IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○夕飯時の出会い

「えっと……こっちでよかったよな?」

 

 

 

二人と別れ、一夏の部屋の前に陣取っていた子たちを置き去りに、俺はただ一人で食堂へ歩を進めていた。

 

ひとまず、一夏と篠ノ之を和解させるべく少しだけ当人同士の間に介入したものの、本来なら当人たちだけで解決してほしいというのが本音だったりする。

 

あくまでやらかしたのは一夏であり、俺自身は一夏と篠ノ之が何をやらかしたのか分からないわけだ。

 

一夏は助けてくれと言ったものの、当人同士の問題は当人同士で解決し無ければ意味はない、むしろ第三者の加入が事態をより複雑にする可能性もある。

 

 

 

……とはいえ、解決するのは二人の仲であって、別の問題は全く解決してはいなかったりする。

 

篠ノ之によって見るも無残な姿に変貌してしまったドア。穴は開き放題で、プライベートを守るという一番大切な役割を失ってしまった。

 

中で何かを話そうものなら、穴から会話が廊下まで完全筒抜けで、外からは部屋の中を観察し放題。覗いているのがバレればそれはそれで問題になるだろうけど、結論から言えばドアを壊すやつが悪い。

 

あぁ、そういえば一年生の寮長って千冬さんだったっけ。そして部屋割り担当が山田先生。こりゃ大変だ……。

 

 

 

そんな訳で、俺は二人のことを置き去りにして、一足先に食堂に足を運んだ……わけだが俺はここで自分から墓穴を掘ってしまったことに気がついた。

 

今は一夏がいない、つまりさっきまで俺と一夏に分散していた視線は俺ただ一人に集中する。これは積んだんじゃ無かろうか。

今さら後悔しても遅い、すでに足は食堂の敷居を踏み入れていた。

 

 

「え、霧夜くん!?」

 

「うそっ!? ほんとだ!」

 

「制服姿もいいけど、部屋着姿もいいなぁ……」

 

「ちょ、携帯貸して! これは貴重な一枚よ! 間違いなく高く売れるわ!」

 

 

勝手に人の写真を撮ったり売ったりするのは、プライバシーもへったくれもあったもんじゃない。だから勘弁してください。

 

予想していた通り、多方面から好奇の目やら会話が聞こえてくる。……中には俺や一夏といった男性をよく思わない人間もいるみたいだが、こっちから何か言わなければ明確に来られることはなさそうだ。

 

声に出ないように心中で溜息を吐きつつ、食券の販売機の前に並ぶ。食券の販売機もかなりの人が並んでいて、なかなか進まない様子。夕飯のピークの時間帯のようで、あいている席も少なかった。

ま、時間に切羽詰っているわけではないし、ゆっくり待つとしよう。

 

 

「あ、あの……霧夜くん。よかったら、先どうぞ」

 

「ん? あぁ、別に急いでいる訳じゃないから気を使わないでいいぞ。それにせっかく並んでるのに、後から来た俺が割り込んじゃ、並んでいる意味がないんだからさ。気持ちだけ、受け取らせてもらうよ」

 

「う、うん。分かった。ありがとう」

 

 

 俺の前に並んでいた子が、先にどうぞと言いながら列を譲ってきたが、これは丁重にお断りさせてもらった。この混んだ状況じゃ、いつどこに座れるかなんて分かったものじゃない。せっかく並んでいたのに、俺に先を譲ってしまったことで席に座れなくなったら、こっちが申し訳ない気持ちになってしまう。

 

俺が断ると、その子は顔を赤らめながら納得してくれた。後ろでいいなぁなんて聞こえるけど、まさか全員同じパターンをやり出すとかならないよな?

頼むから勘弁してくれよ。ただでさえ今日一日女の子の中に叩き込まれていろいろ疲れているんだから。

 

別に俺自身が女の子が嫌いってわけじゃないぞ、別にそういう妄想もあるわけだし、可愛いなとかきれいだなとか思うことだってある。

 

IS学園にも可愛い子やきれいな子は沢山いるけど、全学年女の子しかいない中に男性が叩き込まれたら精神的にくるものがあるってだけだ。

 

 

時間が経つにつれて徐々に並んでいる人数は減っていき、券売機の前にたどり着いた。

 

 

「グランドとモーニング限定メニューがある上に、それに和洋中と全部行けるときたか。相変わらず凄いなIS学園」

 

 

