナの観客席、大和の意図を悟った人間は何人いるのだろうか。

 

少なくとも管制室にいる一人の人物は、大和の意図に気付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんでしょう霧夜くん? 急に退いちゃいましたけど……」

 

「ふん、なるほど。おおかたボーデヴィッヒと何か約束でもしているんだろう。戦いにおいて、霧夜が自ら手を退くのは考えにくい」

 

「約束ですか? 一対二の状況でボーデヴィッヒさんにメリットがあるようには思えないですけど……」

 

「あぁ。それでもアイツはやる気だ。だが、一人で勝ち抜けるほど相手は甘くない」

 

 

 千冬の視線が管制室のモニター越しにラウラの姿を射抜く。まるで勝負の行く末を知っているかのように。千冬が何を見てどう判断したのかは分からないが、彼女なりに確信を持って断言出来る部分があるようだ。

 

先を見据えた千冬の言動に対して不思議そうな顔を浮かべ、モニターを見ながら考え込む真耶。勝負はどこで何が起こるか分からない。特にいくら力量で優勢に立っていたとしても、たった一回の慢心が形勢を逆転させることだってある。千冬の自信を持った発言は、今までの戦闘経験によるものだろう。

 

大和というピースを外してまでラウラは一人で相手をすることを選んだ。専用機持ちを含めても、大和の実力は学年トップレベル。稼働時間だけを見ると代表候補生はおろか、一夏よりも少ないのに、驚くべき格闘センスでセシリアや一夏を倒している。

 

 

「それにアイツはいつ気付くのか……本当なら、その役目を生徒にやらせるものではないのだがな」

 

「はい? 織斑先生?」

 

「ふっ……何でもない、気にするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦況はアリーナへと戻る。

 

助け合う、協力し合うという気は今のラウラからは微塵も感じられない。目の前の敵さえ倒せれば何だって利用する、それが例えペアの相手であっても。ペアが戦闘不能になったところで、自分が残り二人を片付ければどうってことはない。

 

トーナメントのルールは、どちらか片方のシールドエネルギーが尽きたら終了ではなく、両方のシールドエネルギーをゼロにするか、相手が負けを認めるまで続く。だから大和が戦闘不能になっても試合は終わらない。

 

一人でも一夏とシャルルを相手にして勝つ自信がラウラの中にはある。逆にその障害になりうる人物が大和のため、むしろ先に大和を片付けてくれた方がラウラとしては嬉しい部分があった。

 

だが今の攻防を見る限り、短時間で大和を仕留めるのは難しいとラウラは判断した。IS操縦者としての実力を見るのであれば、大和はシャルルに劣る。それに戦い方を誤らなければ、一夏にも勝てる可能性はある。

 

ただ大和のことを瞬時に無力化出来るほどの実力を持っている訳ではないため、ラウラも二人が大和を倒すまで待っている訳にもいかなかった。

 

ならそれよりも早く、自分が二人を片付ければ良いという結論になり、今に至る。

 

 

「一夏、下がって!」

 

「分かってるよ!」

 

 

 突進してくるラウラに対し、一夏とシャルルは互いに分散していく。ラウラが追い始めたのはシャルルの方だった。一撃の近接攻撃を持つ一夏よりも先に総合力で優れるシャルルを潰しておこうと考えたのだろう。

 

幾つものワイヤーブレードを展開ながら、中距離でシャルルを追い詰めていく。さすがにシャルルでも相手の攻撃を完全に見切るのは難しい。損傷を最低限に押さえながら、近接ブレードを用いてこれを対処していく。

 

 

「くぅ……さすがドイツの候補生だけあるね」

 

「どうした!? 貴様も所詮口先だけか!」

 

 

 安い挑発を投げ掛けるも、シャルルは一切反応せず。相手の集中力を削ごうとしたんだろうが、シャルルに対しての心理的動揺は無理だ。とはいいつも、複数のワイヤーブレードを同時に処理するのは先日の鈴と同じように並大抵の集中力を必要とする。

 

 

「そら! これで終わりだ!」

 

