IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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街へ

 

 

 

 

「んー、久しぶりの外出だと新鮮な感じがするなぁ」

 

 

久しぶりと言うと語弊があるかもしれないが、学園外に出ることは早々無いから、たまに島の外に出ると新鮮な感じがする。

 

IS学園は陸の孤島であり、本州とは隔離された場所にある。言う人に言わせると基本的に立ち入る場所では無いが故に、秘境と言われることもあるらしい。

 

 

「一ヶ月ぶりくらい……かな?」

 

「クラス代表戦の後だからそれくらいか。一ヶ月振りとは言っても、すげー久しぶりな感じなのは何でだろうな」

 

「うーん、学校生活が濃かったとかじゃない?」

 

「あー、それもそうか。言われてみればここ最近休みらしい休みもなかったかも」

 

 

 モノレールに揺られること小一時間。本島に戻ってきた俺とナギは、いつぞや訪れたレゾナンスへと向かうべく、最寄り駅に着いたところだった。

 

以前来たときは近くの時計台での待ち合わせになったが、それは俺とナギがそれぞれ実家に帰省していて、時計台に別々に集まるしか方法が無かったから。今回は共にIS学園の休日を使って外出をしているから、寮を出るときから行動を共にしている。

 

少し早めに出ることで、モノレールが混み合う時間を避けることに成功。臨海学校の一週間前の土日だし、何人かの生徒は服や水着を買うためにモノレールを使って本島へ戻って来るだろう。

 

前もって準備していて正解だった。お陰さまで席は空いていたから座ることが出来たし、出掛けて早々立ちっぱなしでついた頃には疲れているなんてことにはならなくて済んだ。

 

帰りならまだしも出鼻だけは挫かれたくない。

 

 

「今日は大和くん結構薄着だよね?」

 

「あぁ、今日の気温で上着を着る勇気は無かった」

 

 

初夏の暑さは中々に厳しいもので、選んだ服装は如何にも夏服というような服ばかりだ。

 

上はポロシャツといつものネックレスに、下は黒が強いスキニーデニムにスニーカーといったあくまで軽装を重視したカジュアルなものとなっている。

 

前は上着を羽織っていたけど、七月に突入して気温はゴールデンウィーク時よりも上昇。この時期に上着を羽織ったところで、暑すぎるから選択肢から除外した。

 

 

「にしても……相変わらずお洒落だよな、女の子って」

 

「そ、そうかな?」

 

 

自身の体型や好みの服によっては選ぶ服が限られてくるにも関わらず、自分にあった服装を何パターンも用意してくるところは凄いと思う。

 

服だけじゃなくて、普段しないような化粧をしたり、髪型を少しだけ変えてみたりと、お洒落に常に気を遣えることに驚きだ。

 

俺なんかは、とりあえずだらしなくなければ良い的な発想だから、そこまでお洒落に気を遣うこともない。

 

それがご覧の有り様だ。

 

 

ところで髪型って言えば、いつもと何か雰囲気が違うような気が……。

 

 

「あぁ。そういえばナギも今日いつもと少し髪型違うよな」

 

 

ずっと気になってたというと語弊が生まれるが、モノレールに乗ってから今まで、どうにもいつもとナギの雰囲気が違うと思っていたら、その理由は髪型にあった。

 

いつもは日本美人らしい長い黒髪をストレートに下ろし、左側の一部分をヘアゴムで結わえているスタンダードな髪型だったが、今日は若干毛先にウェーブが掛かっている。

 

やったことはヘアアイロンもしくはウェーブアイロンを使って、毛先にウェーブを掛ける簡単なものかもしれないが、どこか大人の色っぽさ、気品というものが強調されていつもよりも美人に見えた。

 

いや、元々美人だったけどより一層って意味で。

 

 

「う、嘘。何で分かったの?」

 

 

どうして気付いたのと驚くナギだが、毎日顔を会わせていれば仕草や容姿、ファッションの変化はすぐに分かる。ファンデーション変えましたと言われると、判断はしづらいが髪型なら俺じゃなくても見抜くのは造作もない。

 