 券売機に書かれているメニューの豊富さに驚かされた。一か月の学費が十数万するようなどこぞの有名私立校をはるかに凌ぐメニューの数、和洋中といってもそのバリエーションだけで百はある。メジャーなものから、あまり聞かないようなものまで、挙句の果てにはデザート系まで充実してるときたものだ。

 

券売機の数は複数あるものの、これだけの大量のメニューがあるのなら選ぶのに時間がかかって長蛇の列が出来るのもうなずける。

 

正直俺もどうするか迷う。あまりここでごたごたしていても時間の無駄な上に周りの迷惑になるため、まっ先に目に入った唐揚げ定食にした。

 

券売機から、唐揚げ定食と書かれた紙が出てくる。それを調理場の窓口に渡した。

 

 

「これからお世話になる霧夜大和です。よろしくお願いします!」

 

「あら、アンタが男性操縦者の方かい? いい男じゃないのさ!」

 

「アハハ、ありがとうございます。あ、ご飯の方は大盛りでお願いします」

 

「大盛りだね? ちょっと待ってな!」

 

 

 これから三年間世話になるであろう学食の調理スタッフさん達に挨拶を交わす。俺としては割と自然にやったつもりだったんだけど、どうやらお気に召してくれたみたいだ。女性向けの量を基準に考えているのか、この食堂には大盛りっていうものが存在しないらしい。

 

女性からしてみればどうだか知らないけど、俺達男性にとっては物足りない。俺の前にいる女の子の茶碗を見るとかなり小さい上に入っているご飯の量も少量。だから確信できた、絶対に足りないと。

 

大盛りでやってくれても、追加料金をとられるとばかり思っていたため、無料でしてくれるのはうれしい誤算。

 

トレーを台の上に置き、料理が出てくるまでその場で待機する。学食っていうシステムを利用するのも初めてだし、実は滅茶苦茶楽しみだったりする。中学までは弁当だったし、学食とは無縁の生活を送っていた。

 

だから何もかもが新鮮で、楽しみだ。

 

 

 

――――待つことしばし、料理が出来上がってトレーの上に乗せられる。ご飯は丼用の入れ物に入っていた。さっきの小さな茶碗と比べるとその差は一目瞭然、サービスしてくれたことに感謝しよう。その他に豆腐の味噌汁、そしてメインディッシュの唐揚げとサラダのついた皿。そしてフルーツヨーグルトが乗っかっていた。

 

ってあれ?

 

 

 

「あの、俺ってヨーグルト頼みましたっけ?」

 

 

フルーツヨーグルトを頼んだ覚えはない、でも現実に俺のトレーには乗せられている。少し疑問を持ちながらもスタッフに聞いてみると、二カッっと笑顔を見せながら答えてくれた。

 

 

 

「なーに、こっちのサービスだよ! 持ってってくんな!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

……嬉しい誤算だ、まさかデザートまでタダで付けてくれるとは。これからも気に入ってもらえるように、色々と頑張るとしますかね。

 

こうして料理は完成して、後は座るだけなのだが、空いているところが見当たらない。どうしようか、とは言っても立ち食いをするわけにはいかないから、場所を探すしかないんだけど……

 

ちょっと来る時間が遅かったかな。もう少し早く来ていれば、若干すいていたかもしれない。

 

 

キョロキョロとあたりを見渡して空席を探していると、一か所でピタリと視線が止まる。窓際にある四人席の内の一つが開いていたからだ。ただもちろん、四人用の席の一つなので他の三席は別の子たちが座っている。

 

本来なら、女の子が会話している中にぬけぬけと入り込もうとは思わない。ただこのまま探していてもどんどん席が埋まっていくだけで、待っている時間が無駄だ。せっかく作ってもらった料理も冷めるし、ここは腹を据えていくしかない。

 

……よし、行くか!

 

 

 

一歩足を踏み出して、空いている席がある場所へと近づいていく。

 

当然俺の行動は、周りの子たちにもろ観察されている。どこに座るのか、誰の隣に行くのか。俺としてはむしろこの際誰でもいい、差別をしない子だったら。

 

楽しそうに話している三人組は、俺が近寄っていることにまだ気が付いていない。勘弁してくれよ、これで近寄ったら『何お前?』的な視線で睨まれるのは。

 

少なくとも、そういう子もいるとは思う。全員が全員男性という存在を受け入れられるかと言われたらそれは正直厳しい。出来れば『あ、いいですよ』くらいにさらっと流してくれる方がこっちとしては気が楽だ。

 

女の子三人組の背後に近付き、意を決して声をかけた。

 

 

 

 

