IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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銀色の告白

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ……」

 

「今日は何時にも増して眠そうだな大和」

 

「いつにもって、別にいつも眠そうな顔はしてねーよ。ちょっと色々やってたら寝るの遅くなって……」

 

 

次の日……ではなくて時間軸としては今日になるのか。

 

ラウラとの一戦を経て、部屋に戻った俺はそのまま眠りについたわけだが、直前まで体を動かしていたせいで、全くと言って良いほど眠れなかった。お陰さまで完全な寝不足、一度起きてしまった体をすぐに寝沈めるのは無理があった。

 

起きているわけにもいかないし、とりあえず体だけでも休めようとベッドに横になるものの、熟睡が出来ないから疲れが取り切れるわけもなく、体がいつもよりもダルい。

 

授業自体には差し支えはないけど、あまり気持ちの良いものでもないし、今日は授業が終わったらさっさと帰って昼寝でもしよう。

 

 

話を戻すと俺と一夏は二人で学校に登校中な訳だが、いつもはいるはずのシャルルの姿がない。朝食堂にも来なかったし、一夏を呼びに行った時も既に居なかった。何か隠し事をしているのではないかと思うと、様々な疑問が浮かび上がって来るわけだが……そこまで気にするような内容でもない気はする。

 

あの戦いの後、多少の変化があったといえば、俺のラウラの呼び方くらいか。以前は一貫してボーデヴィッヒと名字の方で呼んでいたが、今は名前のラウラの方で呼ぶようにしている。

 

戦いが終わった後に、普通に名字で呼んだところ、泣きそうな顔をされたから名前で呼ぶようにした。捨てられた子犬というか、捨てられた猫というか、一人にしないでくださいオーラが、ひしひしと伝わってくれば断れるはずがない。

 

 

「しかしよくもまぁ、これだけイベントごとにアクシデントが起きるもんだ。もうイベントやらない方が良いんじゃねーの?」

 

 

相変わらずのイベントごとのアクシデント。そろそろ学園全体をお祓いしてもらった方が良いんじゃないかと思うレベルにもなってくる。俺の口から細かくは話してないけど、大きな学園全体を巻き込んだ事件以外にも、微々たる事件は起きている。

 

そこは俺や楯無の二人で、何事もなかったかのようにしてはいるが、いつ公に出てしまうかなど分かったものではない。

 

幸い大小問わず、どのアクシデントも大事になる前に沈静化出来ているのと、大きな怪我人はまだ出ていないところが唯一の救いか。

ただし大きな怪我人が出ていないだけで、場合によっては大事になっていても何ら不思議はない。

 

究極兵器と人間の体、正面衝突でぶつかり合えばどうなるかなんて誰でも想像出来る。基本生身の人間は兵器に対して抗う術を持っていない。自然の前では人は無力なのと同じように、機械の前でも人間は無力だ。

 

イベントに合わせているあたりタチが悪いことこの上ないが、全ての事件が同一人物によるとも限らないし、原因の発信源が分からない状態だからどうしようもないのが事実。学園側も相応のセキュリティシステムで外部からの侵入は防いでいるのかもしれないけど、ここまで問題が多いともなれば流石に見直してもらわざるを得ない。

 

取り返しのつかないことになる前に。

 

 

ただ俺の口から言ったところで、動いてくれそうなのは教師は千冬さんくらいで、教師の大半は俺のことを普通の生徒だと思っている。正体を明かすわけにはいかないしどうしたものか。

 

 

「まぁそう言うなよ大和。確かに毎回毎回アクシデントは起きてるけど、大事には至っていないみたいだし」

 

 

俺の皮肉を諭すように言葉を投げかけてくる。

 

最終的にはそこに繋がる。大事になっていないからこそ、学園側も動きずらいんだろう。

 

下手に事を大きくすれば周囲の不信感は大きくなり、学園の評判にも繋がる。評判が悪くなればおのずと志願者は減るだろうし、優秀な操縦者も集まりづらくなる。

 

 

「あぁ、今回も大事にならなかったから良かったけど、いつどうなるかなんて分かったものじゃない。ここまで立て続けに事が起きてると、どうも敏感になっちまう」

 

 

敏感になっているのは俺だけじゃないはず。学園にいる生徒の何人かは思っているだろう。新入生はもちろんのこと、二年、三年生も同様に。

 

 

「……っと、ここまでにしておくか。そろそろ教室に着くし」

 

 

少し深く話し過ぎたみたいだ。過ぎたことを愚痴っていると、周りにまで負の空気が伝染するし、ここら辺りでこの話はお開きにする。

 

歩を進めている内に昇降口まで来ていた俺と一夏は、靴を履き替えてそのまま教室へと向かう。いつも通り教室の扉を開くと、既にそこには何人かのクラスメートたちが登校を終えて、談笑をしている姿が見受けられた。

 

その中からシャルルの姿を探し出そうとするも、どこを探しても全く見当たらない。先に行ったのなら既に教室に着いてるはずだし、居ないということはまだどこかで道草を食っているか、別の場所に呼び出されているかのどちらか。