毛先だけとはいっても、元々天然のストレートヘアを持ち合わせているのなら変化には気付きやすい。むしろ気付かないやつがいるのかと、そう言いたくなる。

 

 

「何でって言われても、毎日顔を会わせていればすぐに分かるよ。いつもよりも……いや、何でもない」

 

「え、え? 何て言おうとしたの今!」

 

「な、何でもない。今日も天気がいいなって思っただけさ」

 

「全然話の脈略合ってないよね!?」

 

 

途中まで言い掛けたところで話すのを止める。これ以上言ったらまたやらかすかもしれないと、意識的に言葉を遮った。苦し紛れの言い訳が、良い天気ですねは厳しすぎたかもしれない。却ってナギの不信感を強める結果になってしまい、ジト目で見つめられる。

 

すごく悪いことをした気分になるが、これに関しては正直に言ったら恥ずかしい、猛烈に恥ずかしい。

 

いつもよりも綺麗だなんて、この大観衆がいる中で言えるはずもない。

 

贔屓目無しに綺麗だから、お世辞でも何でもない。俺たちの横を過ぎ去っていく男性の何人かに一人が振り返っているのを見ると、俺の目が決して腐っているものじゃないことは分かる。

 

満場一致で、今日のナギはいつもよりもずっと綺麗なことが。

 

 

「と、とりあえず行くか。ほら、そんなふくれ面しないで」

 

「むぅ……」

 

 

まだ納得が行っていないらしく、むくれ面をしながら俺を見つめることをやめようとしない。

 

はっきりと言って欲しいなら言うけど、二人きりでもないのに言ったら拷問以外の何者でもない。ナギにとってはモヤモヤがたまってしまうだろうけど、一旦心の奥底に仕舞い込むことにする。

 

休日ということもあり、駅構内は大勢の人で溢れ返っている。それこそ、普通に歩いていたら人波に呑まれて身動きが取れなくなってしまう。

 

 

「大和くん、それなら一個だけお願い聞いてもらっても良い?」

 

「お願い? 俺に出来ることならいいけど……」

 

 

早めに行動しようと考えているところに、声を掛けられる。あんな中途半端なところで会話を遮られたら当然、納得は行かない。だから俺も多少、何かお願いされたら応える気ではいた。

 

俺がお願いを聞くと了承すると同時に手を差し伸べてくる。これは俗に言うエスコートしてくれる? 的なサインなのか。それとも連れてってやるからさっさと手を握れこの間抜け的な意味合いなのか。

 

差し出されただけでは分かるはずもない。

 

 

「あの……これは?」

 

「手」

 

「へ?」

 

「手を握ってくれたら、その……今のことは聞かないでおいてあげる」

 

 

等価交換とも呼べるナギからの要求に、一瞬思考が停止する。いや、むしろ等価交換とも呼べないような気もするが……。

 

 

「分かった。それで納得するのなら」

 

 

意識してしまうと恥ずかしくなる。故に恥じらいを捨て、差し出された手を握り返す。握手をするようにガッチリと握り返すのではなく、赤子を抱くかのように優しく握り返す。

 

 

「ひゃっ……」

 

 

握られたことで小さな声をあげるナギだが、俺には何も聞こえていない。聞こえたら負けだ、聞こえない振りをしながら平静を装いつつ、一旦目を閉じて気持ちを落ち着かせる。

 

女の子の手ってこんなにか弱くて小さなものだったっけ。

 

如何せん、恋愛系の方面に関しては疎いという自覚がある。手を握ったことなんて一度もないのだから、初めての感覚を覚えるのは不思議ではない……だが、握った手があまりにも小さくか弱いものだったことを知ると、何とも言えない感情が沸き上がってくる。

 

意識しないようにしても、勝手に意識してしまう。それは俺の中で彼女の存在が大きくなっているからだろう。

 

 

「悪い、ちょっと強く握りすぎたか?」

 

「そ、そんなことないよ。ただちょっと、男の人の手って凄く大きいんだなって思っただけ」

 

「そうか? 特別手が大きいって思ったことは無いけど……」

 

 