「ッ!?」

 

 

ワイヤーブレードを解除し、一気に機体を加速させるとそのままシャルルの懐へと潜り込む。攻撃は止んだものの、間髪いれずの接近でワンテンポシャルルの反応が遅れた。その隙に右肩についている、巨大なレールカノンの照準をシャルルに合わせる。

 

この距離で直撃を食らったらシールドエネルギーが底をつきる。照準を合わされるギリギリのタイミングで反応し、高速切替(ラピッド・スイッチ)でアサルトライフルを呼び出して応戦しようとするものの、腕を上げようとした瞬間に腕が動かせなくなる。

 

迫りくる相手を捕捉するのは難しいが、接近した相手をAICで束縛することは比較的容易に可能だ。それも今のシャルルは自分の行動だけで手一杯の状況であるが故に、AICのことを意識していたとしても反応が出来なかった。相手の心理に付け込んだ良い作戦だったと言える。

 

 

「啖呵を切ったわりに大したことは無かったな。所詮貴様もその程度だったか、つまらん」

 

「そうだね……でも一つだけ君が忘れていることがあるよ?」

 

「何?」

 

 

 追い詰めたシャルルから出てくる挑発染みた言葉にラウラの眉が僅かに動く。このままレールカノンの引き金を引けばシャルルを無力化することが出来る。自分にとっては圧倒的優勢、相手にとっては絶体絶命の状態であるにも関わらず、シャルルの表情がは余裕そのものだった。

 

負ける相手に生意気な顔をされるのがラウラには堪らなく不愉快で、気に入らないものだった。植え付けられた怒りの感情が化けの皮を剥がしていく。イライラが募るもここで吐き出したところでどうにもなら無いのが事実。

 

それでも余裕な表情をされるのだけは、追い詰める側として納得が出来ない。そもそも何故シャルルは余裕な表情を浮かべていられるのか。

 

 

「……」

 

 

 ほんの一瞬だけ冷静になって考える。私は何を忘れているのだろうかと。忘れていることなど無い、追い詰めるまでの立ち回りも完璧だったし、後は攻撃を加えれば終わる。そうすれば残っているのは一夏だけだ、実力的にもシャルルの方が厄介だからという理由で先にシャルルを片付けることにした。

 

 

「……まさかっ!!」

 

 

シャルルの言葉の意味をようやく汲み取る。目先の相手ばかりに目がいってもう一人の存在を忘れていた。先ほどは大和が声をかけてくれたお陰ですぐに気付くことが出来たが、大和には手を出すなと退かせているため、当然声は掛けてこない。

 

タッグトーナメントの名目上、相手は一人ではない。ハイパーセンサー越しに、後ろ斜め上空からラウラに迫り来る影が確認できる。エネルギー刃を出し、この一撃で決めると雪片を振りかぶる一夏の姿だった。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

忌々しげに舌打ちをしながらシャルルへの攻撃をキャンセルし、その場から間一髪のタイミングで離れる。離れると同時に一夏の一撃は無情にも空を切った。

 

仕留めるつもりでいたんだろう、攻撃を空振った一夏の表情は悔しさが滲み出ていた。

 

 

「悪いシャルル! 仕留めきれなかった!」

 

「ううん、助かったよ。僕もあのまま粘りきるのは無理だったし、タイミング的にはバッチリだったから」

 

 

最初からシャルルは一夏の攻撃を待っていた。だからラウラの頭から一夏の存在を薄れさせるために時間をかけて、一夏から距離を取らせた。

 

早いタイミングで一夏に飛び込ませてしまうと、一夏の存在をはっきりと認識され、対応されて窮地に陥ってしまう可能性もある。

 

だがシャルルの不敵な笑みにより、ラウラの怒りの矛先は一夏ではなくシャルルに向く。そうなると頭の中から一夏の存在は消える。実際に消えるわけではなくとも、不意の攻撃が出来るくらいには意識が薄れる。

 

それがシャルルの最大の狙いだった。攻撃自体は致命傷になる攻撃を防ぎ続けていたため、シャルルにダメージらしいダメージはほとんど無い状態。

 