 

誘拐されたなんてことはないとは思うけど、万が一のこともある。特にシャルルの実家との問題を考えれば、いつ何が起こっていたとしても不思議ではない。

 

 

「あ、織斑くんと霧夜くん。おはよ! 教室中を見渡してどうかしたの?」

 

「あぁ、おはよ相川。ちょっとシャルルを探してて……まだ来てないのか?」

 

「おー、おりむーときりやんだー。デュっちーなら今日はまだ見てないよー」

 

「そっか……ってかデュっちーって変わった呼び方だなおい」

 

 

教室入ってすぐの場所で話をしていた二人に挨拶を交わすと、シャルルが来ているかどうかを確認するが、まだ教室には来ていないらしい。

 

それにしても、布仏のあだ名のネーミングセンスは、普通の人では思い付かないような独創的な部分がある。さすがにシャルルのことを『デュっちー』と呼ぶとは思わなかった。

 

 

「おかしいな、俺には先に行くからって部屋を出たんだけど……」

 

 

 シャルルが教室に居ないことで首をかしげたのは、他でもない一夏だった。今日会っていない俺はともかく、一夏は同じ部屋なのだから少なからず何回か会話を交わすこともあるだろう。何より、シャルル自身が先に行くからと事伝えしたことを考えると、一夏が疑問に思っても仕方ないことだった。

 

そうなると誰も手掛かりを掴んでいないことになる。変な心配はしたくないが、ルームメイトに先に行くと言って未だ教室に着いていないのは不自然。

 

とはいっても教室に来てないのは事実な訳だし、探そうにも手掛かり一つ無いのだから、今は黙って待つしかないのが現状だ。ただそこまで大事にはなっていないだろうし、職員室にでも寄っていると考えれば何ら不思議ではない。

 

 

「そこに関しては後で分かるだろ。とりあえず入口塞ぐのも邪魔になるだけだし、さっさと席につこうぜ」

 

「それもそうだな」

 

 

 深く気にしても仕方がないと判断し、一旦持っている鞄を置くために自分の席へと向かう。

 

机のフックに荷物を引っ掻けて中から参考書を取り出すと、それを机の上に置いた後、制服のヨレを正す。

 

 

 

 

 

「おはよ、ナギ。相変わらず早いんだな」

 

「おはよう、大和くん。そんなこと無いよ、寮に居てもやることが無いだけだから」

 

 

隣には既に着席しているナギがいて、軽く挨拶を交わし、椅子に座り直す。鼓動が高鳴る事もなければ、変に意識することも無かった。

 

昨日のあれは本当になんだったのか、夢の中の出来事だったんじゃないかとも思える。それでも俺がそうなったのは事実であり、彼女の事が好きであるという事実は変わらない。

 

守りたい人ではなく、一緒に居たい人へ。

 

……これはもう一夏の事をからかえないかもしれない。俺がナギに対して好意を持っていることに気付いている人間は、多少なりともいるだろう。変に俺が話をすれば自爆しそうだし、自身の事に関しては鈍感でも、他人の気持ちには敏感な人間(一夏)もいるから侮れない。

 

 

「あの……あまり顔をジロジロ見られると……」

 

「へ? あっ、わ、悪い! そんなつもりは無かったんだが……」

 

 

無意識のうちに顔を眺めていたらしく、控え目な感じに指摘を受けて慌てて顔を逸らす。恥ずかしそうに若干頬を赤らめる姿を見ると悪いことをした気分になる。

 

相手からずっと見られていたら、そりゃ変な感じになるだろうし、いい気分にはならない。異性からずっと見つめられることが、快感に思える人間がいるとしたらそれはそれで逆に怖い。

 

 

「……」

 

 

そう言えば昨日抱きつかれたんだよな。

 

今まで不意な事故とか、泣き付かれた拍子に抱きつかれたことはあったけど、あそこまでナギ自身を意識した状態で抱きつかれたのは初めてだ。そこがどうしても頭の中から離れない。

 

女性特有の体の柔らかさ、密着した上半身から伝わってくる温もりと心臓の音。全ての音がはっきりと聞こえる時点で、俺とナギはこの世界で一番近い場所にいることを意味していた。

 

更にシャワーを浴びたばかりの髪の毛から香るトリートメントの香りが俺の鼻腔を刺激し、理性を奪おうとする。どうしようもなかった、目の前にいる存在を全て自分のものにしたいという強烈な独占欲に襲われ、挙げ句の果てには手を掛けようとする寸前にまで踏み込んでしまった。

 

……でも、柔らかかったよな、うん。

 

右手を握る動作を繰り返しながら、自問自答を繰り返す自身に情けなさを感じつつも、もう一度ナギの方へと振り向く。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「いや、大丈夫。何でもないよ」

 

 

 言い返した後に気付く、これでは逆に何かあることを隠しているように見えるんじゃないかと。

 