「その空いている席、座ってもいいかな?」

 

「んえ?」

 

「あ……きっ、霧夜くん!?」

 

「ど、どうぞ!」

 

 

俺の考えていたことは杞憂で終わった。三人は少し驚きながらも、快く俺が座ることに賛同してくれた。二人掛けの相席の片方が開いていたために、俺はそこにトレーを置いて腰かける。

 

いや、本当に親切な子で良かった。

 

 

「ごめんな。女の子だけで話したかっただろ?」

 

「う、ううん! 全然平気だから!」

 

「そ、そうか? ……ってあれ、よく見たらうちのクラスの……?」

 

 

 途中まで言いかけて気がつく。さっきからどこかで見たことがある顔だなと思ったら、うちのクラスにいた子ではないかと。少なくとも三人のうちの二人はそうだった。

 

確か一夏の右隣に居た子と、俺の左隣に居た子だったはず。

 

で、もう一人の子は……

 

 

「……」

 

 

「ん~? 私の顔に何かついてる?」

 

 

間延びした話し方をする女の子だった。……色々突っ込みたいところがあるけど、一個突っ込むとしたら着ている部屋着ってところか。

 

まずは身の丈に合っていないのか、サイズがダボダボだ。上着の袖は手のひら一個分以上余っている。後その部屋着の見た目が、二次元の世界にでもいそうなキャラクターにも見えた。さらにその間延びした話し方が、より一層不思議な感じを醸し出している。

 

 

「いや、何もついていないぞ」

 

「ほんと? えへへ~、きりやんと初めてお話しちゃった~♪」

 

 

 間延びした話し方が何とも癒される。こういうのを天然っていうのだろうか、まるでマイナスイオンを浴びているように身体が休まる感じがする。話し方は良いとして、そのきりやんって俺のことか?

 

あだ名のつもりなんだろうけど、妙なニックネームだ。初対面だから、霧夜君とかを予想していたんだけど、そんな予想の斜め上を行ってくれた。

 

 

「嬉しそうで何よりだ。えっと……悪いんだけど、まだクラスメイト達の名前を全員覚えきれていないんだ。だから教えてくれると嬉しい」

 

「そうだよねー。霧夜くんも織斑くんも今日はガチガチだったもんね! あ、私は谷本癒子(たにもとゆこ)だよ! よろしくね霧夜くん!」

 

 

 初めに自己紹介してくれたのは俺の対面に座っている子。髪を後ろ二か所で結び、長いおさげにするという古典的な髪の結び方が特徴で、言葉をハキハキと喋るいかにも元気っ子って感じの子だ。

 

 

「あぁ、こちらこそよろしくな」

 

 

「私は布仏本音(のほとけほんね)だよ~。よろしくね~きりやん~」

 

 

「ん、よろしく」

 

 

 俺とは対角線上に座っている電気ネズミ……んんっ、キツネのような部屋着を着た子は布仏本音というらしい。やっぱこの喋り方は癒されるな、この癒しが商品化したら間違いなく売れる。後、俺にあだ名をつけてくれたお礼として、俺も布仏のニックネームを考えておこう。

 

 

「わ、私は(かがみ)ナギっていいます。よろしくね、霧夜くん」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 最後に自己紹介をしてくれたのは俺の隣に座っている子。日本美人の象徴するかのような黒髪で、顔の左側では赤いヘアピン二つで髪の毛を留めている。少し恥ずかしがりやなのかなという印象を受ける女の子だ。

 

ってかよくよく考えたら、ここの三人もすごく美少女だよな。IS学園は魅力的な女性が多いから目立つかどうか分からないけど、三人のレベルが高いことは間違いない。

 

さて、ラストは俺だな。

 

 

「俺は霧夜大和だ。男性ってことで話しかけにくいかもしれないけど、気軽に話しかけてくれるとありがたい。これからよろしくな」

 

 

 印象を悪くしないように、なるべく笑顔を作ってる。三人とも少し恥ずかしがりながらも、こちらこそって頭を下げてくれたし、クラスで気軽に話せる仲間が出来たことはうれしい。今後評価が下がらないように気をつけたい。

 

 

「んじゃ、俺は飯食うか。いただきます!」

 

 

 出来たての唐揚げを口に運び、その勢いでご飯を一口、二口と運んで行く。外はサクッと中はジューシーでご飯が進む、一回軽く揚げた後に余熱で中に火を通して二度揚げしてるのかな。学生食堂とはいえ、メニューのレベルはかなり高いみたいだ。それこそ民間で経営している食堂みたいに。

 

味噌汁を啜っている時に三人が興味深げに俺の方を眺めてくる。……もしかして食べ方が汚かったか?