しかし一方の一夏は零落白夜を外してしまったために、シールドエネルギーの減少は免れない。それでも一夏に外してしまったことによる負の感情は無い。

 

次がまたある……といった前を向いた姿勢が一夏からひしひしと伝わってくる。

 

 

 

逆にラウラにとって、自分が劣勢に立たされる状況はストレスしかたまらない。自分のパターンで攻めきれず、仕留めることが出来ない。

 

押しているのはこちらのはずなのに、何故か寸前のところで邪魔が入る。これではまるで自分が格下に手を焼いているように見える。

 

トーナメントで相手を完膚なきまでに叩きのめせば、千冬も学園のレベルの低さに失望してまた教官として戻ってきてくれるはずだと思っていたのに。

 

 

「どうしたボーデヴィッヒ。何なら俺も出れるぞ?」

 

「黙れ! 貴様は下がっていろ!!」

 

 

 更には退いた大和からも個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)越しに、からかい紛いの指摘を受ける始末。ここまで言われると尚更、協力を頼もうとは思わない。

 

イライラを隠せず八つ当たり気味に吐き捨てるラウラを、大和はじっと見つめたまま仁王立ちで待機する。流石に全く戦線に加わらず見ているだけなのは退屈らしい。実態を知らない生徒たちから見れば、大和が手を抜いてサボっているように見える。

 

 

(実力的にはボーデヴィッヒが上回っている……が、いつ二人が弱点に気付くか。いや、下手するともう気付かれたか?)

 

 

 戦況を見つめながら頭の中で最悪の事態を想定しつつ、すぐに対処できるように戦術を考える。いくら実力が高いからといって一夏とシャルルの息の合ったコンビネーションをそう簡単に崩すのは難しい。

 

片方がAICに捕まったとしても、もう片方はフリーで動ける。ラウラは何の気なしにAICを使っているが、別方向からくる相手に対して同時にAICを展開することは不可能。

 

今の一夏が飛び込んできた瞬間にシャルルのAICを解除したのは、同時展開が出来ないから。一瞬の出来事ではあるが、おそらく二人とも解除した場面を確認しているだろう。

 

一回目は気付かなくとも何回か見せられているうちに違和感が出てくる。大和はトーナメントの最初の段階でAICの弱点に気付いたからこそ、すぐさまラウラに忠告をした。

 

罠だから早く下がれと。

 

 

ただその時点では一夏もシャルルも弱点には気付いておらず、少しでも不意打ちでラウラにダメージを与えていこうと思ったのが最初の行動に出ただけだった。

 

 

大和の杞憂、二人には既に弱点がバレているのかもしれない。

 

出来れば外れていてほしいと願う大和の予想は的中することとなる。

 

 

 

 

「なぁシャルル。さっきからアイツ、片方どちらかを止めることはあっても、二人同時に動きを止めることは無いよな?」

 

「うん、言われてみれば……」

 

「……ちょっと確認してみたい。シャルル、援護頼めるか?」

 

「うん、任せて!」

 

 

一夏の中に疑問が沸き上がる。確かに動きを完全に止めてしまうAICは厄介だが、どうして二人同時に展開することはないのかと。今のケースはもちろんのこと、開始早々の一撃もその気になれば二人まとめて停止結界の網に捕らえることが出来たはずなのに。

 

 

単純に自分たちを格下に見て手を抜いているだけなのか、それとも……。

 

疑問を確認すべく、一夏は再度単騎でラウラに突っ込んでいく。

 

シュヴァルツェア・レーゲンからいくつものワイヤーブレードが展開されて、一夏の接近を拒む。一つ、二つ、三つとかわしていくうちにわずかなワイヤーブレードの歪みを見つけて一気にラウラの間合いへと接近。

 

勢いを利用して雪片を横に薙ぎ払った。

 

 

「無駄なことを……」

 

 

不敵な笑みを浮かべると一夏の接近に合わせて片手を突き出し、再度一夏をAICの網に引っ掛ける。停止結界の前ではどうあがこうにも一夏は行動できない。シャルルを止めた時と同じように、右肩のレールカノンを一夏に向ける。