ちなみにどうしてわざわざ振り向いたのかというと、本当にナギは昨日のことを何とも思っていないのかどうかを確認するためだ。見たところ特に目立った変化はないし、よそよそしい雰囲気もなければ、俺を避ける素振りもない。

 

むしろ俺が気にしすぎなだけなのだろうか。もしかしたら俺の認識が違うだけで、実は女性にとって抱きつくことの一つや二つ些細な事かもしれない。

 

これで真顔のまま『抱き付かれたくらいで意識するとかお子さまだね』とか言われないことを祈る。ナギなら思っていたとしても、絶対に言わないだろうけど。それに抱き付くことが些細なことなら、ここまでセクハラ問題は大きくならないだろうし、俺の認識があっていると信じたい。

 

 

 

 

 

「み、みなさん……おはようございます……」

 

 

 ホームルームの時間になり、教室の入口から山田先生がフラフラとしながら入ってくる。いつもニコニコと笑顔を絶やさない先生がこれほどまでに疲れきった表情を見せると心配になってくる。

 

 

「織斑くんが何を考えているのかは分かりませんけど、私を子供扱いしようとしているのは分かりますよ……先生、怒ります……はぁ」

 

 

フラフラとした足取りのまま一夏の前に来ると、一言、二言愚痴を垂れながら教壇へと戻っていく。怒るとはいっても声に覇気がないし、実際は怒る気力もないんだろう。

 

そもそも一夏が何をしたのかが気になるところ。

 

無意識のうちに別の部屋に入って着替え中の生徒の裸を見たとか、昨日から大浴場が解禁になったのを良いことに時間を間違えて大浴場に入って、一悶着やらかしたとか……どれもこれも信憑性にかけるし、結局は一夏に直接聞いた方が早そうだ。

 

 

「おい、一夏。お前何やったんだよ?」

 

「な、何もやってねーよ! そもそも俺が怒られる理由が見当たらないっつーの!」

 

 

本気で否定する辺り、本人にも全く心当たりが無いらしい。じゃあ何を山田先生は怒ると言っているのか、謎はますます深まるばかり。探ったところで無駄だろうし、すぐに分かりそうな気もする。

 

 

「そ、それではですね。今日は転校生を紹介します……いや、もう紹介は済んでいるというか……」

 

 

転校生? この時期に?

 

山田先生の言っていることが飲み込めずに呆気にとられる俺たちをよそに、教室の扉が開かれて外から一人の女子生徒が入ってくる。

 

つい最近、ラウラとシャルルが編入したばかりだというのに、編入が多い高校だ。全世界からIS操縦者が集められているから、不定期的な転校は十分に考えられるとしても、その頻度があまりにも多すぎる気がする。

 

 

 

で話を戻すと、教室に入ってきた女子生徒について。

 

髪の毛をブリーチしただけでは、決して再現することが出来ない程綺麗な金髪を後ろで結わている。くりっと大きく見開いた眼差しに、整えられた顔立ちは非常に中性的で、服を変えれば美少女ではなく美少年に見えないこともない。

 

女子生徒の中では比較的短めなスカートから伸びる足は無駄な肉が一切ついていないほどに引き締まっていて、健康的な生活、もしくは日々鍛練をしていることが伺えた。

 

そして女性特有の膨らみが胸元にはある。制服越しに分かるのだからそこそこサイズは大きいんだとは思う。

 

誰もが羨むような美貌、そしてどこか人懐っこい、優しそうな表情から浮かべる笑みは、クラスにいる同姓でさえも虜にさせるほどだ。

 

うん、何だろう。胸がある以外の部分に関しては、どこかで見たことがあるような風貌だ、それも本当につい最近。

 

まるでシャルルみたいな……って、あれ? シャルル?

 

 

 

 

 

「―――シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします♪」

 

 

 満面の笑顔を浮かべて挨拶する姿は、以前男性操縦者として転校してきたシャルル・デュノアの姿と寸分の狂いもなく一致した。一つ違うとすれば自身の名前、以前はシャルルと名乗っていたが、今回はシャルロット。

 

ここまで似ている双子はそう居ないだろうし、シャルルに血の繋がった兄弟がいるなんて聞いたこともない。つまり、目の前にいるのはシャルル本人。

 

シャルロット・デュノア。

 

それが彼女の本当の名前なんだろう。

 

 

「えーっと……デュノアくんはデュノアさんということでした。うぅ、また部屋割りの組み直しです……」

 

 

 シャルルが女性だったという事実が判明したことで、再度部屋割りを組み直さなければならなくなり、弱々しく教卓の上に崩れ落ちる山田先生。篠ノ之と一夏の例はあくまでイレギュラーであって、年頃の男女が同棲することは認められていない。

 

部屋が空くまでの期間限定として特例で認められていたのだから、このままシャルルと一夏が同棲することはまずない。……シャルル自身としてはそっちの方が嬉しいだろうけど、山田先生が言っている以上部屋変更は間違いないだろう。

 

 