 

 

「きりやんってすっごい食べるんだ~」

 

「男の子だね」

 

 

あぁ、俺じゃなくて俺が食べてる量を見ていたのか。確かに少し多いって思う人もいるけど、割と俺自身が食べる方だからな。凄く多いとは思わない。

 

 

「まぁ女の子って多く食べる印象はないかな。でもやけに三人とも少なくないか?」

 

 

そもそも夕飯を食べすぎるとよくないっていうのは、有名な話だ。ただそれを差し引いても谷本、鏡、そして布仏の食べる量は少ない。

まず、ごはんかパンか、或いは麺かといった炭水化物がない。ダイエットで炭水化物ダイエットなんてものもあるけど、俺の目には三人とも太っているようには見えない。

 

女の子だから気になるところがあるのかもしれないけど、どうなんだろうか?

 

……てかこの味噌汁も中々上手いな。

 

 

「わ、私達は。……ねえ?」

 

「う、うん……平気かな」

 

「お菓子よく食べるし♪」

 

 

 苦笑いを浮かべる谷本と鏡とは対照的に、布仏は耳をピクつかせながら嬉々とした表情で答える。お菓子の誘惑は確かに強く、テレビを見ながらつまんでたらいつの間にか一袋開けてしまったなんてのはザラにある。

 

男としては多少カロリーオーバーしても身体動かせばいいだろって結論にもなるけど、女の子はそうはいかない。体重は秘密っていうくらい体型維持に敏感だし、一日のカロリーがオーバーした時は次の日から前借りなんてことをする子もいる。

 

あ、ちなみに後者は一時期のうちの姉の千尋姉のことです。食べる度にこれは何キロカロリーだから後一口だの、この鍋物を味無しで食べればカロリーが浮くだの散々だったのを覚えている。

 

三人の話し方と雰囲気からして、今日は間食が少し多かったのかもしれない。だから夕食はちょっと遠慮しているのかな。いずれにしても偏食をし過ぎると身体に良くないのは当たり前だから、お菓子もほどほどに、食事もほどほどにってこと。特にカロリーが気になるならな。

 

 

「ま、ほどほどにね。何だかんだで一日三食ってのが一番いいわけだしさ」

 

 

話し終えた後に茶碗を手に取って、二口、三口とご飯を口に運んで行く。ま、別にお菓子を食べることは駄目なことじゃないし、自分で考えて自分で行動すればいい。身体の管理は自己責任なわけで、周りが全部管理してくれるわけじゃない。

 

と、言ってみたわけだが……

 

 

「霧夜くんって奥さんみたいだね」

 

「うんうん、すごく料理とか作っていそう!」

 

 

鏡と谷本に奥さんみたいだと言われました。奥さんみたいかどうかは分からないけど、家事はそこそこやっているな。

 

 

「んー確かに料理はしてるな。毎日ではないけど」

 

「あ、やっぱり料理しているんだ。……その、よかったら霧夜くんの料理今度食べてみたいな」

 

「あ、ナギずるい! 私も食べてみたい!」

 

「私も~♪」

 

 

何気なく料理を作ることを言ってみたら、何故か俺が手料理を振舞う話に飛んでしまった。三人とも目をキラキラさせながら期待してくるが、そこまで期待されると口に合わなかった時の反動が怖い。

 

『何? あれだけ料理作れるって言ってたのにそのザマ?』などと言われた日には、全身が灰のようにもろくなって、風と共に塵と消えていきそうだ。ただ期待してくれることに関しては、俺としても嬉しいところだ。

 

 

「そんな期待されても、凝ったものは作れないぞ。それでもいいのか?」

 

「「うん!」」

 

 

俺のネガティブな思考を打ち砕く位に三人とも乗り気だった。そこまで期待されたら男としてはぜひ応えてやりたいもの、少しでも良いものを提供できるようにいっちょやるか。

 

 

「分かった。招待する機会があったら作らせてもらうよ」

 

 

 メインを食べ切り、晩飯は終了。残っているのはおばちゃんがサービスで付けてくれたフルーツヨーグルトだけ。せっかくサービスしてくれたんだから、デザートはゆっくりと味わうことにしよう。

 

 

「あ、そうだ霧夜くん! 朝質問出来なかったから、質問してもいいかな?」

 

「ん……質問って俺自身のことについてのか?」

 