 

だがラウラは気付かなかった。先ほどまでとは違い、今度は一夏が不敵な笑みを浮かべた。自分たちが仕掛けた網に獲物が引っかかり、してやったりとでも言わんばかりに。

 

 

「忘れているのか? 俺は別に一人で戦っているわけじゃないんだぜ?」

 

「なっ……!?」

 

 

 ラウラが一夏の言葉に、慌てて視線を周囲に張り巡らすも既に遅い。一夏の後ろから現れたシャルルが零距離にてショットガンの弾幕を浴びせると、大きな爆発音と共にレールカノンは爆散した。

 

 

「くっ……!!」

 

 

いくら反応が早い人間でも自分の死角から、それも零距離で攻撃を叩き込まれれば反応は出来ない。大きな攻撃手段を一つ失った。

 

そしてもう一つ、一夏の中の疑問は確信へと変わった。AICは対象に集中していなければ束縛することは不可能、更に同時に複数の相手を束縛することも出来ない。

 

つまり一夏かシャルルのどちらかを束縛したとしても、もう一人が動けるうちは、AICを解除するのは造作もないことになる。ただしそれは二人の相性が良いから出来る芸当であって、互いの相性が悪ければ、早々上手くいくようなものではない。

 

鈴とセシリアが負けた理由も、相手の特性を理解出来なかっただけではなく、個人での戦い方になってしまった部分も大きい。

 

相手の戦い方に自分の戦い方を合わせて、コンビネーションで戦うことがどれだけ難しいか。シャルルが一夏を上手くカバーしてる部分もあるが、最大限に力を引き出せているのは、一夏がシャルルを信頼しているから。

 

強大な力に対して個で立ち向かうのではなく、チームで立ち向かう。戦況を見守る大和も大きく、納得するように頷いた。だが、あまりうかうかしている場合じゃないのも事実。

 

 

「やっぱりそうだ! AICは同時に二方向への展開は出来ない!」

 

 

停止結界の最大の弱点を見破ったことで、勝ち誇ったような笑みを浮かべる一夏。だが、勝負がついたわけではない。あくまでラウラの戦法の一つを潰したに過ぎず、シールドエネルギーをゼロになるまで削る必要があった。

 

それも二人分のシールドエネルギーをだ。

 

 

更に追撃を加えようと一夏は零落白夜を発動させて、一気にラウラとの間合いを詰める。そして後ろから一夏を援護するようにシャルルが一夏の背後からアサルトライフルをラウラに向けて連射する。

 

接近する一夏と遠方からの攻撃に回避以外の行動を取れなくなる。AICを発動させようにも、これだけ切羽詰まった状況では確実に命中させることは出来ない。可能性だけで言えばかなり低くなるだろう。勘で発動させて万が一外した場合、それは自分の敗けを意味することになる。

 

今一夏の零落白夜を食らえば、ほぼ間違いなく自分のシールドエネルギーは底を尽きる。一か八かで使うか、それとも相手が隙を作るのを待つか。

 

もし負けたらと思うとラウラのプライドには大きな傷がつくことになる。私がこんなやつらに負けるのかと、その精神的なダメージは計り知れないものがある。だからこそ何がなんでも負けるわけにはいかない。

 

だが状況は最悪。二人の動きに集中し、それを的確に対処しなければならないのだから。

 

 

「これで終わりだっ!!」

 

 

シャルルの銃撃を上手く利用して、一足一刀の間合いに入った一夏が雪片を振り下ろす。反射的に自身を庇うように左手を差し出し、来るべき攻撃に備える。

 

だが、その攻撃は無情にもラウラに届くことはなかった。

 

 

「……!? や、大和!?」

 

 

斬撃の前にラウラと一夏の間に入り、振り下ろした右手を掴んで攻撃を防ぐ大和の姿があった。直接雪片の刀身に触れたわけではないため、大和にはダメージは無い。ギリギリまで攻撃を引き付け、当たる直前でラウラの前に現れて手首を掴んだのだから、攻撃をした一夏も後ろにいるラウラも気付くはずがなかった。