ただ一時期とはいえ、一夏とシャルルが同室だったのは事実。男性と思われていたから許されていたものの、女性と分かれば話は別。

 

一瞬、時が止まったように静まり返るクラスだが、やがて事態を把握するとざわざわと騒ぎ立て始める。

 

 

 

「もしかしなくてもデュノアくんって女?」

 

「美少年じゃなくて、美少女だったってことね!」

 

「私のデュノアくんはどこ? これってドッキリだよね? デュノアさんはデュノアくんでしたってオチだよね?」

 

「え、デュノアくんはデュノアさん? じゃあデュノアくんはどこに……?」

 

「アハハハハハハハハハハハハハハ!! 嘘だっ!!」

 

 

 

 十人十色の反応を見せるクラスメートたちの中には元々怪しいと睨んでいた者もいれば、あわよくばお近づきになりたいと思っていたにも関わらず、女性だった事実が判明して、泣き崩れる者。

 

更には現実が受け入れられずに自問自答を繰り返す者や、タガが外れたかのように狂気の笑い声をあげる者。一番最後の高笑いに関しては、完全に危ない人にしか思えないが、本音を言ったら負けな気がする。

 

 

 

しかしまぁ、こればかりは俺も驚かされた。

 

元々はデュノア社からの命令で、自身を男性と偽って一夏や俺に接近し、データを入手することが本来の目的だったはず。よって、ここで正体を晒すのはデュノア社の命令に背いたことと同じになる。

 

バレたら不味いと言っていたにもかかわらず、わざわざ自分から正体を明かした理由が分からない。無論、シャルルが実家と縁を切るようなことをしたのであれば話は別だが、現段階では判断は出来ない。

 

驚いたのは俺だけではなく、目の前に座っている一夏もそうだ。鳩が豆鉄砲食らったような顔を浮かべながら呆然と、シャルルの顔を見つめている辺り、一夏にも伝えていなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと待って。昨日って確か男子が大浴場を使ってたよね?」

 

 

 シャルルの正体が分かったと思えば、今度は話があらぬ方向へと展開していく。クラスメートが何気なく呟いた一言に、クラス中の視線が俺と一夏のいる座席に集中する。

 

別にやましいことはしていないと視線の方向を目線だけで見渡す俺に対し、冷や汗をだらだらと流し、前を向いたまま指一つ動かせないまま体を震わせる。

 

大浴場もなにも、自室のシャワーだけで済ませているから、大浴場自体を使っていない。ただしそれは俺だけの話であって、目の前にいる一夏は違う。反応から察するに、一夏が大浴場を使ったのは間違いない。

 

一夏の反応を見た後、今度はすぐにシャルルの顔を見る。すると丁度、シャルルと俺の目があった。シャルルも何となく俺の伝えたいことを察したらしく、ほのかに顔を赤らめる。どうしてこのタイミングでシャルルが顔を赤らめるのか。

 

ほぼ答えは絞られているが、念のために他のクラスメートの反応を確認しておく。

 

窓際の一番前に座る篠ノ之に関しては鬼の形相のまま、一夏のことをじろりと見つめる。仮に木刀や竹刀が近くにあるのなら容赦なく飛びかからん剣幕だ。

 

そして斜め後ろのセシリアに関しては、目からハイライトが消え失せ、俗にいう死んだ魚の目の状態に。心なしか耳につけている待機状態のブルー・ティアーズがキラリと光輝いているようにも見える。

 

どのみちこのままいくと翌日の一面をIS学園で飾りかねないのも事実。『男性操縦者、クラスメートに襲われる』なんて見出しは笑えない。

 

一夏とシャルルの反応から結論を言うと、一緒に大浴場に入っ……。

 

 

 

 

 

 

 

「いいいいちぃぃぃぃいいいかぁぁぁあああああああああああああああ!!!」

 

 

突如、クラスのホームルームを遮り、怒号と轟音と共に、入り口付近の壁が破壊される。

 

校内でのIS展開は基本的に認められていないから、反省文レベルでの校則違反なのは間違いないが、わざわざ壁を壊してまでダイナミックな入室をする必要があったかどうかと考えると何とも言えない。

 

壁を破壊する音と共に聞こえた声のトーンで、壊した人物が誰なのかはすぐに判断できた。

 

 

「な、何だよ鈴!? お前は隣のクラスだろ!!」

 

「うるさいわね! 自分のしたことを胸に手を当ててよーく考えてみなさいよ!!!」

 

 

 一緒に風呂に入ったからとはいっても、クラスの壁を勝手に壊すのはいくらなんでもやりすぎじゃね? とは思いつつも、二人の一部始終を見つめる。山田先生は突然の鈴の登場にどうすれば良いのかオロオロと戸惑うばかり、教壇に立っていたシャルルは被害を受けないように、いつの間にか直線上から離れている。

 

ふーふーと荒い鼻息のまま、最高に憎い相手を追い詰める彼女のような鈴の姿に、両手を前に広げて突き出し、自分は無罪であると伝えようとする。

 