「うん! ね? 二人とも」

 

 

 谷本が残っている二人に同調を求めるかのように提案をしてきた。残りの二人も賛同するように首を縦に振った。それどころか質問という単語に反応し、周りの食事中の女の子たちもこちらを興味津々に見つめている。興味津々に見つめてくるだけならまだしも、遠くからじゃ聞こえないからと知らないフリをしながら近づいてくる子。

見つめたままでは俺に気付かれるのではないかと、視線だけチラチラ送ってくる子。いや、もうすでに気付いています、はい。

 

挙句の果てには柱の陰に隠れてレコーダーのスイッチを入れる子……ってちょっと待て、俺の質問を一体何に使う気だ? 

 

悪意は感じられないからいいけど、悪意があったら盗聴ですよ、お嬢さん? あ、悪意があっても無くても盗聴か。ま、とにかく三人とも人の核心に突っ込んでくることは聞かないだろう。聞いてきたら答えられないって言えば良いし、それか初めに答えられる範囲でって念を押しておこう。

 

よし、これで決まりだな。

 

 

「こうして知り合えたのも何かの縁だしな。答えられる範囲なら質問は受け付けるぞ」

 

「ホント~? じゃあじゃあ手始めに、得意な料理はなに~?」

 

 

というわけで質問タイム開始。一番最初に質問してきたのは布仏だった。質問内容は俺が最も得意とする料理について。

ジャンルで言ったら和食、特に煮物系が得意だな。その煮物の中でも俺が一番得意としている料理は……

 

 

「一番得意なのは肉じゃがかな。元々煮物系が得意なんだけど、一番作っているからさ」

 

「へぇ~、きりやんは煮物王子だ♪」

 

 

 煮物王子、何か地味にかっこいいけど絶対に一般世間では呼ばれたくない呼び方だな。例えば人通りの多い街中で布仏とであったとしよう。……出会い頭に煮物王子と呼ばれることを想像しただけで、背筋がぞくぞくしてきた。呼ばれた瞬間に近くにいた人間は大爆笑必須の上に、その様子を聞こえていない人間にも好奇の目で見つめられるってどんな拷問だよ。

 

あだ名はあだ名でも限度があり、名前の面影すら残っていないのはNG。最悪呼ばれても無視を決め込むこと確定だ。

 

話題が逸れたが肉じゃがのことだったな。肉じゃがが一番得意っていうのは、最初に俺が作った料理で最も練習した料理だからかな。裏技で、梅干し入れると煮崩れしない肉じゃがを作ることも出来るけど、何回も繰り返し練習しているうちに煮崩れしない肉じゃがを作ることが出来るようになった。

 

はじめは炭くずを作った記憶しかないけど、今思えばいい思い出でもある。後、その炭くずは千尋姉が全部食べてくれたことも。だからこそいつか美味しいものをと努力することが出来た。

 

さて、肉じゃがの話はこの位でいいだろう。次の質問は……

 

 

「はいはーい! えっと、今彼女はいる!?」

 

「いないかな」

 

 

いないっていうより出来たことがない。告られた事は何回かあるけど、全部断った。理由はその告白のほとんどが、俺が全く知らない子からの告白だったからだ。つまり相手方が一方的に、告白をしてきたということ。

 

俺としては付き合うなら、本気で付き合いたい。だからこそ相手の一目ぼれだとか、大切にしてくれそうという理由だけで告白を受け入れるわけにはいかなかった。初めはよくても、後々になって結局合いませんでしたじゃあまりにも悲し過ぎるし、その度に相手を傷つけるようなことはしたくない。

 

相手のことを知りたいし、相手にももっと自分のことを内面から知ってほしいという気持ちが俺の中にもある。だからといって、結局今まで彼女が出来なかったことには変わりないけどな。

 

それに俺の考え方がただの綺麗ごとだよって言われたら、綺麗ごとなわけだし。

 

だがこれは俺の信念でもある、物心つき始めたころからずっと思っていたことだ。今さら変える気なんてさらさらない。

 

 

彼女がいないと言った瞬間、この席じゃなくて周りから『よし!!』って声が聞こえたのは、この際全力で無視させてもらう。

 

さて、次はどんな質問だ?

 

 

「わ、私いいかな? 霧夜くん?」

 

「ん、鏡か。いいぞ」

 

「す、好きなタイプってどんな子かな?」

 

「好きなタイプ?」

 

「う、うん……」

 

 

好きなタイプ……好きなタイプか。結局自分が好きになった相手が自分にとってタイプなわけだから、一概にこれだってのはいえないけど。

 

そうだな……

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「優しくて……家庭的な子かな。ま、結局は好きになった人がタイプなんだけどね」

 

 

嘘は言っていないからな?