特別大きいと思ったことは無いものの、いざ女性の手を握ってみると不思議と自分の手が大きく感じてしまう。

 

後何だろう、言い表しにくいけど凄く温かいというか何と言うか。そんな感じがしてならない。つまりヤバイってことだ。どうヤバイのかはあえて言わないけど、抱き着かれるのとは違うベクトルで意識させられる。

 

とりあえず行動しよう。せっかくの休みな訳だし、立ち止まったまま時間が過ぎ去るのは非常に勿体無い。

 

 

「よし、それじゃあ移動するか。ってナギ、お前が握れって言ったのに、言った本人が恥ずかしがってどうする」

 

「だっ、だって! こういうの初めてだし、人前だって思うと……」

 

 

本人が恥ずかしがっていることに思わず笑いそうになる。普段手を握ることなんてないだろう。ましてや異性の手を握るってことはそれだけ意識しているか、特別な存在でなければしない。

 

嬉しいと思える反面、胸中を打ち明けることが出来ずにいる自分が情けなく思っている。このまま何も言わずに平穏な生活を送るのか、それともハッキリと自分の想いを伝えるのか。

 

正体を知られるのが怖いんじゃない。仮に付き合ったとして、誰かに大切な存在を傷つけられるのが怖いんだ。

 

もちろん本当の自分を知られた時に拒絶されることも怖いのは変わらない。

 

それでも大切な存在を傷つけられるよりかはマシだ。

 

 

「うぅ……」

 

 

傷付けてなるものか、絶対に。

 

命を懸けてでもこいつ(ナギ)は護りきって見せる。クライアントとしてではなく、一個人として。

 

……このまま纏まっているのは良くない。得体の知れない誰かが見ているとも限らないから。

 

行こう。

 

 

「……」

 

「……あ、あれ。どうしたの?」

 

「いや、何でもない。時間も勿体無いし早く行こう」

 

 

先ほどよりも、少しだけ強引にナギの手を引っ張りながら駅を後にしようとする俺の姿に、多少なりとも疑問に思ったナギが機嫌を伺うような眼差しでたずねてくる。

 

疑問という疑問はないが、あまりここにいるメリットもないし、何より時間を無駄にしたくないし、貴重な時間をくだらない邪魔で取られたくはない。

 

 

 

 

……気付いていないとでも思ったのか、ここに着いてから監視する数人の存在があることに。どうやら本人たちは気付いていないようだが、監視の目を一点に集中されればすぐに気付ける。

 

尾行の精度としてはあまり高いとは言えない。一般人の目は誤魔化せても、その手の方面を知っていればザル以外の何物でもない。

 

もっとも、すぐに危害を加えてくる気配はないし、向こうがどう動こうか考えているようにも思える。

 

俺の思い違いで知り合いの誰かがつけている可能性も否めないが、気を配る必要はある。もうしばらく様子を見た方が良いだろう。

 

仮に手を出してこようものなら、その時は容赦しない。

 

 

 

 

 

さて、本来なら危険因子と分かり次第排除するべきだが、ここは街中。あまり大事には出来ないし、逆に向こうもこれだけ大勢の人がいたら手出しは出来ないから、むしろ都合が良い。人通りの多いところなら襲われる可能性は低くなる。

 

 

 

「にしても水着か……どんなのが良いのか見当もつかねーわ」

 

「大和くん、あまりプールとか海には行かないんだっけ?」

 

「人に比べると行く回数は少ない気がする。水着とかもあまりこだわらない人間だから……」

 

 

話を戻し、これからどの水着を買おうかという話題に切り替える。正直な話、プライベートで男友達と来るくらいなら特に問題は無いが、周囲に女性しかいないともなればこの常識は通用しなくなる。

 

如何にも海パン! みたいな風貌で出ていったら間違いなく引かれるだろうし、逆にド派手な柄のパンツだったら今度はチャラ男のイメージが染み付く。

 

最低限の知識はあるが、細かい知識については皆無。そもそも私服の着こなしも微妙だというのに、そんな男が一丁前に水着のチョイスを出来るわけがない。男物ということで若干の抵抗はあるだろうが、ナギに見てもらうのもありかもしれない。