 

大和は手出しをしてこないと認識していた一夏とシャルルは共に驚きを隠せないまま、ただ茫然と大和の顔を見つめるしかない。驚く様子の二人を薄笑いを浮かべながら見つめると、自身の後ろにいるラウラへと視線を向ける。

 

一瞬、目の前の事態が呑み込めずに呆気にとられていたラウラだが、やがて事態を悟るとその表情は苦虫を噛み潰したような表情へと変わる。

 

 

「貴様……手を出すなと言ったはずだ! 何故余計な真似をする!?」

 

 

何故このタイミングで邪魔をしてきたのかと。ラウラの中には助けてくれたありがたさよりも、勝負の邪魔をされたことによる怒りの方が大きかった。しかし大和は事前にラウラには伝えてある、もし負けそうになるのであれば手を出すと。

 

当然ラウラの言い分としてはもう戦えないわけでもなければ、負けたわけでもない。あくまで劣勢に立たされてはいるが、これからいくらでも立て直すことが出来る。だからこそ、怒りが心の奥底から沸き上がってきた。

 

だが大和としてはどこ吹く風。本当に手を出すなという約束のもとでのトーナメントであれば、手を出してはいなかった。トーナメントの始まる直前、大和はラウラにはっきりと明言をしてある。

 

 

「言ったはずだぜ? 負けそうだと判断したら、遠慮なく手を出させてもらうと。お前の物差しならどうなのか分からないけど、俺はお前の判断基準でとまでは言ってない。負けそうだと判断したら手を出すと言っただけだ」

 

「ぐっ……」

 

 

 そこまで言われてラウラも何も言い返せないらしく、口を真一文字に結びながら大和から顔を逸らす。確かに自分は大和の条件に対し、勝手にしろと言っている。勝手にしろということは、負けそうになったら大和自身の判断で手を出すことに了承をしているのと同じことだ。

 

完全に押し黙ったところで、再度一夏の方へと顔を向ける。一夏としてはこれで仕留めれたと完全に油断していたことだろう。完全に裏をかかれた大和の行動に焦りを隠せない。いずれにしても大和とは戦う運命にはなっていた。それが大和だけを二人で相手にするのか、それともラウラと大和をまとめて相手にするかの違いなのだから。

 

 

「くそっ! 後少しだったのに!!」

 

「そうだな。それでも勝負は何が起こるか分からないし、今回みたいなイレギュラーが起こるとも限らない」

 

 

 戦いにおいて不測の事態はつきもの。ラウラに前線を任せて一旦下がると明言したのは大和だが、手を出さないとは言ってない。それを大和はラウラが負けるまで絶対に手を出さないと、大げさに判断してしまった一夏にも油断があった。

 

頭の中では大和の存在を強くしていても、無意識の内に自分の敵はラウラだけだと錯覚してしまった。その理由は大和が一夏とシャルルに伝えた文言は勿論のこと、本当に一切手を出してこなかったことにある。

 

判断力の部分で未熟さを露呈してしまったわけだが、まだ試合中で反省の弁を述べている暇ではない。一旦この状況を覆そうと必死に策を考える一夏だが、大和に零落白夜を防がれたことで、行き場を失ったエネルギーが刀身から抜けていくことに気付いた。

 

 

「なっ!? エネルギーが!!」

 

 

目の前のモニターに表示されるシールドエネルギーの残量が、零落白夜、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の多用で既に二桁に突入していた。これでは零落白夜を使うことも出来なければ、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使うこともままならない。更に相手の攻撃をまともに食らうようなことがあれば、シールドエネルギーは底を尽きる。

 

 

「限界までシールドエネルギーを消耗しては、もう戦えまい!!」

 

「っ!!」

 

「うわぁ!?」

 

 

 一夏のシールドエネルギーが残り僅かだということが判明し、大和の背後からプラズマ手刀を展開したラウラが一気に接近。ハイパーセンサー越しに背後の様子を瞬時に確認した大和は、自身が攻撃を食らわないように寸前のところで一夏の手を放して上空へ避難する。