 

優しくて家庭的な女の子は俺にとっては理想だし、後は互いの気持ちが惹かれあえば付き合いたいって思うし。

 

選ぶんだったらやっぱりこの二つは欠かせない条件だと思う。あ、もちろん優しいっていうのは誰に対しても優しいっていう意味合いだけじゃなくて、自分のことをよく理解してくれるって意味合いも含まれている。

 

家庭的って意味もただ料理が得意とか、掃除とか洗濯がうまいって意味ではない。そこだけは勘違いしないでほしいかな。

 

 

「そ、そうなんだ。ありがとう」

 

 

とりあえずこれで一周回ったわけだが、他にも聞きたいことがあるかもしれない。

 

 

「さて、他には?」

 

「は~い! 質問というかね、きりやんとも仲良くなったんだし、皆でアドレス交換しよ~」

 

「あぁ。いいぞ」

 

 

 ポケットから自分の携帯を取り出し、メニュー画面から赤外線通信をセレクトして机の上に置いた。三人ともキャイキャイとはしゃぎながら次々とアドレスを交換していく。こういう光景って見るのは初めてだ。

 

小学校も中学校も俺は共学校だったが、そこまで女子の人数が多いわけではない。さらにISの誕生で女尊男卑の風潮が広がってしまったために、男子と女子の仲は最悪と言っていいほど悪く、女子とアドレスを交換する機会もあまりなかった。

 

また先ほど言ったように告白はすべて断っている。断られた女子の一部がグループを作って、俺のことを影で誹謗中傷や嫌がらせをした。俺にかかわるとそのグループに何をされるか分らないということもあり、学園内及び通信機器を使った連絡を取ることはなかった。

 

だからこういう光景は新鮮っていうか、物珍しいっていうか。不思議な感覚だ。

 

 

「きりやん、交換終わったよ~!」

 

 

どうやら全員分のアドレス交換が終わったみたいだ。布仏は俺の方に携帯電話を手渡そうと手を伸ばしていたため、こちらからも手を伸ばして、布仏から自分の携帯を受け取った。

 

電話帳には新しく、鏡ナギ、谷本癒子、布仏本音の名前が追加されている。それを確認すると俺はポケットに携帯電話をしまった。

 

 

「ん、ありがと。気軽に連絡してくれ。ただ、深夜遅くは勘弁ね」

 

「アハハ♪ 流石に深夜遅くは私達も寝ているよ」

 

 

 深夜遅くでも連絡されれば返すけど、常識を考えて丑三つ時にメールや電話はタブー。こういう仕事柄、深い眠りについていたとしても着信音やバイブには敏感に反応してしまう。滅多に連絡がくることはないけど、来た時は来た。一例として挙げるのなら、篠ノ之博士の護衛依頼が来た時。

 

深夜三時くらいにふと電話がかかってきたのだが、電話してきたのは篠ノ之博士ではなく、落ち着いた口調の別の人間だった。おかげ様で五時から指定場所に向かうことになったのは悪い思い出。

 

良い思い出? ……そんなわけあるか。

 

とりあえずこの話題も一旦隅に置いといて、これからどうするか考えよう。まだ聞きたいことがあるのなら答えるし、お開きにするのならお開きにしてもいい。

 

 

「さて、これからどうしようか? まだ聞きたいことってある?」

 

「あ、うん。本当はあるけど……霧夜くんも今日は疲れていると思うから……」

 

「うんうん。今日は今日で色々知れたから、また今度で!」

 

「きりやん、また後でメールするね~」

 

 

どうやら三人とも、皆が知らない情報を知ることが出来てそこそこには満足だったらしい。ならもうここら辺でお開きにしよう。何だかんだでかなり有意義な時間を過ごすことが出来た、偶然を用意してくれた神様とやらに感謝したい。

 

一つ心配といえば、結局一夏が食堂に来なかった。晩飯を食わないつもりなのか、材料があるから部屋で料理を作って済ませたのか、それとも食堂に来れない理由が出来たのか、そこら辺は明日の朝に聞くとしよう。

 

 

「ん、そうか。じゃ、戻ろうぜ?」

 

 

――――IS学園。

 

気疲れしないかと心配ばかりしていたけど、そんなことはないかもしれない。

 

明日が楽しみになってきた。

 


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