 

 

「でも今回はみんな見るからね。あまり派手すぎるとちょつとキツいかも……」

 

「だよなぁ。俺もそう思うからどれ選ぶか迷っているんだよな。ナギは男物の水着のこととかって分かるか?」

 

「あまり自信はないかな。カタログとかを読んだりはしてるけど」

 

 

自分の水着を完全に女性に決めてもらうのも如何なものか。普通立場は逆であり、女性が男性に新しい水着を決めてもらうのが通常。通常とまでは言わなくとも、そのようなケースが多いのは事実。

 

 

「まぁ無難なところを選ぶか……ん?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、目の前に見覚えのある姿があるんだが……あれって一夏とシャルロットだよな」

 

「え……あっ、ほんとだ」

 

 

 人を指差すのはあまりよろしい行為ではないが、反射的に手が伸びてしまった。指差す方向にいるのは、IS学園の制服に身を包んだ一夏とシャルロットの二人。初めこそ他人の空似だくらいに思っていたものの、考えてみればここまで似ている人間は居ない。

 

ここで何をしているのだろうかと考えることもなく、真っ先に思い浮かぶのは俺たちと同じように臨海学校の準備をしにきたということ。

 

この休日にIS学園の制服着用なところに疑問を覚えるも、それ以上に二人きりで買い物に来たこと、人混みに隠れて見づらいが、ちゃっかりと手を繋いでいる。

 

 

「デートなのかな?」

 

「いや、多分違う。もし本当にデートだったら申し訳ないけど、一夏が何気なく誘っただけだと思うぞ」

 

 

何故だろう、不思議とそう思ってしまう辺り慣れって怖い。一夏じゃなかったらデートだって断言できるのに、相手が一夏というだけで、その方程式は崩れ去る。

 

一夏がシャルロットを誘ったときの状況が何気なくイメージ出来てしまうあたり、悲しくなってくる。

 

とりあえず転入してきてばかりだし水着もないだろ? とか、一人で行くのもなんだし、折角だから一緒に行こうぜ? 的なノリなんだとは思う。それでも手を繋いでいる辺り、シャルロットから手を繋いで欲しいと言ったのか。なんか俺たちとやっていることが同じだな。

 

 

まぁ一つ言えるとすると、今二人に俺たちの存在を気付かれるのは非常に不味い。

 

 

「冷やかされるのも嫌だしな……よし、少し別ルートを取るか」

 

 

行き着く先が同じだったら本末転倒だが、少なからずこの人混みで声を掛けられるよりはマシだ。ナギの手を引きつつ、一夏が歩いていった方向とは別に右折し、そのままレゾナンスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぬぬ、シャルロットさんはまた抜け駆けですの!?」

 

「ふふ、ふふふふふふ……よし、殺そう!」

 

 

その頃一方。

 

大和や一夏の後方には、ハンカチを噛み締めながら羨ましそうに一夏とシャルロットを見つめるセシリアと、目からハイライトが消え、ヤンデレ化した鈴がいた。鈴に至ってはもはや右腕に既にISの部分展開をして、今にも飛び掛からん剣幕だ。

 

最も指定された場所以外でのIS展開は禁止されているため、報告されたら謹慎レベルのことをやっている。

 

だが今の鈴にはそんな声が届くはずもない。彼女の目の前には、一夏がシャルロットと手を繋いでいるという事実しか見えていないのだから。

 

すぐ近くには大和とナギもいるというのに、そんな些細なことが見抜けないほど、彼女の視野は狭まっている状態だ。もし背後から奇襲を受けようものなら、ひとたまりもないだろう。

 

 

 

故に、一夏の後ろをこそこそとついていく鈴とセシリアのすぐ後ろに、もう一人の存在が近付いていることにすら気付いていない。

 

ただ救いがあるとすれば、二人に対しての敵意は一切無いという部分に尽きる。

 

 

「むむ……お兄ちゃんとお姉ちゃんばかりズルいぞ!」

 

 

ピタリ、と二人の足が止まる。

 

何故ならその声に聞き覚えがあったから。二人にとってはあまり良い思い出の無い……正直まだ、苦手な部分の方が多いはず。

 