 

いきなり大和の背後から現れたラウラをこちらも間一髪のところで反応し、一夏は大和から離れるように地上へと降下していく。

 

一夏の回避をサポートするように地上からはシャルルがラウラに向けてアサルトライフルの弾幕を張る。一夏が攻撃態勢に移れないのを確認すると、ターゲットを変えてシャルルに向けてワイヤーブレードを鞭のように振るう。

 

 

「あぁっ!!」

 

 

一つ目はかわすものの、横から奇襲気味に伸びて来た二つ目の一撃をかわすことが出来ずに直撃を食らう。

 

 

「シャルル!!」

 

「はぁぁあああああああ!!!」

 

「しまっ……だぁっ!?」

 

 

シャルルが攻撃を食らったことで、一夏の視線が一瞬地上へと向く。その隙を見計らって再度一夏へとプラズマ手刀を展開しながら接近し、白式に向かって矛先を突き出した。

 

勢いを相殺しきれずにそのまま地面へと落下し、背中を強く打ち付ける。一夏の周りに舞い上がる砂埃の量が、衝撃を物語っていた。絶対防御に守られているとはいえ、背中から地面に落下しようものなら、肺の酸素は一気に外に排出され、呼吸はおろか身動き一つとれなくなる。

 

とどめを刺そうと上空からは急降下でラウラが接近してくる。

 

 

「これで―――ぬあっ!?」

 

 

不意に一夏の前を影が通りすぎる。その影は一直線でラウラに向かうと、体当たりの要領で弾き飛ばした。ラウラにとっても、そして上空で戦況を見守っていた大和にとっても予想外な動き。

 

予想外なのも無理はない。これまでの戦いやデータにおいて、シャルルが瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使ったことなど一度もなかったのだから。

 

完全な不意打ちに全く対応で出来ずに地面を二度、三度バウンドして体勢を立て直すも、既にラウラの目の前にはショットガンを展開したシャルルが迫っていた。

 

反射的に腕の装甲で頭部を覆い、ショットガンから身を守る。

 

 

「ば、バカなっ!! 瞬時加速(イグニッション・ブースト)だと!? そんなデータは無かったはず……!」

 

「データも何も、今はじめて使ったからね」

 

 

一夏が何回もの練習を行って身に付けた技能を、たった数回見ただけで扱えるようにしたシャルルの器用さ、操縦センスには誰もが驚かされたことだろう。

 

 

「まさかこの戦いで覚えたとでも言うのか……っ! だがっ! 私の停止結界の前では無意味……うあっ!!?」

 

 

 左手を正面に突き出そうとした瞬間に、今度は背後から衝撃を受ける。一度ラウラの中に染み付いた戦い方は早々簡単に抜けるものではない。AICは効力に気付いていない相手であったり、一対一のタイマンであれば絶大な効果を発揮するものの、複数の相手と戦う時は諸刃の剣となる。発動には膨大な集中力と正確性がいるため、一度に束縛できる人数は一つの対象のみ。

 

 

 

背後からの衝撃を理解出来ずに混乱するしかないラウラ。先ほどの落下で一夏のシールドエネルギーはほぼゼロに近い状態。落下した位置から素早く起き上がり、自分に接近したとしても多少時間が掛かる。まして一夏には瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使えるだけのシールドエネルギーは残されていない。

 

何より背後から近寄られたなら、接近する際の音が聞こえるはず。だが現実に音らしい音は一切無かった。シャルルは自分の前にいるのだから背後からの攻撃など出来るはずがない。

 

なら何故、このタイミングで攻撃が来るのか。

 

恐る恐る背後を振り返るラウラの目に飛び込んできたのは。

 

 

「ふっ……」

 

 

 シャルルが使っているアサルトライフルを構えた一夏の姿だった。得意気に勝ち誇った笑みを浮かべながらラウラを見つめる。どうして一夏がシャルルのアサルトライフルを持っているのか疑問に思うも、その疑問はすぐに解消された。

 

シャルルはあえてアサルトライフルを捨てたのだと。捨てられているとはいえ、弾数が残っていれば発砲は可能だ。以前、一夏はシャルルから射撃の基礎ではあるものの、簡単な射撃訓練を受けている。

 

万が一のためにと、やったことが今日役立った。

 

 

(コイツっ……はじめから狙っていたと言うのか!?)