もはや一夏の行為自体が事実だと認めているようなものだと、誰もが思うような状況だが、誰も何も言わないのは今の状態で何かを言うと、自分たちまで巻き添えを食らう可能性があるからだ。

 

一夏自身、どうこの場をやり過ごそうかと必死に考えているが、失言さえしなければ……。

 

 

「待てって!! 大体、俺がシャルルと一緒に風呂を入ったからって……あっ」

 

「あーあ……」

 

 

 何とかなると思った俺が馬鹿だった。話をうまく誤魔化すつもりが、完全に事実を肯定してしまった。それも全員の前で大々的に。

 

言葉さえ選べば事態は収束できたかもしれないのに、わざわざ自ら一番選んではならない選択肢を選んでしまった。もう庇おうにも庇いきれない。ただ、一緒に風呂に入ったことが事実とはいえ、そこまで熱くなるものかと頭の片隅では思ってしまう。

 

実際、一夏から一緒に入ろうと誘った可能性は低い。となると元々一夏が先に入る予定だったところに、不意打ちでシャルルが入り込んだか。

 

仮説はいくらでも立てられるが、とにかく現状を何とかしよう。

 

 

「よし殺そう!」

 

 

何とか出来る時間がもう無かった。一夏の返答に誰よりも早く察知した鈴は、専用機である甲龍の肩の部分に備え付けられているアーマーをスライドさせる。

 

……射角若干俺の方を向いている様な気がするんだが。

 

 

「ちょっと待て! 少し人の話を!」

 

「問答無用ぉぉおおおおおおお!!!」

 

「し、死ぬ!? これは絶対に死ぬうううううううう!!」

 

 

 人は絶体絶命のピンチに陥った際、信じられないような力を発揮するという。火事場の馬鹿力とでも言うのか。何をどうしてか後ろの席にいた俺の襟元を掴んだかと思うと、力任せに自分の前に立たせる。

 

思った以上に強い力で引っ張られたせいで、俺も自分から立ち上がってしまう。座りっぱなしだと服を引っ張られた影響で首が締まり、苦しくなるから。

 

というかどうして俺も自分から立ち上がろうとしたのか。護衛であるが故の性といえばそうなのかもしれないが、このままじゃ俺はもちろんのこと、二人まとめて衝撃砲を食らう羽目になるのは必然的。単純に一夏を俺の方へと引き寄せたら良いだけの事だった。

 

っつーか、何で俺を盾にするし。専用機を持っているわけでもないし、モロに被害を受けるのは俺なんですが…… 。

 

 

 

―――刹那、衝撃砲の発射音が聞こえた。

 

 

 

 

「……あれ、生きてる。死んでない?」

 

 

次に聞こえてきたのは一夏の声だった。

 

迫り来る攻撃に備えるため、目の前で腕をクロスさせるも攻撃が来る気配が一向にない。痛みを感じる間もなく天に召したのであれば話は別だが、現に俺以外のクラスメートのざわめく声が聞こえてくる。

 

仮にあり得るとすれば鈴が攻撃を外したかどうかだが、この至近距離で照準を外すほど、精度の低い砲撃ではないし。現に俺はちゃんと発射音を聞いている。

 

つまり攻撃をしたのは間違いない。だがどうしてか、俺たちに直撃する前に攻撃が消えたことになる。

 

その理由は目を開いた先にあった。

 

 

「ら、ラウラ!?」

 

「……」

 

 

俺たちの前に背を向けて立ちはだかったのは、昨日跡形もないほどに破壊されたシュヴァルツェア・レーゲンを纏うラウラの姿だった。

 

よく見ると、右手を前につきだしながら鈴の放った衝撃砲を受け止めている。

 

鈴にとっては天敵とも言える代物『AIC』

 

それを展開して俺たちを攻撃するのではなく、初めて守ろうとした。

 

 

停止結界を前に衝撃砲は行き場を失い、やがて消失。鈴も防がれた瞬間こそ、再度攻撃体制に移ろうとしたものの、これ以上の攻撃はクラス全員に迷惑をかけてしまうことを悟り、戦闘状態を解除した。

 

これ以上も何も、クラスでISを展開して衝撃砲をぶっ放したところで迷惑以外の何者でもないが、今はそこは触れずにおこう。

 

 

「助かったぜ、ラウラ! サンキュー……って、お前のISもう直ったのか?」

 

「……コアは辛うじて無事だったからな。持ち込んでいた予備パーツで組み直した」

 

「へぇー、そうなのか!」

 

 

あぁ、なるほど。ISの装甲自体は見るも無惨に壊れてしまったが、コア自体は無事だったからラウラでも組み直すことが出来たのか。

 

それでも自分で一から組み直すことが出来る時点で、ラウラのISに対する知識や技術が俺たちとは違う次元にあることは理解できる。

 

そして一仕事を終えたラウラはIS展開を解除し、改めて俺たちに向き直る。

 

 

「その……織斑一夏……」

 

「ん、何だ?」

 

「……すまなかった!!」

 