急に声を掛けられたからというよりかは、かつて敵意を向けられた相手に声を掛けられたから反射的に足が止まったといっても過言ではない。

 

 

「ら、ラウラさん!」

 

「あ、アンタねぇ! 何でこんなところにいるのよ!?」

 

 

 ラウラに対して思わず身構えてしまう二人だが、驚くセシリアと、眉をつり上げる鈴とでは若干の反応の違いがある。普段授業や生活を共にしている分、セシリアの方が耐性が出来ているのかもしれない。

 

鈴もラウラの謝罪の場に居合わせていたものの、普段のラウラの顔を知っているわけではない。普段のラウラに関しては大和に甘える妹のような存在ではあるが、それを知っているのはクラスメートのみ。

 

ラウラの行いを知らない人間だったとしても、取っつきにくい雰囲気なのは間違いない。ここ最近は幾分丸くはなっているが、軍人としての雰囲気に気圧される人間も少なくはないだろう。

 

 

「ん? なんだお前たちか。安心しろ、もう別にやり合おうとは思っていない」

 

 

ラウラが理不尽な暴力を振るうことは一切無くなった。物言いにトゲはなくなり、不快に思う人間も少なくなっているのは事実。

 

二人の存在にさばさばとした口調で返しながら、再度前にいる人物へと視線を向ける。

 

 

「急に心変わりされたって、とても信用できないわよ」

 

「鈴さん! 何もそこまで言わなくても!」

 

 

鈴としては未だ納得できない部分があるらしく、皮肉を込めながらラウラに返す。流石に言い過ぎではないかとセシリアが諭すも、一度染み付いてしまったイメージを払拭するのは中々難しい。

 

ましてや普段一緒にいないのなら尚更だ。

 

 

「……確かに、私は人付き合いが苦手だ。そこを否定するつもりは毛頭ない。だが、理不尽な暴力をやめたのは事実だ。これからも、そのつもりは一切ない。お兄ちゃんと約束したからな」

 

 

約束したからと念を押すラウラだが、口約束だけで守れるほど甘いものではない。

 

それこそ内部的に変化がなければ、また同じ過ちを繰り返すだけだろう。それでもはっきりと鈴へと伝える言葉からは、並々ならぬ彼女の決心を汲み取ることが出来た。芯の込められた言葉に気まずい表情を浮かべながら、鈴は一歩後ろへと引き下がる。

 

 

表立った行動で問題児的な見られ方をするが、元々成績に関しては非常に優秀な生徒であり、勉学や実技だけなら全く問題はない。世間を知らなさすぎた、一般常識が分からなかった、単純な理由だったにも関わらず見向きもしなかった。

 

 

「まぁ良いわ。少なからずアンタに敵意がないのは分かったから」

 

 

鈴もラウラの変化には薄々感付いていた。

 

ただ鈴の性格上、口コミだけでは信用が出来ないのは当たり前。いくら変わったと言われても、実際に会って話してみなければ、彼女の中の疑問は晴れなかった。

 

まだ完全には納得出来ないものの、以前のラウラと違うことは分かったらしく、ふてぶてしい言葉の中にもどこか満足したような表情を浮かべながら、ISの部分展開を解除する。

 

 

「それにしても……大和がお兄ちゃんって想像出来ないわね」

 

 

どちらかといえば年齢よりも上に見られる大和だが、鈴にしてみると、大和が誰かの兄であるイメージがわかないらしい。

ラウラが大和のことをお兄ちゃんと呼ぶことに違和感を感じている。

 

それもそのはず。一時期は完全に無視を決め込んで敵意を向けていた相手を、急にお兄ちゃんと呼べば何かあったのかと疑問に思うのも無理はなかった。

 

大和の口からもラウラの口からも、分かり合うために屋上でタイマンを張っていたなどという真実は語られるわけもなく、屋上での一件を知る人間は一人としていない。

 

 

当然、大和とラウラが遺伝子強化試験体であることもまた然り。これに関してはラウラを除いて知っている人間は誰一人として居ないだろう。

 