 

 

心の奥底から込み上げてくるのは驚き、そして驚きの感情は徐々に怒りへとシフトしていく。過去の経験から他人から見下されるのを嫌っている。してやったりの表情は、ラウラにとって火に油を注ぐようなもの。

 

怒りの矛先はすぐに一夏へと向く。ただでさえ千冬の顔に泥を塗ったと毛嫌いし、敵意を向けていたところに追い討ちのように格下だと見下された。

 

一夏が思ってなくとも、ラウラはプライドを傷付けられたと怒る。

 

 

「この……死に損ないがぁぁあああっ!!!」

 

 

憎しみに染まった怒りの形相で一夏に突進をしていく。今のラウラの中にはシャルルの存在はなく、瞳の先には一夏しか映っていなかった。目の前のことしか見えなくなった時、人は最も無防備な状態になる。つまりラウラは複数人を相手に背を向けているのとほぼ同等の行為をしていることになる。

 

この場合、一夏よりもそばにシャルルがおり、シールドエネルギーの残量は歴然の差がある。小突くだけでシールドエネルギーが尽きる一夏と、余裕が残っているシャルルのどっちを先に潰した方が楽かなどすぐに分かること。

 

エネルギー不足の一夏に残された攻撃手段は、アサルトライフルによる射撃のみ。それも普段実勢経験のない武器の扱いは、固定の目標ならまだしも、動いている相手を正確に狙い撃つのは困難を極める。

 

相手がセシリアであれば動いている相手を打ち抜くことなど造作もないことだが、近接格闘がメインの一夏にとってそれは無理難題を押し付けられたようなもの。上下左右の移動をされるだけでも、相当狙いはつけにくくなるはずだ。

 

上空にいる大和も一夏のシールドエネルギーが残り僅かなのは知っており、地上への着陸の準備に入っていた。自分が一夏を完全に無力化すれば、ラウラはシャルルとの戦闘に集中できる。そこで決定打だけは受けないようにサポートを入れれば、十分な勝機があると。

 

 

だが残念なことに大和の思惑は外れ、一時の感情に身を任せてシャルルに背を向けて攻撃目標を一夏へ転換。わざわざ自分から作ってくれた隙を見逃すほど、シャルルは優しい人間でも甘い人間でもない。

 

 

「馬鹿野郎! シャルルから目を離すな!」

 

 

慌てて個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)でラウラに声を掛けるも、声を掛けた時にはシャルルはラウラの正面にまで接近していた。

 

 

「どこを見ているの?」

 

「なっ!?」

 

「この距離なら外さないっ!!」

 

 

 表面を覆っていた盾の装甲ははぎ取られ、その中から先端の尖った杭のようなものが現れる。射程距離が短く、接近した相手でなければ通用しないが、純粋な攻撃力だけなら第二世代の中でも最強の呼び声が高い装備であり、一撃でシールドエネルギーを半分近くまで削ることが出来る秘密兵器。

 

シャルルは最後の最後までこの武器を隠し、確実に当てられる機会を窺っていた。ラファールの機体で最も攻撃力の高い武装を最後まで隠し持っていたということは、ここが仕留めるチャンスだとシャルルは悟ったのだろう。

 

 

盾殺し(シールド・ピアース)……!」

 

 

攻撃体勢を整えたシャルルに、ラウラの為す術は何一つ残っていなかった。攻撃の前にほんの一瞬だけ、シャルルが笑みを浮かべる。いつもなら誰もを虜にする微笑みが、今は悪魔のようにしか見えない。

 