「へ? えーっと……え?」

 

 

一夏の目の前で腰から体を折り曲げ、謝罪の言葉をはっきりと述べるラウラ。

 

誰がこのような状況を想定しただろうか。ラウラの目の前にいる一夏はもちろんのこと、セシリアや、篠ノ之を含めたクラスメートの誰もが、挙げ句の果てには山田先生まで呆気に取られている。一夏に関してはどう反応すれば良いのか分からずに、俺の方へチラチラと目線を向ける。

 

ラウラの変わりように全員が驚き、目を丸くする。ましてやラウラから謝罪をするなんてことは考えてもみなかったことだろう。

 

 

「……私はお前のことをずっと逆恨みしていた。強くあるはずの教官が、気恥ずかしそうな表情を浮かべる存在がいることを許せなかった。私の価値観を押し付けて、お前の全てを否定しようとしていた……」

 

 

 ポツポツとラウラの口から語られる言葉の数々。自分の理想が崩れるのが怖かった、自分だけを見て欲しかったという感情が一夏を強く恨む原因となっていた。

 

身勝手でワガママな感情だと思いつつも、昔のラウラには千冬さんしかいなかった。自身を落ちこぼれのどん底から、再度軍隊のトップレベルに引き上げてくれた存在が、彼女にとっての拠り所だった。

 

心の拠り所は良くも悪くも『強さ』であり、ラウラが見てきた姿は凛々しく、逞しく、誰よりも強かった千冬さんだ。そこを見てきたのであれば、自分の知らない表情を向ける存在があれば認めたくはない。

 

もし自分の拠り所である存在が居なくなったとしたら……。

 

独りにされること、それがラウラにとって最も恐れていたことなのかもしれない。

 

初めは純粋にラウラ・ボーデヴィッヒを、一個人として認めて欲しかっただけだった。それがいつの間にか肥大化して、大きな負の塊となったんだと思う。

 

 

「許してもらえるとは思っていない。だが、今までのことを全て、この場でお前に謝罪したい。本当にすまなかった!」

 

 

 

今一度一夏に深く頭を下げた後、今度はクラス全体が見渡せるように、教室の後ろ側へと視線を向ける。

 

 

「それと……クラスの皆にも、そしてこの場にいる私が手を掛けてしまった生徒にも……この場を借りて謝罪したい」

 

 

 再度頭を深々と下げて全員にむけて謝罪をするラウラ。彼女が導き出した一つの答えが、クラスの全員に謝罪をすること。理由はどうであれ、関係のない人間まで巻き込んでしまったのは事実。

 

数々の不祥事から問題児扱いされ、他人と接することを明確に拒絶していたせいで、誰もラウラに歩み寄ろうとはしなかった。嫌うまではいかなくても、クラスメートの評判は良くない。

 

ラウラの謝罪の意図が、もし許してほしいがためだけのものであり、自分が犯した罪の重さを分かっていないようなら、他の生徒が許そうとも俺は絶対に許す気はなかった。普通の人間よりも人心把握には自信があるし、表情を見るだけでもある程度の感情や考えていることは分かる。

 

しかし贔屓目無しに見ても、今のラウラに許してほしいという感情はこれっぽっちも混じってなかった。ただひたすらに自分の犯した過ちを、謝罪したい。例えそれが許してくれないようなことであろうとも。

 

よく見るとラウラの体は震えていた。自業自得な部分が強いとはいえ、どんな罵声を浴びせられるのか、また拒絶されるのではないかと思うと怖いんだろう。

 

確かにラウラのやったことは許される行為ではないし、許してはならない行為だ。それでも彼女の誠心誠意のこもった謝罪を蔑ろにするほど、うちのクラスメートたちは冷たい人間じゃない。

 

中にはラウラの気持ちを汲み取ってくれる人間だっている。現に……。

 

 

「頭を上げて、ボーデヴィッヒさん」

 

「え?」

 

 

 真っ先にラウラに声をかけたのは他でもないナギだった。思いもよらない人物からの声掛けに、下げていた頭を上げて、驚きの眼差しで見つめる。ラウラにとっては一番意外な人物だったかもしれない。

 

無関係なナギがラウラ、セシリア、鈴の三人の戦いに巻き込まれ、俺がキレる原因となったのはラウラだってよく知っている。ナギからすれば迷惑以外の何者でもない上に、本来なら許そうとも思えないような行為だ。

 

その癖すぐに謝罪をするわけでもなく、今更全てを謝られたところで許されるものでもない。

 

自分のことを嫌っていても、何ら不思議ではない人物からの声掛けにラウラはたじろぐしかなかった。

 

 

「本心からの謝罪をされたら、私たちはこれ以上責めることは出来ないよ。ボーデヴィッヒさんがどれだけ悔いているのかは、十分に伝わってきたから……それに私も、あの時のことはもう気にしてないしね」

 

 

どこかで聞いたことのある台詞に、思わず苦笑いが出てくる。

 

ラウラに声をかけるナギの様子が、いつぞやのセシリアに声を掛ける俺の姿とダブった。

 