大和の核心に踏み込んできた人間はごく僅か。名前を挙げるのなら、千冬と楯無の二人のみ。その二人であっても大和は自分自身のことを打ち明けようとはしなかった。

 

 

「そうでしょうか? 頼りになる良いお兄さんだと思いますけど」

 

「いや、まぁ確かに視野が広いし、気がも利くし良いやつだとは思うけどね。でもいきなりアンタたちが兄妹って言ってもピンと来ないわよ」

 

「そんなこと……いえ、そうですわね。ラウラさんと大和さんは見た目が似てるわけじゃありませんし、言動も性格も違いますから……」

 

 

はっきり言えば似ていない。全くと言って良いほど似ていない。

 

目元が似ているだとか、髪型、髪色が同じだとかであればまだしも、大和とラウラの共通点は出生だけであって、他に似ているところは皆無。

 

 

「お前たちは中々にキツいことを言ってくれるな……まぁ良い。誰がどう言おうとお兄ちゃんはお兄ちゃんだ」

 

 

言われなければ兄妹には見えないだろうと言われたことに対し、少しばかりのショックを受けるラウラだが、すぐに切り替えて大和たちの後を着いていこうとする。

 

 

「ちょ、ちょっと! どこに行くのよ?」

 

「決まってるだろう、このままお兄ちゃんの後を着いて行く。あわよくば私も合流する!」

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

歩き出すラウラを反射的に足止めする。流石に自分の行動に何度もいちゃもんを付けられれば気分は良くない。鈴の方へと振り向くラウラの表情はどこか不機嫌に見えた。

 

 

鈴からすれば一夏に後をつけていることを知られたくないのが本音だ。一夏たちに存在がバレなければ特に問題はないが、ラウラの目的は大和たちであり、それ以外には目もくれない可能性もある。

 

ラウラにとっては一夏たちに自分の存在がバレたとしてもダメージはない。だが鈴たちからすると大問題だ。

 

 

「今度は何だ? 私もそこまで暇ではないぞ?」

 

 

もちろん大和たちと一夏たちの行き先が違うのであれば、そこまで心配することはなかったものの、方向的にも明らかに同一の方向へと向かっている。来週から臨海学校だから、二組とも服や水着を揃えに来たと考えるのが妥当だ。

 

二組がバッタリと出会す可能性も十分に考えられる。

 

 

「アンタ、大和たちに着いて行くことは伝えてあるの?」

 

「いや、伝えてはいない。あくまで私の判断で着いてきただけだ」

 

 

直接的に言うのではなく、遠回しにラウラへと質問を投げ掛ける鈴。意図が分からず、鈴の隣ではセシリアが頭にはてなマークを浮かべ、首をかしげている。

 

 

「……今二人の良い雰囲気を壊すのはどう思う?」

 

「むぅ……それは不味いな。雰囲気を壊すようなことをしたくはない」

 

 

鈴の一言に歩を止めて考え込む。さすがに二人の雰囲気を悟れないほどラウラは子供ではないし、割り込むことで邪魔になるとするなら話は変わってくる。

 

我先にと気持ちが前を向いていたラウラはどこへやら、腕を組んだままどうしようかと悩み始める。

 

 

「なら、あたしたちと行動しない?」

 

「お前らと?」

 

「ええ。アンタは大和たちに用があるんでしょ。私たちは一夏に用があるから目的は別だけど、幸い向かっている場所が同じみたいだし、途中まで一緒に行かない?」

 

 

共に行動すれば、二手に別れるよりもバレるリスクを減らすことが出来る。問題なのは場所が違ってしまった場合に、今の行動が全て無駄になるということ、それと人数が多い分見つかりやすくなっているということだ。

 

少しの間考え込み、そして二人に向かって返答をする。

 

 

「……それが良いか悪いかは分からないが、一人で闇雲に行くよりは良いか。分かった、お前たちに着いていくとしよう」

 

「決まりね! なら、さっさと行くわよ。見失ったら不味いし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラウラが賛同したことで、足早に後を着いていく三人。

 

それぞれのデートは、まだまだ始まったばかりだ。


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