タイミング的にAICを発動させるのは不可能、処刑台に立たされた囚人のような気分を味わっているようだった。敗北することに対する恐怖心が、ラウラの気持ちを一気にドン底へと叩き落とす。

 

 

「はああああああっ!」

 

「ぐうっ!!?」

 

 

 正面から固い物質をぶつけられたような衝撃がラウラの腹部を襲う。シールドエネルギーを利用した絶対防御が発動するも、たった一撃で一気にエネルギーが減少していく。モニターに表示されたエネルギー残量がみるみるうちに減少していく様子をただ呆然と眺めることしか出来ない。

 

更にパイルバンカーの衝撃を相殺しきれず、人体の方にも殴られた時の衝撃が伝わり、人に握りこぶしで殴られた時のような痛みに苦悶の表情を浮かべたまま、アリーナの壁に叩き付けられた。

 

 

 

 

 壁に叩き付けられると同時に、劣勢を跳ね返した一夏とシャルルのペアに、アリーナ中から大きな歓声と満遍ない拍手が送られた。

 

観戦に来ている生徒のほとんどは、ラウラがドイツの代表候補生であり、一年の中ではトップクラスの実力を持ち合わせていることを知っている。

 

更に鈴、セシリアといった中国とイギリスの代表候補生二人を同時に相手にして、無抵抗な相手をタコ殴りにしたという悪いイメージが染み付いてしまっている生徒も何人かいる。

 

アリーナでの一部始終を目撃してしまった生徒に関しては、ラウラに対して乱暴な悪役のようなイメージが強く、逆に一夏とシャルルには悪を退治する正義のヒーローのイメージが強い。

 

そのイメージが少なからず、歓声や拍手に反映されていた。

 

 

 

 

 

劣勢をひっくり返した一夏とシャルルとは反対に、窮地に立たされたのは大和とラウラだ。

 

大和の方はダメージらしいダメージは無く、戦うことには全く問題はないものの、現状を放っておけばラウラのシールドエネルギーは底を尽き、大和とシャルルの一騎討ちになるのは間違いなかった。

 

いくら近接には無類の強さを誇るといっても、総合力だけを比べれば大和はシャルルに劣る。ましてや片方は遠近両用の装備持ち、片方は近接ブレード一本だけだと考えると、残っているシールドエネルギーを踏まえても大和の分が悪いのは事実だった。

 

それならラウラに気をとられているうちにシャルルを無力化する必要がある。もしくはラウラを助け出し、二人でシャルルを叩くか。いずれにしても考えている時間はもうない。

 

 

 

「ちいっ! 世話の焼ける……」

 

 

上空から一気に降下し、追撃を加えようと壁に叩きつけられたラウラに接近しようとするシャルルの後ろ姿を追い掛ける大和。

 

 

 

 

 

だが、急に機体が前に進まなくなる。

 

エネルギーの残量は十分に残っているから、エネルギーが尽きたわけでもない。先ほどと違うことといえば、妙に両脇の辺りに抱えられているような違和感があることくらいか。だがどうして両脇に違和感があるのかと疑問に思ったところで、大和は現状を把握する。

 

相手は二人いることを。

 

 

「っ!? て、てめっ、一夏!?」

 

 

そう、大和が邪魔を出来ないように後ろから羽交い締めをしていたのは一夏だった。エネルギーは残り僅かで、攻撃する手段がほぼ残されていないとしても、相手の動きを羽交い締めで止めることは出来る。

 

絶対に離してなるものかと渾身の力を込める一夏と、束縛を何としてでも解除しようと前に足を踏み出そうとする大和。

 

 

「大和! 勝負は何が起こるか分からない……だろ?」

 

「くっ……」

 

 

大和を束縛している間にも、接近したシャルルは二発、三発と攻撃を攻撃を加えていく。みるみるうちに削られていくエネルギー、そしてラウラの専用機のシュヴァルツェア・レーゲンにも紫電が走りだし、ISの強制解除の兆候が現れ始める。

 

 

 

 

 

 

 

―――その時だった。

 

 

 

 

 

「うああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

ラウラの悲痛に満ちた絶叫が木霊したのは。


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