ただいくら優しいとはいっても、一度は敵対していた関係なのだから急に対応を変えるのは難しい。ナギから出てくる言葉は間違いなく、あの時と今でラウラの心情の変化を悟ったから言える言葉であり、今まで通りのラウラだったら決して声を掛けることなどなかったはず。

 

ラウラがいつもと様子が違うことくらい俺じゃなくても、クラスにいる全員が既に気付いている。むしろ一日でこれほど劇的に雰囲気が変わってるのに、気付かない方がおかしい。

 

 

「う……うむ。あ、ありがとう……」

 

 

照れながらそっぽを向くラウラに、笑顔で返すナギの姿が大人すぎて眩しく見える。

 

 

「ボーデヴィッヒさんってあんな顔もするんだ……」

 

「何か常に怖い人だって思っていたけど、よく考えたら人見知りなだけ?」

 

「これこそツンデレってヤツね!」

 

「いや、それはちょっと違うわよ。ただ単に転校生に良くある、クラスに馴染めなかっただけでしょ?」

 

「よく見たら凄く可愛いよね! お人形さんみたい!」

 

 

 

今のやりとりを見ていたクラスメートたちも、ラウラの意外な一面が垣間見れてどこか満足しているようにも見えた。

 

ラウラのことをよく分かっていない段階での行動であったが故に、接することに抵抗こそ覚えていただろうが、このまま徐々にラウラが前を向いて歩き出してくれれば、いずれは自然とクラスに溶け込んでくれる様な気がする。

 

これからどうなるかは俺にも分からないけど、多分大丈夫だろう。

 

 

人生の新しいレールを引き直すのは、まだ遅くない。何故なら、ラウラはまだ『ラウラ・ボーデヴィッヒ』としての一歩を踏み出したばかりなのだから。

 

人生はこれから何十年と続く。俺がラウラのことを見ていれる期間は、決して長くはないが、少なくともこの学園にいる間だけは見守っていきたいと思う。

 

 

「……何か大和、いつも以上に嬉しそうだな」

 

「特別意識してる訳じゃないんだけどな、そう見えるか?」

 

「おう。まるで妹を見守る兄みたいな感じに見えるぜ」

 

「はは……まさか」

 

 

何を馬鹿なことをと、気にも止めずにあしらう。

 

ラウラを見守る俺の様子が、一夏にどう映ったのかは分からないが、特別意識をしていることはない。それでも後者に関しては間違いと言い切れない部分が、少し複雑な感じがした。

 

言われてみればちょっとばかり過保護過ぎたような気もするし、ラウラが日に日に成長していく様子が嬉しいと思える自分がいる。そう考えると一夏の言うように、本当に兄と妹のような関係に見えるかもしれない。

 

 

 

何はともあれ、一番の問題も片付いたことで一件落着……と思っていたが、事態は思わぬ展開を迎えることとなる。とりあえず中断させてしまっているホームルームを再開させようと、机に戻ろうとした俺の前に再度ラウラが立ちふさがる。

 

どことなく緊張した面持ちに、どう反応すれば良いのか分からずに、席に座ることに躊躇いを持ってしまう。そのまま自分の席に戻らずに、俺の前に来たってことは俺個人に何らかの用件があるからだと思ったんだが。

 

 

 

「そ、それと……だな。わ、私からもう一つ言いたいことがある!」

 

「ん?」

 

 

いくらなんでも緊張し過ぎな気が……。言葉も途切れ途切れだし、人の顔を見て話さずに、キョロキョロと視線がさまよっている。人前で言いづらい用件なら、無理にここで言う必要はないし、俺と二人きりの時や休み時間を使って伝えればいいと思うんだけど、違うんだろうか。

 

やがて手を握ったり開いたりする動作を数回繰り返した後に、ようやく言葉を続けてくる。

 

 

「きょ、今日から……」

 

 

今日から……何だって?

 

何かをゴニョゴニョと呟いたんだろうが、声が小さすぎて俺の耳では聞き取ることが出来なかった。言いたいこととは何だろうかと思いつつも、そこまで大それたことではないだろうと勝手な憶測をしながら再度耳を傾ける。

 

昨日の今日ということもあり人と話すことに抵抗がまだあるらしいが、言葉はつっかえながら話してくる姿がどうにも可愛らしい。ラウラの中で俺を含めた全員の認識の仕方が変わったのもあるだろうけど、それ以上に年下の後輩を見ているような気がしてならない。

 

 

「今日から……貴方は」

 

 

うん? 貴方? 貴方って俺のことだよな?

 

おかしいな、昨日までの俺の呼び方は『お前』かフルネームだったはずなのにいつの間に呼び方が変わった?

 

タッグトーナメントまでは『貴様』とかだったことを考えると、遥かにマシになっているわけだが、ツンツンしていた相手からいきなり『貴方』と呼ばれると、背中がむず痒くなって堪らない。

 

……ちょっと待て、こんな感じのシーンどこかで見たことがあるぞ。確か異性からの呼び方が変わった時って相手を認めたり、好きになったりした時じゃなかったか。

そもそも俺自身、ラウラに変に好感を持たれる行動をした覚えもなければ、惚れさせるような言葉を投げかけた覚えもないんだが。

 

 

「あ、あなたは……」

 

 

最後の一言をとてつもなく言いづらそうにするラウラに、俺の方から声を掛けようとした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今日から貴方は……私の『お兄ちゃん』だ!! い、異論は認めない! 決定事項だ!!」

 

 

 

勢いよく投げ掛けられたラウラからの言葉に、正常稼働していた頭の中が一瞬のうちに真っ白になり、何一つ物事を考えられなくなる。

 

予想の斜め上どころか、普通のボールでキャッチボールをしていたところに大砲を撃ち込まれたような気分だ。よくあるテンプレ漫画でも言わないような一言を受けて、全くと言っていいほどに返す言葉が見つからない。

 

少し落ち着いて一旦内容を整理してみよう。

 

鈴が衝撃砲を放って、それから俺や一夏を守るために、停止結界を展開。ISを解除し、一夏に今まで自分が行ってきた蛮行を謝罪、同時にクラスメート全員にも自分の身勝手な行動によって嫌な思いをさせ、迷惑を掛けてしまったことを謝罪した。

 

ここまでは全く問題ない。問題なのはそこから先、俺の前に来たラウラは言いずらそうに躊躇した後、衝撃的な一言を発したような気がする。

 

 

 

 

今日から俺はラウラの……。

 

 

「…………はい?」

 

 

おにい、ちゃん?

 

 

 

 

「「ええええぇぇぇぇぇ!!!?」」

 

 

ラウラの一言に、クラス中の生徒の叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん。あの子は結局、自分の正体を教えちゃったんだ」

 

 

 モニターを見ながらどこか残念そうな面持ちで呟く女性。各国の研究者及びマスコミが血眼になって探しているであろう時の人、篠ノ之束。

 

しばらくの間モニターに写る映像を見つめていたものの、やがて興味をなくしたようにその映像を切った。霧夜大和が遺伝子強化試験体だという事実を、知っている人間が増えてしまったことに、不満を感じているらしい。束もまさか本人から打ち明けるとは思いもよらなかっただろう。

 

ただの人間に対しては全く興味を抱かない束が、どうして大和に興味を持つようになったのか。

 

 

 

 

―――それは彼がISを動かせるからだけではなく、『ドイツの汚点』とも言える、非道な実験の数少ない成功例であるからだ。

 

ラウラのような遺伝子強化試験体とは違い、通常よりも強力な遺伝子を組み込まれたことによって産み出された、まさに人間兵器とも呼べる試験体。生身であっても究極兵器であるISに立ち向かえるほどの戦闘力と、規格外の身体能力を持ち合わせる。

 

成功体は通常の遺伝子強化体に比べて圧倒的に少なく、成長と共に遺伝子が適合せず、身体や精神が崩壊し、再起不能になる者、体に障害を抱える者、死に至る者が続出。ほとんどが失敗に終わった中、適合に成功した数少ない試験体の一人、それが霧夜大和という存在だった。

 

だが常識を逸した規格外の身体能力に、国家の崩壊を恐れた研究者たちは研究自体を無かったことにし、試験体たちを捨てた。

 

いくら規格外の身体能力や戦闘力を持っていたとしても、頭脳は通常の子供たちと何ら変わりはない。見ず知らずの場所に放り出されれば、生活手段などはない。お金も食料もない状況下では生活すらままならず、やがて飢えに苦しんで命を落とす。

 

その生き残りとして霧夜家に引き取られた存在である大和に、束は研究対象として目をつけた。

 

 

「まぁ、いいんだけどね別に。話したところで事実が変わる訳じゃないし」

 

 

初めこそ半信半疑だった束は、疑問を確信へと変えるために、ダミーの依頼を霧夜家に依頼し、わざと自分が敵ISに襲われるように仕組んだ。

 

結果、大和は敵襲から束を守りきり、実力を証明した。

 

しばらくの間モニターを見続けたことで疲れがたまったらしく、両手を上に向けて伸ばし、その場から立ち上がる。

 

 

「とりあえずあの子にはもう一回会う予定だから、その時もう一回話をしてみようかな? 渡したいものもあるし……ふふっ♪ 今度会うのが楽しみだなぁ!」

 

 

後ろを振り向くと、そこには待機状態のISが二つ。暗い室内に射し込む夜光が機体に反射し、何とも言えない神秘的な風景が広がっている。

 

片方は炎を基調とした赤いIS、そしてもう一つは闇を基調とした黒いISだった。それぞれがどこの誰の手に渡るのか、それはまだ束にしか分からないこと。

 

 

 

 

まだ誰も予想していなかった。これから始まる悲劇への序章を。

 

悲劇という名の大きな歯車は、今ゆっくりと回り始めたばかりなのだから。


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